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思い出の”Moonlight Serenade”と1958年式アトランティック・バード号の夜間飛行後の引退

 
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恋におちたのは2008年の夏の終わりだった。相手は私のゼミナールに所属していた教え子だ。6年ぶりの再会だった。学生時代はジーンズにTシャツというラフでざっかけないありふれた女子学生にすぎなかった彼女は、見ちがえるほど美しく、可憐で清楚で気品にあふれ、しかも華のある成熟したおとなの女性に変貌していた。いくぶんかの哀しみと愁いを含んだ表情も彼女の魅力をさらに引き立てているように感じられた。

私と彼女を引き寄せたものがなんだったのかはわからない。ただ、これだけは言える。私たちは魔法でもかけられたようにたちまちのうちに恋におち、笑い、泣き、たまに言い争い、そのたびに仲直りし、そして、砂時計が時を刻むように鋭く深く確実にいくつかの季節をともに生きたのだと。

あるパーティーの帰り道。グレン・ミラー楽団の演奏する"Moonlight Serenade"が流れるクルマの中で、親子ほども年齢の離れた若い恋の相手は私の肩に頭をもたせかけたまま何度もため息をついた。重ねた手の白い指先が小刻みにふるえているのがわかった。心の軋む音さえ聴こえた。そして言った。

「思い出せない。この曲の名前がどうしても思い出せないの。だれもが知っているはずのスタンダード・ナンバーなのに」
「”Moonlight Serenade” グレン・ミラー楽団だよ」
「今夜くらい月のきれいな夜、”Moonlight Serenade” を聴きながら夜間飛行できたら素敵ね」
「いつかやるさ。きみが本物のおとなのレディになったときにね」
「ずいぶんと先の話だわ。あなたはおじいちゃんになっちゃうし」

彼女は首をすくめ、脚をバタバタさせ、おどけた仕草をみせた。私は曲をリピート・セットした。夜の帳の降りた街を見おろす公園の駐車場にクルマを停め、私たちは繰りかえし”Moonlight Serenade” を聴き、みつめあい、手をにぎりあい、ときどき口づけを交わし、夜の静寂に包まれた街と14番目の月を交互に眺めた。

「どうしよう。こんなに恋しちゃって」
「だいじょうぶ。いつかさめるから。そして終わる」
「いじわる」
「先のない恋という覚悟をしておくのはおとなの男のたしなみさ。それに、飛行に乱気流はつきものだ。それどころか墜落だってありうる。操縦のむずかしいきみのような相手では特にね」
「でもいまだけは ── 」
「そう。いまだけはありったけ恋すればいい」
「そうね」
「初めて会ったときにわれわれの恋の終わらせ方について決めたのはおぼえてるね? 泣かない。怒らない。異議申し立てしない。そして、たがいに2度と電話もメールもしない。すべてなかったことにする。きみはそれに同意した。この恋から答えはなにひとつみつからないってことも含めてね。かけらさえも」
「ええ。覚悟はできています。それにしても、やっぱりあなたって本当にいじわるだわ」
「いまにはじまったことじゃない」

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彼女の言うとおり、私はいくぶんかいじわるだったかもしれない。彼女の大きな瞳に大粒の涙が光る。私は涙をぬぐうかわりに彼女の右瞼に唇を寄せた。彼女が愛しくてならなかった。このままだれも知らぬ土地へ連れ去ってしまいたいくらいに。

「おねがい。いつかわたしをダンスに誘って。この曲で。それと夜間飛行にも」
「いつかじゃない。いまだ」

私たちはクルマを降り、月あかりを浴びながら”Moonlight Serenade”にあわせて踊った。まるで夜間飛行をしているような気分だった。公園の片隅の自動販売機が喝采するようにまばゆく輝いていた。

軽やかなステップ、可憐なターン、清楚なスウェイの仕草、そして、気品にあふれたスクエア。私の無骨なリードにもかかわらず、彼女のダンスは完璧だった。私たちの恋のゆくえ、恋のライン・オブ・ダンスは不安定きわまりもなかったが。恋の夜間飛行はいつ乱気流に巻きこまれ、墜落してもおかしくなかったのだが。

「時間が止まってくれたらいいのに。これが夢ならさめなければいいのに」

“Moonlight Serenade”の演奏が終わりにさしかかろうとしたとき、彼女は私の胸に顔をうずめ、涙声でつぶやいた。私は彼女の顔を人差し指で上に向かせ、そっと口づけをし、つよく抱きしめ、言った。

「お嬢さん、それは無理な願いごとというもんだ。今夜の満天のお星様たちだって聞き届けてくれやしない。わかるね?」
「わかりました。先生」

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その後、私たちの恋物語は予想外の展開をみせて終演したが、”Moonlight Serenade”を聴くたびに彼女のことを思い出す。彼女の着ていたシルク・デシン地の黒いパーティー・ドレスの衣ずれの音はいまも耳に残る。彼女がまとうフレグランス、ゲランの『夜間飛行』の森の中をさまよっているような密やかで凛と背筋の伸びた香りも。そして、かすかに心の軋む音。機体のあちこちに厄介な問題を抱えた1958年式アトランティック・バード号にいよいよ引退の潮時がきたのだ。「老兵は死なず。ただ静かに消え去るのみ」と操縦席にも記してある。


Moonlight Serenade - Glenn Miller & His Orchestra
 
by enzo_morinari | 2019-05-19 06:36 | あなたと夜と音楽と | Trackback | Comments(0)

アンドロメダの男と石を眺める女の子

 
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なぜ自分は星なんか眺めているんだろうとときどき考える。答えは見つからないが、考えることで気分はすごくよくなる。大切なのは、星を眺め、考えることだ。眺める星はどれでもいいし、考えることはなんでもいい。 Estrellita Seeker


アンドロメダからやってきたのだと男は言った。自分こそが星を継ぐ者なのだとも言った。1998年の冬の初めのことだ。私は男の言葉を信じた。ほかにはなにひとつ信じるにあたいするものがなかったからだ。今では、男の言葉を信じてよかったと思える。少なくとも男とすごしたあいだ、私には信じるにあたいするものが確実にあったのだから。

男が訪ねてきたとき、私はサード・ワールドの気の抜けたレゲエをエンドレスで聴きながら、牧舎の設計図面を引いているところだった。午後から降りだした雨が夕方には雪にかわっていた。扉を強い力で叩く音がしたのは20時を少しすぎた頃である。扉をあけるとずぶ濡れの見知らぬ男が全身を震わせながら立っていた。男は鉛のように無表情で、手には銀色に輝く円柱状の棒を握りしめていた。私は身構えたが、すぐに警戒をといた。アンドロメダからやってきたのだと男が言ったからだ。「アンドロメダなら毎日見ていたよ。」と私は答え、男を招き入れた。男の眼の奥にかすかな光がともった。

アンドロメダの男が姿を現わしてから3日後、東京の光学機器メーカーに特別注文していた天体望遠鏡が届いた。アンドロメダの男と二人でバルコニーに望遠鏡を据えつける作業に半日を費やした。その作業のあいだ、私たちはエビスビールの350 ㎖缶を1ダースずつのみ、オムレツを3枚食べた。オムレツはアンドロメダの男が作ったが、そのできばえは玄人はだしだった。およそ私がそれまでに食べてきたどのオムレツよりも繊細で優雅で誠実で気品にあふれ、なによりもハイドンの弦楽四重奏的だった。まさに最上の部類に属するオムレツである。完璧と言ってもよい。表面に軽くフォークが触れるだけで、滑らかな半熟状態の中身がこぼれでてきた。

「どこでオムレツの作り方を?」

私がたずねると、アンドロメダの男は真顔で答えた。

「だれにだって、触れられたくない過去のひとつやふたつはある。」

アンドロメダの男の言うとおりだった。

私の生活の基本は自給自足である。畑を耕し、鶏を飼育する。夜明けとともに起床し、畑を耕し、鶏舎の鶏の世話をし、採卵する。午後の数時間、CADを使ってログキャビンの設計図を引く。たまに恋文や絶縁状や学士論文や立ち退きを求める家主の内容証明郵便の下書きや貸金返還請求訴訟の訴状の代筆もする。ブログの代筆という不思議な依頼もあった。さらに「ボクのかわりに女の子とスカイプチャットをやって、彼女を口説き落としてください。」というとんでもない依頼すらあった。もちろん、すべてよろこんでお引き受けするが、クライアントのメンタリティが私にはいまひとつ理解できない。時代はかわったものだ。しかし、仕事は仕事である。

現在、継続中の大仕事は「2ちゃんねんるをつぶしてください。」という依頼にもとづくものである。ある地方都市に住むお年寄りからの依頼だ。事情をたずねると、お孫さんが悪名高い「2ちゃんねる」で罵詈雑言、根拠のない非難中傷を長期間にわたり浴びせられたあげくに、さまざまな個人情報をさらされ、ついには投身自殺してしまったというのだった。そして、なんとしても恨みを晴らしたい、復讐をしたいというのである。私が必要経費等は返せないが、期待にそえなかった場合はギャランティの70パーセントを返す旨伝えると、即座に私が指定したインターネット銀行の口座に手付金として200万円が振りこまれてきた。「あなたの仕事はずっとみてきた。いま、あなたは私が信用できる唯一のひとだ。どうかよろしくおねがいいたします。」という内容のメールが着信したのはその直後だった。私は自分の本名、住所、携帯電話番号などの個人情報を記し、返信した。

ログキャビンの設計図面引きと種々の代筆は、私にとっては、すべて「インターネット・ビジネス」である。固定客はそこそこいて、メールや私の開設している掲示板、チャットルーム、スカイプを通じて注文がくる。空いた時間には音楽を聴き、本を読み、星を観測する。その繰りかえしだ。余計なことは考えない。考えたところで、結局、答えは出ないからだ。考えれば考えるほど、混みいった事情をかかえる選択肢がふえるだけだ。私はもう、疲れることに疲れ果てたのだ。

アンドロメダの男がやってきて5日目。たまたま入ったあるチャットルームで不思議な女の子と知り合った。

>>いつもなにをしてすごしているの?
>>星を眺めてる。きみは?
>>石を眺めてる。似てるね。あなたとわたし。
>>星も大きな石みたいなもんだからね。
>>じゃ、石はちっちゃな星だ。ね?そうでしょ?
>>きみの言うとおりだよ。で、眺める石には好みとかあるの?
>>ないよ。石なら手当たりしだい。なんでも。
>>すごいな。
>>たまに念力で石を動かしちゃうこともあるんだよ。
>>え!?
>>うそ。w
>>www

その日以来、私は石を眺める女の子とチャットをして、夜ふけの数時間をすごすようになった。

私は冬のあいだずっと星を観測し、宇宙のことを考える。そのためにこそ東京を離れ、高原に移り住んだのだ。私の宇宙への焦がれるがごとき思いは、春の星座の訪れとともに消え去る。目標の天体を捉え、覗き穴から見ながら、なぜ自分は星なんか眺めているんだろうとときどき考える。答えは見つからないが、考えることで気分はすごくよくなる。大切なのは、星を眺め、考えることだ。眺める星はどれでもいいし、考えることはなんでもいい。


When You Wish Upon a Star/星に願いを

Stardust - Glenn Miller & His Orchestra

Stardust - Nat “King” Cole

Moonlight Serenade - Glenn Miller & His Orchestra

冬の星座 (文部省唱歌/昭和22年) 土居裕子

Passeio Nas Estrelas/星の散歩 Lisa Ono/小野リサ (1989)

Estrellita/小さな星 - Itzhak Perlman & Placido Domingo

Estrellita/小さな星 - Alondra de la Parra (Travieso Carmesi/2011)
 
by enzo_morinari | 2019-05-18 18:20 | アンドロメダの男と石を眺める女の子 | Trackback | Comments(0)

スナドリネコさんとしまっちゃうおじさんは偏西風に乗って

 
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偏西風とゴンチチはすべての胡乱で跛行的で陰湿陰険で陋劣醜悪なことどもを吹き飛ばす。


代官山のMonsoon CaféでGorilla MonsoonことGino MarellaとHaystacks CalhounことW.D. CalhounとJay McInerneyことJohn Barrett McInerney Jr.とアイノキ暗殺のサソリ固め密談を原子番号33 Twice Multiplicationしていたら、あっちこっち方々竹麦魚魴鮄からBOBO Brazilがやってきて福岡市民体育館民にココナツ・ヘッドバッドをぶちかました。そればかりか、四方”チャコちゃん”晴美が洗濯屋ケンちゃんと2プラトンで死国山脈のセブリの民/山窩集団に美濃囲いした。福岡市民体育館民も死国山脈のセブリの民/山窩集団もおおいに赤面したのは言うまでもない。なんせ、ボボとおちゃこだけに。15歳の春に「パパとボボしたい」と言ったラバトリ・ランチ/便所めし悪魔っ子ちゃんこと冴絵ちゃんさえ。

かくなる混乱と混迷を打開したのは偏西風に乗ってやってきたスナドリネコさんとしまっちゃうおじさんだった。

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Tramart Sound Collection Vol 1: Music as Interior [Full Album] by Gontiti (1983)
 
by enzo_morinari | 2019-05-18 15:02 | 偏西風に乗って | Trackback | Comments(0)

“Something Cool”と言って、クール・クリスティはクールに殺す。

 
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“Something Cool”と言って、クール・クリスティはクールに殺す。


凄腕の女殺し屋クール・クリスティの仕事はマーク/標的と恋仲になることから始まる。クール・クリスティから“Something Cool”「なにか冷たいものをちょうだい」と言われたマーク/標的は、その数分後にクールで美しい死体になる。クールだ。霜取り装置の壊れていないほうの冷蔵庫のクールさだ。


Something Cool - June Christy (Something Cool/1953)
 
by enzo_morinari | 2019-05-18 11:54 | Something Cool | Trackback | Comments(0)

名無しのジャルディニエは死刑執行人/死刑執行人ル・ブロー=ボーヤの午後

 
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枯れ葉の舞う午後は首がよく伐れる。名無しのジャルディニエ


退屈な午後である。午前中は15人の首を刎ねた。伯爵夫人からの差し入れの犢を1頭、手下と屠って以後はだれも断頭台に引っ立てられてこない。つまらん。実につまらん。刎ねられた頭が胴体を離れて籠の中に落ちたときの音はいい音だ。惚れた女のヨガリ声に匹敵する。伯爵夫人のヨガリ声に。

Site-specific Artの泰斗にしてSanta Rosa de Limaの化身であるル・ブロー・トピアリー・ジャルディニエ=ジャルディネロ=ゲルトナー・ガーデナー・ボーヤはベンベルグ・バンベルク・シティーの「庭師と農民の博物館」の名誉館長である。同時に裏プラント・ワールドの凄腕の死刑執行人/首切り王でもある。

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最後のハングマン/最後の首吊り処刑人、アルバート・ピアポイント
 
by enzo_morinari | 2019-05-18 10:10 | 名無しのジャルディニエは死刑執行人 | Trackback | Comments(0)

悪ガキ練習帳/カツ丼、鮨、天ぷら。利益誘導と叛逆児の面目

 
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他者はつねに敵である。自己と他者は永遠に交わることのない2本の平行線である。他者に好意を持つことは明瞭に敗北である。(悪ガキ練習帳シュライブ002)


「そんなにつっぱらかるなって。それよりか、腹へっただろう? 昼前からだから。めし喰いにいこう」

クマダはホトケさまのような顔で言った。

「めし? カネねえよ」
「おれのおごりだよ」
「ふん。なんだ。利益誘導か。供述の証拠価値がゼロになるぜ。警察学校で習わなかったのかよ」
「調べはこれでおしまい」
「おしまい? 嫌疑不十分か?」
「不十分じゃなくて、嫌疑なしだ」
「愚かな自白偏重主義がもたらした違法不当に拘束された3時間42分の代償は? 国家賠償法に基づいて賠償請求の訴えを起こさなきゃな」
「おいおい。もうすぐ定年のじいさんをいじめるなよ」
「負けを認めるんだな」
「ああ。おまえの勝ちだ」
「完全勝利だな。Amat Victoria Curamってことだ」
「え? なに?」
「周到な準備が勝利を招くって意味だ」
「恐れいりました」

クマダは机に額がつくくらいに深々と頭を下げた。

私とクマダは加賀町警察署を出て中華街を抜け、本町通りでタクシーに乗った。向かった先は野毛。マリン・タワーの野郎がしきりにウィンクしてきたが、華麗にスルーした。腹の虫がグーグーGoogle鳴った。クマダがクククと声を押し殺して笑った。クマダが好きになりかけていることに気づいて、少し癪にさわり、少しうれしかった。好きになったらおれの負けだとも思った。

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by enzo_morinari | 2019-05-17 12:04 | 悪ガキ練習帳 | Trackback | Comments(0)

悪ガキ練習帳/おまえのようなタイプのワルはいなかった。(少年課のベテラン刑事)

 
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カイエ・ソバージュはつねにカイエ・ギャルネマンの露払いであり、ソバ湯の代用品にもならないハンパものである。(悪ガキ練習帳シュライブ001)


「30年近く悪ガキをみてきたが、おまえのようなタイプのワルはいなかった」

加賀町警察署少年課課長のクマダはあきれ顔でそう言った。

「不良は家が貧乏で、モノ欲しさカネ欲しさに万引き、かっぱらい、カツアゲをやる。だけど、おまえはそうじゃない。おまえは悪いことするのをたのしんでるだろう?」
「黙秘権の行使を表明すると言ったら?」
「なんで小学生が黙秘権なんて言葉を知ってるんだ?」
「黙秘する。取調室に入ってからもう3時間だ。証拠の任意性がどんどん失われていくぜ。公判維持も難しくなる。あっ! いいこと思いついたぞ。机に顔を叩きつけて鼻の骨でも折るってのはどうよ? 刑法第195条の特別公務員暴行陵虐罪は重罪だぜ。7年以下の懲役か禁錮。もうすぐ定年だってのにかわいそうにな。懲戒免職で退職金もなし。へたをすりゃ、実刑だ。窃盗の罪より軽いのは納得いかないけど、まあいい。児相からトンソこくのなんか朝めし前のお茶の子さいさいだしな。それに、少年法っておマヌケな法律のおかげで14歳まではやり放題だ。キチガイのふりすりゃ、責任能力なしでお咎めは一切なし。キチガイのふりうまいぜ、おれは。ホントはモノホンのキチガイなんだけどな。ウケケケケ」


Michael Jackson - Bad (Official Video)

Bad Boy Good Man - Tape Five (Feat. Henrik Wager)
 
by enzo_morinari | 2019-05-17 03:10 | 悪ガキ練習帳 | Trackback | Comments(0)

痛みのペンキ雨を見たかい? Have you ever seen the painting pain rain?

 
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痛みのペンキ雨を見たかい? Have you ever seen the painting pain rain?_c0109850_21122231.jpg

雨を感じることができるやつもいれば、ただ濡れるだけのやつもいる。レゲエの聖者

雨の中を歩くのが好きだ。だれも私が泣いていることに気づかないから。街のあかりのちょび髭男

だれもが幸せを欲しがり、痛みを欲しがる者はいないが、虹には少しの雨が必要だ。匿名の庭師

嵐が通りすぎるのを待つだけが人生じゃない。土砂降りの雨の中で歌い、踊ることを学ぶのも人生だ。V-G

痛みを見たことがあるか? 私はある。痛みはITP(特発性血小板減少性紫斑病)に罹患した皮膚のような色をしている。Pain Rain Seeker


「ペンキ雨を見たかい?」と問う。それは「痛みの雨に降られたことはあるか?」という問いでもある。かつて、ショウペン先生は小さな万年筆を指先でクルクル回しながら「痛みをみせてみろ」と言った。私はいやいやみせた。右の手のひらにのせて。ショウペン先生は満足げにうなずいた。そして、きっぱりと、吐き棄てるように言った。

「だれにもみせることのない秘密の場所に痛みを隠し持っていないやつは信用できない」

ショウペン先生の言う通りだ。痛みを隠し持っていないやつは信用できない。痛みと弱さはときにホンモノとニセモノを見抜くための精巧な計測器になり、使い方次第では強力な武器になる。


Have You Ever Seen The Rain? 雨を見たかい? - Creedence Clearwater Revival (Pendulum/1970)

Rainy Night in Georgia - Brook Benton (1969)

Rainy Night in Georgia - Randy Crawford (1981)
 
by enzo_morinari | 2019-05-16 21:16 | 痛みのペンキ雨を見たかい? | Trackback | Comments(0)

πな気分で物静かに退場しろ! 妖怪ヨマズニイイネオシのアフォ・マホ婆あとヨマズニイイネオシ大王のパルジー・マサシへの諫言をかねて。

 
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言多きは退くなり 野村"2丁拳銃"秋介


大仰御大層大袈裟大上段な「引退宣言」から42日、また気色胸糞の悪いのが戻ってきやがった。雌伏隠遁の42日だって? 42年じゃなくて? 4.2年でもなくて? 「もう疲れました」「自分らしくあるために休養に専念します」の言は撤回か? そして、復帰(復帰だってえ?!)の第一声が「42日間、待っていてくれてありがとう」ときたもんだ。

「ありがとう」「感謝感激雨あられ」の類いを大量生産大量消費しまくるこの御仁、信じがたいことに還暦をすぎて3年も経ついいおとなだ。還暦すぎのいいおとなが自分のことを名前(苗字ではなく)で呼ぶ。長期凋落傾向(「長期凋落傾向」もなにも、鼻からエーベックソ/オリコンのタッグによるインチキマヤカシの「数字」にすぎないのだが。だよな? 京急上大岡駅前で青っ洟垂らしていたZ-Nittyのマツーラ小僧)からすでに「あのひとは今」となったポンコツ歌姫様のドスコイ浜崎あゆみが「あゆはあ~」と自分のことを言うように。これってどうよ? どうなのよ? 本人は至って大まじめではあるのだが。

一大イベントの復帰を果たし、拍手喝采の中、花道をスポットライト浴びて御登場あそばしたつもりでもあるのか? 消えて清々していられた日々も終っちまった。

このポンコツボンクラヘッポコスカタンの気色悪さ胸糞悪さは自身の不遇を常に派手派手しくぶら下げて、その大仰御大層大袈裟大上段にふりかぶったまやかしのインチキ看板を他者に見せつけ、見るように強要強制するところにこそある。その言説は100パーセント自身の「不遇」「悲運」「困難」に関するものである。なぜ「不遇」「悲運」「困難」にしか言及しない? めしは喰っていないのか? 風は吹いていないのか? 花が咲き、実を結ぶことはないのか? 政治経済事件等々について思うこと感じることはないのか? リアリティのかけらもない「不遇」「悲運」「困難」にかかわる自己言及の言説などにはいささかの価値もないとは思わないのか? 大所高所から語っているつもりだろうがこのポンコツボンクラヘッポコスカタンの言説にはまったく迫真、切実、生活実感がない。詩だって? 世間知らずの甘ちゃんのたわ言の垂れ流しにすぎまい。AK-69の「One Way, One Mic, One Life, Let's Go!」の1行にすら値しない空虚空疎さだ。ヨマズニイイネオシ大王のパルジー・マサシも同類/同じ穴のムジナだ。

そして、決定的なのは自身をグリップすることすらできておらず、グリップしようともせず、自身の困難、不遇、悲運を乗り越えられず、乗り越えようともせず、突破口を探さず、探そうともしていないにもかかわらず、他者に対して大仰御大層大袈裟大上段にかまえた「御託」「能書き」「訓戒」を垂れる太々しさ、鈍感さだ。自身の頭のまわりを飛びまわる五月蝿い蠅さえ叩き落とせずに他者の腹の虫の具合についてああでもないこうでもないと御託能書きを並べることを「厚顔無恥」というのである。

このポンコツボンクラヘッポコスカタン、頻繁に「出会いは宝だ」と宣う。ではその「出会い」はどのような出会いだったのか、出会った相手はいかなる人物だったのか、出会いののちにどのようなことがあり、いかなる言葉を交わし、なにを感じたのかについては一切触れない。「出会いは宝」の一点張り。すべては抽象と独りよがりに終始する。このことはあらゆることについて同じである。不遇、悲運、困難、困憊について語るときもだ。

不遇、悲運、困難、困憊なら、質と量において、このポンコツボンクラヘッポコスカタンの数十倍数百倍を味わっている者は山のようにいるし、彼らはそれでいながら黙して語らず、日々をのたうちまわりながら生きている。いちいち「ありがとう」「うれしい」「たのしい」「しあわせ」なんぞという甘っちょろさと思惑と手垢にまみれ、腑抜けた空疎な言説を宣わったりもせず、わけのわからないバイアスもかけず、故障した日本語で飾りたてたり、珍妙きわまりもない味つけをしたりせずにだ。

朝から晩まで「イイネ!」を押す暇があるなら、みずからの不遇困難困憊を乗り越え、突破するための「行為」「行動」にこそ専念すべきだろう。たとえ、100パーセントの不可能を突きつけられた不遇、困難、悲運であってもだ。

他者の善意、泣きどころ、弱みにつけ入るなどは言語道断、グロテスクな認知欲求と親和欲求を餌に「取り巻き」「お追従者」「おべんちゃら病罹患者」「きれいごと愛好家」を何百人、何千人増やそうがえられるものなどありはしない。肝心要は自身が一人炎の中心に立って尻込みせぬ覚悟を持っているか、腹を括っているかだけである。その余のことはすべて些事瑣末事にすぎない。

ところがどっこい、このポンコツボンクラヘッポコスカタンときた日には、醜悪きわまりもない認知欲求と親和欲求を餌に「取り巻き」「お追従者」「おべんちゃら病罹患者」「きれいごと愛好家」どもをこれでもかというくらいに取りこんで悦に入っているばかりか、みずからの不遇、困難、悲運に対してさえ「ありがとう」「うれしい」「感謝」ときたもんだ。もっとも、そこにはひとかけらのリアリティも切実さも生活実感もない。

おまえは神か? ホトケか? 小仏峠の番人将又追い剥ぎ、山賊か? 山賊なら山賊で押しつけがましくするのではなく剥ぎとりがましくやりやがれ!

群青烈日居士、野村秋介先生の「言多きは退くなり」という至言をこのポンコツボンクラヘッポコスカタンは百万遍も二百万遍も口にするがよかろう。さすれば、退屈でつまらぬことしか言えぬ「減らず口」も少しは沈黙の重みを持てるかもしれぬ。

赤いちゃんちゃんこを着て3年が過ぎた魔法使いのお婆さん/妖怪ヨマズニイイネオシのアフォ・マホ下衆外道! ひと皮剥けば強欲悪食の狼だってことはとっくのとうにお見通しだぜ。おわかり? それとも、おかわり? 激烈強烈無類のトラウマになるすさまじいやつを。
 
by enzo_morinari | 2019-05-16 12:29 | πな気分♪ | Trackback | Comments(0)

暗殺者の書斎/非在の水曜日の朝、永久革命家トリオのP.J.プルードン、M.A.バクーニン、P.A.クロポトキンによる『非在の衒学三重奏 アナキズムとモナキズムの結婚』は繰り返し流れる。

 
暗殺者の書斎/非在の水曜日の朝、永久革命家トリオのP.J.プルードン、M.A.バクーニン、P.A.クロポトキンによる『非在の衒学三重奏 アナキズムとモナキズムの結婚』は繰り返し流れる。_c0109850_08025886.jpg

非在の水曜日の朝、永久革命家トリオのP.J.プルードン、M.A.バクーニン、P.A.クロポトキンによる『非在の衒学三重奏 アナキズムとモナキズムの結婚』が繰り返し流れる中、非在の流刑地メキシコで非在の処刑は行われた。処刑されたのはレフ・トロツキー。

暗殺者のメロディが鳴り響く中、間諜ラモン・イワノヴィチ・ロペスことラモン・メルカデルに先端部を鋭利に砥ぎあげられたピッケルで手加減なし容赦なしで後頭部を打ち砕かれて。根っこにあったのは陰湿陰険頑迷蒙昧強固な反ユダヤ主義である。人道への罪深さについて、スターリンとヒトラーと毛沢東とトルーマンは同罪である。すべての国家権力/権力機構が人道への罪深き行いをしてきたし、していることは言うまでもない。

暗殺者の書斎/非在の水曜日の朝、永久革命家トリオのP.J.プルードン、M.A.バクーニン、P.A.クロポトキンによる『非在の衒学三重奏 アナキズムとモナキズムの結婚』は繰り返し流れる。_c0109850_08031956.jpg



L'Assassinat de Trotsky/The Assassination of Trotsky/暗殺者のメロディ (1972)
 
by enzo_morinari | 2019-05-16 08:18 | 暗殺者の書斎 | Trackback | Comments(0)