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横須賀発クリスマス急行

 
 
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帰ってくるあなたが最高のプレゼント(JR-TK)
ジングルベルを鳴らすのは帰ってくるあなたです(JR-TK)
どうしてもあなたに会いたい夜があります(JR-TK)
あなたが会いたい人も、きっとあなたに会いたい(JR-TK)
会えなかった時間を今夜取り戻したいのです(JR-TK)
何世紀になっても会おうね(JR-TK)


1988年のクリスマス・イブ、JR東京駅新幹線14番線ホーム。彼女はダッフルコートのフードをすっぽりとかぶり、小刻みに震えながら私を待っていた。彼女はすぐには私に気づかなかった。私は事前に伝えていた車両より1車両手前の車両に移り、彼女に気づかれないようにニット帽を目深にかぶりなおし、ジャケットの襟を立てて下を向き、新幹線から降りた。私を見つけられない彼女の顔はみるみる曇っていく。彼女の大きな瞳からは今にも涙がこぼれ落ちそうだ。人混みが途切れても私を見つけられない彼女の顔が紅潮していく。

私はホームの柱の陰からブレイクダンスしながらムーンウォークで彼女に近づいた。彼女の悲鳴と歓喜の声があがる。強がりながらも涙ぐむ彼女。

「バカ! バカ! バカ! でも、あなたが最高のクリスマス・プレゼントよ」

1990年のクリスマス・イブ。スマートホンはおろか、携帯電話さえ一般には普及していなかった頃。自宅の留守番電話に待ち合わせに遅れる旨の伝言が10回以上吹き込まれていた。彼女の声には焦燥感がにじんでいた。私は待ち合わせ時刻の5分前で帰るからだ。私はタクシーを飛ばして彼女の自宅のある芝公園近くのアパートに向かった。

彼女は帰宅していなかった。私は待ち合わせ場所を記したメモを絆創膏で彼女の部屋のドアに貼った。

「待たせたね。東京タワーの第2展望台で待ってるよ。今夜は東京タワーが僕らのクリスマス・ツリーだ。こんどは僕が待つ番だ」

1992年のクリスマス・イブ。彼女は最終の新幹線に乗ってやってきた。人影もまばらなホーム。二人並んで真っ白な息を吐き出しながら東京の夜更けを眺め、生き物のように光る新幹線の車両を見送り、バターピーナッツをわけあって食べ、山下達郎の『クリスマス・イブ』を一緒に歌った。

「さて、これからどうしましょう?」と彼女がたずねた。
「そうだね。とりあえずハグしよう」と私はこたえた。
「会えなかった時間が取り戻せるまで」
「今夜中に全部取り戻そう」

そして、私と彼女は時さえ忘れてハグをした。

201X年のクリスマス・イブ。最初で最後の朝と昼と夜をともに過ごした女を見送るために、私は横須賀線のひと気の失せたホームにいた。二人の間に言葉はなかった。

私と女の両方のスマートホンの着信を知らせる電子音がほぼ同時に鳴った。二人とも電話には出なかった。みつめあう私と女を引き裂くように横須賀発クリスマス急行のネイビーとクリームのツートンカラーの車体がホームに滑りこんできた。

「またいつか」と女が言った。
「またいつか」と私は答えた。

女が乗りこむと、横須賀発クリスマス急行は音もなく滑るように夜の闇の中へと走り去った。女と会うのは無論のこと、言葉をかわすことすらもうできない。時間はかくも残酷だ。
 
by enzo_morinari | 2017-12-01 00:00 | YOKOSUKA DREAMIN' | Trackback | Comments(0)