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跳ねるロゴスの男

 
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40年以上を経た今でも不思議でならない。1974年の春、E. クラプトンの『461 Ocean Boulevard』が世に出る3ヶ月前のことだ。4月。高校の入学式の翌日、登校途中の朝、後ろからそれまでに聴いたことのない不思議なリズムの歌が聴こえてきた。しかも、驚くほどの大声で。振り向くとドレッド・ヘアの男がいた。もちろん、当時は「ドレッド・ヘア」という言葉すら知られていない時代だ。いま思えば、歌は『I Shot the Sheriff』だった。ただし、「I Shot the Sheriff」のところを「I Shot the Police」とかえて男は歌っていた。そのときは、吾輩はまだボブ・マーリィのことも『I Shot the Sheriff』のことも知らなかった。

鋭い眼光。褐色の肌。引き締まった体。切れ味のある身のこなし。あきらかに黒人だ。身長はゆうに180cmを超えている。吾輩は180cmだがそれよりアカプルコ・ゴールドみっつ分、スカンク5匹分、パナマ・レッド3本分、フラワー・トップスひと握り分は大きかった。しかも、真新しい制服を着ていた。前の金ボタンはすべて外されていて、制服の中から鮮やかな緑色の葉が描かれたTシャツがのぞいていた。メアリー・ワーナーのイラストだった。メアリー・ワーナーの葉っぱのイラストの下には「Get Up, Stand Up! Don't Give Up the Fight!」の文字があった。

「ヤー・マン!」と満面の笑顔で男は言った。口元からのぞく歯はエクストラ・ウルトラ・スーパー・トニー・ジョー・ホワイトくらい白くてまぶしかった。ヤー・マン? なんだ、そりゃ? 吾輩が不思議そうに男を眺めていると、男は「ヤー・マン。サボろうぜ」と言って肩を組んできた。
「サボってなにするんだよ」
「逗子の森戸に太陽が海に沈む秘密の場所があるんだ。行こうぜ」
「太陽が海に沈む秘密の場所ならよく知ってるよ」
「そんなら話は速えや」
「ところで、さっき歌っていた歌は?」
「レゲだ」
「レゲ?」
「くわしいことは逗子の海で教えてやるさ。とにかくだ、Time Will Tellだけど俺たちにゃ、時間がねえ」

そして、吾輩と星を継ぐ者、跳ねるロゴスの男はその場でジャンプ・ダンピング・クイック・ターンで360度回転し、さらに180度向きをかえて学校に背を向け、駅に向かって踊るように走りはじめた。腹の底からエネルギーが溢れてくるような気分だった。それは跳ねるロゴスの男もおなじだったはずだ。吾輩はおぼえたての言葉を叫んでいた。

「Hoka Hey! Ya Ta Hey!」
「なんだって? なんて言ったんだ?」と跳ねるロゴスの男がたずねた。
「戦うにはいい日だ! 死ぬには手頃な日だ!」
「ヒャッホウ!」
「アヒェヒェ!」

われわれはゲラゲラと大声で笑いながらオーバー・ドーズ全開で疾走した。ジミ・ヘンドリックスより、ジム・モリソンより、ジェフ・ベックより、ジョン・レノンより、クリフォード・ブラウンより、ボブ・ヘイズより、カシアス・クレイより、カール・ゴッチより、ルー・テーズより、スプートニクより、アポロ13号より、アメリカより、ソ連より強く速く。何倍も何十倍も何千倍も何万倍も何百万倍も強く速く。登校中の高校生どもが驚きの表情を浮かべてわれわれのために道をあけた。吾輩と跳ねるロゴスの男との星を継ぐための日々のはじまりだった。

 I Shot the Sheriff - Bob Marley(Studio Recording)
 I Shot the Sheriff - Bob Marley (HD Live) *B. マーリィがやや飛んでいる。
 I Shot the Sheriff - Bob Marley (Live) *B. マーリィが完全にぶっ飛んでいる。
 I Shot the Sheriff - Eric Clapton (Live, 1977) *「苦悩の時代」から5年。疲れ果てた男は帰ってきた。

さて、ラスタマン・ヴァイヴレーションでバビロンまでひとっ飛びだ。エクソダスの日はちかいぞ! ナッティ・ドレッドの兄弟たちよ!「その日」に備えてがっつりバックバクに炎をつかんでおけ! 一度つかんだ炎は絶対に離すなよ。幸運、チャンスの女神の前髪といっしょなんだからな! アチッ! またくちびるをヤケドしちまったぜ。まったく齢はとりたくねえもんだ。ジョイントひとつまともにできやしねえ。もうちょい、きつく巻いてくれよ、兄弟。
 

by enzo_morinari | 2018-02-26 03:44 | 星を継ぐ者の系譜 | Trackback | Comments(0)

淡水魚の死

 

遠い土地でのたうちまわり、もがき苦しみ、格闘し、世界と人間を憎悪し、呪い、カミソリのように生きていた淡水魚が死んだのは2010年の秋の盛りだった。21歳。♀。

「おっちゃん、図書館で物思いに耽ってる村上春樹みたいらしいな」と淡水魚はSkypeでメッセージを送ってきた。それが淡水魚とのはじまりだった。2008年の春の終わりのことだ。

「なんだそりゃ?」
「とにかくな、うちは図書館で物思いに耽ってる村上春樹が好きなんや」
「吾輩は図書館なんぞには金輪際行かないし、物思いに耽ったりもしない。スパゲティ・バジリコくらい不誠実な食いものはないと思ってるしね」
「おっちゃん、頭いいな」
「まあね」
「好きや」
「ギャラは高くつくぜ」
「命で払う」
「吾輩とかかわると挽肉になっちまうかもしれないぜ」
「メンチカツは大好きや」

淡水魚はそう言ってゲラゲラとゲラダヒヒのように笑った。笑っていたがスーパーサイヤ人色に染めた髪の毛の前髪のあいだからのぞく眼にはひとかけらの笑いもなかった。それどころか、淡水魚の眼は-273.15で凍りついた若鮎のような悲しみで満たされていた。後にも先にもあれほど悲しい眼にはお目にかかったことがない。こちらの魂が凍りついてしまうような眼だった。

いまにして思えば、淡水魚は長いあいだ強烈に「救い」を求めていながら、この世界に「救い」などありはしないことを知りつくしていたのだと思う。

「とにかくだ。いつでも話し相手にはなってやる。そのかわり、真剣に笑い、真剣に泣き、真剣に怒り、真剣に悩み、真剣に悲しみ、真剣に苦しむことが条件だ。吾輩は上っ面、おべんちゃら、おためごかし、お愛想、きれいごとは算数とリトマス試験紙とデコスケと木っ端役人とおなじくらいきらいなもんでね」
「アイアイサー!」
「吾輩のメガネにかなういい子になれたら弟子にしてやってもいい。東京で一番うまいメンチカツだって好きなだけ喰わしてやる」
「ほんまか!?」
「本間雅晴や!」
「だれやそれ?」
「吾輩のひいじいさん」
「知るか!」

正確にそれから2年半後の2010年11月11日、淡水魚は御堂筋線の線路にダイヴしてみずからミンチになった。まったく。そう、まったくなんてこった。

淡水魚はよく「泥にまみれた少女の亡骸にそそぐ一滴の水になりたい」と言っていた。カミソリのように鋭利な言葉の礫と心、魂、性根に突き刺さる真言、本物とニセモノ、美しいものと醜いものを見抜く心眼を持っていた。淡水魚が死んで世界からは鋭利さと本物と美しいものがそれぞれ7パーセントほど失われた。 淡水魚が死んでから4ヶ月後に大地が激しく揺れ、洪水が世界を飲みこみ、放射性物質が世界を覆った。淡水魚の憤怒と憎悪のように思えた。

 

by enzo_morinari | 2018-02-18 05:14 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

砂漠では自分の名前すら思い出せない

 
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by enzo_morinari | 2018-02-16 04:56 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)