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ハルキゴンチチ・デイズ#7 深夜の山下埠頭で星空を眺める会

 
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いつも心に冬の大三角形を


本牧埠頭D突堤でOOCLの青いコンテナに激突して死んだ友人のうちの一人は在日朝鮮人だった。シーメンズ・クラブで初めて会ったとき、「苦悩するビーバー・カモノハシ」と名乗った。シーメンズ・クラブの4番のビリヤード台に「鯨」と命名した夜だった。苦悩するビーバー・カモノハシの親は伊勢佐木町で大きなサウナを1軒とパチンコ屋と焼肉屋を経営する大金持ちだった。家は根岸台にあって、ホワイトハウスと見まごうような大豪邸だった。

「鯨」でフィリピン船の気のいいセカンド・オフィサーとその日の酒代を賭けて戦っているときに苦悩するビーバー・カモノハシは現れた。私がいやな角度のスマッシュ・ヒットで9ボールをコーナー・ポケットに沈めて勝利した瞬間、それまで腕組みをし、上体をうしろに反らし、やや冷ややかで皮肉な顔つきで戦いのゆくえを見守っていた苦悩するビーバー・カモノハシはゆっくりと3回手を叩いた。『タクシードライバー』のモヒカン・ヘッドにしたロバート・デ・ニーロのように。

「おみごと」
「ありがとう」

悔しがるセカンド・オフィサーを尻目に「鯨」の鮮やかなグリーンの羅紗に投げ捨てられたドル紙幣の束をつかみ、余裕しゃくしゃくでキューをケースにしまおうとすると苦悩するビーバー・カモノハシがたずねた。

「バラブシュカじゃないか!」
「球撞きやるのか?」
「ビリヤード場を1軒持ってる」
「冗談だろう?」
「ほんと」

苦悩するビーバー・カモノハシは曙町にある老舗のビリヤード場の名を言った。

「こりゃ驚いたな」
「いつか来いよ。ただにしてやる」
「ビリヤード代くらい払うさ。貸し借りなしの人生がモットーなもんでね」
「おもしろいやつだ」

かくして、苦悩するビーバー・カモノハシはかけがえのない友人となった。

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「世界はどうにもならない」

気持ちのよい風が吹く春の盛りの深夜の山下埠頭でよく冷えたレーベンブロイを飲んでいるとき、苦悩するビーバー・カモノハシが突然言った。

「まったくだ。世界は本当にどうにもならない」
「ついては深夜の山下埠頭で星空を眺める会を結成しようじゃないか」
「いいね。実にいい」
「もう一人、深夜の山下埠頭で星空を眺める会の会員にしたい奴がいるんだけどな」
「おれと気が合いそうか? 天下御免の人見知りなもんでね」
「合うよ。おれと気が合うんだから」
「なるほどね。で、そいつはいまどこに?」
「もう来てるよ」

苦悩するビーバー・カモノハシは埠頭の先端で黄色いボラードに腰かけ、ウィスキーをラッパ飲みしている男を指差した。苦悩するビーバー・カモノハシとともに激突死することとなる中国人のタカナカだった。タカナカは「青い珊瑚礁の早起きブルーバード」と命名した。タカナカが青い日産ブルーバード501に乗っていたからだ。そして、実際、タカナカは驚くべきほどの早起きだった。履歴書には「趣味:早起き」と書くほどだ。趣味の早起きの一貫として、青い珊瑚礁の早起きブルーバードは新聞配達をやっていた。朝刊のみ。青い珊瑚礁の早起きブルーバードは夕方は昏睡状態と言ってもいいほどに深く眠るのだ。

このようにして深夜の山下埠頭で星空を眺める会は結成された。会員3名。会員規約はたったひとつ。「いつも心に冬の大三角形を」だ。われわれ三人のほかには誰も知らない秘密結社だ。(Closed BooK)

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by enzo_morinari | 2013-06-18 03:26 | ハルキゴンチチ・デイズ | Trackback | Comments(0)

GRIP GLITZ#5 クロノスの大鎌

 
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ついにクロノスの大鎌をふるうときはやってきた。待ちに待っていた。この瞬間を。この愉悦のときを。


「あのひとは必ずわたしを殺しにくる」

女の顔には深い皺と苦痛が刻まれている。アルビノのように白い肌は青黒くくすみ、眼のまわりには大きく濃い隈が張りついている。薄い唇は潤いを失って干涸び、息は猛烈に臭い。死神に見入られている者の姿だ。そして、女の最大の不運は「あのひと」がこの私であることだ。

女は私が「あのひと」であるなどとはこれっぽっちも考えていない。それどころか、女にとって私は世界で唯一、女を支え、勇気づけ、守る存在であるとさえ考えている。だが、そろそろ、クロノスの大鎌をふるう頃合いだ。

「脱げ。そして、跪け」

女はいつもどおり、私の命令に従う。服の脱ぎ方、畳み方は実に丁寧で、気品さえ漂っている。

女が跪く。そして、懇願するように私を見上げる。不調和に大きな眼と長い睫毛と乳白色の肌。渾身の力をこめて平手打ちを喰らわす。女の口から愉悦と苦痛が入り混じった声が漏れる。

「もっとお願いします。もっともっと強く痛くにお願いします。破壊しつくしていただきたいのです」
「ふん。もうお遊びはおしまいだ」

女が「え?」という表情をする。踏みつけたくなる衝動をこらえる。女の顔のかたちが変わるまでスパンキング・ラケットを振るいたくなるのも我慢する。女の肉が裂け、鮮血が迸るのをみたい衝動を抑えつける。だが、それも限界だ。最後にもう一度だけだ。
ハリバートンのゼロを開け、黒いスパンキング・ラケットを取り出す。これ見よがしに何度か手のひらを叩くと、にわかに女の表情に喜びと欲望の色が現れた。

「お願いいたします。肉が裂けるくらいに強くお願いいたしま ──」

女が言い終える前に全身を撓らせてスパンキング・ラケットをふるう。クロノスの大鎌をふるう気分で。大審問官の威厳と傲岸と不遜をもって。

裸電球ひとつの暗い地下室に大きな破裂音と肉の裂ける音が反響した。その残響はいつまでも消えない。死神の笑い声とも聴こえる。

「XYZで乾杯したい気分だ」
「え?」
「これでおしまい。おさらばってことだ」
「どういうことでしょうか?」
「私がおまえを殺しにくる”あのひと”だってことだよ」
「まさか。そんな ──」
「そのまさかだ。おまえはこの地下室で死ぬんだ。闇の中でな。娘のことは心配するな。すでに私の手中にある。そして、調教の第2段階はもうすぐ終了だ」
「やめてください! いやな冗談は!」
「右の第三肋骨にある大きな傷痕に蝋燭を垂らすとすごくよろこぶよ」
「まさか ──」
「そのまさかなんだ。おまえのことが憎くてしょうがないそうだ。早く死んでほしいといつも言っている」
女の大きな眼がさらに大きく見開かれ、大粒の涙が溢れ出す。その涙のゆくえを見届けぬまま、地下室を出た。扉を閉めるときの音はいまでも耳に残っている。4年前の春の盛りのことだ。
 
by enzo_morinari | 2013-06-17 17:18 | GRIP GLITZ | Trackback | Comments(0)

ハルキゴンチチ・デイズ#6 6.21事件の犬

 
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 おまえたちが生まれるずっと前に、おれは世界が洪水になっちまうくらいの涙を流してきた。そのことを教えてやる。 E-M-M

2013年6月21日土曜日、糸居五郎を軽々と超えるラヂオをやる。台本なし、規制なし、おべんちゃらきれいごとおためごかしなし。番組表題は、『最初で最後の、エンゾとガジンの”おまいら、一回死んどけ”』だ。いまから、聴けるように準備万端しておくがいい。あしたから『最初で最後の、エンゾとガジンの”おまいら、一回死んどけ”』で「ねとらじ」で試験放送を流す。ずっと、リッチー・バイラークの『Sunday Song』を流す。流しつづける。耳が腐るほどに聴いておくがいい。おれたちは死ぬまで、くたばるまで「毎日が日曜日」だ。(Opened BooK)
 
by enzo_morinari | 2013-06-17 01:58 | ハルキゴンチチ・デイズ | Trackback | Comments(0)

ハルキゴンチチ・デイズ#5 日曜日のうた、光のうた

 
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雨上がりの日曜の世界が光匂い満ちてあるように。 E-M-M


正確に35年ぶりにリッチー・バイラークのピアノ・ソロ作品、『Hubris』を聴いた。1曲目、『Sunday Song』がしみた。とてもしみた。
『Hubris』を手に入れたのはキース・ジャレットをはじめとするECMレーベルの音源をすべて集めようとしているさなかだった。

生まれて間もない嬰児をかき抱くように『Hubris』を抱いて帰った。部屋に着くなり、アンプリファイアーに灯をいれ、DENON DL-103の針先をメンテナンスし、厳粛な儀式に臨むような気分で『Hubris』の汚れのない盤面に針を落とした。1曲目、Sunday Song. かすかなスクラッチ・ノイズのあとに、透明で悲しみさえたたえたピアノの音が聴こえはじめた。

一ヶ所、なんの前触れもなく転調するところでは心が軋み、揺れた。ミニマルとも思えるような主旋律が繰り返される。そのメロディは心の奥深くまで染みこんでくる。染みこみ、静かに、とても静かに揺らす。揺さぶる。揺りかごの中で揺れているようにも思える。母親の白く細い腕と手さえみえるようだ。なぜか涙があふれた。涙は次から次へ、はらはらといくらでも出た。

Sunday Song. 5分24秒の悲しみ。3度目の「5分24秒の悲しみ」が終わろうとするときに電話が鳴った。

「OとTが死んだ。コンテナに突っ込んだ。即死だ。本牧で。本牧埠頭で」

電話の主はうめくように言った。必死に涙をこらえているのがわかった。1978年6月16日金曜日の夕方、雨上がりだった。雨は前の週から1週間も降りつづいていた。

電話をきり、再び、『Sunday Song』、「5分24秒の悲しみ」に針を落とした。そして、繰り返し聴いた。『Sunday Song』が葬送の曲のように聴こえた。早すぎ、惨すぎる死を迎えた二人の友の底抜けの笑顔が浮かんでは消えた。

「いきなり転調しやがって。”革命的な死” ”英雄の死”ってのはこのことかよ。へたくそなポロネーズだ。愚か者めが」

何度目の『Sunday Song』だったか。部屋の中が急に光に満たされた。あたたかくやさしくやわらかな光だった。幾筋もの光の束がまわりで舞っていた。純白の睡蓮の花弁からこぼれでるおぼろげな光。その光の束はジヴェルニーからやってきた淡く儚くおぼろな光だった。

やがて光の束は窓を抜け、晴れ上がった世界のただ中へ帰っていった。それは死んだ友の葬列ともみえた。そして、『Sunday Song』を、『Hubris』を封印した。二人の友の思い出とともに。

35年が経った。もうそろそろ封印をとこう。彼らについて語るときがきたのだ。たとえそれが他者にはどうでもいいようなことであっても、私にはかけがえのない時間、世界、言葉を孕んでいるのだから。彼らを思い、彼らの笑顔を思い、彼らの言葉を思って語りはじめよう。そして、雨上がりの日曜には『Sunday Song』を繰り返し聴くことにしよう。雨上がりの日曜の世界が光匂い満ちてあるように。(Closed BooK)

Sunday Song - Richie Beirach
 
by enzo_morinari | 2013-06-16 17:37 | ハルキゴンチチ・デイズ | Trackback | Comments(0)

Opus de Jazz#1 Real McCoy Marvelous Jazz Player

 
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 ジャズは射精である。至高至福の痙攣、オーガズムである。 E-M-M
 

 Trumpet/トランペット
 Miles Davis/マイルス・デイヴィス
 Clifford Brown/クリフォード・ブラウン
 Fats Navarro/ファッツ・ナヴァロ
 Dizzy Gillespie/ディジー・ガレスピー
 Blue Mitchell/ブルー・ミッチェル
 Chris Botti/クリス・ボッティ

 Saxophone/サクソフォーン
 Charlie Parker/チャーリー・パーカー(Alto Sax)
 Ornette Coleman/オーネット・コールマン(Alto Sax)
 Eric Dolphy/エリック・ドルフィー(Bass Clarinet/Alto Sax)
 Coleman Hawkins/コールマン・ホーキンス(Tenor Sax)
 Stan Getz/スタン・ゲッツ(Tenor Sax)
 Julian "Cannonball" Adderley/キャノンボール・アダレイ(Alto Sax)
 Sonny Rollins/ソニー・ロリンズ(Tenor Sax)
 John Coltrane/ジョン・コルトレーン(Tenor Sax/Soprano Sax)
 Johnny Hodges/ジョニー・ホッジス(Alto Sax)
 Art Pepper/アート・ペッパー(Alto Sax)
 Paul Desmond/ポール・デスモンド(Alto Sax)
 Zoot Sims/ズート・シムズ(Tenor Sax)
 Ben Webster/ベン・ウェブスター(Tenor Sax)
 Hank Mobley/ハンク・モブレー(Tenor Sax)
 Roland Kirk/ローランド・カーク(Multi-Instrumental)
 Wayne Shorter/ウェイン・ショーター(Tenor Sax/Soprano Sax)
 Albert Ayler/アルバート・アイラー(Tenor Sax)
 Lee Konitz/リー・コニッツ(Alto Sax)
 Sonny Stitt/ソニー・スティット(Alto Sax)
 Grover Washington Jr./グローバー・ワシントンJr.(Alto Sax/Soprano Sax)

 Piano/ピアノ
 Keith Jarrett/キース・ジャレット
 Art Tatum/アート・テイタム
 Bill Evans/ビル・エバンス
 Bud Powell/バド・パウエル
 Lennie Tristano/レニー・トリスターノ
 Wynton Kelly/ウィントン・ケリー
 John Lewis/ジョン・ルイス
 Duke Ellington/デューク・エリントン
 Count Basie/カウント・ベイシー
 Oscar Peterson/オスカー・ピーターソン
 Michel Petrucciani/ミシェル・ペトルチアーニ
 Thelonious Monk/セロニアス・モンク
 Herbie Hancock/ハービー・ハンコック
 Richie Beirach/リッチー・バイラーク
 Hank Jones/ハンク・ジョーンズ
 Jaki Byard/ジャキ・バイアード
 André Previn/アンドレ・プレヴィン
 Cecil Taylor/セシル・テイラー
 Mal Waldron/マル・ウォルドロン
 Toshiko Akiyoshi/秋吉敏子
 Chick Corea/チック・コリア
 Lyle Mays/ライル・メイズ
 Bobby Timmons/ボビー・ティモンズ
 George Cables/ジョージ・ケイブルス
 Jacky Terrasson/ジャッキー・テラソン
 Brad Mehldau/ブラッド・メルドー
 Eliane Elias/エリアーヌ・エリアス

 Guitar/ギター
 Joe Pass/ジョー・パス
 Wes Montgomery/ウェス・モンゴメリー
 Pat Metheny/パット・メセニー
 Kazumi Watanabe/渡辺香津美
 Lee Ritenour/リー・リトナー
 Charlie Christian/チャーリー・クリスチャン
 Django Reinhardt/ジャンゴ・ラインハルト
 Tal Farlow/タル・ファーロウ
 Herb Ellis/ハーブ・エリス
 Les Paul/レス・ポール
 Jim Hall/ジム・ホール

 Bass/ベース
 Marcus Miller/マーカス・ミラー
 Scott LaFaro/スコット・ラファロ
 Oscar Pettiford/オスカー・ペティフォード
 Charles Mingus/チャールズ・ミンガス
 Jaco Pastorius/ジャコ・パストリアス
 Charlie" Haden/チャーリー・ヘイデン
 Niels Henning Orsted Pedersen/ニールス・ ヘニング・エルステッド・ペデルセン

 Drums/ドラムス
 Art Blakey/アート・ブレイキー
 Max Roach/マックス・ローチ
 Tony Williams/トニー・ウィリアムス
 Steve Gadd/スティーヴ・ガッド
 Jack DeJohnette/ジャック・デジョネット
 Elvin Jones/エルヴィン・ジョーンズ
 Shelly Manne/シェリー・マン
 Motohiko Hino/日野元彦
 Danny Gottlieb/ダン・ゴットリーブ

 Vocal/ヴォーカル
 Ella Fitzgerald/エラ・フィッツジェラルド
 Nat King Cole/ナット・キング・コール
 Billie Holiday/ビリー・ホリデイ
 Louis "Satchmo" Armstrong/ルイ・"サッチモ"・アームストロング
 Sarah Vaughan/サラ・ヴォーン
 Bessie Smith/ベッシー・スミス
 Dinah Washington/ダイナ・ワシントン
 Mel Tormé/メル・トーメ
 Helen Merrill/ヘレン・メリル
 Madeleine Peyroux/マデリン・ペルー
 Lee Wiley/リー・ワイリー 
 June Christy/ジューン・クリスティ
 Diana Krall/ダイアナ・クラール
 Al Jarreau/アル・ジャロウ

 etc/その他
 Milt Jackson/ミルト・ジャクソン(Vibraphone)
 Jimmy Smith/ジミー・スミス(Organ)
 Gil Evans/ギル・エヴァンス(Piano/Compose)
 Benny Goodman/ベニー・グッドマン(Clarinet)
 Lionel Hampton/ライオネル・ハンプトン(Vibraphone)
 Cal Tjader/カル・ジェイダー(Vibraphone)
 Mike Mainieri/マイク・マイニエリ(Vibraphone)
 Tito Puente/ティト・プエンテ(Vibraphone/Timbales)
 Toots Thielemans/トゥーツ・シールマンス(Harmonica)
 Stéphane Grappelli/ステファン・グラッペリ(Violin)
 Michel Legrand/ミシェル・ルグラン(Piano/Compose)
 Ralph MacDonald/ラルフ・マクドナルド(Percussion)
 
by enzo_morinari | 2013-06-16 05:04 | Opus de Jazz | Trackback | Comments(0)

ハルキゴンチチ・デイズ#4 Sex, Drugs and Rock'n'Roll

 
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Sex and drugs and rock and roll is all my brain and body need.
Sex and drugs and rock and roll are very good indeed.
I-D+C-J


『風の歌を聴け』の鼠は「セックスシーン」がなく、だれも死なない小説を書くことを試みる。だが、これは20世紀末世界においては欺瞞に満ちた行為だ。20世紀末世界においては、だれもかれもが手当り次第にセックスをし、ベトナムを中心とした「戦場」で多くの人が挽肉となって死に、アフリカとバングラデシュでは毎日何百何千という人々が、「文学」やら「ロンパリ・サルトル」やらによっては救いえないかたちで餓死していた。そのような状況の中で「セックスシーン」がなく、人間が死なない小説を書こうするのは、マフィアに「道徳」を説くのとおなじ程度に無意味で不毛だ。あるいは木っ端役人どもに善良さを求めるようにも。

20世紀末世界においては、年端もいかない小学生までもがナパームの慈雨を浴びながらピンクパンサー色のカブトムシとセックスをしていて、緑のおばさんはおぼつかない足取りで横断歩道を渡るニクソン・ベイビーの首を刎ねていたのである。もっとも、20世紀末世界においては世界は無意味と不毛とロックとドラッグで出来上がっていたから、鼠の試みはなにがしかの象徴的な意味を持っていたと言えないこともない。そして、悪いことには、21世紀初頭世界は「性」と「死」の意味はさらに混迷を深めている。

金持ちの友人が一人いた。彼の家は横浜の磯子にある、のちに山王台という高級住宅地となるエリアの地主だった。近くには磯子プリンスホテルがあって、ホテルの敷地は庭先のようなものだった。その友人こそが「森の漫才師サルー」だ。森の漫才師サルーはことあるごとに言ったものだ。

「途方もない額のカネや広大な土地やいったい0がいくつつくのかわからないような財産は人間を愚かにする。守りきれるわけがないのに守ろうと必死になるからだ。おれは金持ちが大嫌いだ。親も兄弟も親戚もみんな嫌いだ。自分自身もね」

そのときの森の漫才師サルーの眼からは怒りと憎しみの炎が吹き出していた。その炎に焼かれ、実際に何度か火傷したほどだ。火傷の跡はいまでも右腕の上腕二頭筋に残っている。

「でも、そのおかげでおれたちは七里ガ浜の別荘で1985年のひと夏をたのしめたんだ。愉快で痛快で爽快な『アール・クルー日和』をすごせたんだ。おまえが満足げに乗り回しているロールスロイスだって、おまえの家が金持ちだから手に入れることができたんじゃないか。おまえのそういう態度をこそ”欺瞞”て言うんだ」

森の漫才師サルーは反論できなかった。反論できるはずもない。森の漫才師サルーは金持ちであることによってあらゆる快楽と不思議と冒険を手に入れていたからだ。

小田実は『何でも見てやろう』の結論として、「カネがないことによって、本来、旅のさなかに経験できるはずのことが限定されてしまうくらいばかばかしいことはない」と言ったが、旅にかぎったことではない。この腐った世界はカネがなければ見ることも聴くことも食べることもできない。

口笛ひとつ吹くにもなにがしかのカネがいる。指パッチン1回につき500ドル徴収する街がアメリカ南部にはあるし、パリのフォーブル・サントノーレ通りにはウィンドウ・ショッピングしていると8フラン請求してくるブティックがある。バゲットが2本買える値段だ。まったくもってふざけた世界だ。

カネにからむ問題は間尺に合わないことだらけである。しかし、それがわれわれが生きている世界の実態でもある。さらにばかばかしいのは、それほど幅をきかせているカネが実は国家という暴力装置、夜郎自大が生み出し、押しつけているつまらぬ「幻想」にすぎないということだ。どんな高額紙幣であっても尻ひとつ満足に拭けやしないことを忘れるべきではない。大陸風に向ってたどりつけるのは苛酷酷寒のミル・プラトー、ゴビ砂漠にすぎない。ミル・プラトーとゴビ砂漠には拭く尻すらない。(Closed BooK)
 
by enzo_morinari | 2013-06-15 19:39 | ハルキゴンチチ・デイズ | Trackback | Comments(0)

ハルキゴンチチ・デイズ#3

 
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世界はヤクルト大洋戦の消化試合のように退屈である。 E-M-M


『風の歌を聴け』の主人公の友人である鼠という人物の口ぐせは「はっきり言って」だ。そっくりそのまま真似してはつまらないので、少し手を加えて自分の口ぐせのひとつにした。「端的に言って」だ。

「端的に言って、きみのレーゾンデートルはとても臭い」
「端的に言って、ホットケーキのコーラがけは不誠実きわまりない食べものだ」
「端的に言って、人間は快楽と拡張と沈黙とハンバーガーのために生きている」
「端的に言って、動物園のミツユビナマケモノくらい勤勉で懸命で愉快な生き物はいない」
「端的に言って、マイルス・デイヴィスの沈黙はチャーリー・パーカーの饒舌の裏焼き、ネガなんだ」
「端的に言って、あんたの考え方は中世の荘園制度華やかなりし頃の枠組みから一歩も抜け出ていない」

こんな具合だ。この頃の口ぐせはほかにもたくさんある。いくつかあげてみる。

何?
倍音。
もう御免だ。
のんきな奴だ。
世界は不思議に満ちている。
紀元前にも臆病な人間はいた。
がまんなどしない。
世情は臆病な猫のようなもんだ。
界面活性剤を大脳辺縁系に塗れ。
中心に立つ者の分け前が一番多いのだ。
でれでれしてるんじゃねえ!
愚にもつかないことだ。
かつて卑怯だった者はいまも卑怯だ。
なんてこった!
夜が呼んでいる。
にやけてるんじゃねえ!
嘆きの壁に拳を叩き込め。
きのうのことは忘れるにかぎる。
のんびり行こうぜ、俺たちは。
ため息がでる。
めんどうくさいことはきらいだ。
息ができるうちは死んじゃいない。
とっとと帰れ!
のんきな野郎だ。
戦闘態勢に入った。
いつだって心の中は土砂降りだ。
にやけた野郎ばかりだな。
あっと驚くジャン・ポール・サルトルだ。
けったいな奴だ。
くその役にも立たない。
レーゾンデートルはこの拳が知っている。
てめえの命を差し出せ。
いいかげんにしろ! ガジン!
たのむから嘘だと言ってくれ。


口ぐせがあるのはとてもクールであるように思えた。口ぐせのあることがクールである時代がかつて確かに存在したのだ。しかし、そのクールさについて、「霜取り装置の壊れた冷蔵庫のようなクールさであってもクールであることにかわりはない」とまでは言わない。

「『霜取り装置の壊れた冷蔵庫』はただのポンコツ、ガラクタにすぎず、クソの役にも立たない。即刻、夢の島13号地に廃棄してしまわなければならない。世界はそんなふうにできあがっている」というのが吾輩の決して譲歩できない世界観だったからだ。

いまは多少なりとも譲歩できる。「霜取り装置の壊れた冷蔵庫」は市役所の戸籍係に電話して引き取ってもらうべきだ。もしも、このとき、市役所の戸籍係が「担当がちがう」といったようなぜんざい公社的言説で言い逃れをしたら、そいつはまちがいなく冥王星の税務署のまわし者だ。即刻、夢の島13号地に廃棄してしまわなければならない。放課後の音楽室のようなクールさで。(Closed BooK)
 
by enzo_morinari | 2013-06-15 10:21 | ハルキゴンチチ・デイズ | Trackback | Comments(0)

腎臓と象牙#665「オチ夢」の話である。

 
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 夢を批評せよ 瀧口修造
 毛がなくて無病息災、寿手練経。酢豆腐自慢は夢のまた夢 E-M-M


 このごろ、ちょくちょく夢をみる。「オチ夢」と呼んでいる。必ず「オチ」があるからだ。登場するのは次の通り。

 水玉を転がす蝙蝠傘色の蟻に化けたクマグス先生、切腹して果てたある言霊信奉者(齢74にして、吾輩の「言葉の師匠」の一人でもあった。)、6歳の夏に捨てた仔犬、ゼリーのような浅丘ルリ子、つきたての餅のような吉永小百合、千葉刑務所3房のライト・ブルーの格子、弟子を2階の窓から投げ捨てるJ.S. バッハ、天秤棒を担いで巧みに腰を振る三島由紀夫、ピッツァ・マルゲリータのバジルのような色合いの村上春樹に化けたソバージュ・ネコメガエルのエクリ、東京タワーのてっぺんで「えーっ、毎度ばかばかしいお笑いを一席」と言ったきり眠りこける五代目古今亭志ん生、体中にパテック・フィリップのカラトラバ十字のシールを貼りつけた三代目古今亭志ん朝、インゲン豆船の庭の泉ちゃんが現れるソス・ド・ヴィで水垢離する飯沼勲、「おれは拳銃無宿だあ!」と言って三宿のバーに乗り込んでくる野村秋介先生、日本青年社2番車の屋根に座して瞑想する衛藤豊久先生、小石川療養所の西側を流れる清流を枕に礫で歯を磨く夏目漱石、透明な無数の歯車に挟まれてうめき声をあげる芥川龍之介、「理念院実在居士」の戒名を睨みつけるG.W.F. ヘーゲル、踏みつぶした「ゾウが踏んでも壊れない」はずの青い筆箱、トンボMONOの2Bの鉛筆、小学校の学校給食で出たメルルーサのフライ、いやな油のにおいのする煉瓦造りの焼却炉、小学校の校庭の隅っこの砂場夕暮れ、星飛雄馬の声役の声優の古谷徹の実家の豆腐屋の「パァーフゥー」の喇叭の音、鈴木文房具店の店先のちょっとした斜面を登れない吾輩に迫りくる「シェー」するゴジラ、夏の盛りに地べたに落ちたたまご屋の真っ黒けっけに汁がしみたチクワブ、ニュープロビデンス島に出かけたきり帰って来ないペーパーバック・トラベラーの自分、ニュープロビデンス島一番のバーである「レフトフック・バー」の店先で揺れる新宿矢来町百番地の老松、港区芝浦の東芝EMIポイントの極小極北の入江で拾った榛色の鮫革の財布に入っていたゼニで買った般若湯。(一挺入り - 老松)
 
by enzo_morinari | 2013-06-14 06:09 | 腎臓と象牙 | Trackback | Comments(0)

死の影のベッド、彼の最期の言葉#1 南方熊楠

 
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 On His Deathbed, His Dying Words.

 南方熊楠、死の間際。愈々、テンギャン・クマグス先生の往生が差し迫っていることを見てとった家人が医者を呼ぼうとすると、クマグス先生、断固として「医者はいらん」と断り、「天井に美しい楝(おうち)の花が咲いている。医者が来るとその花が消えてしまうから呼ばないでくれ。縁の下に白い小鳥が死んでいるから、朝になったら葬ってやってくれ」と不可解なことをつぶやいた。1941年(昭和16年)12月29日、大巨星大天狗墜つ。74歳。

 翌朝、クマグス先生の家人が縁の下を調べると、確かに「白い小鳥」の死骸があった。「白い小鳥」がいったい何鳥であったのかは詳らかではない。また、クマグス先生が飼っていた亀は2000年頃まで生きた。100歳を超える長寿だった。カメグスの餌、主食が明治キャラメルの空箱に棲息する粘菌だったというのは吾輩の妄想にすぎない。クマグス先生が生きておれば146歳か。生きておったら、そして、300歳くらいまで生きるほど元気矍鑠としていたら、世界は今の100倍ほども面白く愉快になっていただろうな。とっとと死んで消えてなくなっちまえばいいようなポンコツボンクラヘッポコスカタンがいけしゃあしゃあのうのうと寝穢く生きつづけているというのに。残念でならない。まったくもって残念でならない。
 
by enzo_morinari | 2013-06-13 20:45 | 死の影のベッド、彼の最期の言葉 | Trackback | Comments(0)

虹のコヨーテ

 
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いにしえの昔、ディネの男たちとアステカの民はコヨーテを「歌う犬」と呼び、いたずら好きの神として敬った。彼らはコヨーテが太陽と死と雷とたばこをもたらしたと信じて疑わなかった。


Who is the Coyote?
I already answered that question.
I am the Aimless Coyote.
Why am I aimless?
Beats me.

If I had a coherent answer,
I wouldn't be aimless, now would I?

Where?
Somewhere in JAPAN
Coyotes live most everywhere,
Even Tokyo City.
Coy is everywhere!

When?
About five minutes ago.
And in 1977.

Why?
Why not?
Because the internet needs
Another rambling website.
Don't you agree?



『虹のコヨーテ』のための若干の準備運動#1

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ディネの男
ディネの男は「水を汲んでくる」とだけ言い残してトパンガ・ムーンに行ったきり、帰ってこない。もう11年になる。彼の1958年型フォード・エドセルはガレージで埃をかぶったままだ。 バッテリーは溶けて跡形もないし、4本のタイヤはすべて空気が抜けてぺしゃんこなうえに乾いてひび割れ、エンジン・ルームは鼠どもの寝倉に変わり果てている。
11年のあいだ、月の美しい夜は月を見上げ、雨の日は雨粒を数え、風の強い日はディネの男の人なつこい笑顔を思いだした。そして、杯を傾けた。何杯も。そうだ。何杯も何杯もだ。そうとでもしなければやりすごせないほど風向きの悪い11年間だった。この11年間に関するかぎり、「風向きもいつかは変わる」というのは大うそだ。これっぽっちも変わってやしない。事態は悪くなるいっぽうのようにさえ思える。強い南風が吹きつける七里ヶ浜駐車場のレフト・サイドに丸一日立ちつくしたこともあるが、答えらしいものはなにひとつみつからなかった。答えは風の中なんかにはないんだ。きっと。
11年。多くの人々が通りすぎ、色々なものが壊れた。妻と飼犬の死。ビートニク・ガールの消滅とマッキントッシュMC275の経年劣化による引退。ベニー・グッドマン『Memories of You』のEP盤はスクラッチ・ノイズしか聴こえなくなった。40年以上も付き合いのある左の前歯は一昨日するりと抜け落ちた。
見上げた月とカウントした雨粒とかさねた杯はいったいどれくらいになるか。3年目の冬で数えるのはやめた。それでも、いつかディネの男と再会できる日がくると信じる。再会を待つ。再会の場所が炎のただ中であったとしても、私はけっして尻込みしない。ディネの男とともに炎の中心に立つ。 ディネの男との再会の日までに、目を背け、置き去りにしていたことどもと向かい合う勇気を取りもどそう。まだ遅くはない。まだ間に合う。まだ旅は終わっていない。まだ旅はつづく。まだ息をすることができる。
わが名は月で酔いどれるカタジュタの男。ホピとチェロキーとナバホの友人が一人ずついる。ディジュリドゥは楊枝がわりだ。トパンガ・ケイヨン・ロードは200mile/hでぶっ飛ばす! セヴンナップを1日に1ダース飲む!

ホカ・ヘイ! ヤタ・ヘイ! アヒェヒェ!


『虹のコヨーテ』のための若干の準備運動#2

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千年の記憶と縄文杉の孤独
空を見上げ、人生は流れる雲のようなものだとわかったとき、左の前歯がするりと抜けた。そして、森の奥からパット・メセニーの『TRAVELS』が聴こえてきた。背負っていた荷物をすべて放りだし、音のするほうへ、光のただ中へ向かって走った。森の奥、光の中心にそのひとはいた。森のひとだった。森のひとも左の前歯が抜け落ちていた。「やあ。ずっと待っていたよ」と森のひとは薪割りの手を休めて言った。森のひとのまわりに飛び散ったミズナラのかけらがかすかに明滅を繰り返している。

「千年生きた樹は土に還るのに千年かかる。なぜだと思う?」
森のひとは暖炉に薪をくべながら言った。
「新しい命を千年かけて育てるため」
「半分正解」
「残りの半分は?」
「千年分の記憶を反芻するためさ。千年かけて朽ち果てながらね。反芻するたびに世界中の樹木たちの痛みは癒される。そして、癒し終えたあと、跡形もなく消える」
「ということは、世界で一番孤独なのは縄文杉だ」
薪が大きな音を立てて爆ぜた。

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カリブーはなぜ殺されたか?
厳粛な綱渡りを終えてすぐに死滅する鯨の背に乗って持続する志河を渡る。持続する志河にはカリブーの憤怒の血が流れている。雄々しきツノは無惨にへし折られ、森の息吹と冷気をたっぷりと吸い込んだ毛皮は軽々と剥がされ、鞣され、流通する。冷徹な経済原理はカリブーたちの日々の困難と誇りにはいっさい無頓着である。ガリアの地で英雄を驚嘆させ、讃えられた誇り高き森の王も、いまや追い立てられ、撃ち抜かれ、打ち捨てられる。
カリブーはなぜ殺されるのか?カリブーは快楽のために殺戮される。聖なる日がやってくるたび、思い知るがいい。赤いのはトナカイの鼻ではなく、人間獣の血塗られた手であることを。

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憤怒の河を渡るバッファローの群れ
幻の巨大野牛を殺戮することに飽きた白い者=人間獣どもは次に誇り高き者たちを飢餓に追いこむ卑劣に取りかかった。農耕という名の堕落を潔しとしない誇り高き者たちは白い者どもとの徹底抗戦の道を選んだが、文明という名の野蛮はやすやすと誇り高き者たちを滅ぼした。誇り高き者たちのほとんどが酒に溺れ、白い者に飼いならされ、自分たちの先祖が自然との長い格闘と共生の中から育んだ智慧の樹を伐りたおし、打ち捨てた。彼らにはもう慈雨は降らない。幻の巨大野牛の頭蓋の粉末が降りそそぐのみである。だが、幻の巨大野牛の頭蓋の山の頂から新しい幻の野牛が誕生し、山を駆けおり、群れをなして憤怒の河を渡ろうとしている。彼らの眼を見よ。憤怒と憎悪の炎が燃えている。彼らの雄叫びを聴け。呪いの言葉に満ち満ちている。

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溶ける魚たちが蝟集する磁場としてのシュルレアリスム、あるいはダダイストの呪詛におののくダリ
いまにも指の間から滑り落ちそうなレモン色の平行四辺形によって切り取られた夕暮れの薄暗がりから貌をのぞかせたアンドレ・ブルトンは、浅葱色をした隠喩の法衣を無惨にも剥ぎ取られ、溶け出したベーコンに接吻を捧げている。彼の唇の右端にはフォークが突き刺さっていて、傷口からは蝙蝠傘色のミシンのミニアチュアが無限に吹き出してくる。フォークの持ち手部分に刻印された「その者の魚」が胸びれを痙攣させると、それまでじっと沈黙していたニンフのひとりは静かに瞼を閉じた。そして、ついに世界は『最後の晩餐』に巧妙に隠蔽された鎮魂歌で満たされる。もちろん、この事態に興味を抱く者などサルヴァドール・ドミンゴ・フェリペ・ハシント・ダリ・ドメネクのほかにいるはずもない。

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さて、ミトコンドリア・サーカス団の花形スターとして一世を風靡したサルヴァドール・ドミンゴ・フェリペ・ハシント・ダリ・ドメネクであったが、いまやヤヌスグリーンの庭師に身をやつしてしまった。マトリックス世界の盟主であるクリステの襞の形状に魅入られ、日々をクレブス・ラビリンス造りに費やしている。これは彼にとってはアポトーシスの過程のひとつであって、何者にも止めることはできない。

Quod Erat Faciendum.

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ウルルにかかる虹の麓から走りくるもの、旅のはじまり
ウルルにかかる虹の麓から七色のコヨーテはやってきた。私を見すえて突っ走ってくるコヨーテの姿は秋の初めの陽の光をうけて輝き、美しかった。
虹とウルルと七色のコヨーテ。
私は胸のふるえを抑えられず、その場にへたりこんだ。気を取りなおし、IMAGE MONSTER 2.0を組み込んだEOS 7Dをかまえて七色のコヨーテに向ける。同時に七色のコヨーテは私に飛びかかり、私をがっしりと抑えつけた。指一本動かせなかった。七色のコヨーテの筋肉の動きのひとつひとつが伝わってきた。私は「ああ、これでやっと死ねる、腐った世界とおさらばできる」とうれしくなった。小躍りしたかった。だが、ことはそう簡単にはいかなかった。
「まだ、当分、死なせるわけにはいかねえよ。おれは虹のコヨーテ。これからおまえと旅をする」
七色のコヨーテが嗄れた声で言った。そして、私の左頬を右前脚で叩き、「しゃんとしろ!」と怒鳴った。怒鳴ったけれども、なにかしらあたたかみとなつかしさのある言葉だった。私はうれしくて泣きだしそうだった。「さあ、出発だ」と七色のコヨーテがうながす。私と七色のコヨーテはならんで歩き出した。奇妙な旅のはじまりだった。

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TONY LAMAその他の完全性
「その姿では旅は難しいんじゃないだろうか?」
私は虹のコヨーテにたずねた。虹のコヨーテは少し目を細め、ウルルにかかる虹を見ていたがやや間を置いてからゆっくりと顔をこちらに向け、言った。
「おまえたち人間がだめなのは物事の本質を見極められないことだ」
虹のコヨーテの言うとおりだ。だが、いまの問題はコヨーテの姿のままではバスにも列車にも乗れないし、食堂にすら入れないということだった。私が思ったとたんに虹のコヨーテが言った。
「そんなことは先刻承知だ」
私が足元に転がっている奇妙なかたちの石ころに目をやった一瞬の隙に虹のコヨーテの姿は精悍な若者に変わっていた。虹のコヨーテの瞳はトスカーナの海のように深いブルーで、見つめられるとどきどきした。虹のコヨーテが穿いているジーンズはラングラーのカウボーイ・カット13MWZだった。腰には5万ドルはしそうな R.W. ラブレスのカスタムメイド・ナイフが光っている。ビッグ・マックのネルシャツにはGERRYのあざやかな赤のダウン・ベストをあわせていた。ビッグ・マックのネルシャツはとがった襟の形状から1970年代初期のものであることがわかる。帽子はステットソン社製の黒のカウボーイ・ハット、Diamante 1000Xだ。ビーバーヘアにチンチラの毛がブレンドされている。カウボーイ・ハットの名品中の名品。TONY LAMAのウエスタンブーツ CY825 CHOCOLATE LIZARD はまぶしいくらいにピカピカで、ウロコの一枚がときどき私にウィンクをしてきた。私もウィンクを返したがみごとに無視された。
「あんたのような愚か者にウィンクされたってだれも喜びゃしない。あきらめな」と虹のコヨーテは手きびしいジャブを放ってきた。だが、やはり虹のコヨーテの言うとおりだった。さらに驚いたことには彼のかたわらには使い込んであちこちニスの剥げたマーティンD28が置かれていた。つまり、虹のコヨーテは完璧だった。一分の隙もないのだ。私は自分が穿いているくたびれ果てたリーヴァイスの501をその場に脱ぎ捨て、火をつけてしまいたかった。

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導きと「そのものたち」と月の羊
「精霊と宇宙を支配する巨大な意志の力の導きがはじまったんだ」
虹のコヨーテがグレープフルーツ・ムーンを見上げながら言った。虹のコヨーテのからだが目映く輝きだす。遠くから地鳴りのような音がゆっくりと近づいてくる。
「くるぞ」
虹のコヨーテが低く唸る。月の光に照らされて私にもやっと「そのものたち」の正体がわかった。「そのものたち」は青白く輝く無数のバッファローの群れだった。群れの先頭にはひときわ強い輝きを放つ羊がいた。禍々しく巨大なツノを持つスコティッシュ・ブラックフェイスだ。邪悪な羊が巨大なツノを振り立て、滑るように虹のコヨーテに近づいてくる。禍々しく巨大なツノは憎悪の塊ともみえる。羊は速度を増しながら目の前に迫る。周囲にいやな臭いが立ちこめる。月の羊はツノを一段と下げて虹のコヨーテの胸のあたりに突き立てる。虹のコヨーテは俊敏な動きで月の羊の攻撃をかわすと喉元に食らいついた。絹の布を引き裂くような鋭い音がして月の羊の喉から鮮血が吹き出した。血はみるみる大地を染め、月の羊は息絶えた。月の羊の死とともにバッファローたちは地響きを立て土煙を巻き上げながら走り去った。あとには深い闇と虹のコヨーテの息づかいだけが残った。

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月の羊の死、神の幻影
虹のコヨーテは月の羊のツノの一撃をうけ、胸のあたりに深手を負ったようだった。傷口から血が滴っている。虹のコヨーテは身を横たえ、傷口をなめつづける。出血はやみ、傷はみるみる小さくなり、ついには跡形もなく消えた。虹のコヨーテは顔を両前脚のあいだにうずめ、眼をとじた。しばしの休息に入ったようだった。虹のコヨーテのやすらかな寝息を子守唄がわりに私も眠ろうしたが気持ちの昂りはなかなかおさまらない。仰向けに横たわり、夜空を見上げる。ウルルの真上に月がかかっている。かたわらの巨大なハシラサボテンのカルネギア・ギガンテアが月光を受け、かすかに揺れている。やっと、深い眠りがやってきた。

「私もいっしょに連れていってくれませんか。200年のあいだ、ずっとあなたたちを待っていたんです」
私と虹のコヨーテが出発の準備をおえたとき、月の光を浴びて踊っていたカルネギア・ギガンテアが口をひらいた。カルネギア・ギガンテアの右の腕にとまっているサボテンミソサザイがうれしそうに羽根をふるわせている。虹のコヨーテがもどかしそうにカルネギア・ギガンテアを見つめていることに私は気づいていたが、そのとき、私はやっと理解した。虹のコヨーテはカルネギア・ギガンテアを旅に誘っていたのだということを。
「いいよ。はやく支度しな」と虹のコヨーテは満足そうな表情をみせて言った。「ところで、あんたの名は?」
「人間は私を”神のペヨーテ”と呼びます」
カルネギア・ギガンテアが答えると、虹のコヨーテは満足げに足を踏み鳴らした。グレープフルーツ・ムーンは高く遠く静かに私たちを照らしている。

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12人の戦士、ディジュリドゥ、カタ ジュタへ
「カタ ジュタを目指す。途中、アニャングの戦士と会う。くれぐれも無礼無作法のないようにな。かれらはディネの男たちとならんで、宇宙でもっとも誇り高い人々だから」
虹のコヨーテは噛んで含めるように私と神のペヨーテに言った。私と神のペヨーテは黙ってうなずいた。
ウルルを出発してすぐにアニャング戦士の一団に遭遇した。12人のパックのナイフの切っ先のように鋭い24個の眼光がいっせいに我々を射抜いた。虹のコヨーテでさえ唇をふるわせたほどだ。それくらいアニャング戦士の眼光は鋭く、威厳に満ちていた。虹のコヨーテが彼らに駆けより、なにごとか話しかけると、彼らの表情からみるみる敵意が消え去り、親和的でおだやかな空気が辺りを満たした。

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「いい旅を。大地のヘソがいつもあなたがたとともにありますように」
別れぎわ、アニャング戦士のリーダーは言い、虹のコヨーテにディジュリドゥ、大地の管を手渡した。かわりに虹のコヨーテはマーティンD28を差し出したが、戦士はけっして受け取とろうとしなかった。姿が見えなくなっても、戦士たちがはなむけがわりに奏でるディジュリドゥの唸るような音はいつまでも聴こえていた。赤茶けた大地を通しておおらかで逞しい力が注ぎこまれるように感じられた。大地を踏みしめるたびに力が漲ってきて、このまま冥王星までも走りつづけられるとさえ思う。彼方のカタ ジュタに真っ黒で不思議なかたちをした雲が近づいている。

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砂嵐、石をみつめる少女、長い夜のはじまり、小さな焚火を囲んで
巨大な砂嵐がわれわれの背後に迫っていた。
「厄介なことになったな」
虹のコヨーテが言うと、私と神のペヨーテは顔を見合わせ、手を握りあった。神のペヨーテの棘が刺さって痛かったが我慢した。
「あのブッシュの先の岩かげに避難しよう。このダスト・ボウルは尋常ではない。とてつもない悪意と憎悪を感じる」
虹のコヨーテは言うと、駆け出した。私と神のペヨーテもあとにつづいた。そして、岩かげにうずくまる美しい少女に遭遇した。ブルー・サファイアの化身、石をみつめる少女だった。岩の裂け目に逃げ込むと同時に猛烈な風と砂つぶてが襲ってきた。そして、長い夜がはじまった。
焚火の炎は静かに燃えつづけた。虹のコヨーテ、神のペヨーテ、石をみつめる少女、そして私は小さな焚火を囲み、弱々しい炎をしばらくみつめた。そのときばかりは石をみつめる少女も石をみつめるのをやめ、炎に見入っていた。薪をくべるのは私の役目だ。神のペヨーテが虚空に腕を伸ばす。呪文を唱えながら小刻みに掌を動かすとひと塊のペヨーテを出現させた。そして、それをわれわれに分け与えた。神のペヨーテがペヨーテローの役回りを買ってでた。神のペヨーテはうってつけのペヨーテロー、トリップ・シッターだった。
虹のコヨーテは饒舌だった。マーティンD28を爪弾きながら、さまざまなことを語った。雲ひとつない満天の星空とグレープフルーツ・ムーンと虹のコヨーテの歌と語りとマーティンD28のゴビ砂漠の砂のように乾いた音。それらは絶好のセッティングとなった。
「アニャングの戦士になにを言ったのですか?」
私はずっと気になっていたことをたずねた。虹のコヨーテはにやりとし、ニール・ヤングの『収穫の月』のメロディをアルペジオで奏でながら言った。
「ウルルで立ち小便をしていた人間どもをたっぷり懲らしめてやった。だが、仕返しに追われている。力を貸してくれ。そう言ったんだ」
「うそを?」
「まあな。ときにはうそも役に立つ。使いどころをあやまらなければの話しだがな」
虹のコヨーテはそう言って、おどけた表情をみせ、ウィンクした。私もウィンクしようとしたが、うまく瞼が動かなかった。トリップがはじまりかけていたのだ。
「わたしはブルー・サファイアの化身なの。世界中のブルー・サファイアはわたしの心の中から生まれるんだよ。いまも、カシミールの山奥で矢車草の花の色をしたブルー・サファイアがひとつ生まれたところよ」
石をみつめる少女が話し終えると焚火の薪の1本が大きな音を立ててはぜた。
「ちっちゃな青い粒がこれから何億年何十億年をかけて立派なブルー・サファイアになってゆくの。すごくすてきでしょう?」
「きみはいつからブルー・サファイアの化身になったんだい?」
『Hotel California』のイントロを爪弾いていた虹のコヨーテが手を止めて尋ねた。
「宇宙創世のときから」
石をみつめる少女の全身が青白く輝きだし、あたり一面が青く染まった。


耳のうしろに不思議な力を持つ石を挟む男と青空の月と緑色のターコイズ

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ホピの長老耳のうしろに不思議な力を持つ石を挟む男は赤茶けた岩に座ってしきりにいくつも渦巻き模様のある巨大なグリーン・ターコイズをこすりながら言った。
「おまえがいったい何者なのか、生まれてから今まで何をしてきたのかに興味はない。興味があるのは、おまえがわたしと”炎の中心”に立って尻込みしない男かどうかだけだ」
私は言葉もなかった。長老はつづけた。
「いついかなるときにも質素な身なりをして、何者にも腕をつかませず、自分のための物は持つな。つねに弱き者を助け、貧しき者に分け与える者であれ」
私は涙が止まらなかった。見ると、長老も泣いている。私の視線と長老の視線が音を立ててぶつかり合い、翡翠色の火花を散らした。まわりにいたホピの若者たちがバネ仕掛けのおもちゃのような動きで一斉に跳びのいた。
「おまえの涙はなんの涙だ? だれのために流している涙だ?」
「よろこびの涙です」
「よろこびの涙は自分のための涙だ。これからは一滴たりとも自分のための涙を流してはいけない。そして、自分以外の者のために泣け。いいな?」
「わかりました」

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私のうしろにうずくまって息をひそめていた虹のコヨーテが立ち上がり、長老の座っている赤茶けた岩に駆け上がった。そして、真っ青な空の中心にある月に向かってそれまでに耳にしたこともない美しく強く悲しげな遠吠えをした。長老とホピの人々も虹のコヨーテとおなじように天空の月に向かって声をあげた。カルネギア・ギガンテアとサボテンミソサザイと石をみつめる少女も。そして、私も。

ホカ・ヘイ! ヤタ・ヘイ! アヒェヒェ!


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いい旅を。大地のヘソがいつもあなたがたとともにありますように。


虹のコヨーテとの旅が始まってから2週間が経つが、われわれがいったいどこに向かっているのかは虹のコヨーテ以外にはだれもわからなかった。あるいは、虹のコヨーテにも「旅の目的地」も「旅の意味」もわかっていないのかもしれないとも思えてくる。一度だけ虹のコヨーテにたずねたが言下に拒否された。
「おまえはあてのある旅を望んでいるのか? 目的地のある旅を。意味のある旅を。理由のある旅を。旅程表に縛られた旅を」
「どこを、なにを目指しているのかがわからなければ起こる困難と向かい合えません。心が折れてしまう」
「そんなことで折れてしまうような心ならとっとと捨ててアナグマにでも喰わしちまえ! そんなものはクソの役にも立たないガラクタだ。ガラクタ以下だ」

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虹のコヨーテの眼がつり上がり、強い光を放つ。「いいか? よく聴くんだ。あてや目的地や意味のある旅など本当の旅ではない。”本当の答え”は旅のさなかにみつかる。自分の眼と耳と心と魂でみつけるんだ。みつけなければならないのだ。おぼえておけ。そして、二度と旅の目的地や意味や理由をたずねるな。いいな?」
「わかりました」
本当はわかっていなかった。わかっていなかったが「わかった」と言わなければこの旅の隊列から外されるように思った。それはどうしても避けなければならない。虹のコヨーテの言う「本当の答え」がみつかるというのなら、この身をすべて委ねるしかない。おそらく、そのほかにはもう生き延びる道はないのだ。
虹のコヨーテとの旅が始まってから2週間。気がつけば、「現実世界」で生きていたときに抱えこんでいた諸々の厄介事が少しずつではあるけれども心の中から剥がれ落ちている。不意とアニャングの戦士が別れ際に言った言葉が胸をよぎる。

「いい旅を。大地のヘソがいつもあなたがたとともにありますように」

大地のヘソとはなんだ?

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by enzo_morinari | 2013-06-13 02:39 | 虹のコヨーテ | Trackback | Comments(0)