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虹のコヨーテ リトープスの楽園にて/魂のルフランを見届け、残酷な天使のテーゼを解法する。

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私はペヨーテばかり食べているからコヨーテになってしまった。ペヨーテの薬理作用で世界はいつも虹色。だから虹のコヨーテだ。Peyote-Agree, Coyote-Angry, Human-Ugly, Wildlife-Hungly.

この秋、虹のコヨーテの旅は再開する。いや、ちがう。ここから本当の旅がはじまる。リトープスとともにある旅。リトープスがなければつづけることのできない旅。旅の途中で多くの魂は死に、すべての魂のルフランがなされる。静かに。深く。魂のルフランは終わらない。

さあ、還ろう。魂の記憶をたどろう。命のゆくえを見届け、命の重さを計測し、命が行きつく先へ還ろう。そして、最後は星に還ろう。漂えど沈まず、悠々として急ごう。急ぐ旅でもない。

旅ははじまり、旅はつづき、いつか旅の円環は閉じられる。その旅の最中には穴だらけのパンクチュラータと不死のひと粒の麦とバナナ魚のバラライカと思考する鰯と歩行する貝殻と冬眠を忘れた熊と呪われたアルマジロと黄金のカエルと南方曼荼羅と腰つきのいい個室機能付きムギナデシコと特殊機能付きイソギンチャク・ノリスと数の子天井ザラザラと山岳犬ダフィーとモウセンゴケの太陽の露がともにあり、祝福する。そして、残酷な天使のテーゼの解法は見つけだされる。解法の宛先は牛込郵便局郵便私書箱第4242号である。

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魂のルフラン/残酷な天使のテーゼ - 高橋洋子
 
by enzo_morinari | 2018-09-26 17:08 | 虹のコヨーテ | Trackback | Comments(0)

生きるコテ

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およそ小手先で生きた者は最後は半田ごての100万倍も大きくて熱い鏝で焼きを入れられるものと相場は決まっている。

さて、そこだ。古手川祐子がまだ芋虫指になる前、ケーナ田中にてんてこ舞いさせられる運命を生きることになるずっと昔。コテ先古手川祐子とコッテコテの豚骨ラーメンを西鹿児島駅前の大名に喰いに行った。まさに喰い逃げしようとしたとき、コテ先古手川祐子は私の脚にすがって叫んだ。

「まだおつゆがいっぱい残ってるの!」
 
この局面でわれわれが学ぶべき点はなにか?

ひとつには高額な寝台特急ブルーブルーシャトー・チューチュー・トレインに乗って西鹿児島まで行かずに東京乃至は東京周辺の近場でコッテコテの豚骨ラーメンを食すことはできなかったかということ。

ふたつにはケーナ田中のつてを頼ってケータリングでコッテコテの豚骨ラーメンを調達できなかったかということ。

みっつはそもそもコッテコテの豚骨ラーメンなどという下卑たジャンクフードを食べようと考えるべきではなかったのではないかということ。

答えはいずれもNoである。1番の問題はおつゆだ。
 
by enzo_morinari | 2018-09-26 12:39 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

花のワルツ 食虫植物のカーニバルと世界を手加減なし容赦なしで破壊する花のワルツのグラン・パ・ド・ドゥ

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風鳥か極楽鳥か。それが問題だ。極楽とんぼ良寛


花のワルツはちょくちょく食虫植物を食べる。ウツボカズラとモウセンゴケを特に好んで食べる。

食虫植物を食べ終えると花のワルツはグラン・パ・ド・ドゥをぶちかます。しかし、アントレの段階で台無しだ。アダージュはなんとかしのぐがヴァリアシオンで世界は崩壊する。

花のワルツは男だから柔らかい動きをすることは土台無理な相談である。華やかさや優雅さを花のワルツに求めるのはデブ達磨の嫌われマツコ-Dに品性と知性を求めるようなものである。

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花のワルツはグラン・パ・ド・ドゥをぶちかましたあと、太陽の雫屋のドロセラ・サンデューが太陽で密造した太陽の露を飲む。飲み終えると同時に花のワルツはパラダイス・バードに変身し、手に入れたBird's Eye Viewで宇宙と世界と植物界と植生を鳥瞰する。景色と眺めはすこぶるいい。

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Carnaval – Spyro Gyra
 
by enzo_morinari | 2018-09-26 08:57 | Carpe Diem/一日の花を摘め | Trackback | Comments(0)

ヘンダーソンの庭

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クレマチスの丘の中腹にあるソニー・ヘンダーソンの庭にはニワトリの420倍気位の高い伊達地鶏のビッグコックディッククックドゥードゥルドゥーが集めに集めた蔓性植物の女王クレマチスが全世界の42%集まっている。

クレマチスの夫である天下御免の気難し屋として知られるソニー"ヘンダーソニー"ヘンダーソンが大きな顔をさらに大きくして陽の光を独り占めしている。ソニー"ヘンダーソニー"ヘンダーソンはアンリ・マティスを顎で使い、踊らせ、ジョー・ヘンダーソンに2nd-Rateさせ、ソニー・クラークにColl Struttin' Walkさせ、ロードス島のサクソフォン巨人であるソニー・ロリンズにカリブの風を吹かせ、風車の弥七にドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ式ウィンドミルでコピ・ルアクを挽かせている。

天下御免の気難し屋のクレマチスのソニー"ヘンダーソニー"ヘンダーソンは剪定の仕方が悪いと遠慮なく怒る。怒鳴り散らす。妖精クレモンティーヌをさえ踏みつぶす。手加減なし容赦なしで。傍若無人も甚だしい。花だけに。その怒りは主に木香薔薇の木工師モコヤジ・ウッドチップ=ニーチップに向けられる。モコヤジ・ウッドチップ=ニーチップは蝶々夫人を鼻歌まじりにうたいながらソニー"ヘンダーソニー"ヘンダーソンの憤怒を受け流し、流しのバンブー佐竹といっしょにネオン川こと竹紫二郎川に流す。

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Clematis Flower
ポーランドのクレマチス農園
修学旅行の夜行列車でアンダーソンの庭に向かうための南国音楽 - GONTITI(ゴンザレス三上とチチ松村)
 
by enzo_morinari | 2018-09-26 01:11 | Carpe Diem/一日の花を摘め | Trackback | Comments(0)

野分のまたの日とマタンキの分野/野分の金玉と火の玉の分野

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芭蕉野分して盥に雨を聞く夜かな 武蔵曲/芭蕉
野分のまたの日こそ いみじうあはれにをかしけれ 枕草子 二〇〇段/清少納言

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ものあはれなるけしきに見いだして「むべ山風を」など言ひたるも、心あらんと見ゆるに、十七、八ばかりやあらん、またんきちひさうはあらねど、わざと大人きんたまとは見えぬが、生絹の単のいみじうほころびたえ皮かむりいとくさく、はなも曲がりぬれなどしたるこそものぐるほしけれ、薄色の宿直物を着て、髮、いろに、こまごまとうるはしう、末も尾花のやうにて丈ばかりなりければ、衣の裾にかくれて、またんき袴のそばそばより見ゆるに、わらはべのぽこちん、わかき人々の、根ごめに吹き折られたる、ここかしこにとり集め、ぽこちん起し立てなどするを、うらやましげにおしはりて、簾に添ひたるうしろでもをかし またんきまたんき
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by enzo_morinari | 2018-09-25 19:37 | コテンへの招待 | Trackback | Comments(0)

ナポレオンの帽子とジョセフィーヌのフォルマッジオと世界認識の方法公爵

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ナポレオンの帽子をひろったのは双葉町の今はなき双葉バラ園のオールドローズの小径だった。ナポレオンの帽子にはジョセフィーヌのフォルマッジオが寄り添っている。ロサ・ガリカの枝変わり品種であるロサ・ムンディが斑入りの花弁をふるわせ、うらめしそうに二人を見つめている。
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by enzo_morinari | 2018-09-25 11:19 | Carpe Diem/一日の花を摘め | Trackback | Comments(2)

花のワルツ 火焔A式1号深鉢土器とサンマの塩焼きと目玉焼きとお焼きと野焼き

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今朝、ウィンドウ・ボックスが突然しゃべった。

「わたしは花の精の花のワルツよ」

花のワルツの身の上話は鼻白むほど長かった。

眠れる森の美女の陰謀によって眠れる森から追放された花の精を自称する花のワルツはメンデルスゾーンの『花の辞書』と牧野富太郎の『花物語 続植物記』を片手にワルツを踊る。牧野富太郎の『なぜ花は匂うか』を頭に乗せて自分の尻の匂いを1日中嗅いでいることもある。

花の精のくせに花のことをほとんど知らない花のワルツは怒ると縄文式土器で後頭部に打撃を加えてくる。火焔土器(火焔A式1号深鉢土器)のときはすごく痛い。痛いというより熱い。熱くてサンマの塩焼きと目玉焼きとお焼きと野焼きができるほどだ。ついでに、老害明石家さんまも焼きつくして灰にしてしまえばいいのに。さらについでに、超老害萩本の欽公は跡形もなくしてしまえばいいのに。

眠れる森の美女に頼まれて白鳥の湖にくるみ割り人形を沈めた帰り道、花のワルツに再会した。

「オデット姫と悪魔の娘のオディールとジークフリート王子がすごく怒ってる」と花のワルツは血相を変えて言った。そして、私の手を強く握ると「とにかくここから逃げるのよ」と駆けだした。

花のワルツの本名はヴァルス・デ・フルール・ハメルン=ルツェルン・シュテルン・シュヴァイツェル。

花のワルツ(バレエ組曲『くるみ割り人形』より) - P.I.チャイコフスキー
 
by enzo_morinari | 2018-09-25 03:08 | Carpe Diem/一日の花を摘め | Trackback | Comments(0)

気まぐれ男の待つホテルのロビーで聴こえてきそうなパガニーニのカプリース

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湘南辻堂の小さなリストランテ、カプリッチョ。シェフはカプリ島出身のイタリア人だ。いつも笑みを絶やさないエミリオ・エステベスに瓜ふたつのエミリオ・エステベス。エミリオ・エステベスに瓜ふたつのエミリオ・エステベス? そのようなYA-2BITなふざけた世界も存在する。店の入口の脇にはイタリア語で「再会は情事の幕開け/再開発は事情変更の原則」と記してある。とても小さな文字で。

「ねえ、カンパネルラ。『ラ・カンパネッラ』が聴こえてきそうなホテルだったのよ」と安芸竹城の采女はテーブルにつくなり言った。

「『La Campanella』は4曲あるうちのどれが聴こえてきそうだったのかがすごく気になるね。気になって気になってジョルジュ・シフラの弾く『Grandes Etudes de Paganini, S. 141』を5回立てつづけに聴きたいくらいだ。そのあいだ、うしろでニコロ・パガニーニがクスクスをむさぼり喰いながらメントニエラに顎をのせてクスクス笑いをしているんだ」
「なによ! わたしの話をたまにはまじめに聴いてよ! カラムーチョ!」
「その前に、カンパネルラなのかカラムーチョなのかポリンキーなのか決めてくれないかな」
「もういい! カエル!『ラ・カンパネッラ』じゃなくて『ララ・ネパンカ』に言い換える! エロイムエッサイム エロイムエッサイム エロイムアナグラム。我は求め訴えたり。我は求め言い換えたり。カエルが鳴くから帰る」

そして、カプリシャスガエルに変身した安芸竹城の采女は山の井の清水の采女を肩車して帰ってしまった。気まぐれ男の待つホテルのロビーで聴こえてきそうなパガニーニのカプリースの第42曲が無性に聴きたかった。

Franz Liszt La Campanella
Niccolò Paganini - Caprice 24

by enzo_morinari | 2018-09-24 20:02 | 世紀末ホテルの夜 | Trackback | Comments(0)

Tais-toi! パリの「初語」と世界の天井と病としての過剰

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わたくしの初語は「Tais-toi!(うるさい!)」である。生後5ヶ月のことだ。母親を含め、周囲の者どもはわたくしの初語の早さにたいそう驚いたようだ。異国の地で一人、シングル・マザーとして生き、日々の暮らしを立てていた母親の苛立ちがわたくしの初語に現れたのだと思うが、それは無理からぬことである。いずれにしても、わたくしと母親の環境がうるさかったことはまちがいない。

母親によれば、1歳の誕生日前から、わたくしはただ座して、ひたすら喋りつづけたという。ただ座して、ひたすら喋りつづける乳児。ときに腕組みをし、ときに両手を頭の後ろで組み、ときに虚空を見上げながら。このときすでに、わたくしのマドレーヌ現象は始まっていたと考えてよい。

話の内容はその日の天候、光の具合、誰と誰がやってきてあれこれについて話していた、誰それの顔はいい顔だが誰それの顔は変、誰それの声はいい声だが誰それの声は悪い、朝ごはんは色どりがよくない、一人のときが一番気持ちよく、楽しい、しかし、ずっと一人でありつづけることはできないといったようなことを途切れることなく喋りつづけ、ついには喋り疲れて大きな鼾をかいて眠りにつく。その様子が母親の当時の日記に克明精緻に記されている。

母親はわたくしのマドレーヌ現象をたいへんに心配し、パリ16区の市民病院をたびたび訪れ、相談した。もちろん、診断などできようはずはない。世界の天井と言えども、すべてを受け止められるわけではないのだ。

遠い日、病としての過剰について小1時間にわたって考えたことがある。その思考の過程は思考実験とでも呼ぶにふさわしく、当時、即物的な俗物、無名の小僧っこにすぎなかったわたくしにはけっこうしんどかった。答えはなかなか出なかった。

考えあぐね、立ち止まり、気分転換、思考転換のつもりで因数分解の問題と戯れている最中、不意と毒くらわば皿までという言葉が浮かんだ。霧はいっきに晴れた。そして、以後、毒くらわば皿まではわたくしの裏座右となった。8歳の秋のことである。

わたくしは過剰である。過剰な知識欲、過剰な権力欲、過剰な金銭欲、過剰な性欲、過剰な食欲、そして、過剰な破滅欲。さまざまな過剰がないまぜとなって、わたくしのマドレーヌ現象は生起している。もちろん、養老猛司が指摘するように大脳生理学的な問題も影響してはいるだろう。しかし、ある未知の組織 ≒ 新脳はわたくしの意識が、あるいはわたくしの命が持つ「業」が自ら選んで作りだしたというのがわたくしの考えだ。


(補遺) 
いわゆる「マドレーヌ現象」について
発語または記述の際、ある「言葉」「事態」「現象」「音」「匂い」「味覚」「感触」等を契機端緒として、連関の有無を問わずに言葉、発想が連続継起していく表現行動の一形態。その際、記述、発想、発語の跳躍、跳梁は、当該現象が長引くのに比例して、さらに跳躍量を増すことが認められる。

養老猛司博士は「大脳辺縁系の下部にわずかに認められる未知の組織 ≒ 新脳が他の組織を刺激し、言うところのマドレーヌ現象を誘発させていると思料されるが、その機序はあきらかではない。扁桃体と海馬の大きさは平均値の2.4倍である」と述べている。さらに、「また、マドレーヌ現象時、2種類の独立した脳波を検知した。ひとつはレム睡眠時の波形を示し、いまひとつはあたかも”読書している”ときのような波形を示した。これらについてはさらなる観察、分析が必要である」とつけ加えている。

Tais toi petite folle - Helena Lemkovitch
 
by enzo_morinari | 2018-09-24 17:02 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

生き物はすべてヤリヤリイクイクしたものの子孫である。

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生き物はすべてヤリヤリイクイクしたものの子孫である。つまり、好き者の子孫である。取り澄ましたおセレブさん気取りのハナモチさんもヤリヤリイクイク大好きの大好き者である。

マヌコは理屈/能書き/御託抜きで気持ちいい。マヌコだけでなく食も音楽を聴くことも美術を鑑賞することも快楽快感をもたらすが、マヌコによる快楽快感はとりわけて強い。β-エンドルフィンのなせる業である。

好きな相手とのマヌコがもたらす快楽快感はさらに強い。吾輩などはこれまで乾くヒマなくいたしてきたが、好きでない相手とのマヌコは1度もいたしたことがない。ゼニカネを出してマヌコをしたこともない。したいとも思わない。第一、好きでない相手にはティンコが勃たない。見方をかえれば、好き/好意好感好印象を持つ相手にはヤリヤリイクイクしたい欲求が起きているということである。

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不倫/浮気/倫ならぬ恋/コソ泥マヌコは大いにいたすがよろしい。一盗二婢三妾四妓五妻は古来よりの定説である。一盗二婢三妾四妓五妻の一盗は不倫/浮気/倫ならぬ恋/コソ泥マヌコのことであって、快楽快感は一等に強いのであるからやめられるわけがない。

いたすがよろしいが、魂も顔も醜くなる。コソ泥に善相/いい人相の者はいない。例外はない。なぜというに、倫ならぬ恋の相手と会い、マヌコをいたすために考えうるかぎりのあらゆるウソ誤魔化しマヤカシをするからである。そのことを覚悟の上でいたすがよろしい。

ヤリヤリイクイクしたいからいたしているだけのことに、秘すれば華/言わぬが花などおこがましい。理屈/能書き/御託は不要にして不用である。ヤッたもん勝ち/イッたもん勝ち。カチワリ人生万歳! マヌコは永遠に不滅である!

Sea, Sex and Sun - Serge Gainsbourg
A Man and a Woman - Francis Lai (1966)

by enzo_morinari | 2018-09-24 09:30 | ヴァルヴァ・パラディーゾ | Trackback | Comments(0)