目的語のない女が「待つこと」に疲れはじめた夏の朝

 
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「わたしだけ、ひとりぼっち」と目的語のない女は言った。わたくしには目的語のない女にかけるべき言葉のひとかけらもなかった。彼女の味わっている孤独と不安と困難を癒すことのできない己が不徳、不甲斐なさにはらわたがよじれた。

1995年冬。17年前から始まったジェットコースター・デイズをともに生きてきた戦友でもある目的語のない女。いつも予告なく姿を消すわたくしと、ただひとり代々木の殺風景な部屋に取り残される目的語のない女。放埓にかまけるわたくしから部屋の鍵を受け取り、南麻布から代々木まで、泣きながら歩いて帰った遠い春の日をおまえは生涯忘れぬだろう。

ひとかけらのやさしさもねぎらいもなく出てゆくわたくしを見送ったあとの、寒いほどの孤独な夜。窓際のオーディオから流れる松任谷由美やゴンチチやモーツァルトをおまえはどんな気持ちで聴いていたんだ? 不条理、理不尽に待たされつづけた品川駅前、代々木の地下のバーをおまえはおぼえているか? にがいだけのジム・ビームのソーダ割りをおまえは飲み干せたのか?「バーボン、バーボン」とおどけるおまえの目にたまっていた涙のゆくえを見届けることもなく、ふりかえることもなく、足早に去った。

「けっこうありますよ」と言ってひろげた手の平には360円。金目のものをすべて売り飛ばし、「かたちになりました」と言って、わたくしに数枚の1万円札を差し出すおまえの顔のなんと晴れ晴れとしていたことか。目黒の雑居ビルの3階。敷く布団もかける布団もない晩秋の夜。泡の時代の名残りのブルックス・ブラザース、ゴールデン・フリースのくそ重いオーバー・コートに二人くるまって眠った。フローリングの床がすごく痛かったな。寒かったけれども、暖かかったな、

目的語のない女よ。冬の夜、厚顔無恥にも訪ねてきた馬鹿女に遠慮して、サンダルばきで出ていったおまえの後姿を忘れることはあるまい。

目的語のない女よ。つらく、困難にみちて、不安と孤独にまみれてはいても、すべては宝石で、現在の日々もいつか必ず宝石になる。夏の朝の成層圏にはいつもいい風が吹く。

かくして、本日も東京は目的語のない女の流す2000tの涙のごとくに天下太平楽である。

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# by enzo_morinari | 2012-08-27 15:00 | 東京の午睡 | Trackback

『アメリカの鱒釣り』の死 #3

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『アメリカの鱒釣り』の文章はおそろしく透き通っている。清冽で眩しい。痛いくらいだ。それは死の影に身を委ねた者のみが書くことのできる文章である。もう一度だけ言おう。リチャード・ブローティガンは死んだ。1984年の秋口。短銃自殺。『アメリカの鱒釣り』も死んだ。1998年の1月中旬から2月下旬にかけて。68回。68通りの死。

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 残念なことに、あるいは幸運にも、私がリチャード・ブローティガンを知ったのは、彼が死んだずっと後のことだったが、彼が死ぬ前、私は表参道の緩やかな坂道の途中あたりで、彼とすれちがったことがある。もちろん、そのときは彼がリチャード・ブローティガンだなんて知るはずもない。リチャード・ブローティガンの連れの女性は山口小夜子に似たちょっとした美人で、細くて作り物みたいに白い首に紫色のスカーフを巻き付けていた。二人の傍らには『アメリカの鱒釣り』が臆病な柴犬みたいに寄り添っていた。リチャード・ブローティガンはマクドナルドのチーズバーガーをかじりながら、コーラのMサイズを飲んでいた。彼はチーズバーガーを3分の2ばかり食べ、残りを『アメリカの鱒釣り』のほうへ放った。チーズバーガーのかけらを食べる『アメリカの鱒釣り』はすごく哀しそうな眼をしていた。それを見つめるリチャード・ブローティガンはもっと哀しそうだった。以来、私の心の片隅にはリチャード・ブローティガンと『アメリカの鱒釣り』の影が小さなしみのように残っている。

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# by enzo_morinari | 2012-08-27 05:00 | 『アメリカの鱒釣り』の死 | Trackback

『アメリカの鱒釣り』の死 #1

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 午前5時14分。南青山1丁目ツインタワー前。徹夜明けの朝、こわばった心をほぐすために青山通りで跳ねる百万匹の鱒たちの黒ずんだ背びれを眺める。彼らはすべて、『アメリカの鱒釣り』から抜け出してきた誇り高き鱒たちだ。
『アメリカの鱒釣り』でリチャード・ブローティガンのことを知ったとき、彼はすでに世界とオサラバしていた。短銃自殺。1984年の秋のことである。私の知らないうちに私の知らない小説家が私の知らない土地で銃で頭を撃ち抜いていたという事実は私を少しせつなくさせた。『アメリカの鱒釣り』を読み進みながら、私は生きることや死ぬことやそれらにまつわる馬鹿馬鹿しさや哀しみについて考えていた。読み進むうちに、生きることや死ぬことやそれらにまつわる馬鹿馬鹿しさや哀しみは輪郭がとてもくっきりしてくるのだった。3ページ読むと3ページ分のリアリティが加わった。『アメリカの鱒釣り』を読んでいる間、私の心の中には『アメリカの鱒釣り』のための清冽で目映いばかりの川が音もなく流れつづけた。魚たちの跳ねる音や澄んだ空気や川岸の冷たい緑色をした樹木や野生の草花や鱒の黒ずんだひれやほんの少し湿り気をおびた風が私と一緒だった。

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 アメリカの鱒釣り。
 リチャード・ブローティガン。
 私は小説を読み、小説家を思った。 
 
 なぜ『アメリカの鱒釣り』はリチャード・ブローティガンによって書かれ、なぜリチャード・ブローティガンは『アメリカの鱒釣り』を書いたのだろう。そして、なぜ『アメリカの鱒釣り』を書いたリチャード・ブローティガンは短銃自殺なんかしたんだろう。もちろん、いくら考えても答えはでなかった。それらのことについて考えていると胸の真ん中あたりがパリパリと乾いた音を立てて割れてしまうような気がした。
 この世界に確実なことなどなにひとつないが、これだけは言える。もしもアーネスト・ヘミングウェイが生きていて、リチャード・ブローティガンと出会っていたら、二人とも自殺なんかしなかったということだ。そして、今頃は『アメリカの鱒釣り』のための清冽な流れに二人並んで釣り糸を垂れたり、ヒッコリーの木にもたれて釣竿の自慢話をしたり、やまゆりの匂いをかいだり、風の歌に耳を傾けたりしていただろう。だが、二人は出会わなかった。そして、一人は猟銃で、一人は短銃で、それぞれ自殺した。


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# by enzo_morinari | 2012-08-16 05:00 | 『アメリカの鱒釣り』の死 | Trackback

ランボーは水色の自転車に乗って#2

 哲学的な自転車乗りとそうでない自転車乗り(02)
 意識が遠のきかける。それでもランボーはペダルを踏みつづける。内堀通りがゆるやかに左にカーヴし、桜田門前、警視庁本庁舎屋上のパラボラ・アンテナの一部が視界のすみに入ったとき、ランボーの意識は完全に消失した。ブレーキ・レバーを引こうにももはやブレーキ・キャリパーを有効に作動させるだけの余力は残っていない。レバーを握りしめ、丸裸の筋肉の力を「梃子の原理」によって増幅する。増幅された力は1mmにもみたないインナー・ケーブルを通じてブレーキ・キャリパーに入力される。これらが間断なくなされなければ、カタログ・スペック上、いかに優れた制動力を持つ機材であってもその能力を発揮することはできない。すなわち、自転車は1ミリたりとも止まらないというわけだ。同様に、ペダルを踏み込み、引き上げ、クランクをまわしてチェンにエネルギーを伝達しなければホイールは回転せず、前へは進めない。つまり、自転車とは身体の延長、身体の一部分を構成しているとも言えるのだ。
 カーブの頂点で親指の爪ほどの面積で地面をグリップしているミシュラン・プロレース2-20Cが悲鳴をあげはじめる。タイヤは限界性能を超えようとしていた。鈍い擦過音を発しながら車線1本分右にふくらむ。もしもこのときペダリングが止まっていればタイヤはグリップを失い、車体もろとも遠心力によって外側にはじき飛ばされたはずだが、ランボーは失神しながらもペダルを踏み込んでいた。
 後続の大型車両から、悪意にみちたクラクションが鳴る。急ブレーキの鋭い音とゴムの焦げる匂い。そして、罵声。
「これで、やっと死ねるんだ」
 そう思った刹那、ランボーの胸の奥深くをよぎったのは「言葉の祖国」にたどりつくための地図ではなかったか。残念ながらそれはランボーにしかわからない。だが、けっきょく、きょうもまたランボーは死ななかった。毎朝のことだ。正気を取りもどし、しらみはじめた冬の空に一瞥をくれ、東京の中心にぽっかりとドーナツ状にあいた「聖なる空虚」の周囲をランボーは疾走する。ゴールなど見えようはずもない。内堀通りは環状道路だが、その「円環」は閉じられていないからだ。走りつづける道はけっして引返すことのできない細く長い一本道である。

(ファリエロ・マージの悪意のごとくにつづく。)

 
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# by enzo_morinari | 2012-08-01 12:00 | ランボーは水色の自転車に乗って | Trackback

ギャツビーの女

 
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週末、金曜の昼下がり。都会の喧騒が消え失せた宝石のような時間。オフィス・ビルの壁面のガラスが夏の初めの空と雲と光を映している。仕事は午前中にすべて片づけた。仕事もプライベートもすべては順調で、なにひとつ思いわずらうことはない。これから日曜の夜にベッドにもぐりこむまで、夏の始まりにふさわしいとびきりの時間をすごせる幸福で心は夏の雨上がりの空のように晴々としていた。

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オープン・テラスのテーブルの上に読みはじめたばかりのアーウィン・ショーの短編集を置き、ウェイターが注文を取りにやってくるのを待つ。通りに目をやると、クレープデシンやコットンリネンやピケやコードレーンやシアサッカーの夏服に身を包んだ女たちがややあごを突き出して歩いている。どの女たちの顔をみても週末の夜のお愉しみを目前に美しく健康的で、適度にエロティックで、いきいきとしている。「いい週末を」と思わず声をかけたくなる。

澄んだ空気。
にこ毛のような陽の光。
そして、夏服を着た女たち。

これから日が暮れるまでの数時間を自由に贅沢にすごそう。気持ちはさらに浮き立ってくる。
「クルヴァジェをクラッシュ・アイスに注いで、それをエヴィアン・ウォーターで割ったものを」
新米のウェイターが怪訝な表情を浮かべたので、私は伝票とボールペンを受け取り、注文を記した。新米ウェイター君に安堵とともに爽やかな笑顔がもどる。
薄手の大きな丸いグラスを琥珀色の液体が満たしている。グラスの淵に鼻を近づけ、芳醇馥郁たる葡萄の精の香りを愉しんでからひと息で半分ほど飲んだ。爽やかで、しかも豊かな味だ。決して上等とはいえないBOZEのコンパクト・スピーカーから、ジューン・クリスティの『サムシング・クール』が聴こえはじめる。夏の初めの空と雲をみる。流れゆくひとかけらの雲が、遠い昔に私を通りすぎていった女たちの顔にみえる。さらにクルヴァジェをもう1杯。動悸がたかまる。

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その昔、いつでもどこでも、『サムシング・クール』を口ずさんでいる女の子がいた。彼女は冷凍室の中でさえ、「なにか冷たいものをおねがい」と言いそうだった。彼女の名前は? 思い出せない。クルヴァジェをもう1杯。背筋を冷たい汗が一筋、流れ落ちる。

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『クール・ストラッティン』のジャケット写真みたいに魅惑的な脚線美をいつも誇らしげに見せびらかす女もいた。彼女が自信たっぷりに気取って街を歩くと、男たちは立ち止まり、慌てて振りかえり、そして、遠ざかる彼女の後姿と脚線美を溜息まじりに見送ったものだ。彼女の名前は? 思い出せない。クルヴァジェをもう1杯。軽い眩暈に夏の初めの街が揺れる。

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「マイルス・ディヴィスは嫌いだけど、『クールの誕生』は好き」と言いながらLPレコードを乱暴にターンテーブルにのせる女もいた。私は彼女の手荒さに辟易したものだ。彼女の名前は? 思い出せない。クルヴァジェをもう1杯。グラスを持つ右手がふるえだす。

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初めてみにいった『グレート・ギャツビー』で意気投合し、「あなたがギャツビーで、わたしがデイジー。そうすれば二人の復讐と幸福と享楽と放埓は完結するのよ」と言って、熱烈なキスをプレゼントしてくれた女もいた。彼女の名前は? 思い出せない。クルヴァジェをもう1杯。全身が泡立ちはじめた。
女たちの毒を含んだ矢が次々と飛んでくる。その毒矢は決して的を外すことはない。しかも、彼女たちのすべては遠い記憶の淡い桃色の雲の中に隠れていて姿をみせることはない。心の中にみるみる黒い雲が湧き上がってくる。寒気さえ感じる。初めの頃の浮き立つような気分はとうに消え失せていた。

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街が黄昏はじめた頃、やっと彼女は現れた。淡い水色のクレープデシンのドレスに身を包んで。彼女のあたたかくやわらかな笑顔だけがいまの私を彼女のいる世界に引き戻してくれる。そう思い、私は心の底から安心し、彼女に感謝した。
「あなたと初めてみにいった映画、おぼえてる?」と彼女は突然言った。
「ごめん。忘れちゃったよ。きみとは映画ばかりみてるから」
「『グレート・ギャツビー』よ」
「まさか ──」
「本当だってば。初めてのデートで、初めての映画ですもの。忘れたりするもんですか」
私は立ち上がり、もう何杯目なのかさえわからなくなってしまったクルヴァジェを毒杯でもあおるような気分で飲み干し、夏服を着た女たちが涼しげな表情を浮かべて行き交う街の中へ、ゆっくりと、本当にゆっくりと、一人で漕ぎ出していった。
 
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# by enzo_morinari | 2012-07-18 14:00 | コアントローポリタンの女 | Trackback