人気ブログランキング |

<   2013年 08月 ( 43 )   > この月の画像一覧

反語と隠喩#1 或るカリグラファーの能記の冒険と4θ4LNF文字に関する研究

 
c0109850_1774695.jpg


言語は既知のことしか伝えない。新しい感動と驚きをえることができるとすれば隠喩によってである。E-M-M


朝からずっと、『旧約聖書/創世記』第19章にあるソドムとゴモラの滅亡物語の象徴的なシーンのうちのひとつ、神の使者の戒めを破って振り返ったロトの妻が塩柱となる場面が大脳辺縁系ならびに大脳新皮質を駆けめぐっている。

昨夜、「アルビノ女並びにアリン・スエツングースカ及び中身は空っぽカバン偽鎌倉夫人、五体不満足不誠実還暦婆さん対策」のためにS.フロイトの『トーテムとタブー』を読んだ影響だろうとは思うけれども、鬱陶しいことこのうえもない。

アクセス数欲しさに読みもせずに「イイネ!」ボタンをクリックしつづける中身は空っぽカバン偽鎌倉夫人と五体不満足不誠実還暦婆さんの故障した日本語並みに鬱陶しい。わけのわからぬ勿体つけと山出しの田舎者丸出しの犬も喰わぬようなセンスを振りかざす前に、大仰御大層大袈裟なカビの生えた「道徳論」を振り回す前に、そのずっと前にやるべきことがあるだろう。すなわち、自らの不実、不誠実を省みて、少なくとも不実、不誠実なことはしないということを。善きことをせよとまでは言わないし、言う必要などないが、せめて、悪しきこと/不誠実不実/無礼をしないくらいはできるだろう。

読んでもいないものに「イイネ!」も糞もあるものか。失礼をとっくに通り越して無礼である。おまえたちのような愚劣愚鈍奴はとっとと八尋の和邇にでも喰われてしまえ。安達ヶ原の鬼婆のように観音力の雷の直撃を受けて頭破七部となれ。さもなくば、倭迹迹日百襲姫命を範として30回刺されて果てろ。箸が必要なら漆塗りの逸品をくれてやる。長月菊月からの復帰も不要だ。能書き御託は柿の木をまともに育て上げ、「無印良品」を卒業し、オーセンティックの意味をきっちりとグリップし、喰える代物のまともなアルデンテのパスタを茹でられるようになってから言え。「ありがとう」は名クローザーのブレンダ・ジョンソン女史の専売特許だ。元CIAの凄腕捜査官に任せておけ。早い話がとっととすべてをクローズしろ。と、まあ、憤怒と憎悪は拡大するばかりである。

c0109850_1792100.jpg

さて、セント・ミルナの座敷で酌婦として日々健気に働く蛤女房/権中納言アグリッパ・アグリッピナ・アクアパッツァにしばしの別れを告げ、「鶴の恩返し」がしたいという銀の鼻野郎こと今浦島太郎と会って「舌切り雀の塩焼き」を喰うために、パンドラの匣から発した夏の終りのふやけた熱に蒸死寸前の東京に向かう途中、メリュジーヌ・モティーフのための材木のモザイク処理のカリギュラ効果に端を発した「ブーバ危機」についてずっと考えていた。ピッグス湾を中心とした「ブーバ危機」について考えながら高原から砂漠へ、亜寒帯から亜熱帯へと移動するあいだに、「反語と隠喩」についての最終解答を出す。いや、出さねばならない。さもなくば吾輩は腹蒸死する。東京はいまやメタ・ドーナツシティだからだ。

ついこのあいだまで、人間はカンガルーの脚だったが、いまやドーナツの真ん中、意志の中心で燦然と輝くメタル、運命を追い越した者に向かって鋭く確実に泣き叫ぶブーバ危機のただ中にある。

脳みその皺の足りない能天気どもは「つながり」がどうたらこうたらと、この蒸死寸前の世界で愚にもつかぬ戯言を並べたてることで親和欲求の満足を得ようと必死だが、滑稽至極、哀れでさえある。憐憫の情など一切湧かぬが、嗤いは起こる。しかも、大嗤い。生まれたときも生きている最中も死ぬときも一人であることはとっくの昔に解決済みの問題である。大事なのは、そうであってもなお、「一人ではない。手を取り合える。繋ぎあうことはできる」と絶望の淵から強く思うことができるか否かということであって、それを希望と呼ぶなら、希望にはなにがしかの力があるということだ。

まあ、せいぜい仲良しごっこをたのしみながらおべんちゃらきれいごとおべっかおためごかしに精を出すがいい。反吐は環八の側溝にでも撒き散らせばいいだけのことだ。東京は塵芥を撒き散らし、捨て去るにはうってつけの街である。2013年8月31日1700時現在、すべての答えは「渋谷権八」の掬い豆腐にある。それだけが救いだ。さて、出発だ。

c0109850_1782053.jpg



【参考文献並びに資料】
一次資料
スエトニウス『ローマ皇帝伝』「カリグラ」16
『フラックスへの反論』4
『怒りについて』6
『心の平静について』8
『人生の短さについて』9
To Helvetica, On Consolation 11
『善行について』12
『死の恐怖について』(Epistle IV) 13
On Taking One's Own Life (Epistle LXXVII) 14
On the Value of Advice (Epistle XCIV) 15
フラウィウス・ヨセフス『ユダヤ古代誌』第18・19巻2
タキトゥス『年代記』第6巻17
『ガイウスへの使節』3
『賢者の不動心について』5
カッシウス・ディオ『ローマ史』第59巻1
To Polybius, On Consolation 10

二次資料
Caligula: the corruption of power by Anthony A. Barrett (Batsford 1989)
Grant, M. The Twelve Caesars. New York: Charles Scribner's Sons. 1975
Biography from De Imperatoribus Romanis
Biography of Gaius Caligula

その他
カリギュラ (戯曲)
カリギュラ (映画)

c0109850_1795579.jpg

 
by enzo_morinari | 2013-08-31 17:10 | 反語と隠喩 | Trackback | Comments(0)

4θ4 Life Not Found#1 カスパールは4θ4弾を装填完了。あとは引金を引くだけ。

 
c0109850_8515443.jpg

 
 消息不明になっていない人間は存在しない。E-M-M


 現代人は一人残らず消息不明者である。消息不明になっていることに気づいていないだけだ。何者かが懸命に他の何者かの行方を探している。あるいは、自分自身が自分自身の行方を探している。幸運をもたらすために。怨みを晴らすために。死をもたらすために。最後の接吻をするために。
 現代社会は狙われたが最後、完全な防御をすることは不可能である。綻びはいつか必ず出る。見いだされる。あるいは作られる。せいぜい、狙われることのないように用心せよ。用心したところで、なんらの効果もないが。ひとすくいの慰めにすらも。

 魔弾の射手は狙いすましている。消息不明者でなくなるのは魔弾が心臓をつらぬくとき。
 ザミエルの高笑いが聴こえる。カスパールの指先がかすかに動きはじめる。あとは引金を引くだけ。

c0109850_7445316.jpg
c0109850_8011100.jpg



 Weber: Der Freischütz Overture/Carlos Kleiber
 Der Freischütz Grümmer Schock Frick Keilberth von Weber
 
by enzo_morinari | 2013-08-31 07:36 | 4θ4 Life Not Found | Trackback | Comments(0)

美しいものを見たければ眼をつぶれ/最後の『I Remember Clifford』

 
c0109850_15254854.jpg

 
 1985年夏の終りの七里ケ浜駐車場レフトサイドにおける『I Remember Clifford』とおとなになった友人の話だ。友人の名は森の漫才師サルー。


 8月15日が過ぎ、夏の終りが近づくにつれて森の漫才師サルーの口数は1時間ごとに減りはじめ、なににも興味を示さなくなっていた。8月の第三週にはさらに口数は激減したうえに、ものをほとんど食べなくなった。森の漫才師サルーはみるみる痩せ衰えていった。そんな状態の森の漫才師サルーが突然口を開いた。
「クリフォード・ブラウンが吹いている『I Remember Clifford』を聴きたい」と森の漫才師サルーは言った。
「不可能だ。『I Remember Clifford』はクリフォード・ブラウンが交通事故で25歳で死んだあと、ベニー・ゴルソンがその死を悼んで作った曲だ」
「不可能でも聴きたい。そうでなきゃ、今年の夏に別れを告げることはできない」
「クリフォード・ブラウンが吹いている『I Remember Clifford』を聴くことができたら、きれいさっぱり夏に別れを告げるんだな?」
「まちがいなく」
「本当だな?」
「海とつがった太陽に誓います」
「じゃあ、聴かせてやろう」

 私はTDKの120分テープにすべてちがった演奏で『I Remember Clifford』だけを録音した。ディジー・ガレスピー、J.R.モンテローズ、フレディ・ハバード、スタン・ゲッツ、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ、バド・パウエル、ヘレン・メリル、テテ・モントリュー、ユセフ・ラティーフ、ソニー・ロリンズ、ミルト・ジャクソン、オスカー・ピーターソン、ダイナ・ワシントン、ケニー・ドーハム、レイ・チャールズ、マンハッタン・トランスファー、サラ・ヴォーン、キース・ジャレット、アート・ファーマー、アルトゥーロ・サンドヴァル、ロイ・ハーグローヴ、ブルー・ミッチェル、日野皓正、高中正義。そして、最後にリー・モーガン。
 森の漫才師サルーはクリフォード・ブラウンは『I Can't Get Started』しか聴いたことがなく、『I Remember Clifford』は高中正義の薄っぺらなやつしか知らない。ジャズ・ミュージックに関する知識と経験はゼロと言っていい。ブルーノートとプレスティッジとリバーサイドのちがいすらわからない森の漫才師サルー。赤児の手をひねるようなものだった。

 1985年8月31日の夕暮れ。強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフト・サイド。
「次で最後だ。クリフォード・ブラウンの『I Remember Clifford』だ」
 若き天才、19歳のリー・モーガンが25歳で死んだクリフォード・ブラウンを悼むように『I Remember Clifford』を吹きはじめた。森の漫才師サルーは眼を閉じ、うつむき、じっとラジカセから聴こえるリー・モーガンのトランペットの音に聴き入っていた。森の漫才師サルーが耳をそばだてているのがわかった。
『I Remember Clifford』は悲しみをたたえ、消え入るように終わった。このレコーディングのとき、リー・モーガンは泣きながら『I Remember Clifford』を吹いたことが「伝説」として残っている。数ある『I Remember Clifford』の中でも飛び抜けた名演奏だ。

c0109850_15262522.jpg

「感動した。とても感動しました」
「そうか。よかった。で、夏にさよならできたのか?」
「できました」
「では、珊瑚礁でお祝いしよう。今年の夏、ずっとそうしていたように3杯のピッチャーサイズのビールとビーフサラダで。われわれの夏が終わったことをアロハ髭デブおやじにも報告しよう」
「いいですね。ところで、エンゾさん。ぼくたちは今年の夏で潔く死ぬべきだったのではないでしょうか?」
 今年の夏で潔く死ぬべきだっただって? 森の漫才師サルーの顔を見ると真剣そのものだった。森の漫才師サルーはそういった類いの冗談や軽口を言うタイプの人間ではない。私が上っ面、上っ調子を憎んでいることだってよく知っている。
「なぜそんな風に思う?」
「この夏でもうなにもかもが空っぽになって、心がぴくりとも動かなくなってしまったからです。なにを食べても味がしない。(珊瑚礁のビーフサラダを食べてもですよ!)朝陽に照らされて輝く波頭を見ても美しいと感じない。いい波をつかまえて完璧なボトムターンを決めてもときめかない。どんな音楽を聴いても感動しない。楽しくない。セックスをしても気持ちよくない。射精はしますけどね」
「つまり ──」
「はい」
「おまえはおとなになったんだ」
「おとなに? わたしがですか?」
「そうだ」
「信じられない」
「信じられなくてもおれにはわかる。おまえは立派におとなへの通過儀礼を済ませたんだ。このおれが保証する」
「おとなになったらなにかいいことがあるんでしょうか?」
「ない。なにひとつ。いやなことばかりだ。嘘っぱちとごまかしときれいごととクソにまみれた日々。それがこれからの人生である」
「死んだほうがましだ」
「死んだほうがましだが、生きつづけなけりゃならない。おとなになるというのはそういうことだ」
「ひどい話だな。わたしには到底耐えられそうにありません。そんなのは」
「じゃ、死ぬか? あと30年もすれば、0が何十個も並んだ財産を独り占めできるんだぞ」
「うーん。困ったな」
「おとなになったお祝いに、おまえにひとついいことを教えてやろう」
「なんでしょうか?」
「おまえは美しいものが好きか?」
「はい」
「いいか? ここから先はすごく大事なことだからよく聴け。そして、死ぬまで忘れるな。いいな?」
「はい。かならずそうします」
「おまえにはまだわからないだろうけども、われわれが生きているこの世界はとっくの昔に腐っている。死んでいるんだ。死んで腐っているうえに、クソまみれときている」
「吐きたくなってきました」
「吐け。吐けるだけ吐いちまえ。これからは人前で吐くことすらできなくなる。正確には、吐くのも喰うのもクソをするのも小便をするのも、いちいち周囲の顔色を気にしながらだ。おまえの大好きなおまんこをするのもな」
「ぐえっ」
「でだ。美しいものが好きなおまえは目を瞑り、耳を塞ぎつづけるんだ。わかったか?」
「目を瞑り、耳を塞ぎつづける」
「そうだ。美しいものを見て、美しい音を聴きたければそうするしかない。ほかに方法はない。さもなければ、垢むけで美しい魂の持主であるおまえは1秒たりとも生きていられない」
「やっぱり、死んだほうがましだ」
「死んだほうがましでも、生きつづけるんだ。そうすれば、運がよければおまえはいつの日か本当に美しい世界にたどり着ける。あるいはおまえ自身の手で美しい世界を作りだすことができる。いいな? わかったな?」
「わかりました。エンゾさんの言うとおりにします。目を瞑り、耳を塞ぐ。ところで、エンゾさん。あの最後の『I Remember Clifford』はクリフォード・ブラウンではなくて、演奏していたのはリー・モーガンですよね?」
 私は一瞬だけ言葉に詰まった。
「いいや。あれはまちがいなくクリフォード・ブラウンの『I Remember Clifford』だ」
「そうですか。『Lee Morgan Vol.3』の3曲目の『I Remember Clifford』にそっくりでしたよ」
「どうかしてる。おまえの耳は本当にどうかしてる。耳がおかしいだけではなくて、おまえは脳味噌と魂までおかしい。きっと、この夏、脳みその皺の足りない女どもから変な病気を伝染されたんだ」
「すみません。以後、気をつけます」
「いや。以後はない。おまえがおとなになった以上な」
 私は1985年の夏が中盤にさしかかった頃から考えていたことを森の漫才師サルーに告げた。
「おまえとはきょうでお別れだ」
「えっ!?」
「健闘を祈る。次に会えるのは28年後の2013年8月31日土曜日。ここ、七里ケ浜駐車場レフトサイドでだ」
 呆然とし、青ざめている森の漫才師サルーの胸ぐらに『I Remember Clifford』ばかりが入ったカセットテープを押しつけ、とりつく島も与えずに踵を返した。それが森の漫才師サルーに会った最後だ。以来、『I Remember Clifford』を聴くこともない。
 その後、森の漫才師サルーがどのような人生を生きたのかはわからない。街を遠く離れ、風の便りも来ないようにして生きてきた。明日、28年前の約束通り、森の漫才師サルーが七里ケ浜駐車場レフトサイドにいればいいが。七里ケ浜駐車場レフトサイドに強い南風が吹きつけていればいいが。森の漫才師サルーの人生の日々がいい風向きであればいいが。財産の0の数をさらに増やして、私に分け前をくれたらなおいいが。


 ブラウニーの魂よ、永遠なれ

c0109850_15265126.jpg


【I Remember Clifford】
 Lee Morgan
 Freddie Hubbard
 Dizzy Gillespie
 Roy Hargrove
 Arturo Sandoval
 Benny Golson
 J.R. Monterose
 日野皓正
 Bob Acri
 Ron Carter
 Katsuhiro Tsuchiya
 Keith Jarret Trio
 Milt Jackson
 
by enzo_morinari | 2013-08-30 15:27 | あなたと夜と音楽と | Trackback | Comments(0)

スタジアムの夕暮れ/陽が昇り、陽が沈むまでの人生の刹那になにをプレイできるか?

 
c0109850_1644571.jpg

 スタジアムは生きている。生きて、不思議に親しげな息づかいで、プレイする者たち、それを見る者たちにしきりに問いかけている。スタジアムは陽が昇り、陽が沈みきるまでの短いうつろいの中に生き、問うている。


 その頃、私は恐ろしい悲運の連続する熱病のような困憊のただ中にあった。夕闇迫る神宮の森をさまよい歩きながら、日々の生活の困難に押し潰されつつある自分に思いがけず凶暴な感情が膨れ上がっているのを知った。気持ちの昂ぶりを鎮めるために、私は神宮第二球場の薄暗がりの中へ忍びこんだ。夕闇のスタジアムへ紛れこんでいった私を待ち受けていたのはざらざらした盲目の鏡のような土だった。私はその土の上へそっと頬ずりし、暗がりの左打席にしばしたたずんだ。そして目を閉じ、前の晩にスタジアムを埋めつくした観衆を思い描き、シーズン前の疎らな見物客を思いだし、古代の円形闘技場で血の儀式に熱狂する人々を夢想した。

 天使たちの戯れの争い。
 天使たちのやわらかな息づかい。
 天使たちのほのかな汗の匂い。
 万国旗を奪われたまま風に唸りをあげるポール。


 それらをやさしく包み込み、スタジアムはゆっくりと呼吸を続けている。そして、突然の闖入者である私さえをも、そのふところ深く抱きとめてくれているように思われた。

c0109850_1672385.jpg

 スタジアムの魅力は設備の豪華さとは比例しない。同様に、グラウンドはただ美しく整備されているだけでは完結しない。表面に現れない不可視の影の部分と、現実に眼前にあるスタジアムとグラウンドがせめぎ合いながら作りだす不均衡の迷宮の中にこそ魅力も美しさもある。

c0109850_1683584.jpg

 スタジアムは人工的でありながら原始的だ。われわれ現代人がスタジアムに足を運ぶのは、都市がとうに失ってしまった「原始」にまみえたいという欲望のあらわれでもあるだろう。

 スタジアムは古代ギリシャの距離の単位、「スタジオン」に由来する。1スタジオンは約200メートル。沈む太陽が地平線に触れ、完全に没しきるまでのあいだに人が歩くことのできる距離だ。
 不安と孤独と哀しみの200メートル。道を急ぐ旅人がその日の宿りを求めて歩くときの不安とせつなさに似た気配がスタジアムに漂うのはそのせいでもあろうか。選手たちがプレーのさなかに垣間みせる哀しげな表情は古代ギリシャの旅人たちのそれであるのか。

c0109850_1693850.jpg

 ひととき、夕暮れのスタジアムに身をゆだねると、熱病のような困憊はいつしか心地よい疲労感に変わっていた。天使たちの束の間の休息に立ち会いながら、スタジアムがいったいなにを問いかけているのか理解できたような気がした。そして、来たときとはまた別の種類のステップでスタジアムをあとにした。スタジアムが問うているのは陽が昇り、陽が沈むまでの人生の刹那におまえはなにをプレイできるかということだった。

 夏休みが終わる残りの数日のあいだに、世界中の大小取り混ざったスタジアム、グラウンドではいったいどのような種類の汗が流されるのだろうか。世界の果てからまだ見ぬ未来のイチロー、メダリスト、Jリーガー、小さな天使たちにささやかな声援を送ることにしよう。
 
by enzo_morinari | 2013-08-29 16:13 | QUO VADIS? | Trackback | Comments(0)

アメージング・ストリートはアメージング・ストーリー誕生の場へ

 
c0109850_8275986.jpg

 
 ストリートは驚異と驚嘆にあふれている。


 YouTubeで「Street」をキーワードに検索するとヒットは1億を超える。ゲーム、映画、音楽、そして、パフォーマンス。ヒットするジャンルは種々雑多だ。
 キーワードを「Street drumer」に。44万件。「Street guitar」は112万件。玉石混淆。ピンからキリまで。中にはスカウトされてすでに大成功をおさめた者もいる。
 既存、守旧派のお仕着せや愚にもつかない戦略/マーケティングによるものには到底表現しえない「リアル」が彼らのパフォーマンスにはある。生きている。輝きがある。浮き立つ。
 ストリートへ。事件は現場とストリートとネットで起きている。さらにはネットワークという無限大にも等しいアメージング・ストリートへ。アメージング・ストーリー誕生の瞬間をリアルタイムで目撃せよ。

c0109850_8293585.jpg
c0109850_828526.jpg


Amazing Street Guitarist (Marcello Calabrese) Plays "Stairway to Heaven"
Amazing Street Drummer
 
by enzo_morinari | 2013-08-28 08:29 | STREET4LIFE | Trackback | Comments(0)

真言の音楽#36 また別の超絶ギター弾き/YouTubeはやはり大鉱脈だった。

 
c0109850_1233417.jpg

 
 もうひとつの3.11、もうひとつの「夏の思い出」、もうひとつの「少年時代」、もうひとつの「ふるさと」、もうひとつの「北の国から」、もうひとつの「Sweet Memory」、もうひとつの「涙そうそう」、もうひとつの「残酷な天使のテーゼ」、もうひとつの「天国への階段」
 
 またYouTubeで素晴らしい音楽表現者をみつけた。南澤大介。ギター弾き。1966年生まれ。知る人ぞ知るといった存在。
 ギター1本でロックやポップスの名曲を演奏した南澤のCD付き楽譜集「ソロ・ギターのしらべ」シリーズは累計35万部を超えるロングセラーを続けている。これは楽譜としては異例中の異例だ。
 南澤大介の音色はソリッドでありながらやさしく、あたたかい。人肌の温もりがある。あるいは、少年のひと夏の思い出のようななつかしさ。郷愁を誘う。その意志の中心には硬質なメタルがある。そして、南澤大介はなに食わぬ顔で、ときおり神業とも言うべき超絶技巧を放り込んでくる。しかも、外連味なく、自然体で。向うウケを狙ったような「臭さ」のないのがいい。それは、南澤大介の「音楽表現者としての良心」のひとつの現れでもあるだろう。それらはすべてギターを弾くための徹底した基礎技術に裏打ちされている。母親から受けた音楽的影響力はアコースティック、ポップス、ロックというタームに色濃く表れている。何者も母親=故郷から逃れることはできない。あるいは、母親=故郷を出発点とし、羅針盤とする者のみが生き残る。このふたつと激しく対峙、逆立するとしてもだ。
 3.11の悲劇の1ヶ月後には『いのり ~guitar』という鎮魂と慰霊の作品集をレコーディングする反応の良さも持つ。この『いのり ~guitar』は3.11を悼むためになされた数々のパフォーマンスの中でも出色である。隠れた名盤、必聴盤だ。「無人島音楽リスト」にまたひとつ宝石が加わった。マイケル・ヘッジスもギター天国でファンキーなアボカドを食べながら「俺も練習しよっと」と思っていることだろう。


【参考】
 南澤大介/Daisuke Minamizawa:音楽表現者。1966年12月3日生。作・編曲家として、プラネタリウムや演劇、TVなどのサウンドトラック制作を中心に活動中。近作に、NHK教育TV「しらべてゴー!」(作曲)、フジTV「ブザービート」(ギター演奏)など。
 高校時代にギターの弾き語りをはじめ、のちソロギター・スタイルの音楽に傾倒。マイケル・ヘッジス、ウィリアム・アッカーマンら、ウィンダムヒル・レーベルのギタリストに多大な影響を受ける。1992年、TVドラマ「愛という名のもとに」サウンドトラック(作曲:日向敏文)への参加がプロ・ギタリストとしてのデビューである。


南澤大介 - 夏の思い出 (いのり ~guitar/2011)
南澤大介 - 少年時代 (ソロ・ギターのしらべ vol.8/2006)
南澤大介 - ふるさと (いのり ~guitar/2011)
南澤大介 - 北の国から (ソロ・ギターのしらべ vol.11/2011)
南澤大介 - Sweet Memory (ソロ・ギターのしらべ vol.11/2011)
南澤大介 - 涙そうそう (COVERS vol.1)
南澤大介 - 残酷な天使のテーゼ (ソロ・ギターのしらべ vol.10/2009)
南澤大介 - Stairway to Heaven(天国への階段/ソロ・ギターのしらべ vol.4 官能のスタンダード篇)
 
by enzo_morinari | 2013-08-27 12:33 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

遥かなるスペイン#2 『アルハンブラの思い出』の思い出

 
c0109850_2343911.jpg

 
『Recuerdos de la Alhambra/アルハンブラの思い出』は「モダン・クラシックギターの父」と言われるフランシスコ・タレガ(Francisco Tárrega)の代表作であって、全編を通じて奏でられるトレモロ奏法(単一の高さの音を連続して小刻みに演奏する技法/複数の高さの音を交互に小刻みに演奏する技法)はアルハンブラ宮殿のパティオにある噴水の水の動きを表現している。

 G. オーウェルの『カタロニア讃歌』を読んで胸を高鳴らせ、居ても立ってもいられなくり、ついにはスペインを旅した。旅程表なし。旅装なし。始まりは思いつき、当てずっぽうだった。持ち物と言えば、岩波文庫の『カタロニア讃歌』と旅券とウォークマンと数本のテープ。まるで町内を散歩するような格好だった。おまけに長女が生まれて半年も経っていなかった。
 本来的には、旅は旅の計画を立てはじめたときから始まっているのだが、その「計画」が皆無だった。まったくの思いつき、閃き。インスピレーション。Gipsy Kingsの『Inspiration』はまだ世に出ていなかった。
 カタルーニャの熱く乾いた空気に吹かれること。それさえできれば旅の円環は閉じられる。そう考えていた。しかし、カタルーニャに本当に「熱く乾いた風」が吹くのか否かについての知識はほとんどなかった。ただ、「そう思った」ということだ。インターネットもまだ世界に存在しない時代だ。情報を手に入れるためには数倍あるいは十数倍手間と暇がかかった。そんな悠長なことをしている余裕はなかった。

 バルセロナの小さな漁師町で年老いた漁師のホセと出会い、いにしえのベガの栄耀栄華の時代、栄枯盛衰、生者必滅会者定離の理を思い、グラナダに別れを告げてから、すでにして30年にもなるか。
 古代からの砦の上に建つシンプルな直線と曲線で出来あがったアルハンブラ宮殿の石­造りの城壁が、背後に連なるシエラネバタ山脈と美しく溶けあってい­た。カソリック文化とイスラム文化の融合混淆が醸す­エキゾチシズムの魅力は強く、深い。宮殿から眺めるサクラモンテの­丘や宮殿内のヘネラリフェや一群の噴水に心が静かに揺れた。揺りかごの中で揺れているような気分だった。
 アルハンブラ宮殿は砂漠の民のイスラム教徒にとってはパラダイスでもあったろう­。キリスト教徒との戦いに敗れ、宮殿を明け渡すときにサラディンが何度­も宮殿を振り返り、涙を流した逸話が胸を打つ。
 宮殿からの帰途、ギターの工房でギターを一本買った。旅のあいだ、手持ち無沙汰のときは下手糞なトレモロで『Recuerdos de la Alhambra』を爪弾いた。そのたびに、エスパニョールとエスパニョーラたちを笑わせた。

 いい旅だった。旅の円環はまちがいなく閉じられた。あとに残されているのはグラスの淵を回ることだけだった。数年後にはグラスの淵を回るどころか、首までどころか、全身酒漬けの日々がやってくるとも知らずに。
 帰還すると長女は1歳になっていた。贖罪がわりに『Recuerdos de la Alhambra/アルハンブラの思い出』を聴かせてやったが、笑わず、神妙な表情をみせたあと、地頭も困り果てるほどの大声で泣き、噴水を噴き上げた。『亡き王女のためのパヴァーヌ』を弾いたら、王女さまはコトンと眠りに落ちた。
 
by enzo_morinari | 2013-08-26 23:04 | 遥かなるスペイン | Trackback | Comments(1)

遥かなるスペイン#1 パパ・ペペ

 
c0109850_9452118.jpg

 
 スペインを旅したとき、バルセロナのさびれた漁師町で土地の古老と知り合った。名をホセといった。私は親愛の情をこめてパパ・ペペと呼んだ。私がそう呼ぶと、ホセは顔をくしゃくしゃにして喜んだ。
 パパ・ペペは80歳近いにもかかわらず、肌はみずみずしく艶やかで、海で鍛えあげた赤銅色の肉体は地中海の豊饒なる光を受けて眩しく強く輝いた。
 夜、漁具の手入れをしながらパパ・ペペは自らが生きてきた80年におよぶ人生を言葉少なに語った。スペイン内乱時、フランコ軍との戦いにおける武勇伝や、戦いのさなかに妻と子を失った悲しい物語を身振りをまじえ、ときに涙ぐみながらパパ・ペペは語った。
 私はパパ・ペペから多くのことを学んだ。潮の見方、舵の取り方、銛の扱い方、流木を使ったナイフ細工、酒の飲み方、さらには女の口説き文句までをパパ・ペペは私に教え込んだ。そして、なによりも、男としての生き方、男が男でありつづけることの孤独と困難を私に教えた。
 ある朝早く、パパ・ペペは私を漁へ連れ出した。旧式の船外機がついた小船はひどい喘ぎを発しながら出港した。港を出てまもなく、最新式のクルーザー船が私たちのすぐ横を波を蹴立てながら疾走していった。
「あんなものは漁師の乗るしろものではない」
 パパ・ペペは吐き捨てるようにそう言った。私はパパ・ペペから眼をそむけた。私自身が責められているように思えたからだ。日暮れまでかかって獲れたのは鱸に似た美しい魚が2匹だけだったがパパ・ペペは充分に満足していた。その静かで自信に満ちた表情は男の誇りとも、男が男であろうとした時代の、最後の、そして最良の抵抗のしるしとも見えた。
 去る日。パパ・ペペは友情のあかしにと使い込まれて黒光りする愛用の銛の1本を私にくれた。私がお礼のつもりでウォークマンとカセットテープを差し出すと、パパ・ペペは急に怒ったような表情になり、私を突き放し、そして背を向けた。
 男と男の友情に代償はいらない。── パパ・ペペはなにも言わなかったが背中が語っていた。私に背を向けるパパ・ペペの大きくたくましい肩が小刻みに震えている。涙がとめどもなくあふれる。うれしかったのでもないし、かなしかったのでもない。感傷の涙などではもちろんなかった。それまでに流したことのない種類の涙だった。それは男の誇り、男の勇気、男の孤独、男の哀しみを目の当たりにしたときにだけ流れる涙らしかった。
 私はうしろからパパ・ペペを力のかぎり抱きしめた。すると、旅のあいだに起った様々な出来事、風景、出会った人々の顔が次々とよみがえり、そして消えていった。それがパパ・ペペとの、多くの人々との、そして、スペインとの本当の別れだった。パパ・ペペのくれた銛は、かわることのない友情のあかしとして、いまも私の部屋の壁にかけてある。
 
by enzo_morinari | 2013-08-26 09:45 | 遥かなるスペイン | Trackback | Comments(0)

千年喪に服せ

 
c0109850_2125582.jpg

 
 千年に一度の災厄に遭遇し、数万年にも及んで毒を撒き散らすプルトンの火が燃えさかることとなった災害にまみえながら夏休みだと? ゴルフ場で芝刈りだって? あきれかえって、太ももを刺されても「痛いよお、痛いよお」と歯茎を剥き出して嗤いたくなる。
 ボンボンだということは初めからわかっていた。しかし、ボンボンのうえにボンクラだったとはな。最高権力者がこの体たらくでは民草がポンコツボンクラヘッポコスカタンだらけになるのは当然だ。
 民スのときは野田土左衛門佳彦に象徴されるように、ただ単に愚鈍なだけだった。ジ民に取って代わってからは愚劣にして卑劣と相成った。この結果を生んだのはほかでもない。先の選挙でジ民が「歴史的勝利」を果たすに至る投票行動乃至は不投票行動を行った国民である。そして、全員がその結果に対する責任を取り、ツケを支払わなければならない。それが間接民主主義の冷厳にして冷徹なルールである。

c0109850_2132486.jpg

 では、いかなる責任の取り方、ツケの支払い方をするのか? 話は簡単だ。餓死大国の汚名を着て、その国の国民として生き、死ぬのだ。「あのとき死んでおけば」という阿鼻叫喚の生き地獄をリアルに経験すること。保守修繕のされない道路は荒廃し、橋脚は崩壊し、放射性物質によって汚染された国産食品あるいは農薬という名の毒薬にまみれた輸入食品を喰い、体内に、そして胎内にどんどんじゃぶじゃぶと猛毒の化学物質と放射性物質を蓄積させて生き、そして死ぬのだ。もがき苦しみ、のたうちまわり、むごたらしく。せめてできることは千年先にも届くような、深い喪に服すことである。嘆きの狼となって鎮魂の荒野を疾走すること。
 浮かれるな。上っ調子になるな。上滑るな。われわれ自身の手による「嘆きの壁」を築け。そして、千年喪に服せ。服喪の季節を千年生きろ。
 あなたが今口に運んだ「お気に入りのパン屋で買ったお気に入りのパン」は、魂にまで及ぶ洪水に飲み込まれて死んだ者たちが千年経とうともひとかけらさえ口にできないパンである。痛切にして痛恨のパンである。

 No Pain, No Gain, No Life. 痛みのパンなくして前進なく、人生なし。

c0109850_2134694.jpg

 
by enzo_morinari | 2013-08-26 02:13 | 鎮魂のイストワール | Trackback | Comments(0)

夏を追悼せよ/今はもうどこにもない、あの海を探して。

 
c0109850_20254838.jpg


未来は保証するものではなく、追悼すべきものだ。E-M-M


プレイステーション2の『ぼくのなつやすみ2 海の冒険篇』にハマりにハマった時期がある。2002年の夏のことだ。長い浪人時代のただ中だった。繰り返し流れるテレビCMの映像に魅かれ、秋葉原まで出かけて手に入れた。イラストレーターの上田三根子によるキャラクター・デザインはとてもキュートで魅力的だった。上田三根子は、最近ではライオンのハンドソープ/ボディソープ「キレイキレイ」のキャラクターの作り手として活躍中である。

2002年の夏は『ぼくのなつやすみ2 海の冒険篇』とともに始まり、生き、過ぎゆき、そして、終りを告げた。あの夏のあいだ中、ずっと『ぼくのなつやすみ2 海の冒険篇』の中に生きているような錯覚さえ覚えた。エンディングでロケットが空高く飛翔けのぼっていくシーンでは不覚にも涙した。

少年のひと夏の冒険。実に心そそられるテーマだった。沈没船。サイダーの王冠探し。樹上の秘密基地。秘密の小部屋。麦わら帽子。虫取り網。虫かご。昆虫採集と昆虫標本づくり。虫相撲。花火遊び。朝顔の観察日記。油蝉とミンミンゼミと蜩の声。夏の灼けつくような陽の光の中に仄見えるもの。水の音。風にそよぐ梢。小川のせせらぎ。寄せる波。返す波。海に沈みゆく太陽。潮騒。波打ち際。魚釣り。宝探し。肝試し。探検。うつろう魂。隠された伝説。夏の終りと別れ。

『ぼくのなつやすみ2 海の冒険篇』は胸をときめかさずにはおかない要素がふんだんに盛り込まれていた。『ぼくのなつやすみ2 海の冒険篇』は『ファイナルファンタジー7』『バイオハザード』とともに、「アノニマス・ピープルとしてバーチャルの中に生きること」を決意させるきっかけとなった。

『ぼくのなつやすみ2 海の冒険篇』は、「少年の夏」を題材としたものでは、2003年公開の映画、『ウォルター少年と、夏の休日(Secondhand Lions)』とともに2000年代初期におけるトップ2であるように思える。

昭和50年(1975年)8月、母親が臨月を迎えたことから主人公である9歳の少年「ボク」が、夏休みの1ヶ月間、伊豆半島の陸の孤島のような海辺の町「富海」で民宿を営む叔父の家にあずけられるところから「ボクの夏休みの物語」は幕を開ける。

『ぼくのなつやすみ2 海の冒険篇』の舞台のモデルとなった場所が伊豆半島にあると知り、実際に出かけもした。しかも、自転車で。『ぼくのなつやすみ2 海の冒険篇』の舞台のモデルとなったのは静岡県伊東市の富戸だが、吾輩の「2002年僕の夏休み 海の冒険篇」の舞台は沼津市の戸田(当時は沼津市との合併前で「静岡県田方郡戸田村」)となり、その数年後、戸田は吾輩にとってさらなる重要な意味を持つ「場」となった。

『ぼくのなつやすみ2 海の冒険篇』は随所に使われる音楽も実に効果的で魅力があった。主題歌である沢田知可子がカバーする井上陽水の『少年時代』に始まり、夜になると相楽家のBGMとして流れるエリック・サティの小品の数々。『ジムノペディ第1番』『ナマコの胎児』『ノクチュルヌ第3番』『ジュ・トゥ・ヴー』等々。

中でもとりわけて印象深いのは、夏の終りの夕暮れに登場人物の一人が民宿のテラスでギターを奏でるシーンだ。曲はフランシスコ・タレガの『Recuerdos de la Alhambra/アランブラ宮殿の思い出』だった。音楽と映像とがとても合っていて、去りゆく夏、夏休みの終りのせつなさをとてもよく表現していた。ゲームの進行とまったく関係はないが、そのシーンでゲームを一時中断し、BGMがわりに1日中聴いていたこともある。

そして、10年の歳月の流れ。あの夏は帰らないが、それでも、夏が来るたびに、そして、夏に別れを告げる時期になると思いだす。まるで少年時代の宝石のようななつかしい思い出を思いだすように。


夏が過ぎ、八月は夢花火。ひと夏の夢はつまり、思い出のあとさき ── 。

さらば、夏の日々よ。夏の終りの陽を浴びて潮風に息吹く花たちよ。その束の間に消えゆくことと知りながら。


c0109850_205536.jpg

 
by enzo_morinari | 2013-08-25 14:08 | 明日を追悼せよ | Trackback | Comments(0)