人気ブログランキング |

<   2013年 02月 ( 22 )   > この月の画像一覧

QUO VADIS? われわれはどこから来てどこへ行くのか?

 
c0109850_16261376.jpg


名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実ひとつ
冷めやらぬたちの悪い微熱に困憊辟易しながらおそい午睡から醒めた。窓の外を見ればすでに黄昏どきを過ぎ、夜の帳が降りはじめている。そこここの街の灯りの瞬きが熱をもった目にはすこし眩しい。

虹子はポルコロッソの毛繕いに夢中でこちらには無関心を決め込んでいる。冷水で顔を洗い、たばこを立てつづけに3本吸う。まずい。なにゆえにこれほどまずくてくさいものと訣別できないのであるか? たばこの先端の小さな熾を見ながらしばし考えてみる。考えながら煙りを吸い込み、吐き出す。答えは出ない。答えなど出なくてもいっこうにかまわない。なぜなら鼻から答えを求めていないからだ。答えを求めない者に解答は用意されないものと大方の相場は決まっている。

手持ち無沙汰につけたインターネット・ラジオから聴こえてきたのは鮫島有美子が歌う『椰子の実』だった。豊かで透明感のあるソプラノが心地よく、しばしのあいだ微熱の不快を忘れた。

それにしてもこの微熱のやつめが! もう1年以上もつづいている。いったいどこからきているんだ? まあ、いい。死ぬときは死ぬし、生きるときは生きる。そのことはすでにして十分すぎるほど学んできたじゃないか。いつくたばってもいいようにすべての段取りはつけてある。ぬかりはこれっぽっちもない。残るは当事者がボタンを押すか押さないかを決めるだけのようにしてある。話は簡単だ。よほどの臆病者か愚か者でないかぎり、失敗も敗北もない。それより、『椰子の実』だ。

名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実ひとつ
故郷の岸を離れて汝はそも波に幾月
旧の樹は生いや茂れる枝はなほ影をやなせる
我もまた渚を枕孤身の浮寝の旅ぞ
実をとりて胸にあつれば新なり流離の憂
海の日の沈むを見れば激り落つ異郷の涙
思いやる八重の汐々いずれの日にか国に帰らむ


「文化」としての感受性
なつかしい。琴線に触れる歌のひとつである。島崎藤村作詞、大中寅二作曲。歌が終わり、名残り惜しいので iTunes Store にアクセスして『椰子の実』を何曲か購入した。生憎、鮫島有美子のものはなかった。

「椰子の実」「童謡」「唱歌」をキーワードにスマート・プレイリストを作り、リピート・プレイ設定。以後、繰り返し聴く。聴きながらふと思う。『椰子の実』を欧米人が聴いたとして吾輩と同じ種類の感懐を持つだろうか? 持たないというのが吾輩の出した結論である。彼らは南方の地を資源の調達先、植民の地、リゾート地としてはとらえても、決してみずからの起源の地とは考えないから平然と踏みにじってきた。文化としての感受性の対立点はみずからがよって立つところ、「起源」にこそある。

c0109850_16271340.jpg

『椰子の実』をめぐる物語
『椰子の実』には誕生秘話とでもいうべきものがある。日本民俗学の泰斗柳田國男が若き日の夏、愛知県渥美半島伊良湖岬の恋路ヶ浜に漂着した椰子の実を拾うところからこの物語は始まる。このとき、柳田23歳。柳田は『海上の道』の中で次のように述べている。

舟の出入りにはあまり使はれない四五町ほどの砂浜が東やゝ南に面して開けて居たが、そこには風のやゝ強かつた次の朝などに椰子の実の流れ寄つて居たのを三度まで見たことがある。一度は割れて真白な果肉の露はれ居るもの、他の二つは皮に包まれたもので、どの辺の沖の小島から海に泛んだものかは今でも判らぬが、ともかくも遥かな波路を越えてまだ新らしい姿で斯んな浜辺まで渡つて来て居ることが私には大きな驚きであった。この話を東京に還つて来て島崎藤村君にしたことが私にはよい記念である。

東京帰還後、柳田が友人である島崎藤村に椰子の実の話をすると、藤村は「君、その話を僕にくれたまえよ、誰にも言わずにくれたまえ」と柳田に頼みこむ。柳田自身の感想は『遊海島記』の中に「嵐の次の日に行きしに椰子の実一つ漂ひ寄りたり。打破りて見れば梢を離れて久しからざるにや、白く生々としたるに坐に南の島恋しくなりぬ」とある。柳田がここで言う「南の島」とは個別具体的な場所ではなく、「海の彼方の世界」という幻想を含むものだったろう。椰子の実を契機とした柳田の「南の島」、「海の彼方」への思いは『海南小記』を経て、64年後に『海上の道』として結実する。

c0109850_1627407.jpg

QUO VADIS? われわれはどこから来てどこへ行くのか?
柳田國男が生涯を通して追い求めたのは「日本人はどこから来てどこへ行くのか」ということにつきるが、その出発点は東海の小島の浜辺でみつけた椰子の実であった。名も知らぬ遥か遠き南の島から黒潮に乗って流れ着いた椰子の実とその香りに若き柳田國男はめくるめくような陶酔を感じ、さらには、日本人の原形を読み取ったことだろう。日本人の起源に思いをいたし、また、遥かなる海の彼方の世界に恋い焦がれもしたろう。ここにこそ柳田國男の天才がある。

最晩年、柳田はこのときにえたインスピレーション、モチーフを『海上の道』として結実させる。64年の歳月を経て、柳田國男の感動はようやく実を結んだのだ。『海上の道』出版の翌年、若き日に見た幻、夢を後世に託すようにして柳田國男は世を去った。『海上の道』は柳田國男の遺言とも読める。伊良湖岬恋路ヶ浜に漂着した椰子の実は島崎藤村の『椰子の実』と柳田國男の『海上の道』というふたつの傑出した言霊へと開花した。われわれはこのふたつを羅針盤として、いつでも、どこへでも漕ぎだすことができる。綴る航海日誌からは芳醇馥郁たる香りが立ちのぼってやまないはずだ。

まだおそくはない。まだまにあう。煌めく海へ、あふれる思いに胸を熱くする航海へ、星屑とのランデブーへ、うつろいゆく宇宙のかけらの旅へ向けて出航する時間はすぐそこに迫っている。
 
by enzo_morinari | 2013-02-25 22:00 | QUO VADIS? | Trackback | Comments(0)

不思議の国にて気が変になる海亀スープもどきで昼食中。


c0109850_5523465.jpg


帰宅時間はゲーデルに訊いてくれ。


 エリック・ドルフィー『OUT TO LUNCH!』の「WILL BE BACK」
 
あるアーティストと話しているうちに「マドレーヌ現象」がはじまってしまった。主たる用件はそのアーティストにエリック・ドルフィーの『OUT TO LUNCH!』のジャケットのコラージュを制作することが可能かどうかを打診するのが目的だったが、周波数とフィーリングが合って、話はいつのまにか「夢の球場」のことや古今亭志ん生のことや「ラデュレ・ビジネス」のことや『不思議の国のアリス』のことや『オズの魔法使い』のことや『銀河ヒッチハイク・ガイド』のことや『宇宙の果てのレストラン』のことや「42の腰つき」のことや「生命、宇宙、そして万物、森羅万象についての究極無窮の答え」のことにまで及び、ついには「宇宙を支配する巨大な意志の力」と『歌う犬どものための弦楽四重奏』の演奏会を108年ぶりに実現しようという地点にまでいってしまった。まことに「マドレーヌ現象」恐るべしである。

アーティストと話しているあいだ、吾輩は壁の『OUT TO LUNCH!』のジャケットをずっとみていた。そして、発見した。『OUT TO LUNCH!』はワンダーランド、不思議の国に昼めしを喰いに行ったきり帰ってくることができなくなった者のための音楽であるということを。

「OUT TO LUNCH」は「昼食中」という本来の意味のほかに、口語で「気が変になる」という含意がある。そして、『OUT TO LUNCH!』のジャケットにはドアノブの左横に「WILL BE BACK」の文字のある帰宅時間を報せるための時計を模したプレートがかかっている。時計の針は長針短針合わせて7本。7本の時計の針? クロノグラフやらパーペチュアルならともかく。「帰宅時間不明。今が何時なのかもわからない。時間など意味がない。時間はあっちこっちに向かってねじくれている」ということか? 吾輩の発見、見立てはこうだ。

私は気が変になって、空間も時間もバラバラの世界、「異う世界」に生きている。もうどこにも帰ることはできない。帰れない。

エリック・ドルフィーは『OUT TO LUNCH!』を録音した4ヶ月後にこの世を去ったが、実はすでにエリック・ドルフィーはとっくの昔に「異う世界」に向けて、虚空に消えていく「音」とともに旅立っていたのだ。いまごろはチェシャ猫やキラキラ光る蝙蝠さんやトカゲのビルやキ印帽子屋やドードー鳥や眠りネズミやオールド・マグピーやモック・タートルやフィッシュ・フットマンやフロッグ・フットマンやTwo, Five & Sevenやハートの女王様やハートの王子様やベンジャミン・ディズレーリ・グラッドストーンやエルシー・レイシー・ティリーや口うるさい美術批評家の年寄りアナゴとともに黄金色の昼下がりの「午後のお茶の会」で自由が丘ルピシアの『キャッスルトン FTGFOP1 2012-DJ4』とは似ても似つかぬ紅茶もどきをすすり、ハートの女王がふんぞり返りながら焼いた「逆さま世界のアヴァンギャルド・タルト」を齧り、晩餐には海亀もどきスープに深々とした溜息をつき、眠られぬ夜には同い年の幼なじみ、ジョニー・グリフォン相手に『オマール・ロブスターのカドリユ』でスウィングしながらケニーGのTwo, Five & Seven倍すごいロングブレスの練習をしていることだろう。怠惰と邪悪と強欲と低血糖に抗いながら。風変わりでアヴァンギャルドなウッド・シェディングだが、エリック・ドルフィーらしいと言えば言えないこともない。

いまや、世界はフェルトの帽子屋のように気が狂った者ばかりになった。吾輩が三月のウサギになるのもじきだろう。ジターバグのワルツような。帰還するのは八方ふさがりのメローなロスト・ワールドの週末、ワニ語の名手ジョージ・ベンソンが永遠の1/2オクターブ走法を教え込んだ稻羽之素菟の背中に乗ってだ。
 
by enzo_morinari | 2013-02-24 19:53 | あなたと夜と音楽と | Trackback | Comments(0)

ホワイト・ノイズ@ブラック・アウト#1

 
c0109850_4111515.jpg

J.S.バッハの『マチュウ・パッション』をフーリエ変換しつつ聴きながら「死の必然」の仕組みを完璧に理解することが第一主題部だ。通奏低音はピンク・ノイズ、倍音はホワイト・ノイズ、そして、変奏はブラック・アウト。


2012年の夏の終り。東新橋・電通本社ビル屋上。その日、夏の空は意外にも青く強く澄んでいた。

浜離宮庭園と東京湾の海と夏の青く強く澄んだ空を順番に眺める。金属的な熱を額のあたりに感じて空を見上げるとボーイング 787-8 ドリームライナーが飛翔していた。巨大な熱源だ。

カーボン・ファイバーでできたワイドボディーの美しい機体にしばしみとれたあと、熱源について考えてみる。真剣にだ。暇つぶしでも退屈しのぎでもなく真剣に。ある意味では命がけで。ボーイング 787-8 ドリームライナーの中の乗員と乗客は命がけで高度10000メートル上空を移動しているのだから、それが礼儀というものだ。

「音速」と口に出してみた。「スーパー・ソニック」とも。少しだけくちびるが気持ちよかった。

音速。1225km/h。秒速340.277778メートル。ベリリウム換算縦波12890m/s。それらの冷厳冷徹なリアリティにわずかな妄想を加えることで予想もしなかった眩惑の領域に足を踏み入れることができる。たとえばこんなふうに。

ホワイト・ノイズとブラック・アウトが交錯し鬩ぎあうアルファ・ポイントを目指してまっしぐらに疾走すること。
揺りかごを揺らすうす紫色の手に握られた白と黒のナイフでみずからの頸動脈を平然と一直線に切り裂いた女との再会を夢想すること。


耳を澄ますと明日には幾千億の死にざまをさらす蝉どもが息もできぬほどに鳴き盛っていた。
 
by enzo_morinari | 2013-02-24 04:16 | Wノイズ、Bノイズ | Trackback | Comments(0)

『4分33秒』の厄介ごと

 
c0109850_23444083.jpg

 冬ごとに指先が凍りつき、ぽろりととれてしまう女の子はなぜグレン・グールドとヨー・ヨーマを聴きつづけるのか?

「木枯らしが吹きはじめて本格的な冬がやってくると、わたしの指先は凍りついてしまうの。毎年のことよ。そして、その冬一番の寒さを記録した朝、わたしの指先はぽろりととれてしまうのよ。痛くも痒くもないけど不便は不便ね。春になればまた新しい指先が生えてくるから、冬のあいだ、ちょっとがまんすればいい。だから、あなたに同情なんかこれっぽっちもしてほしくない」

 女の子は少し眉をしかめてから、熟練の外科医が手術を手がけたようにきれいな「指先のない指」を広げてみせた。私は指先のない彼女の手をみても、これっぽっちも同情などしなかった。指先がないくらいのことは、いまどきセブン-イレブンでだって手に入る。だが、もちろん、私はそれを彼女には言わなかった。厄介ごとに巻き込まれるのはもうこりごりだったのだ。ジョン・ケージの『4分33秒』のような厄介ごとには。もう、さんざん厄介ごとやもめごとに巻き込まれてきたんだ。これからはただ静かに生きることができればいい。

「でもね、とれた朝、しばらくはだいじょうぶなんだけど、夜になるとしくしく痛みだすの。だから、わたしはヨー・ヨーマとグレン・グールドを聴きつづけているのよ。わかった?」
「うん。すごくよくわかったよ」

 私は少しもわかっていなかったが、わかったふりをした。そうしないと、彼女はすごく怒るのだ。初対面のときから変わらない。なにしろ、彼女の第一声は「あなた、わたしが誰だか、本当にわかってるの?」で、私が「わかりません」と答えると、「あなたって最低なひとね!」と吐き捨てて、くるりと向きをかえ、早足で歩きはじめたのだ。なんとか彼女に追いつき、なだめるまでに、私は正確に17人のひととぶつかり、そのたびにあやまりつづけた。休日の原宿ラフォーレ前で会う約束をしたことを私は心の底から後悔した。いや、そもそも、私は彼女と会うべきではなかったのだ。頭の真ん中が痺れていくのを感じたとき、彼女のとげとげしい声がした。

「なにがわかったの? 言ってごらんなさいよ」
「きみは冬がくるたびに指先がとれちゃって、それはその冬一番の寒い朝で、痛みは初めのうちはなくて、夜になると痛くなって、痛みをやわらげるためにヨー・ヨーマとグレン・グールドを聴きつづけている。そうだよね?」
「なにが、そうだよね、よ。じゃ、わたしはグレン・グールドのどの演奏を聴いているか、言ってみてよ。ヨー・ヨーマもよ」

 もちろん、私はわからなかった。グレン・グールドがポジションにやたらうるさくて、演奏のとき、椅子に虎の皮を一枚敷いたというエピソードは知っているが、それは彼女に教えてもらったのだ。

「いいこと? これだけはおぼえておいて。わたしはあなたの不誠実なところが大きらいなのよ。それと、ヨー・ヨーマはJ.S.バッハの『無伴奏チェロ組曲』で、グールドは1955年の『ゴルトベルク変奏曲』よ、わたしが聴きつづけるのは。わかった?」

 ヨー・ヨーマの弾くのがハイドンのチェロ協奏曲だろうと、グレン・グールドの弾くのが1981年の『ゴルトベルク変奏曲』だろうと、私はもうどうでもよくなっていた。それらはすべて彼女の事情であり、問題にすぎない。第一、不誠実だとなじられたうえに、大きらいだとまで言われて、これ以上いっしょにいる理由なんかなにひとつないじゃないか。そう思ったが、主導権は完全に彼女が握っていて、異議申し立てをすることはできなかった。

「うん。わかったけど、ぼくときみは30分くらい前にはじめて会ったばかりなんだよ。30分でぼくが不誠実な人間だなんてよくわかったね」
「やっぱり、あなたはなにもわかっていないわね。指先がなくなるとなくなった部分に見えないアンテナが出るのよ。それでいろんなことがわかっちゃうの。わかった?」

 冬ごとに指先が凍りついてぽろりととれてしまい、グレン・グールドとヨー・ヨーマを聴きつづける女の子はそう言ってから正確に4分33秒間舌打ちをした。ひどく長い4分33秒間だった。私は彼女が舌打ちをしている4分33秒間、その場から1秒でも早く逃げだしたいと思いながら逃げだせなかった。彼女が私の腕を強い力でつかんでいたからだ。指先がないにもかかわらず、彼女のつかむ力は驚くほど強くて容赦がなかった。彼女の4分33秒間におよぶ舌打ちが終わるとやっと世界と原宿の街に深い沈黙のようなざわめきが戻った。

「どうなの? わかったの?」

 私は答えるかわりに、手首から先のない自分の両腕をしげしげと眺めたが、アンテナはもちろん、Gショックさえなかった。そのかわり、2006年の冬にシンドラー社製エレベーターのドアに巻き込まれてちぎれた両手が宙空をゆっくり滑空していく光景がありありと浮かんだ。もう、厄介ごとに巻き込まれるのはたくさんだ。
 
by enzo_morinari | 2013-02-22 23:46 | TOKYO STORIES | Trackback | Comments(0)

新しい産業の誕生

 
c0109850_4272677.jpg

福島原発事故後、まったく新しい産業が誕生した。「除染産業」だ。この産業は今後数百年、数千年にわたって衰退することがない。あるいは永遠に。

除染産業の栄華は放射性物質(放射性核種)の半減期次第である。放射性物質が放射線を出しつづけるかぎり除染産業は栄耀栄華を誇ることができる。除染産業は設備投資も研究開発も不要である。人手と水と放水機材さえあればだれでもできる。

「除染」ははやい話が水をかけるだけのことだ。水をかけ、洗い流すだけの作業である。洗い流された放射性物質は別の場所へ移動する。「除染」ではなく「移染」と言われる所以だ。放射性物質は中和も分解もできない。在りつづける。在りつづけ、放射線を出しつづける。われわれに逃げ場はない。雨が降れば流れて低地に移動し、風が吹けば舞い上がり、別の場所に降下する。

「基準値」を極限まで厳格にすれば「除染事業」は未来永劫存続する。自然界に存する放射線の値を「基準値」とすれば、「除染事業」は永遠につづけることができるからだ。原始力村の卑劣強欲な輩どもは、虫酸が走り、腸は煮えくりかえり、吐気を催すようなほくそ笑みを浮かべながらこう考えているだろう。「原発のあとのめしのタネは除染だ」と。官僚、原子力村の住人どもは「原発事故」を乞い願っていたとさえ考えられる。事故が起これば当然に「除染」という「新しい利権」が手に入るからだ。彼奴らは「めしのタネ」になりさえすればなんでもこいという下衆外道なのだと思うくらいでちょうどいい。

丸投げ。除染の研究開発費。天下り。国からの交付金。都合のいい法整備。すべては官僚どもの思うまま、お手盛りでことが運ぶという次第だ。自民公明政権でそのベクトルはさらに強固になった。この「仕組み」「システム」を容認したのはわれわれだ。まったくもって「間接民主主義」とは御立派きわまりない制度である。

容認することに「YES」の投票をした者が糾弾されることもない。制度的には彼らはなにひとつ「誤謬」「あやまち」を犯していないのだから。投票所に行き、投票用紙に候補者の名前あるいは政党名を書き、投票箱に投票用紙を入れただけだ。ただそれだけのこと。そして、頬っ被りし放題というお笑いぐさ、茶番、三文芝居。譲れぬ拠点は「年金」のみというけっこう毛だらけな爺さん婆さんを表彰したいくらいだ。「自分だけの幸せ探し厚顔無恥賞」「天下分け目の恥知らず賞」で。

発送電分離、総括原価方式の廃止、地域独占の解体によって電力会社は急速に力を失うが、官僚は「除染」という錦の御旗を振りかざしてさらに巨大強固になっていく。天下るための組織をつくるために法整備し、規制と許認可権で姑息狡猾にやり放題だ。官僚はあらゆる場面に規制の触手を伸ばし、利権のタネにしようとする。災害も事故も事件もだ。法整備し、天下り先の組織をつくり、交付金をせしめる。まさに害虫だ。害虫どころか害悪そのものである。

手に負えず、始末に負えない害悪。木っ端ひとつ生み出さない木っ端役人に貪り食われる国家と国民。官僚こそは「害悪の王」「災厄の権化」である。世界はこの害悪と災厄を駆除し、振り払うための哲学も技術も持たない。もっとも厄介なのはセシウムでもプルトニウムでもストロンチウムでもなく、官僚であることを忘れてはならない。まったく「いやな世の中」ここに極まれりだ。
 
by enzo_morinari | 2013-02-22 04:28 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

「なんとなく、そっと、すこしだけしあわせ」なキセキ

 
c0109850_4181489.jpg

 はっきり言ってしまうが、この退屈で狡猾で冷酷で非情で気まぐれで言い訳がましくて腐った世界に「奇跡」などない。メディアやお調子者やおっちょこちょいにだまされてはいけない。しかし、「キセキ」はある。それも、数えきれないほどたくさん。

 ステキな笑顔というキセキ。
 届くはずのない思いが届くキセキ。
「小さなコビトの大きな世界」のキセキ。
 満天の星を眺めることのできるキセキ。
 そばにいてくれるだけで気持ちいいキセキ。
 場所も時間も超えてつながっているキセキ。
 かなうはずのない夢や願いがかなうキセキ。
 安曇野の峻烈で明晰な空気を吸えるキセキ。
 世田谷の穏やかで気持ちのいい風と光に包まれるキセキ。
 天河の社で弁財天の言祝ぎの調べを聴くことのできるキセキ。
 棚から牡丹餅の落ちる音に万象のかそけき気配を読みとるキセキ。
「地中海の感傷」のオレンジ色のピエな夢をみることのできるキセキ。
 エアオキルと新ワラシベ・システムに夢中のモンクさんを眺めるキセキ。
 においをかいだだけで、ひと口食べただけでしあわせにしてくれるキセキ。
 そして、
「なんとなく、そっと、すこしだけしあわせ」であるということのキセキ。

 ゆうべ、『グランド・ホテル』をみながら虹子と深々と飲酒した。1本898円のジム・ビームで。ひとかけらのチーズと、前の日の食べ残しのかたくなったバゲットと、ガルボのミニと、キャベツとニンジンと鶏のササミのサラダで。おいしかった。ジム・ビームもチーズもバゲットもグレタ・ガルボォもサラダも。間に合わなかったアタチュルクとはちょっとちがう淡い代赭色の「オレンジ・マカロン」も。

 この23年間の虹子とのジェットコースター・デイズを思い、胸に迫るものがあり、いまたしかに生きているということのキセキに心がふるえ、そして、すこしだけしょっぱいダイアモンドが出た。虹子をみたら、虹子もまぶしいくらいのダイアモンドを3粒こぼしていた。まことにいい冬の夜だった。蜜が「きょう、あなたの夢をみた。とてもステキな笑顔だった」と歌っていた。

 さあ、きょうもおいしくてすこやかでたのしいごはんを食べよう。


 蜜 『初恋かぷせる』
 
by enzo_morinari | 2013-02-21 04:21 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(3)

2013年2月29日午前3時2分の『Late For The Sky』#1

 
c0109850_1728194.jpg


われわれはナイフとなって村々の果実に侵入する。Saint-Pol Roux


吾輩はほとんど眠らない。正確には15時間くらいに1度、40分から50分ほど眠る。この眠りはとても深い。吾輩の眠りは徹底的に深く、地震が起きようが火事場で泥棒がチャンチキおけさを歌って踊ろうが雷が鳴ろうが親爺が怒鳴ろうが目覚めない。

3.11の大震災のときは東京にいたがちょうど眠っていた。猛烈な揺れに慌てた虹子が吾輩を起こそうと叩いたり蹴飛ばしたり水をぶっかけたりしたが吾輩は起きなかった。そのときの揺れは本当にひどいもので、70kg近くもあるKRELLのパワー・アンプがオーディオ・ラックから飛び出すほどだった。それでも吾輩は目を覚まさなかった。それほど吾輩の眠りは深い。

吾輩は起きているときは常に「なにか」を考えているか思い出しているか思い描いているか書いているか読んでいるか聴いているか味わっているか触っているかメイク・ラヴしているかだ。大脳辺縁系はいつもフル回転、フル・スロットル状態である。ぼーっとすることなどない。

吾輩の大脳辺縁系ならびに大脳新皮質では吾輩乃至は吾輩の周囲・周辺で生起するあらゆる事態、事象、現象を常に計測し、観察し、記憶し、解釈し、言語化することが行われている。そして、ここが厄介なところなのだが、吾輩は一度記憶したことを決して忘れない。忘れようとしても忘れることができない。その記憶にまつわる関連情報もいっしょに記憶する。それらがなにを意味し、吾輩にとって危険か安全か有意か無意か快か不快かといったことも含めて記憶してしまう。そして、決して忘れない。事象やら現象が生起した当時のまま、新鮮なまま記憶は残る。時間が経っても変化はない。

吾輩の記憶に経年劣化はない。おぼろげになったり曖昧になったりしない。鮮烈鮮明なまま。鮮度はそのままだ。100の喜びは100のまま、100の怒りは100のまま、100の憎しみは100のまま。

吾輩の怒りを買った相手がほとぼりも冷めた頃だろうと考えて吾輩にコミットメントしてこようものなら吾輩は峻烈きわまりない怒りをその相手にぶつける。ゆえに、吾輩は一度嫌いになったもの、不快に感じたコト/モノを断じて赦さない。これが「手加減なし。容赦なし」という吾輩のスタイルの元となっているものと考えられる。そう。吾輩には「ゆるす」「水に流す」「なかったことにする」という仕組みがないのだ。

いかなる謝罪も贖罪も吾輩には意味を持たない。これはどうしようもない。吾輩を突き動かす大脳辺縁系ならびに大脳新皮質は一度「答え」「結論」を出してしまえば、のちにその「答え」「結論」が編集、修正されることはない。「情けをかける」あるいは「酌量する」ということもない。0か1か。まさにディジタルである。吾輩の大脳辺縁系ならびに大脳新皮質を燃やしてしまうか吾輩の大脳辺縁系ならびに大脳新皮質に保存されている各記憶ファイルを消去、デリートするしかない。

このことについてはこどもの頃から随分と悩んだ。「なぜおれは他者をゆるすことができないのか?」と。得た答えは「何者も吾輩に関わるべきではない」「極力、他者とは関わらない」ということだった。そうしなければ「ふたつの不幸」が生まれると吾輩は考えた。

成長するにつれて吾輩はある「方法」を編み出した。別の人格をつくるという方法を。それは「おおらかで気のいいナイス・ガイ」というキャラクターだった。他者と関わるときは努力して「おおらかで気のいいナイス・ガイ」で接する。「おおらかで気のいいナイス・ガイ」を演じる。それは少し疲れるやり方だったがほかに方法はなかった。それはほぼ成功した。吾輩はよほどのことでなければ怒らなくなり、憎まなくなった。しかし、大脳辺縁系ならびに大脳新皮質がフル・スルロットで動いていることに変わりはなく、オーバー・ヒート寸前の大脳辺縁系ならびに大脳新皮質をクール・ダウンするための「眠り」「睡眠」は短時間で深い。なにが起ころうと目を覚まさない。

そのような吾輩が目を覚ました。虹子もおねいちゃんたちもキッズどもも弟子たちもみな寝静まった深夜にだ。時計をみれば3時をすぎている。3時2分。眠りについたのは2時40分を少し過ぎた頃だったから、あと20分から30分は目覚めないはずだった。しかし、吾輩は目を覚ました。ジャクソン・ブラウンの『Late For The Sky』が突如として聴こえてきたのだ。しかも、吾輩の頭の中、脳内から。

幻聴でもなんでもない。その『Late For The Sky』はビニルのLPレコードを再生したものだった。それもかなり聞き込んでひどいスクラッチ・ノイズがある『Late For The Sky』だ。針飛びを起こす寸前の箇所は4箇所あった。そのLPレコードは吾輩の所有しているLPレコードではない。

『Late For The Sky』はジャクソン・ブラウンのアルバムの中でも特に好きなアルバムなので、LPレコードで3枚、CDで2枚持っている。普段はMP3ファイルに変換した音源をiTunesかiPodで聴いていた。LPレコードも曲のどのあたりにスクラッチ・ノイズがあるかはおぼえている。持っている3枚のLPレコードはいずれも針飛びを起こさないコンディションを保っている。

これらのことから吾輩が出した結論は「聴いたことのないLPレコードによる『Late For The Sky』が脳内から聴こえた」ということであった。そして、遠い昔に吾輩の元を去った女の亡霊が身の毛もよだつような姿でやってきた。
 
by enzo_morinari | 2013-02-20 17:31 | 『LATE FOR THE SKY』の夜 | Trackback | Comments(7)

マカロン・ダンディ#1

 
c0109850_794344.jpg

 男は目をひいた。白いフラノのパンツ、白いBDシャツ、そして、淡いブルーのジャケット。冬の移動祝祭日の世界の天井の空のような。胸にはうす桃色のポケットチーフがのぞいている。足元を見れば、トップサイダーの海軍色のデッキシューズが軽快にステップを踏んでいる。季節はずれと言えば季節はずれだし、場ちがいと言えばこのうえもなく場ちがいだった。少なくとも真冬の葬列にはそぐわない。ここは夏のキーウェストのカクテル・パーティ会場ではない。しかも、ひと抱えほどもあるかすみ草を右の肩に担ぎ、ピエール・エルメの大きなギフト・ボックスを脇に抱えている。

c0109850_711493.jpg

 顔はつやつやとし、髪は短く刈り込まれている。だれもが男に強い違和を感じている。しかし、女たちだけは違和とともに男に興味を持っている。
「彼はだれ?」
 葬列の中の女たちが囁き合う。男の名はトマ・プラリネ・ジャンジャンブル。男を知る者は「マカロン・ダンディ」と呼ぶ。しかし、男の本当の名を知る者はいない。「謎の男、トマ」と言う者もいるほどだ。氏名、職業、国籍、年齢、住居、性癖、すべては謎の深い霧の奥だ。

c0109850_7111976.jpg

 死んだのは若い女だった。しかも、とびきり美人の。若くてとびきり美人で金持ちで恋多き女。トマ・プラリネ・ジャンジャンブルは祭壇の正面に立ち、作り物のような笑顔を浮かべる死んだ若い女の遺影をしばらくみつめる。そして、サヴィル・ロウの SR Executiveを外し、ポケットチーフでくるんで胸ポケットに戻す。それから、祭壇にかすみ草の花束とピエール・エルメのギフト・ボックスを置いて静かに眼を閉じ、なにごとかをつぶやきはじめる。それまで寒いながらも風はなく、透き通るような青空がひろがっていたが、風が急に強くなり、青空はみるみる黒い雲に覆われ、冷たい大粒の雨が降り出す。雷鳴がかすみ草の華麗で清楚な花弁をふるわせる。そして、生涯にわたって忘れえぬ異界の刻が始まった。
 
by enzo_morinari | 2013-02-20 07:12 | 流儀と遊戯の王国 | Trackback | Comments(2)

夏への階梯#2 2000トンの雨に打たれても

 
c0109850_12461134.jpg

七里ヶ浜駐車場レフト・サイドで2000トンの雨に打たれるまであと194日と22時間4分


曖昧で、名前すらつけることのできない空を見上げながら雨の気配を探る日々。かつて、われわれはそのような日々を「夏休み」と呼んだ。夏のはじまりにふさわしい純真と清冽と茫洋とあらかじめ失われた彼女の指先と彼女の「人生との和解」を見つけだすためにこそ私の夏はあった。

遠い日の冬の夜明け前。

「あなたが帰ってくるとわたしの夏は始まるの」と彼女は言った。乳白色の手の中にティー・カップを包みこんだまま。「人生はやっぱりにがいより甘いほうがいい。冷たいよりあたたかいほうが。冷めた紅茶なんか見るのもいやよ」

彼女の背中、右の第五肋骨のちょうど下にある大きな傷痕にふさわしいだけの言葉がみつからない。

「わたしの手に包まれたとたん、あたたかくて甘いはずのミルク・ティーはみるみる熱を失ってにがくなっていくの」

彼女の手に包まれているティー・カップからはひとかけらの湯気も立ちのぼっていない。ひとかけらも。

「こんなふうにしてわたしの中からは日々、熱が奪われてゆくのよ。そして、最後にはわたしのすべての細胞は動きを止めて、マイナス273.15℃になっちゃう」
「だから僕は年に一度帰ってくるんだ。いくつもの悲しみをくぐりぬけて冷えきったきみを暖めるためにね」
「でも、そのあとは? その先は?」
「また来年」
「ふん」

鼻を鳴らしたあと、彼女は唇を尖らす。そして、両手を目の前にひろげて指をみつめる。

「それにしても10本の指、じょうずに切り落とせたものだわね。ずっと昔からそうだったみたいに第一関節から先がない。完璧といえばこれくらい完璧なのはロートレアモンの『マルドロールの歌』とフェルメールの『青いターバンの少女』とバッハの『フーガの技法』くらい。いまでもわたしの10本の指先、ちゃんとしまってある?」
「もちろんだよ」
「いつかは返してよね。わたしの指」
「返すさ。返すだけじゃなくて、元どおりにくっつけてやるよ」

私が言うと彼女はミルク・ティーをひと口だけすすった。

「やっぱり人生もミルク・ティーも冷たくてにがいよりあたたかくて甘いほうがいい」
「冷めたらまた火にかけて温めればいいし、にがいなら砂糖を足せばいい」
「もう!」
「偶蹄目?」
「ちがう! ちがう! ちがーう! ちーがーいーまーすー! まったくあなたって人はなんにもわかってない。初めて会った頃と少しも変わってない。成長なし、進化なし。いいこと? 苦渋と絶望はちがうものなのよ。苦渋は熱を生むこともあるけど、絶望は8月の太陽からも熱を奪い去るだけ。おぼえておいて」
「まちがいなくおぼえとくよ。次の夏までにはね。浪子不動に誓って」

私は確かに浪子不動に誓いを立てた。しかし、彼女は夏が来る前に自ら死を選んでしまった。彼女がこの世界から消えて数えきれないほどの季節が過ぎていった。彼女の死とともに世界は徐々に色も匂いも熱も失っていき、いまはなにも色がない。匂いもない。熱もない。私の前にはなにもない茫漠とした世界がただ広がっているだけだ。

夏が来て、雨の気配を探る日々が始まるたびに彼女のことを思い出す。そして、8月31日には七里ヶ浜駐車場レフト・サイドで2000トンの雨に打たれる。彼女が残した10本の指と一緒に。2000トンの雨に打たれてもなにも感じない自分が今年もそこにいるはずだ。
 
by enzo_morinari | 2013-02-18 12:18 | 夏への階梯 | Trackback | Comments(0)

噛む男

 
c0109850_16252136.jpg

私の耳たぶを噛む男がいる。男は私の耳たぶをとてもじょうずに噛む。噛むというより撫でられているように感じることさえある。

彼が私の耳たぶを噛むようになってからもう3年2ヶ月だ。初めの頃はキャドバリーのフルーツ&ナッツ・チョコレートとビーバー・カモノハシの臍の緒の赤ワイン煮込みと人参のピクルスをいっしょに食べるような不思議な違和感があったが、いまではすっかり慣れてしまった。

噛む男の名前はいまだにわからない。外見はきわめて霞ヶ関官庁街的である。グレイ・フランネルの高級そうなスーツを着ている。髪の毛の右の生え際に3センチばかり白髪が密集していて、ちょっと尖った顔だ。耳が極端に小さく、500円硬貨ほどしかない。瞳は右が榛色で、左が橙色だ。特筆すべきはその鼻と唇の形状である。鼻はステルス戦闘機B-2そっくり、唇はズムウォルト級ミサイル駆逐艦の艦橋部を縮尺したとしか思えない。顔面ステルスとでもいいたいほどだ。普段、同僚たちから「ステちゃん」と呼ばれているにちがいない。

c0109850_5551235.jpg

男が私の耳たぶを噛みはじめたのは2009年12月26日である。昼下がり、私はダッフル・コートのフードをすっぽりかぶり、日比谷公園の噴水の近くのベンチに座って高橋源一郎の『ジョン・レノンと火星人』を読んでいた。

突然、頭になにかが触れた。噛む男だった。私は驚いてふりむいたが噛む男は当然のように私の耳たぶを噛みつづけた。気でも狂っているのかと思ったが噛む男の左右で色のちがう瞳にはかけらほども狂気は浮かんでいなかった。

「やめてくれよ。見知らぬ人間に耳たぶを噛まれるのはあまり好きじゃないんだ」

右の耳たぶに噛みついている男を頭を振って引き剥がしてから言った。しかし、噛む男は私の声などまるで聞こえない様子だった。「警察を呼ぶぞ」と怒鳴っても噛む男はどこ吹く風で、スミノフの空き瓶みたいにクールだった。

噛む男はルーティン・ワークでもこなすように淡々と私の耳たぶを噛みつづけた。男が噛むのをやめそうになかったので、迷ったすえに肩越しにゲンコツを食らわしてやった。

噛む男はすっ飛んだ。そして、かすかな呻き声を漏らした。だが、噛む男はすぐに起き上がり、無言で再び私の耳たぶを噛みはじめた。鼻血が出ているのを見てちょっとだけ気の毒になった。鼻血が出るほど強く殴らなければよかったと後悔した。軽く耳たぶを噛まれただけでこれっぽっちも痛くはなかったのだから。

鬱陶しくはあったが、そんなことはこの国には掃いて捨てるほどある。セブンーイレブンに行けば、レジのそばに山積みで置いてあるし、マックス・バリューなら詰め放題200円で売っている。まっとうな人間は他人が鼻血を流すほどのパンチを繰り出すべきじゃない。

あのときの私はよっぽどどうかしていたのだと思う。アルバイト先の人間関係をめぐるゴタゴタに巻き込まれていて冷静さを失っていたのだ。噛む男にはいまもあのときの無礼を謝罪する。もっとも、噛む男は私が謝っても無表情で私の耳たぶを噛みつづけるだけだ。

私は逃げようとした。しかし、噛む男は私の耳たぶを噛みながらついてきた。走り出すと一瞬噛む男を引き離すことができたが噛む男はなんとしても私の耳たぶを噛もうと追ってきた。噛まれているうえに耳たぶが引っ張られて二重の痛みだ。

丸の内警察署まで行って、「お巡りさん、この男が私の耳たぶを噛むんです。困るんです。助けてください」と訴えようかとも考えたが、そんなことに前例はないだろうし、怪しまれて身分証を見せろと言われたり、痛くもない腹を探られ、意地の悪い質問を浴びせられた挙げ句の果てに逮捕されないともかぎらない。実は、私自身が「舐める男」として指名手配中だったのだ。私はすぐにあきらめた。

c0109850_8134386.jpg

とにかく家に帰ることに決め、日比谷線に乗った。噛む男も私の耳たぶを噛みながら乗り込んだ。先頭車両の一番前の座席に座ると噛む男は私の真横に立ち、左手で手摺りにつかまりながら執拗に私の耳たぶを噛みつづけた。近くの乗客のうちの数人が顔を見合わせてこっそり笑うだけだったが、異変に気づいた運転手もちらちらとこちらを見はじめた。

次第に地下鉄の車内に他人の小さな不運に遭遇できた喜びのたぐいの笑いが広まっていき、ついに乗り合わせた人々全員が腹を抱えて笑いはじめた。私は恥ずかしくて右の頬が少し燃えてしまったほどだ。

私と噛む男は六本木駅で下車した。残った乗客たちはいかにも名残り惜しそうに私と噛む男を見送っていた。芋洗い坂を急ぎ足で下った。すれちがう誰もがみんな、あきれ顔でふりむき、声を上げて笑った。私はよっぽど、「おまえら! なに見てんだよ! 耳たぶを噛まれてるのがそんなに珍しいか? 面白いか?」と言ってやろうかと思ったがやめた。彼らが笑うのはもっともだ。グレイ・フランネルの高級スーツを着た男に耳たぶを噛まれながら芋洗い坂を急ぎ足で下る人物にはそうそうお目にかかれるものではない。

途中、けやき坂のTSUTAYAに寄ってジョン・ケージの『4分33秒』とカールハインツ・シュトックハウゼンの『4機のヘリコプターと弦楽のための四重奏曲』を試聴した。私が試聴しているあいだも噛む男はヘッドフォンの脇から私の耳たぶを引っ張りだして噛みつづけた。

c0109850_8205298.jpg

私の知るかぎり(私の睡眠中はわからないが)、噛む男は一睡もしないし、なにも食べない。水道の蛇口から垂れる水滴をたまに手のひらにつけ、唇の端から薄桃色の舌先を出して舐める程度だ。そのときさえ男は私の耳たぶを噛んでいる。男は一瞬たりとも私から離れない。入浴のときも排便のときもだ。

男が私の耳たぶを噛みはじめた頃は一晩中眠れなかったが、今では噛まれていないと眠れなくなってしまった。日常というのは本当に恐ろしい。もちろん、われわれはいつも良好な関係を維持できていたわけではない。季節に一度は男にかなりきつい口調で耳たぶを噛む理由について詰問した。しかし、男は私の質問にはいっさい答えず、黙って私の耳たぶを噛みつづけるだけだった。

何度となく私は男に暴力をふるった。鼻っ柱にゲンコツをお見舞いしたり、頭突きを喰らわしたり、鳩尾に膝蹴りを入れた。男の鼻腔に2Bの鉛筆を突き立てたことさえある。そのときだけは男はもごもごと口を動かして言った。

「2B OR NOT 2B」
「え?」
「2B OR NOT 2B」
「なんだよ!」
「ニービーオアナットニービー」
「わからないよ!」
「わからなくていい。わからない者にいくら説明しても結局はなにもわからない」

私は無性に腹が立って男の右の眼にハラペーニョ・ジュースをかけてやった。しかし、男はされるがまま、呻き声ひとつ上げなかった。暴力をふるわれるのも仕事のうちといった風情ですべてを受け入れた。

噛む男は私の耳たぶを噛むことに揺るぎない信念を持っているように思われた。いまや、私は男に耳たぶを噛まれていないと、この先生きていけないのだと考えるようになってしまった。2009年の冬の初めから3年2ヶ月も続いているこの異常な事態は世界のなにごとかを象徴しているのだとも。

そのような考えに至った今朝、私の鼻の匂いを嗅ぐ女が現れた。次に登場するのは眼を舐める女か尻を撫でる男か。いずれにしても、もうなにが起ろうとどうということはない。さて、そろそろバイトの時間だ。

c0109850_8243164.jpg

 
by enzo_morinari | 2013-02-15 05:00 | TOKYO STORIES | Trackback | Comments(2)