放蕩息子の帰還/志ん生に入門かなわず明烏 あざなう縄は芝浜の 母は千代女の傾城屋

 
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生物学上の父親は早稲田の学生の時分、なめくじ長屋に五代目古今亭志ん生を訪ね、入門を乞うた。半日ねばったが入門はかなわなかった。これは生物学上の父親とわたくし、二人の男の人生の一番目の綾である。もし、生物学上の父親が古今亭志ん生に弟子入りを許されていればわたくしがこの世に生をうけることはなかった。

徴兵後、梅機関の特務機関員として大陸で悪逆非道のかぎりをつくし、ニューギニアのジョスンダで終戦。C級戦争犯罪人として現地処刑のはずが、運良くなのかどうかとにかくも生きのびて命からがら祖国に帰還した。生きて虜囚の辱めを受けた経験が生物学上の父親の精神構造に暗い影を落としたことは言葉の端々から窺えた。

その後、政治家を志すも私淑していた河野一郎の急死や自身の落選の憂き目を経て放蕩三昧の果てに故郷へ帰還した生物学上の父親は、数年後、再起を果たすべく東京に舞いもどる。サクセス・ストーリーの道を歩みかけるが生来の道楽者気質は変わろうはずもなく、莫大な借財を抱え、失意のうちに再び故郷の室蘭へ帰った。酔うと涙をぽろぽろこぼしながら『北帰行』を歌っていた生物学上の父親の心のふるえがいまはわかる。

遠い日、若き古今亭志ん朝の『明烏』の噺を生物学上の父親と二人、上野の鈴本演芸場で聴いた。高座がハネたあと、浅草の神谷バーまでタクシーを飛ばし、電気ブランを競って煽った。そのときも生物学上の父親は涙をぽろぽろこぼしながら『北帰行』を歌った。浪花節のように聴こえた父の『北帰行』。甘く馨しいはずの電気ブランがそのときはなぜかほろ苦かった。それであってもなお、神谷バーにはスローでやさしい時間が流れていた。

清濁併せ呑みつくし、禍福あざなえる縄のごとき人生を生きた男は「本当のこと」をなにひとつ語らぬまま鬼籍に名を連ねた。そして、その遺伝子を受け継いだわたくしは山っけと道楽者気質と酒好き女好き喧嘩好きにさらにターボがかかった人生を生きた。生きてきたことであった。これからも本質は変わるまいと思っていたが、このところ、心境に大きな変化が起こりつつある。初めて味わう気分である。しかも、悪くないどころか、すこぶるいい気分である。これまでまったく興味のなかった「しあわせ」やら「おだやかさ」やら「やすらぎ」やら「かなしみ」やらが宝石のごとくに輝いて見える。この変化についてはいずれ明らかにしたいが、きょうのところはやめておく。傾城屋に帰還する刻限である。

端倪すべからざる平成沈黙狸合戦パオパオ(少年タナカ・ヴァージョン)の対戦者である山城の国の権兵衛狸と、禁酒番のお役目後に養子縁組する予定の水カステラ・マイスターのお二方が落語にまつわることを書いていたのがきっかけでとんだカミング・アウトになってしまった。ついでと言ってはなんだが、こんなところで愛宕山。

高座で眠りこける志ん生に文句を言った野暮天に常連の粋筋がひと言。

「志ん生の噺はいつでも聴けらあ! 高座で寝りこけてる志ん生にはそうそうお目にかかれるもんじゃねえや! すっこんでろい! このスットコドッコイ!」

このような大見得を息子の志ん朝の高座で切ってみたいとずっと思っていたが、かなわぬうちに志ん朝は死んでしまった。アイルトン・セナの死とともにF1を見ることもサーキットに足を運ぶこともなくなったように、志ん朝の死以後、高座には行かなくなった。テレビ寄席も見ない。行っても見ても、心躍らないことがわかっているから。あとは大須演芸場で聴いた志ん朝一世一代の『芝浜』をよすがとして、消えゆく古典芸能を野辺送りしたいと思う春、盛り。(老松)


 

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# by enzo_morinari | 2018-05-17 19:34 | 東京の午睡 | Trackback | Comments(0)

フィネガンズ・ウェイクを食べた犬

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KOFFの月に一度のスペシャル・セールで手に入れた『フィネガンズ・ウェイク』を読むにはうってつけの午後だった。

リラの花影が揺れる窓辺では水曜日の午後の野毛山動物園から飛来した42羽のクォーク鳥たちが「クォーククォーククォークダンテブルーノヴィーコジョイスクォーククォーククォークダンテブルーノヴィーコジョイスクォーククォーククォークダンテブルーノヴィーコジョイス」と3度鳴き、台所では年老いた大工の棟梁が鉋がけに精を出していて、夜にはセシウムの除染作業中に屋根から転げ落ちて死んだ42年間音信不通の友人の通夜が控えていた。

ラジオからはジョン・ケージの『42歳の春の素敵な未亡人』が聴こえ、死と再生と転落と地獄と天国と覚醒が、これまでに出会い、通りすぎ、背を向け、いつか出会うすべての人々とともに部屋中を舞い踊っていて、おまけに人生はまだ見ぬ世界に向かって静かに進行中だった。それらのすべてが雷鳴とイズラエル・カマカヴィヴォオレが天国から歌う KAMINARI の轟く中で呼応しあい、息吹き、慈しみあっていた。私は人類の意識の流れの終わりなき円環に眼も眩みそうだった。

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Finish Funky&Funny Fink Fish " i "(Illusional Imaginary Number Fish)!
I am a Latex Man, I am Ian Moone, I am no one!
No Pain, No Gain!
Nothing Things!
Empty Humpty Dumpty!
Goddamn City Tokyo!
Aranjuez!
Niggaz4Life!
'S Wonderful Slime Smile Smith!
Wild, Wild West. Will be, Will be!
AK-69 Loves Mike Popcorn & One way, One Mic, One Life!
Kalashnikov AK-47 Killed Trillion People!
End of The World War III!

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「ぼくにも食べさせてよ」と世界にただ一匹のミニチュア・セントバーナード犬、ポルコロッソが言った。尻尾をヘリコプターみたいにぐるぐるまわしている。尻尾の回転速度と表情と息づかいからして、猛烈に『フィネガンズ・ウェイク』に興味があるようだ。

「これは食べ物じゃないよ」と私。
「だって、あんたはすごくしあわせそうじゃないか」
「しあわせそうでも、これは食べ物じゃない。それに、おまえにはまだはやすぎる」
「そんなのずるいや! 自分だけおいしい思いするなんて! ねえねえ、お願いだからぼくにもおくれってば!」

私は商店主のハンフリー・チップデン・エアウィッカーが法廷で相手方の木偶の坊弁護士から雨の休日の過ごし方について実に間の抜けた尋問を受ける場面のページをポルコロッソの鼻っつらに押しつけた。ポルコロッソは鼻をくんくん鳴らし、上目づかいで私を見てからぺろりと『フィネガンズ・ウェイク』の420ページをなめた。

「まずっ! ひどいや!」
「だから言ったじゃないか」
「でも、なにか裏がありそうだな」
「裏なんかないって」
「いや、あんたはいままでにぼくを4242回だましてきたからな。けさは春巻きの皮しかくれなかったし」
「きのうはピーナッツを42粒もあげたぜ」
「おかげでゲリゲリピーピーピーナッツだ」
「わかったよ。これはおまえにあげるよ。そのかわり、だいじにしてくれよな。気がすんだら返してもらいたいし」
私は『フィネガンズ・ウェイク』をポルコロッソの寝床であるホットマンのターコイズ・ブルーのタオルケットの上にそっと置いた。

ポルコロッソは『フィネガンズ・ウェイク』にぴったりと寄り添い、満足そうに眠りについた。そして、目を覚ますたびに1ページずつ『フィネガンズ・ウェイク』を食べた。

ポルコロッソが『フィネガンズ・ウェイク』を平らげたら、次は『ユリシーズ』、その次は『失われた時を求めて』をあげることにしよう。

イーリアス』と『オデュッセイア』と『プルターク英雄伝』と『パイドン』と『聖書』と『神曲』と『無限・宇宙・諸世界について』と『地獄の季節』とー(θ)ー『虹のコヨーテ』と『アノニマス・ガーデン』とー(Ω)ー『精神現象学』と『純粋理性批判』と『悦ばしき知識』と『善悪の彼岸』と『ツァラトゥストラかく語りき』と『カラマーゾフの兄弟』と『罪と罰』と『悪霊』と『ディヴィッド・コパフィールド』と『森の生活』と『老人と海』とー(Φ)ー『堕落論』と『山羊の歌』と『在りし日の歌』と『異邦人』と『シジフォスの神話』と『存在と時間』と『存在と無』と『グレート・ギャツビー』と『長いさよなら』と『路上』と『悲しき熱帯』と『言葉と物』と『グラマトロジーについて』と『重力の虹』と『ライ麦畑のキャッチャー』とー(Ψ)ー『共同幻想論』と『死霊』と『豊饒の海』と『断層図鑑殺人事件』と『骰子一擲』と『半獣神の午後』と『変身』と『文学空間』と『期待/忘却』と『スローターハウス5』と『ニューロマンサー』と『セヴンティーン』と『政治少年死す』と『同時代ゲーム』と『万延元年のフットボール』と『1973年のピンボール』と『羊をめぐる冒険』と『ガルガンチュアとパンタグリュエル』もあげよう。

すべてを食べ終えたとき、ポルコロッソは世界で一番あごが丈夫で、イデアでプラトニックでロゴスでミュトスでエロスでタナトスでモダンでコスモポリタンでルネサンスで海とつがった太陽で砂漠の商人でオー・マイ・ゴッドでエトランジェーでフィロソフィーでベグリッフェンでニヒルでスーパーマンでルサンチマンでアナーキーでエッケ・ホモでラスコーリニコフでエコロジーでファンキーでタフでクールでハードボイルドでイノセントでヒップでフラップでプライベート・アイズでプル・ソワでアンガージュマンでエピステーメーでパラダイム・シフトでイグジスタンスでデコンストリュクシオンでディセミナシオンでモヒートで無頼で汚れっちまった悲しみで茶色い戦争でチューヤでビートニクでポップでデオキシリボヌクレイック・アシッドで逆立で黙狂で虚體で憂国であっはでぷふいでポスト・モダンでニューエイジでサイバーパンクでスラップ・スティックでサンボリスムでアノニマスでスコールで想像力と数百円でジャギュアでスパゲティ・バジリコでちょっとマドレーヌな犬になっているにちがいない。

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ポルコロッソに負けてはいられない。本を読もう。もっともっと本を読もう。もっと勉強しよう。もっと映画をみて、もっと音楽を聴いて、もっと自転車に乗って、もっと散歩をして、もっとおいしいものを食べて、もっと世界とコミットメントしよう。

Life is a Work in Progress. 人生は進行中なんだ。ポルコロッソも同じ意見らしい。ブーブーブーと鼻を鳴らしている。

ブーブーブー。ブーブーブー。BOO-BOO-BOO. BOO-BOO-BOO.


BOO
 

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# by enzo_morinari | 2018-05-16 10:00 | 東京の午睡 | Trackback | Comments(0)

東京シャドウズ#1 いつかのシュプレヒコール

 
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時の流れを止めて「変わらない夢」をみたがる者たちと戦うために東京シャドウズは誕生した。「変わらない夢」を流れの中に求めて。影は臆病な猫のように光に怯えているし、光がなければ存在しないが、いつもというわけではない。影が一斉にシュプレヒコールを上げ、蜂起するとき、世界は一瞬にしてその様相を変える。これを「革命」と呼ぶ。


【前 史】
日本には現在、ふたつの職業尾行リーグが存在する。東京ビコー・リーグと大阪フォロー・リーグである。これを統括管理監督しているのが日本職業尾行機構(NPSL)だ。日本職業尾行機構の役員には検察庁OB、警察庁OB、内閣情報調査室の元室長、公安調査庁OB、警視庁警備局の元局長らが名を連ねている。顧問、相談役には現役の国会議員らがいる。日本職業尾行機構の初代コミッショナーは第20代大審院長の泉二新熊である。

東京シャドウズが所属する「東京ビコー・リーグ」には現在42の団体、組織、個人が加盟している。尾行団体、尾行組織を特に「影団」と呼ぶ。「影の軍団」の略称であるというのは誤りである。個人は「影者」または「影手」である。自嘲気味にみずからを「日陰者」と呼ぶ者も存在する。誇り高き影者は「影武者」と言って憚らない。

「職業尾行」とは尾行のプロフェッショナルの形態を指す言葉であって、「プロフェッショナル尾行」とも言う。対義語は「アマチュア尾行(アマ尾行)」である。英語では「Professional Shadow(プロフェッショナル・シャドウ)」と表記される。日本においては日本職業尾行機構(NPSL)によって統括管理監督されている。米国・カナダにはメジャーリーグ・フォローゲーム(MLFG)がある。単純に「プロ尾行」とのみいう場合はNPSLを指す場合が多い。1950年頃までは「職業尾行」と呼ばれていた。日本最初のプロ尾行の組織は「日本職業尾行連盟」である。「日本職業尾行連盟」は1938年に日本職業尾行機構に発展的に解散吸収された。女子のプロ尾行の形態については「女子プロ尾行」と呼ばれる。

「尾行」の日米決戦も行われている。ワールド・フォロー・クラシック(World Follow Classic/WFC)はメジャーリーグ・フォロー(MLF)機構とMLF影手会が主催する国際尾行連盟(IFAF)公認の尾行の世界一決定戦である。

他のプロ競技同様、試合を行うことで観客から入場料を徴収し、それを影団の利益ならびに影手の報酬としている。影団・影手とも尾行を専業職とし、試合やそれに関連する収益で所得のすべてを賄っている。この点がアマチュア尾行とは大きく異なる。プロ尾行の影団は「プロ尾行影団」「プロ尾行チーム」と呼ばれ、影手は「プロ尾行影手」と呼ばれる。

現代では入場料だけでなく、インターネット中継を中心に、テレビやラジオでの試合中継による放映権料や、影団や影手関連グッズの売り上げ、ファンクラブ会費、影場で販売する飲食物の売り上げなど、尾行に関連する様々な収入源が形成されている。これらの収益は影団が主体となってえた上で、その影団に所属する影手や職員へ報酬(給与)として分配される。プロ尾行を管轄する組織が一括して収益を管理し、参加している影団に分配する国もある。

現代ではどの国のプロ尾行も複数の影団でリーグを組み、リーグ戦を1チームあたり数十から 百数十試合規模で実施している。複数のリーグが存在する国では、リーグ・チャンピオン同士の対決も行われている。
 

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# by enzo_morinari | 2018-05-16 02:02 | 東京シャドウズ | Trackback | Comments(0)

リングイネ・ゲーム#001 タンタンが100%ウールの時間を堪能していた矢先の出来事

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リングイネ・ゲームの決勝トーナメントを控え、タンギー爺さんの段々畑で日向ぼっこをした翌日、ひどいサンタンに見舞われて散々な目にあったタンタンがリハビリをかねて100%ウールの時間を堪能しているときのことだった。

ヘッドバット・ジダンがマットンヤ・ユミーンの『Dang Dang』を絶唱し、ジタン・マイスをふかしながら乱入した。ジダンのあまりにもな乱暴狼藉に地団駄を踏んでいた東京ジプシーの会長に、ジダンは淡々とワールド杯レベルの頭突きをくらわした。東京ジプシーの会長はセナたんが激突死したイモラ・サーキットのタンブレロ・コーナーまですっ飛んでいった。

リングイネ・ゲームの端緒はタンギー爺さんの小さな舌だった。タンギー爺さんを慕う健啖家たちの集まりでのことだ。全員がマルチリンガル。牛タンか豚タンか羊タンか参鶏湯か酸辣湯かマンハッタンかメトロポリタンかアンポンタンかで喧々諤々の議論になった。

初めは単なるボタンのかけちがいだったけれども、ローズウッドの丸テーブルをガンガン叩き合いながら、いつ果てるともしれない舌先三寸舌の根も乾かぬ議論になった。淡麗、端正とは言いがたい机上の空論。対論、討論にほど遠い低レベル。鯛の天ぷらを食べすぎて死んだプミポン国王も他山の石とするわけにはいかないとおかんむりだ。他意はないけれども。

「アンポンタンの塩焼きが食べたい」と日米安保条約改定の日に妻に逃げられたあんぽ柿のような顔のアポンタン男が言った。アポンタン男からはたいていのスカタン女は逃げる。だれも責めることはできない。責めたところで、「アンタだれ?」と言われるのがオチである。アポンタンなだけに。不能たんなだけに。

「村の塩焼きが食べたい。神の村の塩焼きが」と神居古潭駅の助役が言った。神居古潭駅の助役は痒いところに手が届くような気のきいた人物だが、『カムイ外伝』初版全巻をマンビーキーしたかどで東京地検特捜部にパクソされた。初版だったこともあり、その他諸般の事情を勘案忖度斟酌酌量されてことなきをえた。助役の出自が影響しているのではないかとの憶測を読んだ。BLLの暗躍も取り沙汰されている。

「参鶏湯の塩焼きはできないものかね?」と鳥刺し男のパパゲーノが言った途端にタータンチェックに身をつつんだKFCファウンデーションの代表である丹古母鬼馬二が妻を寝取られた韃靼人のような憤怒の形相でパパゲーノの左側頭部にタルタル・チョップを撃ちこんだ。パパゲーノの左側頭部はみるみる膨れあがり、立派なタンコブが完成した。「参鶏湯をバカにするのはゆるさないニダ」と丹古母鬼馬二は端倪すべからざる風情を醸しだして言った。丹古母鬼馬二は虎視眈々、狙っていたニダ。

「悪魔の塩焼きが食べたい」とサタンづらのさだまさし似の女が言った。カフス・ボタン収集家である寡婦の彼女はモロッコ婦人が着用する大きなフードのついたカフタンを着ていた。

「タンの塩焼きがいい。Le Temps. 時間の塩焼き」とおフランス帰りのマドモアゼルが言った。すんごいブス。トリカブトを主食にしていそうなブス。

まともに読んでもいないのに「イイネ!」を押すとネイマールにマラカナン・スタジオまで蹴り飛ばされた挙句に脚の曲がった天使ガリンシャの呪いを受けてアル中番長/肝硬変大使になって、稲刈りのあとに林檎のリングイネを食べると滑舌がよくなって、おまけに外国語がウマくなるというウソのような嘘とウゾでも飲まなければ聞いていられない話が延々と続いた。いずれ、大山鳴動してエスミマキコ1匹がオチだろうが。このような崑崙山の山体崩壊/コンロンさんの自己破産/刑事コロンボの殉職にも比する混乱の中にあっても、タンタンは青いヒポポタマスの小さなあくびのようなペをぶっこいて泰然自若としていた。クルパ・ア・ペペ、ペペ・ル・モコ。無責任な過ち=屁と油多め味濃いめ香辛料多めのモコミチの屁。さすがです。


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# by enzo_morinari | 2018-05-15 09:24 | リングイネ・ゲーム | Trackback | Comments(0)

4θ4 Life Not Found#3 団塊老人どもの殺し方

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戦後日本をダメにしたのは自民党でも日教組でもキャラメル・ママでも銭ゲバ/カネの亡者でもブラック企業でも細木数子でも野村沙知代でも和田アキ子でもデヴィ・スカルノでもない。もちろん、これらは日本社会を硬直腐敗させる一端を担い、お先棒を担ぎはしたが、真にこの国を回復不能なまでに崩壊させたのは団塊世代並びにポスト団塊世代である。

現在、日本国は四つの災害によって存亡の危機にある。ひとつは先の東日本大震災。だが、これはいずれ時間の経過とともに乗り越えることができる。ふたつは現在進行形で発災中である福島原発事故。みっつは官僚災害である。

官僚は害虫である。害獣、害悪そのものである。官僚、木っ端役人は日本国の隅々にまで網を張りめぐらし、日々、時々刻々と血税と人的資源と国と国民の資産を貪り食っている。木っ端役人が真面目で地味で地道だなどとゆめゆめ思ってはならない。

木っ端役人どもは虎視眈々と「利権」の確保を狙い、すでに確保済みのものについては蜜を音を立てて吸いつくしている。国と国民はみるみるうちに痩せ細っていくが、当人はそのことにまったく気づかない。それほど木っ端役人どもの手口、やり口は巧妙狡猾なのだ。

そして、もっとも厄介なのが団塊世代災害である。40年以上も前の「政治の季節」に「革命だ、反乱だ」「連帯を求めて孤立をおそれず」「止めてくれるなおっかさん。我々は世直しの渡世人である」「神田を日本のカルチェ・ラタンに!」等々の威勢のいいかけ声の元に参集した団塊世代の爺さん婆さんのあさましさと来た日には思わず目を背けたくなるほどだ。

団塊老人どもの口から出るのは二言目には「年金、年金」だ。心を入れ替えて「粘菌研究でもしたら?」と言いたくなるが、所詮、無駄だ。団塊老人どもこそが「官僚支配」「官僚ファシズム」を生み、容認し、維持した張本人であることを思えば、彼らがその自ら作り上げたシステム、仕組みを否定するのは自己否定、自己矛盾に陥ってしまう。もっと現実的、つまりは目先の問題として、団塊老人の明日は、日々の生活、暮らしは官僚支配、官僚ファシズムが生み出し、もたらす「破綻した年金システム」に支えられているから彼らは根本的には「官僚NO!」とは決して言わないのだ。

彼らに責任を取らせなくていいのか? 40年以上前の「政治の季節」に国家に「NO!」を突きつけたのは若気の至りで、いまは子も孫もいる好々爺・好々婆であるからゆるしていいのか?

はっきり言ってしまおう。日本国をダメにしたのは団塊世代である。日本国はもう潰れる。霞が関の官僚どもはもう何年も前にそのことに気づいている。霞が関の木っ端役人が英知と人的資源を結集して作成した「日本国破滅のシナリオ(仮題)」はタイム・テーブル付きで日本国がどのように衰退し、ついに破滅・破局を迎えるかを政治・経済・財政等々の重要項目について個別具体的な事例と数値とともに述べている。

吾輩はその超極秘一級資料を読み終えたとき、「やはり」と思うと同時に、キッズどもを海外移住させることを決意した。当該資料についてはいずれボンクラヘッポコスカタン・メディアにPDFファイルにでもして送ってやろう。海外のメディアには翻訳しなけらばならないから多少時間がかかる。弟子どもは今、まさに寝食を忘れて翻訳作業に取りかかっている。なにしろ、A4サイズで2000ページにも及ぶ膨大な資料である。この「日本国破滅のシナリオ(仮題)」を吾輩にもたらしたキャリア官僚は朋友でもあるのだが、この3月で退官した。国家公務員法違反を覚悟の上の「快挙」にはなんらかのかたちで報いなければならない。親しき仲にも礼儀ありだ。

裁判になればそれこそこちらの思う壷である。黙っていてもメディア、マスコミが飛びつく。海外メディアもだ。さらに日本国債の金利は上昇、日経株価は大暴落、破滅のシナリオはさらに加速するはずだ。ざまあない。これが国家と国民を食い物にし、我が物顔でお手盛り行政をやってきたことに対するツケ、決算書、スカして言うならばデウス・エクス・マーキナーということである。

年金頼みの団塊世代のおじいちゃんおばあちゃん、悪いが往生際を考えてくださいね。あなたたちは官僚ファシズムのお先棒担ぎ、共謀共同正犯なんだから文句は言えないよ。「おれはなにもしていない」「あたしゃ共産党にいつも投票してたよ」と言っても通用しないよ。責任は世代で負うものと相場は決まっているんだからね。

団塊世代のあとの「ポスト団塊世代」の老人の新米さんたちにもなんらかの天誅・天罰は下るだろうな。それも致し方あるまい。すべては世代の連帯責任だ。責任を取らない、無責任を決め込むというなら海外移住しか手はないよ、おじいちゃんおばあちゃんの新米さんたち。「私有財産の没収」「金融資産の一時凍結」等々、木っ端役人どもは恥も外聞も義理も人情もへったくれもなくやってくるからな。全財産を風呂敷に包んでニュー・カレドニアにでも行くがよろしいよ。あそこは「天国に一番近い島」らしいからお迎えの手間と交通費を多少なりとも節約できる。おすすめです。ガーデニングも日向ぼっこも思う存分できるしするしね。ただし、「おひさま依存」「トリピカル・ジュース依存」にはくれぐれも注意してくださいね。(はあと)

再度、言う。日本国はもう終わる。残念ながら、ソフト・ランディングはない。極めつけのハード・ランディングが待ち受けている。政府閉鎖、ガバメント・シャットダウンが日本国破滅最終章の開幕ベルだと思えばいい。

財務省の「影の総理大臣」「木っ端役人の中の木っ端役人」「千年に一人の大食わせ者次官」である勝栄二郎が退任・退官した意味をよく考えてみるがいい。

もう日本国の財布にはカネがないのだ。そんな存亡の危機にも木っ端役人どもが大和朝廷発足以来、営々として蓄財してきた「黄金(埋蔵金とは0の数がちがう桁違いの超極秘裏ガネ)」は手つかずのまま残る。ビタ一文減らない。減らしてはならないから減らさない。

1800年もつづいた「官僚支配」によって蓄財された「究極の黄金」が「救国の黄金」として出動支出されることは断じてない。「官僚支配」を支えているのはこの「究極の黄金」と「官僚支配」を行うためにつくられた膨大な法律と政令・条令である。これに手をつけることは木っ端役人どもにとっては自殺行為だ。やるわけがない。

臆病姑息な彼らが自らの首を締めることはない。木っ端役人どもには「自裁」の覚悟もない。セコく小狡く寝穢く世間相場の十分の一の賃料(つまりはタダ同然)で官舎・宿舎に暮らしてきた者にそのような上等なけじめをつけられるわけがない。

だれが/どの党が政権を獲ろうとも、事はそう簡単ではない。待っているのは「官僚ファシズム」との全面戦争か巧妙狡猾/用意周到に準備された「懐柔策」で骨抜きにされるのがオチだ。はっきり言えば、顔面土左衛門操り人形となれ果てた野田佳彦のごときボンクラになるということである。それほど木っ端役人どもはしたたかに計算・計画を立てている。

どこのどいつが政権をとろうと対応するための「木っ端役人だけのためのシナリオ」はすでにできている。木っ端役人どもにとってはすべて「想定内」なのだ。それでも、「対官僚ファシズム戦争」に打って出る蛮勇の持ち主が現れたとして、その兆候は「秘書官人事」にあらわれる。内閣総理大臣をはじめとする各閣僚にそれぞれつく秘書官どもこそは「官僚帝国」が送り込む精鋭部隊だからだ。その人事にいささかなりとも「官僚排除」の兆候をみることができるなら、その内閣には程度の差は別として「対官僚ファシズム戦争」について本気であると言ってよい。

木っ端役人どもは常に政権に「宣戦布告」しつづけてきたのだから、そろそろ、その売られた喧嘩を買う「大バカもの(某財務官僚談)」が現れてもいいし、おもしろくはあるんだがね。

自公政権で一番喜んでいるのは、「官僚支配」「官僚ファシズム」を益々強固にせんとして蠢く霞が関の官僚どもと日本全国津々浦々に棲息する木っ端役人どもである。「官僚支配」「官僚ファシズム」に「NO!」の答えを出せなかったことでまわってくるツケは途轍もなくでかいけれども、自分のケツは自分で拭くしかない。

「官僚支配」「官僚ファシズム」がもたらす害悪は「原発」「汚染水」「除染土」どころの騒ぎ、レベルではないが、いずれにしてもツケの請求書はきっちりまわってくる。「官僚支配」「官僚ファシズム」の存続をゆるしたことによって生起する害悪については、投票所に行かなかった者も自民公明に投票した者と同罪、共犯であるというのが吾輩の考えだ。この罪に対する量刑は苛烈をきわめる。


連帯するな! 孤立しろ!

三島由紀夫が自裁した1970年前後、「連帯を求めて孤立を恐れず」という言葉/文字をよく耳にし、みかけた。「ふざけるな!」と思った。ひと世代ほども上の、いわゆる「団塊」のポンコツボンクラスカタンどもがほざいていた。この頃から、「団塊」のポンコツボンクラスカタンどもは群れること、徒党を組むことが好きだったようだ。ためしにFacebookやTwitterをはじめとするSNSに巣食う団塊世代とおぼしきポンコツどもを見てみるがいい。数百、中には1000になんなんとするフォロワー、フレンドをぶら下げて悦に入り、得々としている輩だらけだ。

イイネ/NICEのオンパレード。単純計算しても、Timelineをチェックし、イイネ/NICEをクリックだかタップだかするだけで1日は終わる。歪な親和欲求と愚にもつかぬ認知欲求に狂奔するあさましいざま。老い先短い輩どものおぞましい姿。A( )Cと群れること/仲良しごっこにかまける団塊ボケ老人どもには吐気をおぼえる。中にはネゲット、「老いらくの恋」を当てこんでいる卑しい者もいる。はっきり言う。団塊ボケ老人どもこそは究極のオワコンである。

この国を救いがたいほどにだめにした主犯は団塊の世代のポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウどもである。若い時分は「革命だ!」「闘争だ!」「連帯だ!」とお祭り騒ぎよろしく息巻いていた彼らは現在、恥も知らぬげに「年金年金」のお題目である。

今は孫もいるような好々爺、好々婆だからとゆるしていいのか? 霞が関に巣食うカスミガセキシロアリ、官僚、木っ端役人どもをのさばらせ、好き放題やらせる下地をつくり、支え、この期に及んで彼奴らを支持しているのは団塊ピープルである。彼奴らに同時多発的に隕石が直撃しないかと夢想する日々だ。吾輩は彼奴らが憎くてしかたがない。

過日言及した「クリック・ピープル」も団塊者、団塊者の遺伝子を受け継ぐ第二団塊者だ。こいつらはどうしようもない。彼奴らのどうしようもなさは拡大再生産されていく。団塊世代並びにポスト団塊世代の爺さん婆さんには、ローマかパレルモで口にすれば瞬時にコーザ・ノストラの死がもたらされるテスタ・ディ・カッツォファッチャ・ア・クーロフィリオ・ディ・プッターナウァッファンクーロの称号を与えよう。

究極的には、人間は生まれるときも死ぬときも一人だ。生まれること。生きること。死ぬこと。これらはきわめて個人的な体験である。他者には成り代わりえない。決して成り代わりえぬ存在としての単独者であればこそ、そこに自己以外の単独者との深い共感を持つことの価値がある。

害悪中の害悪である団塊世代/ポスト団塊世代を殺す方法は簡単だ。どうせ支払った分より目減りした分しか戻ってこない年金制度を破綻/崩壊させることだ。そのためには、一番割を喰う若い世代が大挙して毎月の年金掛金を支払わなければいいのだ。愚劣卑劣な木っ端役人どもと団塊世代/ポスト団塊世代どもに食いものにされているのをこのままみすみす見過ごす手はない。

この「年金掛金不払い闘争」は連帯など一切必要ない。個々のきわめて個人的な闘いである。支払わなかった掛金は海外の金融機関に定期積み立てしておけばいい。これで万事がうまくいく。害悪中の害悪である団塊世代/ポスト団塊世代を殺すことによって。


そして、あるアネクドート

ある冬の夕暮れどき。隅田川っぱたブルーテント仮設集合住宅前広場。3人の男が萎びてどす黒く変色した福島産朝採れきゅうりを齧りながら、放射能がれきが勢いよく燃えさかる焚火を囲んでいる。焚火には縁がかけて薄汚れた土鍋がかかっている。土鍋の中身は『駒形どぜう』のゴミ捨て場から頂戴してきたセシウムたっぷりのどじょうと絶滅危惧種に指定目前のカスミガセキシロアリだ。

1人目の男は野田内閣倒閣運動の先頭に立ち、消費税増税法案に子分ともども反対票を投じて民ス党を除名され、次の総選挙に無所属で立候補したものの落選した壊し屋・小沢一郎。

2人目はクーデターでダーティー・ハンド亀井静香を国民新党代表の座から引きずりおろした挙句に追放し、自ら代表となって野田政権との連立を維持、消費税増税法案成立に尽力したものの、やはり落選して議員センセイの椅子から転げ落ちた陣笠風見鶏・下地幹郎。

3人目は持病である糖尿病と痛風と高血圧が悪化して痩せ細った不退転の決意財務省操り人形こと元内閣総理大臣/元国会議員の木偶の坊土左衛門・野田佳彦。

周りを見渡せば、それまで這いつくばらせていた天下り先から石持て鞭打たれて裸同然で追放され、いまやプータローとなった元キャリアの木っ端役人どもが亡霊のような御面相を寄せ合って「隅田川っぱたになにか利権はないか」と実現の道筋なき空虚な悪だくみに精を出している。

駒形橋を虱の会の宣伝カーが大音量で「脱・脱原発国民投票」を呼びかけつつ走り去る。一陣の風が吹き、野田の足元に因果応報、風前の灯となった産經新聞朝刊がまとわりついた。1面の見出しが野田の目に飛び込む。

山本太郎内閣、国家公務員法改正案提出 国家公務員の身分保障廃止へ
独立行政法人改革法案の骨子かたまる 独立行政法人全廃へ
東京地検特捜部 旧東京電力の経営陣と電事連幹部を一斉検挙


ひと際、北風が強くなった。北の太った将軍様のミサイル花火がひっきりなしに飛び交っている。支那のステルス型偵察機は我が物顔で「東京上空いらっしゃいませ」だ。3人の男の目に光はひとかけらもない。街の灯はどこにも見えない。千代田区内幸町の旧東京電力本店跡地の競売入札期限が3日後に迫っている。

*「団塊世代/ポスト団塊世代の災害・災厄」については機会を改めてたっぷりじっくりとことん手加減なし容赦なしでやることにする。

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# by enzo_morinari | 2018-05-14 06:02 | 4θ4 Life Not Found | Trackback | Comments(0)