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フラクタル・ガール#1 ナボコ・ジュリア。17歳。フラクタル模様のタトゥーをいれる。

 
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わたしはナボコ・ジュリア。17歳。きのう、右腕にフラクタル模様のタトゥーをいれた。高速で針の束が肌に突き刺さるあの感じ。きっと虜になる。

パパはフランス人。大学で幾何学を教えてる。ずっとパリにいる。若い愛人といっしょに。その若い愛人はパパの大学の教え子でもあるんだけど、ものすごいブスだ。

こっそりパパの携帯電話を見たら待受画面は愛人の画像だった。NOKIAのちょっとシックな携帯電話を思わずぶん投げてやりたくなるくらいのブス。

パパは年に1度、わたしの顔を見に東京にやってくる。でも、わたしは意地悪してパパと会ってもまともに口をきいてあげない。

ママは日本人。活け花の先生をしている。ママもやっぱり若い恋人がいる。ダガートさんだ。ダガートさんはかなりの美形。ナイフの切っ先みたいなあごをしている。それがちょっとセクシーなのよね。内緒だけど、一度だけダガートさんとはエッチした。彼、ママに仕込まれて鞭や縄を使ったSMプレイにハマっちゃったって笑ってた。

「ジュリアちゃん。ぼくはね、縄文人なんだよ」
「なにそれ?」
「いつか教えてあげるよ、ジュリアちゃん」
「教えてくんなくていーし」
「ジュリアちゃんは半分ママの血を受け継いでるんだもん。じゅうぶんに素質あるんだけどもね」

ダガートさんはそう言って薄気味悪い笑い声をあげた。ママ、だいじょうぶ?

ときどき、自分のアイデンティティってなんだろうと考える。わたしのルーツをたどると三代遡っただけでクラクラしてくる。ユダヤ人、ポーランド人、スウェーデン人、イタリア人、ドイツ人、イギリス人、スペイン人、そして日本人。戦争のときはさぞや悩んだろうな。わたしの御先祖様たちは。どっちにつけばいいんだって。フィヨルドみたいに複雑に入り組んだ家系。考えたって答えなんか出ないことはわかってるから、深くは考えない。

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わたしは学校で毎日先生に叱られる。自分ではそんなつもりはちっともないのに叱られる。!マーク5個付で。20個付のときもある。きょうは7個ついてた。

「マドモワァゼル・マンデルブロ、しゃんとしなさい!!!!!!!」

叱られたときは飯田橋の外堀に身投げしちゃおうと思うくらいしょんぼりする。でも、死んじゃったらママが作ってくれるクレーム・ブリュレを食べられなくなるし、外堀の臭くて汚くて緑色した水を飲むのはいやだなと思って死ぬのはいまのところ我慢している。でも、わたしの本当の気持ちを言えば、こうだ。


み ん な 死 ね ば い い の に !


学校の近くにミイラ職人がいる。潮田さんだ。潮田さんは家から一歩も出ないのでヒキコモリの潮田さん、「ヒキ潮さん」と呼ばれている。

ヒキ潮さんはわたしたちのグループを「ジュリア集合」と名づけてくれた。意味不明。「ジュリアがいつも中心にいるから」と言ってるけど、本当の理由はもっと別なところにあるはずなんだ。まあ、とりあえずお礼に履き古しの靴下をあげといた。ヒキ潮さんはすごく喜んで、「ヴィンテージもののミイラの左の薬指」をくれた。ちょっとだけうれしくて、ちょっとだけ自由になれたような気がした。

わたしはときどき、無性になにかに縛られたくなる。おともだちは校則にいちゃもんをつけてばかりいるけど、ばっかみたい。「ばっかみたい」って言ったら、「ばっかみたい」って思うあんたがばっかみたいって言われた。「ばっかみたいって思うわたしがばっかみたいって言うあんたがばっかみたい」って思ったけど言うのはやめた。この御時世、校則に縛られるくらいどうってことないじゃんね。わたしはもっと別のものにうんと縛られたいのに。もっとがっつりした、きりきりひりひりしたものに。

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右手の甲を見る。中心にうっすらと痣がある。痣はテツにつけられたんだ。痣ができたときのことを思いだすとせつなくなっちゃう。せつなさをたどっていったら、いつのまにか柿の木坂交差点の陸橋の真下に立っていて、そこには笑顔満載のテツが…。不思議ね。

遠くで年老いた柴犬が「ライ麦風味のライムライトなラムネよこせよ!」と吠えていた秋の夕暮れ。わたしは富士見町界隈では知らぬ者のない縄師、テツと恋に落ちたの。

テツは榛色の瞳がとても素敵で、今週は54歳で、来週から56歳で、「齢の決算書」づくりと因数分解と三角関数と群論の「剰余代数」が得意で、システム手帳に両界曼荼羅ばかり描いていて、東急ハンズで調達した材料だけで東京のど真ん中に原子力発電所を建設しようとして松永安左エ門と広瀬隆に2プラトン喰らったのが自慢で、七並べとジン・ラミーと神経衰弱とマージャンがべらぼうに強くて、宇宙を支配する巨大な意志の力とおともだちで、ウィングチップ・シューズにさよならばかりしていて、神宮外苑の青山通りから12本目の銀杏の木の下のベンチで午睡するのが好きで、縄目のついた左腕がいつも腫れ上がっている。わたしはそんなテツが愛しくてしかたない。

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待ち合わせのとき、テツは白いカローラに乗って颯爽とやってくる。紀の善の抹茶ババロアと氷宇治とカスミ草を後部座席に山ほど積んで。


「待たせたね! ハニー!」


それがテツの決まり文句。ハニーって…。やめてよね。恥ずかしい。でも、ちょっとうれしい。うれし恥ずかしのお年頃なのよ、わたしは。テツは待ち合わせの時間を絶対に守らないので、わたしは言ってやるの。


「お・そ・す・ぐ・る!」


でも、わたしは怒ったふりをするだけ。テツのお腰にぶら下がっている赤い麻縄を見るとわたしはすぐにくにゃくにゃちゃんになっちゃう。これって業だわね。

わたしとテツの恋路を邪魔するのがビートニク・ガールだ。警友病院の通りの角にある「米米倶楽部」という米屋のお嫁さん。ミタカ米穀の一人娘だって。「あたしは嫁津波よ!」が口癖の変なひとなの。なにが嫁津波よ! 空気嫁って言ってやりたいわよ! でも、わたしは生まれついてのビビリ屋なので絶対にそんなことは言えない。
 
by enzo_morinari | 2014-06-28 16:26 | フラクタル・ガール | Trackback | Comments(0)

隠蔽される「世界の起源」と露出する世紀 ── アート・テロリストよ。オルセーを爆破せよ!

 
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そのころ、「世界の起源」はまだ京急700形電車の品川行き42輌編成の快速特急に揺られることで、かろうじて安定を保っているかにみえた。伊勢丹アスホールで行われる「ミレー、コロー、クールベ展/バルビゾン派の巨匠たち」を告知するステルス・ステンシル・ステッカーが京急700形電車のあちこちに貼られ、バンクシーはギンズバーグ・ケルアック・バロウズの揺りかごの中でビートニクな寝息を立てていた。

さらには、石礫を隠し持つサンダル履きのデヴィッドがチャタレー夫人のスパンキング・ラヴァーとしてゴリアテに戦いを挑んだのちの「猥せつ裁判」の証言台で「アカデミック・アート? それってうめえのか?」と雄叫びを上げ、その様子を別アングルから盗み見ていたジャン=オーギュスト=ドミニクはラ・グラン・オダリスクの豊満なふくら脛を愛撫しつつも奴隷解放運動にうつつを抜かすクンニヨーシ・ウタガーワの謀殺計画を玄人専用クロッキーに描いていた。

よもや、40年後に『世界の起源』の前で正真正銘の「世界の起源」を露出し、オルセー美術館を震撼慄然騒然とさせるパフォーマンス・テロリストが出現しようとはだれも想像できない牧歌的な時代だった。主犯であるところのバルビゾン学校の悪童、ギュスターヴ・クールベでさえ。

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パフォーマンス・テロリストの前に立ちはだかる取りすました道徳律と価値観の甲冑を外装した黒ずくめの学芸員も、ゆうべはパフォーマンス・テロリストよりもっとふしだらであられもない姿態をさらけだしていたことだろう。今夜はさらに過激に扇情的に痴情痴態に拍車がかかるはずだ。淫蕩と淫靡と淫逸と淫怠は権威を偽装する。

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いまや、世界は露出する世紀のただ中にある。あらゆる事態/事象/現象は露わとなる。Facebookで。Twitterで。SNSで。YouTubeで。ニコ動で。FC2動画で。ピンからキリまで。糞味噌いっしょくたに。賢者から愚者までもろともに。アノニマス/サインの別なく。センス/ノンセンス取り混ぜて。際限なく。途方なく。のべつ幕なしに。

リアリズムと赤裸なエロチシズムは取りすました道徳律と価値観を根こそぎ木っ端微塵にする。意識しようとしまいと、そして、望むと望まざるとにかかわらず、われわれは例外なく窃視者/視姦者であり、つねに共犯関係にある。


アート・テロリストどもよ。世界中のミュゼを爆破せよ!


Performance Terrorist Does Impromptu Reenactment of "L’Origine du monde/The Origin of the World" Yes, THAT Painting.
 
by enzo_morinari | 2014-06-21 15:19 | 露出する世紀 | Trackback | Comments(0)

「携帯電話税」をめぐるデクノボウ三世議員中山泰秀と悪辣官僚と腐れ電通の裏取引きと密約

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by enzo_morinari | 2014-06-20 15:40 | 沈黙ノート

「携帯電話税」をブチあげるデクノボウ三世議員中山泰秀の電通時代の悪業

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by enzo_morinari | 2014-06-19 18:18 | 沈黙ノート

パリの空の下のバラ色の人生 ── ラデュレのバールで「君の瞳に乾杯」したあとハシゴ酒する。

 
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ラデュレのバールで「君の瞳に乾杯」する。
遠い異国から客人が遥々やってきた。バツイチになったばかりだというその人物はインターネット黎明期に吾輩が出没していたあるチャット・ルームの常連で、当時は大学生だった。吾輩の幻惑衒学のエクリチュール・クワルテットによってコテンパンにされていたうちの一人である。

「酒は飲めるのかね?」
「はい」
「かなり飲めるのかね?」
「はい」
「ものすごく飲めるのかね?」
「はい」
「では、君の瞳に乾杯だ」

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安酒がやけにどてっ腹にしみる夜だった。
「だれにだって触れられたくない疵のひとつやふたつはある」と吾輩は言い、カルヴァドスの杯をあけた。そして、隣りにいる遠い異国から来た若者をみた。若者はうつむき、大粒の涙をぽたぽた床に落としている。

「なんの涙だね?」
「言いたくありません」
「言いたくなくても言うんだ」
「言わないとだめですか?」
「言わないとだめだ。それが掟である」
「なんの掟ですか!」
「吾輩と一緒にいるときの掟である」
「言います」
「いい子だ」
「うれし涙です」
「そうか。では、今夜は好きなだけ泣いてよろしい。いや、吾輩が泣かしてやる」

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本物の一流になることが一番大事なことなのだ。
「いいか? ここが肝心なところだからよく聴くんだぜ」と吾輩は言い、カルヴァドスをシルヴプレした。遠い異国から来た若者の眼にいつのまにか輝きが戻っている。

「今、すごく気分がいいだろう?」
「はい」
「なぜだと思う?」
「わかりません」
「考えろ」
「考えてもわかりません」
「わかるまで考えなさい」
「日が暮れてしまいます」
「もう夜だ」
「それじゃあ、夜が明けてしまいます」
「夜明けは遠い」
「うーん」
「もう逃げ場はない」
「もう死にたいです」
「仕方のない奴だ。では、教えてやろう」
「はい」
「本物の一流の場所で本物の一流と一緒にいるからだ」
「あ。なるほど」
「本物の一流になれ。いいな? 吾輩は本物の一流と本物の一流になる可能性のある者と本物の一流になろうと努力する者としかつきあわない」
「はい。でも、本物の一流になるためにはなにをすればいいんですか?」
「知りたいかね?」
「はい。もちろんです」
「どうしても知りたいかね?」
「どうしても知りたいです!」
「ロハで?」
「おカネは帰りの飛行機代しかありません」
「困ったな」
「わたしも困ってます」
「きみに困られては吾輩はもっと困る」

吾輩が言うと遠い異国から来た若者はくくくと笑った。

「本物の一流になるためにはだな ── いつも、常に、求めることだ」
「はあ? それだけですか?」
「無料の場合はこの程度である」
「飛行機代はあきらめます」
「ほんとか?」
「本当です!」
「本当の本当か?」
「本当の本当の本当です!」

遠い異国から来た若者の眼を覗きこむ。よし。腹をくくった眼だ。吾輩の眼に狂いはない。

「覚悟を決めたんだな?」
「決めました」
「どう決めたんだ?」
「飛行機代がないくらいで命を失うわけではありません」
「自分で答えをみつけたじゃないか」
「え?」
「つまりだな。いつ死んでもよし。臨終はこの瞬間、このたった今、現在のまっただ中にあるということだ」
「はあ…」
「つまりこういうことだ。アマゾンの奥地であろうとアフリカのサバンナのど真ん中であろうとマリアナ海溝の最深部であろうとアネイブル・コントロール中のV-22オスプレイの操縦席であろうとヨハネスブルグのポンテ・アパート42階の4242号室であろうとメイク・ラブの真最中であろうとめしもろくに喰えない貧乏どん底の困窮困憊の日々であろうと最愛の子、最愛のパートナー、最愛の親兄弟を失おうと、いつも、いかなるときにも、いかなる境遇にあろうとも、常に志をもって求めることだ」
「はあ…。でも、なにを求めたらいいんでしょうか?」
「ばかもの! それくらい自分でみつけやがれ!」

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世界の天井でハシゴ酒というのも乙なものだが、飲んだ酒は甲類である。
吾輩と遠い異国から来た若者は杯をかさね、ラデュレのバールのあと3軒ハシゴ酒した。

ベルモケで聴くジャッキー・テラソンの『Sous le ciel de Paris』は吾輩と遠い異国から来た若者の心にしみた。リヴェ・ドゥ・ラ・セーヌ・ア・パリを二人並んで歩き、ポン・デザールとポン・ヌフとポン・ロワイヤルを渡り、巨大な宝石、ポン・アレクサンドル・トワを1往復半して右岸に戻った。


アレクサンドル3世橋の女神たちにナンパされかかる。
4人の女神の前を通りすぎるたびに女神どもがウィンクしてきたが吾輩は華麗にスルーした。ピエール・グラネの女神だけが怒りの形相になり、闘いを挑んできたが、遠い異国から来た若者はその異変にまったく気づかない。暢気なものだ。ピエール・グラネの女神は吾輩がひと睨みするとすごすごと元の場所に戻っていった。


それにつけても、やはり人生はバラ色だ。
アレクサンドル3世橋を1往復半するあいだに吾輩は「本物の一流になれ」を3回言った。遠い異国から来た若者はそのたびに「はい」と言った。「3回目は自分に言ったのだ」と吾輩が言うと、遠い異国から来た若者がまた大声で泣いた。

「泣け泣け。もっと泣け。ここは世界の天井、パリだ。喜びも悲しみも一番最初に降りかかる」

それにしても、吾輩は本当によく人を泣かせる。天下御免の泣かせ屋一代。いまに始まったことではない。世界の天井でもなにひとつ変わらぬ。これもまた至誠一貫のひとつのかたちである。

遠い異国から遥々とやってきた若者よ。薄紅匂う荒野をこそ行け。なにはともあれ、人生はバラ色だ。

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La Vie En Rose - Edith Piaf
La Vie En Rose - Jacqueline François
La Vie En Rose - Sophie Milman
Sous le ciel de Paris - Edith Piaf
Sous le ciel de Paris - Yves Montand
Sous le ciel de Paris - Juliette Gréco
Sous le ciel de Paris - Larry Goldings & Harry Allen
 
by enzo_morinari | 2014-06-17 06:30 | 流儀と遊戯の王国 | Trackback | Comments(0)

みえない世界がみえる女とダマされる人々

 
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おスピちゃん、ヒール・ピープル、エネルギー・マン、パワー・マンと呼ぶ一群の者たちがいる。彼らは例外なく「ダマされる人々」である。彼らはことあるごとに、そして、あらゆる局面場面で「スピリチュアル」と言い、「ヒーリング」「癒し」と言い、「エネルギー」と言い、「パワー」と言う。彼らは一様に物事、事象、現象、事態に対して無批判/無自覚/非論理的/非実証的である。

ダマされる人々は大抵の場合、「目に見えるもの」を信用しない。「目に見えるもの」を卑下してでもいるかのようだ。彼らが重きを置き、価値を認めるのは「目に見えるものの奥にあるもの」である。

彼らはどのようにして「目に見えるものの奥にあるもの」にたどり着こうとしているのかと言えば、彼らが言うところの「直感」に頼ってである。そして、彼らをダマしている者が見るのは銀行の預金通帳だけだ。


逗子の海の小さな入江に面した古いレストランのテラス席で昼めしを食べているときのことだ。

みえない世界がみえるのよ。 ── とても良心的で誠実で手抜きのいっさいない「良妻のスープ」を食べ終え、アボカドとトマトとバジルのパンサラダに取りかかったとき、隣りのテーブルからヒステリックにうわずった女の声が聴こえてきた。フォークを静かに置き、気取られないように注意深く声のしたほうを見た。

声の主は40代半ばの女だった。テーブルにはその女のほかに5人の女たちがいた。年代はばらばら。高校を卒業して間もないと思われるような少女。どう贔屓目に見ても70歳を過ぎているような老婦人。髪を無造作にひっつめた30歳くらいの女。いかにも生活疲れしていることが見てとれる50代半ばの太り気味の女。貪欲なカマキリのような眼をした20代後半の女。

波の音が邪魔をして、ときどき、彼女たちの声をところどころ掻き消したが、それでも会話の内容は十分に理解できる。

ドリーン・バーチュ 、ゲリー・ボーネル、バシャール、ヒーリング、ヒーラー、オーラソーマ、ゲアリー・クレイグ、エモーショナル・フリーダム・テクニック、オリバー・バークマン、フランシーン・シャピロ、眼球運動による脱感作および再処理法、あなたは特別、あなただけに、アセンション、次元上昇、5次元の地球、ライトボディ、半霊化した肉体、弥勒の世、菜食、縄文に帰る、前世、過去生、プレアデス、シリウス、オリオン、ポールシフト、フォトンベルト、波動、聖地、パワースポット、瞑想、チャネリング、天之御中主神、天照大神、天使、精霊、女神、光と闇、波動、13の月、マヤ暦、クリスタル、チャクラ、イルミナティ、オーラ、UFO、結界、ソウルメイト、ソウルグループ、シャスタ山、和の舞、EFT、EMDR

これらの言葉が次から次へとみえない世界がみえる女の口から澱みなく出る。不意に、「みえない世界がみえる女はじきになにかを売りつけるぞ」と思った。

みえない世界がみえる女が彼女たちのリーダーであることはすぐにわかった。ほかの女たちは神の言葉を待つような表情で女に視線を集中させていたからだ。みえない世界がみえる女以外の者はひと言も口をきかなかった。

みえない世界がみえるのよ。あなたもでしょう?」

みえない世界がみえる女に同意を求められたのは線の細い、悲しげな眼をした少女だった。

「みえます。はっきりと」

少女は少し間を置いてから、よく通る声で答えた。少女の答えを皮切りに、結局、全員がみえない世界がみえる女になった。「ただの同調圧力じゃないか」と思ったが、彼女たちは真剣だった。

再びアボカドとトマトとバジルのパンサラダに取りかかった。アボカドとパンをフォークに一緒に刺して口に運ぼうとしたとき、リーダーとおぼしきみえない世界がみえる女が濃いブルーのエルメスのバーキンからコバルト・ブルーの箱を取り出し、テーブルの真ん中に置いた。私は、再びフォークをテーブルに置いた。

みえない世界がみえる女1号は神殿で行われる聖なる儀式にでも臨むような芝居がかかった表情と仕草で箱の蓋をあけ、中から淡いピンクのアルシュ・ペーパーの包みを取り出した。そして、ゆっくりと「御神体」でも扱うように注意深く包みを開いた。

中身は水晶のネックレスだった。それもきわめて質の悪い水晶。中国製であることが一目でわかるほどの粗悪品だ。水晶自体の真贋、優劣を判別するのは経験と見識と高度な鑑定眼を必要とするが、台座やチェンの加工、細工の善し悪し、高低についてはそれほど難しいものではない。みえない世界がみえる女1号のネックレスはあきらかに噴飯ものの粗悪劣悪品だ。

みえない世界がみえる女1号はもっともらしい講釈を始めた。やっぱり。予想していたとおりだ。

「これでさらに上の次元に行けるのよ」

みえない世界がみえる女1号は神のお告げのように言った。

「おいくら?」

口火を切ったのは老婦人だった。

「80万円ですよ。ちょっとお高いようだけど、由緒来歴がちがいますからね。そんじょそこらのクリスタルとは」

そんじょそこら? そのひと言でみえない世界がみえる女1号の素性のあらかたが透けて見えた。私こそがみえない世界がみえる者だ。

驚くべきことに、あるいは当然、女たちは我先にと水晶のネックレスを手にし、みえない世界がみえる女1号から手渡された「契約書」に書き込みはじめた。

彼女らに「中国製の粗悪な水晶」「霊感商法」「クーリングオフ」のことを言っても聞く耳を持たないだろう。もはや、手遅れだ。行くところまで行って、つまりは、堕ちるところまで堕ち、家族を失い、信頼を失い、地獄を見てくるがいい。地獄の釜の蓋の色や亡者どもの肌の色をじかに見てくるがいい。自分で選んだ道だ。だれを恨んだところで、すべては筋ちがいというものだ。

一番年下の線の細い、悲しげな眼をした少女は不安そうな眼でちらとこちらを見た。おスピちゃんだ。

おスピちゃんの日常を想像する。

おスピちゃんは石が大好きだ。折り紙付きの意志薄弱で、意志はこどもの頃から電気グルーヴの音楽みたいに激しく脱臼しつづけているが、石が好きなおスピちゃんはきょうも日がな一日、おイシちゃんたちとの仲良しごっこに余念がない。

おスピちゃんのまわりにはおスピちゃんとよく似た人々が群がってくる。彼らが交わす会話は「すごいですね」「いいですね」「素敵ですね」「かわいいですね」以外の言葉はよく聴き取れない。これに、「エネルギー」「スピリチュアル」「パワー」「宇宙」「精神」「波動」「光」「精霊」「天使」「妖精」「前世」「次元」「超越」という単語が混じる。おそらく、ほかにもなにか言っているのだろうが、どんなに耳をそばだてても聴き取ることはできない。きっと、おスピちゃんたちの世界は「すごいですね」「いいですね」「素敵ですね」「かわいいですね」「エネルギー」「スピリチュアル」「パワー」「宇宙」「精神」「波動」「光」「精霊」「天使」「妖精」「前世」「次元」「超越」でできあがっているんだろう。素晴らしいことだ。ヨハネスブルク・キッズもコッチェビ・ボーイもチェルノブイリ・ベイビーもフクシマ・チルドレンもこれで前途洋々である。未来にはなんの心配もいらないし、ひとかけらの不安もない。

おスピちゃんはこの春から「スピリチュアル・ダイバー1級」の資格をえるためにスピリチュアル・ダイビングスクールに通いはじめた。北鎌倉の建長寺前にあるスピリチュアル・ダイビングスクールはおスピちゃんとおなじような精神構造、顔つきをした人々でたいへんな賑わいをみせている。スピリチュアル・ダイビングスクールの校長であり、創設者は「ミイラとりがミイラ殺人事件」で一躍スピリチュアル世界に勇名を轟かせたライフ・スペースの残党である。馨しき嘘臭さぷんぷんの校長、シマヅ・コーイチの口ぐせは「自分を乗り越えろ」だ。

スピリチュアル・ダイビングスクールの生徒は自己啓発セミナーを同時受講しているか、過去に受講経験を持つ者が大半である。素晴らしい。まことに素晴らしいかぎりである。よほど自分の中にダイビングするのが好きなんだろう。だが、一様に彼らには「自己」がない。付和雷同型である。危うい。世界にごまんといる頬笑みを湛えたしたたかなならず者にかかったらイチコロのはずだ。

授業開始を知らせるジョージ・ウィンストンの『Fragrant Fields』が構内に流れ、生徒たちが入学時に100万円で買った校章入りのラピスラズリのネックレスが揺れるジャラジャラという音が響きわたった。「頑張らなくちゃ。なにに頑張るのかはわからないけど、とにかく頑張らなくちゃ」とおスピちゃんは強く思った。

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おスピちゃんの愛読書は、「ナカミチDRAGON記念第42回しぶとい女世界選手権」の覇者、ジョーン・ドゥドーン・マクレーン著『Out on a Limb of Rim of World of Spiritual/The Trouble With Hurry(邦題:精神世界の外縁の端っこの先っぽ/急ぎ仕事と付け刃の災難)』だ。

『Out on a Limb of Rim of World of Spiritual/The Trouble With Hurry』にはいかなることが書いてあるかというとさっぱりである。すっからかんである。Out of Ganchuそのものである。にもかかわらず、おスピちゃんは『Out on a Limb of Rim of World of Spiritual/The Trouble With Hurry』をいつもビューティフルで潜在意識だらけでライトボディでミニマリズムかつニューエイジかつシフトなトートバッグの中に入れて持ち歩いている。そして、おスピちゃんはなにかというと『Out on a Limb of Rim of World of Spiritual/The Trouble With Hurry』をドヤ顔で取り出し、読む。ときに引用する。

おスピちゃんの言うことを聴いている者たちの表情は一様にうっとり恍惚としてはいるが、実際には彼らはおスピちゃんがなにを言っているのか、なにを言いたいのかまるっきり理解できていない。当然だ。おスピちゃんの言うことには内容、中身がないからだ。内容、中身がないのに「語られていること」を理解することなどだれにもできない。たとえそれが虹のコヨーテや呪われたアルマジロやGRIP GLITZや海を殺した女やメニエール・ダンサーのガジンであってもだ。

かつてジョーン・ドゥドーン・マクレーンは『尾行好きでアレがでかくてビューティフルな弟を持つことについて』と題した一文を雑誌『ニューエイジャー』に寄稿したことがある。それは世界中のスピリチュアリスト、スピリチュアル系、スピ者、好き者、インド屋、あっち系、こっち系、そっち系、どっち系、どっちら系、とっ散らかし系、彼岸系、平行宇宙系、5次元世界系、女神系、お天使ちゃん系、不思議ちゃん系、パワースポット系、波動信奉系、プレアデスシリウスオリオン系、フォトンベルト系、弥勒ちゃん系、パストラル系、ヴィジョンがみえるちゃん系、瞑想系、チャネリング系、ヒーリング系、木花之佐久夜毘売系、大好きな石はクリスタル系、チャクラ系、イルミナティ系、エジプト系、オーラ系、UFO系、光と闇系、タロッター系、13の月系、マヤ暦系、結界系、ソウルメイト系、シャスタ山系、和の舞い系、聖なる性系、アセンション系、光の身体者、千年紀待望者、ウィンダムヒル・マニア、ニューエイジ・ピープルの信奉を集めるガネガネ・ウソッパチマヤカシインチキ・セドナ・ストーン・コレクター、『ニュートン』の熱心熱烈な読者、「真理獲得のためには危険を冒してでも危険な枝の先っぽまで登らなければならない」が口ぐせの者たちを魅了し、虜にした。ふざけた話である。なぜなら、『尾行好きでアレがでかくてビューティフルな弟を持つことについて』はディック・トレイシー・ハイド・ウォーレン・ベイティとの近親相姦について文法上の誤謬と誤記とゴカイとイソメまみれの駄文に過ぎなかったからだ。

その愚劣愚鈍さは勘ちがい気取り屋湘南バカ夫人クラスである。ジョーン・ドゥドーン・マクレーンの当てずっぽう当て推量な「預言」どおり、メルセデス・ベンツのフロント・グリル外縁が神宮外苑銀杏並木の青山通りから12本目の銀杏の樹の下に埋められているとしても、看過できない悪辣さを『尾行好きでアレがでかくてビューティフルな弟を持つことについて』は孕んでいる。

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メルセデス・ベンツはフロント・グリルの新型スリーポインテッド・スター・イルミネーション方式に対する不法行為を理由にジョーン・ドゥドーン・マクレーンに対して損害賠償請求の訴えを起こさなければ長年のメルセデス・ユーザーとして納得できない。この夏にはベントレーのコンチネンタルSPEED GTに乗り換えるのでどうでもいいことにできなくはないが。


そんな胡乱な状況にもかかわらず、おスピちゃんは能天気極楽とんぼ丸出しできょうも『Out on a Limb of Rim of World of Spiritual/The Trouble With Hurry』に夢中、鼻高々である。『Out on a Limb of Rim of World of Spiritual/The Trouble With Hurry』の書き出しはこうだ。

Life is Life.

まいりました。<(_ _)> m(-_-)m orz〜

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by enzo_morinari | 2014-06-16 11:35 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(2)

記号の都市から記憶の森へ 記憶番号000・死んで四大に還ること

 
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死んで四大に還って集合的な存在に一旦融解するとすれば、輪廻転生を繰り返す場所もこの世のここでなければならぬという法はなかった。MSM19701125


記号の都市を出奔する。また会うこともない青い山が遠ざかり、後ろ姿が時雨れゆくのにもかまわず、蜩がうるさいほどに鳴きしきる記憶の森に分け入って半日ばかりもさまよい歩くと鏡のように凪いだ海に出る。

Mare Fecunditatis. 豊饒の海。時間の彼方に朧々と揺曳するものと空間の彼方に燦然と存在するものの翳のいくつかが、時折まばゆい光跡を曳航しながら気高く赫奕とした閃光を放つ。その光は栄光がときに苦いものであることの証明であり、命をつらぬく矢でもある。

激烈な憤怒の果てに生/死と清/濁と聖/俗と善/悪と美/醜をもろともに喰らう気分で豊饒の海の入江のひとつに足を滑りこませる。しばし、豊饒の海のぬるい水塊を身体の隅々にいきわたらせてから泳ぎはじめる。どこまで/いつまで泳ぐのかは判然としない。

豊饒の海を泳ぎきったと見切りをつけて視線を上げる。目がつぶれるほどの群青あるいは紺碧をたたえた空が広がっている。

海はと言えば、ひとしずくの墨を垂らしたような幽けき波紋が際限もなく生起消滅している。

ここは豊饒の海ではない。豊饒の海とはちがう。セイレーンがやむことなく子守唄を歌う沈黙の海か? それともちがう。

記憶もなければなにもないところに来てしまったのは確かだが、記憶もなければなにもないところに来てしまったと思う先には、四大が渾然として寂静を醸す、元いた記憶の森の入口が大きな闇口をあけていた。

あすの朝には忘却の湖へ足をのばすことになる。しばしの休息をとらなければならない。


記憶の森の蜩どもの声の雨
 
by enzo_morinari | 2014-06-14 16:36 | 記号の都市から記憶の森へ | Trackback | Comments(0)

ハートライト/遠い国から来たポー

 
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心の中にあるハートライトをともそう。こどもの頃にみた夢の途中で。
もう少し眠らせて。自転車でお月様を横切っているところなんだから。
N-D-E.T.-E


ちいさなともだちができた。
手のひらに乗るほどちいさい。

ちいさなともだちはすぐに傷つく。
だから僕がちいさなともだちを守る。
たとえ、世界中が敵になってもだ。

ちいさなともだちの名はポー。
遠い妖精の国からやってきた。


Heartlight - Neil Diamond (*Inspired by the "E.T.")


"Heartlight" Written & Lyrics by Neil Diamond/Carole Bayer Sager/Burt Bacharach

Come back again
I want you to stay next time
'Cause sometimes the world ain't kind
When people get lost like you and me

I just made a friend
A friend is someone you need
But now that he had to go away
I still feel the words that he might say

Turn on your heartlight
Let it shine wherever you go
Let it make a happy glow
For all the world to see
Turn on your heartlight
In the middle of a young boy's dream
Don't wake me up too soon
Gonna take a ride across the moon
You and me

He's lookin' for home
'Cause everyone needs a place
And home's the most excellent place of all
And I'll be right here if you should call me

Turn on your heartlight
Let it shine wherever you go
Let it make a happy glow
For all the world to see
Turn on your heartlight
In the middle of a young boy's dream
Don't wake me up too soon
Gonna take a ride across the moon
You and me

And home's the most excellent place of all
And I'll be right here if you should call me
Turn on your heartlight
Let it shine wherever you go
Let it make a happy glow
For all the world to see
Turn on your heartlight
In the middle of a young boy's dream
Don't wake me up too soon
Gonna take a ride across the moon
You and me
Turn on your heartlight now
Turn on your heartlight now

 
by enzo_morinari | 2014-06-11 04:49 | 遠い国から来たポー | Trackback | Comments(0)

ターミーが夜空を見上げて星に願いを託すとき

 
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ターミーが夜空を見上げて星に願いを託すとき、世界中のティーンエイジャーが彼女に恋をした。正確には、頭の先から爪先まで性欲と精液をはち切れんばかりに漲らせた野郎どもが彼女に夢中だった。それは彼女が歯列矯正中でも変わらなかった。かつて/世界のどこかしらでそのような時代があったということだ。このことについては何者もとやかくのことを言うべきではない。

ただし、彼女の向かうところ敵なしの時代は長くはつづかなかった。当然だ。それでいい。失われるものの中でだけ夢は夢みられるものと相場は決まっている。夢みる者が独身男だろうと凄腕の外科医だろうと取り澄ました本フェチだろうと気取ったライフスタイル自慢だろうとおなじである。

そんな「彼女」たちのうちの一人、サンドラ・ディーは数年の絶頂期ののち、絶頂期から10年も経たぬうちにきれいさっぱり忘れ去られ、アルコールとセックスに溺れ、不遇と困窮のうちに世を去った。しかし、だれもサンドラ・ディーを嗤うことはできない。帰らぬ青春を惜しむよすがとして、目にするもの耳にするもの指先に触れるもの、なにもかもが美しくかなしくあてどなく儚げに輝いていた世界/時代/季節の墓標として追悼しつづけるべきだ。そのほうが訳知ったような能書き/御託を並べたてるポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウより数段上等である。


Tammy/Written & Lyrics by Jay Livingston/Ray Evans
Debbie Reynolds [1957]
Sandra Dee [1963]
Brenda Lee [1964]

I hear the cottonwoods whisperin' above,
"Tammy ... Tammy ... Tammy's in love"
The ole hooty-owl hooty-hoos to the dove,
"Tammy ... Tammy ... Tammy's in love".

Does my lover feel what I feel, when he comes near?
My heart beats so joyfully, You'd think that he could hear.

Wish I knew if he knew what I'm dreamin' of
Tammy ... Tammy ... Tammy's in love.

Whippoorwill, whippoorwill, you and I know
Tammy ... Tammy ... can't let him go
The breeze from the bayou keeps murmuring low:
"Tammy ... Tammy ... you love him so".

When the night is warm, Soft and warm,
I long for his charms I'd sing like a violin If I were in his arms.

Wish I knew if he knew what I'm dreaming of
Tammy ... Tammy ... Tammy's in love.

 
by enzo_morinari | 2014-06-10 19:04 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

GRIP GLITZ#9 周到な準備が勝利を招く1

 
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男は殺しの前に"Amat Victoria Curam"とつぶやく。

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1957年型のフェラーリ 250 GT LWB Berlinetta Tour De Franceが静かに停まった。美しい曲面を描くドアが開き、無駄も一分の隙もない動きで左脚が出てくる。

男が履いている靴はガジアーノ&ガーリングの黒のミッチェルTG73だ。いや、黒ではない。わずかにブルーが混じっている。ミッドナイト・ブルー。6月の梅雨の合間の青空が映り込むくらいによく磨き上げられている。足はギリシャ先広タイプ。サイズ290/ワイズEほど。フレンチ・サイズなら44といったところだ。

「1mmも動くな。動いた途端に頭が吹っ飛ぶからな」

全身が音を立てて固まる。

「いい子だ。Amat Victoria Curam. 周到な準備が勝利を招く」

周到な準備が勝利を招く。男の言うとおりだ。

「おまえのスーツの着こなしはまるでなってない。それが目下のところの一番の懸案事項だ」

言い終えると同時に男は素早い動きで車から降りた。残酷な夏の始まりを告げる男、GRIP GLITZの登場だった。

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by enzo_morinari | 2014-06-05 19:38 | GRIP GLITZ | Trackback | Comments(0)