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ヨジーコ・オパーランディとのイグノランスな日々#001

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CAのサンディエゴ出身のCAにしてダニエル・コールドウェル家居候のコッカー・スパニエルの化身であるヨジーコ・オパーランディは、イクときイグノーベル賞を取り損ねたウガンダ系ジャポネのハルキンボ・ムラカーミ似のけったいなイグアナづらで「イグイグ」ときわめてイグノランスな声をあげながらNWAをグイグイ、ANAをクイクイさせる。

そのような次第で、PANAM消滅の遠因はヨジーコ・オパーランディの凶悪な腰づかいとならず者のようなアナグラムぶりであるというのはグルのシャクティパット系イングリモングリケサランパサランゴッサマーエンゼルヘアなみに定説である。

ヨジーコ・オパーランディはあらゆる言語に精通しているが、文法については「それってうめえのか?」状態である。因数分解と三角関数と微分と積分とフラクタル幾何学とフィボナッチ数列とマンデルブロー集合についても同様である。

ヨジーコ・オパーランディが本当に興味があるのは「演説と熱帯魚」だ。「演説と熱帯魚」をテーマとした短編小説『マディソン・バッグの破れ目の小さな犯行』が『入浴者』に掲載されたとき、ヨジーコ・オパーランディは16歳だった。原稿料はわずか2500トロワグロだったが、ヨジーコ・オパーランディは全額を当時隆盛を極めていたキマラーサ・グエーサ主催の「わらすぼシステム」に投資し、平均的なサラリーマンの生涯賃金に匹敵する利益をえた。また、17歳の夏にエスプリ誌に発表した『バカな魚に手ごろな日』は同時にゴンクール賞とドゥ・マゴ賞の最終候補となって注目を浴びた。高校卒業以後、ヨジーコ・オパーランディは執筆活動を一切しなくなるが、30歳になった年に育成シミュレーション小説『シーマン ── 除隊』と『フラノーとユグノーとゾーリ』という富良野履物実存不条理カルヴァン主義小説を『撥弦者』誌上に発表したがまったく反響はなく、冥王星の戸籍係の机の抽出しの隅っこに届くほどの深々としたため息をついた。唯一、ミヤネ屋の宮根誠司が周囲の呆れ顔をよそに激賞した。宮根誠司に褒められたことがよほど嬉しかったのか、ヨジーコ・オパーランディは『第九よ、ミヤネ屋をハリセンで力のかぎり叩け』という支離滅裂なエセーを『大工時報』に発表した。宮根誠司は華麗にスルーした。

エコール・ノルマル・シューペリウールの大食堂で故ジャック "ディセミナシオン" デリダ教授に、

「グラマトロジー? 根源の彼方に? わたしがグラマーでボディーコンシャスでワンレングスでペーパー・クロマトグラフィーで水道水や雨水や鼻水や血液や唾液や涙や尿や精液やバルトリン腺液やスキーン腺液やカウパー腺液や前立腺液など、およそ考えうるあらゆる液状のものを濾過するのが趣味で、スクワーティングでちょくちょくB-Roomが大洪水になって、ウソツキ麦の畑で出会ったドイツ系アイスクリーム屋は男のくせにレディーホーデン・コールフィールドという変わった名前だけどナッツボール味のボーロックス・テスティクル・ポプシクル・ポシブル・セックル・バーはすごくおいしくて、グラマラスなシルエットのグラム剣で憤怒の超究武神覇斬を炸裂させてグトホルムを真っぷたつに切り裂いて、シンドラーのエレベーターと『シンドラーのリスト』とフランツ・リッター・フォン・リストの『パガニーニの「ラ・カンパネラ」と「ヴェニスの謝肉祭」の主題による大幻想曲』と『パガニーニによる超絶技巧練習曲』のちがいについて苦悩し、スットックホルム・シンドロームの後遺症に苦しむ人々をホルムアルデヒド・ホームに住まわせ、ペーパー・クロマトグラフィー方式でコーヒーを淹れていて、コーヒー豆はルワンダ産のチョコ・ハニーとパプアニューギニア産のプローサの森にハマっていて、マイク・ハマーに伝言し忘れたせいで女体愛好家のミッキー・スピレイン翁に ”俺が掟だ!” とドヤされると同時にドヤ顔でおっきな銃口を鼻先に突きつけられた挙句にお口にぶっとい The Big Dick をねじ込まれて、ヘッポコスカタン・ソムリエの田崎真也がブローニュの森とブルゴーニュの森は似て非なるものであるとかなんとかほざきやがったので ”黙れ! 似非野郎!” と悪態をついた途端に赤坂アークヒルズ全日空ホテルのメイン・レストランであるローズルームでデカい痘痕ヅラをこれみよがしにさらしていた高橋時丸に腕ひしぎ十字固めをかけられて、アントワープのアンデパンダン展のドミニク・アングル『グランド・オダリスク』のパロディ作品の前で取材にきていたダッサいアンクレットをつけたan・anのアングロ・サクソン系毛唐記者に ”あんただれ?” とスゴまれた果てに暗渠にアンカー打ち込まれてお口アングリ&あんちょちょビチョビチョになって、アンチョビとモーグリとチョコボとモーリスじゃないほうのMiniとクーパーじゃないほうのゲーリーとマトウダイとトウダイセーとオタマジャクシをたまに余裕綽々釈由美子粛々と杓子定規に食べて、モーリスじゃないほうのブランショとブッタネスカのオノマトペさらし揚げペコリーノ添えとペアノ空間でディアパソンでペトラルカのソネット47番を弾くことと三杯酢と三部作と讃美歌とサン・ピエトロ寺院と3Pとサンタクロースとバケツ一杯の炎のエスカルゴを知的乱暴者どもと囲んで禍根なきパリ論を戦わすこと(論戦参加の合言葉は「Fluctuat Nec Mergitur, Festina Lente/漂えど沈まず、悠々として急げ」)が好きで、千の風に乗ったことがあって、魂友である風の谷のナウシカとモダーン・ディアバレー・ソウル風呂に一緒に入ったことがあって、パンテオン・ソルボンヌとコレージュ・ド・フランスをブリコラージュしたことで風紀紊乱/Network Anomieの罪でバスチーユ監獄に幽閉されたあとにジャック・ルネ・シラクをデラシネと一緒にシネとばかりにイラクに蹴り飛ばした罪で投獄されたサン・ラザール監獄ではとなりの房のマルキ・ド・シャーデーことドナスィヤン・アルフォンス・フランソワ・ド・サドに日々調教されて鞭と蝋燭と縄の虜になって、リットン調査団の右のほうに黄色ブドウ球菌で感染症に罹って1週間もほったらかしにされたドラえもんの土左衛門みたいに顔が腫れあがるほど真空飛び膝蹴りいれまくって、パピエ・コレでパピルス風味のカルピスを作ったはいいけど大失敗して、殿方のレーゾンデートルをグラブしまっくってる件?」

と言い放って、ジャック "ディセミナシオン" デリダ教授のエキセントリックな毛髪をはげ散らかし、散種させ、さんざっぱら散々な目に遭わせてル・モンドとル・フィガロの1面を飾り、西麻布交差点近くの明太子パスタがうまいラ・ボエムをしばしばしば漬け展示会のために貸し切ったことがある。その一件で法政大学出版局から出禁を食らい、足立和浩から不幸の手紙を送りつけられた。近々、ならず者コッカー・スパニエル指定されるとの情報がNSA北千住販売所所長からもたらされている。

『ローグ』はダンジョン探索型RPGの初期の傑作である。ローグ=Rogueは「ならず者/無法者」の意だ。ミッキー・ロークはポンコツメタボの猫パンチ芸人であり、あらゆる場から物静かに退場しなければならない。ならず者/無法者からの伝言は品のない下卑た色の安物の赤い口紅で、留守中、寝室の鏡に記される。その伝言が記された鏡には、以後、しどけなくあられもない姿態、行為が映ることは二度とない。映るのはあわれであらわな死体である。ローグ=Rogueからのルージュ=Rougeの伝言は死の伝言というわけだ。Rogue>>Rouge>>Morgue.

ローの英語表記はLawだが、ローはOutlaw/ならず者/無法者である。BANNAMはイカサマ・ゼニゲバ・ゲーム会社であることをATAMAを大きくして付言する。

ヨジーコ・オパーランディとのイグノランスにもほどがある日々は芥子菜を喉に詰めこまれて窒息死したときのように苦しい。そんなこんなで、ヨジーコ・オパーランディはイグイグのときにシヌシヌとも言うけれども、死ぬのはわたくしのほうだと思う。実際、ヨジーコ・オパーランディのイグイグのせいで2度死んだ。死んだけれども今生きているのはひとえに宇宙を支配する巨大な意志の力の導きである。また、伊豆大瀬崎のビャクシン樹林でのカー・モグワイの際にはヨジーコ・オパーランディのイグイグによってLEXUS LFA 10 Nurburgring Packageのイグニッション・キーが忽然と消えた。

わたくしのような事例については、プラトーンの『パイドーン/魂の不死について』に詳しく記述してある。『パイドーン/魂の不死について』を読む際はくれぐれもツープラトーンで臨むこと。オリーバー・ストーンの石頭代理人、ウィレム・デフォーのファン・クラブ代表幹事としてATAMAを大きくして付言する。チャーリー・シーンの頭の中身はおが屑とおからである。トム・ベレンジャーは狙撃の名手の山猫と戦争の犬を飼うミスター・グッドバー店主にして死籠屋、フォレスト・ウィテカーはボケたふりのうまい恋するアリエッティに鯉こくを無理やり食べさせた仮住い中のカリスマ・ハスラーDJ(口癖は「ポルカで世界は救えない」)、ジョニー・デップのシザーハンズは逢う魔が通るからそこのくそこのくスズメを切り裂き、殺す。すなわち、切り裂きジャック・スパロー。

ヨジーコ・オパーランディとのまぐわいの迷宮について瞑想しながら、わたくしはキマラーサ・グエーサが主著『はみだしユートピア』の中で「生きたようにしか死ねない」と書いていたことを突如思いだした。キマラーサ・グエーサは胚盤葉細胞キメラ/始原生殖細胞キメラである。かたわらではヨジーコ・オパーランディが身を艶かしくよじりながらヨガっている。ヨジーコ・オパーランディは自らのヨガりについて「クルパのヨガりはホット・マヌコ・ハニー・ヨーガのまったく新しい地平を切りひらくのよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」と8ℓ水平対向12気筒エンジンなみの大肺活量にものを言わせた過剰な音引きとともに主張する。筋金入りのハイリー・センシティブ・パーソンであるヨジーコ・オパーランディの主張に対して異議を唱えることはできない。もしも、ヨジーコ・オパーランディに異議を唱えようものなら正確無比にして無慈悲なインドラの剣の一撃を手加減なし容赦なしで浴びることになるから、セレス・イマジナリオ氏による幻獣管理規則に準拠した厳重な注意が必要である。

かなしみの補陀落渡海船に乗船したことのない一切衆生のために誤解なきよう申し述べておくけれども、ゴカイやイソメでクジラやアビスやアヌスやディープ・ブルーやディープ・パープルやディープ・スロートやデーブ・スペクターやデーブ大久保やデイブ・ブルーベックや大宮デン助を釣りあげることはできない。たとえ、空前絶後の釣り師ヒフミーン・カトーであってもだ。ヒフミーン・カトーはたまに場ちがい勘ちがいも甚だしく横浜日の出町駅前の碁会所に姿を見せる。当然のごとく、そのときの現前眼前のヒフミーン・カトーには傲然にして漫然頑然と歯はない。

インダス河での沐浴の日々を経験したヨジーコ・オパーランディはゴリゴリのヒンドゥーであって、カーマのリインカネーションであると自認するアンチF1カーネーション研究者だ。さらには、ティルマライ・クリシュナ・マチャーリャの最後の弟子であり、ヴァイシェーシカ学派の正統なる承継者であるヨジーコ・オパーランディの愛読書は空前の性戯書『カーマ・スートラ』である(特に第2部)。『カーマ・スートラ』を枕にして大鼾をかいて眠る眠り病罹患者であり、そればかりか、『カーマ・スートラ』を腰枕にしてより強い快楽を貪ることを至上命題とする快楽市場論者である。好みの体位と動きはつま先立ち騎乗位で前後にグイグイ左右にクイクイ丸を描いてグリグリ蟻の門渡りウグイスの谷渡り昔なつかしウゴウゴルーガだ。

わたくしの身にもなっていただきたい。72kgあった体重は58kg、頬はムラヴィンスキーのように殺げ、足元はふらつき、眼のまわりには真っ黒クロスケも驚いて白土三平サスケどころか少年忍者風のフジ丸に変身してトトロの森に帰ってしまうような猛烈な隈が張りついている。髪の毛もずいぶんと抜け落ちた。友人どもは陰でわたくしのことをゲーハールト・パンダローと呼ばわっている(セパタクローは天河神社の境内でたまにやる。神々への捧げものだ。柿坂宮司は金輪際いい顔はしないが)。ひどい話だ。ほんとにひどい話である。いまに憤怒のシヴァ神となって彼らにひと泡ふた泡三ツ矢サイダー&ミツカンポン酢ニトロ吹かしドリフトスピリッツ攻撃をしてやる。そのときはカーリー・ヘアのウィッグを装着するけれども、わたくしは決して新宿2丁目系ではない。ゲイではない。ゲーハーではない。ナイスはつかないし、たいした害はないが、たぶんガイである。しかし、あまり自信はない。近々、確かめてみる。カーリーはヒンドゥーの荒ぶる神、下衆外道狩りは大好きだ。


by enzo_morinari | 2018-04-27 02:35 | イグノランス・デイズ | Trackback | Comments(3)

笑えない話#001 (笑)のテロリスト

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ユーモアは自我の不可侵性の貫徹から誕生する。S-S-F

(笑)のテロリストはwwwのテロリストとも言う。あるいは(ワラ)のテロリスト。(笑)のテロリストは発言/書込み/メッセージのたびに「(笑)」「www」「(ワラ)」である。なにかというと「(笑)」「www」「(ワラ)」である。「はい(笑)」という具合である。「ありがとうwww」である。いきなり、なんらの脈絡もなく「(ワラ)」である。とにかく手当り第に「(笑)」「www」「(ワラ)」である。笑うに笑えぬ。

「(笑)」「www」「(ワラ)」の前後にユーモア、エスプリ、ウィット、ギャグ、ジョーク、ダズンズ、アナグラム、タホイヤ、アンビグラム、リメリック、ラップ、ヨギ・ベラ、マラプロピズム、偽キリル文字、小話、地口、回文、縦読み、言葉遊び、落し噺、滑稽譚、落語、漫才、喜劇、狂言、風刺、諧謔、風狂、パロディ、アネクドートがあるわけではない。これっぽっちも、ひとかけらも、ない。ないないずくしのこんこんチキチキ・マシーン大レースである。「(笑)」「www」「(ワラ)」のかわりに「ウシャシャシャシャ」なら大いにケンケンなんだがね。そうではない。「w」を大文字にして勘所で「W(ロビー・ロボット万歳)」とでもすればヒネリが多少なりとも利いていてクスッとできるのだがな。それももちろんない。

「笑い(Smile/Laugh)」は「楽しい」「うれしい」などの感情をあらわす感情表出行動だ。すぐれて人間的な行動である。チンパンジー、オランウータン、ゴリラ、ボノボ等の類人猿も笑い声をあげることが報告されているが、人間の「高度な笑い」とは質においても量においても大きな差がある。

人間は笑い声が伝染・伝播してその場にいる多数(あるいは視聴している者)が一斉に笑う場合があるけれども類人猿にはない。野生のチンパンジーには言語によるユーモアや嘲笑、他者を笑わせる「たわむれ」「おどけ」「とぼけ」がない。「笑いの社会性」は人間が突出している。人間の「笑い」はきわめて社会的な行動であるとも言える。

しかし ── 。「(笑)」「www」「(ワラ)」を乱用濫発する者は「笑い」ということに関してサルどもにも劣る。彼奴らは「(笑)」「www」「(ワラ)」によって室温を2度から3度、へたをすると5度下げる。お寒いことこの上もない。しかし、当の本人はそのことに気づかない。気づくはずもない。彼奴らは実際には笑うことのできない(笑)のテロリストだからだ。

「笑い」は大好物であるが、わたくしは「(笑)」使わない派である。なぜかと言うに、わたくしは滅多なことでは笑わないからだ。なぜ笑わないかと言えば、この世界には笑えるほどの事象/現象/事態がほとんどないからである。

文字のみの意思表明はたしかにむずかしい。どうしても笑っていることを相手に伝えたいときは「ゲラゲラゲラ」と書く。実際にゲラゲラゲラと笑っているからだ。「ゲラゲラゲラ」を早くタイピングできるようになるためにタッチ・タイピングをおぼえた。「ゲラゲラゲラ」を「げ」で単語登録もしてある。「ゲゲゲの鬼太郎」と入力しようとして「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラの鬼太郎」になってしまうことが難点だ。クイック・レスポンスできないけれども、やや間を置いてゲラダヒヒの画像を貼りつけるか送ることもある。こんな具合に。
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おもしろいので、「(笑)」を濫発乱用する人物と直接会ったことがある。会ったのは吾妻橋際にある「天磐屋」という風変わりな飲み屋だった。突出しに甘藍の玉が1個丸ごと出てくるという変わりようである。そして、板場の中央に居丈高満載でふんぞり返っている板長が「切るか? 伐るか? 剪るか? 斬るか? 着るか? それとも、割るか? 刻むか? 飲むか?」と矢継ぎ早に詰問してくる。

こちらは間髪入れずに「煮てさ。焼いてさ。喰ってさ。肥後どこさ。佐渡おけさ」と返す。すると、鬼瓦のような御面相の板長は破顔一笑、呵々大笑、抱腹絶倒、仕上げに一笑に付して、「笑中に刀あり。笑う門には福来る」と包丁を振りかざして大見得を切り、笑いを噛み殺しながら去っていく。そんなようなスコブル滑稽面白半分な店である。

(笑)氏と会う前はエノケンとトニー谷と初代桂春団治とチャールズ・チャップリンとローワン・アトキンソンとバスター・キートンとマルクス兄弟とモンティ・パイソンとハロルド・ロイドと藤山寛美と花菱アチャコと横山エンタツと古川ロッパと三木のり平と伴淳三郎と益田喜頓を足してナチュラルキラー細胞をまぶしたような人物を想像していたがちがった。(笑)氏と一緒にいるあいだ、天岩戸で神懸かったアメノウズメノミコトが踊り狂うことはなかった。

(笑)氏は発言するたびにこちらをちらと見やり、赦しを乞うような目をし、「笑っていただいてますよね? ボクの言っていること、おもしろいですよね? ボクってなに?」とスピーチ・バルーンを出していた。そのスピーチ・バルーンはことごとく風刺と皮肉の棘を刺して破裂させてやったが。

「実は樽さんに是非とも相談に乗っていただきたいことがあるのです(笑)」
「相談?」
「はい(笑)」
「ソーダ水の中を通る貨物船に乗りたいとかいう話じゃなくて?」
「それはまた別の機会にでも(笑)」
「ギャラは高いぜ」
「承知しております(笑)」
「わかった。で? ソーダ水の中を通る貨物船に乗りたいとかいう話とはまったく別の相談というのは?」
「実は私は生まれてから一度も笑ったことがないのです(笑)」

そう言った(笑)氏のスピーチ・バルーンには「死にたいです」という「(笑)」なしのモリサワ極細明朝体9Qの文字が浮かんでは消えていた。

(笑)氏の相談事についてたいした貢献も力添えもできないまま季節がふたつ過ぎた。そして、7ヶ月後、生涯にわたって笑うことのなかった(笑)のテロリストはみずから死を選んだ。哀しい気分でジョークどころではない。笑い話ではすまされない。

(笑)氏の死から10年を経て、この広い世界には「笑えない人々」が数多く存在することを知るに至り、めしも酒もいくぶんかうまくなくなった。若かりし頃に繰り返し読み、数少ない愛読書のうちの1冊であるベルグソンの『笑い』がやけに白々しく感じられ、底の浅い、上滑り上っ調子浮かれポンチな愚劣低劣にして下卑た笑いを撒き散らす者どもへの憎悪はいや増した。

実を言えば、わたくし自身が「笑えない人々」のうちのひとりであることに気づいたのはここ最近だ。記憶によれば、わたくしが初めて心底笑ったのは30歳をいくつか過ぎてから。コーエン兄弟の『バートン・フィンク』を見たときだった。ジョン・タトゥーロとジョン・グッドマンの一挙手一投足、なにからなにまで、すべてがおかしかった。ひとしきり笑ってしまうと、物心ついたときからずっとついてまわっていた憤怒と憎悪はなりをひそめ、かわりに浮き立つような気分になった(そのときに味わった「浮き立つような気分」の意味を知るのはずっとあとのことではあるが)。それまでのわたくしの笑いはつくり笑い、嘘笑い、計算づくの笑いだったということである。まったくもって笑えない話だ。
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by enzo_morinari | 2018-04-21 05:50 | 笑えない話 | Trackback | Comments(0)

ゼニカネは怪物であるという忠告の話

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ゼニカネは怪物である。money=monster.

ゼニカネが怪物、money=monster であるのは大元が同じだからだ。遡るとローマ神話にまでたどりつく。

ローマ神話の主神ユピテル/ジュピターの妻であるユーノー/ジューン/ジュノンの神殿=本拠地はゼニカネ製造所、すなわち造幣所でもあって、結婚と出産を司る神であるユーノーはああでもないこうでもないと男女に忠告(moneo)する役割を担っていた。このような次第でゼニカネと忠告とは結びついた。人間に忠告し、戒める存在としてmonster=怪物はあり、かくしてmoney=monster=moneo/ゼニカネ=怪物=忠告と相成る。いささかもめでたくはないがメデタシメデタシ。

ジューン・ブライドなんぞ知ったことではないが、6月の腹にイチモツのおめでた&オメデタイ花嫁どもが浮かれ騒ぐのはもうすぐだ。生娘でも無垢でもないくせに白無垢衣装だのヴァージン・ロードをガラス玉の涙を浮かべて歩みを進めるなんざあちゃんちゃらおかしくて臍が茶を沸かすけれども、これだけは覚えておくがいい。ジューンはじっと見ているぞ。忠告なしで。冷ややかに。ほくそ笑みながら。色恋/性愛/快楽、ゼニカネのために人間は例外なくウソをつき、裏切り、背信し、背徳のかぎりをつくし、火をつけ、破壊し、殺すことを。


[補遺1] monster, minister, masterなどの語尾にある「ーster」は「ーする人、者」をあらわす。
[補遺2] 昨今の豊葦原瑞穂国においては首相、Prime Ministerは「ほっかむりする人」を意味する。ふにゃチン皮っかむりの安倍晋三などはその田布施システム型悪霊付き悪例である。
[補遺3] 首相は「スメラミコトの代理人」と呼ばれるが、常にその名に値するとはかぎらない。(Hesocharose Pierce: The Acoustic Guitar's Dictionary/ヘソチャローズ・ピアス『阿漕の辞典』より)

 

by enzo_morinari | 2018-04-18 23:16 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

Question Rhétorique ♯001 エンリコ・フェルミの脚に棲みついたアリンコどもはなぜフェルミオンを女王蟻として崇めるようになったのか?

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「エンリコ・フェルミの脚に棲みついたアリンコどもはなぜフェルミオンを女王蟻として崇めるようになったのか?」という問いに対して「蕎麦屋は近所と相場が決まっている」と答えたナイジェリアのアベオクタ在住の一般人であるKenny Punppy氏の小森のおばちゃまに踏みつぶされる寸前の仔蟻のような眼にみつめられて傀儡矮小悪党安倍ゴミアクタはなにも感じないのか? 能面ヅラの小物と雑魚とゴキブリとシロアリと下衆外道と乾物屋系のニオイと奸計にまみれた奸物が跳梁跋扈する官界の浄化とラゴスの跳躍なきカタルシスの騙り屋のカタルは語るに落ちるのか? トモヤーヌ・ホテーのぶっとい特大ソーセージとヤリヤリズコズコホットホットしまくったおスピ系厚顔無恥無神経恥知らずのオ・レ・タン・プードル・コンテナン・デュ・アルスニク・アキエはパワー・スポットのラバトリ・ソージに飽き飽きして童話作家のヤヌノーソ・カーゴイケとヒソヒソ話をするに至ったのではないのか?
 
by enzo_morinari | 2018-04-13 15:29 | Question Rhetorique | Trackback | Comments(0)

相模の護謨娘はなぜ「I! My! Me! Love! Life! Live!」という相方への合言葉もアイコンタクトもなしにゴム底靴の愛人魂についてコンフリクト・モードで語ることを否認するのか?

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石橋正二郎の装着感のないフランスからの手紙(平尾昌晃添削)によって岡本理研と不二ラテックスが夜通しポリネシアン合体して世に送りだした相模の護謨娘はライヴ・コンファレンス中になにゆえに「I! My! Me! You! Your! You! Love! Life! Live!」という相方への合言葉もアイコンタクトも愛想もなしにコンプライアンス・ゼロ状態のままゴム底靴の愛人魂塊コンプレックスについて曖昧かつ屈辱的にコンフリクト・モードで語ることを否認するのか?


by enzo_morinari | 2018-04-08 04:01 | Love! Life! Live! | Trackback | Comments(0)

幻の虚数魚i=Poisson D'Avril. 朝のアントニオ・カルロス・ジョビムと哀愁のヨーロッパ


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とてもかても名残り惜しいが、5月1日の成田発エア・フランスの最終便でアデューアディオースすることとなった。諸兄とも左様ならばこれで別れとしようと相成る。諸兄の御厚情には深く謝するとともに、ここに日頃の不義理、乱暴狼藉、傍若無人を深くお詫び申し上げる。

昨年の夏の始まりとともにその緒についた案件が急展開をみせ、もはや現在地点に踏みとどまる理由は失われた。また、シャルル9世の落胤の末裔を名乗る Bang Gusetz なる人物のたっての依頼案件、「幻の虚数魚i=Poisson D'Avril」捕獲の期限が当初よりも早まり、半年前倒ししなければならなくなったことも理由のひとつである。昨今の金融システム崩壊の余波、未曾有の大災害によるカスミガセキシロアリとそのエピゴーネンどもの増殖と焼け太り、朝鮮半島を中心とした東アジア情勢の不安定化と中国大使の頓死並びに愚相愚妻、勘ちがい秘書官&九段高校卒飛脚屋によるアッキード疑獄事件ならびに奸官どもによる奸計加計イマバリに野獸学部来たりて化、獺祭玉出身の千年に一人の元大食わせ物次官・勝栄二郎主導による官僚ファシズムの台頭等、あまたの不安定要素の出来が遠因である。

もちろん、法外の報酬が待っている。だが、報酬がすべてではない。ゼニカネだけで動くほどわたくしは単純ではない。それどころか常人の数倍複雑である。気まぐれであり、心映えで動く。

すでにしてカネはある。残された時間は少ない。そして、わたくしにはわたくしの帰還を待つ「帰るべき場所」がある。帰るべき場所はひとつ。帰るべき場所、世界の天井、わが生涯にわたってついてまわった街、パリに最終帰還するときがついにやってきたのである。すべては縁、めぐり合わせである。

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春の日曜の朝ぼらけの横須賀・走水海岸にアントニオ・カルロス・ジョビムのやさしい歌声が流れる。Rio de Abril の瀬音が聴こえる。江ノ島灯台の瞬きも見える。月の豊饒の海ではジンジャンが65刹那/1Finger Snappingの瞬きで飯沼勲にウィンクし、秋波を送っているのが確認できる。蝦夷地でクソサテツにクルパモーモーする胡椒娘の半分故障した音引きが聴こえる。横浜の小高い丘に生息するエストリル・ガールは日本文学全集レプリカの背表紙に頬ずりしながら吾輩との「倫ならぬ恋」が成就しないことにしょんぼりの御様子だ。かと思えば、世界で一番小さな庭で繰り広げられる「いのちの物語」のダイナミズムに心ふるわせるレイザ姫の指先のふるえが伝わってくる。光と闇の幽玄の闘争に立ち会うZENの照準の精度はきょうも高そうだ。風変わりなバランス感覚でタブーもサンクチュアリもなんのそのなA-BALANCERは国大出で美人で木っ端役人で世界を2パーセントくらいつまらなくしているさっちゃんに番号非通知ワン切りの集中放火を浴びせるべく有志を募っている。ビーチサイドのセイレーンは「てにをは」「句読点」の文章修行に精を出し、自身の闇とのタイマン勝負に勝利する日を目指す。七転八倒しつつも七転八起する神々の黄昏おやじはそろそろ「文字」を拡大表示するのと「!」を乱発するのが「お下品」であることに気づきはじめたようだ。「あなたを忘れない222号」こと Happy Lovely Cute Cat は MARVY の ART DIRECTOR 1400 を数えるふりをしながらも、Time Fly, Life goes on, Life is a Work in Progress とつぶやきつつ、人生の編み目をカウントし、計測している。彼女の人生の同行者(22歳の益荒男) = マ・メイユール・モワティエ氏はシーレーン・ディフェンスに邁進するさなかにもセイレーンの歌に耳を傾ける。地下鉄のジュジュのバサラカ冒険によってハラハラドキドキの抑圧デイズを生きるアーキテクチャー・ウーマンは葡萄酒を飲み過ぎたせいでオーバー・ドープし、夫をとうとう専業主「婦」にしてしまったが、誤字もまた御愛嬌だろう。ぶっといチーム・スカンクとのアカプルコ・ゴールド・コースト・ツアーでドゥービー・ブローになる日も近い。本好き料理好きささみ好き行列好きのヒメキリンくんの精緻・明晰な言語表現は冴えわたっている。ヒメキリンくんには「才能はみずからその才能に気づいた者にのみ花開く」との吾輩の名言を送ろう。きみはいつかモノになる。いつか「いい仕事」をする。そのためにはひとつでいいから「仕事」を仕上げろ。ひとつの「いい仕事」は世界中、世界の果て、地球の裏側、冥王星の主税局でさえ通用する。あとはみずからそのことに気づくかどうかだ。つまり、炎の中心に立てるか否かということだ。

ことほどさように、吾輩は世界で起こっているすべてが愛おしい。そして、カルロス・サンタナ『哀愁のヨーロッパ』のギターの調べは漂泊の思いをいやまして募らせる。漂えと誘う。悠々として急げと急かす。別れのときが来たのだ。さよならだけが人生ではない。しかし、人生には等しく別れが用意されているものだ。例外はない。

いつか、どこかで。その「いつか」と「どこか」が国境の南、太陽の西なら申し分ない。福島の東、浜岡の北であるならば、われわれは炎の中心に立つことになるかもしれない。真冬の夕暮れどきのタリーズ麻布十番店のオープン・カフェのレフト・サイドも悪くない。強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフト・サイドなら、よく冷えたビールを忘れずに。

幻の虚数魚i=Poisson D'Avril がいつも諸兄とともにありますように。

諸兄のことはきれいさっぱり忘れます。二度と思いだすこともない。

Quant Barra la Tumba la Cama?

adios! adidas! PUMA! NIKE! Amigo y Amiga! Adieu, ma Jolie!

Merci Beaucoup! Obbligato! Thanx! ToNx! Ahyehye! Arigato!

by enzo_morinari | 2018-04-01 09:38 | Poisson d'avril | Trackback | Comments(0)