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究極のマティーニと古い友情の終わらせ方

 
 
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古い戦友の命日。戦友との思い出がぎっしり詰まった酒場に足を運んだ。20年ぶりだ。戦友は探偵で、腕っぷしはめっぽう強いが泣き虫で、酔いどれの誇り高き男で、運に見放されていて、美人に目がないくせに女にはからきし弱く、「いつかゴビ砂漠のど真ん中で究極のマティーニを飲む。そして、死ぬ」が口ぐせで、ネイビーの、ペンシル・ストライプのダブル・ブレステッドのスーツしか着ない男だった。救いは彼が律儀で不器用で無愛想なうえに、うそがへたくそなことだった。

「究極のマティーニを。古い友情を終わらせたいんだ」
「タンカレーでおつくりいたしますか? プードルスとボンベイ・サファイアもございますが」
「いや。牛喰いで」

ニッカーボッカー・ホテルの名物バーテンダー、マルティーニ・エ・ロッシーニはとても礼儀正しくうなずいた。きれいに霜のついたバカラのカクテル・グラスの名品、The Long Goodbyeが目の前に置かれた。

ボンデージ、ウッド・ノットがひとつもない濃い赤褐色のホンジュラス・マホガニーの1枚板のカウンターの上でThe Long Goodbyeが静かに息づいている。彼女が私に別れを告げるころには、私は彼女を何度も何度も抱きしめ、唇を寄せ、5粒ばかりの涙を彼女の中に落としているにちがいない。そして、したたかに酔いどれるのだ。今夜はそんな気分だ。誇りのたぐいはとっくの昔に行方不明なのだし、いまさら酔いどれたところで胸を痛めてくれる愛しい女もいない。かつての愛しい女は「さよなら」のひと言さえ残さずに金持ちの年寄りの愛人になった。それでいい。すこぶるつきのクールさだ。こちらはクールなタフ・ガイなんだ。勝負は互角という寸法である。

それにしても、よりにもよって、「長いさよなら」とはな。「さよならは短い死だ」と言いつづけた探偵は強くもなれず、生きていくための資格を手に入れることさえできないまま本牧の路地裏で冷たい肉の塊になって死んだ。もう20年になる。探偵のことはときどき思いだすが、いつもというわけではない。

友よ。My Private Eyesよ。あんたは死に、おれは生きながらえ、偉大な眠りにはとんと御無沙汰だ。不眠はもう10年もつづいている。あんた同様、おれはいまだに強くもなれず、やさしさの意味すらわからないでいる。なんてマイ・フーリッシュ・ハートな人生なんだろうな。笑ってくれ。

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私が遠い日の友との思い出に耽っているさなかに上っ調子にバカ笑いしながら若いカップルがやってきた。男はコークハイを注文し(コークハイだって!?)、女はテキーラ・サンライズを注文した。マルティーニ・エ・ロッシーニは眉を一瞬しかめ、ため息をひとつ、小さくついた。

女の顔を見ると虫酸が走った。他人の手帳を盗み見ることにひとかけらの呵責も感じない魂のいやしさのたぐいが顔にあらわれていた。おまけに、使っている香水は濃厚なうえに動物的なにおいで甘ったるかった。第一、明らかに分量が多すぎる。香水のシャワーでも浴びてきたのかとたずねたくなるほどだ。

ここは場末の安キャバレーではない。ここは何人もの本物の酒飲み、一流の酔いどれが巣立っていった酒場なんだ。ある種の人々にとっては聖地でさえある。香水女は臆面もなくそれらを蹂躙しようとしている。抑えようのない激しく強い怒りがこみあげてきた。

おまえは店のすべての酒の香りを台無しにする気か? この店にある酒は蒸留という名の試練をくぐり抜け、いくつもの季節を樽の中でやりすごし、ときに天使に分け前を分捕られ、磨きに磨かれてやっと陽の目を見たんだぞ!

女の首根っこをつかまえてそう叱り飛ばしたかったが我慢した。香水女の指は太く短く、金輪際ナイフとフォークを使った食事をともにしたくないタイプの人物だった。いや、ナイフとフォークを使った食事だけではない。女が私の半径50メートル以内にいるだけで確実に食欲を失う。この広い宇宙にはテーブル・マナー以前の輩が確かに存在することを私はこのとき初めて知った。

私の知る世界、生きてきた日々、失った時間や友情や愛をことごとく踏みにじり台無しにするおぞましい力をその若い女は持っていた。めまいさえ感じたとき、マルティーニ・エ・ロッシーニが毅然とした態度で言い放った。

「申し訳ございません。現在、当店はエクストラ・ドライ・タイムでございます。ウルトラ・スーパー・エクストラ・ドライ・マティーニか、少々お時間が早すぎますが、ギムレットなら御用意できます。コークハイは元町の信濃屋さんの真裏に当店よりずっといい、お若い方向けの店がありますから、そちらへどうぞ」

「お若い方向けの店」とマルティーニ・エ・ロッシーニが言ったところで私はあやうく吹き出しそうになった。「お若い方」を「愚か者」と言い換えればジグソー・パズルの完成である。

シュレディンガー・キャットを見つけだすよりむずかしそうなジグソー・パズルの本当の完成はもうすぐだった。マルティーニ・エ・ロッシーニは言葉をいったん引き取った。香水女はショッキング・ピンクのハイヒールの踵を床にせわしなく打ちつけた。苛立っている。ざまあない。ここはおまえたちのような無作法者が来るところではない。マルティーニ・エ・ロッシーニは仕上げにかかる。

「テキーラ・サンライズはカリブ海のニュー・プロビデンス島経由でアカプルコ・ゴールド・コーストに出張中です。滞在先は年端もいかない少年少女をかどわかすことで悪名高いチンピラ音楽のメッカ、ホテル・ザ・ローリング・ストーンズと聞きおよんでおります。したがいまして、どうぞお引き取りください。次にお越しの際はフレグランスは控え目に。清楚で上品な香りのもの、たとえばJean Patouの JOY かEau de Givenchy、Miss Dior、Lily of the Valleyあたりをお勧めいたします。それとこれは極秘情報ですが、今夜あたりから大声でしゃべったりバカ笑いすると島流しになるそうですよ。お気をつけください」

マルティーニ・エ・ロッシーニが言うと、若い男は未練たらしく女々しい舌打ちをし、香水女は手持ちのうちでもっとも悪意と憎悪と愚劣が盛りこまれた引きつった作りものの笑顔を見せ、さっさとマルティーニ・エ・ロッシーニにさよならを告げた。

そう、マルティーニ・エ・ロッシーニが言うとおり、いまこの時間、黄昏と闇の狭間の時刻、世界中のすべての酒場は1日のうちのもっとも聖なる時間、エクストラ・ドライ・タイムを迎えているのだ。聖なる時間を迎えている酒場は無礼無作法なうえに甘ったれた恋愛ごっこにかまける者の相手などできない。無礼無作法なうえに甘ったれた恋愛ごっこにかまける愚か者どもに供するグラスはひとつもないし、注ぐ酒は1滴たりともない。世界はそんなふうにできあがっているのである。

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「お待たせいたしました。当店自慢のウルトラ・スーパー・エクストラ・ドライ・マティーニでございます」

マルティーニ・エ・ロッシーニは言って、The Long Goodbyeの横に屈強な牛喰いどもが好む酒、ビーフィーター・ロンドン・ジン47度の扁平な瓶を置いた。鮮紅色の衣装をまとった牛喰いがこちらを睨みつける。

「ありがとう。ある探偵と飲み明かした夜以来だよ。ウルトラ・スーパー・エクストラ・ドライ・マティーニは」
「承知しております。この街は惜しい人を失いました。もう20年になりますね」
「おぼえていてくれたんだね」
「ほかのことは全部忘れてしまいましたがね」
「いい奴は死んだ奴だというのはいまも変わらない」
「まったくそのとおりです。ところで、お客様。警官にさよならをする手段は掃いて捨てるほどもありますが、友情を終わらせる方法はこの世界にはございませんよ」
「わかってるさ」
「お友だちはベルモットの瓶を横目で眺めながら、あるいはモンゴメリー将軍で、ときどきはベルモットのコルクで拭いたグラスにジンをそそいだものを召しあがってらっしゃいました」

私は開きかけた唇を閉じた。心はドライどころか潤んでいた。なにか口にすれば大洪水に押し流されてしまうように思われた。酔いどれの気高き誇りを持つ男の無邪気な笑顔と800万をはるかに超える死にざまを生きた孤愁を思った。

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マルティーニ・エ・ロッシーニは私の胸のうちを見透かすようにマッキントッシュの古い真空管アンプリファイアーMC275のヴォリュームを少しだけ上げた。1949年10月14日、N.Y.C. Down Beatのエラ・フィッツジェラルドが『As Time Goes By』を囁くように歌いはじめた。

霧は深く、時はいくらでも好きなだけ過ぎていくが、夜はまだ始まったばかりだ。もちろん、ギムレットにも早くはない。やがて、古い友との友情の日々を思う長い夜がやってくる。急ぐ理由はなにひとつない。時は過ぎゆくままにさせておけばいいし、霧は深いままでいい。酒も傾ける盃もたんまりある。おまけに「究極のマティーニ」を知る伝説のバーテンダーは目の前でグラスを磨いている。これ以上の贅沢は世界への宣戦布告も同然である。50歳。もう敵は作らなくていい年齢だ。

私は2杯目の「究極のマティーニ」を注文した。マルティーニ・エ・ロッシーニはきれいに霜のついたThe Long Goodbyeに静かにビーフィーター・ロンドン・ジンを注ぎながら、「これはわたくしから天国のご友人に」と言ってグラスを私のほうへ滑らせた。「ご友人が横目で見るためのベルモットはこちらに」と言い、伝説のバーテンダー、マルティーニ・エ・ロッシーニはノイリー・プラットのゆるやかにくびれたボトルを脇に置いた。

マルティーニ・エ・ロッシーニの目からグラスに小さなダイヤモンドがひと粒こぼれ落ちたような気がしたが、それはたぶん、気のせいだ。本物のプロフェッショナルはそんなヘマを犯したりしない。究極のマティーニがかすかにしょっぱかったのも、やはり気のせいにちがいない。長い夜にはいろいろなことがあるものと相場は決まっている。

友よ。My Private Eyesよ。グレープフルーツのように丸い酔いどれの月は見えているか? 酔いどれ船の甲板の居心地はどうなんだ? ノイリー・プラットの位置はこれでいいか?

Across the Deep River and into the Deep Forest. 深い河を渡って緑濃い森にはたどり着けたのか? それとも、ゴビ砂漠のど真ん中で究極のマティーニを飲んでいるのか?

今宵、酔いどれの月はグレープフルーツのように丸く、遠い。再会までにいったい何杯の「究極のマティーニ」を飲み干し、いったい何回、酔いどれの月を見上げればいいんだ? 友よ ── 。


As Time Goes By
 
by enzo_morinari | 2019-03-31 19:31 | 流儀と遊戯の王国 | Trackback | Comments(0)

Hotel Cabbala/運命の女との獣のような営みは数秘術によって運命づけられたHotel Cabbalaの666号室でいつ果てることもなく。

 
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それを愛というには無理がある。運命の女と私にあったのは飽くなき快楽への意志であり、死の待望だったろう。


これは往時のHotel Cabbalaを偲び、追悼するための話だ。慰めはないが、いくらかの教訓はある。

Hotel Cabbalaは稀代の数秘術師のジョン・カバラ氏によって麻布暗闇坂の頂上に建てられた。2002年に完成した元麻布ヒルズ フォレストタワーはかつてHotel Cabbalaがあった場所だ。元麻布ヒルズ フォレストタワーの敷地に群生するローズマリーはHotel Cabbala時代の名残りである。

Hotel Cabbalaはボスフォラス以東にただひとつしかないと言われるハーモニクス・オーヴァートーン館とともにチェネレントラ・ルネサンス様式の建築物であって、ドナト・ブラマンテの羊皮紙プランを元にサン・ピエトロ大聖堂のグランド・デザインを模して建てられ、敷地のいたるところに数秘術の儀式に用いるためのローズマリーが植栽された。風向きにもよるが、麻布十番の商店街を抜けて暗闇坂を登りはじめるとローズマリーの香りに包まれる。谷底の古刹苔院から噴き上げた風が元麻布ヒルズ フォレストタワーのローズマリー群を巻きこみ、その香りを孕んだまま広尾へと抜けてゆく。ローズマリーが醸す芳香は麻布という狷介剣呑陰湿な街の諸々の罪障を浄しているとも言える。

Hotel Cabbalaのメイン・レストランであるラ・ピエトラ・デル・パラゴーネはチェネレントラ・ルネサンス様式の装飾で埋めつくされていて、常に、いついかなるときにもヴェルディ・ミドリカワ・マコ作『ジャン=ピエール・ウィミーユとピエール・ヴェイロンのためのル・グルマン24のソネット』が黒死館門外不出弦楽四重奏団によって奏でられていた。

私は密かにHotel CabbalaをHôtel de Fin de Siecle/世紀末ホテルと呼んでいた。Hotel Cabbalaの敷地は魔方陣そのものだった。

稀代の数秘術師のジョン・カバラ氏によって麻布暗闇坂の頂上に建てられたHotel Cabbalaの敷地は魔方陣を模していた。数秘術の粋を集めて建築されたHotel Cabbalaの建物はつきることのない妖気幽気を放っていた。Hotel Cabbalaの敷地は魔方陣そのものだった。

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2000年春。世紀末の春は狂おしく爛漫として咲き誇っていた。泡劇場閉幕の傷と痛みも癒え、新しく始めた事業は軌道に乗りはじめていた。すべては順風満帆に推移しているかに思えた。Hotel Cabbalaで運命の女/Femme fataleに出会うまでは。

私はHotel Cabbalaの部屋を1ヶ月単位で借りていた。3度目の離婚にかかる煩事雑事も片づいて、黄金のシングル・プレイヤーとしての日々を謳歌していた。一抹の寂しさ、孤独を感じることもあったが、それはこどもの頃から経験済みだ。

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運命の女と初めて会ったのはHotel Cabbalaのメイン・レストランであるラ・ピエトラ・デル・パラゴーネだ。運命の女は錆御納戸に江戸小紋の結城紬に落ち着いた青竹色の帯を締めていた。帯留めは大きくて質のいい翡翠。伊達帯に京都嵯峨野に工房を構える孤高の扇子職人の手になる渋扇を挿していた。扇骨は本煤竹、扇面は本手漉きの嵯峨野和紙、かなめは錫、手描きの景色、矯め皺の景色。いずれも素晴らしい。文句のつけようがなかった。溜息が出るほどだった。本伽羅が実にほどよく薫きこめてある。扇ぐと仄かで品のよい甘い香りをともなって清風が起こる。蘭奢待ほどではないが濃厚濃密さが奥のほうにひっそりとある伽羅。

帯留めとそろいの翡翠のイヤリング。指輪はプラチナ台に大玉の瑪瑙。 少しも華美たところのない薄化粧をしていた。気品と艶。運命の女は完璧だった。つけているフレグランスは夜間飛行だった。私の母親とおなじ。濃密な艶気を奥に秘めながら深い森のような凛とした誇りと知性を孕んだ馨りだった。ファイナル・ノートの様子から、運命の女が夜間飛行を掃くように薄衣を纏うように身につけたことがわかった。

ギャルソンがやってきて「あちらのお客様からでございます」と言い、テーブルの端に名刺を1枚置いた。薄桃色の名塩雁皮紙でできた名刺には楷樹明朝体で「伽羅 古木静香」とあった。名刺には伽羅が薫きこめられていた。名刺の裏には所属する句会の名がみえた。たいそう名の知れた句会だ。そこで何度も賞を取ったことが見てとれた。「伽羅」は雅号の類いだろう。流麗で凛とした達筆で「ごいっしょにいかがかしら」と添え書きがしてあった。

私は運命の女をさりげなく三度見やり、少し考えてから席を立った。名刺に薫きこめられた伽羅の典雅でありながら濃密なにおいに心ははやり、千々に乱れていた。すでに、激しく勃起し、先端からは先走りのものがあふれていた。

「ご迷惑ではなかったかしら?」

私が席に着くなり、運命の女は言って、涼風のような笑みを浮かべた。

「ちっとも。あなたからのお誘いがなければ私の方から押しかけてました。」
「あら。うれしいことを仰ってくださるのね。」
「本心です。包み隠さす。歯には衣を着せないというのが私のModus Operandiです。衣着せないのは歯だけではありませんけどね。」

運命の女は私のメタファーをすぐに理解した。その証拠に乳白色の喉元を突きだして見せつけた。

「もうすぐ喜寿になるお婆ちゃんですけれど、それでもよろしくって?」
「喜寿? まさか! 第一印象の贔屓目分を差し引いても50歳。47,8にしかみえない。」
「いいえ。本当よ。1924年、大正13年子年で閏年の2月29日金曜日の生まれ。関東大震災の5ヶ月後。George Gershwinがバレンタイン・デーに”Rhapsody in Blue”をNYマンハッタンのAeolian Hallで初演した月。」

運命の女はそう言うとグラスの赤ワインを半分ほど飲んだ。運命の女はCh Lafite-Rothschildの1990年を飲んでいた。喉がとても艶かしく動いた。私のレーゾンデートルは破裂しそうなほどいきりたった。

「そうか! 4年に1度しか齢が重ならないからか!」
「まあ! そんなことを言う殿方は初めてだわ。」
「このあと、もっとすごくてめくるめくようなお初をお目にかけますよ。」

私が言うと運命の女は身をよじるような仕草をした。エロティックでエモーショナルな動きだった。

私はアルケオロジーのパテとパノプティコンのムースを交互に食べながらエピステーメーのムニュ・ディスクールにじっくり目を通した。ギャルソンを呼び、パレーシアのテリーヌと永遠の生命サラダと赤ピーマンのムースとエイひれと春キャベツの蒸し煮シェリー酢バタ・ソースと牛のしっぽの赤ワイン煮込みを頼んだ。ギャルソンは驚きの表情を浮かべた。

「ワインはいかがいたしましょうか?」
「白はソムリエにお任せする。赤はCh Lafite-Rothschildの1982年を」

ギャルソンはその場に倒れてしまうのではないかというくらい驚愕の表情をみせた。脚がガクガクブルブルと震えていた。運命の女はくすくすと実に魅力的な笑いをしていた。

ワインを飲み、料理をわけあって食べた。白ワインはミュスカデだった。ソムリエは実にいい選択、いい仕事をした。プーヴォワル・パストラルの静かな時間が季節みっつ分過ぎた気がした。。私も運命の女も考えていることは一緒だった。1秒でも早く繋がりたいという思いは。

吸いつくような肌。伽羅の体臭。白桃のように馨しい息。筆舌に尽くしがたい名器。快楽への貪欲さ。運命の女は完璧だった。非の打ち所がなかった。

「イクときも死ぬときも一緒がいい。」と運命の女は言った。2時間休むことなく激しく濃密濃厚に交わりつづけたあとだった。

「イクときはともかく、死ぬときまで一緒というのは無理な相談です。ものごと順番なんだから、当然、あなたのほうが先に逝く。私は42歳、あなたは77歳の喜寿。それが天然自然の理にかなったごく自然なことです。」と私は答えた。

10年前に夫を亡くした大富豪の未亡人。77歳。私は42歳。運命の女の部屋は666号室。私の部屋は42号室だった。42。宇宙森羅万象の究極の答えだ。運命の女によって運命の扉は大きく開かれたが、その先につづく道が地獄煉獄に通じる道だとは思いもしなかった。

私と運命の女は666号室であるいは42号室で狂った獣のように逢瀬を重ねた。運命の女の部屋、獣の数字の部屋で交わるときは運命の女の秘所/密所/蜜所は別の生き物になった。捩れ、捻れ、蠢き、痙攣し、収縮し、弛緩し、からみついてきた。

私は運命の女の中で何度も何度も激しく射精した。運命の女の秘所/密所/蜜所は蜜の滴る白桃のような味がした。匂いも。息も。舌も。眼球も。

運命の女の快楽への追求心/探究心は驚くほど旺盛だった。運命の女の燃え方は決して熾火などではなかった。運命の女の内側では淫蕩の焔が激しく燃え盛っていた。その焔は世界を灼きつくそうとでもしているように思われた。20年近くも昔のことだ。

私と運命の女はひたすら交わりつづけた。交わりつづけ、腹がへるとルーム・サービスをとって食べた。食べながらも私と運命の女は交わった。ずっとつながっていたいと思った。運命の女もおなじことを言った。

3日目にいっしょに風呂に入った。ならんで鏡をのぞいたら、そこには亡者の顔がふたつならんでいた。ふたりして笑った。

「鬼まではまだまだだ。もっとやりまくらなきゃね。」と私は運命の女のかたちのいい乳房をもみしだきながら言った。

「ええ、そうね。鬼になりませんとね。もっともっといたしましょうね。なんなら、死ぬくらいまで。」
「あなたはイクときは死ぬ死ぬって何遍も言ってますよ。」
「あら。そうでした?」

そう言うと運命の女は乳白色の喉元をみせてとても品のいい笑い声をあげた。寝物語に私は運命の女にたずねた。

「あなたが入っている句会の爺さんがたとは懇ろになっているんですか?」
「ええ。ほとんど。猩猩爺さまばかりであちらのほうは満足させていただけないんですけどもね。わたくしに狂っていく姿をみているのがたいそうおもしろくって。中には田畑家屋敷を処分してわたくしに貢いでくださるおばかさんもいらっしゃいます。」
「ふん。みずから首をくくったような爺さんもいるんでしょう?」
「ええ。なんでもお見通しですのね。」

なんとも恐ろしげな女だと思った。

私と運命の女はけっきょく、15日間ひたすら交わった。昼間でもろくに陽の射さない部屋が夜には月あかりがよく入ってきた。月あかりに照らされる運命の女はこの世のものとは思えぬほどに妖しく幽けく美しかった。

「そろそろ、仕舞いにいたしませんこと?」
「そうですね。今夜は十五夜ですしね。」
「おなじことを考えておりましたよ。次はまた新月の夜にでも。」
「いや、次はない。あなたとはこれでお仕舞いにします。」
「あら。よろしいの?」
「まだ死にたくはありませんから。あなたはいっしょに死ぬ相手をさがしていたんでしょう?」
「ええ。よく御存知で。では、これで仕舞いにいたしましょう。これ、おしるしに差し上げます。」

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運命の女は懐から渋茶色の黒谷和紙に丁寧にくるまれたものをよこした。濃密な香りがあたりに立ちこめた。

「なんですか?」
「蘭奢待でございます。わたくしと思っておそばにおいてやってくださいませな。」
「蘭奢待? なんであなたのごとき魔性の者、物の怪が持っているんですか?」
「それだけは申し上げられません。堪忍してくださいませよ。」
「どうにも解せないひとだな、あなたは。私としたことがあやうく取り殺されるところだった。」
「うひょひょひょひょ。まあ、あなたさまも似たようなものじゃございませんか。蛇の道は蛇でございますよ。」
「たしかに。ところで、ひとつだけおたずねしますが、あなたの御先祖は足利ですか? それとも ──」

私が言うと運命の女はそれまでみせたことのない禍々しい顔つきになった。鬼の貌だ。

運命の女が神田和泉町のすき焼き屋の若旦那と無理心中したのはそれから三日後のことだった。

運命の女がくれた蘭奢待は長い年月のうちにどこかにまぎれてしまったが、家の中にあることだけはわかる。いつも当時のままの妖しく甘く濃密な香りが家の中に立ちこめているからだ。運命の女。それにしても解せない女だ。

ゆうべ、伊達帯に鳥獣戯画の描かれた京扇子を白刃のように挟んだ運命の女/蘭奢待の女が格子戸の隙間から入ってきた。とうの昔に死んだ女。亡者。鬼。

蘭奢待の幻惑蠱惑の濃密な香りが部屋を押しつぶしそうなほどに広がった。また命が削られる日々が始まる ──。


Between the Sheets - The Isley Brothers (1983)
 
by enzo_morinari | 2019-03-31 12:31 | Hotel Cabbala | Trackback | Comments(0)

Abracadabra, アブラカダブラ、ホグワーツ、ホウワース・ミラー、スティーブの飽和する鏡、油小路、ブラ糀、藪ら柑子の藪柑子、ドロドロ糀、コソドロ公共工事、Open Sesame! 開けゴマ!

 
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スティーブの飽和する鏡が”Abracadabra, Abracadabra, Abracadabra…”と催促し、せっつくように言いつづけるので、Steve Miller Bandを呼んで”Abracadabra(Ver. Cabbala+Numerology+Magic Square)”を演奏してもらった。

スティーブの飽和する鏡は不満そうにしていたがイフリートを召喚し、ルート・フリットを湯島の昌平坂学問所(昌平黌。ルビコン川のほとりで優柔不断にもなにひとつ決断できずに、アサヒ本生とアリナミンA25と博多やまやのからし明太子を東芝の最洗ターンに奥まで根元までぶちこんでかき混ぜたはいいけれども、ロト7はすべて大ハズレの名高達男もびっくりするほど名物入学試験判定不正で名高い東京医科歯科大学湯島キャンパス内所在。その実、豚まんの老祥記/神戸南京町所在)に招聘すると機嫌はよくなった。なにしろ、いまスティーブの飽和する鏡にヘソをまげられてはスティーブの飽和する鏡のおいしいヘソのゴマを食べられなくなるからゴマる。ポンコツ能無しのゴマキは婚外性交やめろよ!

そんなこんなで、ヘソのゴマをほじくりだすと止まらなくなるので、知仁武勇御代の御宝! チチンプイプイ ゴヨノ オンタカラ! Sésame, ouvre! Open Sesame! 開けゴマ!

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Abracadabra - Steve Miller Band (Abracadabra/1982)
 
by enzo_morinari | 2019-03-31 03:01 | Abracadabra! 開けゴマ! | Trackback | Comments(0)

SATORI/イソメテリに思われたくて仕方ない20代の若造小僧っ子かと思ったら、4月で定年退職する還暦ジジイだとよ。ゲラゲラゲラΨ(`▽´)Ψ

 
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イソメテリかぶれくらい鬱陶しく洒落くさく七面倒くさく乳面頭くさく指先で強くこすったチェダーチーズのにおいのような埋没した乳首くさく腐ったコンビニ弁当くさく七面鳥くさい輩はいない。


その文章の稚拙さ、まちがいだらけの日本語文法、陳腐で退屈で辛気くさい表現はくそまじめなだけの若造小僧っ子としか思えなかった。

色気、艶、おもしろ味、深みまったくなし。お通夜をかけ持ちしたようなドロ〜ンぶり。牛乳瓶の底のようなメガネをかけて出っ歯でフケだらけのボサボサ頭。金輪際さんでツメの手入れなし。黒い爪垢。鼻毛ボーボー。目のまわりは真っ黒クロスケも逃げ出してしまうくらいの濃くて大きい隈ががっつり貼りついている。死臭病と言いたくなるような重症の歯周病に罹患。強烈猛烈な口臭のために、陰で山梨さんと言われている。青木や青山で買ったドブネズミ色の一張羅のツンツルテンのスーツを破れるまで着つぶすツワモノ。靴は靴流通センターで1980円で買ったゴム底靴を履きつぶすまで。ケチでセコくてみみっちくて風采上がらず。誰からもアフター5の声かからず。恋愛経験なし。自動車運転免許証不取得。免許もないのにクルマへの憧れは強い。好きなクルマはSUZUKIとDAIHATSUの軽。理由:燃費がいいから。童貞。当然、独男。極度のマザコン。勘ちがいも甚だしい気取り屋。典型的なクソ田舎出身の三流私大文系グラン・ペゾン/大カッペ。カーッ(゚Д゚)≡゚д゚)、ペッ

しかし! クラシック音楽しか聴かず、趣味は読書だけという超絶イソメテリ! シュール・イソメテリゲソチャ〜! 朝起きて、窓を開け放って頬を撫でる風を感じて、突如、J.S. Bachの『6 Sonaten für Klavier und Violine Nr.6 G-Dur BWV 1019』を聴きたくなるトンデモぶり。記述はネットで血眼になって探しあてた他人様のテクストをひたすらコピペして換骨奪胎。ゴリッパゴリッパ。 カーッ(゚Д゚)≡゚д゚)、ペッ

そんなエセ・イソメテリジェソト・モソスターが長いあいだに書きためた日本語文法まちがいだらけで陳腐で退屈で稚拙で辛気くさい小学生中学生レベルのものを退職金を注ぎこんで自費出版するんだと! かわいそうなアジアと南米の森たち! 消費されるインクで地球の炭酸ガス濃度がさらに上昇! 半基地外人といいこの野郎といい、ポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊の亡国の輩である下衆外道居残り佐平次の取り巻きはポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊亡国の輩ぶりも桁がちがう。


"Satori Part 1" (1971) - Flower Travellin' Band
"Satori Part 2" (1971) - Flower Travellin' Band
 
by enzo_morinari | 2019-03-30 09:44 | FTB - SATORI | Trackback | Comments(0)

Green Magic Woman/葉っぱちゃんはハッパフミフミとドラッグ呪文を唱え、世界をブットバース!

 
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Olha para a minha vingança. 私のリベンジを見てなさい。G-M-W
Oye como va mi ritmo, Bueno pa’ gozar, Mulata. T-P


LINEで話しているとFlower Topsのはるか上空までぶっ飛ばされる女の子がいる。Green Magic Womanの葉っぱちゃんだ。LINE中に葉っぱちゃんがハッパフミフミとドラッグ呪文を唱えた途端にぶっ飛ばされる。Acapulco Gold CoastのSkunkは鼻歌まじりでFlower Travellin' BandのSATORIを歌う鼻曲がりのFlower Tops Childrenだ。Joe YamanakaはFunky Monkey Junkyだが、人間存在の証明がうまい。

葉っぱちゃんはものすごい勢いでオコリンボーだ。リンボーダンス付きで怒る。そのときはブットバースと怒鳴る。さらにヒートアップするとブッコロースと雄たけびをあげ、一段落つくと厚さ7cmのロースカツを3枚食べる。そして、SANTANAのOye Como Va/僕のリズムを聴いとくれとJosé RobertoのA Minha Vingança/私の復讐を聴きつづける。

葉っぱちゃんは2Q11年春のF-1原発事故で故郷を追われた。以来、葉っぱちゃんは寝ても覚めても思いつづけている。原発マフィアのやつらをかならずブットバース、ブッコロースと。そして、厚さ7cmのロースカツを死ぬほど食べると。
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Olha para a minha vingança. 私のリベンジを見てなさい。


Oye Como Va/僕のリズムを聴いとくれ - SANTANA/サンタナ (Abraxas 天の守護神/1970)
Black Magic Woman - SANTANA (Abraxas 天の守護神/1970)
"Satori Part 1" (1971) - Flower Travellin' Band
"Satori Part 2" (1971) - Flower Travellin' Band
 
by enzo_morinari | 2019-03-29 16:34 | Green Magic Woman | Trackback | Comments(0)

『前略 おふくろ様』を生き方のお手本にしていた頃/傷だらけのショーケンよ。酒神バッカスとともに逝け

 
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傷だらけのショーケンよ 酒神バッカスとともに逝け
不器用で無愛想であることはカッコイイと思った。
夢のような過去は消えてゆく 一人だけでただ歩く もう誰もいない D-H


GS時代はともかく、ショーケン/萩原健一がTVドラマで演じる主人公たちは十代のやみくもで赤剥けで無頼でたどり着いたらいつもどしゃ降りの日々のかけがえのない宝石だった。

『前略 おふくろ様』の三郎はもちろん、『傷だらけの天使』のオサムも『くるくるくるり』の辰夫も『祭りばやしが聞こえる』の直次郎も『太陽にほえろ!』のマカロニ刑事も。ショーケン/萩原健一が演じる主人公たちのように生き、話し、感じたいと思った。テキ屋の若者の物語である『祭りばやしが聞こえる』の影響を受けて、実際にテキ屋のアルバイトをやった。深川の富岡八幡宮のタカマチのときには『祭りばやしが聞こえる』のロケがあって、ショーケンが直次郎の衣装で射的をやりにきた。いい男だった。イカしていた。聴きとりにくくて低くて小さな声で話していた。柄にもなく緊張した。アガリさえした。

高校2年の秋。Hawaiian Boyzを一時ペンディングして分田上一家を名乗り、『前略 おふくろ様』の三郎風スポーツ刈り+ベージュのジャンパーorドカジャン+濃紺の足袋+雪駄で街をのし歩いた日々。全員、しゃべり方は『前略 おふくろ様』の三郎のように口下手で木訥。意味もなくはにかむ。ふだんはマシンガン・トーク+顔面ハニカム構造の私も。不器用で無愛想であることはカッコイイと思った。

モメごとのときは、ものも言わずに殴り倒すのが分田上一家構成員のケンカの流儀作法とし、実践した。

私はすでに母親を失っていたが、子分どもに「墓石にふとんをかけるバカもいる。ふとんならまだいいが、ふんどしをかける金魚すくいのような救いようのないバカさえいる。おまえらだ。親孝行したいときには親はなし。親思う心にまさる親心。おまえら、おふくろさんを大事にしろ。下にも置くな。毎日、肩もめ。」とことあるごとに教育的指導をした。予告なく家庭訪問し、子分の母親に様子をたずねて、指導にしたがっていないことが判明した不届き者は裏山か柔道場か体育館の裏に呼び出して袋叩き、足腰立たないくらいコテンパンにした。二度目以降は山下公園の氷川丸の舳先から海に叩きこんだ。当時は、いや今でも「氷川丸落とし」と言うと震えあがるやつが何人もいる。

言ってわからない者には手加減なし容赦なしで有形力物理力を行使する。話せばわかるなどという悠長能天気は経験のけの字も知らない甘ちゃん、世間知らず、極楽とんぼの寝言たわ言である。あやまって済むなら警察がいらないのと同様に、言葉で言ってわかるなら神様も仏様も苦労しない。

リアルな痛み、骨身にしみる痛みを経験することはまっとうな人間になるための通過儀礼だ。体罰などという腑抜けたものなど知ったことではない。体罰と称する段階でまやかしだ。人が人を罰することができるものか。

有形力物理力の行使は罰ではなく命の取りあい、命がけの戦いである。助かろう逃げきろう誤魔化そうほっかむりしようという魂胆でやったことはすべてまやかしの結果しか生まないし、そのようなやり口で生きた者は使いものにならない木偶の坊/半端人足となるのが関の山であり、卑怯者/臆病者/裏切り者のレッテルは死ぬまで剥がせないし、剥がれない。若造小僧のときの生き様、腹の決め方括り方で一生が決まるのだ。若造小僧のときに卑怯者/臆病者/裏切り者なら齢を重ねても卑怯者/臆病者/裏切り者のままである。誰もいない細く暗く曲がりくねった道を一人だけで歩いたか否か。炎の中心に立って尻ごみしない覚悟があるか、腹を括っているか。それですべては決まる。1度逃げた者は何度でも逃げる。逃げ場はないのに永遠に逃げつづける。


前略 おふくろ様。萩原健一 (1975)
”傷だらけの天使”(最終回) 夢の島シーン 一人/Stand Alone デイブ平尾 (1972)
 
by enzo_morinari | 2019-03-29 14:36 | 前略 おふくろ様。 | Trackback | Comments(0)

前略 おふくろ様。そして、いや、ついでに、本牧小港のリキシャ・ルームの並びのチンケなスナックで朝まで酔いどれたことは忘れないぜ。酔いどれ地獄で会おうぜ、傷だらけのショーケン。

 
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もう1度惚れさせて? 何度でもいくらでも惚れさせるぜ。 Show-Ken
人生はバラ色だよ、ダニーボーイ。La Vie en Rose! Off-Crow-Sama
歌いなさい。泣きなさい。そして、最後は笑いなさい。Off-Crow-Sama


中学2年の秋に母親は死んだ。わずか14年のつきあいだったが、たのしい日々だった。Funny&Funky. おしゃべり好きで人間ぎらい。好き/嫌いがはっきりしていた。好きなものはなにがあっても好き。嫌いになったらずっと嫌い。決して、立ち位置をかえることはなかった。

数字に滅法強く、おそろしいくらいの記憶力の持ち主だった。国民学校の卒業式のときの担任のネクタイの柄と色まで鮮明におぼえていた。同級生27人の名前と住所を完璧におぼえていたのにはただただ驚かされた。おそらくは、私同様、アスペルガー症候群/サヴァン症候群のたぐいだったんだろう。血は争えぬ。

普通/常識/一般論/あたりまえ/当たり障りなし/なれあい/しがらみ/思わせぶり/もったいつけ/しみったれ/セコいのが嫌いだった。きれいごとや湿っぽいのや辛気くさいのや説教くさいのやクソまじめやお上品ぶるのや通ぶるのやお愛想笑いや甘っちょろいのや知ったかぶりも。憎んでさえいた。近所のそば屋で通ぶって御託能書きを滔々とほざくジジイに「あんたがツーならあたしはワンだよ。この子はワン年生まれだ! ワンルンがだれかもわからない無学はすっこんでな! ワンタンでもズルズル喰ってピータンになっちまえ!」と啖呵を切ったときは大笑いした。ジジイが喰ったのは鳩豆鉄砲だ。そうそうお目にかかれない珍妙奇天烈なツラだった。

ロマンチストにしてリアリストかつセンチメンタリスト。頭のデキもけっこうなものだったように思われる。国民学校(小学校)/高等女学校(中学校)/女子高等師範学校の成績表は全優。スーパーねえちゃんだったことがうかがえる。

母親はことあるごとに言ったものだ。

「この世界はインチキとまやかしとゴマかしと欲得でできあがってるんだ」
「どんなに着飾っていたって、きれいごとを言ったって、まじめ、お上品ぶったって、裏じゃなにをやっているかわかりゃしない」
「どいつもこいつも腹の中は真っ黒けっけのドロドロさ」

母親の世界観/人間観だった。直截的で歯に衣着せぬ物言いは痛快だった。スーパーかあちゃんは世界や社会や人間について快刀乱麻、手加減なし容赦なしでバッサバッサとぶった切った。3億円事件については「だれも死んでいないし、怪我もしていない。日本の保険会社はロンドンのロイズ保険に再保険をかけているから損害なし。犯人は手に入れたカネを自由には使えない。1番儲かったのはやり放題しらみ潰しに過激派のアジトを家宅捜索できた警察、公安だ」と言った。腑に落ちる見識だった。私の気質は母親から受けついだものだ。言わば、GIFT/Cadeau. スーパーかあちゃんは私の中で生きている。

エディット・ピアフに憧れ、シャンソンの歌い手を夢見て私を身籠ったからだで単身パリに渡った。そして、私を産んだ。

たぐいまれなる美声の持ち主だった。特にシャンソンが好きで、いつも歌っていた。La Vie en Rose(バラ色の人生)/Sous le Ciel de Paris(パリの空の下)/Le Temps des cerises(さくらんぼの実る頃). etc, etc…。テネシー・ワルツもよく歌っていた。ドボルザークの『母が教えてくれた歌』も。『ダニーボーイ』は子守唄がわりだった。貧乏長屋の共同の炊事場から聴こえてくる母親の歌声がいまもはっきりと聴こえる。もちろん、子守唄がわりの『ダニーボーイ』も。

小学校3年のときのクリスマスに野球とボクシングのグローブと厳重に封印された包みをくれた。母親のたった1度だけのプレゼントだった。困窮困憊のせいもあったのだろうが、このときのクリスマス・プレゼントのほかに誕生日プレゼント/クリスマス・プレゼント/お年玉をもらったことはない。節目のお祝いもなし。同級生が七五三のお祝いをしてもらい、おめかしをして千歳飴を持って神社にお詣りに行くのを羨ましく眺めた。

母親になぜ自分だけ七五三のお祝いをしないのか問うと、「おまえは七五三のお祝いのときに七歳でも五歳でも三歳でもないから」と答えた。私はそれで納得した。

小学校3年のときのクリスマスのただ1度のプレゼントのうちの包みには書道のお手本のように達者な筆書で「これは玉手箱だよ。おかあちゃんが死んあと、おまえがおとなになって、さびしくてくるしくてつらくておかあちゃんの声が聴きたくなったときにあけなさい。それまではなにがあってもあけてはいけない。あけたらおまえは浦島太郎のように白髪のお爺さんになっちゃうからね」と書かれていた。

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25年後。泡劇場崩壊後の1991年の秋。進退ここに極まった頃。母親の死んだ日。今生の見納め聴き納めに包みをあけた。ソニーの古いオープンリール・テープが入っていた。防磁のための詰め物が何重にも施されていた。REVOXのデッキにセットして聴いた。何度も何度も、繰り返し繰り返し聴いた。

思いだしてくれてありがとう。おまえは何歳になったんだ? おかあちゃんが死んで何年になるの? さびしくてくるしくてつらくておかあちゃんの声が聴きたくなったんだね。でもね、全部、すべて、なにもかも、いいこともわるいこともたのしいこともかなしいこともうれしいこともいやなこともつらいことも過程にすぎないんだよ。いいね。そのうち、化けて出るからたのしみに待ってな。最後にひとつだけ。いつもおまえに言っていたこと。歌いなさい。泣きなさい。そして、最後は笑いなさい。人生はバラ色だよ。生意気できかん坊でわからず屋で癇癪持ちでわがままでかわいくて世界でただひとつのたいせつなたいせつなおかあちゃんのかけがえのない宝物のダニーボーイ。La Vie en Rose!

母親はテープの最後にダニーボーイとLa Vie en Roseをフルコーラスで歌っていた。とどめようもなく涙が溢れでた。母親が愛用していたなつかしいハンド・クリームの桃の花の匂いがしてふりむくと、涙をぽろぽろ流す虹子が立っていた。

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La Vie En Rose - Edith Piaf

Sous le ciel de Paris - Edith Piaf
Sous le ciel de Paris - Yves Montand
Sous le ciel de Paris - Juliette Gréco

Dvorak - Songs My Mother Taught Me (No.4, Op.55)/母が教えてくれた歌
Victoria de los Angeles

Le temps des Cerises/さくらんぼの実る頃 - Yves Montand

Tennessee Waltz - Connie Francis (1959)

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前略 おふくろ様
私はおふくろ様の青春を知りません。知ろうともしませんでした。お会いしたときに聞かせてください。おふくろ様のときめきや痛みやかなしみを。おふくろ様が生きて感じたことのすべてを。

追伸
前略 おふくろ様
遠い日の花火が消えぬうちに会いに参ります。


Danny Boy/ダニーボーイ
Keith Jarrett
Eva Cassidy
Elvis Presley
Harry Connick Jr.
Celtic Woman
Anonymous (unknown)

前略 おふくろ様。萩原健一 (1975)
前略 おふくろ様。萩原健一/田中絹代(語り)


『前略 おふくろ様』はもちろん、『傷だらけの天使』も『くるくるくるり』も『祭りばやしが聞こえる』もマカロニ刑事も忘れていないぜ。傷だらけのショーケン。忘れるわけがない。十代のやみくもで赤剥けで無頼でたどり着いたらいつもどしゃ降りの日々のかけがえのない宝石なんだから。会いてえな。会って一緒にしたたかに酔いどれたい。言葉も交わさずにただ酔いどれたい。いいやつはますます死んだやつになっていきやがるなあ…
 
by enzo_morinari | 2019-03-29 06:55 | 前略 おふくろ様。 | Trackback | Comments(2)

大空のリボン/情報統合思念体と広域帯宇宙存在の暗闘の陰で

 
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世界が5分前に始まったかもしれないことを否定する者はスマタポポヒである。

人間原理と宇宙定数が跡形もなく破壊された結果、グノーシス主義が台頭し、頽廃的なカオス理論によって世界は混乱した。


ナノ・マディンソ・ヌクヌクレオチドエア・ガーデソ・バグ/Nano Madison Square Garden Bugによって引き起こされたMicro Soft型IE(Information Explosion/情報爆発)は終わりなきループ現象と並列記憶のリセットを蔓延させ、人間原理と宇宙定数は跡形もなく破壊された。グノーシス主義が台頭し、頽廃的なカオス理論によって世界は混乱した。だれもがいかなる現象/事象/事態が起きても、当然のように「これでいいのだ!」と口した。地球人類のロロ化である。それに付随して、全世界で哲学的ゾンビが徘徊するようになった。朝日の昇る福島県郡山市朝日のXEBIO本社前にすら。何者も世界が5分前に始まったかもしれないことを否定できない。
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Ribbon in the Sky - Stevie Wonder (1981)
 
by enzo_morinari | 2019-03-28 18:45 | 大空のリボン | Trackback | Comments(0)

大空のリボンが突然ガボンの国旗になってもバカボンはハジメちゃんよりヴァカ。バカボンのパパはバーカーカーバーチソドソ屋のくせに放浪靴履いてきょうもタリラリラ〜ン♪ 周利槃特は掃けない箒を持ってレレレのレ

 
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君と僕をつなぐリボンが空に見える。これは運命だ。 だから心配しないで。なにがあっても大丈夫。S-W


春はまだ浅い。春はまだ浅いのにハルヒはあいかわらずヒルハにならないし、ループ現象から脱出できないでいるし、時間断層に押しつぶされるのは時間の問題だし、ビルバオはオワコンだし、波瑠と黒木華とハル・ベリーでは波瑠が好きだし、ハーバード出のハルバースタムはベスト&ブライテストだ。しかし、ハートはハレーションを起こしている。ハレー彗星に恋したように。ハーレー&ダヴィッド村にチョッパー・ハンドルのモーターサイクルに乗ってイージーライディングするみたいに。The Motorcycle Diariesを記してチェ・ゲバラを気取って。ハーレー&ダヴィッド村村長はソンミ村の虐殺(村民504人死亡)の生き残りだが、民訴のつわものである。それなのに、大空のリボンはかなしいほどお天気な春の空を流れ飛んでゆく。

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苦痛苦悩に歪んだ老婆の貌、恐怖に慄くこどもたちの阿鼻叫喚。この地獄を目にしても極楽とんぼをしていられるのか? 大めし大酒バカ酒安酒乞食酒を喰らい、歌舞伎だ能狂言だ落語だ映画だ美食だと歌舞音曲飽食にうつつを抜かしつづけるのか?

50年以上も前のことだから? 終わったことだから? 寝言たわ言をほざくのもたいがいにしておけ。これらのこととこれらのことに連なることどもはすべて現在進行形である。


Ribbon in the Sky - Stevie Wonder (1981)
 
by enzo_morinari | 2019-03-28 11:41 | 大空のリボン | Trackback | Comments(0)

STAY GOLD ─ 夕焼けをみる心が黄金なんだ。

 
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Nothing Gold Can Stay. Robert Frost
夕焼けをみる心が黄金なんだ。F-F-C
夕焼けがせつないのは太陽が別れを告げながらすべてを燃やしつくすからである。1日に起こり、思い、感じ、経験したもののすべてを。E-M-M


風邪っぴきのため、体調はなはだ悪し。咳が止まらぬ。体温38度7分。平熱が35度ほどの私にはかなりしんどい。人間という生き物はきわめて狭いサーマル・バンドの中で生きていることを実感する。

ひと晩、たっぷりと休養を取ったら、体調は驚くほど恢復した。景気づけに『レオン』『紅の豚』、そして『アウトサイダー』を立てつづけにみる。『レオン』は週に一度、『紅の豚』は月に一度、『アウトサイダー』は夕焼けをみたくなったとき、それぞれみる。特に『アウトサイダー』を見終えたあとはかならず夕焼けをみにいくことにしている。名うての夕焼け屋である私はいつどこでどのような夕焼けをみることができるか常に把握している。パーフェクト・グリップ。抜かりはない。抜かりはないがたまにオマヌケな事態になる。まあ、ご愛嬌ということだ。

アウトサイダー。好きな映画だ。内容は下町の「グリース」と呼ばれる不良グループと山の手の「ソッシュ」と呼ばれるお坊ちゃんたちの戦いと傷心と痛みの寓話である。

『アウトサイダー』は『地獄の黙示録』で山ほどの借財を抱えたフランシス・フォード・コッポラが資金稼ぎのために制作したといわれている。公開当時、YA/アメリカン・ヤング・スターズといわれた若手の役者が大挙して出演している。

トム・クルーズ、パトリック・スウェイジ、マット・ディロン、C.トーマス・ハウエル、ラルフ・マッチオ、ロブ・ロウ、ダイアン・レイン、エミリオ・エステヴェスら、のちに「大物」となる役者が目白押しである。

映画評論家どもやら訳知り顔の映画通どもに貶されることのほうが多い作品だったが、映画評論家も映画通もいっさい信用しないし、認めないから、彼らが『アウトサイダー』をどのようにこきおろそうと私の知ったことではない。

1983年公開。封切り初日に横浜馬車道の東宝会館でみた。映画は1人でみるものと決めている私が『アウトサイダー』だけはガールフレンドと一緒にみた。映画が終わって立ち上がれない私の背中をガールフレンドはずっとさすっていた。彼女自身もしゃくりあげながら。夕焼けのシーンからふたりともしゃくりあげていた。夕焼けはひとの心と魂を赤むけにする。そして、夕焼けをみる心の黄金は沈黙する。

あの日から36年が経ってしまったか。36年のあいだにのちに人生の同行者となるガールフレンドは死の淵を綱渡りするような過酷峻烈な闘病を経て、幼い女の子を3人残して自らの揺るぎなき強固な意志に基づいて尊厳死を選びとって夕焼けをみる心の黄金の物語を完結させ、パトリック・スウェイジは膵臓がんでエンジェル・ゴーストとなった。トム・クルーズはハリウッドというワンダーランドで押しも押されもせぬ大物となり、エミリオ・エステヴェスの実弟のチャーリー・シーンは救いようのないポンコツに成り下がった。私の「荒ぶる魂」もなりをひそめるはずだ。ポンコツヘッポコスカタンの無礼非礼を華麗にスルーできるようになったんだからな。時間は手加減なし容赦なしに残酷だが、ときとしてひとをいい方向に変えることもあるということか。

下町の「グリース」と呼ばれる不良グループと山の手の「ソッシュ」と呼ばれるお坊ちゃんたち。単純だが永遠の「階級闘争」が『アウトサイダー』の主題である。陳腐なテーマではあるが、この図式はずっと続くんだろう。変わらないもの、変えようのないものもまたいくらでもある。

『アウトサイダー』は20世紀前半のアメリカを代表する農村詩人、ロバート・フロストの詩集『New Hampshire』中の美しい詩『Nothing Gold Can Stay(黄金は情け容赦なくうつろう)』をモチーフのひとつとしている。人間は生まれたときは黄金のように輝いているが、時間の経過とともに輝きは色褪せる。しかし、だからこそ友よ、ずっと黄金のままでいてほしいというメッセージ。そのメッセージを受け取れない者の魂は錆つき、背中は煤けていると思ったほうがいい。

『アウトサイダー』のテーマ・ソングはスティーヴィー・ワンダーの『Stay Gold』だ。『アウトサイダー』の夕焼けのシーンでこの歌が流れるといつも鳥肌が立つ。「映画の夕焼けのシーン」ランキングがあればおそらく上位にランクインするだろう。肝心の夕焼け、夕映えが一部チープな合成/作り物という無作法不調法鼻白みがあるが、おのが魂、性根、心映えに黄金に輝く夕焼け、夕陽、夕映えがあれば気にもなるまい。要は夕焼けをみる心の黄金を持っているかどうかということだ。

映画のラスト近く。主人公のポニーボーイと主人公の親友のジョニーが夕焼けに染まる丘に立ち、すべてを赤く染めながら沈んでゆく太陽をみる。ジョニーがフロストの詩を引用したあとに言う。

「Stay Gold. ずっと黄金でいてくれよ。ずっと輝きを失わないでくれ。夕焼けをみる心が黄金なんだ。」

ジョニーはまもなく不慮の事故で大やけどを負って命を落とす。病院のベッドで死の間際にジョニーはポニーボーイに再びいう。

「黄金のままでいてくれよ」


東京時代はいい夕焼けをみるのにすごく苦労した。もっぱら浅草松屋屋上のフェンス越しに上野のお山の東天紅あたりに沈む夕陽をみるか、お台場海浜公園の夕焼け広場の芝生に寝転んで夕焼けをみるかすることが多かった。

きのう、心ふるえる夕焼けにまみえた。ここ30年でもっとも沈黙せざるをえない夕焼けだった。いつか、気持ちのいい風に吹かれながら、「締め切り」やら「予定」やら「約束」やらといった鬱陶しいことどもとは遠く離れて、燃えあがる夕焼けを時さえ忘れていつまでもいつまでも眺めてみたいものだ。ついでに、魂は錆びついていないか、赤むけか、背中は煤けていないか、まだおのが魂、心に黄金があるか否かの計測も。夕焼けをみる心の黄金の物語はまだ完結していない。


Stay Gold. 夕焼けをみる心が黄金なんだ。


Nothing Gold Can Stay / Robert Frost『New Hampshire』より

Nature's first green is gold,
Her hardest hue to hold.

Her early leaf's a flower;
But only so an hour.
Then leaf subsides to leaf.

So Eden sank to grief,
so dawn goes down to day.
Nothing gold can stay.

創造の時 滴る緑は黄金に輝き すぐにうつろう

創造の時 輝く葉は花 そして瞬く間に散りゆき
やがて葉はただの葉

エデンは悲しみの底に沈み 夜明けはただの昼
黄金は情け容赦なくうつろう




Stay Gold - Stevie Wonder (1983)
 
by enzo_morinari | 2019-03-28 02:38 | STAY GOLD | Trackback | Comments(0)