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芥川系野坂流大江的春樹の風、そのうちねじめ。#1

 
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 僕の昼餐後の中産階級的コロニアル生活の手持ち無沙汰に無数の侏儒どもが回す透明な無数の歯車が各家庭ごとにある借金苦に耐えきれずに鉄道自殺した者の戒名を表札がわりにしている不埒さを巻き込んでいる態を見ながら憎しみと憤怒がこみあげてくるのを如何ともしがたかったのは、畢竟、僕の人生と世界を憎悪しているからにほかならない。見れば妹のサンダルの緒が切れかかっているのでなおしてやろうと思ったところへ大江の健坊がレイン・ツリー色のジャギュワでスカしてドライブドライブと洒落こいてきやがったのでこちらも負けてはいられないとばかりに愛人マンションから脳膜メンマを呼び出してこんなときのためにと準備万端しておいた羊博士と羊男の二頭引きで捲土重来したところが大江の健坊はジャギュワを宙返りさせて伊丹空港経由四国山脈に進路を取っていた。
 
by enzo_morinari | 2013-07-09 18:08 | 芥川系野坂流大江的春樹の風 | Trackback | Comments(0)

真言の音楽#10 サリフ記念日

 
 このビートがイイネとマリが言ったから7月8日はサリフ記念日 E-M-M

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古代マリ帝国王家の直系の子孫にしてアルビノ。神の声を持つ男。神に選ばれ、視えない漆黒の十字架に磔にされし者。たいていの事態、事象はサリフ・ケイタの前では消し飛ぶ。どうということのない些事にすぎなくなる。こういうのを本物の一流というのだ。

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『FOLON』の哀愁と絶望と覚悟はどうだ?『YAMORE』の諦念と強靭はどうなんだ?『MANDJOU』の腹のくくり具合はどうなんだ? 腰のすわらぬ悲嘆やら愁訴やら不全感やらに身をよじる自分が恥ずかしくなるはずだ。恥ずかしくならない者はとっととニューカレドニアにでも移住してしまうがいい。極楽とんぼの大群がお待ちかねだ。そのような輩が座る椅子は「真の意味の世紀末」である現在にはない。おべんちゃらと薄汚れて手垢にまみれたきれいごとを並べたてるしか能のない鈍感ポンコツウスノロボンクラヘッポコスカタンにはこの椅子取りゲームの参加資格はない。

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Salif Keïta - Moussolou
 
by enzo_morinari | 2013-07-08 22:31 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

「ぼんやり」「塊り」という名の魚/BLOBFISH(和名ヤマシタタツロウウオ)

 
 ボンヤリウオの正体は山下達郎(ヤマシタタツロウウオ)だった!

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by enzo_morinari | 2013-07-08 18:21 | CREATURE CREATOR | Trackback | Comments(0)

DINER'S HIGH#1

 
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国道16号線沿い、ドブ板通りの西側裏手。米軍横須賀基地の近くに1軒の食堂がある。DINER'S HIGH。車の窓越しに見えるDINER'S HIGHは繁盛していないことがひと目でわかるほど薄暗く、さびれていた。

36年ぶりに見るDINER'S HIGHの看板はくたびれ果てている。ペンキは剥げ落ち、錆がびっしりと浮いている。当時と変わらないのは私が酔っ払ったときにバットでぶっ叩いてできた凹みの痕跡だけだ。

最後にDINER'S HIGHのくそまずいコーヒーを飲んだのは1976年の冬。18歳だった。街のそこかしこから『ホテル・カリフォルニア』の物悲しい旋律が聴こえていた。

「ぼくは二十歳だった。それがひとの一生で一番美しい年齢だなどと誰にも言わせまい」と書いたのはポール・ニザンだが、18歳だっておなじだ。カネがなく、いつも腹をすかしていて、ストリート・ファイト42連敗というおまけつきだった。

その頃、私は街ですれちがう相手に誰彼かまわず喧嘩をふっかけ、そして、ことごとく敗北していた。いがぐり頭の中学生に負けたことすらある。191戦8勝。8勝のうちの6勝は21歳の柴犬の爺さんからお情けでいただいたものだ。もしも柴犬の爺さんが本気でドッグ・ファイトしていれば97パーセントくらいの確率で彼が勝っていたと思う。当時の私はそれくらい腕っ節に自信があった。

いつかファイト・クラブの王となり、WBCのヘビー・ウェイトのチャンピオンになることだって不可能ではないと思っていた。そして、記念すべき200戦目の相手は内藤のジュンちゃんことカシアス内藤だった。カシアス内藤とは横浜中華街のレッドシューズで出会って以来の因縁があって、米軍基地の正門前ですれちがいざまに右ストレートを鼻っ柱に叩きこまれた。元東洋ミドル級チャンピオンのパンチはそこそこ効いた。プレアデス星団が100個くらい出た。そして、夢をみた。「燃えつきた波止場の夢」だ。

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冷たい雨の降る神戸ポートタワーのすぐ横に遠慮がちに立つ幻の神戸タワーの第42展望台からブルック・ベントンとトニー・ジョー・ホワイトとランディ・クロフォードが肩を組んで見下ろす燃えつきた波止場の暗がりで聴く『RAINY NIGHT IN GEORGIA』のようにも、前の晩に会えなかった夢見るヨコスカ・カウ・ガールと山手のドルフィンでソーダ水の中を世界の果てに向けて航行する中国行きの貨物船に「ボン・ヴォヤージュ!」と声をかけ、視えない三浦岬を幻視しながら口ずさむ『TOWER SIDE MEMORY』のようにもせつない夢だった。

明け方の本牧埠頭D突堤ほどではないにしても、真冬の山下埠頭の夜よりもかなしくせつない。大黒埠頭と瑞穂埠頭とベイブリッジがもらい泣きしたほどだ。ベイブリッジが肩を震わせて泣いたせいで7台の日産の陸送車が橋から落下した。マイク浜の秘書の矢作俊彦は神さまのピンチヒッターと大江さまのピンチランナーをとりちがえてマイク浜に大いなる鉛の銃弾を弾倉がつきるまで撃ちこまれたうえにマイク浜の「掟」を42000回諳誦させられ、人生が暗礁に乗り上げてしまった。いまでは横浜港のしがない夢先案内人に身をやつしている。

すべては「冷たい雨の降る神戸ポートタワーのすぐ横に遠慮がちに立つ幻の神戸タワーの第42展望台からブルック・ベントンとトニー・ジョー・ホワイトとランディ・クロフォードが肩を組んで見下ろす燃えつきた波止場の暗がりで聴く『RAINY NIGHT IN GEORGIA』のようにも、前の晩に会えなかった夢見るヨコスカ・カウ・ガールと山手のドルフィンでソーダ水の中を世界の果てに向けて航行する中国行きの貨物船に ”ボン・ヴォヤージュ!”と声をかけ、視えない三浦岬を幻視しながら口ずさむ『TOWER SIDE MEMORY』のようにもせつない夢」、YOKOSUKA DREAMIN'のせいだ。

夢というのは本当におそろしい。たいていの夢はこどもの頃に砕け散っているものだが、中にはしぶとく生き延びてとんでもない幸運をつかんだりもする。たとえばこの私のように。そして私を夢物語のような夢の日々に導いてくれたのがカシアス内藤の右ストレート・パンチによってもたらされたYOKOSUKA DREAMIN'だ。

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荘厳な儀式にでものぞむような気分で私はDINER'S HIGHのステンレス・スティールの扉を押した。押したが扉は開かない。そうか。押すんじゃない。DINER'S HIGHの扉は引くのだ。引く。開かない。あれ? どうしちゃったんだ? 押してもダメ。引いてもダメ。そういうときは蹴飛ばせばいいと開高健先生に教わったじゃないか。

蹴飛ばす。ワールドカップの決勝戦の延長戦後のPKを蹴るような浮動小数点の決意で。DINER'S HIGHの扉はアダムス・ファミリーの城の門のような音を立てて開いた。

「来やがったな。蚊とんぼ坊や。36年と42日17時間42分54秒ぶりじゃねえか」とダイナ爺さんは言った。おそろしい記憶力だが、正確には36年と42日17時間42分42秒ぶりだ。ダイナ爺さんはときどき肝心なところでまちがいを犯す。しかし、その分を差し引いても、この冬で96歳になるDINER'S HIGHのマスター、ダイナ爺さんの記憶力と威勢だけはたいしたものだ。住宅ローンを払い終えて御満悦、したり顔の爺さん婆さんよりはよほど世界を愉快にしている。

世の中のたいていの爺さん婆さんは不愉快なうえに傲岸不遜で口が臭い。センスがない。向上心がない。彼らのおかげで世界は21パーセントくらいつまらなくなっている。困ったものだ。

「くそまずいコーヒーにするか? それとも大下痢をもたらすくその役にも立たないホット・アボカド・サンドウィッチか?」
「その両方だ」
「ちょいと会わないあいだにずいぶんと羽振りがよくなったじゃねえか。え? 蚊とんぼのあんちゃん」
「いつまでも下っ端の兵士ではないさ。いまは上等兵だ」
「たいしてかわりはねえがな。一兵卒も上等兵も。まあ、これはおれからのお祝いだ。蚊とんぼ上等兵殿」

そう言って、ダイナ爺さんは3分の1くらいウィスキーの残ったグレンリベット1972年のボトルを私の前に滑らせた。

「お祝い? なにの?」
「これからあんたがみる夢のだ。正確には夢をみつづけて、ついには夢が現実になることへの前祝いだ」
「わけがわからないな」
「ふん。いまにわかる。いまにな」

ダイナ爺さんはほくそ笑みながら言い、調理場に向かった。ソニーの古いポータブル・ラジオから聴こえていたFENのDJの能天気なおしゃべりが終わり、ドゥービー・ブラザーズの『Long Train Runnin'』がかかった。YOKOSUKA DREAMIN'本編の始まりだった。
 
by enzo_morinari | 2013-07-08 10:19 | DINER'S HIGH | Trackback | Comments(0)

マイオルカの男と海の賢者

 
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 マイオルカの男と海の賢者はイルカとともに悲しみの青い海を泳ぐ。 E-M-M


 いまでもときどきマイオルカの男の野太い声が耳をかすめる。腕組みをし、トスカーナの青い海を見下ろす分厚い胸板をしたマイオルカの男の姿が眼に浮かぶ。マイオルカの男はトスカーナの海の底でイルカの子守唄を聴きながら、海の賢者・ジャック・マイヨールとともに眠りについている。

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 目を覚ましたマイオルカの男はジャック・マイヨール相手に馬鹿っ話に花を咲かせ、呼吸法や女の口説き方について話し込んでいるはずだ。だが、われわれはもはやマイオルカの男と会うことはできない。当然、話すことも、野太い声と不器用な笑い声を聞くこともできない。マイオルカの男はジャック・マイヨールとともにトスカーナの海の底にいるからだ。その海の底に行くこともかなわない。われわれはふたつの誇り高く美しい魂を失ったのだ。それはローマ帝国が滅んだことよりも人間にとっては大きな痛手となった。

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 かわいそうなマイオルカの男。かわいそうなジャック・マイヨール。ジャック・マイヨールに至ってはクリスマス・イブの前日に死んだ。犯人はわかっている。わかってはいるが手出しはできない。なんてことだ。なんてことなんだ。世界はなんてことになってしまったんだ。世界はあとは腐るだけだ。腐って、溶けてなくなるだけなのだ。

 マイオルカの男と海の賢者を殺したのはおまえだ!

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by enzo_morinari | 2013-07-08 04:46 | 流儀と遊戯の王国 | Trackback | Comments(0)

huluの広告のUGLY BETTYねいちゃんのJ-Bケロンパなブスっぷりが気になってしかたない夕暮れ

 
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6時間早いがジェリー・マリガンの『Night Lights』1963 Versionを聴いている吾輩である。ビッグ・フェイス・ガジン・フロム・アプリコットアイランドの暗躍ぶり鞭っぷり縛りっぷりを確かめてやろうかいということで、阿藤快でないほうの阿藤海を軒下に呼びつけて、アリン・スエツングースカにアゴ・メガトンをブッ喰らわせるように申しつけたところが、阿藤快でないほうの阿藤海の野郎が神妙な面持ちで林海象と同衾して夢みるように眠りたいなどと言いだすので、仕方なく横浜中華街チェッカーズ・バーの元海兵隊兵士ジージに電話したところが生憎にも桃井かおりが居座ってやがって手が離せないという始末。桃井かおりときた日にはあっちこっちで鼻づまり糞づまりゼニカネづまりを起こさせやがってまったくろくなことをしやがらない。ヤりすぎで眼の下真っ黒黒須家をなんとかしてから金貸しと化粧品屋のCMに出ろよな、大物女優さんよ。真行寺君枝の揺れる眼差しに免じて風の歌を聴かせてやらないこともないが、小林薫と懇ろになろうてえのはちと料簡が太すぎるぜ。そんなこんなの梅雨明け初日の夕暮れにいきなりhuluの広告のUGLY BETTYねいちゃんのJ-Bケロンパなブスっぷりに身の毛もよだつ吾輩を尻目にビッグ・フェイス・ガジン・フロム・アプリコットアイランドは日飛ハーフのクミちゃんとコメダ珈琲店の座り心地が良すぎる椅子で二人人間椅子と洒落こんでいやがるというじゃあねえかよ。孤独な散歩者の夢想の始末を吾輩に押しつけておいてそれはなかろうよ。こうなってはジェリー・マリガンの『Night Lights』1963 Versionを聴きながらhuluを無音で鑑賞することとする。世紀末だなあ。ファン・ド・シエクル銃とファーバーカステル『アルブレヒト・デューラー水彩色鉛筆120色セット(木箱入り)』が欲しいなあ、夏。I am no one.
 
by enzo_morinari | 2013-07-06 18:52 | I am no one. | Trackback | Comments(0)

IKEAが湖池屋を完全子会社化。社名は小癪にも「コイケア」

 
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コイケヤがうまい。おもしろい。気が利いている。ぶっ飛んでいる。とんでもない。どうしようもない。カラムーチョ・ドンタコスすぎる。そんなような夏の半ドンの昼下がりである。わが愛人マンション・元麻布ヒルズ42階F1-3在住のケイコ・コタンを踏んづけ、蹴散らし、縛りあげ、紅蓮の蝋燭タラタラし、ピュアブラックのスパンキング・ラケットでこれでもかというほどに打擲し、真っ黒黒須家御用達のゴムラバー着せてキュキュSqweegelしたうえに悪口雑言阿鼻叫喚の罵声を浴びせ、ケイコ・コタンが「アレアレモーモー」と偶蹄目し、さらにさらに「もう堪忍堪忍。クンニリングスはもっとして」と懇願したところで高円寺純情商店街ねじめ民芸品店のねじめ正一若旦那に電話して特製愛人専用脳膜メンマを注文した。いましもケイコ・コタンが涎をダラダラジュルジュルと垂らしたところへ、コイケヤ密偵のポリンスキーとイケア間諜のポランスキーが六本木ヒルズけやき坂TSUTAYA脇でペンティ・サイズのキャラメル・マキアートを奪い合い、その争いに待ったをかけようと泳ぐ鯛焼き飼い主の浪花家総本店二代目自転車野郎が麻布十番温泉の窯から拝借した「豆源特製焼け石」を放り込んだものだからおさまるものもおさまらない塩梅になってしまった。たいしてうまくもないどころか小汚いだけの「秘伝のタレ」とやらの壺をこれ見よがしに店頭に鎮座ましかばましませるあべちゃんのボンクラ若造がてめえのところの自称備長炭その実MADE IN 支那のしょぼくれた炭の熾きをぶん撒いたものだからさあ大変だ。麻布十番温泉があったころなら湯上がりに一杯二杯とひっかけてモツ串の二三本も喰ったものだが、温泉なければ魚屋もなくなっちまった今となっては素通り知らんぷりが相場というものだ。そんなところへもってきてけやき坂の64本ある欅の木が一斉蜂起し、絶妙の勾配で新米自転車便メッセンジャーの心臓をハッパばくばくコークすこすこさせていたけやき坂の斜度を3度きつくしてしまった。あしたの朝の愛人ケイコ・コタンとの散歩がきつくなっちまったじゃねえかよ、コイケヤとイケアめ。 こんなときこそカンディンスキーのコンポジションに見蕩れて自分の立ち位置、ポジションの確認をしなければ芝浜の夢が破れてしまうというものだ。コイケヤとイケアの合併まであと42日。「合併」と言っても、その実、イケアによるコイケヤの子会社化とはモンドリアン・エピキュリアンのジャン・ポール・ベルモント・ポリンスキー伯爵でも知らぬ存ぜぬだろうよ。おまけに新社名は小癪にもコイケアだとさ。新社屋は諏訪湖の畔。そのうち、諏訪大社は北欧大社、御柱祭りはビヨン・ボルグ祭りにでもなっちまうんだろう。ケイコ・コタンもアケイコ・コタンに水金地火木土天海冥、太陽系第三惑星の代表としてプルトンどんどんじゃぶじゃぶビッグ・フェイス・ガジン・フロム・アプリコットアイランドとの2プラトンにも耐えてもらって前をゆく小賢しいプロトンどもを分断し、細切れグルペットにしてやらねばマイヨジョーヌ・ヴェール・ブラン・ア・ポワ・ルージュ・ブランのすべてを着て巴里アルク・ド・トリヨーンフ凱旋もままならぬ。生きつづけるというのはまことに厳しいものである。その厳しさたるや、ラルプ・デュエズをフロント53×リア15で登りきるのに匹敵する。マルコ・パンターニの魂はいまごろどこでマルコムXと密会し、マルコメの小坊主に作らせたハナマルキ・モリミツコ・ホーローキ・ソイスープを飲んでいるのかな。ランス・アームストロングは死ねばいいのに。エディ・メルクスは痩せればいいのに。横尾双輪館のHOLKSはいいフレームなのに。
 
by enzo_morinari | 2013-07-06 15:10 | カンディンスキーポリンスキー | Trackback | Comments(0)

千のメルドー#4 下衆外道の正体見たり文藝春秋

 
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 メルドー物件0006 文藝春秋

 下衆外道はいついかなるときにも下衆外道である。その巣窟は紀尾井町と新宿矢来町と文京区音羽と港区海岸にあり。 E-M-M


 週刊文春、安藤美姫選手の出産賛否を問うアンケートで謝罪 毎日新聞 2013年7月5日
 週刊文春は5日、フィギュアスケートの安藤美姫選手(25)の出産について賛否を問うアンケートを読者に行ったところ、抗議が殺到したことから、同誌のウェブサイトに謝罪文を掲載し、アンケートを取りやめた。アンケートは同誌のメールマガジンの読者向けに5日から開始。テレビ番組で女児の出産を明らかにした安藤選手について「出産を支持しますか?」「子育てしながら五輪を目指すことに賛成ですか?」との設問に対する回答を求めた。この設問について、内容がふさわしくないとの抗議が多数寄せられた。同誌は5日、サイトに新谷学編集長名で「出産そのものを否定したり、働きながら子育てをすることを批判しているような印象をあたえてしまいました」との謝罪文を掲載し、アンケートを中止した。


 新谷学経歴とコンメンタール(逐条解釈/畜生解釈)
 1989年3月 早稲田大学 政治経済学部 政治学科卒業。←また早稲田圃のセーケーか。気位、鼻っ柱だけはいっちょまえだがひと睨みでションボリ。撤収撤退。逃げ足と裏切りはお手の物という輩しか知らない。

 2012年4月 週刊文春編集長に就任。←鼻高々らしいが鼻は御手洗団子のごとき物件である。だれも鼻にも引っかけまい。とっとと2年前のギャラ払いやがれってのよ!

 2012年6月23日付[花田紀凱の週刊誌ウォッチング]367において、「スクープをしても昔ほど売れ行きに反映しないんですよ」と愚痴る。←女々しさ、未練タラタラも早稲田圃セーケーの特質である。

 2012年7月9日付け中国新聞のインタビューで「スクープは私たちの最大の武器です」「原点にあるのは人間への興味。皆がすごいともてはやす人は本当にそんなにすごいのか? と深く掘り下げるのが週刊誌の役割」とスクープを重視する姿勢を表明。←イエローペーパーに毛の生えたような『週刊文春』ごときのチンケな編集屋がなにを抜かしやがるかよ。臍が茶を沸かしすぎてタンニン中毒になっちまうってのよ!

 2013年7月5日、『週刊文春』公式サイト上で「「緊急アンケート! 安藤美姫選手の出産を支持しますか?」と題したアンケートを実施し、これに対して多数の抗議が寄せられ、当日中にアンケートは閉鎖。編集長新谷学名義でアンケートに関して不快な思いを抱かれた方への謝罪文が掲載された。しかし、謝罪する相手がちがうとの意見も多い。←下衆外道の正体見たり文藝春秋ここに極まる。馬脚をあらわすとはこのことだ。だれがだれとセックス/快楽追求運動/生殖行為をし、あるいはせず、出産しようがしまいが、大きなお世話である。当事者以外の何者も口出し手出し中出しはできない。セックス/快楽追求運動/生殖行為も出産もすぐれて個人的な体験だからだ。他者の生殖器周辺のあれこれをいじるヒマがあるなら霞が関の木っ端役人ども、カスミガセキシロアリめらの悪逆非道ぶりをスクープしやがれ!

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by enzo_morinari | 2013-07-06 11:17 | 千のメルドー | Trackback | Comments(0)

真言の音楽#9『不思議の国のアリス』を解読するための地図 エリック・ドルフィー『Out to Lunch!』

 
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演奏が終わった音楽は虚空へと消え、二度と取り戻すことはできない。 E-A-D


ビッグ・フェイス・ガジン・フロム・アプリコットアイランドと「死に場所」と「死に方」について殴り合いながら土砂降りの雨の中を歩いているとき、話題は宇宙森羅万象、ソンブレロ銀河への帰還、ステファンの五つ子の養育権におよび、とりわけて、こと「音楽」と「表現」にかかわることとなると、宇宙を支配する巨大な意志の力のやつめが異常な興奮を示し、雨はしばしば土砂降りをはるかに超えて、哲コン金クリート降りとなった。

突如、なんの前触れもなく、「エリック・ドルフィーの『Out to Lunch!』はやばい。とんでもない。しょっぱなから迷宮に叩きこまれる。脱出不能の迷宮に。クリームリンスのようなラビリンスに。能天気なフレディ・ハバードまでがすごいことをやってやがる」とビッグ・フェイス・ガジン・フロム・アプリコットアイランドが言った。

「そうだ。そのとおりだ。重度の糖尿病で血が接着剤のようにべとべとになっていたエリック・ドルフィーは『Last Date』でバイバイをし、”音は虚空に飛び去ってゆく”と言い残して死んだわけだが、実はドルフィーは『Out to Lunch!』ですでに世界に”バイバイ短めの昼食”していたのである」

ビッグ・フェイス・ガジン・フロム・アプリコットアイランドはゆっくりとうなずき、深々とため息をついた。そして、吐き捨てた。

「まったく! とっとと死んじまえばいいようなポンコツボンクラヘッポコスカタンどもがいけしゃあしゃあのうのうと生き残り、生きていなければならないホンモノばかりが早死にしやがる」

ビッグ・フェイス・ガジン・フロム・アプリコットアイランドの眼をみると本来失楽園にしか降らない青い雨粒がいまにもこぼれそうに浮かんでいた。

「泣くな。まだ泣くときではない。おれたちの『不思議の国のアリス』の冒険はまだ始まってさえいない。泣くのは午後のお茶の会を蹴散らして、海亀もどきスープの中にジョニー・グリフォンを沈めてからだ」
「だな」
「地図はすでに手に入れてある」
「なんだ?」
「『Out to Lunch!』だ。ルディ・ヴァン・ゲルダーはまだ死んじゃいない」


Eric Dolphy - Out to Lunch! (1964)

【Personnel】
Eric Dolphy - bass clarinet (1 & 2), flute (3), alto saxophone (4 & 5)
Freddie Hubbard - trumpet
Bobby Hutcherson - vibraphone
Richard Davis - bass
Tony Williams - drums

Producer - Alfred Lion
Released: 1964
Recorded: February 25, 1964. Van Gelder Studio, Englewood Cliffs
Genre: JAZZ-Avant-Garde Jazz
Label: Blue Note(BST 84163)

【Tracking List】 *All compositions by Eric Dolphy
1. "Hat and Beard" 8:24
2. "Something Sweet, Something Tender" 6:02
3. "Gazzelloni" 7:22
4. "Out to Lunch" 12:06
5. "Straight Up and Down" 8:19
 
by enzo_morinari | 2013-07-06 00:57 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

真言の音楽#8 ジャズの神学 キャノンボール・アダレイ『Somethin' Else』

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黒いビニルのLPレコード時代。ジュリアン・キャノンボール・アダレイの『Somethin' Else』を合計22枚買った。すり切れ、針飛びを起こすほど聴いたからだ。22枚目の『Somethin' Else』は初発当時のものを忠実に再現した復刻版の重量盤だった。KING RECORD社製。それまでに聴いてきた『Somethin' Else』とは桁違いに音質が良かった。価格も高価だったが十分に納得した。紙ジャケットも実によくできていた。「オリジナルとコピー、レプリカのちがいの意味はどうなる?」という疑問を持つほどだった。案の定、シャレ、遊び心の欠如した「くそまじめな精神」を持つ音楽評論家センセイの何人かがスウィング・ジャーナル誌上などで噛みついていた。吾輩にとって『Somethin' Else』の復刻版は古きよき黒きビニルのLPレコードへの挽歌、レクイムの意味合いを持った。時代は急速に「デジタル化」へと歩みを進めたからだ。

エリック・ドルフィーの『Out to Lunch!』やジョン・コルトレーンの『LOVE SUPREME/至上の愛』がジャズ史上のみならず音楽史上の「事件」であるとするならば、ジュリアン・キャノンボール・アダレイの『Somethin' Else』はジャズ史上におけるひとつの「神学」である。この神学は「神学論争」をゆるさない。すでにして答えは出ており、疑念を挟む余地がないからだ。それほどに『Somethin' Else』は屹立し、完成されている。契約上の諸問題のために便宜的にジュリアン・キャノンボール・アダレイがリーダーとなっているが、実質的実体的に『Somethin' Else』はマイルス・デイヴィスのリーダー作品である。『Somethin' Else』は牧歌的なマイルス時代にとうに別れを告げ、ブルーでレッドなマイルスへ、いよいよ本格的にモードへと歩みを進めるマイルス・デイヴィスのマニフェストであり、里程標であり、金字塔である。60年近くが経とうというのに古くない。古くないどころか新しくさえある。聴くたびに斬新さ、鋭さ、滋味の発見がある。「『Somethin' Else』を聴かずにジャズについて語るな」とはかの植草甚一の至言である。然り。ジュリアン・キャノンボール・アダレイのパフォーマンスは「サクソフォーン奏者の王」の称号を与えるに値する。


Cannonball Adderley - Somethin' Else (1958)

【Personnel】
Cannonball Adderley - alto saxophone
Miles Davis - trumpet
Hank Jones - piano
Sam Jones - bass
Art Blakey - drums

Producer - Alfred Lion
Released: 1958
Recorded: March 9 1958. Van Gelder Studio, Hackensack
Genre: JAZZ-Hard Bop, Bebop
Label: Blue Note(BST 81595)


【Tracking List】
Side I
1. "Autumn Leaves" Joseph Kosma, Johnny Mercer, Jacques Prévert 10:55
2. "Love for Sale" Cole Porter 7:01

Side II
1. "Somethin' Else" Miles Davis 8:15
2. "One for Daddy-O" Nat Adderley 8:26
3. "Dancing in the Dark" Arthur Schwartz, Howard Dietz 4:07

*Bonus Track(1999)
6. "Bangoon" Hank Jones 5:05
by enzo_morinari | 2013-07-06 00:00 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)