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ONE WAY, ONE CHOICE, ONE LIFE!

 ONE WAY, ONE CHOICE, ONE LIFE!

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 話は簡単である。

 1.投票所に行く。

 2.公職選挙法9条1項に規定される「選挙権(参政権)」を行使する。

 3.テレビ受像機の前に陣取り、占拠し、「選挙速報」にかじりつく。このとき、CX(フジテレビ)系列の「選挙速報」を視聴する者は安藤優子の急激な劣化ぶりもあわせて生ぬるく観察する。

 4.Twitter等で選挙について「ああでもない。こうでもない」とツイートしまくる。

 5.自公民及びそれらのお追従どもが勝利すれば、この国はあいもかわらず霞が関の官僚、日本全国津々浦々で寝穢く「利権」を貪り食い、「保身」に日も夜もない木っ端役人どもの極楽天国、ビューロクラシー・ヘブンということになる。

 6.「原発NO!」とはすなわち、「木っ端役人NO!」ということである。

*いま「NO!」を言わなければいつ言う? ツケを払わされるのは次の世代、そのまた次の世代だ。年金をたんまりもらってほくほくほくそ笑んでいられるのはいまの爺さん婆さんの世代までだ。そのあとは「餓死者大国ニッポン」がお待ちかねという寸法である。

 ONE WAY, ONE CHOICE, ONE LIFE!
 
by enzo_morinari | 2012-12-16 03:30 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(3)

YES Nuclear, NO Clear.

 YES Nuclear, NO Clear.

 いま風向きを変えなければ、『風が吹くとき』が現実になってしまう。

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脱原発「あなたの選択」プロジェクト
 原発のない未来のために→あなたはどの政党を選択しますか?

 ONE WAY, ONE CHOICE, ONE LIFE!

 話は簡単である。

 1.投票所に行く。

 2.公職選挙法9条1項に規定される「選挙権(参政権)」を行使する。

 3.テレビ受像機の前に陣取り、占拠し、「選挙速報」にかじりつく。このとき、CX(フジテレビ)系列の「選挙速報」を視聴する者は安藤優子の急激な劣化ぶりもあわせて生ぬるく観察する。

 4.Twitter等で選挙について「ああでもない。こうでもない」とツイートしまくる。

 5.自公民及びそれらのお追従どもが勝利すれば、この国はあいもかわらず霞が関の官僚、日本全国津々浦々で寝穢く「利権」を貪り食い、「保身」に日も夜もない木っ端役人どもの極楽天国、ビューロクラシー・ヘブンということになる。

 6.「原発NO!」とはすなわち、「木っ端役人NO!」ということである。

*いま「NO!」を言わなければいつ言う? ツケを払わされるのは次の世代、そのまた次の世代だ。年金をたんまりもらってほくほくほくそ笑んでいられるのはいまの爺さん婆さんの世代までだ。そのあとは「餓死者大国ニッポン」がお待ちかねという寸法である。

 ONE WAY, ONE CHOICE, ONE LIFE!
 
by enzo_morinari | 2012-12-16 03:00 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

YES Nuclear, NO Clear.

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【選挙】 『脱原発』⇔『原発推進』政党別の早見表。
by enzo_morinari | 2012-12-16 02:30 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

My Favorite Songs#1 Keith Jarrett 『Country』

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二十歳の頃、よくひとりだった。柄にもなく、ときどきふと心さびしくなった。キース・ジャレットの『MY SONG』、中でも『COUNTRY』が唯一の友だった。いまもかわりなく、かけがえのない友人である。この友だけは大事にしている。
 
by enzo_morinari | 2012-12-16 00:30 | My Favorite Songs | Trackback | Comments(0)

BLUE MILES/RED MILES #1

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 帝王には「青の時代」と「赤の時代」がある。ブルー・マイルス/レッド・マイルスだ。マイルス・デイヴィスはきわめて多面的な表現者であるから、類型化するのはいささか憚られるがあえてその愚を犯す。そうとでもなければマイルス・デイヴィスの全体像をとらえることができないからだ。BLUE MILES/RED MILESのほかにも、FREE MILESやらBLACK MILESやらがいるがそれはまた別の話だ。

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 歯科医の父と音楽教師の母。爺さんはたいへんな土地持ちだった。お金持ちのボンボンだったマイルス・デューイ・デイヴィス三世が本格的にジャズ・ミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせるのは18歳の秋だ。16歳にしてすでに地元のバンドでプロフェッショナルとしてなにがしかの報酬をえてはいたが、小遣いていどのものにすぎなかったし、片手間仕事だった。1944年、イースト・セントルイスにビリー・エクスタイン楽団がやってきたとき、病気欠場したメンバーの代役としてステージに立ち、BIRD&DIZ、すなわち、チャーリー・パーカーとディジー・ガレスピーとの共演を果たした。このときのことをのちに帝王は「バードとディズの演奏を聴いててもよ、なにがなんだかさっぱりわかんなかったってのよ、まったく。あの二人は完全にぶっ飛んでた。クレイジーだったぜ」と興奮気味に語っている。帝王の牧歌的な時代だ。ジャズ帝国の比類なき帝王、「恐怖の王」として君臨しはじめるのはまだずっと先、『KIND OF BLUE』まで待たなければならない。

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 帝王の音楽、表現をまともに受け止め、解釈するには長い年月と経験が必要だが、いずれにしても「音楽」だ。聴けばいいだけのことである。とっかかりは『Birth of The Cool(クールの誕生)』と『DIG』『Bag's Groove』がいいだろう。この3枚からは「牧歌的な牧童時代のマイルス・デイヴィス」を聴くことができる。BLUE MILESにコテンパンにされるまでの数年分の音源でせいぜいたのしんでおくことだ。日本独自のオムニバス盤だが、スタン・ゲッツ、リー・コニッツらとの競演音源が入った『CONCEPTION』は1950年前後にしてすでにコンセプチュアル・ジャズをやっている。たいへんなことだ。「牧童時代のマイルス・デイヴィス」が牧歌的なジャズ・デイズに別れを告げようとしていたことがわかる。しばらくは「牧童時代のマイルス・デイヴィス」の足跡と音楽をたどる。

【参考文献ほか】
Ian Carr/Miles Davis. ISBN 0-00-653026-5.
Jack Chambers/Milestones: The Music and Times of Miles Davis. ISBN 0-306-80849-8.
George Cole/The Last Miles: The Music of Miles Davis 1980–1991. ISBN 1-904768-18-0.
Richard Cook/"It's About That Time: Miles Davis On and Off Record". Oxford University Press. ISBN 978-0-19-532266-8.
Richard Cook and Brian Morton/Entry "Miles Davis" in Penguin Guide to Jazz, Penguin, ISBN 0-14-017949-6.
Gregory Davis/Dark Magus: The Jekyll & Hyde Life of Miles Davis. ISBN 978-0-87930-875-9.
Miles Davis & Quincy Troupe/Miles: The Autobiography. ISBN 0-671-63504-2.
Gerald Early/Miles Davis and American Culture. ISBN 1-883982-37-5 cloth, ISBN 1-883982-38-3, paper.
Howard Mandel/Miles, Ornette, Cecil: Jazz Beyond Jazz. Routledge. ISBN 0-415-96714-7.
John Szwed/So What: The Life of Miles Davis. ISBN 0-434-00759-5.
Paul Tingen/Miles Beyond: The Electric Explorations of Miles Davis, 1967–1991. ISBN 0-8230-8360-8.
Quincy Troupe/Miles and Me, The George Gund Foundation Imprint in African American Studies, 2002, ISBN 9780520234710.
Jean-Michel Migaux/Miles Davis: La MUSIQUE INFINI, 1990, ISBN425419581126.
Jean-Michel Migaux/Mort et Reproduction, 2001, ISBN3141592653589793
法水倫太郎 『帝王は倍音で笑う』(1988) 世紀末書舘
久生震弩乱『ぶうぃぃぃぃん/音楽以前』(1986) ドグラマグラ書房
吉田衛『マイルスに伝言/CODE M.D. の思い出』(1990) ベイサイド・ヴォイス
森鳴燕蔵『鳥の饒舌、帝王の沈黙』(1978) リヴロ・ル・クレジオ
Miles Davis at Find A Grave
Miles Davis – official website.
Miles Davis – official Sony Music website.
Miles Davis at Allmusic
Miles Davis collected news and commentary at The New York Times
Miles Davis collected news and commentary at The Guardian
Works by or about Miles Davis in libraries (WorldCat catalog)
Miles Davis's '70s: The Excitement! The Terror! — Robert Christgau, The Village Voice
 
by enzo_morinari | 2012-12-13 06:00 | Blue Miles/Red Miles | Trackback | Comments(4)

アルマジロと宇宙と僕と#1

 
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1980年代風クリスマスをめぐる寓話


1988年冬。銀河系宇宙の片隅で僕はアルマジロと出会った。彼は呪われたアルマジロだった。

銀河系宇宙の片隅で僕は30歳になろうとしていた。退屈きわまりもない30年。誰にもなりかわりようのない30年。30年という歳月が宇宙創生から現在に至る130億年の沈黙に匹敵するほど退屈であることを知るには30年かかる。少なくとも僕の場合はそうだ。

そんなわけで、ヒメノくんと初めて会ったとき、僕は銀河系宇宙一退屈していた。ヒメノくんが待ち合わせ場所である青山通りから12本目の銀杏の樹の下のベンチに2時間も遅れてきたことにすごく腹を立てていたうえに、年末進行の理不尽さとガールフレンドの裏切りと消滅が追い討ちをかけていて、僕は火にくべられたタスマニア・デビルみたいに機嫌が悪かった。

ヒメノくんに会うなり、僕はヒメノくんの鼻っぱしらに拳骨をお見舞いしてやった。ヒメノくんは鼻腔から鮮血を滴らせながら、「ありがとう。呪われたアルマジロにとっては生涯最高のクリスマス・プレゼントだ」と爽やかさ満載の100QゴナDにヘルベチカの斜体を織り交ぜた笑顔で言い放ち、それから青山通りから12本目の銀杏の樹の下のベンチで三点倒立をした。三点倒立をした途端にヒメノくんは中国製のように安っぽくて凡庸なクリスマス・ツリーに変身した。「噂どおりのやつだ」と僕は思い、ちょっとだけうれしくて3回鼻を鳴らした。このようにして、僕とヒメノくんの不思議なクリスマスが始まった。

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「マイク・タイソンとアイルトン・セナ。どっちにする?」とヒメノくんが突然尋ねた。
「麹町の聖イグアナ教会で考えようぜ」と僕は答えた。
「いと高きところには栄光、神にあれ。地上には平和、御心にかなう人にあれ。誉むべきかな、主の名によりて来たる者。 天のいと高きところに救いたまえ。ジョシアナ」とヒメノくんが言った。
「迷える子羊であるわれわれにはひときれのパンと葡萄酒とマイヤーズ・ラムあれ。世の罪を除きたもう主よ、 われらを憐れみたまえ。アニエス・ベー」と僕が言った。

外堀を渡ってくる風に身を任せながら、僕とヒメノくんはマイク・タイソンの左フックとアイルトン・セナのヒール・アンド・トゥーの哀しみについて話し合った。もちろん、答えは出なかった。答えが出るはずのないことは僕もヒメノくんもわかってはいたけど、そのときの僕らにはなにかしら「答え」が必要だったのだ。

必要と効用。たぶん、僕とヒメノくんはその狭間に落ち込んでいたのだといまはわかる。そして、その狭間から抜け出すために我々は出会ったのだとも。

「でも、そろそろ、呪われたアルマジロの本当の話を聴かせてくれないか?」と僕は言った。
「話は君が考えているほど単純じゃない」とヒメノくんは秀英社明朝みたいにきっぱりと答えた。「単純じゃないけど、すべてはクリスマスにつながってるんだ」

ヒメノくんはそう言ってから、チャーリー・パーカーの『コンファメーション』のフレーズを口笛で真似た。聖イグアナ教会からギヨーム・デュファイの『ミサ・サンクティ・ヤコービ』の3声と4声が同時に聴こえてきた。同時に? なぜ? 謎だ。

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「宇宙を支配する巨大な意志の力」とヒメノくんは言った。ヒメノくんの顔はいくぶんか蒼ざめて見えた。小刻みに肩を震わせている。
「こわいんだね?」
「うん。すごくこわい。誰だってクリスマス・イヴにアルマジロに変身するのなんかこわいに決まってる。それに、アルマジロになると全身がごわごわしてすごく嫌な感じなんだ」
「いったいいつから?」
「そうだな。君が生まれるずっと前。700年くらい前かな。僕が宇宙を支配する巨大な意志の力の怒りを買って呪いをかけられたのは。正確には1288年11月26日の夕方。 後醍醐天皇が天孫降臨した日だ。その夜にはものすごい地震があった。あと大津波も」
「そして、その30年後、彼はスメラミコトとしてぶいぶい言わせはじめるわけだ」
「まあね。そういうこと。越の国、いまのベトナムではその年の春のバクダンの戦いで多くの人が死んだよ。ひどい戦争だった。蒙古軍は赤ん坊まで殺したんだぜ。八つ裂きにして。蒙古軍の指揮官のトゴンとウマルは本当にひどいやつだ。蒙古軍が全滅したのは当然だ」

ヒメノくんは諦めと怖れの入り混じった複雑な表情で言い、深々と溜息をついた。マイヤーズ・ラムとカルーア・ミルクを7対3で割ったようなにおいがした。

「にわかには信じがたいな」
「信じがたいし、受け容れがたいし、理不尽きわまりもない。でも、これは厳然たる事実だし、まぎれもなく僕の歴史なんだ。ところで、生け捕りにされたウマルの最期がどんなだったか知りたい?」
「いや。クリスマス・イヴに聴くような話じゃなさそうだから遠慮しておく」
「そうだね。そのほうがいい」

僕はヒメノくんを励ますかわりに『ヘヴン』を歌いながらフレッド・アステア風のステップを踏んだ。ヒメノくんは少し笑い、少し泣き、それから眼を閉じた。遠くで泡の弾ける音がして、世界は容赦のない沈黙に入った。
 
by enzo_morinari | 2012-12-09 06:00 | アルマジロと宇宙と僕と | Trackback | Comments(0)

うたたねの記憶(第2回)

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 生クリーム博士と醤油の致死量に関するワイルドダゼー報告
「こんどは生クリーム飲んじゃうからね。醤油どころじゃないからね。生クリームなんだから、どんどんどんどん飲んじゃうんだからね」と虹子が言ったとたんに猛烈な眠気に襲われ、その場に寝ころんだ。そして、夢をみた。夢の中で私は世界有数の生クリーム博士だった。「生クリーム」に関することならなんでもこい状態である。

「醤油の致死量」に関するワイルドダゼー報告を読みすすみながら、醤油瓶を両前足で捧げ持ち、ゴクゴク音を立てて醤油を飲み干す虹子象の尻尾を引っ張った。虹子象はふりむくと立てつづけに42回ウィンクし、鼻先を私に向けてものすごい勢いで生クリームを噴射した。その量と言ったら北島三郎の鼻の穴10000000000000個分はくだらなかった。その証拠に生クリームだらけの手の甲をひと舐めふた舐めすると、思わず「ヨサク~♪ ヨサク~♪」と口から出た。背後からヤコブが全身を瘤で腫れ上がらせつつも、余裕で私の体についた生クリームを剥ぎ取り、自分の瘤に塗りたくりはじめた。それを天空からみていたヤハウェは「エリちゃん、エリちゃん。レマちゃんとは砂漠谷でなにして遊ぶの?」と叫び、「エリちゃん? エマちゃん? だれよ、それ」と尋ねた私に、ヒサコとキヨシとスミヒサとサトシとタマミとユリコとタクとゲンが8プラトン・アリストレス・バンカーバスターを喰らわしたところで目がさめた。まことに生乳仕立て計測不能な生クリーム世界の私であった。

 夢からさめ、虹子をみれば、泡立て器を盛大に振りまわしながら、「ホイップ! クリーム! ジャンプ!」のかけ声とともに生クリーム踊りの真っ最中である。一番弟子であるミニチュア・セントバーナードのポルコロッソは全身に生クリームを塗りたくられ、狂喜乱舞もいいところである。私はと言えば、虹子が次から次へと作りだすホイップクリームだけでできたホイップクリーム・ケーキを堪能し、血糖値急上昇であった。

 うたたねはかくもディアベーテ・シュクレのごとくにクレム・ド・スクレである。
 
by enzo_morinari | 2012-12-05 05:00 | うたたねの記憶 | Trackback | Comments(3)

うたたねの記憶(第1回)

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 ひとかけらの呵責も葛藤もなく「乞食」とほざく鈍感無神経な生ゴミ馬鹿女の対極にあるエラ・フィッツジェラルドとウィントン・マルサリスとクリス・ボッティの『Someone to Watch Over Me』をかわるがわる聴きながら食した自作自演の「焦がした明石鮹のロココ唐辛子のアイオリソースとペルー産紫芋と緑豆のスプラウトのサラダ及びジンジベール・カッスムナールのガストリック添え」の影響でオーバードーズ気味の蒸しパン博士とネグレクト世界と関敬六と踊る西洋の知のパラダイム

「焦がした明石鮹のロココ唐辛子のアイオリソースとペルー産紫芋と緑豆のスプラウトのサラダ及びジンジベール・カッスムナールのガストリック添え」をカレーにスルーなS&Bアーンド紀尾井町急坂ハウス・マヌカン食品のためにディベルティメントした翌朝、「あたくし、蒸しパンなのよね、ほんとうは」と虹子が言ったとたんに猛烈な眠気に襲われ、その場に寝ころんだ。そして、夢をみた。夢の中で吾輩は世界有数の蒸しパン博士だった。[蒸しパン]に関することならなんでもこい状態である。

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「無視はイジメとおなじです」とかほざくボンクラのロバのパン屋小倅の小僧っこ教師に、「蒸しパンはイジメパンかね? 蒸し焼きはイジメ焼きかね? 虫眼鏡はイジメ眼鏡かね? 明治乳業は雪印乳業を虐めていないのかね? ど? どーなの? どーなのよ」とわざと&戦略的にボケてやり、TOKYO ELECTRICAL EEL PARADE用に開発した「電気うなぎパン」を竹末駒吉と石上寿夫の積年の怨讐をめぐるビタミンパン連鎖店本部の暗躍によって台無しにされたことは水に流したものの、

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「蒸しパン博士さん! ふざけるのもいいかげんにしてくださっい! みなさん! このひとはヘンなひとですから無視してください!」といっぱいいっぱいで叫んだボンクラのロバのパン屋小倅の小僧っこ教師が、「先生、それってイジメじゃね?」と青っ洟垂らしたハタ坊にイジメフラグ立てられ、一段高い教壇からスゴスゴ撤退させたかと思えば、

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 まさに岩石を砕かんとする関敬六に「ムッシュ・ムラムラよ、つまらないからヤメロニャロメレレレのレーゾンデートルメキアクシャナ」といい、「私は舌の畑におりますから、いつでも明るい味蕾についておしゃべりしにきてください。私はそういうみのもんたになりたい」と、注文の多い料理店の不眠不休無給で天壌無窮のストラディバリウス製チェロを弾く性器の大魔羅術師、セロ野郎の耳元に「うなじにザザ蒸しパンが生えてるよ」と息吹きかけつつささやいて手元狂わせ、

 もってこれまた、セロ野郎のメディア露出の機会、芽を摘み取って世界を[まともな側]に引き戻した吾輩は、パックス・アメリカーナとパックス・シノワとパックス・ジャポネーに完全無欠に尻を向けつつ、クラウゼヴィッツ風[蒸しパン戦争論]と、レフ・トルストイの鬱陶しいヒゲ風[戦争とピンフ]のダマテン蒸しパン作戦には目もくれず、

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 つまりは無視黙殺してラスプーチンにムシューダ30年分付け合せた挙げ句にネヴァ川に叩き込み、巴里シャンゼリゼー通り東側の虫干し世界の天井料理店、リストランテ・テヅカオサムシの並びにしょんぼりとたたずむ無名夢想無理難題なビストロ食堂、「ムシパン・ド・ラ・ルパン」に威風堂々の凱旋を果たしたところで目がさめた。まことに、関連長文、容貌魁偉な蒸しパン世界の吾輩であった。

 夢からさめると虹子がムッシュムラムラムッシュムラムラと巨大な蒸しパンにホイップクリームを塗りたくり、「ホイップ! クリーム! ジャンプ!」と肥かけ格闘していた。名もなき巨大蒸しパンに騎乗位したり、机上の空論かましたり、気象予報士気取ったり、起承転結ダンス教本を箪笥にしまったりする虹子はすごく幸せそうだった。

 うたたねはかくもダンスダンスなムッシュムラムラである。
 
by enzo_morinari | 2012-12-04 17:30 | うたたねの記憶 | Trackback | Comments(0)

『アメリカの鱒釣り』の死 #4

 
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そんなわけで、ヨシノさんと知り合ったのは『アメリカの鱒釣り』が69回目の死を迎えようとしているときだった。その日は水曜日で、雲ひとつないしみるような青空が広がっていた。空を見つめていると、そこに突然大きな裂け目ができて大きくて柔らかそうな手が現われるような気がした。3月の初めの空気はとても冷たくて、息をすると胸が少し痛んだ。

私は神宮外苑の青山通りから12本目の銀杏の木の下のベンチに座り、69回目の『アメリカの鱒釣り』を読んでいた。しみるような青い空と冷たい空気と銀杏の木と『アメリカの鱒釣り』。それは悪くない取り合わせだった。悪くないどころか、東京中のレストランの「本日のおすすめ」を合わせたよりもずっと良心的で、真摯だった。

ヨシノさんは青山通りから13本目の銀杏の木の下に三脚を立て、身動きひとつせずにファインダーを覗き込んでいた。私がヨシノさんに気づいてから1時間は経っていたが、ヨシノさんはそのあいだ1度もシャッターを押さなかった。私はヨシノさんと東京の3月の空と『アメリカの鱒釣り』の表紙を順番に3回ずつ眺めた。

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「冷えますね」

4回目に空を眺めようとしたとき、ファインダーを覗き込んだままヨシノさんが言った。私は気の利いた返事のひとつもしたかったが、これといった言葉が思い浮かばなかった。「冷えますね」と私は答えた。実に間の抜けた答えだった。『トムとジェリー』に出てくるペンキ塗りみたいに間が抜けている。

「なんでシャッターを押さないのかって思うでしょう?」

ヨシノさんは道路を隔てた青山通りから7本目あたりの銀杏の木にカメラを向けて言った。なんでシャッターを押さないんだろう? 私はそのとき初めてそう思った。返事をするかわりにダッフル・コートのポケットからラッキー・ストライクを出して火をつけた。ヨシノさんは私の返事を待っているようだったが、私は言うべきことが思いつかなかった。

「無駄だからですよ」
「無駄」と私は言った。
「フィルムが入ってないんです」とヨシノさんが言った。

ヨシノさんはファインダーからやっと眼を離し、三脚をたたんで私の方へ歩いてきた。ヨシノさんはニット帽を耳が隠れるほど深くかぶり、オレンジ色のダウン・ジャケットを着ていた。ダウン・ジャケットはワンサイズ大きいように思えた。ベージュのコーデュロイ・パンツは膝が出ていて、ワラビーブーツはおそろしく型が崩れていた。色白で端正な顔立ちだった。髪は赤茶で瞳には薄いブルーがかかっている。ヨシノさんは北の国の川をゆったりと泳ぐアラスカ鱒を思わせた。

「座ってもいいですか?」とヨシノさんは言った。
「どうぞ」と私は答えた。

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ヨシノさんはベンチに三脚を立てかけ、私の隣りに座った。ヨシノさんはジェフリー・ビーンズのグレイ・フランネルの匂いがした。それは私が使っているのとおなじフレグランスだった。

「飲まれますか?」

ヨシノさんは唐突に言った。息に酒の甘い匂いが混じっている。ヨシノさんはヒップ・ポケットから銀製のボトルを抜き出し、親指の腹でキャップを勢いよく回転させて開けた。そして、喉を鳴らして飲み、ボトルを私に差し出した。私はそれを受け取り、舌の先で味を探ってから飲んだ。マイヤーズ・ラムだった。

「フィルムが入ってないんですよ」とヨシノさんはもう一度言った。それから大きな溜息をひとつついた。ラムの甘い香りがこぼれてくる。

「入れないと言ったほうが正確だけど」
「フィルムを入れない特別な理由でもおありなんですか?」

「私はね、写真を撮るためにここに来てるんじゃないんですよ。銀杏の木を見るためにここへ来てるんです」
「銀杏の木を見るためにここへ来る」と私は言った。
「シャッターを押しながらいつも思うんだ。早くシャッターを押さずにすむ日が来ないかなって」

シャッターを押さなければならない日とシャッターを押さずにすむ日とのちがいを考えてみたがよくわからないので、もうそれ以上考えるのはやめた。

私とヨシノさんの共通点はグレイ・フランネルを使っていることとアルコホリックであるということの二点だった。私とヨシノさんのあいだにちょっとした沈黙が降りたとき、携帯電話が鳴った。ディスプレイには「番号非通知」の文字が浮かんでいた。「私が真の大衆です」と電話の男は言った。電話口の向こう側には夕暮れの雑踏のような色々な音がした。「大衆」と私は思った。「大衆」はいま・どこで・なにをしているのだろうとも考えた。「いまからそちらへ向かいます」と男は言い、電話は切れた。まさか白のカローラで来ることはあるまいと思っていたら、その男は本当に白のカローラでやってきた。

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男は車を降りるなり、1978年9月号の『宝島』を正確に50冊、私の前に積み上げた。一冊ずつ甲高い声でカウントしながら。そのあいだ、ヨシノさんは男にずっとレンズを向けつづけ、「視えない自由。視えない自由」と呟きながら取り憑かれたような表情でシャッターを押しつづけた。

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男が去り、ヨシノさんは再び銀杏の木にカメラを向け、私は雲ひとつない3月の東京の空を眺めた。そのようにして、夕暮れが過ぎ、闇が訪れ、朝が来た。

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ヨシノさんと表参道の交差点で別れたあと、私は夜明けの青山通りを歩きつづけた。人通りはなく、車の往来も少なかった。ブルックス・ブラザースをすぎ、ベルコモンズをすぎ、伊藤忠のビルをすぎても何も考えられなかった。何も考えたくなかった。『アメリカの鱒釣り』が最期のときを迎えようとしているのがわかった。私は再び銀杏並木に戻った。

「もうすぐお別れだ」と『アメリカの鱒釣り』に言った。
「もうすぐお別れだ」と『アメリカの鱒釣り』は答えた。

私は青山通りから12本目の銀杏の木の下のベンチに座り、『アメリカの鱒釣り』のページを開いた。70回目の『アメリカの鱒釣り』、最後の『アメリカの鱒釣り』。私は1文字1文字ゆっくりと丁寧に読んだ。「、」で立ち止まり、「。」のたびに東京の3月の空を見上げた。『アメリカの鱒釣り』は最初から最後まで穏やかだった。ときどき、微笑むことさえあった。

「ありがとう。本当にありがとう」と『アメリカの鱒釣り』は感謝の言葉を述べた。
「こちらこそ。ありがとう」
「でも、いつかあんたはおれのことを忘れる」
「うん。そう思うよ。でも、いつかまた、思いだす」
「答えはみつかるかな?」
「いつか、必ず」

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奥付に目をとおし、私は静かに『アメリカの鱒釣り』を閉じた。そして、青山通りから12本目の銀杏の木の根方に『アメリカの鱒釣り』を埋めた。少しだけ涙が出た。ほんの少しだけ。青山1丁目の交差点で私は立ち止まり、ホンダのビルとツインタワービルを交互に見上げた。それから、ピンと張りつめた朝の空気を吸い込んだ。すると、青山通りは『アメリカの鱒釣り』のための清冽な川の流れに姿を変え、百万匹の鱒たちが黒ずんだ鰭を躍動させているのが見えた。私はその中へ、百万匹の鱒たちが跳ねる『アメリカの鱒釣り』のための清冽な流れの中へ、形のない境界のボートでゆっくりと、本当にゆっくりと漕ぎだしていった。

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by enzo_morinari | 2012-12-02 15:00 | 『アメリカの鱒釣り』の死 | Trackback | Comments(0)