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GRIP GLITZ#6 東京ハードボイルド・ナイト#1

 
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東京の街に夜の帳が降りはじめるまで Havana Club をショットグラスにダブルで2杯分ある。

「ゆうべの仕事は久しぶりにきつかった。夜の新宿の雨は痛い。特にいやな仕事のあとの夜の新宿の雨は」

GRIP GLITZの言うとおりだ。新宿の雨は痛い。どれほど小さな雨粒であっても肌に突き刺さる。特に、息の根が停まったのを確認するために近づき、肌の美しい女の死顔をみたあとの新宿の雨は。新宿の雨が痛みを増したのはいつからだったか確認しておく必要がある。

GRIP GLITZは渋谷川沿いに新しくできた Havana Club のテラスでおそすぎる昼めしのテーブルについていた。世界のだれにも晩めしとは言わせない。GRIP GLITZが昼めしと言ったら昼めしだ。たとえマイルス・デイヴィスが世界の片隅で始まりも終りもないステップを踏みはじめる真夜中であってもだ。

昼めしはいつも決まっている。ピッツァが1枚だ。極上のサラミーノ・ディ・ブッファラと良心的なフィオル・ディ・ラッテの二種類のフォルマッジオが等分に領土を分け合っているスタジオーニのマルゲリータにイベリコ豚のプロシュートとバジルをたっぷりのせたピッツァ。メニューになければ作らせる。材料がなければ調達させる。制限時間は1時間だ。料理人に有無は言わせない。是非もない。そもそも、GRIP GLITZの生きる世界に有無も是非も存在しない。なにごとも学び、努力する姿勢が世界をよくする。

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きょうのGRIP GLITZの昼めしには手頃なドルチェがついている。まだ肝心のピッツァが焼き上がらないというのに、すでにドルチェはGRIP GLITZの前で神妙な面持ちで縮こまっている。その顔は遠目でもわかるほどに青ざめている。

「下衆外道がなんの用だ?」
「申し訳ございませんでした」
「謝罪するということはおれが謝罪を受け入れると高をくくったという了解でいいのか?」
「高などくくっておりません」
「で? さっさと用件を言えよ」
「用件はきちんと謝罪したいということです」
「謝罪? その謝罪とやらにはいくら元手がかかってるんだ?」

黙り込むドルチェ。

「命を差しだす覚悟はできてるんだろうな?」

さらに黙り込むドルチェ。息づかいが荒くなる。息づかいの荒いドルチェにはそうそうお目にかかれるものではない。ドルチェはたいていの場合、柔和で甘美で穏やかな表情をみせているものだ。だが、GRIP GLITZは足首の引き締まった美人には目がないが、それ以外、息づかいが荒かろうが柔和で甘美で穏やかであろうが、ガッバーナ婆さんの焼いたタルト・タタン以外の甘いものを口にはしないし、甘口のワインなどは憎んでさえいる。

「おれがおまえさんに言いたいことはただひとつだ。のたうちまわり、もがき苦しみ、むごたらしく死んでゆけ」

はらわたがよじれるほどいい香りを辺りに撒き散らすピッツァがやってきた。ドルチェは震えながら死刑台のエレベーターに乗った。明日の今頃には天国の扉を押しているか、さもなくば、地獄の釜を覗きこんでいるだろう。打ちひしがれたドルチェをGRIP GLITZはちらともみない。GRIP GLITZにとってはありふれた日常のひとこまにすぎないからだ。GRIP GLITZが水牛チーズのほうのピッツァをひと切れつまみ上げると同時に夜の帳が深々と降りてきた。GRIP GLITZはつぶやく。

「いい昼めしが人生を楽しく愉快にする。フィデル・カストロもくたばる前にそう言うはずだ」

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by enzo_morinari | 2013-07-15 04:40 | GRIP GLITZ | Trackback | Comments(0)

Esprit Noir#2 黒魔術の特売会があるので哀愁のヨーロッパ経由でボレロ

 
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 青い魔法の渦巻く聖なる街・フィラデルフィアは大層吾輩をお待ちかねなのだが、どうせならということで『君に捧げるサンバ』を無限ループでオエコモバしながらSAMBA PA TIすることにした吾輩である。このプロセスを踏むことで容易に黒魔術の奥義を究めることが可能となるし、1974年の日本武道館公演の際にアンプにギターを近づけたり遠ざけたりしながらワウワウさせていたローテク・サンタナに登別カルロス温泉の番頭としての役回りを押しつけることができるというオマケつきである。時代はまだ吾輩に追いつけずにいる。
 
by enzo_morinari | 2013-07-14 17:33 | Esprit Noir | Trackback | Comments(0)

Esprit d'Azur#2 青い魔法を探しにフィラデルフィアにぶっ飛ぶ

 
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 七色のはずの虹子がコート・ダジュールの青さを吸い込みすぎたのとブルーマンデーは御免蒙りたいので、これからちょっくらフィラデルフィアまでぶっ飛んでくる。ついでにBLUE MAGICのメンバーの墓参りも。このちっぽけな事件、枝葉末節、出し物、墓参りの余興に『Sideshow』をカラオケで歌う予定だ。人生はなにごともファンキー&ファニーが肝心要の勧進帳である。
 
by enzo_morinari | 2013-07-14 13:40 | Esprit d'Azur | Trackback | Comments(0)

真言の音楽#16 哀しくせつなくあてどなく儚い世界の終り スキーター・デイヴィス『The End of the World』

 
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スキーター・デイヴィスの『The End of the World』はナイーヴさがナイーヴなまま保たれていた季節、目にするもの耳にするもの指先に触れるもの、なにもかもが美しくかなしくあてどなく儚げに輝いていた世界とつながっている。 E-M-M


インターネット・ラジオで戯れにDJの真似事をしていた頃。番組の最後には必ずスキーター・デイヴィスの『The End of the World』をかけた。リスナーどもは若造小僧っ子小娘ばかりだったからスキーター・デイヴィスを知る者はいなかった。生まれて初めて『The End of the World』を聴く者がほとんどだった。

普段はBBSやSkypeで憎まれ口を叩いている若造小僧っ子小娘が、『The End of the World』をかけると急におとなしくなり、神妙になり、中には泣き出す者までいた。「なんだなんだなんなんだ! 涙が止まらねえ! わけわかんね!」とBBSに書き込む小僧もいた。似たような書き込みがいくつもあった。

「おまいら生ゴミに毛の生えたような輩の心、性根、魂にも届く本物の歌があるんだ。おぼえとけ! だが、今、おまえはいいことを言った」と突き放すように言ってやった。どいつもこいつも大馬鹿野郎だったが、大馬鹿野郎である分、かわいくもあった。常連リスナーのほとんどは『The End of the World』をiTunes StoreでDLしたらしい。ちょっとだけうれしかった。

トーク、くっちゃべりが佳境にあるときでも気分次第で突如番組を終了したし、『The End of the World』を一人で聴きたくなれば、やはり番組を終わらせた。リスナーどもも心えたもので、『The End of the World』が番組の終了を意味し、そのことに異議を唱える者はいなかった。スキーター・デイヴィスの死を知ったのはそんな「RADIO DAYS」の真っただ中だった。

スキーター・デイヴィスの死を知ったときは、彼女が死んでから4年も経っていた。スキーター・デイヴィスの近況を知ろうと思ってググってみたら、彼女は2004年の秋に死んでいた。『The End of the World』を1日に少なくとも1回は聴いていたというのに。
臨終の地はテネシー州ナッシュビル。72歳。乳癌。インターネットがもたらした死の知らせ。インターネットがなければ訪れなかった死の知らせ。

茫然とした。右の耳たぶが熱くなり、心臓がどきどきし、立ち上がれず、しばらくはキーボードに触れることすらできなかった。

吾輩にとってスキーター・デイヴィスはつねに『The End of the World』を歌う若く美しいスキーティであり、哀しくせつなくあてどなく儚い世界を象徴していた。

彼女の歌も歌声も吾輩にとってはある種の「世界観」の礎だった。そんな彼女が吾輩のあずかり知らぬ事情を抱えこみ、3度も離婚し、吾輩が足を踏み入れたことのない場所で、吾輩が気づかぬうちに死んでいたという事実に激しく動揺し、混乱した。大切ななにものかが失われたみたいだった。深い闇が際限もなく広がる宇宙のただ中に自分ひとりだけが取り残されたような気がした。

敗戦処理を言い渡されたピッチャーが無意味なビーンボールを投げつづけるような気分で42回つづけて『The End of the World』を聴いた。聴き終えてiTunesを終了し、コンピュータをシャットダウンしてから少しだけ泣いた。いや、「少しだけ」というのはフェアじゃないな。42回分の『The End of the World』にふさわしい量の涙を流した。

スキーター・デイヴィスが死んでから今日までおれはいったいなにをしていたんだろう? スキーティだけではない。三島由紀夫が自裁してから、ジョン・レノンがIMAGINE HEAVENしてから、小林秀雄がみまかってから、マイルス・ディヴィスがBye Bye Blackbirdしてから、アイルトン・セナが春のイモラ・サーキットでタンブレロ・コーナーの壁に激突して流星になってから、数えきれないほどの朝と夕焼けはなぜなにごともなかったようにおれに訪れたんだ? なぜ心臓は動いているんだ? なぜ太陽は昇った? なぜ星は輝きつづけた? なぜ波は打ち寄せる? なぜ鳥たちはさえずる? なぜ涙は涸れないんだ? なぜきょうはきのうのつづきなんだ? わからない。吾輩にはわからない。わかりたくもない。

スキーティの歌はナイーヴさがナイーヴなまま保たれていた季節、目にするもの耳にするもの指先に触れるもの、なにもかもが美しくかなしくあてどなく儚げに輝いていた世界とつながっている。なんの前触れもなく、その「季節」と「世界」は失われてしまった。そのようにして世界は終わり、何度でも終わり、いつか本当の終わりを迎えるんだろう。いまはただ静かにスキーティの死と世界の終りを思おう。すぐそこまで来ている「世界の終わり」の足音に静かに耳をかたむけながら。


Skeeter Davis - The End of the World (1962)

Released: 1962
Recorded: 1962
Genre: Country/Pops
Length: 2:33
Label: RCA
Writer: Arthur Kent, Sylvia Dee
Producer: Chet Atkins

The End of the World - Skeeter Davis


The End of the World/世界の終わり
Why does the sun go on shining
And why does the sea rush to shore
Don't they know it's the end of the world
Cause you don't love me anymore

なぜ太陽は輝いてるの?
なぜ波は打ち寄せてるの?
あなたがわたしの元を去ったときに
世界の終りが来ていたのだとも知らずに

Why do the birds go on singing
Oh why do the stars glow above
Don't they know it's the end of the world
It ended when I lost your love

なぜ鳥は歌ってるの?
なぜ星は瞬いてるの?
あなたの愛を失ったときに
世界の終りが来ていたのだとも知らずに

I wake up in the morning and I wonder
Why everything's the same as it was
I can't understand, no I can't understand
How life goes on the way it does

朝が来て目覚めると不思議よ
いつもどおりのさわやかな朝が訪れているのが
わからない わたしにはわからない
どんなふうに人生がつづいていくのか

Why does my heart go on beating?
Why do these eyes of mine cry?
Don't they know it's the end of the world?
It ended when you said goodbye

なぜわたしの胸はまだときめいてるの?
なぜわたしの心の眼は泣いているの?
あなたが別れを告げたときに
世界の終りが来ていたのだとも知らずに

 
by enzo_morinari | 2013-07-13 03:43 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

土曜日のトモダチは房総半島の突端からSaturdays Surfのスケートボードに乗ってやってくる。

 
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 夏の7月の第二土曜日から8月の最後の土曜日まで、毎土曜、かならず訪ねてくるトモダチがいる。トモダチの名前はスモールフェイス・ビジン・フロム・ケルムスコットアイランドだ。早い話がビッグフェイス・ガジン・フロム・アプリコットアイランドの妹である。
 スモールフェイス・ビジン・フロム・ケルムスコットアイランド、スビフケは夏のあいだ、土曜日の朝、太陽が海とつがいながら絶妙な腰使いを始める頃にドアをノックする。スビフケは毎回、ファッションがちがう。出腹問題研究者のポコ・ロッコ・ガルシアーノや失恋美容整形評論家の山本リンダ・ロンシュタットや猛禽類学者のメルセデス・ビバリーヒルズ・イーグルスコットなどのウェストコースト系のときもあれば、ビクトリア町2丁目の栄枯盛衰系のときもあれば、カサブランカの安酒場のオヤジやブラック・マーケットの胡散臭い小ボスや歯列矯正中のイルザ・ラント嬢やシドニーの緑通りなどの時の過ぎゆくままな白い城系のときもある。一番似合っているのはリーヴァイスの深紅の豚タグ付きヴィンテージ・ジーンズ、501ZXXの1954ジッパーモデルを履いてヘインズの幻の白Tシャーツを着ているときだ。靴はもちろん、コンバースのオフホワイトのローカット・ローファット。カントリー・フードの名人、クマ北斗が作る料理のようにこざっぱりしている。こざっぱりしすぎてサッパの大群とフランク・ザッパがエオルゼアの秘法と秘儀と秘技をめぐって4の字固め変形かつ卍固め亜種の荒川修作天命反転固め合戦を始めるほどだ。
「リーヴァイス501ZXXの1954ジッパーモデルが似合うのはあたしだけよ!」と白洲次郎のようなことを叫んでベントレー・ヴァンデン・プラの運転席でふんぞりかえるのが玉にキズだが、それでもスビフケはたいていの場合、周囲を笑いの渦に引きずり込む。笑いの渦に引きずり込まれたことによる死者は百人ほどなので実害はゼロと言っていい。それより重要なのは笑いである。存在そのものを揺さぶり、おびやかすほどの笑い。辛気臭いのはごめんだ。

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 スビフケは房総半島の突端からSaturdays Surfのスケートボードに乗ってやってくる。スビフケはスケートボードの名手でもある。ビッグ・フェイス・ガジン・フロム・アプリコットアイランドがメニエール・ダンスの名手であることとどこかでつながっているかもしれない。血は争えないものだ。
 スビフケは房総半島の突端の漁師町に住んでいる。一緒に暮らしているのはパパス・アンド・ママス・ヘミングウェイこと、アーネスト・オキシキナ・トーゴー爺さんである。パパス・アンド・ママス・ヘミングウェイこと、アーネスト・オキシキナ・トーゴー爺さんは元海兵隊の無線技師の日系アメリカ人にしてキング・カメハメハの直系子孫だ。その太鼓腹は福島瑞穂や田嶋陽子や辻元清美の亡国のヘラズグチさえ噤ませる迫力である。
 第42世界に存在するファンドシエクル銃のすべてはアーネスト・オキシキナ・トーゴー爺さんが手がけたものだ。性能はそこそこだが特筆すべき点がひとつだけある。照星がヒマラヤ矢車菊色のブルーサファイアでできていることだ。ファンドシエクル銃で狙いを定めればたいていの視えない自由を撃ち抜くことができる。だから、第42世界の革命家たちはこぞってアーネスト・オキシキナ・トーゴー爺さんのファンドシエクル銃を欲しがる。ファンドシエクル銃の値段は東京メトロの初乗り運賃と連動しているのできわめて安定しているが、カスミガセキシロアリの害悪によって交付金分が上乗せされるという不条理がある。
 明日はいよいよスモールフェイス・ビジン・フロム・ケルムスコットアイランド、スビフケがほぼ1年ぶりにやってくる。房総半島の突端の漁師町からSaturdays Surfのスケートボードに乗って。熱い風とサッパの大群とフランク・ザッパを引き連れて。ついでにサンバのリズムに乗って。いまからワクワクする。wktkする。スビフケがドアを叩く変則5拍子、テイク・ファイブの音が聴こえるまでデイブ・ブルーベックをずっと聴いていようと思う。
 
by enzo_morinari | 2013-07-12 18:03 | 土曜日のトモダチ | Trackback | Comments(0)

真言の音楽#15 ケルンの奇蹟/啓示、巫女、導き キース・ジャレット『The Köln Concert』

 
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最初の5音。四分音符5個。たったそれだけで引きずり込まれる音楽が存在する。 E-M-M


キース・ジャレットの究極至高のパフォーマンス、『The Köln Concert』から38年が経った。1975年1月24日。私は16歳で、世界や人間を憎みはじめていて、西ドイツ・ケルン市の中心に位置するオペラ・ハウスの最前列から7番目、舞台に向かってやや左寄りのカビ臭い席に座っていた。左隣りの席では私が世界で一番憎んでいる男、生物学上の父親がチャーリー・パーカーのアドリブのように途切れることのない貧乏揺すりをしていた。
ところどころ綻び、色あせた緞帳がかすかに揺れていた。早い晩餐をすませた善男善女が三々五々集まってくる。徐々に緊張と興奮が増してくる。一瞬、場内がざわめき、そして静まり返る。その者は舞台の袖から姿を現すと、立ち止まることもなく軽く会釈したのみで、舞台中央、照明に照らされて神々しく輝くベーゼンドルファー・インペリアル290に向かう。
その者の名はキース・ジャレット。30歳。神の巫女の登場である。キース・ジャレットはゆっくりと両手を鍵盤の上に置き、眼をとじ、そして、彼の中に降りた神の言葉導きを音にした。最初の5音。四分音符5個。たったそれだけで引きずり込まれた。全4パート、総演奏時間66分4秒の伝説のインプロヴィゼーションの始まりであった。これ以上、記すことはない。その余はすべて蛇足である。以下はその蛇足だ。

キース・ジャレットの偉大さは神の啓示を受け、それを音楽という世界語によって表現できるところにこそある。キース・ジャレットが神の啓示を現実世界に音楽として表現するのを支えているのは古典音楽への深い理解とクラシック・ピアノのすぐれた技量だ。高度なクラッシック・ピアノの技術に支えられた運指、自在に織り交ぜられるカデンツァ、メロディを幾重にも折り重ねながら、かつて人類が耳にしたことのない領域へキース・ジャレットは軽々と駆けのぼり、聴く者を引き上げた。キース・ジャレットは『The Köln Concert』において、自己とピアノという「他者」を融合させることに成功したのだ。
『The Köln Concert』は希有の記録である。すでにして、『The Köln Concert』は伝説、神話のひとつになっているが、まだ完全には解読されていないというのが私の考えだ。完全に解読されるのがいったいいつになるのかはわからない。100年後か。200年後か。1000年後か。『The Köln Concert』に託された神の啓示が真に解読されたとき、『The Köln Concert』はさらに高い評価が与えられるようになるだろう。評価は讃美へと変わっているだろう。神の言葉と啓示を音楽にした記録として。音楽による福音として。もちろん、まだ世界があり、人間がいればの話だが。

人類が「録音」という音声記録のテクノロジーを手に入れてから、たかだか130年ほどしか経っていない。それまで音楽は「楽譜」によってしか記録することができなかった。J.S. バッハもモーツァルトもベートーベンもパガニーニもリストもチャイコフスキーも演奏者としてとてつもない技量を有していたことは容易に想像できるが、惜しむらくはわれわれが彼らの奏でた音楽を実際には聴けないということである。「音源」がないからだ。
われわれは幸福だ。キース・ジャレットのケルンの奇蹟、『The Köln Concert』をいつでも好きなときに好きな場所で聴くことができる時代に生きているのだから。CDでPCでiPadでiTunesでiPodで。
『The Köln Concert』を大脳辺縁系と魂に刻みつけたあとは、『Sun Bear Concert』を聴けばいい。大脳辺縁系と魂が静かに昂揚し、深化し、進化するはずだ。沈黙の響きとともに。ケルンの水の芳香とともに。
後日談だが、本来の弾きなれたスタインウェイ&サンズのピアノはケルン市内にはないために調達できず、やむなくベーゼンドルファーのピアノが手配された。しかし、このときの「ベーゼンドルファー・インペリアル290」は運送業者の手ちがいによって最悪のコンディションのものがコンサート会場に運び込まれていた。そのコンディションたるや、場末のバーのアップライト・ピアノに毛の生えたようなものだった。繊細な神経の持ち主であるキース・ジャレットには耐えがたかったことは容易に想像がつく。しかも、前夜、車による長旅でキース・ジャレットは一睡もしていなかった。まさに、神はキース・ジャレットに「奇蹟の前の試練」を与えたもうたのだった。


Keith Jarrett - The Köln Concert (1975)

Released: 1975
Recorded: January 24, 1975. Köln Opera House in Köln, Germany.
Genre: Jazz/Piano Solo/Free Improvisation
Length: 66:04
Label: ECM (ECM 1064/1065 *2LP)
Producer: Manfred Eicher

Tracking List
*All compositions by Keith Jarrett
1. "Part I" – 26:01
2. "Part IIa" – 14:54
3. "Part IIb" – 18:13
4. "Part IIc" – 6:56

Personnel
Keith Jarrett – piano

The Köln Concert - Keith Jarrett
 

私は芸術を信奉しない。私は芸術家ではない。私は音楽家ではない。私は人生を信じない。
私は自分がなにごとかを創造できる人間だと思っていない。しかし、創造の道は目指している。その意味で、私は創造の神を信ずる。『The Köln Concert』における私の演奏は、「私」という媒体を通じて創造の神から届けられたものであると考えている。なしうるかぎり、俗塵俗物の介入を防ぎ、純粋性を保った。こうした作業(創造ではなく、「作業」である)をした私はなんと呼ばれるベきであろうか。創造の神が私をどのように呼んでくださるのかを私は知らない。知ることは永遠にできないだろう。
K-J

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by enzo_morinari | 2013-07-12 08:05 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

真言の音楽#14 僕のうた、私のふるさと。そして、友だち キース・ジャレット『My Song』

 
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20歳の頃、よく一人だった。心さびしかった。唯一の友はキース・ジャレットの『Country』だった。1日のうちで陽が当たるのは太陽が傾きはじめてからのわずかな時間だけという薄暗く湿って荒寥とした一人の部屋で何度も何度も『Country』を聴いた。咳をしてもくしゃみをしても欠伸をしても徹底的に一人だった。一人の部屋でおならをしたときだけはちょっとだけ笑った。屋根裏に住みついていて、ときどき姿をみせる小僧のカミサマも一緒になってくすくすと笑った。楽しかったのはそれくらいだ。そんなような季節、日々を生きていて、ひたすらに一筋に『My Song』を聴いた。カネがないとき、腹がへっていてもカネがなくてめしが喰えないとき、さびしいとき、くやしいとき。『My Song』を聴いた。すり切れるほど聴いた。どんなときでも、『My Song』を聴くことで崩壊寸前の自我がかろうじて持ちこたえたようにさえ思える。針飛びを起こしはじめたために買いなおしたのは5度だ。喰うめしを何度か抜いてでも買った。中でも『Country』は故郷の古い友人に再会したようななつかしい気分にさせてくれた。『Country』はいまでも大切な友人だ。


Keith Jarrett - My Song (1978)

Released: 1978
Recorded: October 31 & November 1, 1977 at Talent Studio, Oslo
Genre: Jazz/Piano/Post-Bop
Length: 48:20
Label: ECM (ECM 1115)
Producer: Manfred Eicher

Tracking List
1. "Questar" - 9:10
2. "My Song" - 6:09
3. "Tabarka" - 9:11
4. "Country" - 5:00
5. "Mandala" - 8:17
6. "The Journey Home" - 10:33

Personnel
*European Quartet
Keith Jarrett - piano, percussion
Jan Garbarek - tenor saxophone, soprano saxophone
Palle Danielsson - bass
Jon Christensen - drums

Country - Keith Jarrett
My song - Keith Jarrett
 
by enzo_morinari | 2013-07-11 23:08 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

真言の音楽#13 疲れ果てた男は帰ってきた。キース・ジャレット『The Melody At Night, With You』

 
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疲れ果てた男は帰ってきた。そして、一音一音を抱きしめるように、頬ずりするように、慈しむように奏でた。

1996年、コンサートの最中に激しい疲労感に襲われたキース・ジャレットは音楽家としてのすべての活動を停止し、その後2年にわたって「慢性疲労症候群」という原因不明の病いとの壮絶な格闘の日々を送った。

疲れ果てた男は帰ってきた。そして、一音一音を抱きしめるように、頬ずりするように、慈しむように奏でた。キース・ジャレットが2年の「沈黙」のあいだに『The Melody At Night, With You』中のすべての曲を数えきれぬほど演奏したにちがいないことがわかった。繰り返し繰り返し奏でることで、キース・ジャレットは疲れ果て、傷ついたみずからの魂を解放したのであることに思いいたったとき、ふるえるような感動に包まれた。

キース・ジャレットの『The Melody At Night, With You』。これほど静かに魂を揺さぶり、温め、やさしい音楽を私はほかに知らない。『The Melody At Night, With You』は、生きつづけようという意志があるかぎりにおいて、世界はささやかではあってもなにかしらの「やさしさ」を孕んでいることを私に教えた。

*5曲目の『My Wild Irish Rose』は困憊のキース・ジャレットを献身的に支えつづけた愛妻のローズアンに捧げられている。


Keith Jarrett - The Melody At Night, With You (1999)

Released: October 14, 1999
Recorded: 1998 Cavelight Studio, New Jersey
Genre: Jazz/Piano Solo
Length: 55:13
Label: ECM(ECM 1675)
Producer: Manfred Eicher, Keith Jarrett

Tracking List
1. "I Loves You, Porgy" (George Gershwin, Ira Gershwin, D. Heyward) - 5:50
2. "I Got It Bad (and That Ain't Good)" (Duke Ellington, P.F. Webster) - 7:10
3. "Don't Ever Leave Me" (Oscar Hammerstein II, Jerome Kern) - 2:47
4. "Someone to Watch over Me" (Gershwin, Gershwin) - 5:05
5. "My Wild Irish Rose" (Traditional) - 5:21
6. "Blame It on My Youth/Meditation" (E. Heyman, O. Levant/Jarrett) - 7:19
7. "Something to Remember You By" (H. Dietz, A. Schwartz) - 7:15
8. "Be My Love" (Nicholas Brodszky, Sammy Cahn) - 5:38
9. "Shenandoah" (Traditional) - 5:52
10. "I'm Through With Love" (Gus Kahn, F. Livingston, M. Malneck) - 2:56

Personnel
Keith Jarrett – piano, recording engineer

My Wild Irish Rose - Keith Jarrett


My Wild Irish Rose 作詞・作曲/Chauncy Olcott

If you listen, I'll sing you a sweet little song
Of a flower that's now drooped and dead:
Yes it's dearer to me, yes, than all of its mates,
Although each holds aloft its proud head.

'Twas given to me by a girl that I know,
Since we met, faith, I've know no repose.
She is dearer by far than the world's brightest star,
And I call her my wild Irish rose.

もしきみが聴いてくれるなら、君に可愛い歌を歌うよ
今は萎れて枯れ果ててしまった花のことを
そうとも。これは僕にはかけがえのない、そうだとも誰よりも
たとえお互いが誇り高く上を見上げているとしても

それはある知り合いの少女からもらったもの
二人が出会って以来、信念が揺らぐことはなかったけれども、心安らぐことはなかった
彼女は世界で最も輝く星よりも素晴らしく
僕は彼女をわがアイルランドの野バラと呼んだものだ

Chorus:
My wild Irish rose,
The sweetest flow'r that grows;
You may search ev'rywhere, but none can compare
With my wild Irish rose.

My wild Irish rose,
The dearest flow'r that grows;
And some day for my sake, she may let me take
The bloom from my wild Irish rose.

わがアイルランドの野バラよ
咲き誇る花々の中でもっとも可憐な花
どこを探しても、くらべるべきもののない
わがアイルランドの野バラ

わがアイルランドの野バラよ
咲き誇る花々の中でもっとも可憐な花
いつか僕の願いにこたえて、僕に摘みとらせてくれるのか
咲き誇るわがアイルランドの野バラを

They may sing of their roses which by one names
They could smell just as sweetly, they say;
But I know that my dear rose would never consent
To have that sweet name taken away.

Her glances are shy just whene'er I pass by
At the bower where my true love grows;
And my one wish has been that some day I may win
The dear heart of my wild Irish rose.

(to Chorus)
誰もがそれぞれの名前を持った彼らのバラを歌うだろう
その可憐さにふさわしい香りと彼らは讃える
しかし、僕の愛おしいバラは決して認めてくれない
その名前を奪うことを

彼女のまなざしは僕が通りすぎるたびにしとやかで
あのあずまやで僕の真実の愛は育まれ
そして僕のひとつだけの望みはいつか彼女をえること
愛おしいわがアイルランドの野バラを


*『My Wild Irish Rose/わがアイルランドの野バラ』は、若者に野バラを贈り、彼のもとを去った少女への思いを綴った歌である。
 
by enzo_morinari | 2013-07-11 09:07 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

真言の音楽 不良するビル・エバンスに鳥肌が立つ。Bill Evans Trio『Sunday at the Village Vanguard』

 
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25歳の天才ベーシストはこのライブを最後に散華した。 E-M-M
 
ビル・エバンスを耳ざわりのいいカクテル・ピアニストだと思ったら大まちがいだ。そのアンダーカレントにはルサンチマンと反骨と反逆が強く静かに流れている。 E-M-M


『Waltz for Debby』の双子の片割れ。同日録音。演奏そっちのけでくっちゃべり、飲んだくれるやかましい客にビル・エバンスがぶちきれる寸前の演奏に鳥肌が立つ。このヴィレッジ・ヴァンガードにおけるライブの11日後、ビル・エバンス・トリオを支えていた若き天才、スコット・ラファロはニューヨークにおいて交通事故死を遂げる。享年25歳。
 スコット・ラファロの先鋭的革新的アプローチはジャズ・ミュージックにおけるベース奏法を再解釈/再定義/再構築し、のちの多くのミュージシャンたちに大きな影響を与えた。非業の死によって早世したため、スコット・ラファロの音楽家としてのキャリアはわずか6年にすぎないが、残された音源のすべてにおいて、「史上最高のベーシスト」の称号に値するパフォーマンスをみせている。スコット・ラファロは「愚か者クラブ」の会員にはなっていない。

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Bill Evans Trio - Sunday at the Village Vanguard (1961)

Released 1961
Recorded June 25, 1961. Village Vanguard, New York City.
Genre JAZZ
Length 41:57
Label Riverside(RLP-376)
Producer Orrin Keepnews

Tracking list
1. "Gloria's Step" (take 2) (Scott LaFaro) – 6:09
2. "My Man's Gone Now" (George Gershwin) – 6:21
3. "Solar" (Miles Davis) – 8:52
4. "Alice in Wonderland" (take 2) (Sammy Fain) – 8:34
5. "All of You" (take 2) (Cole Porter) – 8:17
6. "Jade Visions" (take 2) (Scott LaFaro) – 3:44

Personnel
Bill Evans – Piano
Scott LaFaro – Bass
Paul Motian – Drums

Alice in Wonderland - Bill Evans Trio
 
by enzo_morinari | 2013-07-11 05:19 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

真言の音楽#11「新しい神話」は1980年9月、二人の若者によって創造された。

 
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二人の若者は時代を変え、新しい神話を創造した。このとき、パット・メセニー27歳、ライル・メイズ28歳。


Pat Metheny & Lyle Mays - As Falls Wichita, so Falls Wichita Falls (1980)

Personnel
Pat Metheny - electric and acoustic six and twelve string guitars, bass
Lyle Mays - piano, synthesizer, organ, autoharp
Nana Vasconcelos - berimbau, percussion, drums, vocals

Producer: Manfred Eicher
Released: May 1981
Recorded: September 1980
Genre: JAZZ/FUSION
Label: ECM


Tracking List
1. "As Falls Wichita, So Falls Wichita Falls" 20:44
2. "Ozark" 4:03
3. "September Fifteenth" (dedicated to Bill Evans) 7:45
4. "It's for You" 8:20
5. "Estupenda Graça" 2:40

 As Falls Wichita, So Falls Wichita Falls - Pat Metheny & Lyle Mays
 
by enzo_morinari | 2013-07-10 02:58 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)