<   2014年 03月 ( 10 )   > この月の画像一覧

根岸線とジョニ黒と『善悪の彼岸』

 
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昔々、横浜で。


根岸線。そう口に出すだけで甘酸っぱくなつかしい気分になる。桜木町止まりだった京浜東北線が磯子まで延長になったときは開通式典に物見遊山で出かけたものだ。まだ洟垂れ小僧の私には生まれてはじめての一大イベントだった。磯子の駅前が大きな舞台のように見えた。横浜市消防局の音楽隊が景気のいい音楽をジャカスカ鳴らしていた。色とりどりの風船が舞い踊っていた。どいつもこいつも幸せそうだった。

宙を舞う風船を追いかける私。
宙を舞う風船を追いかける私を追いかける母親。
それをクールにみつめる生物学上の父親を名乗る男。

生物学上の父親を名乗る男はろくでなし放蕩三昧の穀潰しで、おまけにまったくもっていけすかない奴だったが、そのクールさに免じてゆるしてやろう。

洟垂れ小僧の私と、まだ若く美しく健康そのものの母親と、いつも眉間にしわを寄せていたろくでなしの生物学上の父親を名乗る男。母親との数少ないが宝石のごとき輝きを放つ思い出と、体中が緊張し、身構えてしまうような、生物学上の父親を名乗る男とのいやな思い出のふたつが交錯する日々がよみがえる。

生物学上の父親を名乗る男のつまらぬ夢のおかげで、私の母親は夢をあきらめ、輝きを失い、本来の寿命より30年もはやく逝った。私もずいぶんといやな思いをしたが、もうそろそろゆるしてやろう。すべては終わったことである。すべては夢のまた夢になろうとしているのだ。

夢はときとしてだれかを傷つける。そのことを教わったと思えばいい。背中しか見えなかったのは、私に背を向けていたからではなく、私とおなじ方向を見ていたからだと思えばいい。

生物学上の父親を名乗る男死して、9年。墓参はもちろんのこと、葬儀にすら背を向けてきた。もういい。もう手仕舞いの頃合いだ。潮目潮時である。死者を鞭打つのは姑息臆病な下衆外道のやることである。

この春、陽気のいい日。虹子と一番弟子のポルコロッソといっしょに生物学上の父親を名乗りつづけた男、わが親父殿の墓参りにいこう。わが親父殿が愛飲したジョニ黒を持って。わが親父殿が愛読した『善悪の彼岸』を携えて。なつかしい根岸線に乗って。

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大連慕情 - 松任谷由実
 
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by enzo_morinari | 2014-03-30 06:09 | 昔々、横浜で。 | Trackback | Comments(3)

大田中/序 世界に遍在する田中

 
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【なりふりかまわず、田中はユビキタスる!】
このごろ、「また田中か」と思うことばかりだ。田中にまつわる問題についてはいくつかの局面、フェーズとでもいうべきものがあって、「また田中か」のほかに、

「また田中化か」
「ついに本田中か」
「とうとう本田中復活か」
「分田中は本田中を超えるか?」
「金田中と新喜楽が吉兆の凋落を尻目に大同団結へ!」
「田中問題と日中問題は同根か?」
「やっぱり山田の中の一本足の田中なのか!」
「ヤスオはなんとなく田中なのか? なにがなんでもダムなのか? たまらなく文芸新人賞だけなのか?」
「どうせヤマダ電器の勝ちだろう。(敷衍)」
「なぜタナカ電器がないんだ?!」

等々が田中ラボラトリーズ(東京都豊島区目白・田中邸内ヨッシャ部屋所在)に報告されている。とにかくも、現在、わたくしは相模湾の茫洋たる凪いだ海を眺めつつも、田中一色なわけだ。そもそも、田中化問題が世界に現前化したのは長年にわたる田中と中田と本田の三つ巴の確執が山田アンソニーの「プロ陰謀」によって Yutube に晒されたことに端を発する。

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【恥ずかしげもなく、田中はふりむく!】
田中化問題が世界に現前化したのは長年にわたる田中と中田と本田の三つ巴の確執が山田アンソニーの「プロ陰謀」によって Yutube に晒されたことに端を発するのは周知の事実であるが、その前に、全然前に、田中の厚顔無恥、突拍子なさ、あからさまぶり、アイスモーフィー若しくはオーヤンフェーフェーな件について言及しなければなるまい。さらには、宇宙森羅万象あらゆることどもに「田中」とついたとたんに笑いが込み上げる(または当惑、または苛立ち)という田中効果についてはさらなる考察を重ねる必要があると思われる。

あれは去年の「幻の虚数魚i = Poisson d'Avril週間」最終日のことであった。わたくしは手に入れたばかりのロールスロイス・スーパーファントムを大衆どもに見せびらかそうと思って青山通りをスカしてドライブドライブとしゃれこんだのである。道ゆく大衆どもはどいつもこいつも脳天気なお気楽極楽ぶりで、(◔ิд◔ิ)ฺ ←こんな顔でわたくしのドライブドライブするアドリアン・ニューウィー・ブルーのロールスロイス・スーパーファントムを見つめ、見つめそこなった者はふりかえったのである。175人目の大衆を追い越そうとしたとき、わたくしは思わず、「またか」と呟いた。その途端、大衆175号がふりかえった。タナカ・ヨシタケだった。

「また田中か! 」

タナカ・ヨシタケの手に空虚で巨大な塩キャラメルが握られているのをわたくしは見逃さなかった。

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タナカ・ヨシタケはお門ちがいな田中勘ちがいをしたのであった。「またか」を「田中」と聴きまちがえたいとまもあらばこそ、計算ずくの純朴牧歌野郎であるタナカ・ヨシタケは吐き捨てた。

「なんだよ。俺が田中だが。呼び捨てされるような覚えはないぜ」

わたくしは猛烈な怒りに身も太る思いだったが、わたくしの怒りは計算ずく純朴牧歌野郎には届くはずもなかった。

「やい! 田中! おまえ、世の中がおまえのような田中ばかりと思うなよな。新宿2丁目のポパイでデブ専ゲイを両脇にはべらせながら酔いどれている証拠写真はいまも手元にあるんだぞ。俺田中の手元に!」

塩飴田中は田中貴金属の営業車、薄緑色のパセリに乗って去っていった。

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【世界に冠たる東京都世田谷区代田在住の代打田中(大田中学出身)はKYだ!】
タリーズ麻布十番店の横に「KY 横田靴店」という靴屋があるわけです。「KY」は「クツのヨコタ」の省略形というあまりにも田中な発想にはアンナ・ミラーズの制服に着替えたくなってしまう情熱が沸々と沸き上がってくるのをどうしようもないわたくしなんですが、それはとりあえずエポケーし、わたくしの情報網を駆使して精査したところ、ここが空気嫁の実家らしい。これもまた「田中か」現象です。困ったものであります。
さらに困ったちゃんなのはヘタクソなくせにギターはマーティンD28の1968年モデルで、歌もヘタ、愛人はコヅカ・ヨシコ(旧姓田中)、酔いどれるとわたくしに深夜プラス1電話のディネの男がヤラセ感たっぷりに『四葉のターナーカー』を歌いやがることです。近々、エストリル・ガールとの倫ならぬ逢い引きのあとに彼奴の自宅にカチコム計画を立てました。(カチコム計画の詳細はカチコム.com にて公開中です)これもやっぱり、「田中か」のひとつの立ち現れです。

さて、街も闇に沈みました。これから疲れ果てているわたくしを慮ることなどいっさいしない東京都世田谷区代田在住の代打田中と三島市本町に繰り出して、東京都世田谷区代田在住の代打田中のおごりで「割烹 田中家」でさんざっぱら飲んだくれた挙げ句に田中の遍在ぶりを定点観測してきます。タナカないでください。お願いいたします。

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*「世界の田中化問題」については筆者の有する情報はあまりに少なく、諸兄には物足りなさを味わわせることもあろうが、そこはそれ、諸君のあまりにもな、そして、いきなりの辻斬り精神をもって寛恕願いたい。また、田中情報と併せて、中田情報、本田情報、山田アンソニー情報、山田プロ陰謀情報(「田中を見た!」「田中がまた賄賂(もら)った!」「田中が太田を殴った!」「中田が蹴った!」「ヒデとやった!」「中田を喰った!」「本田に乗った!」「美奈子が好きだ!」「山田がベスト電器にいた!」「山田プロがアルバトロス!」「山田ババアに花束を贈った!」「田中がマキコと密会していた!」等々)の提供を切に乞うものである。
 
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by enzo_morinari | 2014-03-29 10:56 | 大田中 | Trackback | Comments(0)

ペーパーバック・トラベラー#3 ようこそ、渚ホテルへ

 
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1990年の夏の終り。134号線のロング・ドライブに疲れてうとうとしかけたとき、遠くでぱちんと音がした。進行方向左手に2階建ての白い洋館が現れた。渚ホテルだった。

私はそうすることがあらかじめ決められていたように車を停めた。海に向いたテラス席に座り、よく冷えたビールをグラスに1杯飲み、軽めの食事をし、海を眺め、潮風の匂いをかぎ、陽の光のただ中にしばし身を置くだけのつもりだった。

ビールを飲み、サーモンの冷製と仔牛のカツレツを食べ、きらめく海面から不機嫌そうに立つ浪子不動を眺めながら潮風の匂いをかいだ。普段なら1杯のビールごときで酩酊するはずはないが、そのときは長時間の運転と旅先で起ったガール・フレンドとの致命的な諍いと訣別によって疲れ果てていたのだと思う。たった1杯のビールは体のすみずみにまでいきわたり、私は酔った。

いずれ、秋口までの仕事はすべて片づけてあるのだし、夏のあいだはいくらでも自由な時間がとれる。第一、東京に帰ったところでガール・フレンドはすでに消滅しているのだ。私は宿泊を決め、手はじめに白ワインと生牡蠣を注文することにした。ウェイターを手招きすると彼はとても気持ちのよい笑顔を見せながらやってきた。

ぴんと伸びた背筋。染みひとつない白いシャツ。趣味のいい靴は完璧に磨き上げられている。「シャブリと生牡蠣を」と私は言った。途端にウェイターの顔が曇った。そして、ぴしゃりと言った。

「1926年の創業以来、そのような酒は渚ホテルではご用意しておりません」
「それでは辛口の白を。グラスはきれいに霜のついたものを」
「かしこまりました」

遠ざかるウェイターの背中に冷ややかな軽蔑と悪意を感じて少し後悔したが、陽の光はどこまでも澄んで、ワインはシャブリほどの切れ味はないにしても良心的だった。

夏の終りとしては上々の午後だった。夏の名残りを惜しむにはうってつけのようにも思われた。

チェック・インするために建物の中に足を踏み入れたときから「ようこそ、渚ホテルへ」という声が聞こえた。声のしたほうを見ても誰もいない。「ようこそ、渚ホテルへ」という声は私の滞在中ずっと聞こえつづけた。

3日目の朝、食堂でバタ付きパンと温かいグリーンアスパラのサラダとエッグ・ベネディクトを食べていると、顔の右側に大きな痣のある女が向かいの席の男に小声で囁いているのが聞こえた。

「所詮、みんなここの囚人なのよ。自分の意思で囚われたとはいえね」

太り肉の男が答える。

「本当は元いた場所に戻る道筋を探さなけりゃならないのにな。多分、受け入れるのが運命なんだ。好きなときにチェック・アウトはできるけど、決して立ち去ることはできない」

私は心底恐ろしくなって、食事を途中でやめて自室に戻り、手早く荷物をまとめてからフロントに向かった。

「チェック・アウトを」

私はコンシェルジュに向かって吐き出すように言った。ダンヒルのフレグランスの燻したコケモモのような匂いのする年配のコンシェルジュは表情ひとつかえず、私の眼をじっと覗きこみながら答えた。

「料金はけっこうです。当渚ホテルは1989年の冬に閉館しております」


Eagles - Hotel California

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by enzo_morinari | 2014-03-25 09:49 | Paperback Traveler | Trackback | Comments(2)

愚将愚宰の安倍晋三と世界の果てのマエストーソな高校生

 
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世界にはたわ言をほざきまくる原発マネーと木っ端役人の操り糸で雁字搦めの安倍晋三のようなポンコツスカタンがいるかと思えば、地球の反対側ベネズエラの世界の果てのコンサート会場では名もなき若者たちが宝石のごとき無垢で極上の演奏を繰り広げていた。

名もなき若者たち、マエストーソな高校生たちはベネズエラ・テレサ・カレーニョ青少年交響楽団員。元ストリート・ギャング、元麻薬の売人、元不良少年、元非行少年、孤児等々が主要メンバーである。
「音楽による社会運動」の名の下、スズキ・メソードに基づくエル・システマ(El Sistema)と呼ばれる音楽教育プログラムによって音楽、楽器演奏等の教育を受けた青少年たちのオーケストラだ。

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ベネズエラ・テレサ・カレーニョ青少年交響楽団
Teresa Carreño Youth Symphony Orchestra of Venezuela
ラフマニノフ『交響曲第2番 第3楽章 アダージョ』
グスターボ・ドゥダメル指揮 ショスタコーヴィチ『交響曲第10番 第2楽章』
アルトゥーロ・マルケス『Danzón No. 2 (ダンソン 2番)』

 
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by enzo_morinari | 2014-03-24 11:29 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

ぼくの不思議なマーラくん#1

 
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ぼくの不思議なマーラくんがぼくの家にやってきたのはおおきな地震で世界が揺れて真っぷたつに裂け、おおきな真っ黒い重金属の塊りのような津波が街を根こそぎにし、プルトン城の3つの尖塔が大爆発して世界中にラジオの精液を撒き散らした翌朝だ。

ぼくの不思議なマーラくんはぼくの部屋に入ってくるなり、「腹へった。なんか喰わせて。パンの耳でもロバの耳でもサムラゴーチの耳でも王様の耳でもいいからなんか喰わせて。ついでにエヴィアン汲んできて」と言った途端にポーちゃんのまねをして大鼾をかいて眠ってしまった。台湾式仮設住宅に住むお隣さんのオーヤンフェーフェーは大音響を轟かせながらアイフモーフェーを飲んでいた。

ぼくの不思議なマーラくんの耳元で蝸牛と鐙骨と砧骨と槌骨と三半規管にまで届けとばかりに100万dbちょうどで怒鳴っても、ぼくの不思議なマーラくんはうんともすんとも名誉毀損で訴えるとも笑っていいともとも言わず、かわりに平然として寝言で「耳がきこえる」とだけハンド・サインを送ってよこした。

ぼくの不思議なマーラくんがぼくの家にやってきてからもう3年になる。ぼくはぼくの不思議なマーラくんのおかげで『大地の歌』がとてもじょうずに歌えるようになった。音楽のタツゾー先生に褒められまくりだ。巨人の友だちが9人できたし、『千人斬りの交響曲』をたかっしーにただで作曲させたし、頭を思いきり壁に100万回打ちつけてもラ音の耳鳴りはしなくなった。

もう、ぼくの人生の日々には杖も補聴器も包帯もいらない。もう頬杖はつかない。リタリンもケタミンもパキシルもアモキサンもコンサータもデパスもいらない。でも、ハッパはちょっと欲しいな。フラワートップスとスカンクは大ゴキゲンだ。アカプルコ・ゴールドなら言うことなしだけど、Flower Travellin' Bandはふざけた楽隊だ。ふざけすぎて、ジョー山中は死んじゃったんだ。内田裕也が死ねばいいのに。内田裕也は全然ロックしてないからな。ロックはしてないけど、いい年齢こいて勃起はしてそうだな。どっちにしたところで、内田裕也はマイケル・マクドナルドとおなじくらいブルシットであることにかわりない。

そんなわけで、ハッパはすごくいい。バッハはもっといい。世界がありつづけるかぎりいい。だから、ダイヤモンドは傷つかない。著作権もいらない。損害賠償請求なんか知ったことか! 借金は踏み倒す。髪の毛は元美容師の女詐欺師に剪ってもらう。

お涙だって、もういらない。お涙ちょうだいなんて口が裂けても耳が聞こえなくなっても目が見えなくなっても口がきけなくなっても車椅子のお世話になるような事態がやってきても言わない。

涙くん、さよならさよなら。永遠にさようなら。また会うことなんか絶対ない。泣きながら食べるパンなんか味も素っ気もない。涙とともに食べるパンで手に入れられるものは東京電力の電気料金請求はがきかサムラゴーチの耳垢くらいのものだ。

少年の魔法の角笛を手に入れて、世界中にいるお腹を空かせてさまよい歩くこどもたちをアルゴーの酔いどれ船に乗せれば、ぼくの物語がいよいよ始まる。問題はぼくの不思議なマーラくんがいつまで経っても目をさましてくれないことだ。だが、それでいい。なにごともアダージョ・アダージョだ。急ぐ必要はこれっぽっちもない。迷ったらダ・カーポと噂の真相を読めばいい。(岡留のやつめ。いったいいつになったらゴールデン街深夜プラスワンのツケを払うんだろう?)


Gustav Mahler: Adagietto for Cello & Piano - Symphony No.5 - 4th mvt. by fav.Classiqua (Sakuraphon)
 
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by enzo_morinari | 2014-03-23 11:48 | ぼくの不思議なマーラくん | Trackback | Comments(0)

アーキオプテクスの樹の上で震えながら途方に暮れている仔猫ちゃんへ

 
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ミントジュレップを一杯引っかけたあとにこそふさわしい話

ミントのできが悪かったからじゃない。寝不足が原因でもないし、門限を破ったからでもない。風邪気味だったのはいくぶんか影響しているかもしれない。でも、本当の理由はほかにある。そうとも。きみは木登りに夢中になりすぎたんだ。

たぶん、きみはいざとなれば誰かが梯子をかけて助けにきてくれると思っていたんだろうけど、誰も助けてくれやしないよ。もちろん、白馬に乗った王子様は現れない。誰もなにもしてくれない。梯子をかけるどころか、手を差しのべることさえね。
雲につかまろうとしたって無駄だよ。雲は霧なんだ。見る場所が変わればね。霧はすべてを閉ざすから、なにも期待しちゃいけない。もちろん、未来に起こることもね。「宇宙について思考するのに都合いいように脳はできているのよ」と言って深い沈黙に入った女の子の話のつづきを聴くことはもうできないんだ。

いいかい? 仔猫ちゃん。きみはアーキオプテクスの樹に登ったときとおなじように、降りるときも自分の力で降りてこなけりゃいけない。アカンソステガの子孫がおぼつかない足取りで海から這い出て、みずから地上にその一歩を刻したようにね。

仔猫ちゃん。きみは自分で決断し、行動し、その結果としていまアーキオプテクスの樹の上で震えている。そのことはすべて自分一人で引き受けなくちゃならない。世界はそんなふうにできあがっているんだ。霧は深くて寒くてなにも見えずなにも聴こえず、すごく心細いだろうけど、こればかりはどうしようもない。作為・不作為はともかく、ペパーミント・グリーンのベッドの上で賭け金を吊り上げたのはほかの誰でもない。きみ自身なんだから。

「おねがい。わたしを見て。あなたを愛しすぎてなにも見えないの」ってきみは言うんだろうけど、それはぼくだっておなじさ。その証拠にたくさん撫でてあげたろう? やさしい言葉だって抱えきれないほどかけた。いっぱい笑わせたしね。もうじゅうぶんじゃないか。いまや、ぼくには切るべき手持ちのカードが一枚もないんだ。

じゃ、ぼくは行くよ。せっかくだから、アカンソステガ・ディアトリマ・ハイエノドント楽団の1000人のヴァリオリン弾きたちが演奏する1000台のヴァイオリンによる『Misty』のCDをかけておく。『Misty』だけじゃなくて、きみの好きな『You Go to My Head』もあるよ。あと、ぼくの好きだった『I've Got a Crush on You』もね。もちろん、きみがアーキオプテクスの樹から自分の力で降りてこられるときまでリピートするようにセットしておいたよ。この不思議な世界をさまようにはうってつけさ。右足と左足の区別もつかず、帽子と手袋と靴下のちがいもわからないきみにはね。

さて、ミント・ジュレップのためのペパーミントを摘みにいく時間だ。霧は濃いけど、今度はうまくやるさ。

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ハーブ・エリスの不思議な三角形

20歳の頃のことだ。その頃、図書館司書か書店の売り子の恋人がほしいと思っていた。幸運にも私のその夢は実現した。しかも同時に。これはたぶん、長年にわたって根気よく勤勉に『ギリシャ・ローマ神話』とプルタルコスの『英雄伝』を繰り返し読みつづけた御褒美だ。

図書館司書あるいは書店の売り子を恋人に持つことのメリットは既刊新刊を問わずに読みたい本をほぼ完璧に手にすることができる点にある。実際、世紀の奇書といわれるサルバトーレ・ルカーニアの『マフィオーソ祈祷書』さえ読むことができた。16世紀末、イタリア・シシリー島の羊飼いによって書かれた『マフィオーソ祈祷書』の最後にはこう記されていた。

音もなく降りしきる春の雨に濡れながら、私は静かに筆を置く。もう二度と筆をとることはない。もうどこにも行かなくていい。ずっとこのまま、ここにいるだけでいい。

雨もいつかは上がるだろう。雨上がりの世界が春のやわらかな陽の光を浴びて息づき、匂い満ち、芽吹くといい。
羊飼いはただ一人、世界の果ての森へ向けて出発する。


読みたい本を手にすることができるほかにも、図書館司書と書店の売り子はおおいに私をたのしませくれた。休館日の図書館で催されている秘密の宴のことや本を万引きする人間の見分け方、あるいは深夜の図書館を跳梁跋扈するコトヨミとモノヨミらの怪物たちの話、書店の棚の上のほうに陳列されている本はそのほとんどがフェイクであること、さらには年に一度おこなわれる世界図書館司書シンポジウムのメイン・スポンサーがスタンダード石油とゼネラル・モーターズであることなど、おもわず身を乗り出さずにはいられない話を私は彼女たちからたくさん聴いた。

図書館司書は有栖川公園の一角にある東京都立中央図書館、書店の売り子は六本木通りに面した青山ブックセンターでそれぞれ働いていた。図書館司書と書店の売り子はいずれも私より8歳年上で、二人は誕生日と苗字まで同じだった。図書館司書は田丸ミサト、書店の売り子が田丸チサト。そう、二人は双子の姉妹だったのだ。二人の田丸は麻丘めぐみに似た美人で、特にふくらはぎから足首にかけてのラインがとても魅力的だった。ミサトは右目の斜め下、チサトは左目の斜め下に小さなほくろがあった。

私の部屋のベッドで初めて双子の姉妹のからだにふれたときのことはいまでもはっきりとおぼえている。双子はあらかじめそうすることが決められていたように永遠に交わることのない2本の直線としてベッドに横たわっていた。

私は双子のとても形のよい小さな乳房にそっとふれた。二人の乳房は氷のように冷たかった。乳房だけではなく、全身が凍りついているように思えた。

「きみたちは、なんというか氷の国の妖精みたいだ」

双子の姉妹との奇妙で親密なメイク・ラヴのあとに私が言うと、ミサトとチサトはきれいな首筋を同時にそらせてとても気持ちよさそうに笑った。

「わたしたちが妖精ならあなたはさしずめ魔法使いね。あなたの指は最高の幸福と不幸をもたらしてくれたもの」とミサトが目を潤ませ、私の指先を見ながら言った。
「異議なし」とチサトがすかさず言った。「実際、あなたの指で生まれて初めてわたしたちは本物の絶頂を味わえたのよ。長い28年間だったわ。でも、やっと氷はとけた。問題は残りの1/3」

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私と双子の姉妹がいっしょに暮らすようになったのは出会ってから1週間後だ。ミサトとチサトは仕事を終えて帰ってくると毎日毎日8時間ぶっとおしで牛の精巣とマウスの卵巣のスケッチをした。腱鞘炎にでもなってしまうんじゃないかと心配だったが双子の姉妹は私が考えている以上にタフだった。

ある秋の終わりの夕暮れ。私と双子の姉妹は神宮外苑の青山通りから12本目の銀杏の樹の近くのレストランのテラス席で早めの夕食をとっていた。テラス席にはずっと不思議なにおいのする風が吹いていた。私が甘鯛の香草包み焼きを取り分けているときだ。

「あなたに秘密にしていたことがあるの」とミサトが言った。
「本当はわたしたち双子じゃないのよ」とチサトが言った。
「わたしたち三つ子なの」と二人が同時に言った。言ったと同時に三人目の麻丘めぐみ似の田丸が現れ、空いていた椅子にとても優雅にからだを滑りこませた。

「こんにちは。はじめまして。田丸コサトです。よろしく」

田丸コサトは平凡社世界大百科事典の編集者だった。額の真中に小さなほくろがあった。私がほくろにみとれていると田丸コサトがうれしそうに言った。

「わたしたちのほくろを結ぶと正三角形になるのよ。おもしろいでしょう?」
「もちろんおもしろい。おもしろいし、すごく不思議でエロティックだ」
「この正三角形のほくろはなにかのしるしだというのがわたしたちの考え」
「なにかのしるし。なんのしるしなんだろうな」
「それをつきとめるのがあなたの役目じゃないの!」とミサトが憤慨したように言った。
「ぼくの役目。なにから手をつけたらいいかさっぱりわからないよ」
「とりあえず、4人でセックスすることから始めるのがいいと思う」とチサトが小さな声で言った。

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「レヴィ=ストロースが『悲しき熱帯』の最後のほうと『料理の三角形』の序文で言っていたとおりよ。わたしたち三つ子は人類全体の矛盾を孕みつつ、それでも存在しているの」とコサトが言った。コサトは全裸だった。カーテン越しに街をみるコサトの背中はおそらく1970年代末の東京においてもっとも美しく、もっとも孤独だったのではないかと思う。

「矛盾だらけだけど、ともあれ、わたしたちは存在する」

コサトはそう言ったきりもう二度と口を開こうとはしなかった。たぶん、彼女は私をとても憎んでいたんだといまにして思う。コサトだけではない。チサトもミサトもだ。三つ子全員が激しく私を憎悪し、憤怒の炎を燃やしていたのだ。

三つ子にはこの世界で起こるすべての物事についてサンシーブルとアンテリジーブルとの境目をなくし、その合間に新たな均衡を持ち込もうとする風変わりな癖があった。それは癖というよりも「世界」にしがみついているための防衛ラインとも思えた。三つ子はその防衛ラインをこれまでに生きてきたリアルな生活の断片のひとつひとつを懸命に繋ぎ合わせ、補修し、手入れしながら築きあげたのだ。

「感じることと知ること。わたしたちはそれ以外にはまったく興味がない」とミサトがつぶやいた。ミサトは車窓を流れ去る風景を追うような目で私をみつめた。

「わたしたちの28年間の人生はブリコラージュなの。オリジナルなんかなにひとつ残っていない。みんなバラバラに砕け散っちゃった。でもね、それをひとつひとつ根気よく拾い集めて口づけし、頬ずりし、修復し、埋葬してきたのよ。それがどれくらいつらく苦しいことかあなたにわかる?」

チサトが言うと三人は同時に私の顔を覗き込んだ。不思議な正三角形が迫ってくる。それが三つ子の姉妹に関する最後の記憶だ。

いまでもはかない残照を慈しむ気分で三つ子のことを思いだす。そして、三つ子がプレゼントしてくれたハーブ・エリスとオスカー・ピータソン・トリオのLPレコードを聴き、『アレクサンドリア図書館年代記』を読む。世界は人間なしに始まり、人間なしに終わるものなのだと自分自身に言い聞かせながら。


Q.E.F. Quod Erat Faciendum. 後悔先に立たず。

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ゴンザレスの南、チチリアーノの西。あるいは RIDE ON TIME の男

2000トンの雨の中、RIDE ON TIMEの男は不可思議グーゴル・ピーチパイ製の巨大な波を連れて夏の終わりを告げにやってきた。

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休暇届の書き方の問題に端を発した私の誤解から職場を追われるはめになった。今後の展開について作戦を立てるため、雨の日の麹町小学校の放課後の音楽室で「ぼくのクラゲ弁当」による短めの昼食をとった。「ぼくのクラゲ弁当」は故障ぎみでシャープさに欠け、味気なかった。チタニウム合金の味だけが際立っていた。しょんぼりしかけた気持ちに鞭を入れ、「ゴンザレスの失われたファリエロ・マージ」を探す旅に出ることにした。

「いい旅を!」などとは誰も言ってくれないのがわかっていたから自分で自分に言ってみた。言ったとたんに物悲しい気分になった。そして、すごく後悔した。情けなくなった。しかし、この旅の円環はかならず閉じなければならない。旅の仕度をととのえる私の耳元でターコイズブルーのアスタリスク(*)がそっとつぶやいた。

「いかなるときにも、*に気をつけなさい。*は凶星ハドリアヌスターである。それと、あれだ。誤解があるようなのではっきりさせておく。わたくしはノスタルジックなのではない。やや年老いてはいるがね。わたくしはちょっとセンチメンタルなだけなんだ。おぼえておいてくれ」

ターコイズブルーのアスタリスク(*)は年老いてはいるがノスタルジーにひたっているわけではない。センチメンタルなだけだ。その証拠にアスタリスク(*)の瞳には小さな星がいくつも輝いている。

「ターコイズブルーのアスタリスク(*)は年老いてはいるがノスタルジーにひたっているわけではない。センチメンタルなだけだ」と5回繰り返して口にだした。世界観に若干の修正が加えられ、世界は安物のブリキのおもちゃみたいにピカピカと輝き、いくぶんか小躍りしているようにみえた。

次の日。揺れる象といっしょに長めの昼食をとり、ケルアックの『路上』を読んでいた昼下がりにRIDE ON TIMEの男は突然現れた。彼がいったいどんな目的でやってきたのかはわからない。そもそも、RIDE ON TIMEの男には目的などなかったのかもしれない。彼の真の目的は「時間に乗ること」だけだからだ。

「このレコードをきみのオーディオ装置で聴かせてくれないかな? マイ・シュガー・ベイブ。夏の日々に本当のさようならを告げるために」

RIDE ON TIMEの男は山下達郎のEPレコードを差し出しながら言った。私はイーベイ・オークションに「三曲がり半のケケ・ロズベルグ」を出品するための作業をしているところだった。

「!? どうやって入ってきたんだよ!?」
「ふふふ。時間の破れ目から」
「時間の破れ目?」
「うん。たぶん、きみならできるよ」

RIDE ON TIMEの男は言うと、勝手知ったる他人の家よろしく手際よくアンプリファイアーの電源を入れ、マイクロ社製砲金ターンテーブルにビニルの黒いレコード盤をのせた。RIDE ON TIMEの男は右の人指し指の腹で針先にさぐりをいれたあとミンダナオ島の宗教儀礼のような雰囲気を漂わせながらドーナツ盤に針を落とした。プチプチというノイズのあとに聴こえてきたのはトニー谷の『家庭の事情』だった。

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RIDE ON TIMEの男はその場にもんどり打って倒れこんだ。それを見た不可思議グーゴル・ピーチパイ製の巨大な波は9月の不思議な桃専門店の鞠屋の前歯を目指し、ものすごい勢いで旅立っていった。マイル君とパプ谷のクリマロ君とバスで見た女がそのあとにつづいた。部屋は青南小学校の放課後の音楽室のような静寂で満たされた。

私は『路上』を閉じ、ブックエンドに戻した。ブックエンド担当のポールとアートが二人同時に「だいじょうぶ。明日には橋を架けてあげるから」と言った。そして、私に肩を貸してくれた。私はあらかじめ失われた誰も知らないアンダーソンの庭を見下ろし、深々とため息をついた。「人生はかくもジズ・イズ過酷かつファンキーかつファニーざんす」と口にしてみたが気持ちはファンキーにもファニーにもならず、過酷なだけの未来が待ち受けているように思えた。

「ゴンザレスの失われたファリエロ・マージ」を探す旅の試練のことを考えているとひとりぼっちのダルメシアンがやってきて私に寄り添った。ポールとアートが貸してくれていたはずの肩は曲がり角のラティスとの百万回の曲がり角のキッスのための逢い引きに行ってしまい、コンドルがくわえた釘めがけてハンマーが振り下ろされようとしていた。

打たれる釘よりハンマーのほうがましだというのをこのときくらい実感したことはない。しかし。本当にそうだろうか? 打たれる釘よりハンマーのほうがましだろうか? 釘だって鉄だ。打てばハンマーだって痛いにちがいない。このことから私はひとつの結論を導きだした。それはつまり、どっちもどっち。

人生も世界もどのような立場であれ、金持ちであれ貧乏であれ、健康であれ病気がちであれ、喧嘩が強かろうと弱かろうと、頭が良かろうと悪かろうと、美人だろうとブスだろうと、シンデレラだろうと眠れる森の美女だろうと白雪姫だろうと、屋根裏部屋だろうと拷問部屋だろうと、結局は五十歩百歩。行き着く先にたいした差はないということだ。だとすれば、私にこの先どんな困難やら危険やら災厄やらが大きな口を開けて待ち受けていても、それはどうってことのない過程のひとつにすぎない。

「勇気だ」と思った。「いや、ちがう。勇気すらもいらない。この世界はどうということのない過程の積み重なりにすぎない」と思った。全身にみるみる力が漲ってきた。

私のロードバイクが修理から戻ってくるのは1週間後。やることがない。仕方がないので夏の初めに書きはじめた小説のつづきを書くことにした。その小説はこんな感じだ。

O.ヘンリーの書斎で(382) あらかじめ失われた庭を求めて

昼下がりの大手町。オハイオ・ペニテンシャリーことウィリアム・シドニー・ポーターは『アンダーソンの庭』のフルコーラスを口笛で吹きながら歩いていた。足取りは軽い。『アンダーソンの庭』の軽快なメロディはオフィス・ビルの狭間を風となって吹き抜けてゆく。低く見積もっても大手町界隈の気温は2度下がったはずだ。『アンダーソンの庭』の風が皇居を越え、半蔵門にたどり着けば、麹町大通りはさらに涼しく明るくなる。君住む街までだってひとっ飛びだ。

「オーケー。すべてうまくいく」

ウィリアム・シドニー・ポーターは日本経済新聞社の正面玄関を20メートルほど過ぎたあたりでつぶやいた。自らを鼓舞するためだ。ウィリアム・シドニー・ポーターはこれから東京国税局、東京消防庁を訪ね、最後に天王洲先の東京入国管理局に行かねばならない。しかも、すべての役所で頭の固い役人と丁々発止のやりとりをするのだ。尊大で杓子定規で融通の利かない日本の役人どもにはいままでに散々悩まされてきた。だが、きょうばかりはなんとしてもこちらの主張を通さねばならない。自分と家族の死活問題に関わるからだ。妻のエリコと娘のエリカの顔が交互に浮かんでは消えた。

東京国税局の正門前に到着し、警備員の人を見下したような胡散臭げな視線にさらされながらネズミ色の建物の中に足を踏み入れた。6ボックスにくっきりと割れた腹筋にさらに力が入った。

「オーケー。すべてうまくいく」

ウィリアム・シドニー・ポーターはもう一度、つぶやいた。「いざとなったら、イゴール・ゴンザレス・ガルディアーノがチチ・マイタイを連れて助けにきてくれるんだ」

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オハイオ・ペニテンシャリーことウィリアム・シドニー・ポーターが東京国税局の木っ端役人に重箱の隅にうずくまるゴマメの歯軋りより耳障りな声を聴かされはじめてから20分が経過してもイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノはチチ・マイタイを連れて助けに来てはくれなかった。

その頃、イゴール・ゴンザレス・ガルディアーノは六本木ヒルズそば、コンセプチュアル・アートとみまごうばかりのコンクリート・ウォールと対峙するかたちで遅く短めの昼食の最中だった。そのコンクリート・ウォールは六本木高校の土台となっていて、上からは浮かれたはしゃぎ声が壁を伝わって聴こえてくる。いかにも屈託がない高校生どもの歓声にイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノは海南鶏飯を食う手をやすめて7回舌打ちをした。

「どいつもこいつもお気楽極楽だぜ。おれが毎日毎日、熱く灼けたトタン屋根の上で自転車を漕いでいるってのに」

イゴール・ゴンザレス・ガルディアーノは2000年の春、外苑東通り東宮御所前で「通行区分違反」を犯したとして検挙され、自前で買った Chrome Metro のメッセンジャー・バッグを没収されたうえに都内有数のバイシクル・メッセンジャー会社であるOCHA-Servを解雇されるという憂き目にあっていて、おまけに向こう10年間、バイセクシャレックスの名物馬鹿社長ファット・キマラの厳重な監視のもと、バイシクル・メッセンジャーの血と汗と涙でできあがっていると噂されるバイセクシャレックス・ビルの屋上でローラー台に据付けられた自転車のペダルを毎分120回転、8時間漕ぎつづけなければならないのだ。それがきっかけでイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノはRIDE ON TIMEの男になったという次第だ。さもなくば南方郵便船の船艙でジュートに囲まれて生きるかだ。

大陸風に向ったまま行方不明の父親が本当は雨あがりの王国で靴職人として働きながら開放的な童話を書いていることをイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノの妹は知っていた。イゴール・ゴンザレス・ガルディアーノの妹は誰も知らないことを知っている。たとえば、シンデレラの屋根裏部屋には無数の貧乏なおばさんたちのため息や嘆きや涙や苦悩や絶望や不幸がコレクションされていることを。そして、シンデレラは夜ごとそれらのコレクションに罵声を浴びせ、嘲笑い、唾を吐きかけていることを。

「いつかわたしが退治してやるわ」とイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノの妹はケイデンスの神に誓う。当のイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノは灼けたトタン屋根の上の猫にひどい悪態をついている。水の誘惑に負けたオウムガイの漂流についての顛末は拳骨委員会主催の午後の番犬どもの愚かなパレードが終わってからだ。

Q.E.D. Quod Erat Demonstrandum. 証明終了。
 

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by enzo_morinari | 2014-03-19 06:37 | CLOSED BOOK | Trackback | Comments(0)

もし観音力によって感音性難聴のサムラゴーチが小泉八雲の『KWAIDAN』で耳なし芳一を演じたら

 
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昔々、安芸の国に阿弥陀苦寺という古臭く嘘臭い寺がありました。その寺に河内守という欺罔傾城音曲師がおりました。河内守は幼い頃から心の耳が不自由だったためにクロサギの騙りを仕込まれて、若輩ながら、そのサギ芸は師匠の岡野屁転和尚、兄弟子の古賀絵図面師をしのぐほどでした。いつしか人々は河内守を欺罔傾城音曲師と呼ぶようになりました。
阿弥陀苦寺の岡野屁転和尚は河内守のペテンの才能を見込んで寺に引き取ったのでした。河内守は弱者、弱法師の物騙りを騙るのが得意で、とりわけ三陸沖の合戦のくだりでは、寒風吹きすさんで凍える海っぱたで6時間半ものたうちまわっているような真に迫った騙り口に誰一人として涙を誘われる者はいなかったそうです。涙が出るどころか屁も出なかったと言います。
三陸沖で太平洋プレートと北米プレートの長い争いの最後の決戦が行われ、とばっちりを喰った人々は年寄り、女子供にいたるまで悉く海の底に沈んでしまいました。この悲しいプレート合戦を騙ったものが三陸沖の合戦のくだりです。

ある蒸し暑い夏の夜のことです。岡野屁転和尚が法事で出かけてしまったので、河内守は一人でお寺に残ってクロサギの稽古をしていました。そのとき、法の庭の草がサワサワと波のように揺れて縁側に座っている河内守の前でとまりました。そして、声がしました。
「河内守! 河内守!」
「はっ、はい。どなたさまでしょうか? わたしは心の耳が聞こえませんもので」
すると、声の主は答えます。
「わしはこの近くにお住まいの身分の高いやんごとなきお方の使いの者じゃ。殿がそなたのクロサギ騙りを聞いてみたいとお望みじゃ」
「えっ、わたしのクロサギを?」
「左様。ニッポンコロムビア館へ案内するから、わしのあとについてまいれ」
河内守は身分の高いお方が自分のクロサギを聞きたいと望んでいると聞くや、すっかりうれしくなってその使いの者についていきました。歩くたびに、カシャッカシャッと音がして、使いの者が売れないCDの鎧で身を固めている音楽業界人だとわかりました。
門をくぐり抜けて広い庭を通り、図体だけは大きな昭和臭ぷんぷんのニッポンコロムビア館の中に通されました。そこは大広間で大勢の人が集まっているらしく、サラサラと衣擦れの音やCDの鎧の触れあう音が耳が聞こえないはずの河内守の耳にもはっきりと聞こえていました。きっとゼニカネのにおいを嗅ぎつけたからでしょう。まったく不可思議怪異なことであります。一人の元美容師の女官が河内守に言いました。
「河内守や。早速、そなたのクロサギにあわせてプレート合戦の物騙りを騙ってくだされ」
「はい。長い物騙りゆえ、いずれのくだりをお聞かせしたらよろしいのでしょうか?」
「・・・三陸沖のくだりを」
「かしこまりました」
河内守はクロサギを鳴らして騙り始めました。河内守の傍らにはいつのまにか隻手音声のみっくんが現れていやいや「パパー、パパー」と間の手を入れています。
窮屈袋にくるまれた小猿が靭猿を担いで櫓を操る音。軟派船にあたって砕ける波。弓鳴りの音。楽団員たちの恨み節。息絶えた音楽関係者が奈落の底に落ちる音。隻手音声のみっくんの「パパー、パパー」という悲しげな間の手。
これらの様子を河内守は静かに物悲しく騙りつづけました。大広間はたちまちのうちに三陸沖の合戦場になってしまったかのようです。
やがて音楽業界凋落没落の悲しい最後のくだりになると、広間のあちこちから咽び泣きが起こり、河内守のクロサギ騙りが終わってもしばらくは誰も口をきかず、静まりかえっていました。やがて、先ほどの元美容師の女官が言いました。
「殿もたいそう喜んでおられます。お財宝を褒美にくださるそうじゃ。されど今夜より六日間、毎夜そなたのクロサギを聞きたいとおっしゃっている。明日の夜も、赤坂のしんどい坂を登って、このニッポンコロムビア館に参られるように。それから寺へ戻っても、このことは誰にも話してはならぬ。よろしいな? バレたらすべて水泡に帰す。泡銭も濡れ手に粟も夢のまた夢じゃ。コンサートは中止、ゴーストライター本は絶版、賞は取り消し、あっちからこっちから損害賠償請求の訴訟の嵐じゃ」
「はい。たしかに心得ました。念のために弘中(マクリーン)惇一郎六価クロムクロロキン・クロポトキン・ポチョムキン・クロラムフェニコール日化工クロム職業病ロス疑惑薬害エイズ安部英無罪を内定しておきます。そうします」

次の日も河内守は迎えに来た音楽業界人のあとについてニッポンコロムビア館に向かいました。しかし、昨晩とおなじようにクロサギを弾いて寺に戻ってきたところを岡野屁転和尚にみつかってしまいました。
「河内守! 今頃までどこで何をしていたのじゃ?」
「・・・・・・」
「河内守!」
「・・・・・・」
岡野屁転和尚がいくら尋ねても河内守は約束を守ってひと言も話しませんでした。岡野屁転和尚は河内守が何も言わないのはなにか深いわけがあるにちがいないと思いました。そこで寺男たちに河内守が出かけるようなことがあったら、そっとあとを尾けるように言いつけておいたのです。

そして、また夜になりました。雨が激しく降っています。それでも河内守は寺を出ていきます。寺男たちはそっと河内守のあとを追いかけました。ところが、耳が聞こえないはずの河内守の足は意外に速く、闇夜に掻き消されるように姿が見えなくなってしまいました。
「河内守はどこへ行ったんだ?」とあちこち探しまわった寺男たちは墓地へやってきました。そのときです。ビカッ! 稲光で雨に濡れた墓石が浮かびあがりました。
「あっ! あそこに!」
寺男たちは驚きのあまり立ちすくみました。雨でずぶぬれになった河内守が楽聖弁当弁の墓の前でクロサギを弾いているのです。その河内守のまわりを無数の鬼火が取り囲んでいます。寺男たちは河内守が亡霊、ゼニカネの亡者に取り憑かれているにちがいないと有無を言わさず力まかせに河内守を寺へ連れ帰りました。

その出来事を聞いた岡野屁転和尚は河内守を亡霊やゼニカネの亡者から守るために魔除けのまじないをすることにしました。その魔除けのまじないとは河内守の体中に音符や楽式や指示記号を書きつけるのです。
「河内守。お前の人並みはずれたサギ芸が亡霊やゼニカネの亡者を呼ぶことになってしまったようじゃ。無念の涙をのんで海に沈んでいった多くの人々のな。聞こえぬ耳をよくかっぽじいて聞け。今夜は誰が呼びに来ても決して口をきいてはならんぞ。亡霊にしたがった者は命を取られる。しっかり座禅を組んで、壁に激しく頭を打ちつけて、のたうち回り、糞尿をあたりに撒き散らし、身じろぎひとつせぬことじゃ。もし返事をしたり、声を出せば、お前は今度こそ殺されてしまうじゃろう。わかったな?」
岡野屁転和尚はそう言って、本田美奈子比丘尼のアメイジング・グレイスなお通夜に出かけてしまいました。

さて、河内守が座禅をしていると、いつものように亡霊の声が呼びかけます。
「河内守。河内守。迎えにまいったぞ」
しかし、河内守の声も姿もありません。亡霊は寺の中へ入ってきました。
「ふむ。・・・クロサギはあるが騙り手はおらんな」
あたりを見まわした亡霊は空中に浮いている二つの耳を見つけました。
「なるほど。岡野屁転和尚の仕業だな。さすがのわしでもこれでは手が出せぬ。仕方ない。せめてこの耳を持ち帰って河内守を呼びに行った証しとせねばなるまい」
亡霊は河内守の耳に冷たい手をかけ、「バリッ!」ともぎ取り、帰っていきました。その間、河内守はじっと座禅を組んで壁に頭を打ちつけ、糞便を垂らし、2級手帳と診断書と薄汚れた札束を握りしめたままでした。耳の奥でラ音、ペトロナスなF1の耳鳴りがブンブンブブブンとめちゃイケウゴウゴルーガしました。

寺に戻った岡野屁転和尚は河内守の様子を見ようと大急ぎで河内守のいる座敷へ駆け込みました。
「河内守! 無事だったか!」
じっと座禅を組んで壁に頭を打ちつけ、糞便を垂らしたままの河内守でしたが、その両耳はすでになく、耳のあったところからは12万円の補聴器がのぞいています。
「お、お前、その耳は・・・」
岡野屁転和尚はすべてを理解しました。
「そうであったか。耳に音符や楽式や指示記号を書き忘れたとは気づかなんだ。楽譜も読めず書けぬわしのしたことじゃ。天地神明に誓ってゆるせ。二度と画像音声受信機には出ん。天地神明に誓って出ん。しかし、それにしてもなんとかわいそうなことをしたものよ。よしよし。香山リカちゃん人形よりずっとましな精神科医を頼んで、すぐにも心の傷の手当てをしてもらうとしよう。ついでに演技性人格障害も治療してもらおう」
河内守は心の耳を取られてしまいましたが、それからはもう亡霊やゼニカネの亡者につきまとわれることもなく、香山リカちゃん人形よりずっとましな精神科医の手当てのおかげで心の傷も治っていきました。
人の口に戸は立てられず、やがて、この話は2ちゃんねるを中心として口から口へと伝わり、語り継がれ、河内守のクロサギはますます評判になりました。いつしか、欺罔傾城音曲師の河内守は「心の耳なし河内守」と呼ばれるようになり、悪事千里を走り、古今東西にその名を聞かない者はないほどの小悪党小悪名になったということです。おしまい

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by enzo_morinari | 2014-03-15 13:58 | Poisson D'Avril | Trackback | Comments(0)

Show-Do No Raku-Go/噺のほか#4 げんぱつ公社

 
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毎度、馬鹿馬鹿しい危険な話を一席。
近頃は色々と物騒厄介なものがますます増えてまいりましたな。厄介なものの最たるものはカスミガセキシロアリでしょうな。このカスミガセキシロアリ、東京のど真ん中、霞が関が主な棲息場所でございます。カスミガセキシロアリというのは普段はお役人の真っ黒けっけの腹の中にいるそうですな。カスミガセキシロアリにも亜種が色々いまして、原子力寄生虫、ケイサンショー毒虫、コッコーショー利権虫、コーローショータカリムシが有名どころですな。なにをやらせても効率が悪いうえにたらい回しにするのがお役人、お役所仕事でございますな。おまけにこの退化した猿たちは尊大で底意地が悪いときております。まさに「人民は弱し 官吏は強し」でございますな。昔も今も変わりません。いつの日か、ボッコちゃんにたのんでボッコボコにしてやりたいもんです。そして、「おーい でてこーい」の声が聞こえたあとは彼奴らに集中的に都会のゴミや人間のクズや工場の排水や放射性廃棄物が降りかかることを願わずにいられません。おや? なにやらノックの音がしておりますな。なになに?

東京ではげんぱつを「天下り先」と呼ぶのに対して、上方ではげんぱつを「ゼニのなる木」と呼ぶそうですな。東京では沸騰水型のげんぱつを使いますが、上方では加圧水型のげんぱつを使うそうですな。げんぱつは寛永十二年の『利権物語』にうどんやそうめん、恐怖饅頭などといっしょに「タカリ団子汁」として紹介されております。げんぱつの発売は安政元年、群馬の利権屋「中曽根園」で売り出された「栗げんぱつ」が嚆矢とされます。
江戸研究のバイブル、『守貞漫稿』に江戸期のげんぱつについて書かれています。
「江戸では裏乳夢の渋皮を取って、安い砂糖や黒糖を加えて煮た切り核を入れたものを甘い汁粉と呼ぶ。京大坂では裏乳夢の渋皮を取ったものは甘ちゃん汁または利権善哉と呼ぶ。江戸では利権善哉のようなものを穀潰し餡と呼ぶ」
『守貞漫稿』が世に出たのは嘉永六年ですから、江戸でのげんぱつ発売開始より1年ほど前になります。げんぱつのことは鶴屋南北の『三箇荘曾我島台』にも登場します。


げんしろ建屋で放射能玉子を誂えたついでに甘味を食べようという料簡の男が一人。

男「げんぱつ公社、げんぱつ公社と。ここか。ちげえねえ。ここが今度、国が新しくおっぱじめたげんぱつ屋か。ちょっと入ってみてやろう。こんちは」
窓口の木っ端役人「はい。ご用件はなんでしょうか?」
男「げんぱつをひとつ願います」
役「はあはあ。あなたは当公社のげんぱつをお食べになりたいと、こういう次第でございますね。承知しました。許可書はお持ちでしょうか?」
男「許可書? げんぱつ食うのに許可書がいるのかい?」
役「はあ。法律でそう決まっております。で、許可書はお持ちでない?」
男「げんぱつ食うための許可書なんてものは見たことも聞いたこともないよ」
役「では、許可書を作成いたします。身分証明書と印鑑はお持ちですか?」
男「なんでげんぱつ食うのに身分証明書や印鑑持ち歩かなけりゃならないんだ?!」
役「そういう決まりです。身分証明書は運転免許証でかまいません。この書類に住所、氏名、生年月日を書いて印鑑を押してください。印鑑がなければ拇印でもかまいません。拇印の場合はおっ立てた右の中指です。記入が済みましたら、この書類を持って3番の窓口へ行って許可書発行手数料1000円を支払ってください。いまなら消費税は5パーセントですよ。平成26年4月1日からは8パーセントですからね。いまのうちですよ。げんぱつを召し上がるなら」
男「なんだよ。バナナの叩き売りかよ」

男、渋々3番の窓口へ。

男「行ってきました」
役「はいはい。では書類をお預かりします。ときに、あなた。げんぱつには海水を入れますか?」
男「当たり前だろ! げんぱつがしょっぱくなくてどうするんだ!」
役「海水は昨今の原発苛酷事故多発の影響で国産が高騰しておりまして輸入ものとなります。3階の税関へ行って海水の輸入許可を取ってきてください。階段はそちらにございます」
男「エレベータはないのか?」
役「うしろの柱のポスターを目ん玉ひんむいてご覧になりやがってください」
男「ポスター?『日本全国歩け歩け月間』だって? 知るか!」

男、再び、渋々3階の税関窓口へ。

男「はい、税関で輸入許可取ってきました」
役「はい。よろしゅうございます。ときに、あなた。げんぱつにはお核入れますか」
男「あたりまえじゃないか! げんぱつには核が付き物だ!」
役「そのお核は焼きますか? 焼きませんか?」
男「核を焼かなかなくてどうするてんだ!?」
役「お核を焼くとなると火を使いますので4階の消防署の出張所で火気使用許可を取ってきていただいて ──」
男「いらねえよ! そんなに手間がかかるなら生で食う!」
役「ええ。ええ。そうですか。そうですか。お核を生で召し上がるとおっしゃいましたね? では、お腹をこわすといけませんので、お核を生で食べられるかどうか、6階の医務室へ行って健康診断を受けてください」
男「ばかばかしい。もう、げんぱつなんかいらねえよ!」
役「は? げんぱつをおやめになる? しかし、あなたと当公社の間では、すでにげんぱつの売買契約は結ばれております。ここであなたがおやめになると、げんぱつ法第199条第2項により3年以下の懲役もしくは冥王星で強制労働3ヶ月 ──」

男、渋々医務室へ。

男「はいはい。階段ね。げんぱつ食わないからってブタ箱入れられてたまるかよ。はぁはぁはぁはぁ。やけに息が切れるなあ。なにやら甲状腺も腫れてきやがった。こんなことなら4階の消防署にしときゃよかったな。さてと、6階の医務室はここか。なになに?『ただいま昼休み中。診療再開は13時から』だって? 冗談じゃない。だれかいませんか!」
医者「なんだ? 患者か。ふんふん、核を生で喰うってか。診療点数を稼ぐためにレントゲンでも撮るか。あんた、そこの台の上に立って。ふんふん。朝めしはメザシにたくあんか。まともなものを食べてないね。まったく、きょうびの非正規雇用一般人は栄養状態が悪くっていけませんなあ。どれどれ。ふむふむ。まあ、こんなガラッパチ、ゴンゾなら核は生で喰っても大丈夫だろう」

男、戻る。

男「健康診断受けてきました」
役「大儀であった。そこへなおれ」
男「なんだよ。今度は殿様になっちゃったよ」
役「許可書はすでにしてできておる。この許可書を持って8階の大食堂へ行ってげんぱつを注文せい」

男「8階の大食堂。ここか。ここだな。すみません。げんぱつをひとつお願いします」
女店員「いらっしゃいませ。許可書はお持ちですね?」
男「あるよ。随分とたいがいな目にあってやっとこさっとこ手に入れたよ。はい、これ」
女「けっこうです。ところで、げんぱつはねじ式とふっとう式とかあつ式がありますが、どれにしますか?」
男「ねじ式? ふっとう式? かあつ式? またまた厄介なことを言いだしやがったよ、おい。そうだな。じゃあ、ねじ式で」
女「生憎、ねじ式は賞味期限切れです」
男「だったら最初からそう言えよ。── もうどれでもいいよ」
女「どれでもいいと申されましても困ります。ふっとう式とかあつ式についての講習会が4月の第3週に行われますが参加されてはいかがでしょうか?」
男「4月の第3週?! その週は福島の大熊町に命がけの出稼ぎだよ。いいよ、いいよ。ふっとう式のげんぱつで」
女「ふっとう式のげんぱつですね。承知しました。ふっとう式のげんぱつにはとろとろに溶けた状態のメルトダウンと溶けてお椀の外に溢れるメルトスルーと地球の裏側まで到達するメルトアウトとがありますが、どれにいたしましょうか?」
男「はあ? メルトダウンにメルトスルーにメルトアウト? 面倒だから全部のせで」
女「全部のせですね。かしこまりました。ただし、その場合は取り返しがつきませんので御承知置きください」
男「まったくたいへんなことになっちまったぜ」
女「はい。お待ちどおさま」
男「おお、おお。来た来た。苦労して、やっとげんぱつにありつけるぜ。(フタを開けて) やったぜ。ほんまもんのげんぱつだ。核も入ってる。(核を食べて) 生で固いけど・・・(お椀をすする) ずっー? ずっすっー?? なんだこれ? パサパサじゃないかよ。ちょっとちょっと。ねえちゃん、ねえちゃん」
女「ねえちゃんとはなんですか! 町人庶民一般人ふぜいが! 私はこれでもれっきとした国家公務員です!」
男「そんなこと知るかよ。それより、このげんぱつ、甘い汁が全然入ってないじゃないか!?」
女「はいはい。私どもは役人です。甘い汁はもうとうの昔に吸いつくしております。かわりにすんごく鮮度抜群の超高濃度汚染水から作ったおせん汁入れときます」
男「おーい。責任者でてこーい」
 
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by enzo_morinari | 2014-03-13 11:58 | Show-Do No Raku-Go | Trackback | Comments(0)

調性音楽ぎらいの耳がきこえる聾桟敷の人々はたかっしーとともに天地神明に誓ってサムラゴチになります。

 
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近来まれに見る「謝罪ショー」だった。現代のベン・ジョムシーこと佐村河内守の仕草、話しっぷり、表情は「ロス疑惑」の三浦和義と驚くほどよく似ていた。「悲劇の主人公」を自らのモチーフとするところも。

佐村河内守の話す内容になど鼻から微塵の興味もなかったが、一体いかなる話しっぷり、弁解、詭弁、言い逃れ、嘘っぱち、たわ言、妄言、きれいごとをほざき、並べたてるのかにはいささかの好奇があった。

佐村河内守はあろうことか一連の三文猿芝居について、「調性音楽の復権が本当の目的だった」とほざいた。ほざきやがった。その言を聞いたときは腹がよじれるほど笑った。知性なし教養なし音楽的素養なしの卑欲卑劣なゼニカネの亡者ごときがなにをぬかしやがるか。さしずめ、「ズボンのチャックがあいていることとベートーヴェンの音楽になにか関係があるのかね? 」のオットー・クレンペラーならメイクラヴを途中で偽終止して、「寝言は寝て言え! 若造!」と烈火の如く怒り、100万dbの大音声で怒鳴るはずだ。

吾輩のあまりにも大きな笑い声を耳にした世紀末の観音様である虹子はあやうく「感音性難聴」になるところだった。気に障ったのは佐村河内守のいかにもわざとらしい「弱々しげな声と話し方」だ。

意識して弱々しげな声を発する輩にろくな者はいない。これは経験則である。根拠も整合性もなく自らの立ち位置を「弱者」に置き、あるいは「弱点」「弱さ」をことさらに表明する者もだ。「なにか裏がある」と思っておくくらいでちょうどいい。さもなければ、あとで手痛いしっぺ返しを喰らうことになる。大やけどする。

さて、本日は口直し、耳直しに調性音楽と無調音楽を交互に繰り返し聴くことにしよう。次回の「サムラゴチになります」はだれがジバランするんだろうな。

補記
伊藤乾のテクスト『偽ベートーベン事件の論評は間違いだらけ』(JBpress/2014.02.08)は現代のベン・ジョムシー事件発覚後に現れたあまたの言説の中でもっとも誠実にして精緻、明晰である(2月11日/2月18日に続編あり)。一読の価値ありだ。

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by enzo_morinari | 2014-03-12 12:15 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

すべては終わりぬ/スティーブン・フォスター(Hard Times Come Again No More/Stephen Foster)

 
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南北戦争の7年前。1854年、スティーブン・フォスター27歳の作。
『すべては終わりぬ』は発表時から人気を集めた。南北戦争当時も「つらく厳しい時代よ、どうか一刻も早く終わってくれ」という願いを込めて愛唱された。南軍北軍双方の兵士たちの愛唱歌だった。ゲティスバーグの戦いの夜に両陣営から疲れ果てた兵士たちの歌う『すべては終わりぬ』が聴こえていたかもしれぬ。

『すべては終わりぬ』は貧困と飢餓に喘ぐ市井の人々への思いを歌っている。フォスターのあたたかくやわらかな眼差しが心を打つ。フォスターは『すべては終わりぬ』発表の10年後、37歳の冬に失意と孤独と困窮のうちに世を去った。


すべては終わりぬ/Hard Times Come Again No More written by Stephen Foster

1.
Let us pause in life's pleasures/人生の歓びのさなかにあってもひととき立ち止まり
and count its many tears,/流されたたくさんの涙の数をかぞえよう
While we all sup sorrow with the poor;/晩ごはんのあいだ、貧しき人々と悲しみをともにしよう
There's a song that will linger forever in our ears;/永遠にわたしたちの耳に鳴り響く歌がある
Oh, Hard times come again no more./「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と

(Chorus)
'Tis the song, the sigh of the weary,/この歌は疲れ果てた人々の漏らすため息
Hard Times, hard times, come again no more/「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と
Many days you have lingered around my cabin door;/長いあいだ小屋の扉のまわりで鳴り響いていた
Oh, hard times come again no more./「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と

2.
While we seek mirth and beauty/わたしたちが享楽や美女を追いかけまわしているあいだも
and music light and gay,/陽気な音楽を求めているあいだにも
There are frail forms fainting at the door;/小屋の扉のまわりでは疲れ果てた人々が倒れかけている
Though their voices are silent, /かれらの声は沈黙に支配されているけれども
their pleading looks will say/かれらの訴えかけるような眼差しは言っている
Oh, hard times come again no more./「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と

(Chorus)
'Tis the song, the sigh of the weary,/この歌は疲れ果てた人々の漏らすため息
Hard Times, hard times, come again no more/「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と
Many days you have lingered around my cabin door;/長いあいだ小屋の扉のまわりで鳴り響いていた
Oh, hard times come again no more./「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と

3.
There's a pale drooping maiden/蒼い翳を宿した顔をうなだれている娘がいる
who toils her life away,/つらい仕事をずっとつづけ
With a worn heart whose better days are o'er:/たのしかった日々は過ぎ去り、疲れた心を抱えている
Though her voice would be merry, /彼女の声が明るくあればいいと思うけれども
'tis sighing all the day,/彼女は人生の日々にため息をついている
Oh, hard times come again no more./「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と

(Chorus)
'Tis the song, the sigh of the weary,/この歌は疲れ果てた人々の漏らすため息
Hard Times, hard times, come again no more/「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と
Many days you have lingered around my cabin door;/長いあいだ小屋の扉のまわりで鳴り響いていた
Oh, hard times come again no more./「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と

4.
Tis a sigh that is wafted across the troubled wave,/荒波の彼方から漂ってくるのは深々としたため息
Tis a wail that is heard upon the shore/岸辺に聴こえるのは嘆き悲しむ人の声
Tis a dirge that is murmured/つぶやくように死者を悼む哀歌が
around the lowly grave/墓場のあたりから聴こえてくる
Oh, hard times come again no more./「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と

(Chorus)
'Tis the song, the sigh of the weary,/この歌は疲れ果てた人々の漏らすため息
Hard Times, hard times, come again no more/「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と
Many days you have lingered around my cabin door;/長いあいだ小屋の扉のまわりで鳴り響いていた
Oh, hard times come again no more./「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と


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by enzo_morinari | 2014-03-01 07:11 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)