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Esprit d'Azur#1 コート・ダジュールの海辺における青いハコフグの秘密(1/2)

 
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海の青さと空の青さが飛行艇乗りの心を洗うのだ。PORCO ROSSO

空にはいく筋かの雲がたなびき、海にはバカンスのヨットの一群が浮かび、青と白とオレンジの街並みが空と海の間で輝きを放っている。虹子は波打ち際にしゃがみ込んで、かれこれ2時間も波と戯れている。世界にただ一頭のミニチュア・セントバーナードのポルコロッソはそのうしろで蟹とドッグファイト中だ。

やめておけ。おまえがかなう相手ではない。相手は生まれてこのかた、ずっとコート・ダジュールの青さに洗われてきたキング・アズール・クラブだ。おまえのなまくらなパンチや米粒のような牙なんぞ、屁とも思っちゃいない。キング・アズール・クラブが振りかざす大鉈、マサカリをよく見てみろ。まさに誇り高き勇者のものだ。微塵の迷いもない。いつ死んでもよしと腹をくくった者のみが持つことのできる「勇者の剣」だ。

だが、あきらめるな。勝てなくても、「まいった」を言わないかぎり負けではない。そのうち、風向きが変わり、運がよくなって、運命の扉が音を立てて開くときが必ずやってくる。そのときまで待てるかどうか、孤独を友とし、痛みを飼いならし、厳粛な綱渡りをつづけられるかどうかが本物かただのカスかの別れ道だ。

わが一番弟子のポルコロッソよ。炎の中心に立て。立ちつづけろ。どれほど熱かろうと炎から顔を背けるな。眼をそらすな。決して尻込みするんじゃない。重要なのはガッツだ。確信だ。何者にも恃まず、何者にも頼らず、何者にも与しない孤高と誇りだ。さらには、本物の一流になろうという持続する志だ。インチキまやかしA()C上っ面おべんちゃらきれいごとおためごかしには眼もくれるな。

吾輩のエールが届いたのか、ポルコロッソはキング・アズール・クラブにさらに詰めより、睨みつけている。

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吾輩はと言えばもうすっかり気分は休暇中の紅の豚である。酒をしこたま飲み、うまいものをたらふく喰う。もちろん、夏服に着替えた女どもの腰つきと足首の切れ味を採点することも忘れない。

酒を飲み、いきのいい魚を食べ、コート・ダジュールの海を眺め、空を見上げ、虹子を見守り、ポルコロッソにエールを送り、女どもを採点する。いい休暇だ。あとはこの七つを繰り返せばいいだけである。物事の本質はたゆまぬ反復と継続の中からのみ発見しうる。

「ねえ、ねえ。コート・ダジュールの海にはハコフグさんはいないんですか?」

虹子が吾輩をふりかえってたずねた。ブルーのコットンリネンのワンピースの裾が波に洗われてたっぷりと濡れている。砂粒もこびりついている。

「虹子ちゃん、残念ながらコート・ダジュールの海にハコフグはいないんだよ。本当に残念だけど」
虹子の眼から青みがかった大粒の涙がひと粒こぼれた。
「泣く? そこは泣くところではないだろうよ、虹子ちゃん。わが愛しきワイルド・アイリッシュ・ローズよ、泣いてはいけないよ。わらとけわらとけ。どうしても泣きたいときは乳首の席替えに夢中でIPPONN GRANDPRIXどころではないホリケンと1994年モナコ・グランプリのセナの激走を思いだしてわらとくんだ」
「だってだって」
「だってもあさってもないんだよ、虹子ちゃん」

吾輩が言うと虹子の表情がそれまでとは打って変わって引き締まった。そして、彼女がこどものころからずっと胸に秘めていた「青いハコフグの秘密」を語りはじめた。
 
by enzo_morinari | 2013-05-31 17:31 | Esprit d'Azur | Trackback | Comments(0)

女エロ事師と母子家庭スナックと四月の魚入り海鮮10ギガビット・イーサネット・パスタの話

 
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女エロ事師半井小絵の御乱行御乱交を端緒とし、母子家庭スナック誕生を経て、吾輩は四月の魚入り海鮮10ギガビット・イーサネット・パスタを食す。


女エロ事師として勇名を馳せた半井小絵は日本を代表するピンク系気象予報士でもあるわけだが、その半井がまだ全国デビューする前に勤めていたかなり変わったスナックに吾輩は足しげく通ったものだ。「スナック 母子家庭」である。

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「スナック 母子家庭」はロッキード山脈の麓にあった。元々は地元の能天気野郎がグリズリーの小熊を拉致しようとして、母親グリズリーが「母子家庭の小さなしあわせをこわさないでちょうだい!」とばかりに能天気野郎に右フックをお見舞いしたことにより、しわが異常に少ない脳味噌のおさまった頭部はユニコーン川の源流まで吹っ飛び、能天気野郎はおっ死んだ。それが物語の始まりである。

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能天気野郎の家庭は「母子家庭」となった。遺された妻と娘は日々の糧をえるため、お水の花道の裏街道を秋田のクソ田舎から出てきた韓流統一洗脳専売娘の桜田淳子よろしく、「この花はわたしです。やっときれいに咲いたのです。」と言わんばかりに歩むべく、やむなく街場ウォーター・ビジネスの王たる「スナック 母子家庭」を開店開業した。

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「スナック 母子家庭」は「新しいパパ」になろうと目論むエロ事師、町内の狒狒爺、出会い系脱落者、犯罪者、犯罪者予備軍、西村博之、2ちゃんねるひろゆき下衆外道一味、堀江貴文、堀江貴文系、藤田晋、藤田晋海千山千有象無象サイバーエージェントアメブロ一味系、幻冬舎見城徹角川叛乱五人組銭ゲバZ日一派、ピーチジョン野口美佳勘ちがい逆上せあがり知性教養皆無グループ、秋葉原電器商業組合員、アキバ系、電波系、文系、理系、平衡系、非平衡系、開放系、閉鎖系、オウム系、アレフ系、アレ系、ソレ系、ヤヴァ系、レバ系、ロバ君系、「ベンザエースを買ってください。」系、「あまちゃん」系、甘ちゃんちゃん系、マルチ系、ねずみ講系、自己啓発事故系、ライフダイナミクス系、Lifespring系、ベストグループ系、ライフスペース木乃伊系、ホームオブハート系、ディスカヴァー・トゥエンティワン系、ヤミ金系、街金系、丸金系、丸ビ系、塩ビ系、ソフビ系、カルビ系、ハラミ系、チョソ系、チャン系、バーニング系、ジャニオタ系、ベックソ系、モー娘系、秋元康一味、萩本欽公一味、オヅラトモアキ系、玉置宏系、玉オッキイ系、高橋圭三系、X-JAPAN系、DISCOVER JAPAN系、「嗚呼。日本のどこかに。」系、「そうだ 京都、行こう。」系、N700系で連日連夜の大盛況であった。

「スナック 母子家庭」がテナントとして入っているマンションは治安が悪いことでつとに知られており、暴漢に姉妹が襲われて殺害される事件をはじめ、数々の凶悪事件が頻発する最悪の治安状況であった。なにしろ、凶悪事件発生後にインタビューに答える「マンション住人(犯人ではない!)」がこの有様である。

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治安があまりよくない? おまえが言うな! おまえこそがマンションの治安を悪くしている張本人だろうが!

女エロ事師かつピンク系気象予報士半井小絵に端を発するこれら一連の物語は吾輩を甚だしく消耗させる。しょうがないので、腹いせにお伊勢参り後、四月の魚入り海鮮10ギガビット・イーサネット・パスタ(Sea Food 10 Giga-Bit Ethernet Pasta)をハングアップするほど食すこととする。

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どうか、荒野の1ドル銀貨あるいは夕陽に向かって立ち小便するのを我慢するガンマン、クリントイーストウッド渓谷の期待可能性乃至は逸失利益もしくは人的抗弁の切断ほども吾輩を探さないでいただきたい。四月の魚入り海鮮10ギガビット・イーサネット・パスタを食したのちは「スナック 母子家庭」で酔いしれ、いまは亡き「完璧の母」を思いながら『岸壁の母』を歌う予定の吾輩である。
 
by enzo_morinari | 2013-05-30 15:51 | スコブル奇想天外頓智叛骨滑稽面白半分新聞 | Trackback | Comments(0)

ノムラ(2丁拳銃)シュースケ先生と失地回復と第一水曜日の謀略

 
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「醤油ってこわいわねー。第一水曜日のスズキクンニオさんやキムラシカンボさんはそこそこおいしいけど甘ちゃんよねー。お顔はデコデコボコボコしてるけど、マキヤストモローさんは好きー。でも、一番はやっぱり、誰がなんと言おうとノムラ(2丁拳銃)シュースケ先生だわねー。」と虹子が言ったとたんに猛烈な眠気に襲われ、その場に寝ころんだ。そして、夢をみた。

 夢の中で、吾輩は世界有数の第一水曜失地回復醤油博士だった。失地回復醤油に関することならなんでもこい状態である。


 タカダノ婆にうながされて早稲田通りを我が物顔で横切ると、メルセデスベンツ・アルファロメオの新型車、レコンキスタ・ガルウィングType2に乗ったノムラ(2丁拳銃)シュースケ先生が蒲田駅前場末風スナックからすっ飛んできた。

「おいおい、きみ。忘れ物だよ。」とノムラ(2丁拳銃)シュースケ先生は黒縁眼鏡の奥のチバケイ3房眼光をぎろぎろさせた。
「ああ、先生。忘れたんじゃないんですよ。先生におかせられましては手元不如意弥栄と思いまして、なにかの足しにしていただきたかったんですよ。」
「きみねえ、おれは宝石がじゃらじゃらついた時計なんか、趣味じゃないよ。それに、きみにオカモトタロウの心配をしてもらうほど、落魄ぶれちゃいない。」

 そう言うと、ノムラ(2丁拳銃)シュースケ先生は胸元のポケット・チーフをかっこよく抜いてから、ロレックスの宝石じゃらじゃらプラチナ時計を包み、吾輩によこした。

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「きみねえ、『言多きは退くなり』だよ。肉体言語はつねに磨いておかねばならんよ。いいね?」
「はあ、でも、先生   
「おれに是非を問うな。激しい雪が好き。また、いつか、どこかで。」

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 ノムラ(2丁拳銃)シュースケ先生はそう言い残すとくるりと踵を返し、夕暮れのコペルニクスたちが忙しなく行き交う黄昏れゆく東京のど真ん中、トーキョー・キング・オブ・ロードを眼にもとまらぬスピードで駆け抜けていった。それがノムラ(2丁拳銃)シュースケ先生との今生の別れであった。夢からさめ、頬を涙が幾筋も流れ落ちているのがわかったが、ぬぐう必要などこれっぽっちもなかった。

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 第一水曜日のスズキクンニオやキムラシカンボも失地回復醤油も眼中になかった。ただただ、ノムラ(2丁拳銃)シュースケ先生に会いたかった。会って、叱られたかった。事情を察した虹子はミニチュア・セントバーナードのポルコロッソを抱き、吾輩に菩薩様のような眼差しを注いでいる。 まことに、不立文字、一期一会式イチゴ1a号パフェなノムラ(2丁拳銃)シュースケ世界の吾輩であった。

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 下衆外道ロードのど真ん中、センターライン上で、勘ちがい履きちがい基地外の岡本かの子が『母子叙情』満載に「人生は悟るのが目的ではないのです。生きるのです。人間は動物ですから。」と大陰唇をびらびらさせながら大股開きでほざいているのが見えた。
 なにをぬかしやがる。調子っぱずれ、倫っぱずれ、大股開きのポンコツボンクラヘッポコスカタンなんぞには郵便局の道行きさえ聞きたくもない。ポンチ絵書きのポンコツ女房は物静かに退場しやがれてんだ。

 うたたねはかくもティアドロップである。
 
by enzo_morinari | 2013-05-30 09:38 | うたたねの記憶 | Trackback | Comments(0)

吾輩は世紀末人間ドリルである。#1

 
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吾輩は世紀末人間ドリルである。名はファンドシエクル・マドリガル・マンドラゴラ・マンダラ・マンドリル。世界に風穴をあけるドリルである。轟音。粉砕。ぺんぺん草なし。手加減なし。容赦なし。風通しはいくぶんかよくなるはずだ。鼻息はスコブル荒い。


ありえな〜い? ありえるんです! 信じらんな〜い? 信じるんです! マジ、ムカつくんですけど〜? こちらは100倍ムカついているんです!


本拠地から通りをはさんで徒歩15秒の場所に位置するコンビニエンス・ストアは、いつもたばこ屋がわりに利用している。タスポを持っていないからである。深夜の抑えようのない飢餓感を満足させるためのジャンク・フードの類いの調達先としても重宝している。飢餓にはジャンク・フード。これは譲れぬ。

さて、つい先ほどのことだ。下げたくもない頭を下げ、言いたくもないお愛想を言う局面が終了して、吾輩は心底、不機嫌だった。不機嫌きわまりもなかった。おまけにその局面のさなかにたばこが切れて、苛立ちは限界に近かった。帰還後、ピース・ライトを買うべく、すぐに15秒コンビニに向かった。

晩めしを求める人々でレジ・カウンターはにわかに混みはじめていた。と、3ヶ所あるうちの真ん中のレジ・カウンターがあいた。吾輩の順番は次だったので並んでいた列を離れ、あいたレジ・カウンターの前に立った。すると、腕組みをしていたアルバイトとおぼしき髪を赤くキンキラキンに染めた若い女が不機嫌そうな表情を浮かべ、そっぽを向き、腕組みしたまま右の手で犬猫でも追い払うような仕草をした。もちろん、吾輩がただで済ませるわけがない。

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オウッ! ゴルラァ! おのれ、どういうつもりじゃあ! このボゲェッ! カスゥッ!

生ゴミ女は「いったいなにが起ったの? わたしがなにをしたっていうの?」という表情をしたあと、吾輩の鬼の形相にまみえたとたんにビエンビエ〜ンと泣きじゃくりはじめる。奥の事務所から店長とおぼしきデブが素っ飛んでくる。

オウッ! ゴルラァ! おのれ、どういう教育しとんじゃ! このボゲェッ! ゴルラァ!

デブ店長、平謝り。以下の顛末は省く。ただ、腹立ちはいまに至るもおさまらない。

吾輩はとっくの昔に生ゴミ世代(いわゆる、「ゆとり教育世代」)のクソガキ、小僧っこ、小娘、その親(モンスター・ペアレント)どもを見放し、憎悪し、軽蔑しているので、彼奴らを諭すことも導くことも教えることもいっさいしない。ただひたすら怒鳴り飛ばす。脅す。泣かす。訴訟だって起こす。訴訟はいくらでも受けて立つ。(百年戦争になるところを実質勝訴とも言いうる「即決和解」に持ち込む吾輩に勝てるかな?)

そのようにして、社会にはどうにもならない相手、存在があることを思い知らす。世界にはどう足掻いても太刀打ちできない恐ろしい人間がいるのだということを知らしめる。これは吾輩流の「世直し」である。この国の「滅び」は彼奴らが社会の中心となる頃に完結する。15年? 20年? 30年はかかるまい。

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生ゴミくそガキ小僧っこ小娘ども! 万が一にもオレ様に小生意気な態度、こましゃくれた口をきいたら、おまいらが一生トラウマを抱えつづける言葉、表情、仕草をお見舞いしてやるからな。せいぜい、オレ様と袖触れ合う他生の縁を持たぬように「ありえな〜い、信じらんな〜い神サマ」にでもお祈りしやがれ!

吾輩が彼奴らに言いたいことはただひとつである。


死 ね ば い い の に!


*今夜は腹立ちまぎれに、須藤久監督の『斬殺せよ!』を鑑賞しようと思う。

せつなきもの、それは愛 ── 舞台挨拶の壇上に駆け上がり、いまは亡き野村秋介先生にたしなめられたことがなつかしく思いだされる。

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by enzo_morinari | 2013-05-30 00:08 | 吾輩は世紀末人間ドリルである。 | Trackback | Comments(4)

いちばん大事なもの

 
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 夕方、風向きがかわり、海側から潮の匂いをかすかに孕んだいい風が吹いてきた。テラスでプリント・アウトした望月新一氏の「ABC予想」の証明に関する論文、『Inter-Universal Teichmüller Theory Ⅳ: Log-Volume Computations and Set-Theoretic Foundations』を四苦八苦しつつ読みながらゴンチチの『いちばん大事なもの』を繰り返し聴いていたら、ポーがやってきた。いつもはクールなポーが鼻を鳴らし、甘えてくる。そっと抱き上げ、膝にのせた。食い入るように私の顔を見ている。まん丸で大きなふたつの瞳に見つめられるとドキドキした。ドキドキはしたがすごく幸せな気分だった。

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 あのとき、ポーはいったいなにを言いたかったんだろうな。なにを考えていたんだろうな。こんなとき言葉が通じたらいいのだが。でも、言葉は通じなくても、ポーの気持ちはわかる。それは私の考えていることとたぶんおなじだから。
 いちばん大事なもの    理屈ではない。利害や欲得でもない。「いちばん大事なもの」だとふと思えるような刹那の中に、たがいが「いちばん大事なもの」だと思えるような関係の中に、きっと幸福とやらはあるんだろう。

 ポーちゃん、あしたはなにをして遊ぼうかね?

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 ゴンチチ - いちばん大事なもの
 
by enzo_morinari | 2013-05-29 10:36 | 遠い国から来たポー | Trackback | Comments(0)

夏への階梯#6 昼の12時19分03秒になると停まるバセロン・コンスタンチンのクロノグラフがかかえる厄介事

 
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手に入れてまだ1年も経っていないバセロン・コンスタンチンのクロノグラフが春頃から昼の「12時19分03秒」を指すと決まって動きを停めるようになった。メンテナンスに出したが、馴染みのキャビノチェはしきりに首を傾げながら言った。

「原因がわかりません。すべて分解して、発条もバトンも歯車も雁木車も滑車も一個一個チェックして、必要な部分には𣕚の木で磨きをかけて、丁寧に細心の注意を払って注油しても症状は改善されません。こんなケースは40年の時計師人生でも初めてです。今後、どのように手をつくしても原因を突き止めることはできないというのが私の結論です。よろしければ動作確認済みの同じモデルと交換するようにコンシュマー担当に進言いたしますが」

私はキャビノチェの申し出を丁寧に断った。昼と夜の両方で「12時19分03秒」に停まるというなら現象の原因を突き止められる可能性はわずかながらも残されているが、昼だけというのがいかにも不審である。それはキャビノチェも同意見だった。不審は必ず暴かれ、白日の下にさらされなければならない。

昼の12時19分03秒。思い当たる出来事はある。あれは1985年9月1日、日曜日の真っ昼間、12時19分03秒のことだ。友人の一人でもあったプロサーファーのヨシノ・コージが七里ガ浜駐車場レフト・サイドで何者かに刺殺されたのだ。

その日は「七里ガ浜チャレンジ・カップ」という波乗りのコンペティションが行われていて、七里ガ浜駐車場は波乗り野郎どもとサーファーもどきどもと陸サーファーどもと彼らのステディを自認する脳味噌のしわの少なそうな女どもでごった返していた。

夏休み後初めての休日とあって一般客も大勢七里ガ浜駐車場に来ていた。ヨシノ・コージはそんな衆人環視同然の状況の中で殺された。おそらく、犯人は息を殺してヨシノ・コージの背後に忍び寄り、ヨシノ・コージを刺し殺したのだ。ひと刺しで。ヨシノ・コージのやわらかで健康そのものの肝臓を。素人の仕事ではなかった。捜査官たちの見立てもおなじだった。

ヨシノ・コージは「和製ジェリー・ロペス」と称され、サーフィン情報誌のみならず、多くのメディアが取り上げるほどの人気ぶりだった。哀愁を帯びた面差しはその出生にまつわる困難ともあいまって多くの女どもの心をとらえていた。

ヨシノ・コージは米軍海兵隊の中尉と日本人娼婦を両親に持つ美容師の母親と稲川会横須賀一家の2次団体の総長である父親とのあいだに生まれた。私と同い年だった。

有名人気プロサーファーの死とあって、事件は捜査本部事件となった。すぐさま、「七里ガ浜駐車場におけるプロサーファー刺殺事件捜査本部」が鎌倉駅前の鎌倉警察署に設けられた。

コンペティション当日。優勝候補筆頭であるヨシノ・コージのフリースタイル部門ファスト・セットの出番は最後だった。それまでべた凪だった海面がにわかに盛り上がり、風はオフショアに変わった。30フィートはありそうな美しい波が沖からものすごいスピードで迫ってくる。七里ガ浜駐車場にいるだれもが驚き、わが目を疑っている。当然だ。30フィート・オーバーの波などそうそうお目にかかれるものではない。それも日本で。湘南で。七里ガ浜で。しかも、日本最高峰の競技会で。

ヨシノ・コージは独特のグーフィー・スタイルで大波を完全にコントロールしていた。そして、トップからボトムに向かって一気に滑り降りた。さらに、華麗にボトム・ターンし、再びトップへと駆け上がる。それを何度も繰り返した。波涛をはるかに超えて宙空で宙返りする離れ業はヨシノ・コージのもっとも得意とするものだ。セカンド・セットを待たずに、勝者がヨシノ・コージであることは誰の目にもあきらかだった。冷酷非情な殺人者一人を除いて。「七里ガ浜チャレンジ・カップ」は即時、中止され、無期限延期となった。

結局、ヨシノ・コージ殺人事件は重要参考人が何人か浮上したのみで迷宮入り、公訴時効が成立した。公訴時効は成立したが、私の時効の針は停まったままだ。1985年9月1日日曜日の午後12時19分03秒で。

針は動きはじめた。犯人、殺人者はわかった。殺人者の背後にいる者たちも。のうのうと生き延びていることも判明した。鬼の庭の公判維持に必要な証拠は出そろい、万全の体制で公訴提起。判決は7月26日に下す。

冒頭陳述も証人訊問も情状酌量減刑もない。あるのは判決と刑の執行のみだ。弁護人も傍聴人もいない。いるのは鬼の庭の被告人席に立つ殺人者とその背後にいて胸くその悪くなる笑いを浮かべつづけてきた下衆外道どもと、そして、大審問官でありプロスキューターである私のみ。判決即刑の執行。上訴不可。判決書に添付される署名入りの執行命令書は入手済みである。署名したのは私だ。

七里ガ浜駐車場レフト・サイドで2000トンの雨に打たれるまであと60日と2時間42分

残っていた「12時19分03秒」の問題はそのときすべて解決される。「Q. E. D./Quod Erat Faciendum」の宣言はもうすぐだ。

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by enzo_morinari | 2013-05-27 22:34 | 夏への階梯 | Trackback | Comments(0)

多次元ビブリオテカ#4 ガングリオン事態に見舞われた吾輩の右の人差し指にはグルジア系の顔が生えている。

 
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1人も殺さなかったらコメディ作家。1人殺したらサスペンス作家。5人殺したらミステリ作家。10人殺したらホラー作者。100人殺したらバイオレンス作家。1000人殺したらファンタジー作家。10000人殺したら歴史作家。人類を絶滅させたらSF作家。 NA-NA-ON-Twitter


007 表現者は表現の王国の王である。殺戮も冷酷非情も慈悲の雨も思うがままだ。表現の王国においてはなんらの慮りも遠慮も気兼ねも不要である。そうでないなら、表現する意味も価値もない。「身辺雑記」とライフスタイル自慢、暮らし自慢、センス自慢、仲良しごっこ、甘っちょろい認知欲求、親和欲求の類いは町内の老人クラブかゲートボール場ででもやるがいい。ただし、公的年金をすべて返上してからだ。そして、誰もいなくなったら灰色の脳細胞、エルキュール・ポワロの登場だ。後始末はアガサ・クリスティがやる。かくして、「女より軽いのは羽根。羽根より軽いのは空気。空気より軽いのは無」の極意がわかれば文豪。

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by enzo_morinari | 2013-05-27 17:55 | 多次元ビブリオテカ | Trackback | Comments(0)

私のガングリオン、彼女のアテローマ、彼のメラノーマ#1

 
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Cyst Cityの夜は歪で跛行的である。だれの心にも容易に狂気が忍びこむ。E-M-M


丹古母鬼馬二が極秘で出演していたウジェーヌ・イヨネスコの『瘤』へのオマージュのアングラ劇をみた夜、右の人差し指の腹に鋭い痛みを伴うガングリオンが隆起した。ガングリオンはみているうちにどんどん大きくなっていった。

偶然つけたJ-WAVEからこぶ平の虫酸が走りまくる声が聴こえてきたのはなにかの冗談、お愛嬌にしても、チャンネルをかえた先のNHK FMから聴こえてきた曲がエドワード・エルガーの『鼓舞鼓吹』というのは宇宙を支配する巨大な意志の力も少々やりすぎだろう。最近、宇宙を支配する巨大な意志の力のやつは妙にややこしい問題を出題してくる傾向がある。

そう思ったと同時にiPhone 2000-GTRのシルバーメタリックの筐体がヨシムラ手曲げ直管のようにふるえた。黒いシックなスーツを着たJ.P. サルトルの待ち受け画面はポップ・ヨシムラがエグゾースト・パイプを力任せに曲げている画像にかわった。ガールフレンドのヨシムラ・ユミコだ。

「たいへんなのよ! いまから行っていい?」
「どうしたんだよ? 実は僕もたいへんなんだ。タンコブなんだ」
「え? なに? 炭坑夫?」
「炭坑夫じゃないよ! 石炭じゃなくてタ・ン・コ・ブ」
「タンコブですって!? あたしのたいへんもおなじようなものよ!」
「きみのたいへんはどんななんだい?」
「ノーよ!」
「え?!」
「だーかーらー! ノーよ!」
「僕たちの関係性を解消するってこと?」
「ちがう! ちがう! ちーがーいーまーすー! ノーができちゃったのよ! 右の耳たぶに!」
「きみの言っていることはまったく訳がわからない。僕もいろんな不思議世界に首をつっこんできたけど、NOが耳たぶにできるなんて話は聴いたことがないよ。まったく、" OH! NO! "もいいところだ。いまこそ、ダラスの熱い日のジャクリーンの気持ちがわかるよ。それとも、それは否定という世界の新しいタームの象徴として言ってるわけ?」
「ふざけないでちゃんと聴いて! 右の耳たぶにできたノーは500円玉くらいの大きさでファイストス円盤とまったくおなじ模様があるのよ!」
「ますます訳がわからない。それじゃあ訊くけどさ。ノーが500円玉くらいの大きさでファイストス円盤とまったくおなじ模様なら、イエスはビッグカンダタマヌ玉くらいの大きさで模様はロンゴロンゴ・アダムスキー型円盤でFAなのかい?」
「あなたこそなにを訳のわからないこと言ってるのよ! わたしのノーは嚢胞のノーよ! 矢追といっしょにしないでちょうだい!」
「のうほう? まさかきみ、厄介で胡乱で七面倒くさい有機ウーマンになっちゃったわけ? 自然農法がどうとか有機栽培がどうとか親のお通夜や告別式や火葬場でも大声を出すような」
「そののうほうじゃないわよ! 耳たぶに丸っこい袋みたいなのができちゃったのよ!」
「ああ。嚢胞か。なるほど。で、それはいつからできたんだい? 500円玉くらいの大きさでファイストス円盤とまったくおなじ模様の自然農法は」
「あなた、まだわたしをからかってるわね?」
「まさか! からかってなんかいないよ。たのしんではいるけどね」
「とにかく、いまからそっちへ行くからなんとかしてよ」

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ヨシムラ・ユミコはそれだけ言うと電話を切った。ポップ・ヨシムラのエグゾースト・ノートが消音し、「ENGAGEMENT」のアナウンスとともにJ.P. サルトルが眉毛ぼーぼーのボーヴォワールの尻に麻縄を食い込ませている待ち受け画面に変わった。眉毛ぼーぼーのボーヴォワールはスピーチバルーンで「キシキシピャッピャッ」と言っていた。友人のベップ・ガジンが加工してプレゼントしてくれたものだ。

そのベップ・ガジンが深刻なメラノーマ問題をかかえてヨシムラ・ユミコと前後してやってくるとは予想もしない夜だった。窓辺に座っている白いパンダが「アジアの純情」を漂わせながらパラダイムシフト・パフィ・パフェを貪り食っているのが視界の隅に視えた。

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by enzo_morinari | 2013-05-26 18:21 | アテローマ/ガングリオン | Trackback | Comments(0)

ジュークの春#8 『George’s』のジュークボックスの103番のボタン

 
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朝起きて窓をあけ、小鳥のさえずりが聴こえるとミニー・リパートンのことを思いだす時期が2度あった。1度目は『LOVIN' YOU』がヒットした1974年。肉体言語闘争、ストリート・ファイトに明け暮れていた。荒くれ者のくせに妙にナイーヴなガキだったといまにして思う。

2度目はミニー・リパートンが乳癌を患って死んだ1979年の夏から冬にかけて。あれはこたえた。スキーター・デイヴィスの死を知ったときも腹にきたが、すぐに立ち直った。だが、ミニー・リパートンが31歳で死んだことを知ったときの衝撃は強く、深く、長引いた。

夏と秋と冬。みっつの季節をやりすごさねばならぬほどミニー・リパートンの死はこたえた。当時は嵐のような裏切りと諍いとによって、きわめて不安定な日々を送っていたことが影響しているのだろうが、それらの「諸般の事情」を差し引いても、吾輩が彼女の死を重く深く受けとめていたのはまちがいない。

では、いまはもう大丈夫なのかといえば、それはいくつもの山やら谷やら砂漠やら沼地やら湿地帯やら悪い風向きの風やら数えきれないほどの季節やらをくぐりぬけてきたことによる「経験」と「知恵」によって、おのが精神を制御しているにすぎない。酒など飲み、なにがしかのきっかけがあれば、いつでも当時とかわらぬ激情のごときものがよみがえるにちがいない。いまのところはないというだけの話だ。

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あの19歳の春。けっきょく、『George’s』には朝の5時、閉店までいた。9時間もいた勘定だ。

あの春の夜、吾輩は『George’s』のジュークボックスの103番のボタンを合計27回押した。103番のボタンを押すとかならずミニー・リパートンの『LOVIN' YOU』がかかるのだ。ミニー・リパートンの『LOVIN' YOU』を27回聴くあいだに、吾輩はたったひとつのことを考えていた。

しょせん、みんなここの囚人なんだ。好きなときにチェック・アウトできるが、決して立ち去ることはできない。

「ミニー・リパートンはハーフ・フルな人生を生きた。彼女のグラスは、半分からっぽ(ハーフ・エンプティー)ではなく、いつも半分いっぱい(ハーフ・フル)だった」と言った人物がいた。

ハーフ・フル、半分いっぱい。とてもよく彼女を言い表している言葉だ。彼女のグラスが「いつも半分いっぱい」だったのは誰かのためにいつも半分をシェアしていたからでもあろうか。

溶けだしたアイスクリームが手を汚してもミニー・リパートンは満面の笑みを浮かべている。『LOVIN' YOU』のドーナツ盤の写真を見ると、せつなくなるけれども、元気にもなる。性的なもの(「性的なもの」だあ!? はっきり「チンコとザーメン」と言いやがれ! 腐れ湯川ばばあ!)を連想させると物議をかもしたことが馬鹿馬鹿しくも、なつかしく思いだされる。

きょうまでに六本木にあるSOUL BAR、『George’s』のジュークボックスの103番のボタンを424回押した。424回目の103番のボタンを押し、何千回目かの『LOVIN' YOU』を聴いてから、吾輩は『George’s』を卒業した。以来、『George’s』には行っていない。

ミニー リパートンは1947年生まれだから、生きていれば還暦をとうに過ぎて66歳か。それを思うとちょっとだけうれしくもなる。だが、やはり、吾輩もそろそろ引退の潮時だな。

引退前に『George’s』でマーヴィン・ゲイとオーティス・レディングとミニー・リパートンを肴に、いまやおっさん街道まっしぐらのストリート・ファイター時代の悪ガキ仲間どもと与太話でもするか。ついでに青っ洟たらした行儀の悪い小僧っこ相手にストリート・ファイト、肉体言語闘争も。たまになら、同窓会もストリート・ファイトも肉体言語闘争も悪くはあるまい。

あの19歳の春は神話世界の出来事のようにさえ思える。なにもかもが遠くかすみ、深い沈黙の闇に沈んで、もはやなにも語ろうとはしない。あの19歳の春の物語に登場する人々のほとんどは鬼籍に名を連ね、その面影は日々うすれゆく。そのことを押しとどめられる者は世界中のどこを探してもいない。

それにしても、「ジュークの春」は遠くなったものだ。指先には27回押した『George’s』のジュークボックスの103番のボタンの感触がかすかに残っている。その感触の正体を確かめたくて指先をみるけれども、痕跡らしきものはなにも残っていない。当然だ。きょうまでの数えきれないほどの春やら夏やら秋やら冬やらの季節が吾輩を通りすぎてゆくあいだになにもかもがすり減り、変わり、失われたのだ。あの19歳の春の日々も。『George’s』の急階段も『George’s』のジュークボックスの103番のボタンを27回押した感触も痕跡も思いも。「ジュークの春」はミニー・リパートンの5オクターヴ半の天使のささやきほども高く、遠く、そしてちょっとだけせつなくかなしくなつかしい ── 。

緑とオレンジのストライプの布団。
水曜の午後の10分足らずの入浴。
親指と人差し指と中指の3本でつまむ熱いアルマイトの食器。

「便水出し止め願います」
「便水出しっぱなし願います」
「朝パン、昼自弁、夜官弁」

ラララララ ラララララ ドゥドゥドゥムドゥ マイヤマイヤマイヤマイヤ…

We will live each day in the springtime.
Cause lovin' you has made my life so beautiful…



忘れかけていた19歳の鉄格子の中の春と青春とアオハルと『George’s』のジュークボックスの103番のボタンのことがせつなくもおぼろによみがえる春の宵である。

Lovin' You - Minnie Riperton

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by enzo_morinari | 2013-05-25 02:34 | ジュークの春 | Trackback | Comments(0)

ジュークの春#7 鳴神上人の登場

 
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 吾輩の窮地を救ってくれたのは團藤先生だった。国選弁護人を通じて吾輩の「緊急事態」を知った團藤先生が身柄引き受けのために駆けつけたのだ。
 團藤先生の登場は刑事どもを震え上がらせた。警察署長までもがお出ましになり、コメツキバッタよろしく32ビートで團藤先生に頭を下げつづけた。当然だ。相手は日本刑法学の大家、團藤重光なのだから。彼らが日頃、揉み手擦り手ですり寄っているキャリアの警察官僚や検察官たちが神、仏とも崇める存在。中には実際に團藤重光の弟子もいる。
 ザマミロ。
 吾輩は小声でつぶやいた。團藤先生のうす桃色の大きな耳がぴくりと動いた。途端に普段はホトケさまもかくやとでも言うべき温和な團藤先生の顔が一天にわかにかき曇り、阿修羅、鬼の形相となった。そして、誰憚ることなく大音声を発した。吾輩はそのとき、團藤重光に歌舞伎十八番のひとつ、『雷神不動北山桜』の四幕目『鳴神』、「雷神不動北山桜北山岩屋の場」に登場する鳴神上人をはっきりと見た。
 このたわけ者が!
 吾輩が知るかぎり、生涯にただ一度の團藤重光の大激怒、大憤怒、大雷鳴だった。見れば、團藤先生の眼に涙がいっぱい溜っている。以後、吾輩はやんちゃをしなくなった。「團藤先生を悲しませてはならない」と心に決めたからだ。ただし、半年だけ。半年後には元の木阿弥。悪童、悪党、悪漢ぶりはさらに輪をかけて悪事悪辣に邁進することとなる。以来、30年余。受けた御恩の百万分の一も返せぬうちに團藤先生は死んでしまった。大往生だったが千年も万年も生きていていただきたい人だった。團藤先生のような人物はもう二度と現れまい。

 刑事訴訟法が愛読書の筆頭だった。 
 法を学んでゆく過程では刑事訴訟法がもっとも性に合った。犯罪の端緒から判決に向けて一気に突き進む刑事訴訟法の単純明快さがよかった。手加減なし。容赦なし。刑事訴訟法には感情やら情念やらという厄介で面倒な要素が入り込む余地は一切ない。それが吾輩の性分にも合っていた。三島由紀夫がなにかのエッセイで同じことを書いていたこともあって、吾輩は刑事訴訟法を学ぶことに夢中になった。
 刑事訴訟法は条文を丸暗記した。主要な判例も押さえた。当時は「愛読書」を尋ねられると間髪置かずに「日本国刑事訴訟法」と答えたものだ。肝心の刑法は条文にカタカナが混じっている上に文語体でとっつきにくく、慣れるまでは常に違和感がつきまとった。團藤重光、我妻栄、平野龍一らが名を連ねる刑事法、民事法の学者に比べ、憲法は役者不足の感が否めなかった。宮沢俊義とその弟子の芦部信喜が我が代の春を謳歌する憲法は法律を学ぶというよりも哲学、思想を学ぶ感覚に近かった。頭のスウィッチを切り替えることが必要だった。
 憲法は刑法同様に条文が少ない。前文と11章全103条からなる。憲法は前文から各条文にいたるまでお粗末きわまりない文章と文体で、いかようにも解釈できる曖昧さに腹が立ちどおしであり、突っ込みどころ満載だった。「ノルム・ダー・ノルメン」「法の中の法」「国家の最高法規」がこんなことでいいのかと思った。
 端的に言うならば、法が国家を形づくっている。法は国家そのものであるとさえ言える。木っ端役人どもが法の立案・策定に躍起になるのは、いかに欺瞞と悪徳に彩られた「仕組み」であっても、法による裏付けさえあれば天下御免と押し通すことができるからだ。「天下り」も「税金の無駄遣い」も「公務員の身分保障」も「独立行政法人」も、法に抵触せず、法によって担保されることでまかり通っているのだと言える。木っ端役人どもにとってのメリット、甘い汁を吸うための仕組み作りは、それに合わせるかたちでいかようにも都合よく立法すればいいだけの話であると木っ端役人どもは考えている。ソクラテスが「悪法もまた法なり」と言ったのは、周辺諸国との紛争をかかえながらギリシャ国家が存立を継続維持していくためには「法による支配」を不磨の定律として受け入れる必要があったからだ。そのことを受け入れない者はギリシャ市民たる資格さえないと考えたのだ。
「国会」が国権の最高機関であるとされるのは、国会が国家を形づくる「法」を生む機関だからだ。法なくして国家なく、国家であるためにはかならず法がなければならない。さらに言うならば、三権、すなわち、「立法」「司法」「行政」が分立し、各権力機関が互いに公正に抑制し合っていることが必要となる。この状態が「三権分立」である。近代以降の国家は「三権分立」の体裁が整っていることが絶対条件であり、もしも、これに瑕疵がある国家は近代国家としての条件を満たしていないと言わざるをえない。日本はどうか? まったく十分ではないと言うのが吾輩の考えだ。立法府である国会の国会議員たちは行政府の官僚どもの操り人形にすぎず、官僚はお手盛りで法を立案・策定し、その法に則って法を執行している。「霞が関文学」によって誕生する各法、政令、条令、規則その他はすべて官僚、木っ端役人に都合のいいように作られていると考えてよい。司法もおなじようなものだ。つまり、日本においては「三権分立」とは名ばかりで、実際には官僚による全体主義、「官僚ファシズム」が日本の姿であるというのが吾輩の考えである。

 吾輩は釈放後、警察署前からタクシーを飛ばして六本木に向った。FRIDAY'Sで一番でかいハンバーガーを5個いっきに平らげ、ピッチャーサイズのビールを3杯飲んだ。そのあと、Hard Rock CAFEに行き、しばし、ロックした。イーグルスの『HOTEL CALIFORNIA』が繰り返しかかった。
 吾輩の耳元で見知らぬハンバーガー野郎がしきりにつぶやきつづけていた。

 しょせん、みんなここの囚人なんだ。好きなときにチェック・アウトできるが、決して立ち去ることはできない。

 吾輩はうんざりしてHard Rock CAFEを出た。ふやけた道筋の外苑東通りをふやけたツラをさらしたやつらがふやけた足取りで歩いていた。SOUL BARの『George’s』の扉を押したのはオープン直後だった。
 ハンバーガー野郎はしつこく、しかも律儀に吾輩のあとを尾いてきていた。そして、吾輩が考えるとおりのことを言葉にして吾輩の耳元で囁いた。我慢の限界だった。
「おい、ハンバーガー野郎! とっとと失せやがれよ! おまえのバンズのにおいもピクルスのにおいも安物の牛肉のにおいももううんざりなんだよ!」
 吾輩が怒鳴ると、ハンバーガー野郎は瞬時にフィレオフィッシュ爺さんに姿を変え、『George’s』の厨房を抜けて出ていった。その後姿はすこしさびしそうだったが、どうせすぐに元のハンバーガー野郎に戻ってHard Rock CAFEかFRIDAY'Sでふやけた奴の耳元で歯の浮くような御託を並べるにちがいない。世界はそんなふうにできているんだ。望むと望むざるとにかかわらず。まったく馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
 
by enzo_morinari | 2013-05-24 22:36 | ジュークの春 | Trackback | Comments(0)