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森のひとと千年の記憶と縄文杉の孤独

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空を見上げ、人生は流れる雲のようなものだとわかったとき、左の前歯がするりと抜けた。森の奥からパット・メセニーの『Travels』が聴こえてきた。背負っていた荷物をすべて放りだし、音のするほうへ、光のただ中へ向かって走った。森の奥、光の中心にそのひとはいた。森のひとだった。森のひとも左の前歯が抜け落ちていた。「やあ。ずっと待っていたよ」と森のひとは薪割りの手をやすめて言った。森のひとのまわりに飛び散ったミズナラのかけらが幽けき明滅を繰り返している。(虹のコヨーテ)


「縄文杉の孤独」を考えつづけた時期がある。大震災の5年前、2006年の春から秋にかけて。十里木時代である。『虹のコヨーテ』でも書いたが、「森のひと」のモデルになった人物とのやりとり。

「千年生きた樹は土に還るのに千年かかる。なぜだと思う?」

森のひとは暖炉に薪をくべながらたずねた。私は答える。

「マルタ島のムエルダッが新しい命を千年かけて育てるため」
「マルタ島の看護婦って?」
「Nurse Log. 倒木更新」
「ははは。なるほどね。でも、半分正解」
「残りの半分は?」
「千年分の記憶を反芻するためさ。千年かけて朽ち果てながらね。反芻するたびに世界中の樹木たちの痛みは回収され、癒される。そして、癒し終えたあと、跡形もなく消える」
「ということは、世界で一番孤独なのは縄文杉だ」
「縄文杉はなぜ孤独?」
「自分以外のすべてが朽ち果て、跡形もなく消えていくのを見つづけてきたからです。たったひとりで。これからもずっと。...縄文杉は死にたいと思ったことはないのかな」
「死を願うのも、みずから死を選ぶのも人間だけだ。愚かにもね」
「ですね」
「旅のさなか、旅の途中」
「え?」
「旅はつづく。円環はいつか閉じられる。円環が閉じられるまで旅はつづけなくちゃならない。つらく寒くひもじく、孤独と困難と困憊にまみれた旅であってもね」

そのとき、暖炉の薪が大きな音を立てて爆ぜる。私はすごく驚くのだが、森のひとは平然としていた。

「世界中の樹木たちが喜んでる」

それだけ言うと、森のひとは静かに目を閉じ、うつむき、寝息を立てはじめた。

森のひとは大震災の3年後、癌との10年に及ぶ孤独な闘病の果てに、巨木がゆっくりと倒れるように死んだ。静かで穏やかで厳かで深く潔く屈託のない死に顔だった。その亡骸は遺言どおり、世界樹ユグドラシルの根方に埋葬された。幾千億の香りたつヒッコリーのチップと冷たいリラの花びらとともに。

私とのやりとりのとき、森のひとはすでに自分の死期を正確に読みきっていたように思える。「生まれる。生きる。死ぬ。それだけのこと」というのが森のひとの口ぐせだ。

いまでもときどき、「縄文杉の孤独」について考える。そして、森のひとは自分の死期を知りながらいったいなにを反芻していたのだろうかとも。もちろん、答えなど出ない。答えは永遠の闇の奥にある。やはり、森のひとは心の中で、あるいは口に出して「生まれる。生きる。死ぬ。それだけのこと」と繰り返し言っていたのか。「旅のさなか、旅の途中」とも。

そのとき、暖炉の薪は爆ぜただろうか? 森のひとの好きだったパット・メセニーの『Travels』は愛機であるTANNOYのRoyal Oakからどんなふうに聞こえていたのか? やはり、答えは永遠の闇の奥にある。


森のひとはカーツ大佐が息をひそめて棲まう縄文杉の千年の記憶の孤独の森を亜音速の千鳥足で疾走する。その魂が安らかな寝息を立てるのは世界樹ユグドラシルの樹上であり、裸身白湯巻き姿のテンギャン・クマグス先生が腕を組んで仁王立ちする松の古木の粘菌の巣であり、ぼのぼのやシマリスくんやアライグマくんやスナドリネコさんやしまっちゃうおじさんが住む海と山と川と森と空が出会う場所にあるトパンガの丘の「大きな木」であり、『ダニーボーイ』が聞こえ、マザー・ツリーのコールドクリームのにおいのするクモモの木の揺りかごの中であり、ガンプの森のマラソンの小径であり、ロイヤル・オークの木陰であり、Flower Travellin' Bandの『SATORI』がペイズリー・フラクタルに流れる神の草のフラワー・トップスであり、ゴータマ・シッダルタが降魔成道を果たして悟りを開いたブッダガヤーのインド菩提樹の根方であり、シューベルトの『冬の旅第5曲 リンデンバウム』のE線上であり、テネレのアカシアの木の墓標であり、ハイペリオンの115.55メートルの頂点であり、海賊パンターニの魂が宿るラルプ・デュエズ峠のトウヒの林であり、フォーティンゴールの櫟の木の年輪であり、ニーチェが思索するかく語るゾロアスターの糸杉に匿された秘密の塔のアヴェスターの中心であり、天空神ランギヌイと地母神パパトゥアヌクの息子の森の神タウリの樹皮であり、メキシコ落羽松のトゥーレの木の板根であり、世界の果てにあるヒッコリーの森の木樵小屋の屋根裏部屋であり、ユタ州のフィッシュレイク国立森林公園にある100万年前に誕生してひとつの根系でつながって拡張しつづけている5万本におよぶアメリカ山鳴らしの群生林「風にそよぐ巨人」の「私は拡張する」という呟きであり、最古の木オールド・ティッコの小枝の先であり、鬼ごっこ好きの双葉の頃より芳しい栴檀のような延陽伯お手植えのケサハドフウハゲシュウシテショウシャガンニュウスヨッテクダンノゴトシスタンブビョーに干された金太郎をタグって現れる垂乳根であり、諸行無常の響きを奏でる祇園精舎の鐘の音の聞こえる沙羅双樹の花影である。


森のひとの魂は世界のありとあらゆる名もなき樹木たちに宿る。


Travels - Pat Metheny


by enzo_morinari | 2018-05-30 07:00 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(2)

飛行機乗りの墓場 ── いい奴は死んだ奴だ。

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東京ローズがRadio Tokyo Broadcastingの連合国軍向けプロパガンダ放送『ZERO HOUR』のON AIR中に、囁くような甘い声で「ラングーンに素敵なものを贈るわ。最高のクリスマス・プレゼントよ」と予言めいた言葉を戦場に向けて届けた2日後。

ビルマ・ロード上空で加藤隼戦闘隊と死闘を繰り広げていたアメ公義勇軍(AVG)所属の空飛ぶ猛虎軍団第三戦隊 ヘルス・エンジェルスのカーチス P-40C型トマホークが藤田進主演の戦意高揚映画『加藤隼戦闘隊』を映す横浜伊勢佐木町の横浜オデオン座の巨大な3Dスクリーンから飛びだしてきた。機首下部にペイントされたサメの歯が目前に迫り、ALTEC A7 Voice of the Theaterが地鳴りのような大音響を轟かせた。座席が激しく揺れた。大日本帝国陸軍第3航空軍第5飛行師団の加藤建夫中佐率いる飛行第64戦隊(64FR/加藤隼戦闘隊)が追撃する。

「死を見ること帰するが如し。死を跳躍台として悠久に生きるのだ」と加藤はつぶやいた。彫りの深い加藤の顔はいたって穏やかだった。静謐に包まれてさえいる。

加藤の標的はただ1機。敵のエース・パイロットだ。加藤は一撃離脱戦法を駆使し、脳内死ね死ね団団長の通称レインボーマンが操るP-40C型トマホークの燃料タンクにピタリと照準を合わせた。

12.7mm固定機関砲ホ103がリズミカルな轟音を発して火を噴いた。紅蓮の炎と見えた。ずば抜けた弾速の12.7mm固定機関砲ホ103は瞬時にP-40C型トマホークを撃墜した。加藤隼戦闘隊隊長加藤健夫中佐の14機目の確実撃墜である。

加藤建夫中佐が果てしない蒼穹の虚空を、敵と味方の別なく整然と無音で飛ぶ無数の戦闘機の隊列に加わるのは5ヶ月後のことだった。飛行機乗りの墓場から帰還した者は紅の豚だけである。


by enzo_morinari | 2018-05-29 20:07 | 飛行機乗りの墓場 | Trackback | Comments(0)

ゲンゴロウの言い分/言語表現における解像度と粒立ちとダイナミック・レンジ#01

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現象/事象/表象/事態/事物/意思/意志/意識/感情/心象を表現するとき、われわれは主に言語(話し言葉/文字言語)を用いる。表情/仕草/眼差し/各種身体言語(ボディ・ランゲージ)/肉体言語(他者に物理力/有形力を行使するときに使用する)、そしてときに沈黙で表現する。

日本語は解像度、粒立ちが悪い。ダイナミック・レンジに至ってはゼロに等しい。物理法則、数学的定理、各種方程式は解像度/粒立ちがよく、ダイナミック・レンジが広い。サイエンスが国境を越えて広く認知され、受容されているのはそのためである。

科学による裏打ち/担保のない技術は信頼性を保持しえず、生産される製品は不良品となる。工業製品のみならず、電気、ガス、水道、通信、交通の社会インフラ、医療、食料/飲料、文具、衣料等々、すべては科学に基づいている。箸の上げ下げ、ナイフの動き、ドアの開け閉め、播種/田植え/収穫/脱穀にも物理法則は働いている。精子の着床から揺り籠を経て墓場まで。科学によって導きだされた法則は万物を貫く。

言語表現における解像度/粒立ち/ダイナミック・レンジに関する悪例が官僚/公務員/役人の言説だ。彼らの言葉には中身がない。なぜ中身がないかと言えば、彼らの言説の眼目はあとで言い訳/言い逃れ/ごまかしができるようにすることだからである。中身がなければいかようにも言い繕える。無/ゼロは無限の解釈/解説/補足を加えることができる。「なので〜」「〜かなと(かなって)」「〜とか」「〜たり」「〜みたいな」「〜だよねー」「〜かも」も同類である。

日本語には、すべてを曖昧なままにし、先送りし、判断留保しようとする日本人の心性がよく現れている。忖度も斟酌も配慮もこの心性から生まれたと考えてよい。解像度/粒立ちが悪く、ダイナミック・レンジが狭い言語表現は例外なくリアリティ/リアリズムがない。つまらない。おもしろくない。中身がない。空っぽである。

他者への伝達、交流のために言語を用いながら、肝心の中身は曖昧/空っぽというジレンマ/パラドックスに引き裂かれることが常態化している人々。彼らのさまよえる精神はいったいどこに向かうのか?


(補遺)
解像度、粒立ちが悪い言語表現の例
頑張る/頑張ります/頑張りたい/頑張ろう/頑張れば/頑張った
努力する/努力します/努力すれば/努力しても/努力しよう/努力した
検討する/検討したい/検討した/検討すれば/検討しない
善処する/善処しよう
本当に
とても
前向きに
有名な
○○と言えば
○○として知られる
○○の代名詞
一所懸命(一生懸命)
粉骨砕身
なにがなんでも
わかる気がする
ありがとう/ありがたい
しあわせ/幸福
すごい/すごく
たいへん
苦しい
つらい
悔しい
悲しい
楽しい
美しい
きれい
イイネ
ナイス
👍
〇〇なう
可愛い
かわいい
カワイイ
Cawaii!
おいしい
おかしい
おもしろい
すばらしい
清々しい
瑞々しい
まったり
ほっこり
すっきり
くっきり
はっきり
のんびり
ぴったり
ぶっちゃけ
うんざり
恥ずかしい
もうすぐ
かっこいい
素敵
草食系男子/肉食系女子/女子会/大人買い/あり寄りのなし/なし寄りのあり/有吉のありようと何かが巣食ったカルト・アイ
オキニ/オソロ/コーデ/オススメ/イチオシ/オワコン/ビミョー/アゲアゲ/マジ/ガン見/壁ドン/神対応/塩対応

(参考)
終わったコンテンツ老害さんまのバカゲラ笑いの耳障りぶり/終わったコンテンツ老害欽公の貧乏神づらと引きつりの薄ら寒さとすさまじいまでの人相の悪さ/たけしの滑舌と昭和系ギャグの惨状/自称御意見番和田の脳みその皺が1本もない言説の滑りっぷり/自称御意見番美川(元フェニルメチルアミノプロパン常用者)がミゾウユウ麻生同様に口をひん曲げて並べる御託能書きの鼻白み加減/マツコ・デブダルマとUltra Stupid IKKOとミッツ・マンドラゴラとデヴィ・スッカスカルノ(ナオミ・カムバック・ネギシ)が消えうせない現実のポンコツ木偶の坊ぶり/W終わったコンテンツ&W遺物である美空ひばりと石原裕次郎をいまだにありがたがる風潮の脳天気極楽トンボぶり/絶倫目黒皇帝中山ビデ(目のまわり真っ黒クロスケ黒々クマ大王)&大股開き松本明子(うんこ座り女給にしてオマンコ連呼女郎)をはじめとするナベプロ一派の昭和臭プンプンの噴飯ものぶり/秋元康一味のインチキイカサママヤカシペテン銭ゲバぷっり/いっぱいいっぱい痛い痛い病患者中川翔子(脳みそシャコタン)の低脳低レベル低センス高虚偽ぶり/ガラクタポンコツだらけのエイベックソの目を覆うばかりの凋落ぶりと京急上大岡駅前で青っ洟たらしていた松浦のレンタル・レコード屋ふぜいっぷり/クソジャニ系の愚鈍ぶり/元宝塚トップスター系の勘ちがいぶり/不吉邪悪ヅラの傲岸不遜勘ちがい小娘広瀬ズーズーの目つきとカーカー声と学芸会レベルの三文猿芝居(伸びしろ絶無皆無)/団塊ならびにポスト団塊の悪臭口臭老醜老害の権化どもの年金お題目と頬っかぶりとチンピラ音楽談義/チンピラ音楽とその業界に巣食うポンコツ木偶の坊どもの駄文駄弁/めし屋と飲み屋の紹介記事と番組とそれらを書き、制作している輩どもの駄才/毎年のHappy New Year騒ぎ(またひとつ冥土の旅の一里塚を過ぎてなにが楽しいんだ?)/毎年の成人式騒ぎ(おまえたちは全員サイタマンゾーになっちまえ!)/毎年のクリスマス騒ぎ(ブッディスト、ムスリム、ヒンドゥー、ハリシetc, etcはビミョーな気分)/毎年のヴァレンタイン・デー騒ぎ(「聖ヴァレンタイン・デーの虐殺」くらいおぼえとけ!)/毎年のハロウィーン騒ぎ(上っ調子上滑りのドテカボチャどもめが! 正座して唐茄子屋政談でもしとけ!)/毎年の恵方巻騒ぎ(大量生産合成保存料着色料人工甘味料遺伝子組換えモノ出所不明食材まみれのブラック企業製造販売賞味期限切れ大量廃棄のジャンク・フードに縁起もクソもあるかってのよ! 脳みそにエポキシ樹脂充填しときやがれ!)/毎年のボージョレー・ヌーヴォー騒ぎ(チリのサンタ・カロリーナは必要にして十分なうまさで500円で1年365日飲めるがな! ボルドーとブルゴーニュのちがいもわからないようなグラン・ペゾンがヌーヴォーもヘチマもあるかってのよ! ジャンキー田代と荒川っぱたの土手に並んでぬ〜ぼ〜でも喰ってすべての歯が齲蝕しちまえ!)


語りつくせぬことについては沈黙せよ

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by enzo_morinari | 2018-05-28 08:24 | ゲンゴロウの言い分 | Trackback | Comments(0)

ギラン=バレーの朝、マーラーが鳴りやまない。

 
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朝、目をさますとギラン=バレー渓谷にいた。あたりには濃く冷たい霧が立ちこめ、世界のすべてが二重に見えた。四肢の動きを奪われ、極北極小の牢獄に囚われているようだった。アメリカ合衆国陸軍空挺師団特殊戦部隊のジョセフ・ヨッサリアン=ヘラー大尉が軍規22号に基づいて設営したパラドキシカル・ジレンマ型キャッチ=22が、大きくて暗くて臭い口をあけて狂人どもが落ちてくるのをいまかいまかと待ちかまえていた。そして、空から天のマーラーが堕ちてきた。


明け方からマーラーが鳴りやまない。2PACを聴いていてもゴンチチを聴いていてもパット・メセニーを聴いていてもマイルス・デイヴィスを聴いていてもJ.S. バッハを聴いていてもだ。めしを喰っているときもまぐわっているときも雪隠のときも東京ガスの料金明細の葉書を破り捨てているときも。

電話で話しているときはほとほと困った。相手の喋っていることが聴きとれないのだ。小林秀雄は心斎橋通りを歩いているときに突如としてW.A.モーツァルトの交響曲第40番第1楽章の冒頭が頭の中に鳴り響いたと書いているが、どうせ小林流の与太話の類いだろうと思って信じていなかった。ところがどっこい、本当に頭の中に音楽が鳴り響くという現象はあるようだ。疾走爆走暴走する吾輩の精神のかなしみがもたらしたものでもあるか。

Tristesse Allante. 疾走するかなしみ。かなしいことなどなにひとつないのにかなしい気分。悲しい気分でジョーク? 十九の春はずいぶんとかなしい気分がつづいていて、ジュークボックスとピンボールマシンに意味もなくカネを注ぎこみ、ついでに「スベテ清算カリニケリ」する淵の際の際まで行ったが坂口安吾の『堕落論』と殿山泰司似の薬局のおやじに掬い上げられた。

鳴りやまないのはG.マーラーの交響曲第5番第4楽章『アダージェット』だ。ルキノ・ヴィスコンティ『Morte a Venezia』の劇中曲といえば通りがいいか。印象派絵画あるいはターナーの『海と帆船』のような朦朧としてやわらかな緩徐の旋律。(ターナーの絵のような? 漱石がそんな比喩をどこかで使っていたな。吾輩もついにそこまで来たか)

『ヴェニスに死す』を観たのは横浜馬車道の東宝会館であったか伊勢佐木町のオデオンであったか。40年も昔のことだ。大きらいな作家のうちの一人であるトーマス・マンの原作だというので計測がてらにみにいった。監督のヴィスコンティも大きらいな映画監督のうちの一人だった。「お高くとまりやがって」というのが吾輩の感想だ。『ヴェニスに死す』を契機としてトーマス・マンもルキノ・ヴィスコンティも大好きになった。両者の中に死に向かう一方通行路を疾走するかなしみを見たからだった。13歳になる秋だった。13歳? 13歳のくそガキにわかるものかね、『ヴェニスに死す』が。わかったかどうかはともかく、吾輩はしかと感じ取った。重要なのは感じるこころだということを。そして、それはまちがっていなかった。感じるこころが一番重要なのだということは。

「死への一方通行」を逆走することはおそらくはだれにもできない。『Morte a Venezia』の主人公であるアッシェンバッハは「死への一方通行」を逆走しようと試みて死んだわけだが、その生きざまの最終楽章は「疾走するかなしみ」に彩られているように感じられたものだ。

交響曲第5番第4楽章『アダージェット』はマーラーが恋人に宛てた音楽によるラブレターである。『Morte a Venezia』では『アダージェット』自体が主演であると言いうるような役割を担っていた。

『Morte a Venezia』をみたハリウッドのあるボンクラ社長は「わが社の次回作のテーマ曲はマーラー君に作らせよう」と真顔で側近に語った。ハリウッド・ピープルのだれもが認める実力者である彼はグスタフ・マーラーがとっくの昔にあの世に逝っていることを知らなかったばかりか、マーラーとワーグナーの区別もつかないようなたわけ者でもあった。この広くてちっぽけな世界にはどうにもこうにも救いがたい愚か者がいるということだ。グロテスクきわまりもない親和欲求と認知欲求に彩られた愚にもつかぬ甘っちょろいたわ言をお題目のように百万言二百万言と繰り返す愚者はラングドシャにまみれて死ぬがいい。

それにしても、マーラーが鳴りやまない。まだ鳴っている。仕方ないので、鳴りやむまでビスコッティでも齧りながら『ヴェニスに死す』をミュートして観ることにしよう。まさかそんな観られ方をするとはヴィスコンティは思いもしなかったろう。マーラーだってそんなような聴かれ方をするとは予想もしなかったろう。期待を裏切るのはこどもの頃から大好きだ。

Mahler - Symphony No. 5 in C sharp minor - IV. Adagietto, Sehr Langsam - Herbert Von Karajan; Berlin P.O.

by enzo_morinari | 2018-05-27 11:58 | ギラン=バレーの朝 | Trackback | Comments(0)

雷鳴轟くフィネガンのユリシーズ部屋でシーザー・シーズーとシーズン最高のシザーズサラダを食べながらプルースト・シリーズと格闘し、失われた時を求めるトヨバーバ

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捨ててしまえよ。ぼくたちにはすでに用のなくなったものだから。Nik FunS
横隔膜なんか捨ててしまえよ。ぼくたちにはすでにわらしべシステムに応札してゲド戦記したものがあるんだから。TaAaK & CulPatY


雷鳴轟くフィネガンのユリシーズ部屋(家賃6800円 税込)でシーザー・シーズーとシーズン最高のシザーズサラダを食べながらプルースト・シリーズと格闘し、リースキン製のシースルーな失われた時を求めるトヨバーバは、ことのついでに鎌倉までやってくるとおもむろにとっておきのJapanese Eternity Word World-The Name Game/Last & First/Grab on Behind/Alpha & Omega 尻取り呪文/グリモワール-トヨモワール-グリムの戦争-トヨモンの鍵を風のコリドーに立ちつくし、グスコーブドリにまたがって唱えはじめた。

ヴァニティ・フェアの特集記事を参考にしたラヴ・アフェア数回でエタニティ・ラヴを誓ったはいいがマタニティ・ブルーの果てにアルコホリックでいまや大虎 ⇒ 虎屋の起死回生一気呵成乾坤一擲結婚記念日汚名返上名誉挽回御成敗式目三国志魏誌東夷伝倭人の条で包まれた虎焼き ⇒ 木島則夫のモーニングショーに出ていた栗原玲児は栗原はるみの旦那だが嫌なやつと聞く ⇒ 車寅次郎がくるまやでラーメンを食べていたとしてなにが問題なのかは誰も知らない ⇒ 今田耕司司会の『今でショー』に出演中に全身齲蝕で死亡した歯科医の人的抗弁の切断手術について言及したマルファン症候群の疑いがある林修は「悪いのは今田でしょ!」とホザいたはいいが学生時代の別称/蔑称は出歯亀デブメガネでつ ⇒ つい先頃死んだゴータマのマタンキが野分のまたの日をまたの機会にと言い繕った件は演劇史においては特筆すべき演技で純豆腐を食べながら鑑賞するに値する真実に迫っているつまり迫真 ⇒ 真紀三枝逗子店の毒樹の果実問題に端を発するシースルーとシエクルとシラブルの三つ巴寿司の誕生を慶ぶアレクサンドリア図書館またの名を完全無欠図書館司書の既知の機知について基地外でアナグラムされた不知火つまり不火知(以下、異化して移動祝祭日の医家的烏賊ソーメン風にやや手抜き) ⇒ 知ったか鰤と知らぬ存ぜぬ梭魚と知ったこっちゃない氷下魚の漁父の利 ⇒ 利休の鼻毛抜き役はへうげものの古田織部を睨むゲゲ ⇒ 猊下お気を確かにと介抱するふりをしながら懐の本門の戒壇を盗む浦霞 ⇒ 霞町は西麻布の旧町名だが九丁目はない ⇒ 忌みの意味について質問する意味なし芳一の胡乱な物言いにうんざりの垂れ耳 ⇒ 耳毛の長いミミズクがいるなら一度会ってみたいものだが世の中そう簡単に耳毛の長いミミズクがみつかるほど甘くはないしミミズクが木菟と書くといくらオヅラトモアキが冷蔵庫のような体躯を冒頭のうんざり退屈トークでぶちかましてもまったく意味がないよな楠木正成の薬師の楠 ⇒ 楠の古木の祠に住みついたキタキツネの愛人のキタキ ⇒ キはけっこうきっついねとキミが言ったから五月二十五日はキ印記念日 ⇒ ビジンとガジンの美人薄命伝説をめぐる冒険に連れ回されるイトウビーマルネズミ ⇒ ⇒ ネズミの魂はいくつまでに完成するのかと気が気でないミンミンゼミが水曜の午後の動物園で食べるのはミンミンの冷やし餃子タンメンライス入りマコ緑 ⇒ 緑色のスライムにそっくりのライチャス・ブラザースの右のほうのライムライトなラムネ味を飲みほしてからサム・ライミはライムハウス・ブルースを口ずさんでから死霊のはらわたを貪り食ったうえにXYZマーダーズをギフトがわりにはじまりの戦いに向かう小津安二郎に贈った ⇒ 田圃の中の針によって封鎖された中野坂上界隈におけるヘビメタの体重制限該当者の動向がどうしても気になって気になってしかたないノリンノリンとコリンコリン ⇒ リンゴリンゴロンゴロンゴギャング一味が目の敵にするルーンストーンズのメンバーの移動手段はヘックキャトルという古代牛 ⇒ 牛蒡党に党名変更を企む民ス党のボンクラポンコツヘッポコデクノボウどもの党旗の色は緑らしいよう ⇒ うつみみどりの整形は大失敗であり群馬のくそ田舎者の峰竜太が竜雷太と勘ちがいされたことをいいことになにを気取りやがって通ぶってつまらぬ言説を垂れ流すのがどうしてもゆるせない整形失敗海老名みどりのこぶ平ほか一名の弟と安物(キ印)泰葉と安(グ印)めぐみは犬猿険悪の中でたがいに相手に対して持っているのはすさまじいばかりの敵意と悪意 ⇒ 意味なし放逸逸見の息子は親の七光りを悪用してヤリまくっているという情報 ⇒ 報復兵器V1飛行爆弾の直撃を受けた国後島の現状を取材すべく報道フロアから飛び出した北方領土問題担当の新米美人記者をストーキング中に幻の旗を振って純文学臭プンプンの北方兼三 ⇒ 三つ子のタマ静かにしなさい ⇒ いつもいつも思ってたサルビアの花に鞭をくれるサルトルの猿野郎が嘔吐する姿 ⇒ 姿三四郎と忌野清志郎ではどっちが今際の際に強いか殺人プログラミングを途中で投げ出して一年でいちばん暗い夕暮れに考えているうちに忌野清志郎が死んでしまったのでおまんこラジオFMトーキョーにチューンしたらゲストはなんと汚辱のゲームに敗北してヴェロシティ1丁目1番地1号を脱出して邪教集団トワイライトの追撃から逃亡中の悪魔が夜はばたくことを知る世界で二番目に善良な男であるディーン クーンツ ⇒ つまらぬチンピラ音楽のウンチクを垂れる団塊/ポスト団塊の年寄りのお口はニューギニアの奥地で拾ったクスクスのウンチを主食にしているとしか思えないほどクサさ超絶 ⇒ つくしんぼうみなみはお顔のおっきいイラストレーターにしてダボ ⇒ 帽子に水銀で脂肪死 ⇒ 死がこわいのか生の終りがこわいのかに関する議論に首ったけのボビー・コールドウェルのジャケットを見ていると全身が隔靴掻痒 ⇒ 痒い買い物中にパイドパイパー・ヴァイパーにまたがる阿藤海 ⇒ 海苔と祝詞でのりのり紀香激太り ⇒ 輪郭関数の責苦に苛まれる平櫛田中が中田平櫛だったらと思った途端に落としたモノは櫛 ⇒ 櫛を駆使して歯石除去に勤める平櫛田中を英雄視 ⇒ しっかりいっそ鎌倉で仕事をして逗子に住んでベルナール・パコーの店で夜ふけに賄い料理を食べていた加藤隼戦闘隊と紫電改の鷹好きの門衛右為電雷 ⇒ 雷鳴轟くフィネガンのユリシーズ部屋でシーザー・シーズーとシーズン最高のシザーズサラダを食べながらプルースト・シリーズと格闘し、リースキン製のシースルーな失われた時を求めるトヨバーバ ⇒ バスガイド付き猫バス ⇒ 捨ててしまえよ。ぼくたちにはすでに用のなくなったものだからやねん ⇒ 粘菌研究中に「エイひれと春キャベツの蒸し煮シェリー酢バターソース」を食べすぎたばかりか海鷂魚と淫してテンギャン・レーゾンデートル状態の南方熊楠翁の逆鱗にふれて年金資格喪失のスナフキン死亡 (2911文字。オートマティズム書記能記所記所要時間17分15秒)


by enzo_morinari | 2018-05-25 04:16 | CLOSED BOOK | Trackback | Comments(0)

物語を聴かせて ── 海辺の休暇#1

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避暑地のあかりに別れを告げるための話だ。あるいは、シーズンオフの心の隙間を埋めるための話、シーズンオフの心に吹きすぎる風の冷たさをわずかにやわらげる話。ただし、ひとかけらの教訓も慰撫もない。モリアーティとパラダイスの最期、結末のヒントくらいはあるかもしれない。

その夏の初めに2週間ほど滞在した海辺のホテルのテラスの壁にはBang & Olufsenの古いスピーカーがかかっていた。古いBang & Olufsenは白い漆喰の壁に見事に溶けこんで、ラウル・デュフィのデッサンのように見えた。Bang & Olufsenからは繰り返しステイシー・ケントの『Les Vacances au Bord de la Mer/海辺の休暇』が流れていた。海辺の避暑地は灼けつく太陽がもたらす残酷の前触れをそこここの陰翳に潜ませているように感じられた。

「この夏のあいだ中、わたしにあなたの物語を聴かせて。そして、世界の片隅にいることを忘れさせて。来年の夏にはまた別のひとを愛してしまうから」と彼女は言って上質のラブラドライトのような涙を流した。ガラス玉の涙。請求書付きの涙。隙を見せれば瞬時に毒薬に変容する涙。

「どうせ夏の陽射しが強くなるころにはきみはまた新しい別の男をみつける。飢えた狼のようにね」
「性欲と食欲と睡眠欲について是非を問うてはならない。ガーイウス・ウィプサニアヌスの言葉よ」
「うそだ」
「うそよ」

「Au coin du monde. 世界の片隅で」と彼女は言った。毎夏のことだ。もう15年になる。夏のあいだ中、彼女は「Au coin du monde. 世界の片隅で」とつぶやきつづける。世界の総体をグリップしてでもいるみたいに。しかし、それは私の思いすごしだろう。世界の総体をグリップできる者など存在しない。少なくとも、私が生き、呼吸し、眠る世界には。

世界の片隅に生きる彼女は夏が盛りを迎えると決まってほかの男のもとへ行く。急ぎ足で。いそいそと。イパネマからやってきた娘のように。コパカバーナの海辺で男たちを手玉に取る性悪女たちのように。

コパカバーナで恋に落ちてはいけない。時代が変わっても変わらぬ真理だ。そう。コパカバーナで恋をしてはならない。浮気性の女と人生の日々をともにすごしてはならないのとおなじだ。寿命を短くする。

Les Vacances au Bord de La Mer (Raconte-moi) - Stacey Kent
 
by enzo_morinari | 2018-05-24 10:15 | Raconte-moi | Trackback | Comments(0)

彼女のパピエ・コレ#1

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「死ねば紙くず同然よ」

それが彼女の口癖だ。彼女は1960年代後半のフランス映画に出てきそうな美人。『去年、マリエンバートで』に出ていたデルフィーヌ・セイリグに似ている。似てて当然だ。デルフィーヌ・セイリグは彼女の母親の大叔母なんだから。

父親はメソポタミアを専門とする考古学者、妹は蝸牛型メニエール病をかかえたチェロ奏者。登山家の母親は若いスペイン人の男と駆け落ち中である。

「紙くずを拾い集めて汚れを取ったり、もっと汚したり、しわを伸ばしたり、もっとしわくちゃにしたり、丸めたり、破いたり、貼り合わせたり、焼いたり、濡らしたり、擦ったり、踏んづけたり、放り上げたり、色をつけたり。そうやって、わたしは紙くずたちに新しい命をあたえるの。それがわたしの仕事よ」

彼女のアトリエは殺人現場だ。彼女は有能な検死官であり、凄腕の捜査官であり、そして、冷徹な殺人者である。

彼女はとてもじょうずに人を殺す。殺された相手は自分が殺されたことに気づかない。血一滴でない。うめかない。彼/彼女の魂だか精神だかが肉体から抜け落ちるだけの話だ。手際がいい。

彼女によれば、生まれてから今日までに4242人の人間を殺してきたそうだ。殺したのは人間だけ。彼女は人間のほかには虫けら一匹殺さない。草木一本さえもだ。そんな彼女に、今日、僕は殺される。3度目だ。いや、4度目だ。殺す理由を尋ねても教えてくれない。答えない。それどころかすごく不機嫌になる。

「殺す理由くらいつまらないものはないからよ」

彼女は実にクールに言ってのける。クールすぎて部屋の温度が2度くらい下がるほどだ。窓に霜がつくことさえある。

「あなたももうすぐわたしの作品になるのね」

僕は死んで彼女のパピエ・コレになる。彼女の作品の一部。わくわくする。ときめく。うっとりする。もうすぐ、彼女の作品は完成する。本望だ。

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「マクドナルドとディズニーランドとスカイツリーとオサレなランチとメルシー・ボークーとオネットとアンクリュとピュールとオベイサンとサンシーブルとアンテリジーブルとサンセールとサンプルでボヌールが手に入れられるなら神さまだって苦労しない」

老練な理髪師のように手際よくカミソリを研ぎながら彼女が言った。

「だから、わたしは無駄な苦労をしなければいけないの。それとね、これだけはおぼえておいて。殺人にはね、ある種のエンジニアリングが必要なの。不器用な人や大雑把な人や鈍感な人は殺人に手を染めるべきじゃない」

僕は彼女の部屋の壁に貼ってあるアインシュタインのポスターをちらっと見た。アインシュタインがおどけて舌を出している。舌に少し苔が生えている。アインシュタインは胃が悪かったのか?

「アインシュタインは本当はめったに笑わない人だったんだってね」
「そうよ。ASD。自閉症スペクトラム障害だもん。ちょっと前の言い方をすれば、アスペルガー。わたしと同じ発達障害」

境界水槽の幻の虚数魚 i が街外れに狩りにやってきた古代人のジョン・ドーン・バンクシーの肉片に食らいついている。大食漢である幻の虚数魚 i の餌を確保するのは僕の役回りだ。彼女の言いつけなので必ず守らなければならない。

ただの肉の塊になったジョン・ドーン・バンクシーは冷凍庫の中で日に日に小さくなっていく。もう落書きはできない。両手の指は最初に幻の虚数魚 i に与えてしまったからだ。めぼしい肉がなくなったら骨を細かく砕いて幻の虚数魚 i にやる。

骨を砕く作業は好きではない。ひどい音がするからだ。骨を砕くときのことを考えると胃が痛む。ジョン・ドーン・バンクシーがなくなったら、次に餌にするのはAnonymous IV/第4の無名氏、ソルシエ・トマテュルジュだ。

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by enzo_morinari | 2018-05-23 07:01 | 彼女のパピエ・コレ | Trackback | Comments(0)

恐竜の中の島々#001

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臓器移植法の改正を受け、2010年1月17日の午前零時からひたすら五臓六腑世界のすべての肉を喰いつくしてきたアキラキメラ・パンクレアスは、ヘミングウェイザウルスの膵臓の、とりわけ巨大なランゲルハンス島のユーコの渚に立ちつくし、白い京都の鯉の薄暮色をした背びれに降りかかる雨の慕情に濡れながら、借りてきた猿島新港を出航したときに目にした幻惑の光景を思い起こしていた。

「夢だ。幻だ。忘れ去られ、沈黙する臓器だ。この世界のすべては」

口に出したところで事態が変わるわけではない。ヘミングウェイザウルスの膵臓のランゲルハンス島のヨーコの渚ではインスリン潮とグルカゴン潮がせめぎあい、激突しながらプランホルモンクトンの増殖に一役買っているだけである。アキラキメラ・パンクレアスは「スピルバーグ・ハンバーグを齧りながら、『激突するジョーズ・シンドラーの未来への帰還リスト』が観たい」と強く思った。「餅五個」のほうがよほど IPPON だと思うのはネプチューン・ホリケンあるいはロバーツ・アキヤマくらいのものだろうか?

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遡ること Message in a Bottle/bouteille à la mer 1週間前。『黄帝内経』が『霊枢』九巻と『素問』九巻、計十八巻揃いで858年ぶりに改訂され、『黄帝内経ジャスト・ギンザナウ』として電子書籍のかたちでパブリッシングされた。パクリッシング太平天国の乱におけるヒットエンドラン戦法によって戦国の御代を統一したねるとん紅鯨帝国で海賊版がつくられ、即座に出回ったのは言うまでもない。

先覚諸島視察中に前後不覚に陥った週一金瓶梅皇帝の元にも『黄帝内経ジャスト・ギンザナウ』のVer1.1.1が献呈された。朦朧困憊の週一金瓶梅皇帝には、早速に『黄帝内経ジャスト・ギンザナウ』四巻中の「未病」及び陰陽五行説による対症法が施されたが、薬石効なく、週一金瓶梅皇帝はおっ死んでしまった。まことに全人代(全宇宙人民代貸大会)恐るべしである。「長征ここに終わるべし」とのモーツォートン爺さんの余弦定理に基づく予言が現実のものとなったのだ。これにはコーセー・ケショーヒン(斌斌彬彬)を筆頭とする「4人グループ」が影で暗躍していたとの流言がまことしやかに巷間に伝わった。

この事態には、「巧言令色鮮なし仁義なき戦い」を旨として生きてきたアキラキメラ・パンクレアスをして深き絶望の淵へと追いやることとなった。アキラキメラ・パンクレアスは「恐竜の中の島々」へ向けて無謀な航海に船出した。その旅の困難に比べればクルパ・シンドロームによってもたらされるパンデミックなど取るに足らないものと言わなければならない。

クルパよ! ヨジーコ・オパーランディよ! アゴダシカオダシのきいたともがらよ! いつまで沈黙をつづける気だ! そんなことでは「忘れられた臓器」「沈黙する臓器」としてパンクレアス・リバーに流されてしまうぞ!

by enzo_morinari | 2018-05-22 05:02 | 恐竜の中の島々 | Trackback | Comments(0)

今夜が山田の中の一本足の案山子の村で発見した絵

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その村の名を明かすことはできない。なにしろ、日本の甘味処のゴーギャンこと田中一村の未発見の絵が村中にごろごろ転がっているからだ。全部集めて売れば三浦半島を丸ごと買えるほどのカネになる。走水海岸をプライベート・ビーチにできる。横須賀港に停泊するヴァージニア級攻撃型原子力潜水艦テキサス(USS Texas/SSN-775)を湯船に浸かっているときのオモチャがわりにすることも可能だし、「Man the ship and bring her to life!」の大号令のもと、2017年に退役した世界初の原子力空母エンタープライズ(USS Enterprise/CVAN/CVN-65)やニミッツ級原子力空母ロナルド・レーガン(USS Ronald Reagan/CVN-76)をコリアン・ペニンシュラや竹島や尖閣諸島に派遣するのも思うままだ。太っちょの痛風王子の鼻っつらに地上1000メートル/200階の超ドレッドノート級高層ホテル「コリアン・ペニンシュラ・ホテル・ピョンヤン」をおっ建てるのもできない相談ではない。さらには、木っ端役人の若造小僧っ子水野靖久をイージス艦の舳先にくくりつけて宮城県沖を高速航行したり、金華山にアタックさせたり、あるいは、F1フクシマ・グランプリをヒール・アンド・トゥ、テールスライド、スリップストリーム、セナ足を駆使してボーリングフォーコロンバイン風にコア・リアクター並びにジェネレーター、タービン、ピット及びプールをメルトスルーさせることも不可能ではない。つまり、水野靖久に吾輩の言いたいことはこうだ。

懲戒定食喰ってラインから大外れしたお荷物/窓際カスミガセキシロアリの水野靖久! おまえの自宅住所(別記)、出没エリア、コネクションその他はすべて掌握した。2013年6月14日夕刻からおまえは白報隊のコントロール下にある。白報隊のあまねき威光はおまえの尻の拭き方、Twitterの作法、140文字の内容、箸の上げ下げにまで及ぶ。暴行傷害焼き定食は懲戒定食よりタヒネイタウマだぞ。熟慮せよ。熟考せよ。最善の方策を選択せよ。吐いた唾を飲むことはできない。飛脚屋佐川宣寿モナー(*゜w゜) マイアヒー♪ マイアフー♪ マイアホー♪ マイアハッハー♪

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田中一村の絵を物欲しそうに見ていると、村人のだれもが「欲しけりゃ持ってけえ」と言う。村人1号にあっては「一村の絵はよう燃えるでなあ。焚き木にするにちょうどええ」とまで言った。さらに村人1号は「朝になりゃあ、また新しい一村がクマグス曼荼羅と手をつないで降ってくるだによってなあぞなもしジェジェジェ」と言って村の底なし沼に飛びこんだ。もちろん、「ジェジェジェ」と叫びながら。まったくもって、困った(元レナ/現ノン)あまちゃん村人1号だ。

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問題は、その村の隣り村との境界にはΨとΦとΩとΘが刻まれたロンゴロンゴ・ストーンが結界がわりに敷きつめられていて、田中一村の絵を持ってその結界を越えようとすると、田中義剛に変身変態新宿2丁目ポパイの故ハヤト・ママされてしまうことだ。

いい齢をして塩キャラメルでウバウバするわけにもいかないし、ポパイの急階段を登って急性心不全を起こすのはごめんだし、なにより、純朴偽装は吾輩には金輪際似合わないので、いまだに田中一村の絵を持ち出していない。そのうち、頃合いを見計らって、日本飛行機(日飛)の専務の調教にかまけてルイスウェイン・キャットとカッコーの巣をほったらかしにしているガジンをだまくらかしてその村に派遣し、田中一村の絵を持ってこさせようと思う。ガジンが田中義剛になったところで、吾輩は痛くも痒くも悲しくもないし、沼津漁港魚春の釜めしはうまいし、窯元は丹波篠山の大上さんにかぎるし、世界はたぶん明日も夜明けを待っていることにかわりはない。

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(素直? 笑わせやがらあ。素直に茶色い戦争ありましたとさ。素直に人が山ほど死にましたとさ。素直にメルトダウン→メルトスルー→メルトアウトしましたとさ。素直に放射線被曝しましたとさ。素直に放射線障害を隠蔽しましたとさ。素直に電気料金は総括原価方式でウハウハだとさ。素直に天下りし放題だとさ。素直に忖度斟酌捏造偽造しましたとさ。素直に田中義剛は純朴素朴偽装/半農無能無芸で大もうけしましたとさ。)


by enzo_morinari | 2018-05-21 08:47 | 大田中 | Trackback | Comments(5)

一億一千一秒物語#1 フーディーニの椅子

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ハリウッドのマジック・キャッスルのレストランには「フーディーニの部屋」がある。「フーディーニの部屋」で食事をするとフーディーニの霊が現れるという仕掛け部屋になっている。他愛のないアトラクションだが、無類のフーディーニ好きである吾輩にはたまらない。「これが本当だったら」と何度願ったことであるか。そして、吾輩の願いはかなった。

1987年の春の盛り。あれは澁澤龍彥が死ぬ3ヶ月前のことだ。5月9日。澁澤龍彥の誕生日だった。吾輩と澁澤龍彥はハリウッドにいた。澁澤は愛兎のウチャを伴っていた。

「最近、腕立て伏せにハマっててね。1日に100回を朝昼晩の3セット。合計300回。で、わかったんだ。腕立て伏せは自分の肉体を押し上げているのではない。地球を押し下げているんだってね。腕立て伏せは作用反作用の法則をはじめとして、多くの物理法則を実感できるきわめてPhysical Scienceな行為だよ。それだけじゃない。メイクラブのクオリティとエンデュランスも向上する。舌筋と舌骨筋が鍛えられてフランス語の発音がよくなる。さらには、おつむのパフォーマンスがあきらかに上がるしね。先週なんか、ゼロ除算ができたよ。どうだい? すごいだろう?」

膝の上のウチャを撫でながら澁澤龍彥はそう言った。とても上機嫌だった。

さしてうまくもない晩餐が終わり、フーディーニの部屋にティナ・ルイーズの歌う『Tonight is the Night』が小さな音で流れ始めたときだ。部屋中の扉という扉が大きな音をたてて閉じた。「Who din I? Hurry up!」とフーディーニの声がした。吾輩は隣りの澁澤龍彥と顔を見合わせた。

「おまえが座っているのはおれの椅子だ。いますぐどけ」とフーディーニは言った。
「お断りだ。高いカネを払って買った私の席だ」
「どうしてもか?」
「どうしてもだ」
「わかった。ではおまえに呪いをかける」
「おもしろい。かけていただこう。その呪いとやらを」

アマルガムバブルガムカニンガムハニンガムバッキンガムビンガム オウイホンジキュウジキュイジーヌビブリオテカドナスィヤンアルフォーンスフランソワドサドレーオポルトフォンザッハーマゾッホ

フーディーニはぼそぼそと聞きとりにくい声でつぶやいた。

「これでおまえは3ヶ月後に死ぬ。血管を破裂させてな」
「たのしみだね。大いにたのしみだ」

澁澤は胸を張った。それは澁澤龍彥としての矜持の現れでもあっただろう。避けえぬ凶事を知らぬ澁澤の。それから3ヶ月後、澁澤龍彥は本当に死んでしまった。フーディーニの予言どおり、頸動脈を破裂させて。『世紀の魔術師 フーディーニ』を読んでいるさなかだったというが、真偽のほどはわからない。それではあまりにもできすぎているような気もする。

ところで、フーディーニは吾輩にも呪いをかけた。「ついでに」と言って。その呪いの内容は ── 。

おまえは2018年の5月20日の午前3時ちょうどに死ぬ。飼い犬に噛み殺されて。

「2018年の5月20日の午前3時」まで、あと5分だ。すぐうしろでアメリカン・ピット・ブルテリアのダニーボーイが低い唸り声をあげている。

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by enzo_morinari | 2018-05-20 02:55 | 一億一千一秒物語 | Trackback | Comments(0)