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ハルキゴンチチ・デイズ

 
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ミシェル・ポルナレフがなぜメルドーなのかの答えは、メルドーに口づけし、メルドーの休日をすごし、ソグノソグマとともにブルシット・マウンテンを乗りこえなければわからない。E-M-M


ハルキンボ・ムラカーミとゴンチチの日々は海の底でさまよいつづけるクラゲのような日々でもあった。


村上春樹は『風の歌を聴け』の初めのほうでとても印象的なことを書いた。ひとつめは、「完璧な文章などといったものは存在しない。 完璧な絶望が存在しないようにね。」という大学教授の言葉。

ふたつめは、すべてを数値化するということ。『風の歌を聴け』の主人公にならってすべてを数値化した。この試みは愉快だった。眼に映るもの、耳に聴こえるもの、口にするもの、指先で触れたもの、考えたこと。すべてを数字に置き換えた。そのおかげで、いつも神経が研ぎ澄まされていた。

数値化の試みは完璧だった。友人たちとガールフレンドが去ったことを除いては。彼らは私の数値化の作業が不愉快だったのだ。非礼を詫びようと思って友人の一人に七里ガ浜駐車場の公衆電話から電話をしたが、「おまえの顔など二度と見たくないし、声も聴きたくない!」と言って一方的に電話を切られた。その直後、初めて「風の歌」を聴いた。風は「なにも考えるな。もう終わったことじゃないか」と歌っていた。私は「Think of Nothing Things, Think of Wind. もうなにも思うまい。ただ風を思おう」と繰り返し口にした。七里ガ浜駐車場レフト・サイドには強くて熱い南風が吹いていた。それが、困難な問題や厄介事が起こると強い南風が吹きつける七里ガ浜駐車場レフト・サイド行くようになるきっかけだった。

私は一度は『風の歌を聴け』を完璧に暗記した。『風の歌を聴け』を暗記すれば完璧に絶望し、完璧な文章が書けるようになると思ったからだ。

『風の歌を聴け』の暗記の試みは1979年11月23日の金曜日のスパゲティ・バジリコと車海老の団子とアボカドのサラダによるきわめて村上春樹的な晩ごはんを食べたあとに始めて、11月26日、雨の月曜日の朝に終わった。

完璧だった。暗記は完璧だったが、村上春樹が書いたとおり、絶望も文章も完璧さとはほど遠かった。そのことを思い知らされて、私は雨の東京の朝、蝙蝠傘を抱いて死んでしまいたかった。実際にはそうしなかったわけだが、もし、パリにいたら100パーセントの確率で死んでいたと思う。蝙蝠傘を落下傘がわりにしてエッフェル塔から飛び降りるのだ。

ホットケーキのコーラがけについては、村上春樹宛に厳重な抗議文を送った。「ホットケーキのコーラがけのおかげでガールフレンドを失った。ホットケーキのコーラがけくらい不誠実な食べものはない」とかなんとか。2週間後、村上春樹からとても丁寧な謝罪の手紙が来た。「DOG OF WAR」とプリントされたちくちくする黒いTシャツといっしょに。ホットケーキのコーラがけは不誠実きわまりなかったが、村上春樹は誠実で礼儀正しい人物だと思った。大江健三郎ほどではないにしても。この点については、この頃の村上春樹は評価していいと思う。短めの昼食くらいは。(Closed BooK)

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ルイスウェイン・キャットは死んだ。ルイスウェイン・キャットは、今蘇る。かくして、言語は破壊されるのを待つ。 GA-JIN
ハルキンボ・ムラカーミが腐敗したマーケティングに身を委ねた以上、残された道は破壊するか破壊されるか、ふたつにひとつだ。 E-M-M


村上春樹の『風の歌を聴け』を読んだとき、二十歳だった。主人公と同い年だった。「スパゲティ・バジリコで世界を喰い破れるもんか!」と思った。

元町から本牧の麦田に抜ける古ぼけて薄暗いトンネルが唯一の「思考場」であり、「読書室」であり、揺りかごだった。馬車道の有隣堂ユーリンファボリ1Fのゲームセンターで「笑わない漫才師」の異名をえた。オリヂナルジョーズで吐くほどピザを喰った。山田ホームレスでレゲエ・ブルーテンターに7回めしをおごった。長者町の怪しげなスナックにあるスリーフリッパーのスペースシップを17回蹴飛ばして杉浦組の若衆にすごまれた。山下埠頭と大桟橋で数えきれないほどの貨物船を見送った。山下公園の水の守護神の噴水の縁に座って「紅い靴履いてた女の子」を3回歌った。真夜中、氷川丸の船室に7回忍び込んだ。氷川丸から数えて3番目の横浜港に面したベンチで寝袋なしで1週間ビバークした。ビバーク・ベンチ前方の柵から横浜港に7度飛び込んだ。2度は港湾局のクソまじめな木っ端役人にへなちょこ抗議を受けた。クリスマス直前の山下埠頭でギリシャ船の船員と出会った。アリストテレス・ソクラテス・キクラデスだ。今でもつきあいがある。哲学とセクソロジーのきわめて個人的な教師でもある。レッスン料はただの一度も払っていない。たまにメールで催促がくるが、知ったことか! クリスマス直後の世界を叩き割りたいくらいに寒い深夜の山下埠頭で流れ星を21個見た。セックスを124回し、65回射精した。124回のセックスのうち、27回の相手は中学のときの理科の先崎先生だ。先崎先生はこの春、78歳で死んだ。少しだけ涙が出た。早稲田鶴巻町の「SEASON」でチーズバーガーを377個食べ、「SEASON」で一番の人気者だったアッコちゃんを14回口説いた。悉く失敗に終わった。チャーリー・パーカーの『Confirmation』を625回聴いた。ジョン・コルトレーンの『至上の愛』PART2を1257回聴いた。ソニー・ロリンズの『St. Thomas』のリフを口笛で316回吹いた。ジャッキー・マクリーンの吹く『Left Alone』を聴いて203回泣いた。グローヴァー・ワシントンJr.の『Paradise』をオーディオ・チェックのリファレンス盤用に3枚買った。スパゲティ・バジリコを174回作った。本を672册読んだ。刑事訴訟法と刑事訴訟規則をすべて暗記した。リキシャルームの左の頬に深い疵のあるバーテンダーに2度説教された。小港橋の欄干から42回小便をした。司法試験の短答と論文をクリアしたが、口のひん曲がった試験官に口述で泥船に乗せられた。シーメンズ・クラブのジミーがゲイであることを一発で見抜いた。シーメンズ・クラブのビリヤード台の4番に「鯨」と命名した。本牧埠頭D突堤で友人を二人同時に失った。二人はOOCLの青いコンテナに激突して死んだ。数少なく、信頼できる友人だった。

これが私の1979年、すなわち、「二十歳の青春」「二十歳の墓標」「二十歳の原点」「二十歳のエチュード」の数値的なすべてだ。意味も価値もひとかけらだってない。髭が濃くなり、ピンボールとビリヤードがうまくなり、逃げ足が速くなり、ストリート・ファイト、肉体言語闘争が強くなり、元町ポピーのタイの目利きになり、本牧のリンディとアロハ・カフェとイタリアン・ガーデンの常連になり、酒の飲み方をおぼえたほかは、えたものなどなにもない。このとき、ゴンチチはすでに誕生していたが、遠い世界の出来事だった。ゴンチチの音を聴くまで、まだ5年待たなければならなかった。脇役であるとも知らずに。(Closed BooK)

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by enzo_morinari | 2018-10-31 22:09 | ハルキゴンチチ・デイズ | Trackback | Comments(0)

真言の音楽 We Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)

 
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世界の果てと果てに離ればなれになっていても、いつもそばにいるよ。E-M-M


We Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)は2010年、カリブ海のハイチを襲った大災害をエイドしようと、ほぼ無名に近い1音楽表現者のインターネット上における呼びかけから始まった。この呼びかけに対して、文字通り世界中から老若男女、東西南北、貧富、肌の色、人種、宗教、政治体制、信条、思想、哲学の差異を超えて、夥しい数のネチズン/インターネット市民が呼応した。私もこれに応じ、音声付き動画をアップロードした一人である。

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プロアマ、上手下手、美醜色々。まさに玉石混淆だ。アップされた動画の背景からは彼/彼女の生活のにおいまでもが伝わってくる。

彼/彼女は家事、育児、家業、仕事、学業をこなし、時間はなく、おそらくはカネもなく、うまくいかず、落胆し、気を取りなおし、ときに笑い、ときに泣き、ときに怒り、録画し、録音し、録りなおし、夜はふけてゆき、さらに練習し、さらに録音録画しという日々を生きたことがわかり、胸に迫る。

本来的に言うならば、私はWe Are The Worldムーヴメントには与しない者である。善意、友愛のすべてを否定するものではないが、しかし、いかに言をつくそうとも、言い繕おうとも、そこには悪しき商業主義のあまたの思惑、欲得が見え隠れするし、We Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)にしたところで、これをきっかけにひと山当てようと目論む者、欲得思惑をみてくれ/耳心地だけはいい善意と友愛を隠れ蓑に隠蔽したキナ臭く生臭い魂胆の元に参加した者がいたのも事実である。それがまぎれもない現実だ。

しかし、それであってもなお、私がWe Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)に新しい世界の在りようの一端、しいては人間存在、国家、世界の未来のかたちを見いだして深く共感したのは、直接会うことも言葉を交わすこともできない名もなき無名の人々が30年近くも昔の手垢にまみれて古びた『We Are The World』という楽曲の元に距離も時間も無化して参集し、数日で数百万ヒットに至るほどの強度を持つパフォーマンスを実現したからこそである。

『We Are The World』がアフリカの困憊困窮の人々をエイドしようと世界にコミットメントしてから30年近い歳月、時間の経過のあいだに世界も国家も社会も人間もすさまじいばかりに変化し、激動し、絶望し、悲歎に暮れた。数えきれぬ悲劇が世界のあちこちで起こった。それらのすべてを取りもどし、元にもどすことはできないが、以後の世界のあり方、社会のあり方、人間の生き方を決定するよすがとはなるはずである。なにごとからでも、その意志があるかぎり学ぶことは可能だからだ。そうでなければ生きつづける意味などありはしない。

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これからの世界は直接に会う、言葉を交わす、手を握るということの意味が加速度的に失われていく。言い方をかえれば、デジタルの海の中に溶け入ることのできない情報、存在が届け、交わすことのできるものはなくなるのだ。

直接性は階級を生む。自由を奪う。対するインターネットはリアリティを求めながらも、そのことが絶対の条件ではない。

「ディスプレイの技術=視覚の技術/オーディオの技術=聴覚の技術/触れる技術=触覚の技術/味わうための技術=味覚の技術/コミュニケーションの技術=知覚の技術/ネットワークの技術=回線速度の技術」の進化と進歩によって、国家の意味や人間存在の意味は根本から転換し、組み替えられる。カウントダウンはすでに始まっている。その可能性の象徴がWe Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)だ。

「世界の果てと果てに離ればなれになっていても、いつもそばにいるよ」ということが実現する世界の到来。テーマソングは当然に『Stand by Me』だ。

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We Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)
 
by enzo_morinari | 2018-10-31 12:19 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

夢うつつのラフレシア・アルノルディ/主食、糞と燭台大蒟蒻。主題、不平。通奏低音、憤懣。転調、皮肉と嫌味。変奏、風葬。結論、クサイニオイは元から断たなきゃダメ!

 
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その女はいつも糞のニオイがした。息は主食は糞ではないかというほど糞くさかった。その女は存在自体が糞くさい。嘘くさい輩には山ほど会ってきたが糞くさいのは初めてだった。

「あんた、すごく糞くさいけど、自分でわかってる?」
「えっ?」
「まわりの人間に言われたことないの?」
「そう言えば、わたしの近くに来るとみんな息を止めてる…」
「やっぱり。友だちいる?」
「いない」
「だろうな。そんだけ糞くさきゃ、だれも相手にはしない」
「そんなにわたしは糞くさいですか?」
「まず、主食はウンコではないかというほど糞くさい。でも、これはよくいる。ウンコちゃんってやつだな。しかし、あんたの場合は存在自体が糞くさいんだ」
「存在自体が糞くさいというのは具体的にはどんなニオイがするんですか?」
「ラフレシア王国の肥溜めに落っこっちゃったような感じだな」
「ひどい...」
「うん。ひどいよ。ほんとにひどい」
「でも3日の命だから…」
「3日の命だろうが、3億年の命だろうが、クサイものはクサイ。クサイニオイは元から断たなきゃだめなんだ」

私はそう告げてクロバエ包丁でラフレシア・アルノルディを切り刻んだ。クリーム状の花粉が部屋じゅうに飛び散った。切ったときの感触は発泡スチロールに似ていて、細切れになったラフレシア・アルノルディを踏むとソリッドでクリスピーな音がした。だから、私の部屋は糞くさい。私自身も糞くさくなってしまった。

なにもかも糞まみれ。メルドーまみれの人生。だから、私の部屋のソナス・ファベールのグァルネリ・オマージュからはいつもミシェル・ポルナレフの『ラフレシアに口づけ』が聴こえている。


Tout, tout pour ma Rafflesia - Michel Polnareff
 
by enzo_morinari | 2018-10-31 08:27 | TOKYO STORIES | Trackback | Comments(0)

黒いロングコートをはためかせて表参道を脇目もふらずに歩いてくる男

 
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広告はケンカだ。NKH-TKS
タコなのよ、タコ。タコが言うのよ。NKH-TKS
帰りたい町が見えた。正しく言うと、帰れない町が見えた。NKH-TKS
いろんな命が生きているんだなぁ。元気で。とりあえず元気で。みんな元気で。NKH-TKS
ソ、ソ、ソクラテスか プラトンか ニ、ニ、ニイチェか サルトルか みんな悩んで大きくなった(大きいわ 大物よ) おれもおまえも大物だ。シェ、シェ、シェークスピアか 西鶴か ギョ、ギョ、ギョエテか シルレルか みんな悩んで大きくなった(大きいわ 大物よ) おれもおまえも大物だ。とんとんとんがらしの宙返り〜。NKH-TKS


泡劇場前夜の秋の終わり。表参道。ポール・スチュアート青山店前で起きたエキセントリックでエトランジェーでイグジスタンスな出来事。少し、タコ。かなり、アブ。すごく、オモ。

南青山のスパイラル・ホールで行われるTCC賞の授賞式に向かう途中だった。キディランドのビルをすぎ、オリエンタル・バザーをすぎ、日本看護協会ビルをすぎ、ボブディラン・ハードレイン・ウィンドウズを叩き割り、ポール・スチュアートの青山店にさしかかったとき、黒いロングコートをはためかせて表参道を脇目もふらずに歩いてくる男に気づいた。

男は瞬きもせず、一点を凝視して大股で歩いてくる。スキンヘッドではないが短髪で、生え際がやや後退していた。深く刻まれた眉間の皺。ギラギラした目は鋭角につりあがり、憤怒の闇光で世界を射ころそうとしているかのようだった。かすかに口元が動いていた。呪文? もちろん、聴こえない。聴こえないが、私は男がなにを言っているのかわかった。男は「死ね、死ね、死ね。殺す、殺す、殺す」とつぶやいていた。なぜ男がなにを言っているのかわかったかと言えば、その頃、私自身がいつも「死ね、死ね、死ね。殺す、殺す、殺す」と言っていたからだ。

ポール・スチュアートの前ですれちがった。まさにすれちがうとき、男は「ベンザエースを買ってください」と言った。コピーライターの神様、ナカハタ・タカシだった。

私は5メートル先にあるナカハタ・タカシの背中に向かって、「買わねえよ。ずっとパブロンだ」と怒鳴った。ふりむいたナカハタ・タカシは阿修羅の形相に変わっていた。そして、こちらにものすごい大股早足で向かってきた。

背格好はほぼおなじだった。私とナカハタ・タカシは無言で睨みあい、額で相手を押しあった。ナカハタ・タカシの息はニンニクの芽の匂いがした。ナカハタ・タカシが瞬きをしたとき、私は言った。

「おれを殺す覚悟はあるんだろうな?」
「ない。おまえは?」
「ある」
「おまえの勝ちだ」
「うん」
「名前は?」

私は自分の名前を告げた。ナカハタ・タカシの顔が驚きの表情に変わった。

「なんだ。同業者か」
「ああ」
「TCCの新人賞獲ったよな」
「うん」
「このあと、スパイラル・ホールで表彰式だろ?」
「うん」
「時間あるから水でも飲もう。そして、さっきのことは水に流そう」
「おれには水に流すという仕組みはないけどな」
「おれもだよ」

ナカハタ・タカシはそう言って笑った。私とナカハタ・タカシはならんで歩き、East, Westに入った。

席につくなり、ナカハタ・タカシは言った。

「そのドス、しまえよ」
「なんでわかった?」
「わからなきゃ、いままで生きのびてこれなかった」
「なるほどな。で? なにからはじめる?」
「握手から。そのあと少し世間話。そして、いい友だちになろう」
「いいな」
「いくつになる?」
「あんたよりちょうどひとまわり下」
「たいしたもんだ」
「あんたも糸井重里より数倍たいしたもんだ」

(タコ語を理解し、悩んで大きくなった者にのみつづき、築地波除神社のしょぼくれた御加護がある)

ソクラテスの唄 - 野坂昭如
 
by enzo_morinari | 2018-10-31 03:36 | TOKYO STORIES | Trackback | Comments(0)

法の庭先#1 裁判はゲームである。

 
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法学の徒であった頃はほぼ毎日東京地裁か横浜地裁、さらには東京高裁、最高裁判所、果ては東京簡裁、横浜簡裁にまで足を運び、裁判(公判/審理)を傍聴した。重大事件にかかる裁判が地裁支部で行われているときは、東京地裁八王子支部や横浜地裁小田原支部、横須賀支部、川崎支部にまで出かけた。

裁判は民事事件、刑事事件ともにすぐれて時代を映す鏡である。事件は現場で起こっているだけではなく、時代とともに動いている。また、法の庭にはフィクション、ポエム、お伽噺、神話/伝説といったたぐいのものはない。すべてが冷厳冷徹なリアリズムによって成り立っている。男女の痴情のもつれに端を発する殺人事件、離婚訴訟と損害賠償請求訴訟、先祖伝来の土地をめぐる国との所有権確認のための訴訟、訴訟マニアの奇想天外きわまりもない本人訴訟(主に「印紙代」が低額ですむ簡裁案件に多い)、相続をめぐる兄弟姉妹による醜悪なる骨肉の争い等々、枚挙にいとまがないほどである。1970年代の裁判において「インターネット」という言葉が登場しないのは無論のこと、「情報」「ネットワーク」「プロバイダ」「コンピュータ」という言葉を目にし、耳にすることも皆無だった。

コンビニエンスに時代を知りたければ、裁判を傍聴するのがよい。無料。ロハ。土日、祝祭日以外、定休日なし。暇つぶしにもうってつけである。冷暖房完備。図らざる物語付き。食堂は安くてマズい。Ψ(`▽´)Ψ

裁判所に行けば正面玄関を入ってすぐにその日の裁判スケジュールが掲示してある。事件名、当事者名、担当裁判官名、代理人名、公判回数等の一覧だ。これを眺めているだけで楽しめれば一丁前の「裁判マニア」である。傍聴するに値する公判がどれか、公判一覧を見ておおよその見当がつくようになればたいしたものである。

日本の法曹はおおむね面白味に欠ける。弁舌に爽やかさとドラマトゥルギーがない。滑舌悪し。早口。抑揚皆無。民事事件の訴状、刑事事件の起訴状、準備書面、証人訊問、反対訊問、検察官の論告求刑、弁護人の弁論、そして、裁判官の判決書。すべてが無味乾燥で、ときには「てにをは」「句読点」の用法が風変わり乃至は完全に故障しているものさえある。

概ね、彼らの言語表現には「句読点」がきわめて少ないか、あるいは最後まで句読点なしという剛の者すらいる。その点、「訴訟国家」である欧米の法曹はちがう。役者とみまごうほどの見姿、大袈裟なジェスチャー、一大叙事詩/吟遊詩人もかくやとでも言うべき弁論。日本のエクリチュール裁判/欧米のパロール裁判。比較文化論としておもしろいテーマ/切り口ではある。

ニューヨークとLAで下級審、上級審をかなりの回数にわたって傍聴した経験から言うならば、法曹のレベルはあきらかにアメリカ合衆国の勝ちである。ネゴシエーション(交渉術)とディベート・デイズをこどもの頃から生きてきた国民に沈黙寡黙を美徳とする国民が勝てるはずもない。土台、基礎がまったくちがうからだ。

「察する」だの「空気を読む(KY)」だのというのは一切通用しない。欧米にも「同調圧力」に似たものはあるにはあるが、日本のように物事の道筋を決定してしまうような力はない。言ったこと、表現したことのみが意味を持ち、価値を評価され、物事を動かす。

裁判(Trial)は民事事件/刑事事件の別を問わずにすべからくひとつのゲームである。裁判が民事、刑事、行政訴訟のいずれも、とてもよくできたゲームであることを知ると退屈な人生の日々にたのしみが増える。

自分の人生とはいささかも関わりがなく、ゲーム(裁判)がどのように進行し、どのような結末(判決)を迎えようと自分にはなんらの影響も受けない。たとえそのゲームが「殺人」という重大事にかかわるものであり、結末が被告人/被害者あるいは被害者遺族に大きな影を落とし、人生を激変させるとしてもだ。その一部始終を岡目八目、外野を決めこんで直接的に見物できるのだ。

法の庭における秩序を乱さないかぎり、追い出されること(退廷命令)もない。「疑わしきは被告人の利益に(いわゆる「推定無罪」)」や「一事不再理(確定判決がある場合には再度実体審理することを禁じる刑事司法の大原則のひとつ。憲法第39条等)」や「二重処罰の禁止(同一の犯罪で二度有罪にはならない。Double Jeopardy/ダブル・ジョパディ)」「毒樹の果実の法理」等々はゲームを面白くするための知恵の産物、調味料だと思えばいい。刑事訴訟法や民事訴訟法、この二法にかかわる諸規則はゲームブックである。

レフェリー、ジャッジの裁判官(裁判官は英語では「Judge」、「法を示す者」「正しい判定をする者」の意。仏伊西葡語ともに綴りは異なるが語源はラテン語の「Judicare」である。独語の裁判官をさす「Richter」は「Richtig」、すなわち「正しい」を語源としている。カール・リヒターもスヴャトスラフ・リヒテルも先祖には裁判官がいたのだろう)、敵キャラの検察官検事、主人公キャラの代理人弁護士、被告人、被害者、原告/被告、証拠、証言。これらの登場人物らが丁々発止の訊問や反対訊問等々を通じて人間、人生の綾を垣間見せながらゲームは進行し、「判決」というエンディングを迎える。

基となるストーリー(事件)と登場人物(事件関係者)のパーソナリティがつまらなければ、そのゲームはただ退屈で凡庸な駄作ゲームになるし、元々の事件が凡庸であっても、登場人物のキャラが立っていればゲームは名作となることもある。

「裁判員制度」の導入によって、無作為に選ばれた一般人が「裁く側の者」として裁判に加わるようになったが、これは笑止千万である。法の素人であり、社会情勢に安易に流される大衆に「正しい判断」ができるとは到底思えないからだ。百害あって一利無しの典型である。早急に制度自体の見直しを図るべきである。

また、東日本と西日本ではエンディング(判決)の相場が異なるところも見もののひとつだ。東日本圏では相場が高く、西日本圏では相場が安い。具体的には似たような凶悪な刑事事件の事案について、東日本圏では「極刑(死刑)」の判決が下され、西日本圏では「無期懲役あるいは長期の有期刑」が言い渡される傾向があるということだ。
 
by enzo_morinari | 2018-10-30 18:28 | 法の庭先 | Trackback | Comments(0)

食神譚#1「崩壊する時間」と樹海を記録しつづける男

 
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神を屠る者は日常のそこかしこでじっと息を潜めている。E-M-M


厳冬のペンノキ鼻で海草類と数頭のトッカリと不運な船乗りを屠って生き延びた「崩壊する時間」と樹海を記録しつづける男は、金緑色に輝くジストステガ・ペンナータが密生した巨大な山毛欅の倒木の縁に腰かけている。

「崩壊する時間」と樹海を記録しつづける男は一筋の光の帯が射しこむだけの薄暗い木立の中で前後左右に揺れながら立ちつくす森のひとにたずねた。

「神々の住処をを御存知ありませんか?」
「知ってるよ」
「それはどこでしょうか? 神々が住まう場所というのは」
「知ってどうする? 知ったところでおまえにはたどり着けない」
「記録したいのです。神々を。神々が現れるところを」
「命を差しだす覚悟はできているのか? 神々と会うというのは命と引き換えだぞ」
「けっこうです。どうせとうに捨ててしまった命です」
「捨てた命を神々に差しだすことはできない。神々の怒りを買うだけだ」
「では、どうしたらいいでしょう?」
「捨てた命をもう一度拾いなおすか買い戻すかするんだな。話はそれからだ」

「崩壊する時間」と樹海を記録しつづける男は眼を閉じ、考えこむ。深々と息を吐き出す。

「わかりました。そうします」
「では、出発しよう」
「ありがとうございます。どこに向かうんでしょうか?」
「大瀬崎と戸田の御浜岬」
「なるほど」

「崩壊する時間」と樹海を記録しつづける男は山毛欅の倒木から腰をあげ、樹海を幽けく照らすペーパームーンを見上げる。

「崩壊する時間」と樹海を記録しつづける男のすぐ横に純白の羽衣をまとった豊饒の女、一人の巫女が現れ、無言で立っている。ゴブリンどもが宿ったジストステガ・ペンナータは音もなく妖かしの光をあたりに放っている。

「で? おまえの本当の目的はなんだ?」
「 ── 神々を屠ることです」

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by enzo_morinari | 2018-10-30 16:35 | 食神譚 | Trackback | Comments(0)

琥珀色の夜が来る#番外 甘味処の女王さま、こんな朝っぱらな時間にコバンザメに食べられた小判猫にワンバンコ

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生きとし生けるもののすべては殺生をしながらいのちを未来へと繋いでいる。E-M-M


そうです。このワン公はトリスです。保健所で殺処分寸前のところをCMの制作スタッフに引き取られて天寿をまっとうしたという「都市伝説」がまことしやかに巷間伝えられていますが、それは真っ赤なポルシェ並みに大獺です。サイドミラー擦りすぎもいいところです。

天寿をまっとうしたなどとはとんでもない! トリスはその後、わたくしとともに生き、いまもわたくしの番台弟子、一の子分として界隈でぶいぶい言わせまくっています。

当年とって38歳。見てのとおり、今では全身毛が抜け落ちた上に身の毛もよだつようなしわくちゃ爺さんですが、中身は中々どうして矍鑠としております。

現在でも御近所に住まう♀のトイプーやらシーズーやらチベタン・マスティフやらバーニーズ・マウンテンドッグやらアイフル・ドッグやらスヌープ・ドッグやらディオゲネス・ドッグやら樽犬やらドク・ホリデーやらのうなじ、首筋、耳元に熱い吐息を吹きかけてナンパの日々を送っていますよ。羨ましいかぎりです。「女好き」はわたくし伝来であると思量されます。

たまにサイラス・モズレー上智大英文科名誉教授がスキャットマン・ジョンする『夜がくる』を遠吠えがわりに聴かせてくれます。もちろん、そのときは天井から如雨露を吊るして嘘雨を降らせながら、飲むとワイハーに行ける安ウスケヴォー・ウシェクベーハーをちびちびと飲ります。格別です。

では、甘味処の女王さまにいい朝が来ますように。いい週の中日も来ますように。ついでにいい週末が来ますように。世界中の生きとし生けるものにいい終末が来ますように。今日も晴れ晴れ、ハレルヤ!
 
by enzo_morinari | 2018-10-30 09:03 | 琥珀色の夜が来る | Trackback | Comments(0)

琥珀色の夜が来る#1 冷たい小糠雨の中の仔犬 ── 宇宙万物森羅万象に多情多恨たれ

 
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思い出は琥珀色に染まりゆく E-M-M
人間らしくやりたいな。人間なんだからな。KAITA-KAKEN
いろんな命が生きているんだな。元気で。とりあえず元気で。みんな元気で。ずっと元気で。仲畑貴志
世界を貪り読め。読みつくせ。耳を攲てろ。眼を見開いたまま眠れ。森羅万象に多情多恨たれ。KAITA-KAKEN


1981年晩秋。「青葉繁れる日々」はとうに終りを告げていて、永遠などないと思い知りながら、ワイオミング・スイカを貪り喰いながら、街を、世界を、ビロード地下帝国のワイルド・サイドをほっつき歩いていた。

スパゲティ・バジリコでも25メートルプール1杯分のビールでも床一面に5cmの厚さで敷きつめられた南京豆の殻でも心と魂は満たされず、水晶とは似ても似つかぬ鉛色の世界が広がっていた。「ジョシダイセー」なる珍妙奇妙奇天烈なイキモノが肩で風を切ってのさばり歩いていた。

冷たい小糠雨が降りしきる週末の夕暮れの青山通り。1本の路地から茶色と白のブチの仔犬が顔をのぞかせた。ボクサー犬かジャックラッセル・テリアか。生後半年ほどでもあったか。

仔犬は車と人と雨とでざわめき立つ夕闇迫る混乱の大通りを前にあたりを落ちつきなく見まわし、小刻みに震えていた。その表情は不安と恐怖で凍りつく寸前であるように思われた。

どこからともなく晩鐘が聴こえてきた。善光寺の晩鐘だったか。仔犬は傘をさして猛スピードで買い物かご付き自転車を走らせるクソばばあに轢かれそうになる。クソばばあを引きずり倒してぶん殴ってやりたかった。しかし、夕暮れの雑踏と家路を急ぐ大衆どもは仔犬には目もくれず、無関心そのものだ。それどころか、仔犬を食い殺そうとでも言いたげなほどに残酷だった。私もそのうちの一人だった。

小さな命が抱える冥さに目もくらみそうになる。そして、その小さな命を待ち受ける孤独と困難と困憊にも。

仔犬に微笑みかけることしかできなかった。それだけが、そのときの私にできることだった。ほかにはなにもない。彼を抱きしめ、あたため、連れて帰りたかったが、すべての事情を勘案した結果、それはゆるされなかった。だが、それは言い訳だ。愚にもつかぬ言い訳にすぎないと今にして思う。仔犬はどんなにか寒く、凍え、心細かったろうかと思う。しかし、重要なのは言葉の数ではない。言葉の巧みさでも美しさでもない。言葉ではない。

当然に、仔犬のその後の日々がどうなったかはわからない。そして、40年近い歳月の流れ。40年近くの時間を経ても凍えるような喪失のかなしみ、痛みをともなった喪失感がある。

あのとき、あの仔犬をふところに抱きしめていれば。あのとき、あの仔犬を一瞬でもいいからあたためていれば。あのとき、あの仔犬にひと晩の宿りとわずかの糧とを与えていれば ── 。そのことによって失うものなどなにもなかったのに、そして、そのことによってもっとたいせつであたたかくて深いものを手に入れられたはずなのにできなかった。いや、できなかったのではない。しなかったのだ。

そのあいだに、街からも人間からも「貌」が失われた。のっぺりとした記号だけが無目的/無感動に徘徊している。「すごい」をいつ果てるとも知れずに連発しながら(「すごい」は形容詞だ! 形容詞で形容詞と副詞を修飾するな!)。

子守唄がわりに『Metal Machine Music』を聴かされつづけた赤ん坊どもはいまやアヒルに毛の生えたようなニヒリストとして無限大の幻影を夢みる日々を生きている。彼奴らをみていれば、そう遠くない将来、近々、「世界の終り」がやってくるのはまちがいないとわかる。救いはソニーロリンズ・ベイビー島の人々が青と黒のクセノフォンの巨人の夢を見つづけていることだけだ。

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雨と子犬(SUNTORY トリスCM/仲畑貴志企画)
琥珀色の日々(雨と子犬) - 菅原進
夜が来る - 小林亜星
 
by enzo_morinari | 2018-10-30 04:02 | 琥珀色の夜が来る | Trackback | Comments(0)

運命のバラの秘密のカーニバル/ジストステガ・ペンナータの妖かしの光に誘われて人肉を屠る夜

 
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北風をさえぎる壁のかたちで立つイタリア・ポプラの並木の南側にブラックバカラ・ローズガーデンはある。連日の好天でいっきにブラックバカラの秋バラが花開いた。

非の打ちどころのないフォルム。妖色のドレスをまとった黒い運命の女たち。オータム・ローズを家来のように従えている。束の間の木洩れ陽が黒いファムファタール・ローズの運命を照らしだす。

秋バラを見ずにバラを語ってはならない。遠い昔の私のあやういバラの記憶のファムファタールが言った言葉を思いだす。

厳冬のペンノキ鼻で海草類と数頭のトッカリと不運な船乗りを屠って生き延びた夜に現れたファムファタール、運命の女。

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by enzo_morinari | 2018-10-30 01:49 | 運命のバラの秘密のカーニバル | Trackback | Comments(0)

風除室がパセリくさいので、世界ドラッグ・レース選手権ヨコスカ・ステージで10円を消費して1億円のベーシック・インカムをえるためにナンダステのマナとナマズのナマステと友情を結ぶが玉砕。Burnout.

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「なんだって?」とナンダステのマナがピレリのスリック・タイヤに轢かれてリタイヤ中のイタリアン・パセリをむさぼり食いながら言った。

「ところで、話というのは?」とナマズのナマステがロデオ・ドライブでじゃじゃ馬ならしをロデりながら頬張りながらたずねた。ナマズのナマステの大きな口からは膾過食者特有の酸っぱいオイニーがした。

「10円を消費して1億円のベーシック・インカムをえるためのプロジェクトに参加してほしい」

私は息を止めて答えた。世界ドラッグ・レース選手権ヨコスカ・ステージのディビジョン1第1レースのシグナルが点灯し、タイヤがバーンアウトする音がうみかぜ公園特設コースに響きわたった。猿島から海風に乗って猿渡りしてきたミネラルたっぷりのβカロティンコーマン9696が強く臭った。高純度高コーマン度高高慢度高濃度のイカ臭さだった。


Great Burnout at Hot Rod Masters
 
by enzo_morinari | 2018-10-29 18:36 | Burnout, Blackout. | Trackback | Comments(0)