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Mythos Sketch/牧夫のパニック・ガーキデカーがフライパンフルートをふりかざして「パオーン! 死刑!」と雄叫びをあげ、すべての半獣神はエコール・ノルマル・シューペリウールでコダマに恋をする。

 
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八丈島のキョンをフライパンでグリエしていた牧夫のパニック・ガーキデカーは動物愛護法違反容疑でタイーホされた。大東京地方裁判所刑事42部の山上たつひこ裁判長は罪となるべき事実も理由も述べないまま、主文のみを宣告した。「死刑!」と。当然、例のポーズ付きで。
 
by enzo_morinari | 2018-11-30 23:19 | Mythos Sketch | Trackback | Comments(0)

ロンドン-パリ問題を抱えるJ.P. サルトルが揶揄し、鼻で嘲笑ったクソ真面目な精神の持ち主どもの勘ちがいも甚だしい猫またぎ鼻つまみの根拠なき選良意識を嗤う

 
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古典楽曲を聴くことは上等か? 読書は上等か? 歌舞伎/お能/狂言/古典落語をみることは上等か? 美術鑑賞/映画鑑賞は上等か? 思想哲学することは上等か? そうではあるまい。およそ文化教養芸術芸能にかかわることどもに価値の高低上下はない。生きていくうえでの糧にはならないし、腹の足しにはならないし、めしのタネにはならない。人間以外のワイルド・ライフ/動植物/生きとし生けるもの/自然物/無機物は文化教養芸術芸能にかかわることどもを嗜むことはないが、かれらは人間に劣るのか? そんなことはあるまい。

ところが、クソ真面目な精神の持ち主どもは古典楽曲を聴き、読書し、歌舞伎/お能/狂言/古典落語をみ、美術鑑賞/映画鑑賞し、思想哲学することについて得々として御託能書き/寝言たわ言をほざく。故障しきった日本語で評論批評もどきを開陳する。笑止千万。片腹痛い。ここ最近でいちばん嗤ったのは出入国管理法の国会審議(自民/公明による強行採決)について哀しさ/空しさ/情けなさを感じると言った舌の根も乾かぬうちに、棺桶に首までつかった御懇ろ糞ババアとのんびりぶらり温泉旅行した顛末を自慢げに開陳するのを目にしたときである。あらぬことか、クソ田舎の温泉地に数日逗留しただけにもかかわらず、そのクソ田舎ど田舎の田舎者はしあわせだ、ここに住みたいとまでヌカす始末だ。なんという軽薄。なんという上っ調子。

そのポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊の団塊老醜のスッカスカのカスは沖縄の基地移転についてもリアリティのかけらもないゴミ言説で御託能書き/寝言たわ言をほざいた。弱者の側に立つ者というステレオタイプを演じて悦に入りながら鼻高々に。まったくもって、4流私学文系には毎度毎度臍が茶を沸かす。

ロンドン-パリ問題を抱えるJ.P. サルトルが揶揄し、鼻で嘲笑ったクソ真面目な精神の持ち主どもは大抵が4流私学文系である。クソの役にも立たない4流私学文系が古本屋でもやろうものなら、カビ臭さに加えて辛気臭さが加わる。そうなると、リスクは感染症にとどまらずに精神衛生上の悪影響をおよぼす。ただでさえ感染症源の巣であるゴミを辛気臭さ満載で取りすまして語る古本屋のポンコツおやじくらい始末に負えない者はいない。貧乏くせえったらありゃしねえ! おまえら、ただのセドリ屋/クズ屋だろうが。

ロンドン-パリ問題を抱えるJ.P. サルトルに揶揄され、鼻で嘲笑われた、古典楽曲を聴き、読書し、歌舞伎/お能/狂言/古典落語をみ、美術鑑賞し、思想哲学することについて得々として御託能書き/寝言たわ言をほざく勘ちがいも甚だしい猫またぎ鼻つまみの選良意識まみれのクソ真面目な精神の持ち主どもよ。建設現場に行って土方相手に日頃の御託能書き/寝言たわ言をほざいてミロのヴィーナス。土方の兄ちゃんに「それってうめえのか?」とドヤされたあげくにツルハシでドタマかち割られルカ(エヴァンゲリウム)ら。ウケケケケケ Ψ(`▽´)Ψ ウケケケケケ
 
by enzo_morinari | 2018-11-30 10:41 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

虹子のエア物語/G線上のエア・ペロペロ

 
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空気は読むものではない。吸うものである。E-M-M

MRIと芋洗いは密接不可分な関係にあり、癌と蟹は関係代名詞より近縁であり、苫小牧でトマトは舞い踊り、動く楽天パンダはベラボウである。E-M-M

羽より軽いものは塵である。塵より軽いものは風である。風より軽いものは女である。女より軽いものは無である。無より軽いものは虹子である。SO-SEKI+E-M-M


「ペロペロ」

Dr. 野本の忠告を完全無視して前の晩に空気を読みすぎ吸いすぎて疲れ果て、惰眠をむさぼっていた冬の午後。虹子が耳元でJ.S. バッハの『G線上のアリア』の旋律にのせて囁いた。虹子のエア・ペロペロだった。虹子は「ペロペロ」と囁いただけで、実際に私を舐めたわけではない。

虹子はほかにもエアものを何パターンか持っている。エア・チューチュー/エア・プープー/エア・ポーポー/エア・ポコポコ/エア・ポンポコ/エア・ブラブラ/エア・パンパン/エア・クンクン/エア・スースー/エア・ツートン/エア・ツーカー/エア・ツーツー/エア・レロレロ/エア・ゾーゾー/エア・ゾルゾル/エア・ピリピリ/エア・ピリカピリカ/エア・ピロロ/エア・スライム/エア・コンコン/エア・コングロマリット/エア・ルネマグリット/エア・シュルシュル/エア・シュルレアリスム/エア・レアリスム/エア・スムスム/エア・ツムツム/エア・カムカム/エア・ペモペモ/エア・ヤキニク/エア・スシ/エア・スキヤキ/エア・テンペロ/エア・オムスビ/エア・スピノザ/エア・フルクトゥアトネクメルギトゥル/エア・フェスティナレンテ/エア・スキー/エア・ブコウスキー/エア・ザコウスキー/エア・ボルケーノ/エア・パパゲーノ/エア・ゲノム/エア・ノムノム/エア・ノモノモ/エア・モノモノ/エア・ホコホコ/エア・ユルユル/エア・ゴホゴホ/エア・クシュクシュ/エア・アマアマ/エア・ドライブドライブ/エア・チャリチャリ/エア・ツールドフランス/エア・フランス/エア・パリ/エア・ルテチア/エア・ジャマン/エア・ランブロワジー/エア・ミシュラン/エア・ルーブル/エア・コートダジュール/エア・モナコ/エア・クレームブリュレ/エア・ファンドシエクル/エア・クートラバーユ/エア・クセジュ/エア・ガリマール/エア・レグルス/エア・レクラム/エア・イワナミ/エア・エンサイクロペディア/エア・ウィキペディア/エア・ホーリーバイブル/エア・クルアーン/エア・ミラノ/エア・サルジーニア/エア・グランブリュ/エア・ロンゴ/エア・ロンゴロンゴ/エア・ビッグカンダタマヌ/エア・レオン/エア・シェイプオブマイハート/エア・ワンスアポンナタイム/エア・フェンユーウィッシュアポンナスター/エア・オーバーザレインボウ/エア・アズタイムゴーズバイ/エア・ヒアリズルッキングアチューキッズ/エア・エロエロ/エア・イロイロ/エア・グログロ/エア・グロテスク/エア・ゾワゾワ/エア・ビリビリ/エア・ブルブル/エア・ビクビク/エア・ズンズン/エア・ヘコヘコ/エア・シクシク/エア・ゴルラァ/エア・ジョーダン/エア・フォースワン/エア・ハッカラモケソケヘッケレピー/エア・グニグニ/エア・コッカドゥードゥルドゥー/エア・コックェリコ/エア・トゥイートゥイートゥイー/エア・ココリコ/エア・エアトンセナダシルバ/エア・死ねばいいのに/エア・マイアヒ/エア・セシウム/エア・ストロンチウム/エア・プルトニウム/エア・ラディオアクティブ/エア・ゲンパツ/エア・オーベーカ/エア・コマネチ/エア・楽天パンダといった具合だ。

虹子がエアものを繰り出すようになったのは、私が虹子について「虹子は空気のようになくてはならないし、空気のように気配のない存在である」と思うようになって以降である。この機序についてはいまのところ解明できていない。

暫定的な結論1
空気は読むものではない。吸うものである。よって、エア・チューチュー。

暫定的な結論2
羽より軽いものは塵である。塵より軽いものは風である。風より軽いものは女である。女より軽いものは無である。無より軽いものは虹子である。

暫定的な結論3
MRIと芋洗いは密接不可分な関係にあり、癌と蟹は関係代名詞より近縁であり、苫小牧でトマトは舞い踊り、動く楽天パンダはベラボウである。

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Air on the G String - J.S. Bach
 
by enzo_morinari | 2018-11-30 03:10 | 虹子のエア物語 | Trackback | Comments(0)

帰らざる日々/さらば、戦友よ。静かに冥れ。

 
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イマ、ココハ、戦場ダと意志の中心にメタルを持つ男は言った。
もう飛ばなくていい。年老いた翼を静かにたたんでやすめるときだ。


またひとり、戦友が逝った。酒豪。熱血漢。好漢。毒舌辛口。剣呑にして狷介。きれいごと/お愛想/おべんちゃら/なれあい/A( )C/セコい/みみっちい/しみったれ/臆病姑息/陰でコソコソ/野暮を忌み嫌った。ほっかぶり/知ったかぶり/知らぬ存ぜぬ/見て見ぬふりは金輪際しなかった。歯に衣着せず、気は心/心映えを知り、面倒見のいい男だった。いくつか年下だったが、学ぶところの多い男だった。敵も多かったが味方はもっと多かった。孤立無援をおそれなかった。気合いの入った眼をしていた。私と面とむかって視線をそらさぬ数少ない者たちのうちのひとりだった。その眼で世界を撃ちぬき、数知れぬ修羅場を駆けぬけた。戦友の眼と声がよみがえり、響く。

悲しい酒も楽しい酒も苦しい酒も怒りの酒も涙の酒も飲める男だった。いつか、冬の夜、湯豆腐などつつきつつ、二人きりで静かな酒を飲みたいと思っていた。だが、もうそれはかなわぬ。またひとつ、夢が消えた。

女子高生コンクリート詰め殺人事件をめぐるアカハタどもやらドーワモンやら裏街道の連中との裏の丁々発止は長く語りつがれるべきいい仕事だった。「野獣に人権なし」と断じて実名報道に踏みきったことの何倍も。腰抜け腑抜けの花田は愚劣醜悪だった。

生きて、生きつづけていい仕事をすべきやつだった。そのような者が死に、とっとと死んだほうがいいポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊の下衆外道/まやかしピンボケまみれのツラの皮の厚い恥知らずなドサンピン三下奴/沈香も焚かず屁も放らぬような糞の役にも立たない輩がうまうまのうのうぬけぬけと生き延び、蔓延る世界。どうかしてる。いまにはじまったことではないが、世界は本当にどうかしている。

いつの日か開高健を乗りこえようと誓った横浜のバー「クラーク」の夜。そして、マラッカ海峡に轟々と沈みゆく巨大な太陽を眺めながら飲んだ生ぬるく糞まずいバドワイザーの味を忘れはしないぞ、戦友よ。おまえと共同戦線の隊列を組んで秋元康一味と秋元康的なるものを根こそぎ完膚なきまでにぶっ叩きまくりかったぞ。おれより先におまえが逝っちまうとはな。ますます、いい奴は死んだ奴ばかりになっていきやがるなあ、カツよ。

饒舌漢を装いつづけた古き悪しき戦友の勝谷誠彦よ。小川洋子とのことも、その他のもろもろのことも見事に墓場に持っていったな。いい幕引きだ。

戦友よ。舌をたたみ、口にチャックをして、ただ静かに冥れ。深い沈黙を知るおまえの出自/レーゾンデートル/撒き散らされし者たちの血がおまえに書かせた『ディアスポラ』の続編/完結を読めなかったのはかえすがえすも残念だが、すべてに都合よく終/了/The End/Finは用意されてはいない。人は皆、途中で死ぬものだ。

飛ばないただの豚は喰われるのを待つだけだが、おまえは世界のインチキまやかし誤魔化しを喝破しつづける空飛ぶ河童だった。しかし、もう飛ばなくていい。年老いた翼を静かにたたんでやすめるときだ。おまえが翼をたたんでやすみ、眠っても、だれも異議申し立てなどしない。

今頃は地獄の釜のへりに鴨志田穣とならんで腰かけて、天上極楽極上のトム・ヤム・クンを肴に般若湯がなみなみとそそがれた盃を何杯も何杯も飲みほしているんだろう。鴨志田の『火垂るの墓』の節子話をこれでもかというくらいに聴かされながら。

飲め。あびる優が改心し、心を入れかえるくらいに浴びるほど飲め。もはや、おまえを縛りつけるなにものもありはしない。おまえたちの盃におれの塩味のダイヤモンドを垂らすから、甘露を飲みほすように飲みほし、喉を鳴らせ。

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さらば、戦友よ。酒神バッカスとともに逝け。そして、ただ静かに冥れ。ただし、おれとおまえと鴨志田穣の3人分、天上極楽極上の般若湯ととびきりのトム・ヤム・クンの用意を怠るな。おれはきょうはわが人生の同行者に強がりをほざきつつ、グレープフルーツ・ムーンを眺めながら塩味のダイヤモンドの酒を飲む。塩味のダイヤモンドがこぼれかけるけれども、しょんぼりしかけるけれども、おまえたちと会えるのももうすぐだ。だから、だれにも塩味のダイヤモンドはみせない。天下御免のタフ&クール&ハードボイルドなおれは、顔でぎこちなく笑って心で塩味のダイヤモンドを流す。それがおれの流儀だ。そのことはおまえもよく知っているよな、カツ。

わが友、勝谷誠彦よ。酔いどれの月で会おう。そして、尽きることなき友情の盃を酌み交わそう。それまで、しばしのお別れだ。

Adieu! Adios! Amigo!


弾(さけ)、込め! 捧げ筒(さかずき)! 撃て(のめ)!


しばらく、酒がにがいぞ、カツ…


── こちら、シエラ・インディア・ゴルフ・ノヴェンバー・インディア・フォクストロット・エコー! ノヴェンバー・アルファ・パパ・アルファ・リマ・マイク! ノヴェンバー・アルファ・パパ・アルファ・リマ・マイク! ビクター・シエラ・フォクストロット・アルファ・シエラ・タンゴ! キロ・ユニフォーム・ロメオ・オスカー・ノヴェンバー・エコー・キロ・オスカー・ノヴェンバー・オスカー・タンゴ! 援軍! 援軍! 応答せよ! ナパーム! ナパーム! こちら、シエラ・インディア・・・ ── ── ゴル・・ストロ・・・リ・・ ── ──────


帰らざる日々 (マルコとジーナのテーマ)/久石譲

Left Alone - Mal Waldron
Grapefruit Moon/Thomas Alan Waits
Drunk on the Moon/Thomas Alan Waits
 
by enzo_morinari | 2018-11-28 16:00 | 帰らざる日々 | Trackback | Comments(0)

語れ。まず、語れ。なによりみずから獲得した言葉で語れ。沈黙の話はそれからである。

 
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語ることと語られることのあいだには、いかなる冒険者であろうとも征服しえない深い闇が広がっている。

すべてに都合よく終/了/The End/Finは用意されてはいない。人は皆、途中で死ぬものだ。


語りつくせぬことについて沈黙するかぎりにおいて、沈黙は金である。語ることと語られることのあいだには、いかなる冒険者であろうとも征服しえない深い闇が広がっていて、その闇に光をあて、暴きだし、あらわにすることが言葉の祖国に帰還するためには必要だ。その意味において、"沈黙は金、饒舌は銀" なる言葉は語ることができない者の免罪符にすぎない。彼らは永遠に言葉の祖国には帰れない。

語れ。まず、語れ。なによりみずから獲得した言葉で語れ。沈黙の話はそれからである。

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誰も知ることのない秘密の入江で、風に吹かれ、風の歌に耳を傾け、RARE HAWAIIANのオーガニック・ホワイトハニーをたっぷりとかけた悪魔のフォルマッジオ、カッチョ・マルチョを肴にエコール・ノルマル・シューペリウールの1958年を飲み、アルチュール・ランヴォのいくつかの詩編を諳誦し、風向きにあわせてモーツァルトの『狩り』を口ずさみ、仕上げに極上の自家製贅沢オムレット・ライスを食す。これ以上を望むのは世界への宣戦布告である。


饒舌漢を装いつづけた古き悪しき戦友の勝谷誠彦よ。舌をたたみ、口にチャックをして、ただ静かに眠れ。深い沈黙を知るおまえの『ディアスポラ』の続編、完結を読めなかったのはかえすがえすも残念だ。しかし、すべてに都合よく終/了/The End/Finは用意されてはいない。人は皆、途中で死ぬものだ。

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帰らざる日々 (マルコとジーナのテーマ)/久石譲
 
by enzo_morinari | 2018-11-28 14:37 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

アール・クルー日和#1

 
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村上春樹的なるものとの訣別のために私と猿の漫才師サルーがやったことは『午後の最後の芝生』が掲載されている1982年8月号の『宝島』を庭の芝生の上で焼くことだった。


鉄の掟、家事の得意な金持ちの友人、生涯にたった一人の友人
かつて、アール・クルー日和と呼ばれる日々があった。1985年の夏のことだ。1985年の夏から33年の歳月が流れた。そろそろあの夏の日々について語る潮時である。なにごとも潮目潮時が大事だ。いまを逃しては永遠に語ることはできない。

いま私は語ろうと思う。1985年の夏の日々と私自身と猿の漫才師サルーのために。私と猿の漫才師サルー以外の人々に有用な教訓や慰めはこれっぽっちもない。あるはずもない。あるべきではないとすら感じる。しかし、少しは彼らを元気づけられるかもしれないし、勇気を与えられるかもしれない。そうあってほしい。 

1985年の7月1日から9月15日まで。ひと夏を鎌倉の七里ケ浜ですごした。古い友人であり、ドゥービー・ブローでもある猿の漫才師サルーの別荘に居候である。

猿の漫才師サルーとの共同生活はこれまでのジェットコースター・デイズの中でもっとも愉快痛快爽快刺激的でドープでクールでファニーでファンキーで天国音楽だった。あの2ヶ月半におよぶ海と波と光と風と星と月と雲と詩と快楽と(Beach Side店ではなく Hill Top Side店の、さらにわれらが「アロハ・ロングボード・オールバック・ファット・ヒゲマスター」のいる)珊瑚礁の海老みそカレーとビーフ・サラダと音楽とクサ(あるいはハッパ)とマーティンD45と酒とバカの日々はこの世界とオサラバするときに持ってゆく宝石のうちのひとつである。 

ゼニは持っているほうが出すというわれわれの鉄の掟に従い、猿の漫才師サルーが夏のあいだの出費の全額を負担した。また、炊事、洗濯、掃除も猿の漫才師サルーが受けもった。持つべきは家事の得意な金持ちの友人である。その意味で猿の漫才師サルーは完璧な友人であった。おまけに猿の漫才師サルーは凄腕のガール・ハンター、当代一流のナンパ師でもあった。

猿の漫才師サルーが2人の女の子に声をかけ、その15分後には4人仲良くメイクラブというのが最短最良の記録である。しかも、猿の漫才師サルーはかならず美人のほうを私に引き合わせるという配慮までしてくれた。私は1985年の夏の日々によって友人は猿の漫才師サルー1人でよいと決め、以後、きょうまでそれを守りつづけている。


Long Ago And Far Away - Earl Klugh (1977)
 
by enzo_morinari | 2018-11-28 10:02 | アール・クルー日和 | Trackback | Comments(0)

メメント毛利氏の死の記憶

 
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死を記憶せよ。1日の花を摘め。


Memento Mori! 死を記憶せよ!Carpe Diem! 1日の花を摘め!というのがメメント毛利氏の口ぐせだ。Memento Mori! 死を記憶せよ!Carpe Diem! 1日の花を摘め!と言ったあと、メメント毛利氏は自分の死の記憶について話しだす。そのとき、メメント毛利氏はモグラの死についても語る。

メメント毛利氏の死の記憶とモグラの死の物語はOサンクタ・シンプリシタス・シティ市民のだれもが1度は耳にしたことがある。

メメント毛利氏の死の記憶とモグラの死の物語が悪徳仲買人モンレイ・ゲイデラ氏の競売No.42として競売にかけられたときはOサンクタ・シンプリシタス・シティはOサンクタ・シンプリシタス・シティ始まって以来の騒ぎになった。

Oサンクタ・シンプリシタス・シティ市庁舎は興奮したOサンクタ・シンプリシタス・シティ市民に取り囲まれ、一時は警官隊と衝突寸前にまでエスカレートし、Oサンクタ・シンプリシタス・シティ全域のエスカレーターが緊急停止するほどだった。

Oサンクタ・シンプリシタス・シティ市民は口々に悪徳仲買人モンレイ・ゲイデラ氏の追放を要求したが、市側は曖昧な態度を示すにすぎなかった。その間、悪徳仲買人モンレイ・ゲイデラ氏はオーウェル・ハックの葡萄会会場の肉体の門の間で淫行に及んだばかりか、肉体の悪魔を呼び寄せてさらなる淫靡で人非な行為に耽りつづけた。
 
by enzo_morinari | 2018-11-28 02:14 | Memento Mori! | Trackback | Comments(0)

Streets of Fire/さらば、Street Life

 
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ウォルター・ヒル監督/マイケル・パレ主演の『Streets of Fire』はStreet Fightの最後の参考書だった。1984年公開。奇しくも、その年は私のStreet Fightの日々の最後の年となった。いつもなら、なじんだ街であろうが初めての街であろうが、街場を歩いていればたぎるような闘争心がはちきれそうなほどだったが、1984年のクリスマスを境にきれいさっぱり闘争心が消えうせた。モチベーションの欠如、消失。

闘争心/モチベーションが消えうせた理由? わからない。Street Fightでえられるものなどないことは初めからわかっていた。そもそも、なにかをして、あるいはなにかをせずにえられるものなどなにもないのだということも。

自分の筋肉量と柔軟さと強度(肉体)/俊敏さ(反射神経/運動能力)/闘争心(心/精神の強度)を計測したかった。Street Fightに明け暮れた理由はそこにある。

ルール無用のStreet Fightで勝つための極意はただひとつである。相手を殺す気でやること。殴る。蹴る。頭突きする。目を突く。髪の毛をつかむ。噛む。絞める。刺す。切る。なんでもあり。手にできるものはなんでも使う。そして、えられたものなし。Street Fightで残ったのはいくつかの傷痕であり、身についたのは人間の魂/精神の強弱を瞬時に見抜く眼力。いずれも、生きていくうえでたいして役には立たない。

『Streets of Fire』の主人公であるトム・コーディは最後は街を去る。美しい終わり方だった。私も街を遠く離れ、再び訪ねることもない。

以来、30有余年、帰りたい街が見えることもあったが、帰らなかった。帰れなかった。街は遠くから、はるか遠くから思いを寄せる場所であることを知ったのが、唯一、Street Fightの日々から学んだことだ。


Street Life - The Crusaders Feat. Randy Crawford (1979)
 
by enzo_morinari | 2018-11-27 21:29 | STREET4LIFE | Trackback | Comments(0)

ナースのリリーはここにいた。リリー・マルレーンは夜の9時57分にマイクの前にいた。リー・リトナーはとなりのトトロ・スタジオにいた。ロベール・カサドシュの右のほうは生きているか?

 
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まちがいない。5分前まで、ナースのリリーはここにいた。しかし、いまはいない。となりのトトロ・スタジオではリー・リトナーが『Wes Bound 2/Dedicated to Nausicaä, May and Satsuki』をレコーディングしている。イチローはフルスイング中だ。窓辺の百合の花はどこへ行った? リットン調査団の右のほうをおもしろいと思うやつは体育館の裏まで来い。ところ、伊福部、ロベール・カサドシュの右ほうは生きているか?

「わたしはセックス・モンスターよ。だれとでも、いつでも、どこででもヤルのよ! とどまることなく突きまくられたいのよ!」

そう言ったナースのリリーの顔は『Saxuality』の頃のキャンディ・ダルファーの顔と寸分たがわなかった。ナースのリリーの右後ろには『Sax-A-Go-Go』の頃のキャンディ・ダルファーが立っていた。キャンディ・ダルファーは少し微笑んでから『2 Funky』を吹きはじめた。

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Lily Was Here - Candy Dulfer & David A. Stewart
2 Funky - Candy Dulfer
Sax-A-Go-Go - Candy Dulfer
 
by enzo_morinari | 2018-11-27 14:19 | 花はどこへ行った? | Trackback | Comments(0)

サヨナラダケガ人生ダという覚悟なき酒グレ駄食むさぼり/酔生夢死のポンコツボンクラ木偶の坊の中身空っぽうわっつらペラペラ団塊老醜のスッカスカのカスには「生まれてきてごめんなさい」がお似合いだ。

 
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サヨナラダケガ人生ダという覚悟なき酒グレ駄食むさぼり/酔生夢死のポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊の中身空っぽうわっつらペラペラ団塊老醜のスッカスカのカスには「生まれてきてごめんなさい」がお似合いだ。とっとと吊れ! 切れ! 飛びおりろ! 飛びこめ!


勧酒 于武陵

勧君金屈巵
満酌不須辞
花発多風雨
人生足別離

君勧む金屈卮し
満酌辞するを須ず
花発けば 風雨多し
人生 別離足る

君に黄金の大きな杯を勧める
なみなみと注いだ酒だ 遠慮するな
花は咲く 雨は降る 風が吹く
人生に別離はつきものだ


(井伏鱒二訳)
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
サヨナラダケガ人生ダ

 
by enzo_morinari | 2018-11-27 12:37 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)