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埴生の宿の夜はふけて#3 母が教えてくれた歌 ── 人生の夕暮れ/残照のときを迎えて

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歌いなさい。泣きなさい。そして、最後は笑いなさい。OFF-CROW-SAMA


母はいつも歌を口ずさんでいた。わが母ながら素晴らしい美声の持ち主だった。エディット・ピアフに心酔していた母が歌うのは『バラ色の人生』や『パリの空の下』や『愛の讃歌』などのシャンソンが中心だった。『ダニーボーイ』のときもあれば『すみれの花咲く頃』のときもあれば『テネシー・ワルツ』のときもあった。ドヴォルザークの『母が教えてくれた歌』もよく歌っていた。

『母が教えてくれた歌』(Když mne stará matka zpívat, zpívat učívala/Als die alte Mutter mich noch lehrte singen/Songs My Mother Taught Me)はアントニン・ドヴォルザークが1880年に作曲した作品55『ジプシーのメロディ』の第4曲である。『ジプシーのメロディ』はボヘミアの詩人アドルフ・ヘイドゥクによる連作詩集を元にしたものであって、これに深い感銘を受けたドヴォルザーク自身がチェコ語の原詩をドイツ語に翻訳し、曲をつけた。『ジプシーのメロディ』は荒野を放浪するジプシーの母親による一人語りの形式を持ち、全7編からなる。『母が教えてくれた歌』の日本語訳は以下のとおり。

遠い昔に老いた母が歌を教えてくれたとき
母の目に大粒の涙が絶えることはなかった
母親となってその歌を子供らに教えるとき
私の目にもいつの間にか涙が浮かんでいる


母親思いで子煩悩であったと伝えられるドボルザークの『母が教えてくれた歌』にこめられた切々とした心情は聴く者を強く深く揺さぶらずにはおかない。

『母が教えてくれた歌』は『ジプシーのメロディ』の中でも特に愛され、フリッツ・クライスラーがヴァイオリンとピアノのために編曲したことによって広く世に知られるようになった。レパートリー、持ち歌とする歌い手、ヴァイオリン奏者、ピアニストも多い。エリーザベト・シュヴァルツコップ、ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス、ネリー・メルバ、ジョーン・サザーランドらの歌唱がある。ポール・ロブソンの愛唱歌でもある。また、映画『刑務所の中』のエンディングでゆっくりとタンポポが大写しされるシーンで流れる日本フィルハーモニー演奏の『母が教えてくれた歌』はとても印象的だった。それまで飄々としたギャグ連発の映画が一転、美しく深い詩情を湛えるものとなった。監督の崔洋一は「運不運、幸不幸は人それぞれだが、だれでもに等しく古今東西の別なく母はある」とでも言いたかったか。

やむにやまれぬ種々の事情、経緯によって母のいない者であってもその胸の内に「母の面影」を宿すことはできる。レオナルド・ダ・ヴィンチは生涯にわたって「母の面影」を追いつづけた果てに「万能の天才」「知の巨人」「創造の王」となった。

母は『母が教えてくれた歌』をいつ、どのような場面で歌っていたのであったか。いずれにしても心さびしいときか困憊のときでもあったろう。母の哀しげな歌声もさることながら、『母が教えてくれた歌』の曲調と旋律は子供心にも大層せつなく哀しく儚く聴こえた。このまま母が私の前から永遠に消え去り、死んでしまうのではないかとさえ思われた。

母は歌いながら泣いていた。いつも決まって夕餉前の夕暮れ時だったと記憶する。黙々と夕餉の仕度をする母の哀しげな歌声に混じって狭く薄暗い台所から煮物のにおいがした。大根と人参と生揚げの煮物。裸電球に照らされた母と私だけのつつましく貧しい夕餉。それでも、母と二人きりで向かう夕餉の食卓は暖かく慈しみに満ちていたのだと思える。

夕餉のときは母と実に色々のことを話した。学校での出来事や勉強のことや音楽のこと、読書のことや日々の暮らしの不満や母の青春時代の思い出話など。母は私に真剣に向き合って話に耳を傾け、身ぶり手ぶりを交えて話してくれた。かけがえのない宝石のような時間だった。

他愛のないことでしょげかえる私に母は言ったものだ。「歌いなさい。泣きなさい。そして、最後は笑いなさい」と。今、虹子と二人囲む食卓にもおなじ時間が流れ、おなじものがある。

母は私が中学2年生の秋に片手で持てるほど小さく軽くなって死んだが、今も静かに語りかけてくる。「歌いなさい。泣きなさい。そして、最後は笑いなさい」と。

人生の夕暮れ/残照のときを迎えたいま、仕上げがわりに、せめて、母の言いつけを守ることにしよう。そして、母にできなかった分の孝行を虹子にしようと密かに決めている。

おそくはない。まだ間にあう。折れそうになったら、『母が教えてくれた歌』を聴き、歌えばいい。母の歌う『母が教えてくれた歌』が聴ける日も、遠い日の花火ほど遠くはない。


Dvorak - Songs My Mother Taught Me (No.4, Op.55)/わが母の教えたまいし歌
Itzhak Perlman
Victoria de los Angeles
Pablo Casals
Yo-Yo Ma
Bela Banfalvi & Budapest Strings
Joshua Bell

 
by enzo_morinari | 2018-07-31 11:29 | 埴生の宿の夜はふけて | Trackback | Comments(0)

遠い日の夏、山手のドルフィンで海を見ていた午後の思い出

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Once upon a time in The Dolphin, We See the Sea in Sweet Sorrow Afternoon.


昔々の大昔の小さな泡のようには消えなかった恋の話である。小さな泡のようには消えなかったけれども、終わった恋であることにかわりはないし、深傷を負ったし、痛みの痕跡は胸の奥のほうにわずかに残っている。痛みはいまも残っているが回復不能というわけではない。

山手のドルフィンから三浦岬は見えない。晴れた午後だろうと天気雨だろうとゴッデスにライトニング・ボルトが落ちようと水平線がみるみる煙ろうと夏の初めの通り雨が降ろうと相模線が脱線して茅ヶ崎の白いハウスをなぎたおそうと血が先に出ようと片時雨だろうと14番目の月が欠けようとサーフ&スノー日和だろうと見えない。春夏秋冬、1年中見えない。窓に頬を寄せようが飛ぶカモメがジョナサン・リヴィングストン・シーガルだろうがドルフィンの前に雨のステーションができようがシンデレラ・エクスプレスに弾き飛ばされた灰皿が直撃して死のうがかもめホテルといるかホテルといないかホテルと田舎ホテルとラブサイケデリコ・ホテルが合併しようがペンギンズ・バーでベックソお荷物/劣化皇太后の浜崎あゆみがアルバイト先のコストコの3サイズ小さい制服に相撲取り肉塊を無理矢理押しこんだパッツンパッツン状態でディナーロール36個を一気喰いし、巨大ティラミスをむさぼり喰いながらドスコイドスコイと四股を踏んで息も絶え絶えに口パク/18番パクリで『Sweet Memories』を歌おうがバナナ烏賊とバラライカがララバイをめぐってヴァルヴァ合戦しようが見えないものは見えない。断固として見えない。見えたら、それは日系ウガンダ人呪術師にして不全感回収業者であるハルキンボ・ムラカーミの呪いである。走行中に突如車内の照明が消える地下鉄銀座線の大猿の呪いに匹敵する狷介胡乱さである。

山手のドルフィンは小さなレストランではないし、古い暖炉も真赤なバラも白いパンジーもないし、ブルーの絨毯は敷きつめられていないし、メニューに貨物船が航行できるような巨大なソーダ水はないし、ドルフィンの紙ナプキンはインクがにじまない。ドルフィンの3階にあるトイレの入口を入って左側の壁に「ユーミンのうそつき!」と落書きしたのは17歳の私である。

「ねえ、約束して。忘れないって。もう二度と会えないかもしれないけど、忘れないって」と彼女は言った。目には涙がにじんでいた。彼女の涙をぬぐうことすらできない自分の不甲斐なさが腹立たしかった。彼女と出会った高校生の頃からおなじだ。30歳を目前にしたおとなの男の態度ではない。情けないもいいところだ。

「忘れないよ。きっと忘れない」

そう答えるのが精一杯だった。夏が終わる頃には彼女はもうこの世界にいないからだ。彼女との14年4ヶ月の日々がよみがえる。正確には14年4ヶ月と24日だ。宝石のような14年4ヶ月と24日。かけがえのない14年4ヶ月と24日。二度と取りもどすことのできない14年4ヶ月と24日 ──。

世界がゆれる。にじむ。崩れてゆく。見ると、彼女は店の紙ナプキンになにかを書いている。息が荒い。肩で息をしている。この瞬間にも彼女の残り時間は容赦なく削られてゆく。刻々と削られてゆく残り時間に耐えられなくなって彼女は自ら死を選んだ。自ら死を選んだけれども、それは彼女にとって「よりベターな選択肢」だったんだろう。「よりベターな選択肢」というのは高校生の頃からの彼女の口ぐせだった。

彼女はしばらく窓に頬を寄せていたが、カモメは1羽も飛んでいなかった。貨物船も見えなかった。この期に及んでも、やはり三浦岬は見えなかった。

高校2年の秋。2限目の古典特習の終鈴が鳴り終わらないうちに学校を抜けだし、授業をサボった。京浜東北線の根岸駅から歩いて不動坂のゴツゴツした急坂を息をきらして登った。不動坂の崖に彼岸花が群生していた。横浜市営バス103系統の路線バスが脇をかすめていった。根岸森林公園になる前の根岸競馬場跡地の廃墟のような観覧席跡に忍びこみ、彼女がつくったお弁当を2人ならんで食べた。塩ジャケはしょっぱかったし、厚焼きタマゴは甘すぎたし、タラコは焼きすぎだった。でも、おいしかった。お腹いっぱいになった。

フェンス越しにフェンスの向こう側のアメリカである米軍軍属居住エリアのカラフルなペンキがペイントされたハウスを眺め、M16自動小銃をかまえたMPに追い返され、立ち去るときに、Kiss My Ass Hall! Monkey Donkey Yankee! と捨てぜりふをぶちかましてやった。そして、彼女と全力疾走でドルフィンまで逃げた。うしろから、Fuck You! Jap! Fuck You! Nip! Fuck You! Yellow Monkey!という怒鳴り声が聴こえた。M16自動小銃の照準はまちがいなく私の頭に合わされていたはずだ。かなりビビったが、冥王星の税務署正面玄関までだって走れるほど気分は高揚し、全身に力が漲っていた。

初めてドルフィンに行ったがメニューにソーダ水はなかったし、三浦岬は見えなかったし、カモメも飛んでいなかった。彼女が止めるのにもかまわず、3階のトイレの壁に「ユーミンのうそつき!」と落書きした。はるか遠い日の思い出。2人とも若かった。若すぎるほどに。空を見上げて雨の気配をさぐる永遠の夏休みのような日々だった。そのような日々が永遠につづくものと思っていた。当然のように。

彼女は陶器のように白くて細くてつるりとした指先で紙ナプキンを私のほうに滑らせた。紙ナプキンには青いインクで「忘れないで」と息も絶え絶えに書かれていた。彼女は「忘れないで」の5文字を書くのに5回手を止めて4回深く息を吸った。こどもの頃から書道を習っていて字がじょうずなはずの彼女の書いた文字はひどくぎこちなかった。ふるえていた。わなないていた。「忘」の文字は途切れ途切れに書いたのが手に取るようにわかった。苦しそうだった。涙でにじんで文字がかすんでみえた。

「忘れないよ。きっと忘れない」

私は繰り返した。やっと。絞りだすように。彼女は私の涙を白くて細くてつるりとした指先でぬぐってから、「ごめんね。本当にごめんね」と言った。

「なんで謝るんだよ。謝るなよ。頼むから、謝ったりしないでくれよ。...忘れないけど、つらいし、痛いだろうな」
「痛いのは苦手だもんね。高校生の頃から。インフルエンザの予防接種のたびにあなただけ大騒ぎしてた」

そう言ってあごを少しあげて笑う彼女の喉元は指先とおなじように白くて細くてつるりとしていた。

夏がくるたびに確実な痛みをともなってせつなかったドルフィンの午後を思いだす。もう、30年が経つ。30年のあいだに数えきれないほどの夏と秋と冬と春が通りすぎていった。多くの人々と出会い、少しの友だちが残った。酒の味をおぼえ、酒の飲み方を学んだ。

元町POPPYの専務と齢の差/世代の壁を超えて仲良しになり、3年後に野辺送りした。やさしい雨の降る美しい葬列だった。葬列の向こう側ではPOPPYのロゴが入ったレジメンタル・タイがかすむように揺れていた。

『犬の聖歌』を知って愛唱歌/座右の銘とし、最良の友となる世界にただ1頭のミニチュア・セントバーナードのトパンガと出会い、美しい友情を育み、虹の橋へ見送った。憎悪の巡礼/ルサンチマンの旅の日々が始まった。

ほっかむりはゆるさない。なかったことにはしない。水にも流さない。ほとぼりは冷めない。冷めないどころかいや増す。吐いたツバは飲みこませない。倍返しではない。百倍返しだ。

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30年のあいだに、生きつづけるというのは取り残されることであると学んだ。マル・ウォルドロンがビリー・ホリディに先立たれ、取り残された痛みを『Left Alone』で慟哭きながら演奏していた。1988年の8月15日から1989年の8月15日までのあいだ、毎日毎日朝も昼も夜も『Left Alone』を聴いた。

出だしのAsのジャキー・マクリーンが吹くパピポーを聴いて352回泣いた。セルマーのAsを買って『Left Alone』を耳コピーして吹いた。出だしのパピポーはジャキー・マクリーンと寸分たがわずに吹けるようになった。

葬送/野辺送りの調べのようなマル・ウォルドロンのピアノにつづくジャッキー・マクリーンの出だしの1章節を聴いただけで完全にノックアウトだった。より厳密に言うならば、ジャッキー・マクリーンの最初の3音。パピポー。あの3音だけで脳味噌を鷲づかみにされ、ぐらぐら揺さぶられた。

『Left Alone』におけるジャッキー・マクリーンの影響で、最初に手に入れたサクソフォーンはアルト・サックスだった。「パピポー」の「ピ」のところは左の親指でオクターブ・キーを押さえて1オクターブ上げる。単純。シンプル。O Sancta Simplicitas!

ある友人の結婚披露宴で「結婚が人生の墓場であるとは古来よりの定説なので、これに従い、セメタリーへ入定せんとする長年の友人である君に葬送/野辺送りのうたがわりに贈る」と前置きスピーチし、『Left Alone』を吹いた。大顰蹙だった。当然だ。和気藹々とした空気が『Left Alone』のメロディが会場に響きわたると同時に一変した。泣きだす者もいた。その友人は先頃、癌との長い闘病の末に死んだ。奥方を一人残して。

レフト・アローン。ジャッキー・マクリーンのアルト・サックスが哭いている。マル・ウォルドロンのピアノも哭いている。ベースもドラムスも哭いている。

『Left Alone』はビリー・ホリデイ作詞/マル・ウォルドロン作曲。ビリー・ホリデイに先立たれ、取り残されたマル・ウォルドロンの慟哭だ。

マル・ウォルドロンは1957年、31歳のときにビリー・ホリデイの伴奏者に大抜擢され、1959年に彼女が他界するまで影のように寄り添った。『Left Alone』のジャケットを見ると、ビリー・ホリデイがまるで亡霊のようにマル・ウォルドロンの脇に立っている。

ある時期、知り合って間もない人物の魂の質を見きわめるために、なんらの前置き、説明なしで『Left Alone』を聴かせていた。男も女もだ。

哭くかどうか。哭けば合格。ソウル・ブロー。魂風呂にだって一緒に入る。哭かなければ不合格。以後は一切つきあわない。傲岸不遜きわまりないが、人物の魂の質を見きわめることについてのやり方は、いまも当時とそれほど変わっていない。当時とちがうのは生身の人間とはよほどのことがなければ顔を合わせなくなったことだ。

師匠や弟子や相棒や親友や仲間が随分と死んだ。平均寿命の半分も生きなかった者たちばかり。生き急いででもいたか。中には死に急いだ者もいる。

人間は死ぬし、病気になるし、衰えるし、変節するし、手の平を返すし、背を向けるし、裏切る。生きつづけるというのは誰かに取り残され、死ぬというのは誰かを取り残すことでもある。誰もが取り残されたくないし、取り残したくない。おそらくは、そのような地平から心映えというようなものは生まれてくるんだろう。Sweet, Bitter Sweet. 甘く、ときに苦く、ときに甘い。人生という厄介なゲームはそう思っておくくらいでちょうどいい。リズムは3拍子。ヴィヴァーチェとアダージョとダ・カーポをうまく組み合わせて。ときにピアニッシモ、ときにフォルティッシモで。最後はデクレシェンドで物静かに退場。フェードアウト。照明落ちる ──。

***

30年。生まれたばかりの赤ちゃんは区役所の戸籍係として住民全員の戸籍と住民票と個人情報を把握し、リアルな核の時代がやってきてアトミック・エイジの守護神は去り、ソ連とベルリンの壁は崩れて東西冷戦は終結し、狂ったカルト集団によって地下鉄でサリンがばらまかれ、慟哭とメガ・デスの20世紀は終わりを告げ、厳粛な綱渡りをしていた鯨たちは持続する志を失って死滅寸前、視えない蜘蛛の糸が隅々に張りめぐらされて人間と世界を雁字がらめにし、1000年単位の憎悪と憤怒と怨念の塊がアッラーフ・アクバルというタクビールの下にマンハッタン島のWTCに突っこみ、大地は激しく揺れ、大津波はすべてを飲みこみ、ドストエフスキーはすっかり力を失って、福島のF1, F2, F3, F4はシビア・アクシデントを起こして「黙示録的世界」は現実のものになった。永遠につづく世紀末の始まり。終わりの始まり。

風向きは悪くなるいっぽうのように思える。あしたを信じることはできないし、信じたくもない。経験の「け」の字も知らないような若造小娘甘ちゃんが「もうそろそろ限界」と依存根性丸出しでほざく寝言たわ言とはレベルもラベルもちがう時代になった。追悼するための明日ならなんとか待てる。「もう待てない」と言って東京事変を起こして自裁自死した文武両道軒三島由紀夫の数々の言説がやけに現実味をもって迫ってくる。諸行無常屋の武田泰淳はこの時代をなんとみるか。読み解くか。哀しい視線の小林秀雄は。精度のいい照準で狙いすます江藤淳は。ポンコツボンクラヘッポコスカタン銭ゲバの糸井重里にくいものにされた共同幻想本舗の吉本隆明は。

人間も世界ももうだめかもしれないと思う。いっそ、世界も人間も滅びてしまえばいいとさえ思う。そう思うたびに彼女の「ちゃんとして!」という声が聴こえてくる。遅刻ばかりしている私を叱る学級委員の頃の彼女の声が。「ちゃんとするのよ! 森鳴燕蔵!」という彼女の凜とした声と胸の奥がくすぐられるような笑顔が ──。

日々、時々刻々、またみることもないわけいってもわけいっても青い山は遠ざかり、すべては二度と取りもどすことのできない遠い場所に向かって299792.458km/sで音もなく去っていくが、彼女との日々が色あせることはない。もちろん、あの遠い日の夏のドルフィンで海を見ていた午後も。どうか、そうあってほしい。あと10年。いや、あと5年でいいから。

***

約束は守っているよ。これからもずっとね。きみとの約束の紙ナプキンは『MISSLIM』のアルバム・ジャケットと一緒にしまってある。ときどき、取りだしたくなるけど我慢する。涙で文字がにじんで読めないのがわかってるから。

『MISSLIM』はビニルのLPレコードもCDもあるけど、聴いていない。聴かない。聴けない。心が折れるにちがいないから。あのあと、ドルフィンには行っていない。

きみによく似た女の子1号はこの春、やはり、きみによく似た女の子4号を産んだ。33歳と0歳のきみによく似た女の子。DNAの新しい物語のはじまり。遺伝子の船に乗って君へと受け継がれ、君から受け継がれたオデュッセイア/イーリアスをもしのぐ壮大な叙事詩はつづく。

きみがおばあちゃんとはね。おれはおじいちゃんだけど。なんだか、すごくへんな感じだ。きみによく似た女の子2号と3号は去年、そろって人生の同行者をみつけた。それぞれ、サンディエゴとパリに住んでいる。そこでも、いずれまた別のDNAの新しい物語がはじまるはずだ。いい物語になればいい。いい物語になることを願う。きみも少し力を貸してやってくれ。なにも足さず、なにも引かない程度におれも力を貸す。年老いた背中、しぐれゆくうしろ姿を見せることくらいしかできないけどね。

きみによく似た女の子1号2号3号にはただの1度も涙を見せずにきょうまで生きてきた。自分で自分をほめてやりたい。きみにも「よくがんばったね」って頭を撫でてもらいたい。昔のように。いい子いい子って。でも、そろそろ、泣いてもいいだろう。そして、いつかきみによく似た女の子たちに、きみと出会い、ともに歩き、ともに笑い、ともに泣き、ともに生きたすべての日々を、遠い日の夏にきみとドルフィンで海を見ていた午後のことを話そうと思う。みんなで『海を見ていた午後』を繰り返し聴きながら。いままで我慢してきた涙を思うぞんぶん流しながら。涙のステップを踏んで。きみと最後の最後にドルフィンに行った7月27日の午後の数時間、ドルフィンを借りきって「『海を見ていた午後』の午後」というのもいいな。ずっとエンドレス・リピートで『海を見ていた午後』をかけてもらって。どうしようもなく痛くてせつなかった1988年7月27日の午後に頬ずりし、どうしようもなく痛くてせつなかった1988年7月27日の午後を追悼し、埋葬し、あきらめきれずに掘り起こし、また頬ずりし、埋めもどし、埋葬するために。

きみにも聴こえたらいい。きみにも届けばいい。きみに届け。なんならおれが届けにいく。スペシャル・デリバリーで。バイシクル・メッセンジャー仲間のあいだで「平地最速」と言われたおれがピックアップし、ドロップオフする。外堀通りのセンターラインを走りに走って、路線バスとダンプカーとタクシーを風よけに使って、赤坂のサントリー本社から汐留の電通まで3分で届けたおれが。真冬のラルプ・デュエズの峠で、たった1度だけ海賊マルコ・パンターニの魂が宿ったこのおれが。マドレーヌ峠で失われた時と1杯の紅茶と誇りを取りもどすために、ファウスト”カンピオニッシモ”コッピとエディ・メルクスとフェリーチェ・ジモンディとベルナール・イノーとミゲル・インドゥラインとランス・アームストロングとヤン・ウルリッヒで構成される幻のプロトンを置き去りにして大逃げをうったこのおれが。

この夏が終わる前にドルフィンに行ってみよう。ひとりで。なつかしい根岸線に乗って。不動坂を登って。『海を見ていた午後』以後にメニューに加わったというドルフィン・ソーダの中に貨物船を通して。小さな泡のゆくえを見届けて。ドルフィンからは見えない三浦岬を思い描いて。窓越しに横浜港を飛ぶカモメを追いかけて。2人で何度も何度も聴いた『MISSLIM』のアルバム・ジャケットときみとの約束の紙ナプキンを窓辺にそっと立てかけて。2人の思い出の痕跡をたどって。


恋は遠い日の花火ではない。
 

Once upon a time in The Dolphin, We See the Sea in Sweet Sorrow Afternoon
 
by enzo_morinari | 2018-07-27 12:55 | 昔々、横浜で。 | Trackback | Comments(0)

沈黙ノート ── またしても、森田童子に別れを告げる。

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童子はやがて大童となり、紅顔の美少年もいつか皺だらけの爺さんとなり、やがて髑髏となる。 E-M-M


暗躍海星の暗躍により、森田童子のファースト・アルバム、『GOOD BYE/グッド バイ』を入手し、聴いた。入手後、しばらく聴くことはなかった。「いまさら、森田童子でもなかろう」というのがすぐに聴かなかった理由である。森田童子を聴くことは墓を掘りかえし、眠りについている死者を叩きおこして引きずりだすことのように思えた。首吊りの足を引っ張るのに等しい行為だと。何者も死者の眠りを妨げてはならない。

ときどき、突如として、前後の脈絡なく、不条理きわまりもなく、おちゃらけ、浮かれ騒いでいるボンクラどもを全存在をかけ実存をさらけだして踏みつぶしてやりたくなる。

もちろん、やらない。踏みつぶしたところで、次から次に「おちゃらけ浮かれポンチ」は湧いて出てくるからだ。だが、そのような衝動に襲われたとき、外で、一人で酒を飲んでいたりすると事態は深刻な方向へ推移する。一大悶着の発生という次第である。であるからして、このごろは、よほどのことがなければ、外で酒を飲むことはしない。接待も宴席もすべて断る。悪童時代の腐れ縁仲間に誘われても、断固として断る。なにがなんでも断る。

「おれが例の、アレ状態になったとき、おまいがおれのケツを拭いてくれるというなら、飲んでもいい」

そのように言えば、よく事情を知った者は快くお誘いを撤回してくれる。持つべきは悪友、朋輩。余計なことはいっさい言わず、たずねず、即座に察する。けっこうなことである。

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さて、「自我」ばかりが無節操に肥大した能天気な「おちゃらけ浮かれポンチ」どもは、無節操ぶり、能天気ぶりをさらに加速させながら、今後もますます増殖していくんだろう。それでいい。吾輩の知ったことではない。

この東海の小島の国はもうどうにもならない。なにも期待などしない。だが、待てよ。森田童子が登場したとき、おれはなにをしていたんだ? 極悪非道祭の先頭を突っ走っていたのではなかったか? 時代はかわらず、時代はめぐり、「おちゃらけ浮かれポンチ」はいつの時代にもいたということか。こんなときこそ、自嘲し、自重し、「生Poisson d'Avril問題以前」の次長課長のDVDでもみて、ムフフムフムフすればいいんだ。

ある個人的な、言ってみればどうでもいいような、しかし、不愉快きわまりない出来事があり、iTunesの楽曲リストを腹立ちまぎれに次から次へとスクロール・ダウンしていった。そして、森田童子に行きついた。

クリック。怒りにまかせて、クリック。

聴いているうちに、怒りはやわらかな布に吸い取られるように収束していった。そうか。むかっ腹が立ったときは森田童子を聴けばいいのか。またひとつ、知識は集積された。

森田童子の精神性、世界観をもったジャズ、古典楽曲、R&B、HIP-HOPは登場しないものか。期待しても無駄か。森田童子を聴けばいいだけのことだしな。

森田童子は、ぼんくら田中康夫の『なんとなく、クリスタル』に象徴されるスカタンヘッポコ1980年代の到来とともに潔く身を引いた。

「森田童子がとっとと引退したのは慧眼だったな。鼻のきくやつだったからな」とつくづく思いつつ、恥ずかしげもなくなんクリ的なるものにうつつを抜かし、翻弄されつづけている「おちゃらけ浮かれポンチ」どもの無節操能天気ぶりを肴に、安酒でもかっ喰らうとするか。

『早春にて』あたりを聴きながら飲めば、苦い酒がすこしは春めいて甘くなるか。それとも、さらに苦くなるか。たらの芽の天ぷらくらいの苦みだったら大歓迎だ。いずれにしても、酒はひとり侘しく寂しく、静かに飲むべかりけり、である。いざとなったら、ひと暴れ、ふた暴れしちまえばいい。どうってことはない。


さよならぼくの友達、さよならぼくの童子

晩餐後、聞きたくもない訃報が届いた。またひとり、悪童仲間が逝った。早すぎる死だ。平均寿命まではまだ20年近くある。悪童仲間で鬼籍に入るのはこれで何人目か。何年も前に数えるのはやめた。青二才の頃から不摂生不養生不道徳をかさねてきたツケがではじめているのだ。同世代の平均寿命を下げるのは、われわれ悪童一味にちがいあるまい。笑い話にもならぬ。悪童仲間どもと会うたび、最初にくたばるのはまちがいなくおれだ、おまえだと嗤いあいつつ、きょうまで生き延びてしまった。「憎まれっ子世に憚る」というのは真理の一端を突いている。

大昔、1980年の夏。若くして逝ったある友人の葬儀の席で、酒ぐれたすえに、「人はほっておいても死ぬ」などとコマしゃくれたことをほざいた鼻持ちならない下衆外道がいた。もちろん、ほざいた直後に踏みつぶした。初対面だったが、容赦はしなかった。21日プラス1日で検事パイ。予想していたよりも安くついた。

人はほっておいても死ぬ ── 。そのたわけ者がみずから紡ぎだした言葉であるならいざしらず、村上春樹が『風の歌を聴け』だか『1973年のピンボール』だかで書いていたことを小賢しくも剽窃し、あたかも自分の手柄のような風情、表情、仕草でほざいたのがゆるせなかった。

その愚か者は吾輩よりずいぶんと年上だった。聴いているこちらが恥ずかしくなるほどよくアゴがまわった。デュポンの金張りのライターをカチャカチャと落ちつきなく鳴らす鼻持ちならない男だった。「安田砦の攻防戦」とやらについて、とくとくとして御託能書き寝言たわ言を並べつづけ、「全共闘」という虫酸の走る言葉を数十回も繰り返した。卑しい酒の飲み方も腹にすえかねていた。野辺送りの場で酒ぐれるやつがあるものか。

それにしても、あのときはなぜ葬儀の席で大立ち回りを演じるほど苛立っていたのか。時代の軽佻浮薄さに? 世間の風当たりに? 相手が大嫌いな「団塊の世代」だったから? それらもあるだろう。だがつまるところは、「青かった」「ガキだった」という地点に落ちつく。

森田童子との再会は、ここ数日のあいだにいろいろのことを思いださせてくれた。妙な場所を刺激されもした。封印していたことどもまでも。「永遠のガキ大将」などと悪童仲間どもに呼ばわれて、よろこびころこぶ時期はとっくの昔に過ぎている。

童子はやがて大童になり、紅顔の美少年もいつか皺だらけの爺さんとなり、やがて髑髏となる。このあたりで、森田童子とは再びさよならしておくことにしよう。「また会う日まで」「さよならをもう一度」などということは、もう、ない。あるべきでない。

さよならぼくの友達
さよならぼくの童子


*「人はほっておいても死ぬ」とほざいた大うつけ、たわけ者は、ある地方都市でながく政治屋をやり、先頃、公職選挙法違反並びに受託収賄のかどで検挙された。卑しいやつは歳月を経ても卑しいままであるということの見本である。もって、瞑すべし。


「高校教師? 知るか! それってうめえのか? 誰も知らない、生きない、僕ってなに?」のごとくに終わる。

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by enzo_morinari | 2018-07-27 02:57 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

暗躍海星の逆襲

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暗躍海星の妻のカズノコは突然、狂ったように舌を差し入れてきた。アップルのシネマディスプレイからキングギドラの右から3番目のやつのような動きで現れたカズノコの舌はうす桃色で、表面にぶつぶつした突起物がびっしりと生えていた。私はブルックナーの交響曲第2番第3楽章に心を奪われていて、彼女のねっとりつぶつぶした舌が差し入れられたことに気づくのにしばらくかかった。

「ヒトデの仲間の世界をひらきたいんです」

私がカズノコの舌のねっとりとした感触を味わっているとき、暗躍海星が言った。妻の舌を盗まれているにもかかわらず、暗躍海星はそのことをちっとも気にかけていないようだった。「ヒトデ族は気がいい」というヒトデナシ博士の言葉は本当だった。

「君の問題は」と言い、私はいったん言葉をとめた。カズノコの舌にこびりついていたテイク・イット・イージー天丼の食べかすが喉にひっかかったのだ。「君の問題は、妻の舌を盗まれながら、というより、妻が舌をほかの男の口に差し入れながら、平気でいられる無神経さだよ。しいては、その無神経さがヒトデ族の世界を狭くしているんだ」

私はそのように言ってから、さらに時間をかけてカズノコの舌を味わった。すこしだけ、味の素の味がした。頭の中で「お箸の国のひとだもの」とミタヨシコの声が聞こえた。

「ヒトデの思い出について話してくれたら、あと1時間カズノコの舌を自由にしていいです」

ややうわずった声で暗躍海星が言った。悪い条件ではない。ヒトデに関する思い出など他愛ないものばかりだし、他者に知られたところで痛くも痒くもない。主導権が私にあることにかわりはないのだ。

「いいでしょう。私のヒトデについてのとっておきの思い出をお話ししてさしあげましょう」

私はにやけそうな自分を戒め、自分の「ヒトデの思い出」を話しはじめた。

あれは私が海の近くのちいさな街に住んでいた頃のことだ。私は小学校の3年生だった。永遠とも思われた夏休みが残り数日になった昼下がり、私は海岸のはずれの磯でヤドカリや石蟹を捕獲していた。

予想以上の大漁に気をよくした私は、おとなどもから近づかないように忠告を受けていた五郎兵衛岩に足を踏み入れてしまった。ふだん、めったにひとの寄りつかない五郎兵衛岩は獲物の宝庫だったのだ。

ほかの場所なら一日がかりでやっとこさっとことれる量の獲物が小一時間でとれた。私はさらに調子に乗った。五郎兵衛岩の切っ先にまで私は侵入し、「それ」をみつけたのだ。「それ」はターコイズ・ブルーをした六芒星型の巨大なヒトデだった。ひとつの腕の長さはゆうに1メートルはあった。網の先でつついても、巨大ヒトデは緩慢な動きをするだけだった。危険がないことを確信した私は、自信たっぷりに巨大ヒトデに近づき、手で叩いたり、足蹴にしたり、唾を吐きかけたり、罵声を浴びせたりした。しかし、私がいくら攻撃しても巨大ヒトデは無抵抗だった。あいかわらず緩慢な動きをみせるだけだった。しかし、「そのとき」はついにやってきた。
 
「このロクデナシ!」と罵りの言葉を私が投げかけると同時にターコイズ・ブルーの巨大ヒトデは2本の腕で立ち上がり、裏側に隠れていた補食口を大きく開き、獰猛な牙をむいたのだ。私は食われると思った。もうだめだと観念した。すると、大きな波が寄せて巨大ヒトデにぶつかり、巨大ヒトデは足元をすくわれて、もんどりうってその場に倒れたのだ。私はすぐそばの小岩のひとつをひっつかみ、巨大ヒトデに殴りかかった。そして、何度も何度も打ちすえた。巨大ヒトデはすぐにぐったりとし、やがてぴくりとも動かなくなった。

「まいったか! ばかやろう! ばかやろう! ばかやろう!」

私は狂ったように勝利の雄叫びをあげた。また大きな波がやってきて、巨大ヒトデを海の中へと連れ去った。私は生まれてはじめて自分の手で生き物のいのちを奪った興奮で身動きひとつできなかった。正気にもどったとき、海は血の色に染まっていた。

「と、まあ、これが私のヒトデにまつわる思い出です」

私が言うと暗躍海星は深々と息をつき、とても悲しそうな眼をしてから、私をおだやかな表情でみつめ、言った。 
 
「モリナリさん。実はね。私があのときの巨大ヒトデなんですよ」
 
音が消え、カズノコの舌も消え、暗躍海星も消え、すべてが消え失せた。東京の空は音もなく澄んで、青かった。ちょうど、あの夏の巨大ヒトデのターコイズ・ブルーのように。

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by enzo_morinari | 2018-07-26 13:27 | 暗躍海星の逆襲 | Trackback | Comments(0)

さくらんぼの実る頃をすぎても

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さくらんぼの実る頃をすぎても、6月15日をすぎても、ナショナル・ダイエット・ビルヂングのサウスゲートが血に染まっても、美智子さん、あなたは「桜田通りはジャン=バティスト・クレマン通りだ」と言い張っていた。たぶん、あなたは桜田通りが本当に「ジャン=バティスト・クレマン通り」だと思っていたんだろう。「いつかジャン=バティスト・クレマン通りの街路樹をすべて白樺の樹にするのが夢よ。そして、わたしは樺美智子から白樺美智子に改名するの」と言って細い顎をほんの少し突きだして笑った。

6月15日の何日か前に卒論の準備は進んでいるかたずねると、懇願でもするように「これで最後にするからデモに行かせて」と答えた。「じゃあ、そのあとに卒論について話そう」と言うと、あなたは素直にうなずいた。白のブラウス、濃紺のスラックスに淡いクリーム色のカーディガンを肩から羽織ったあなたがなぜかまぶしかった。あなたがかなしげな微笑みを浮かべたとき、一瞬、あなたの向こう側が透けて見えたような気がした。

それもこれも、「血の1週間」であなたが負った痛手のせいだ。ひどい深手だった。多くの友だちが去り、多くの裏切りがあり、多くの悲しい出来事があった。「血のしずく」や「ひらいた傷口」はいまでも目に焼きついている。

どこからか飛んできたコーラ瓶の破片で切れて出血している仲間の脚を見て「デモ行進も歌も静かにやって静かに聴くものよ」と言ったときのあなたのかなしそうな目も。「この傷もいつかあなたのコカコーラ・レッスンになるのね」と言って手当の手を止めてくすりと笑い、鼻にかわいらしいしわを寄せたことも。生々しく痛みは残っているけれども忘れがたきいい思い出だ。

ゆうべ、夢の中で集めたさくら色の珊瑚でつくったさくらんぼのイヤリングを贈るよ。あなたに似合うといいのだが。さくらんぼのイヤリングをつけたあなたを見ることができたらいいのだが。統三さんのエチュードを聴けていたらいいのだが。浩平くんがカーネーションを握りしめていた理由をたずねてくれたらいいのだが。悦子さんと会えていればいいのだが。ナイーブなロースハム好きの日系ウガンダ人呪術師/不全感回収業者/スパゲティ・バジリコ野郎のハルキンボ・ムラカーミに説教してくれたらいいのだが。間にあえばいいのだが。さくらんぼの実る頃をすぎても。

ロシニョールやモッキンバードを殺すのに銃も剣もいらない。


Le temps des Cerises - Yves Montand



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村上春樹という墓標 ── 二十歳にして心朽ちたり
村上春樹の『風の歌を聴け』を読んだのは二十歳の夏の初めだった。『群像』の1979年6月号掲載。その年の「群像新人賞」受賞作。私も応募していたが、最終選考止まり。以後、一切の懸賞小説に応募するのをやめた。「スパゲティ・バジリコ野郎が認められるような世界なんかにコミットメントしてられるか!」というのが理由だ。「スープに毛が入っていようが、スパゲティ・バジリコが完全なるアルデンテに茹であがろうが、牛の胃の中にひとつかみの牧草しか入っていなかろうが、ある種の誇りを持ちつづけるためにアレック・ギネスが命がけで橋をつくろうが知ったことか!」ということである。

1980年の春に『1973年のピンボール』が出て、おなじ年に田中康夫が『なんとなく、クリスタル』で文藝賞を受賞したのをきっかけに、「文学青年」の日々とはきれいさっぱりおさらばし、「文学」と縁を切った。清々した。パスタを茹でつづける男の人生と厚さ5cmに積み重なった南京豆の殻と25mプール1杯分のビールに担保された青春とナイーブなロースハムを売っているナイーブな肉屋に関する話とチャイナのC席に回収される不全感とカタログが文学、小説だというなら萩本欽一は合衆国大統領だと思った。

ひと冬をかけて1973年製のピンボール・マシン、スリーフリッパーのスペースシップを探したが街のどこにもスリーフリッパーのスペースシップはみつからなかったし、気のいい中国人のバーテンダーは中国行きの貨物船の船員になって街から消えていた。しかも、厚さ5cmに積み重なった南京豆の殻が火元になって街の半分は焼けてしまい、ソルト・ピーナッツとナイーブなロースハムの食べすぎと25mプール1杯分のビールの飲みすぎのせいで多くの人が痛風を発症し、だれも死なない小説とほっておいてもセックスする者たちに装着されていた使用済みコンドームと蛍の死骸と焼きつくされた納屋と午後の最後の芝生を刈って出た枯れ芝の残骸と醜悪きわまりないリチャード・ニクソンの悪臭ふんぷんたるクソが浮かぶ不全感の海で溺死した。

街のあちこちに鈎状砂嘴ができて、鋭い切っ先を突きつけていた。街はクリスタルどころか灰色に濁り果てていて、TILT117回のおまけ付きだった。三百代言試験に合格したことを除けば、1980年は本当にひどい年だった。えた結論は「村上春樹は死者を食いものにしている」ということだ。さびしい林で揺れている林直子さんを一刻もはやく回収するのは村上春樹の義務である。

『風の歌を聴け』を読んだ1979年は高野悦子の『二十歳の原点』と原口統三の『二十歳のエチュード』と奥浩平の『青春の墓標』とポール・ニザンの『アデン・アラビア』を同時進行で読み、ともにある日々だった。高野悦子と村上春樹は同い年だ。奥浩平は村上春樹より六歳歳上の同世代。原口統三はふた世代上。ポール・ニザンの『アデン・アラビア』はその当時の私にとっては「青春」を象徴するもののうちのひとつだった。

二十歳は重要だった。人の一生で1番美しく傷つきやすく垢むけでなければならなかった。「区切り」であると思った。二十歳を過ぎて以降の人生は「本当のこと」「大切なこと」を見失い、手放して、あとは汚れ、醜くなり、ただ単に生き延びることにすぎないとさえ考えていた。二十歳になった時点で、なんらかのかたちで「死」を経験しなければならないとも。そのことは最優先の課題であるように思われた。


二十歳にして心朽ちたり秋桜子
 
by enzo_morinari | 2018-07-25 19:19 | 巴里で午睡 | Trackback | Comments(0)

黄金のカエル#2 黄金のカエルの墓碑銘

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初代黄金のカエルの墓碑にはヴォラピュク語とロンゴロンゴ語とトレーン語で次のエピタフが刻まれている。

漂いつつも決して沈まず、やせ我慢の果てについに〈蛙の王〉となりし宇宙一の大馬鹿蛙ここに眠る。冬眠ではない。

黄金のカエルの42代目の直系の子孫であるオイラが初代黄金のカエルの墓碑の存在を知ったのはまったくの偶然だった。7歳の春のことだ。

コバルト・ブルーのルーン・ストーンでできた墓碑は、ある時代には冥王星までにも達するような「宇宙を支配する巨大な意志の力」が宿る不倒不変のモノリスとも崇められ、またある時代にはカンテレを奏でるワイナミョイネンの横で不貞寝するカレワラ・カーリング・ストーネとして氷上を滑走し、またある時代にはペトログリフ/ヒエログリフ兄弟愛用のルーン・ナポリタン・マスティフ・ストーンとして悪事に手を貸し、またある時代にはブリテン市ソールズベリー大通り42番地にある声をかけてもろくに返事もしないような輩どもばかりが集積した不思議石愛好会の全国組織ストーン・サークル・ユニオン本部本館ヘンジ棟の礎石となり、またある時代にはマイルス・デイヴィスが鳥の饒舌に対抗して敷設した里程標、「帝王の沈黙の石」となってポンコツヘッポコスカタンどもを華麗に黙殺してスルーし、またある時代には二擦り三擦りすると充血して青筋が立ってどっくんどっくんになっちゃって所有する者をアレアレモーモーにしてくれるカトリシンゴナイト・エボナイト・スットーーーーンとして地学教室の午後を地味めから派手めに変え、またある時代にはニューエイジ・ピープルの信奉を集めるガネガネ・ウソッパチマヤカシインチキ・セドナ・ストーンとしてゼニゲバの片棒を担ぎ、またある時代には九州地方の伝統郷土料理ボボブラ汁を調理する際に器の中に投げ込まれる真っ赤に灼けたデトックス・ストーンとなってウンマーし、またある時代にはギガサイズのブルーマリーン・セイルフィッシュにもキリマンジャロのダイアモンド・ダストにも誰のためにでもなく自分のためだけに鳴り響く鐘にも視えない自由を撃ち抜くための視えない銃が保管されている武器庫に別れを告げるジーン・パチェットにもなれるヘミングウェイ・ストーンとしてアドリアンニューウェイ・ブルーマリーン・セイルフィッシュを手なずけ、またある時代には戦国大名の使いっ走り足軽三十八人衆の38番目だったピース缶ボム・ケースの真犯人千石38としてコッコーショー・コガを恫喝した。

現在はスナドリネコさんがコレクションしているしまっちゃうおじさん石としてぼのぼのやらアライグマくんやらシマリスくんやらに朝から晩まで石蹴り遊びで蹴り飛ばしまくられ、クモモの樹と一面に赤い花が咲き乱れるダニーボーイ断崖のあいだを往還している。

初代黄金のカエルの墓碑は巨大だ。高さは正確に42メートル42センチ42ミリあり、22ヶ条に及ぶ戒めが刻まれている。

汝、黄金のカエル以外の蛙を崇めるなかれ
汝、黄金のカエルの偶像を作るなかれ
汝、黄金のカエルの名をいたずらに口にするなかれ
汝、冬眠日を守るべし
汝、深く静かに父母を敬え
汝、殺蛇するなかれ
汝、長きものを殺すなかれ
汝、蛇淫するなかれ
汝、盗むなかれ
汝、偽証するなかれ
汝、嘘を言うなかれ
汝、隣人の御玉杓子を貪るなかれ
汝、隣人の妻と接するなかれ
汝、干からびるなかれ
汝、いたずらに合唱するなかれ
汝、痩せるなかれ
汝、雀と戯れるなかれ
汝、がま口となるなかれ
汝、黄金水を浴びるなかれ
汝、ひっくり返るなかれ
汝、帰るきっかけとなる鳴き声をあげるなかれ
汝、カエル・コールするなかれ

 
by enzo_morinari | 2018-07-25 07:48 | 黄金のカエル | Trackback | Comments(0)

黄金のカエル#1

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オイラは黄金のカエルだ。名前なんかねえ。あすの朝一番で旅に出る。北の沼を出るんだ。あてはねえが目的はある。ずっと昔にオイラの前から姿を消した一匹の緋鯉を探しにいくのさ。

オイラがまだオタマジャクシに毛の生えたようなガキの頃によ。北の沼一番の不良でオイラの憧れだった鯉の兄ちゃんが、ある秋の夕暮れ、やけに遠い目をしてこう言ったんだ。「おい、坊や。漂うのはいいが、絶対に沈んだりなんかするんじゃねえぞ」ってな。もちろん、当時のオイラに鯉の兄ちゃんが言った言葉の本当の意味なんかわかるわけねえけども、オイラは「そうか。とにかく沈んじゃいけねえんだな。上のほうで漂ってりゃいいんだな」って、てめえ勝手に納得して、それ以来、ほかのやつらがぎゃーぎゃー沼の底のほうで騒いでいるときでも、オイラだけはあっぷあっぷしながら水面の辺りを漂っていた。

そりゃ、みんなで固まってりゃ安全だし、楽しいだろうけどもよ、憧れの鯉の兄ちゃんの言いつけだ。守らなくちゃならない。おかげでずいぶんと危ない目にもあったぜ。カラスの馬鹿野郎には喰われそうになるし、大風がいきなり吹いてきてすっ飛ばされるし、おまけに 太陽はギラギラまぶしいしよ。年がら年中手足をバタつかせて浮かんでなけりゃいけねえんだから疲れるしな。それでもオイラは鯉の兄ちゃんの言いつけを守りとおしたんだ。単純といえば単純、はっきりいやあ大馬鹿野郎もいいとこだな、オイラはよ。まあたいがいのカエルは頭がいいとは言えないがな。てめえで言ってりゃあ世話もねえな。

次の年の冬、鯉の兄ちゃんは沼から突然姿を消した。龍になったんだっていう奴もいれば、大鯰のうすら馬鹿に喰われちまったって奴もいれば、沼の果てにある大岩の裂け目に身をひそめているらしいって奴もいたが、本当のところは誰にもわからなかった。

そのうち、誰も鯉の兄ちゃんのことは話さなくなり、のっぺりとした平穏な日々が続き、そして忘れた。でも、オイラだけは鯉の兄ちゃんを絶対に忘れなかった。一度だけ沼の果てのあたりを丸一日泳ぎまわってみたが鯉の兄ちゃんとは会えなかった。大岩のかげの淀みにはクヌギやらナラやらブナやらの落ち葉が頼りなげに揺れているだけだった。そんときはさすがのオイラもちょっと泣きそうになったな。

鯉の兄ちゃんがいなくなってもオイラは言いつけをちゃんと守ったぜ。そして今日まで生きてきた。同じ日に生まれたほかのオタマジャクシのやつらは、どいつもこいつもくそ面白くもねえ緑色のカエルだが、オイラは黄金に輝くカエルになった。どういうわけでオイラだけが金ピカのカエルになっちまったのか原因はわからない。たぶん、年がら年中太陽にあたっていたからだろうぜ。目立つから危険も多いけどよ、いまさら他のやつらとおんなじくそ面白くもねえ緑色のカエルになんかなれやしねえし、なりたくもねえな。

そりゃ、おっかなくてキンタマが縮みあがっちまうときだってある。だけど、この世界に決して揺らぐことのない自信を持ちつづけられるやつなんかいるのか? いるわけがねえよ。みんななにかに怯えてるんだからな。

いつ喰われちまうか、いつ裏切られるか、いつ梯子をはずされるか、いつ傷つけられるか、いつ失っちまうか、いつ足元をすくわれるかってな。それが生きるってことだろうぜ。第一からして、オイラのような痩せガエルは、夏にゲコゲコ、冬にグーグーって相場が決まってるが、それだって絶対に生やさしくはねえんだぜ。

夏の恋の季節には恋敵たちがあっちでもこっちでもゲコゲコグワッグワッの大合唱だ。調子っぱずれなのや、やたら美声なのや、カミナリでも落ちたのかってなくらいでっけえ声のやつらが、それこそ死にものぐるいで鳴きわめく。そういうライバルたちをかきわけかきわけ恋の相手を見つけなきゃならねえんだ。それでも相手がみつかりゃあラッキーもいいとこだな。たいていのやつは相手も見つからず、ひと夏中、やかましくもさびしく鳴きつづけるわけさ。わがことながら情けないかぎりだな。

夏が終わり、秋が駆け足で通りすぎれば冬将軍様のおでましだ。冬眠に備えてしこたまエサの虫ども喰らうわけだが、十分にエサを食いだめできなくて眠っているあいだに餓死しちまうやつだっている。カサカサに干からびてよ。冬をやりすごし、狭っくるしい穴ボコから這い出したとき、仲の良かったやつが煎餅みたいな姿に変わり果てているのを目にすると、この世界には絶対に神さまも仏さまもいねえとつくづく思うよ。

真っ暗な穴ボコの中でだんだんと死んでゆく自分を知って、そいつはどんなことを考えたんだろうな。やっと冬眠からさめりゃ、たちの悪いヘビの野郎どもが虎視眈々と狙ってやがるから、いくら春の光が気持ちいいからっておちおち日向ぼっこもできやしねえ。最近はエサの虫どももめっきり少なくなっちまったしな。いつだって飢え死に寸前だ。腹が減ってどうしようもねえからいつもゲコゲコ鳴いてんだよ。鳴きながら泣いているんだ。上等にいやあ、哭いて啼いて慟いてるってなもんだな。こんなふうにオイラたちカエルは一年一年をやっとの思いで生き抜くんだ。情けねえもいいとこの生きざまじゃねえか。

でもな、こんなオイラのような者でさえ誰かがちゃんと見ていてくれるもんなんだ。不思議なもんだな。この広い世界にはスズメやらカエルやら虫けらやらが好きな変わったやつが少なくとも一人はいるもんなんだな。「痩せ蛙よ、負けるんじゃないぞ。いつも応援しているよ」ってな。「救い」だなんて大袈裟なことじゃねえけども、そんなことが生きる支えになるもんだな。 

さて、旅の仕度は済んだ。覚悟もできた。明日は早起きしなけりゃならない。夜明け前には沼を出たい。今夜はマイルス・デイヴィスが『So What?』をミュートなしで吹きまくる夢でも見られたらいい。
 
by enzo_morinari | 2018-07-24 22:55 | 黄金のカエル | Trackback | Comments(0)

エピタフごっこ♯01

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わたしのお墓の上でエビちゃんダンスを踊らないでください。ある墓碑銘
わたしのお腹の上でザメちゃんダンスを踊らないでください。(中田氏禁止)ある墓碑銘


エビデンスのようなエピローグ風プロローグとエピグラフ
「エピタフごっこしようよ」と1日にエビフライを42本食べないとエピグラムにされてしまうエピキュリアンの海老根海老蔵が海老反り体勢で言ったのがことの発端だった。エピック・ソニーでAP通信とAPP肝いりのエーピー・ゴールドバーグ・トリビュートのエビプレゼンテーションが4時間後に迫っていた。

海老名SAで海老名みどりと泰葉が海老名SA名物のシュリンプ・バーガーをめぐってとっくみあいの海老場修羅バーガーを繰りひろげる音がエビエビしく聴こえた。心底、二人とも死ねばいいのにと思った。海老名香葉子もこぶ平も一平も海老名一味は林家たい平を除いて海老みそ蟹みそ耳だれみそみたいにドロドロになって溶けてしまえばいいのに。

海老根海老蔵はキング・クリムゾンの『クリムゾン・キングの宮殿』のアルバム・ジャケットの巨大鼻の穴男なみに鼻の穴が大きいうえに、意味なく鼻息が荒い。その鼻息でキタサンブラックを後押ししたせいでキタサンブラックは菊花賞/天皇賞(春秋2回)/ジャパンC/有馬記念に勝った。お礼に北島サブには薔薇族とサブの詰め合わせをもらったうえに新宿2丁目の北海園で海老みそラーメンをご馳走になった。

おもしろくないのはエビカツこと通名海老沢勝二(本名エビ・ジョンイル)である。潮来市水郷イカタコ大使のエビカツとしてはイカとタコをこそ食卓の主役にしたいのだ。そのためには放送メディアを異化し、他個だらけの鳥越セクハラスケコマシ俊太郎一味に一杯も二杯も食わせなければならない。烏賊は一杯二杯、蛸は「杯」「蓮」「匹」だからどうした八百屋の五郎は芋蛸南京好き。凧凧上がれ。TACO-RICEってどうなの?

エビカツはインチキイカサママヤカシスモーの利権保持とショタ公野球の発展と少年愛の美学ウヒヒムヒョヒョのために絹の道全面アスファルト化、ポンコツボンクラヘッポコスカタン外交のさらなる劣悪化、一億総白痴化の旗手としての責務を果たすためにシマゲジの一の子分の本領を発揮した。エビカツが最初に着手したのはキムチニダ・ドラマの普及発展のためと強弁して当該ドラマはすべてハイビジョン放送という荒技に出たが、荒事の第一人者をもって任じる市川海老蔵から強烈なブログ仕込みの横槍が入った。エビカツはほうほうの体で日本芝刈り股旅機構の会長室に逃げこんだ。問題はエピック・ソニーでAP通信とAPP肝いりのエーピー・ゴールドバーグ・トリビュートのエビプレゼンテーションだ。

スマホをめぐるイカとタコの永遠の階級闘争/エピタフとしてのスマートフォン
海老根海老蔵は緊急連絡用と電話帳がわりにスマホを持ってはいるが、ほとんど使わない。SNSとやらもまったくやらない。スマホを使うとき以外は電源を切っていることがほとんどである。

なぜか? 海老根海老蔵は「不在の権利」を大手を振って行使する者だからであり、スマホを常用するほど忙しくないからだ。外出中でも公衆電話を利用することがほとんどである。公衆電話はスマホより格段に料金が安いし、音質もいい。そんな海老根海老蔵にとって、公衆電話の設置数が減少しているのは腹立たしいかぎりだ。NTTの通信事業の中で、電話帳事業、電話番号案内事業、そして公衆電話事業は不採算部門のワースト3だからしかたないとしてもである。

スマホぎらいの海老根海老蔵にとって、近頃、もっとも不愉快なシーンはスマホでくっちゃべりながら/ディスプレイをせわしなくいじりながら路上を闊歩する小僧小娘どもの臆面もない姿である。よくみれば、くっちゃべっていなくてもその手にはスマホが片時もおしゃぶりを離さぬ乳飲み子のようにかたく握りしめられている。

海老根海老蔵は彼らは歩いている最中でも情報交換をしなければならないほど多忙をきわめているにちがいないと了解しようとしたが、それはまったくの見当ちがいだった。彼らは単に「忙しそうに」「ともだちがいるように」みせかけているにすぎないように思える。

彼らをスマホ依存へとかき立てるのはある種の「不安」にちがいない。自分だけが取り残されることへの不安。だれかと/なにかとつながっていなければいられないという不安。彼らはつながっているときにだけ「不安」から逃れられるのだ。もっとも、不安から逃れたとしても、安心をえられるわけではない。逃れたのではなく、隠蔽しただけだからだ。

かつて、エーリッヒ・フロムは『自由からの逃走』の中で、「ひとは自由であることに耐えられるほど強くない。だから自由から逃走し、不自由を選択するのだ」と言いきった。また、ミシェル・フコは「やがて"人間"という概念は砂浜の楼閣が打ち寄せる波にかき消されるように消えてしまうだろう」と予言した。読み替えれば、人間は身にまとった記号によってしか語ることのできない、実体を失った存在になってしまうということだろう。

都市には仮説と記号が充満している。そしてひとびとは記号を身にまとうことで、ようやく「他個」から我が身を守る。茶髪もロンゲもガングロも厚底もコスプレもスマホも、すべて刹那のフルメタル・ジャケツだったのだ。だが、かれらは「他個」から身を守るために自分自身が「他個」になっていることにおそらくは気づいていない。「異化」することを避けるかれらは永遠にイカさない。かくして、「他個」と「異化」の闘争は永遠につづく。それにつけてもおやつはカールだし、問題はエピック・ソニーでAP通信とAPP肝いりのエーピー・ゴールドバーグ・トリビュートのエビプレゼンテーションだ。さらには、ボストン・クラブの逆側の通りのダイナーでボストン・クラブ・サンドをオーダーしたら逆エビ固めをかけられた蟹の蟹谷道楽の立場はどうなるんだ?


Epitaph including March For No Reason and Tomorrow And Tomorrow - King Crimson
 
by enzo_morinari | 2018-07-24 10:02 | エピタフごっこ | Trackback | Comments(0)

トパンガの夢 ── 憎悪の巡礼/ルサンチマンの旅

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この旅は憎悪の巡礼/ルサンチマンの旅である。

トパンガはセシウム137のγ線放射線量が92200.00 Bq/kgを示すベクレルの森を日々駆けまわり、左うしろ足の肉球が癌に侵された。せめて扁平上皮癌ならと思ったが細胞癌だった。

肉球に発生した癌組織は初めやや赤味のある米粒ほどの大きさだったものがみるみる増殖肥大し、ついには人間のこどもの握りこぶし大にふくれあがった。別の生きものが脚についているようだった。化け物だと思った。肉球は赤黒く腫れあがり、脚全体が高熱をもっていた。激しい痛みに苛まれながらもトパンガはうんともすんともくんとも言わずに耐えていた。化け物と変わり果てた自分の肉球をただ舐めつづけるだけだった。トパンガは束の間の眠りについているとき、うなされて驚くほど大きな悲鳴、呻き声をあげた。

当然、散歩は即刻中止。ひと晩で致命的な事態に至る排尿障害を避けるために家の中で排便排尿させた。衰弱のせいで自分の力では排便できないので「大便絞り」をした。便に大量の血が混じっていた。

凍結寸前まで凍らせた保冷剤を患部にあて、そっと撫でつづけるほかに私にできることはなかった。自分の無力さ不甲斐なさにはらわたが煮えくりかえった。なぜトパンガがという不条理への憤慨と放射性物質を撒き散らした者どもへの峻烈激烈な憤怒と憎悪に肉体も精神も灼けた。灼ける音さえした。やつらを跡形もなく灼きつくすと決めた。秋霜烈日の日々のはじまりだった。

悪魔の小鬼どもはすでに全身に転移していた。手遅れ。手のほどこしようのない状態だった。親和欲求と共感性のない私が生まれて初めて身代わりになりたいと思った。そのように思った2度目は虹子が子宮頸癌に侵されたときだ。虹子が自分の時間をすごしていたベランダにおけるセシウム137のホット・サーベイは9842.00 Bq/kgだった。自然環境中には本来ほとんど存在しないセシウム137が放出するγ線はいったい何回虹子を貫いたのか計算しかけたが途中でやめた。怒りで単純計算さえできなくなったからだ。複数人殺害すれば死刑になるという単純計算さえ。苛烈を極める殺害態様なら1人殺しても極刑になるという単純計算さえ。

「どうしますか?」と年老いた獣医はたずねた。
「彼がいま味わっている痛みの程度は?」
「想像を絶するものだと思います」
「では、エウタナシアを」
「よろしいんですね」
「こうなったら、タナトスに御登場願うしかない」

安楽死の処置は極めて単純でクールで機械的だった。処置室でうしろ足にカテーテルを通して薬剤が問題なく入るかどうかの確認のために生食液を注入。その後、麻酔剤のチオペンタールを注入し、最後にペントバルビタール・ナトリウムが注入された。

トパンガはなにも言わず、目を閉じたまま、最期に息を吸いこんで静かに逝った。あえぐこともなく、おだやかな最期だった。私はトパンガの顔をまばたきもせずに見つめ、背中を撫でていた。見つめ、撫で、見届ける。それが私の役目だった。それだけが最良の友でありつづけたトパンガにできる最後のことだった。

ひと粒の涙も出なかった。泣く理由がない。生まれ、生き、死ぬという宇宙万物森羅万象に起こる物語がまたひとつ完結しただけの話である。ただし、生きているさなかに起こったことについては別の物語だ。生死にまつわる貸借対照表/決算書/収支報告書に基づいて新しい物語を紡ぐのもまた私の役目である。その物語のタームは冷酷/残虐/非情/殺戮だ。

経営していたいくつかの会社はすべて精算した。役員と社員には規定の3倍の退職慰労金を支払い、株主どもの持株を額面の10倍で買い取った。オンデマンド・ノベル仕事のクライアントには引退する旨を通知した。仕事で使っていたスマートフォンを解約し、引っ越した。引っ越し先の固定電話は新たに契約した。だれもどこからもコンタクトできない環境になった。

金融機関/証券会社の口座をすべて解約閉鎖し、タックスヘイブンがらみのものもすべて換金した。PAYPALも。その他、各投資先からすべての資金を引きあげた。リサイクル業者を呼び、必要最小限度の日用品のみ残して処分した。ビニルのLPレコードは10万枚を超え、CDは3万5枚。書籍は1万2000冊。その他衣類、宝飾品、機械式時計。自転車。ベーゼンドルファーのModel 290 Imperialをはじめとする楽器類。リサイクル業者が4tトラックを何回も往復させてモノ狂い人生の証拠物件を持ち去ると、部屋はフットサルのコートが2面取れるくらいにだだっ広くなった。

13人いる生物学上のKidsども/私の遺伝子を受け継ぐ者には均等に100万円ずつ包括遺贈する旨の遺言書を公証役場で公正証書にした。表に出ないウラのカネは「いい仕事」をしているペットの殺処分に反対する団体、ズーチェック運動系の団体、日本各地の放射線量にかかる緻密精密なデータを計測分析公表しているNPO/NGOに完全匿名で送った。

泡の時代からつきあいのある大学の先輩にあたる弁護士に死後のことをすべて託した。「裏切ったらどうなるかわかってるよな? まさかとは思うが、あんたが不始末をしでかした場合の保険としてSigue Sigue Sputnikに仕事を依頼してある。そのことを片時も忘れるな。あいつらは実にいい仕事をする」と言うと、弁護士はごくりと音をさせて生唾を飲みこみ、無言でうなずいた。


強く深く大きな遺恨に基づく遺言なるイコンもしくはエピタフのごときもの
葬儀は一切不要。墓は不用にして無用。風葬鳥葬が望ましいが、このポンコツ国家では不可能であるから散骨がベターである。火葬費用以外、役所/公的機関ではビタ一文使うな。払うな。もらえるものいただけるもの奪えるものはケツケバの1本の果てまで手に入れろ。納税拒否主義者たれ。

最低限度のゼニカネしか使うな。ゼニカネを使えば自分以外の者が儲かる。他者が儲かれば自分の儲けが減る。パイの大きさは変わらないのであるから、他者の取り分が大きくなればこちらのパイは小さくなる。小学生でもわかることである。

自分のものは自分のもの。ひとのものも自分のものを自是とせよ。ただし、欲の皮は突っ張らかすな。銭ゲバになるな。守銭奴になるな。しみったれになるな。セコくなるな。おおらか鷹揚太っ腹たれ。銭ゲバ/守銭奴/しみったれ/セコセコは松戸の土地持ちのアルビノ女の担当である。

ゼニカネは所詮幻想にすぎない。幻想のためにあくせくと100年足らずの持ち時間を使うな。ゼニカネはモノ/サービスのたぐいと交換できることと比較的長期間経年劣化しないことと置き場所に困らないことのほかにメリットはない。ゼニカネはただのデータ/数字にすぎない。データ/数字で腹は満たされない。ゼニカネ=通貨制度はロスチャイルドの悪党が編みだした悪魔のシナリオである。惑わされてはならない。

ゼニカネがあるふりをするな。同様にゼニカネがないふりもするな。ゼニカネに関することはどこ吹く風でいろ。風向きが変わればゼニカネは黙っていてもやってくる。風向きが悪ければいくらしがみついてもゼニカネは風とともに去ってゆく。

ゼニカネがないことを嘆くな。ゼニカネがないから足りないからとじっと手を見たりするな。ゼニカネに関することはすべてマネーゲームと心得ろ。おごるな。おごられるな。すべてフィフティ・フィフティたれ。貸し借りなしの人生を生きろ。

預金残高の0の数がゲームの勝敗を決定する。そして、それだけのことである。マネーゲームに勝利したところで1mmの価値もない。偉くもなければ尊敬の対象となるわけでもない。あまたあるゲームのひとつに勝ったにすぎない。ポーカーや神経衰弱やSevensやUNOやページ・ワンやナポレオンやジン・ラミーやContract Bridgeやルービック・キューブや人生ゲームやバンカースやインベーダー・ゲームやパックマンやドリフト・スピリッツやダビスタやFFやDQやバイオハザードやDの食卓やモンストやモンハンやグラブルやその他の有象無象のアプリゲームに勝つこととなんら変わりはない。他のゲームと比較していくぶんか複雑で、ゲームを進めるにあたっては複数のエレメントが影響しあうことを考慮に入れる必要が生じる分、知的なゲームではあるが物語性やドラマツルギーやロマンティックな要素はない。銭ゲバ/守銭奴/ゼニカネの亡者を生み、凶悪犯罪の温床/動機となるからタチが悪い。

あまたあるゲームに勝ったところで給料が上がるわけでも偏差値55が83になるわけでも学歴が駒澤大学法学部卒から東京大学法学部卒に変わるわけでもブサイクがイケメンになるわけでもドブスがシカゴ・カブスのエースになれるわけでも腹が満たされるわけでも女房の機嫌がよくなるわけでも東京電力や東京ガスや水道局の毎月の請求額が減るわけでもない。しかし、ゲームである以上、勝つことが最終目標である。自分の能力と運気と元手と資金力と情報網に見合った賭け金を投入しろ。ベストはディーラーとプレイヤーを同時にやることである。さすれば、百戦してあやうからず。100戦100勝だ。ゲームのポイント=預金残高の0の数はみるみる増えていく。

預金残高の0の数=ゲームのポイントを減らすのは愚か者のすることである。見栄意気がりA( )Cで無駄ガネ/ドブ銭を使うな。ゼニカネをつかうことはどこの馬の骨とも知れぬ者に儲けさせることなのだと思え。

預金残高の0の数を徹底的に増やせ。ゼニカネは稼げ。儲けろ。マネーゲームのポイントをどんどん増やせ。しかし、ゼニカネの消費は必要最小限にしろ。ベストはゼニカネをビタ一文使わないことである。ゼニカネがあるときに寄ってくる輩は例外なく敵/裏切る者と思え。ゼニカネがないときにも離れない者を友とせよ。繰り返し繰り返し、生涯にわたって『犬の聖歌』を読め。

マネーゲームに勝つために必要なのは運/勘/情報/知である。運に見放され、勘が悪く、情報弱者で、知性がなく、頭のわるい者はマネーゲームの敗者となる。

寄らば大樹の陰などもってのほか。大樹は伐り倒して売っぱらえ。長いものに巻かれるのももってのほか。長いものは引きちぎり売り飛ばせ。郵便局の定額貯金などもってのほか。金貸しももってのほか。ひとの弱みにつけこむな。ひとの生き血をすするな。ゼニカネは血であり、肉であり、いのちである。金利/利息をとるとはひとの生き血をすすり、肉をむさぼり喰い、いのちを削ることであると思え。それは下衆外道のやることである。首吊りの足を引っ張ることとおなじである。賃貸マンションで家賃収入をえるのもおなじことである。家なき者の生き血を吸う下衆外道の所業だ。手を出すな。固定資産税などという馬鹿げたみかじめ料を払うのは愚の骨頂である。不動産投資は愚か者/怠け者/卑しい者がやることである。

ゼニカネは借りるな。盗め。奪え。住宅ローンだろうが運転資金の融資だろうが学資ローンだろうが金利/利息が発生するものにはいっさい手を出すな。金利/利息を払う者は救いようのない愚か者である。ローンを組むというのは自分の人生を人質に出すのとおなじである。自分のいのちを削ってゼニカネ=幻想を手に入れるなどという馬鹿げた話があってたまるか! いのちと引き換えにできるものなどない。命あっての物種だ。人生の過程においては命を差し出す局面があるのは確かだがな。しかし、すべてはどうということのない過程のひとつにすぎない。

死ぬときは「いい仕事」をしている者に全額くれてやるのがベストだ。完全匿名で。遺産を自分のこどもその他に相続させるのは愚か者である。野暮の極みである。マネーゲームの勝者の最高の栄誉とトロフィーは手に入れたものを見返りなく無償で野に放つことである。自分だけがわかっていて自分だけが納得する。これをして本懐という。

他者の評価などにはなんらの意味も価値もない。人生を生きるのは自分自身である。自分の人生を引き受けられるのは自分だけである。何者もなりかわりえない。他者の御託能書きはすべて雑音である。

センス・エリート100箇条
30歳を目前にした熱い夏、ある輸入ビールの広告制作の依頼が舞い込んだ。当時はキリンビールが圧倒的なシェアを有していて、どいつもこいつも当たり前のようにキリンビールを飲んでいた。そういった状況に異議申立てしたかった。そして、「センス・エリート/1番が1番いいわけではない。1番ではないことがクールでカッコイイことだってある」というコンセプトで企画を立て、広告文案を書いた。自分自身に言い聞かせるような意味合いもあった。ギャラは安かったけれども、この広告文案が書けたおかげでその夏はいい夏になった。その夏の終わりに手に入れたデイヴィッド・ホックニーのリトグラフはいまも手元にある。

001 30歳を過ぎても少年の好奇心が旺盛である。
002 謎めいた部分を持っている。
003 家庭のことはいっさい口にしない。
004 軽々しく“仕事”という言葉を使わない。
005「男らしさ」を誇示しない。
006 汗を拭き拭き喫茶店の水を飲まない。
007 なにを身につけてもさまになる。
008 健康のためのスポーツ、教養のための読書などはしない。
009 自分の持ち物、ファッション等に関しての入手先、値段を口にしない。
010 つきあいパーティーの類にはいっさい顔を出さない。
011 本物と偽物を見ぬく眼を持ち、好き嫌いがハッキリしている。
012 オートバイに夢中になってもスピードの魅力を口にしない。
013 一流の映画監督よりも三流の映画役者をこよなく愛す。
014 カネがあろうがなかろうが自分の生活を匂わせない。
015 文化人と呼ばれる人間の言うことは簡単に信じない。
016 世の中についての安易な発言はしないし、世論に惑わされることもない。
017 探検旅行が好きなうえに旅慣れている。
018 趣味をひけらかさない。
019 格闘技をこよなく愛する。
020 動物に対して親愛の情を抱いている。
021 クレジットで生活しない。
022 絵心を持っている。
023 仕事仲間よりも遊び仲間を優先する。
024 社会的名誉よりも個人的悦楽を優先する。
025 アメリカン・コレクションにうつつをぬかさない。
026 学校教育以外の独学で世界を知り、独自の美意識を身につけている。
027「ほどほど」という平均値を生きていくうえでの基準にしない。
028 ビール5~6杯で酔っぱらって愚痴をこぼすようなことはしない。
029 自己の行為に反省やら悔恨/悔悟の情はいっさい抱かない。
030 他人がなんと言おうが自分の信じる流儀はすべてにおいて貫きとおす。
031 己のプライドを傷つけるものに対しては徹底して戦う。
032 数少なく信頼できる友を持っている。
033 “なんとなく”という気分はいっさいない。
034 さびしさをまぎらわすために夜な夜な酒場で陰気な酒を飲んだりしない。
035 最終的には一人で物事の決着をつける覚悟を持っている。
036 社会情勢、景気、不景気で信条を変えない。
037 時間に追われる生活をしない。
038 いつもここより他の地への夢想を密やかに胸に抱いている。
039 男には仕事に成功したときの喜びの顔よりも美しい顔があることを知っている。
040 群れない。
041 小さなことにも感動できる少年の心を持っている。
042 笑顔がさわやかである。
043 ウエスト・コーストを卒業。オーセンティックを好む。
044 長い船旅に退屈しない。
045 性に対しての偏見を持たない。
046 女性遍歴の自慢話はしない。
047 アメリカの放浪よりもヨーロッパの漂泊。
048 セクシーだが猥せつではない。
049 売名行為はしない。
050 人に説教、訓戒の類いをいっさいしない。
051 イエス・マンではない。
052 学校教育に関しては無関心である。
053 部屋の壁にはデイヴィッド・ホックニーのリトグラフ。
054 遠くを見つめているような神秘的な瞳を持っている。
055 深刻になったとしても決して眉間に皺を寄せない。
056 群衆が熱狂する祭りのなかに身を投じ、魂を解放できる。
057 流行を創りだすことはあっても追いかけない。
058 社会的地位を得たとしても安閑としない。
059 ファッションでサングラスをかけない。
060 まちがっても、女から「老けたわね」と言われない。
061 生涯を通じてイチかバチかの大冒険を少なくとも三度は体験する。
062 仕事か家庭かの選択を迫られるような生活はしない。
063 笑いはあらゆるマジメを超えていることをわかっている。
064 一生の住みかを構えようとは思わない。
065 自分が身を置いている現実のちっぽけさを知っている。
066 貸し借りなしの人生。
067 滅びゆくもののなかに光る美を発見し、愛惜する情を持っている。
068 どんなことがあろうとも女性に対し暴力をふるわない。
069 郷土愛、祖国愛にしばられることはない。
070 相手の弱みにつけこまない。
071 ときとして無償の行為に燃える。
072 大空への情熱。そしてアフリカへの憧れ。
073 場末の人間臭さを素直に愛せる。
074 一人旅、一人酒を楽しめる。
075 力の論理や数の論理に圧倒されることがない。
076 “世代”のワクでくくられないような道を歩んでいる。
077 神話世界に深い関心がある。
078 すがるための神なら必要としない。
079 なにごとにつけ女々しさを見せない。
080 はたから見たら馬鹿げたことでも平気でやる。
081 人前で裸になれないような肉体にはならない。
082 感傷的な面もあるが想い出に耽ってしまうことはない。
083 自分だけの隠れ家を持っている。
084 食道楽等のおよそプチブル的道楽志向とは無縁である。
085 あらゆる判断と行動の基準は「美しいか、美しくないか」である。
086 お湯でうすめたアメリカン・コーヒーは飲まない。
087 なにごとにおいても節制によって自分を守ろうとはしない。
088 自然に渋くなることはあっても自分から進んで渋さを求めない。
089 どこまでが真実なんだか虚構なんだか定かでない世界に生きている。
090 カネは貯えない。ひたすら遣う。
091 ヤニ取りフィルターなどを用いない。
092 生き方について考え悩まない。
093 愛誦の詩を心に持っている。
094 やたらハッピーな世界をつまらなく思っている。
095 失くし物をしても探すようなマネはしない。
096 洗いざらしのコンバースがいつまでも似合う。
097 女性に対してはロマンチストである。
098 世に受け入れられないすぐれた芸や人を後援するが表には出ない。
099 内面にこだわる以上に外観にも気を配る。
100 No.1がかならずしも素晴らしいとは思わない。


犬の聖歌
この世の中では親友でさえ、あなたを裏切り、敵となることがある。
愛情をかけて育てた我が子も深い親の愛をすっかり忘れてしまうかもしれない。
あなたが心から信頼している最も身近な愛する人も、その忠節を翻すかもしれない。
富はいつか失われるかもしれない。最も必要とするときにあなたの手にあるとは限らない。
名声はたったひとつの思慮に欠けた行為によって 瞬時に地に堕ちてしまうこともある。

成功に輝いてるときは、ひざまずいて敬ってくれたものが
失敗の暗雲があなたの頭上をくもらせた途端に豹変し、
悪意の石つぶてを投げつけるかもしれない。

こんな利己的な世の中で決して裏切らない恩知らずでも不誠実でもない
絶対不変唯一の友はあなたの犬だ。

あなたの犬は、富めるときも貧しきときも健やかなるときも病めるときも常にあなたを助ける。
冷たい風が吹きつけ、雪が激しく降るときも主人のそばならば冷たい土の上で眠るだろう。
与えるべき食物がなにひとつなくても、手を差し伸べればキスしてくれ、
世間の荒波にもまれた傷や痛手を優しく舐めてくれるだろう。
犬は貧しい者の眠りを、まるで王子の眠りを見守るように守ってくれる。

友が一人残らずあなたを見捨て立ち去っても、犬は見捨てない。
富を失い名誉が地に堕ちても、犬はあたかも日々天空を旅する太陽のごとく、
変わることなくあなたを愛する。

たとえ運命の力で友も住む家もない地の果てへ追いやられても
忠実な犬はあなたとともにあること以外になにも望まず、あなたを危険から守り、敵と戦う。
すべての終わりがきて、死があなたを抱きとり、あなたの骸が冷たい土の下に葬られるとき
人々が立ち去ったあなたの墓のかたわらには、前脚の間に頭を垂れた気高い犬がいる。
その目は悲しみにくもりながらも、油断なく辺りを見まわし、死者に対してさえ忠実さと真実に満ちている。



結語
Fluctuat Nec Mergitur, Festina Lente! 漂えど沈まず、悠々として急げ。No Pain, No Gain! 痛みのパンなくして前進なし。まちがっても血迷っても途方に暮れても路頭に迷っても怒り心頭に発するときでもアマゾンの奥地であろうとアフリカのサバンナのど真ん中であろうとマリアナ海溝の最深部の岩陰であろうとアネイブル・コントロール中のV-22オスプレイの操縦席であろうとヨハネスブルグのポンテ・アパート42階の4242号室であろうとヴィーナスと乳繰り合うシャコガイの貝殻の裏だろうと冥王星の戸籍係の机の上だろうと天国にいちばん近い島で日光浴がわりに残留放射性物質が発するラジオアクティブを朝から晩までしこたま浴びながらだろうとロンゲラップ・ピープルと磯遊び/ヒバク遊びしながらだろうとメイク・ラブの真最中であろうとめしもろくに喰えない貧乏どん底の困窮困憊の日々であろうと最愛の子/最愛のパートナー/最愛の親兄弟を失おうと信頼する者に裏切られ心さびしいときですら、すなわち、いつかなるときもどんな状況下にあってもいかなる境遇にあろうとも私のことを思いだしてはならない。通常とは異なるかたちの眠りにつくだけのことである。痩せがまんの果てにカエルの王となりし黄金のカエル/宇宙一の大馬鹿ガエルは眠る。ただし、冬眠ではない。

かくして、私の終活は完了した。


そして、秋霜烈日
いまの私には失うものがなにひとつない。やり残したことも心残りも未練もない。ゆえにこわいものはない。あらゆる事態/現象に手加減なし容赦なしで対峙する。いまや私にとって冷酷/残虐/非情/殺戮は呼吸とおなじである。経験の「け」の字も知らぬような甘ちゃんのリアリティのない甘っちょろい寝言たわ言きれいごとおべんちゃらおためごかしには一切耳を貸さない。聞かない。物静かに退場させる。事と次第によっては踏みつぶす。あらゆる手練手管を行使駆使して回復不能な打撃を加える。生涯にわたって抱えつづけるトラウマをもたらす。寝言は寝てから言うものと相場は決まっている。寝言たわ言きれいごとおべんちゃらおためごかしは年端もいかない若造小娘相手か退屈で陳腐でかわりばえのしない閨室の寝物語/ピロー・トークのときにでもほざくがいい。

私にはTorta alla nonna以外の甘みは不用無用にして不要である。イイヒト鰤もゼンニン鰤も喰わない。口に合う合わぬ以前の話である。腐っていないイイヒト鰤とゼンニン鰤にはお目にかかったことがない。ジャック・アンバーはうしろから針のような嘴で狙いすましてだまし討ちするダーツの名手である鱵より腹黒い。横須賀市三春町沖の鱵は名うての腹黒だが腹黒さにかけてはジャック・アンバーの足元にも及ばない。

憎悪の巡礼/ルサンチマンの旅のさなかには多くの冷酷/残虐/非情/殺戮が行われる。クロノスの大鎌は無音でふるわれる。必要な方法と技術と道具とアイテムの準備は整っている。Aqua Regiaは20ℓポリタンク5本。高性能超小型チェンソーと電気メス。簡単に死なせないための点滴セット一式。抜歯器具。マラソン・マンの歯を眉ひとつ動かさずに抜いた”白い天使”クリスティアン・セル博士さえ顔色なくこうべを垂れて戦慄する。

手加減なし/容赦なし/やられたらやりかえせのもとにすべては迅速に行われる。跡形なし。痕跡なし。クールにスマートにスムーズに静かに躊躇なく。身におぼえのある者/胸に手をあてて思いあたる節がある者/脛の傷が疼いた者はいまのうちに残務整理/終活をしておくがいい。これには1度でも敬意を払わなかった者も該当する。男女長幼の別は問わない。例外/特例はない。ほとぼりが冷めることはない。何年何十年経とうとかわらない。やられたら手加減なし容赦なしでやり返すのが私のスタイルであることは承知のはずである。それも10倍100倍で。それが私の揺らぐことなきModus Operandiである。世界は失うものがない者のおそろしさを目撃する。

手はじめ肩ならしのマークはTEPCO(Ka No ToKiO January 17, 2017消去済, KazMat, SimiZ, Mtoo)/METI(牛乳瓶底眼鏡禿げ妖怪)/PS/カンリョウネズミ/カスミガセキシロアリ/ダンカイチュウ/ダンカイ毒虫/モノカキヒツケ虫/エーカッコシーハーミーハーヒーハー小杉/アリガトウ妖怪/カンシャ虫/動物虐待の動画画像をネット上にあげる下衆外道/真夏の炎天下に散歩させる虐待飼い主/アリン・スエツングースカ/ガンジャ・プーヴェ/ダーツ・コキーア/コミーエ・ズキース/オサーイ・ハシターカ/イレーコ・ヤギスーマ/マコータ・ガライーシ/マソーコ・ヌヅカーイ/ムキターラ・ツヤータ/ゼンニン鰤/イイヒト鰤である。

マークの行動様式/行動形態はすべてグリップした。経歴、健康状態、病歴、既往症、収入、預貯金を始めとするファイナンス状況、趣味嗜好、性格、弱点、人間関係、どの駅で乗降するか、好みの煙草/酒、好みの料理、曲がる角、起床時間/就寝時間、睡眠時間、休日のすごし方、家族構成、箸の上げ下げに至るまで。Amat Victoria Curam, Perfect Grip, Perfect Erase & Perfect Anonymous./周到な準備と完全把握と完全消去と完全匿名が勝利を招く。

合言葉は黒く塗れ! レッドテープをぶった斬れ!だ。黒く塗れ! レッドテープをぶった斬れ!の声が聴こえたら首をすくめることしかできない。それが人生最後の行為となる。クロード・アヴリーヌには申し訳ないが、人間最後の言葉を発するいとまはない。

潮見坂と霞が関坂と三年坂が首刈り物語の主たる舞台である。この合言葉のあと、幾筋もの滴る血潮が夕陽に染まる。凍る血さえ残らない。耳削ぎ/鼻削ぎ/歯抜き/爪抜き/目玉抜きは前菜にすぎない。舟状骨と月状骨の暗闘に端を発するスカボローの蚤の市における世にもおぞましいマヌカ・ハニーとオ・レの物語によるスカフィズムはこども騙しだ。準備運動がわりのエクスキューションは松戸の土地持ちのアルビノ女とTOM TOM CLUBパクリの首吊りの足を引っ張る婆さんだ。せいぜい、痛みになれておけ。無駄な抵抗/悪あがきだがな。

鬼の庭の評定は熾烈を極めるぞ。裁判員なし。弁護人なし。傍聴人なし。証人尋問なし。証拠の吟味なし。弁論なし。公訴提起/論告求刑即判決。上訴不可。完全一審制。大審問官とDeadend/Deadlockのプロスキューターは私が兼任する。人権? 罪刑法定主義? 裁判権の保障? 弁護人選任権? 推定無罪? 疑わしきは被告人の利益に? 一事不再理? ダブル・ジョパディ? それってうめえのか? 汁かけめしみたいなもんか? 暴行傷害焼き定食の親戚か?

この際、往生際を考え、座して死を待つというのもひとつの美学だ。痛みへの対処法は飼いならすか無視するかしかないが、おまえたちにはできるはずのない相談だ。臆病姑息小児病患者にはな。hahahahaha!



しっ! 静かに! 耳を澄ませ! 祈りを捧げろ!『海賊のうた』と『海賊の花嫁のうた』が聴こえる。輝ける漆黒の葬列が通りすぎてゆく。そろそろ、われわれも出航する時間だ。

The Pirate's Bride(Eye of The Storm) - Sting

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(参考)
『首狩の宗教民族学』山田仁史(筑摩書房 2015年)
『首を洗って待て ── 本邦における首刈り斬首秘史』影佐禎昭(梅機関極秘資料/民明書舘編 1920年)
『アマゾン万華鏡』曽塚啓二(文芸社 2000年)
『ヌサンタラ島から島へ』正野雄一郎(文芸社 2006年)
『官僚の殺し方』田中清玄(私家版 1940年)
『官僚首狩り族』蔵王権太左衛門時房(江田島機関資料部1978年)
『How to Erase All Evidence and All Trace』Dr. Christian Szell(World Order Medical Publishing & Co. October 8, 1976)
『Perfect Erase』John Titor Jr.(John Titor & CERN Foundation July 20, 2038)
 
by enzo_morinari | 2018-07-20 04:47 | トパンガの夢 | Trackback | Comments(3)

トパンガの夢 ── 表参道のポール・スチュアートの並びの花屋で買ったひと抱えのかすみ草のゆくえ

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トパンガの夢の記憶をたどり、海と空と大地が出会う場所を越えてトパンガ・ムーンに向けた旅に出発する前夜。夢に出てきたトパンガはすねたような表情でたずねた。少しだけ怒っているようだった。

「いつもアルフレックスのチェストに飾っていたかすみ草はどうしたんだ?」
「どこかに行っちゃった」
「どこに行っちゃったんだ? あんたが初めて虹子に贈った表参道のポール・スチュアートの並びの花屋で買ったひと抱えのかすみ草はどこに行っちゃったんだ? 虹子が大好きだったかすみ草はいったいどこに行っちゃったって言うんだ?」

夢の中で涙があふれそうになる。

「しゃんとしろ! モリナリ・エンゾウ!」

トパンガが怒鳴る。

「虹子が大好きだったかすみ草は虹子が持ってちゃった」
「虹子は大好きだったかすみ草を持ってどこに行っちゃったんだ?」
「遠いところ。すごく遠いところ」
「いっしょに虹子のいるところに行こうぜ」
「…うーん。むずかしいよ。いまは無理だ」
「おれは虹子に左の脇腹を撫でてもらいたいんだ」
「わたしがかわりに撫でるよ」
「あんたじゃだめだ。あんたの指はゴツゴツしてるから。虹子の細くて長くてやわらかくてやさしい指でなきゃ」
「困ったな」
「虹子はすごく遠いところからいつ帰ってくるんだよ」
「ずっとずっと先」
「わからないな。虹の橋のたもとで待てば虹子に会えるかな。大好きなかすみ草を持った虹子に」
「必ず会える。トパンガに会えたら虹子はすごくよろこぶよ」

トパンガが満足げに喉をグフグフと鳴らしたところで夢は終わった。あした、出発しよう。そして、トパンガに会い、すべてを話そう。虹子が大好きだったかすみ草のゆくえを。虹子のことを。


Where Have All The Flowers Gone/花はどこへ行った? - Peter, Paul And Mary

Where Have All the Flowers Gone?/花はどこへ行った?
Pete Seeger/ピート・シーガー(作詞/作曲)

野に咲く花はどこへ行ったの?
見わたすかぎりの野原で色づく花たちを抱いた娘たちは甘い香りに包まれていた。

娘たちはどこへ行ったの?
幸せそうに微笑む愛する人と交わした約束。ずっと一緒に生きていこうと。

あの約束はどこへ行ったの?
若者たちは戦場で恋人を抱きしめていた腕で銃をとって戦いつづける。

若者たちはどこへ行ったの?
勇ましく叫んで十字架を突き刺した冷たい土で祈りもなく静かに眠っている。

彼らの夢はどこで咲くの?
春の訪れが近い墓地では名もなき花たちが風に揺れながら娘たちの訪れを待ちつづけている。

 
by enzo_morinari | 2018-07-19 04:05 | トパンガの夢 | Trackback | Comments(0)