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異形の王 アレクサンドル・カレリン

 
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霊長類最強の男が負けた日
2000年9月27日、シドニー・オリンピック、レスリング・グレコローマン・スタイル130kg級決勝。霊長類最強の男が負けた。それもノー・マークの、ただ体重が重いだけの凡庸な若者に。

不敗神話はついに終止符を打った。格闘王・前田日明をして「どの分野でも強い人間はいるが、カレリンはまちがいなく『最強』だ」と言わしめた「最強の男」は、表彰台で終始、視線を落としたままだった。マットを降りるとメダルを首から外し、無言のまま会場をあとにした。

この日が来るのは予想していた。予想はしていたが、いざカレリンの敗北を目の当たりにすると、つらかった。目頭が熱くなった。

「キングコング」「霊長類最強」と言われる男は苦境のうちにシドニー・オリンピック本番を迎えた。痛めた首と背中の怪我は完全には癒えていなかった。選手生命にかかわる負傷だった。リハビリに専念するため、負傷後の国際大会はすべて欠場した。4月の欧州選手権も勝ちはしたが、はなはだしく精彩を欠く試合内容だった。「これでキングコングはただのゴリラだ」と口さがない人々は噂しあった。

世界選手権9連覇を成しとげたあと、ロシア下院選に出馬。圧倒的な支持を集め、当選した。しかし、下院議員になったことが仇となり、トレーニングの時間が激減した。五輪開催中に33歳になる肉体に文武の両立は難しかったということだろう。

予選リーグでカレリンは2試合を戦った。初戦ではカレリンズ・リフトはすべて空振りに終わった。よくない兆候だった。しかも、試合のさなか、喘ぐように肩で息をし、何度も苦しそうな表情をみせた。そのような醜態はかつてカレリンが絶対に見せることのないものだった。困憊のカレリンにもはや「最強不敗の男」の迫力はなかった。

シドニー・オリンピック、グレコローマン130kg級のファイナルは退屈凡庸きわまりない試合だった。対戦相手のルーロン・ガードナー(米国)はカレリンのペナルティによる1ポイントをとったのみで、延長戦の末、判定勝ちした。だが、この試合はガードナーが勝利したのではなく、カレリンが敗北したのだと私は思った。実際、ガードナーのレスリングは華も剛もない凡庸なものだった。カレリンにしても伝家の宝刀であるカレリンズ・リフトがまったく決まらず、もどかしさだけが残るレスリングだった。あきらかにカレリンは衰えていたのだ。

オリンピック開幕前からカレリンの敗北は予想していた。シドニー・オリンピック初戦に登場してきたカレリンの姿を見て、私の予想は確信へと変わった。全盛時の岩石の塊のようなド級ド迫力の筋肉が無惨にたるんでいたのだ。最強の男も「老い」には勝てないということである。

実のところ、シドニー・オリンピックで私がいちばん注目していたのは、YAWARAちゃんでもサッカーのオール・ジャパンでもマラソンの高橋尚子でも陸上のモーリス・グリーンでもマイケル・ジョンソンでもなく、アレクサンドル・カレリンだった。

オリンピックの格闘技4連覇という前人未踏の偉業を成しとげるかどうかより、カレリンがどのように「最初で最後の敗北」を喫するかに注目していた。「相手の腕を取っただけで脱臼させた」という無類無敵の王者の幕引きにこそ私は魅かれたからだ。

カレリンを倒すにはゴリラに格闘技を教えるしかない
アレクサンドル・カレリンは極寒期には零下80度にもなるシベリアの地ノボシビルスクで生まれ育った。出生時の体重7500グラム(!)。こどものころ、アパートの最上階まで120キロの冷蔵庫を一人で担ぐ怪力ぶりだった。レスリングを始めてからは、相手がどんな態勢であろうと強引に持ち上げるカレリンズ・リフトを武器に無敗記録を伸ばしていった。けがを恐れてみずから両肩をつき、わざと負けてしまう者さえいた。

「カレリンを倒すにはゴリラに格闘技を教えるしかない」

レスリング選手たちはそう囁きあった。カレリンの前に道はなく、カレリンが歩いたあとに道はできた。

前人未踏 ── カレリンのグレコローマン・スタイル・レスリングにおける13年間の足跡はそれを如実にあらわしていた。冬は雪原を走り、夏は大木を担ぎ、湖で5時間ボートを漕ぐ。大自然のエネルギーを吸収する独自のトレーニングに打ちこむ姿は、太古の昔、人間がまだ自然とともに生き、大地の息吹を思うぞんぶん吸いこんでいた頃の力強さ、しなやかさを思わせた。

同時代に生きることのできた幸福。「伝説」「神話」を語り継げ
1999年の2月。それまで否定しつづけてきたプロレスのリングに上がった。ファイトマネーを五輪を目指す地元の少年レスラーたちに贈るためだ。鋭い眼光、鍛え抜かれた筋肉の内側には、激しい闘争心とは別の熱い思いがある。

カレリンは詩人でもある。ロシア最高峰の体育学アカデミーで修士号をとり、つねにプーシキンの著作と哲学書を携帯し、時間があるかぎり読みふける。パバロッティをこよなく愛し、プーシキンを愛読する温厚な人柄。驕らず、おおらかな人柄は多くの人々を魅きつけてやまない。将来、「ロシア大統領、アレクサンドル・カレリン」として世界に再登場すると予想するひとも多い。

異形の王はこの敗北を機に引退した。無類無敵の王者は引き際を知る者でもあった。「霊長類最強の男」は静かに表舞台からの退場を果たした。私はこの異形の王を生涯忘れないだろう。そして、この男と同時代に生まれ、生きることのできた幸福を味わうことになるだろう。

われわれは確認しなければならない。アレクサンドル・カレリンという150万年の人類史にたった1度だけ出現した「最強の男」とおなじ時代に生きたことを。

「伝説」「神話」はこの眼で見届けた。あとは語り継ぐのみである。

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by enzo_morinari | 2012-09-30 17:40 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

師歌/皿回し師のうた(沈黙の青い歌)

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「ほんとのことを言うよ」と癒し系天然ブルースマンは突然スカイプ・チャットで1ラインの文字列を送ってよこした。
「ん?」
「前にあんたがおれにたずねただろ。なんでトークをやらないんだって。あのことだよ」
 癒し系天然ブルースマンはインターネット・ラジオで「Blues Train」という番組をオンエアしていて、最初から最後までずっとトークなしでかたくなにブルースだけを流しつづける皿まわし職人、DJである。
「ブルースはジャンルではない。魂の奥底から沸きあがる叫びなんだ!」というのが癒し系天然ブルースマンの口ぐせ(スカイプ・チャットでの発言)だ。
 私とのスカイプ・チャットを検証したところ、2006年11月24日から2012年9月30日までのあいだに正確に15330回同様の発言をしている。これはたいへんな数字である。癒し系天然ブルースマンとはほぼ毎日スカイプ・チャットをしているが、1日平均約7回、「ブルースはジャンルではない。魂の奥底から沸きあがる叫びなんだ!」を私はくらっている計算になる。困ったものだ。いや、たのしいことだ。
「『ガープの世界』って映画を知ってるかい?」と癒し系天然ブルースマン。
「アービング原作のだろ。知ってるよ。ロビン・ウィリアムスが主演してたやつな。原作も読んだよ」
「おれはロビン・ウィリアムスが好きで、その流れで『ガープの世界』をみたんだ」
「おおかた、おまえの理想の皿まわし職人像は『グッド・モーニング・ヴェトナム』のあの伝説のDJなんだろ?」
「そうさ。そのとおり」
「やっぱり」
「おまえになんでトーク、ベシャリをやらないのかって言われたとき、おれは正直まいったよ。もうラジオをやめようかとさえ考えた」
「そうか」
「実はな。おれ、舌がないんだ。自分で切り落としちゃったんだ」
「ばかやろう! シャレになんねえことぶっこいてんじゃねえよ」
「シャレでも冗談でもないんだ。ほんとのことなんだよ」
「ほんとのことってのはそのことか?」
「うん」

 私は居ずまいをただした。0と1のデジタル・データでできあがった単なる文字列にすぎないチャットであっても、アナログ同様に「気配」「雰囲気」を読みとることはできる。私と癒し系天然ブルースマンのあいだにしばらく深い「沈黙」があった。「沈黙」を破ったのは癒し系天然ブルースマンだった。
「あの映画の中にレイプされた女の子が抗議の意思をあらわすためにみずから舌を切り落とすという話がでてくるんだ」
「知ってるよ。で、その女の子に共鳴したクレージーな女どもがどんどん舌を切り落としちゃうんだ。その女たちの一人、たしかプーとかいう女が女装したガープに気づいて悲鳴をあげる。だよな?」
「そのとおりだよ」
 ここでまた、私と癒し系天然ブルースマンのあいだにちいさな「沈黙」。私はたばこを1本吸い、飲み残しのビールをなめた。たばこもビールも苦かった。だがそれはビールのせいだけではない。また癒し系天然ブルースマンが「沈黙」を破った。
「おれはあの映画にすごく影響されちゃって、そんで舌の先を2センチほど切り落としちゃったんだ。当時のおれはどうかしてたんだ。あとの祭りだけどねwww」
「ばかやろう! ”w” とかつけて笑ってんじゃねえよ! しかもみっつも!」
「ごめん」
「おれはいまや、なにものもなにごとも信じちゃいないが『言葉』だけは信じるにあたいすると思っている。もちろん、『言葉』の使い手、使い方にもよるけどな」
「うん。よくわかるよ」
「じゃ、ほんとの話のつづきをしてくれ」
「わかった」
「あ、ちょと待て。乾杯してからだ」
「お    !」
「ながしま    !」
 私はお中元でもらったシーバス・リーガル12年の栓をあけ、マグカップになみなみと注いだ。長い夜になりそうだった。

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「いまでも痛む」と癒し系天然ブルースマン。
「だろうな。問題は   
 そこまでタイピングして送信したところで、私の指は停止まった。みずから舌を切り落とした者に伝えるべきなにがあるというのか? 私の残り少なくなった「常識」が問いかけていた。だが、私はありったけの言葉の集積を探索し、タイピングした。
   問題はおまえがその痛みを友とできるか、乗りこえることができるか、飼いならすことができるか。このみっつにかかっているとおれは思う」
「おれは   」と癒し系天然ブルースマンは送信してきた。「おれは世界が跡形もなく消えちまえばいい」
 動きかけた私の10本の指がぴたりと停止まった。

 世界なんか跡形もなく消えてしまえばいい。
 世界なんか跡形もなく消えてしまえばいい。
 世界なんか跡形もなく消えてしまえばいい。


 私は3回口に出した。そして、3回テキスト・エディタに書いてみた。そうだ。世界なんか跡形もなく消えてしまえばいいんだと私は思った。それはいつも私が考えていることだ。癒し系天然ブルースマンの言うとおり、そして私がいつも考えているとおり、世界なんか跡形もなく消えてしまえばいい。跡形もなく消えてしまえばいいけれども、そのいっぽうで、世界は『収穫の月』やCSN&Yや『レオン』やジャクソン・ブラウンやプライム紀尾井町店の大五郎(2リットル)298円や『海を見ていた午後』やシーズンオフの心や心の中のギャラリーや雪だよりや青いエアメイルや新しい恋人と来てほしくない男心や同じく女心やサングラスで隠して見せない涙やゴミアクタマサヒコや右翼や左翼や福島瑞穂・辻本清美・田嶋陽子一味のけたたましい唐変木どもや『カサブランカ』や「正義」や「公序良俗の原則」や「罪刑法定主義」やヨシダミナコや『星の海』やあめじや『My Love』やポ兄や「例の赤いTシャツ」やチャーリー・パーカーや沙羅双樹の花や『風の谷のナウシカ』や「年越しそばに命をかける女」やその息子のムラオサ君やライ麦畑風味のライムライトなラムネ売りのライムマンや星を継ぐ者やマイルス・ディヴィスやジョン・コルトレーンやニガブロ・ニザンやさえちゃんやうれし涙やくやし涙や『THE END OF THE WORLD』や怒りやいかりや長介や憎しみや憎しみの肉屋や喜びや喜び組のよろめきや悲しみや「きのう、悲別で」や『時間よとまれ』やウソやカワウソやカモノハシやビーバーや『人間の証明』やウジ虫どもやワタナベカヅミや『薔薇の名前』や「暴行傷害焼き定食」やインチキやニセモノやクワセモノやマガイモノや『ホテル・カリフォルニア』やシーバース・リーガル12年や『紅の豚』や発泡酒や「漂えど沈まず」や「悠々として急げ」や盛者必衰の理や猿の漫才師サルーやそのお天使ちゃんやかれらの小せがれ小娘どもや暗躍海星や数の子天井カズコや芸者ガールや25メートル・プール一杯分のビールや『風の歌を聴け』や2ちゃんねるや姑息低能愚劣下衆外道どもの巣窟「シンデレラの屋根裏部屋」や『La Vie en Rose』や祇園精舎の鐘の音や『雨を見たかい?』やベッシー・スミスや『奇妙な果実』やボブ・マーリー&ウェイラーズや『河内のオッサンの歌』や『WHAT A WONDERFUL WORLD』や諸行無常の響きや本好き料理好きささみ好き行列好きのヒメキリンの坊やや光と闇の幽玄の闘争に立ち会うZINや国大出で美人で木っ端役人で世界を2パーセントくらいつまらなくしているさっちゃんに番号非通知ワン切りの集中放火を浴びせるべく有志を募っている風変わりなバランス感覚でタブーもサンクチュアリもなんのそのな A-BALANCER や日本文学全集レプリカの背表紙に頬ずりするエストリル・ガールや世界で一番小さな庭で繰り広げられる「いのちの物語」のダイナミズムに心ふるわせるレイザ姫や葡萄酒を飲み過ぎたせいでオーバー・ドープし、夫をとうとう専業主「婦」にしてしまった地下鉄のジュジュのバサラカ冒険によってハラハラドキドキの抑圧デイズを生きるアーキテクチャー・ウーマンや自身の闇とのタイマン勝負に勝利すべく「てにをは」「句読点」の文章修行に精を出すビーチサイドのセイレーンや東京フェルメール・ガール代表の chisato Memories や「文字」を拡大表示するのと「!」を乱発するのが「お下品」であることに気づきはじめた七転八倒しつつも七転八起する神々の黄昏おやじやねじまき鳥看護婦の松坂世代や虹子やポーちゃんやメリケン帰りのバカ娘やを乗せて、明日もまた壮大にドタバタ満載に、喜怒哀楽、起承転結、ありとあらゆることどもものどもを乗せて走りつづけ、ジェットコースターしつづけ、メリーゴーラウンドしつづけ、なんどでも終わり、なんどでも始まらなければならない。そうだ。それがわれわれが生きている「世界」なんだと私は思った。
「おい、大馬鹿野郎の癒し系天然ブルースマンよ。おまえはおれがスキーター・ディヴィスの死を知ってひどくダウンだった夜、ブルースしかかけないおまえの本放送中にスキーティーの『THE END OF THE WORLD』をかけてくれたよな? おぼえてるか?」
「もちろんだよ」
「おれはこの世界とやらはどうしようもなくて救いようがなくて大きらいだけれども、あのとき、『THE END OF THE WORLD』をおれに聴かせてくれたおまえの世界は永遠につづいてほしい。そして、おまえのその世界をおまえの『言葉」で語りつづけてほしい。おれの言いたいことはそれだけだ!」

 かくして、モールス信号でトークする世界初の皿まわし芸人が誕生した。


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by enzo_morinari | 2012-09-30 14:34 | 師歌 | Trackback | Comments(0)

師歌/釣り師のうた

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 黒塗りのマイバッハが滑るようにやってきて停まった。ドアがあき、体格のいい男二人が機敏な動きで飛びだしてくる。鋭い視線を私のほうにちらとよこす。白刃の切っ先を突きつけられた気分だ。
 伝説の釣り師はゆっくりと車の中から出てきた。濃紺のペンシル・ストライプのダブル・ブレステッド・スーツ、濃紺のボルサリーノ、上等のワニ皮の靴はピカピカに磨き上げられている。知らない者がみれば、その筋の親分である。右眼のまぶたがぴくぴく震える。チックだ。脇の下からは冷たい汗が大量に噴き出す。胃が痛い。吐きたい。いや、もう死にたい。
 ついてこようとする男たちを手で制し、私のほうに近づいてくる。私の足元に視線をやり、いくぶんか落胆の表情を見せた。「しまった」と思った。やはり、よそ行きの靴を履いてこなければならなかったのだ。履いているのはドンキホーテで買ったヴェトナム製の安物の靴である。980円。ゴム底。やれやれだ。まだなにも始まっていないのにすでに大量得点をゆるしてしまった。
 伝説の釣り師は身なり、服装のセンス、言葉づかい、礼儀作法にことのほかうるさいと事前に知らされていた。ある有名雑誌のこましゃくれた編集者が「あのさあ」のひとことで伝説の釣り師を激怒させ(もっとも、それにはいろいろな「伏線」があったらしいが、ここではふれない)、袋だたきのすえに病院送りになったのは業界では有名な話である。
 今回のインタビューにあたってメンズプラザ・アオキでスーツを新調し、ネクタイは妻に選んでもらった。なれない美容室で髪を切ってこざっぱりとし、念入りにひげを剃り、前歯の虫歯を治療した。出がけに末娘がぐずり、それをなだめていてつい普段履きなれたぼろ靴に足を入れてしまったのだ。
 今日のインタビューは仕事というよりも、私の興味、趣味が優先していた。伝説の釣り師の著作や発言、実績、経歴から私はどうしても彼に会いたかった。会って話を聞き、私の話を聴いてもらいたかった。なにしろ、伝説の釣り師は私が釣りに興味を持ちはじめた小学生の頃から、すでに「伝説の釣り師」だったのだ。彼がモンゴル奥地の河で巨大なイトウを釣り上げ、満面の笑みを浮かべている写真はいまも仕事部屋の壁に額装して飾ってある。

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「靴まではゼニがまわらなかったか?」
 待ち合わせのフレンチ・レストラン、ポルト・ドール前に姿を現したとたん、伝説の釣り師は言った。顔は赤銅色に灼け、声はひどく嗄れていた。スコットランド北部を流れる釣聖の川、ダブ川で夜通し釣り糸を垂れ、アイザック・ウォルトンの『釣魚大全』を枕にアフリカのサバンナで眠り、埠頭を渡る風に吹かれ、巨大なイトウを釣りあげるため、1年のあいだモンゴル奥地の清流の瀬に暮らし、釣りあげた巨大イトウを「神とともにあれ!」と叫んでリリースし、厳冬のカナダのユーコン川や秋風の渡良瀬川の川面を凝視し、真夏のアマゾン川でピラルクーと格闘し、極東の小島の磯で蟹とたわむれ、名著『Study To Be Quiet/おだやかなることを学べ』『ダブ川の夜/釣り師は誰も心に傷を持っている』『アメリカ北米大陸釣り紀行/釣って釣って釣り暮らそう』三部作を著し、世界中のありとあらゆる酒とシガリリョスと葉巻とパイプの煙りに親しんできた結果だろう。それを思うと私は胸がいっぱいになってしまった。こんなことではきょうはインタビューどころじゃないなとそのとき思った。このあと、私の予感はみごとに当たるが、そのときはわかるはずもない。
「いや、そうじゃない。気がまわらなかったんだ。おおかた、かみさんかガキにぐずられたんだろう。どうだ? 図星だろう?」
 図星だった。この人にはうそやごまかしやその場かぎりのとりつくろいは通用しない。私は心底おそろしくなってきた。
「運気の悪いマンションだな。サイスマサオもイモを引いちまったもんだ」
 伝説の釣り師は「三田マンション」の薄汚れたプレートに蹴りをいれてからそう言った。そして、うながされるまでもなく、真っ正面を見すえ、大股でレストランの入口に向かった。 
「あんたはいったいなにが釣りたいんだ?」
 案内されたテーブルの椅子に座るやいなやたたみかけるように伝説の釣り師は言った。強面の刑事の訊問より迫力があった。逃げ場はどこにもないなとそのとき私は腹をくくった。

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 伝説の釣り師はバケツ一杯のムール貝にむしゃぶりつき、プィフィッセの84年をガブガブ音を立てながら飲みつづけた。
「釣りの極意? 消すことだ。自分も世界も宇宙もなにもかも消しちまう。そうすりゃ大物、大漁まちがいなしだ」と伝説の釣り師は言い、2本目のプィフィッセを注文した。ムール貝をバケツ2杯きれいに片づけ、84年のプィフィッセを3本飲みほしたところで、伝説の釣り師はムニュにはじめて目をとおした。そして、「おい、あんちゃん」とドスの利いた声でギャルソンを呼んだ。伝説の釣り師が言葉を発するたびに店の中に緊張が走った。私は半笑いを浮かべ、脇の下から嫌な汗をしとどかきつづけていた。
「ああ、もうどうなってもいい。はやくなにもかもが終わってほしい。1秒でもはやく妻と娘の待つ家に帰りたい。妻のやわらかくてあたたかいワギナの中に入りたい。そして、いつまでも眠りつづけたい」と心の中でつぶやいた。
「クー・ド・ブフ・プレゼ、牛のシッポをメインに、エイのアレももらうか。ワインは料理にあわせてくれ。ところで、あんちゃん。サイスは達者か?」
「シェフのサイスマサオでございますか?」
「ああ。ほかにいねえだろうが」
 ギャルソンが厨房にすっとんでゆき、直後に顔面をひきつらせた男がギャルソン以上のスピードですっとんできた。
「先生! 来ていただけるのであれば、御連絡をいたたただだだだ   
「うるせえな。あいかわらず、アゴがよくまわる野郎だ」
「も、もうしわけありましぇえんんん」
「まあ、あれだ。食いもんがうまいから、文句はねえよ」
「あ、あ、ありがとござましゅしゅしゅしゅぅ!」
「ベルナール・パコーから伝言だ」
「は、はいっ!」
「貸した170フランをはやく返せだとよ」
「あすにも! いえ、いまからインターネットで送金手続きいたしまっすすすす!」
「それから、サイスよお、うまいはうまいが勢いがねえんじゃねえのか? ん? どうなんだ?」
「す、す、す、すみましぇぇん!」
「あやまってすみゃよお、デコスケはいらねえよ。おまい、パリのランブロアジー時代、パコんとこで鍋ふってたときのほうが料理に凄みがあったぞ。小金残してふやけたか? あん? どなの? どうなのよ」
「すみません、しゅみません、しゅみましぇぇぇん!」
 サイスマサオ・シェフは何度も頭をさげ、「すみません」を14回連続で言いながら、あとずさりで厨房へ戻っていった。円ひろしの『夢想花』がちらっと頭をよぎり、吹き出しそうになったがぐっとがまんした。目の前の現実に引き戻されると心臓が痛い。しかし、夜はまだはじまったばかりだった。

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「ちょいとつきあえよ」
「先生、もうなにも入りません」
「なに!」
「あ、いえ、だいじょぶです。じぇんじぇん、だいじょうぶです!」
 伝説の釣り師と私は雷門1丁目のさびれた通りを並んで歩いた。ポルト・ドールでさんざん飲み、喰ったにもかかわらず次の店に行こうというのだ。支払いはすべて伝説の釣り師がした。インタビューをしたこちらが支払いをするのが当然だが伝説の釣り師は決してゆるさなかった。
 護衛の男たちはつかず離れず、あたりに目を配りながら歩いている。ときどき、男たちのきびしい視線が私の背中に刺さった。痛い。「痛いんだよ、おまえら!」と叫びたかったが、もちろん、そんなことはできない。できる道理がない。私はじっと痛みに耐えた。「虹湖」と染めぬかれた浅葱色ののれんをくぐり、こじんまりとした料理屋に入った。板場では角刈りの若者が一心に包丁を動かしている。
「いらっしゃい!」
 奥から底抜けに明るい声がした。出てきたのは内蔵がよじれてしまうほどのものすごい和風美人である。正直に言うが酒を大量に飲んでいるにもかかわらず、私のペニスはそのとき激しく勃起した。それくらいの色気、艶のある女性だった。私はズボンのチャックをおろし、「こんばんは」とわがムスコで挨拶したかったが、もちろんそんなことはできない。できるはずがない。道理もない。私はじっとペニスがこすれる痛みに耐えた。
「イロの虹子だ」
 白木の一枚板のカウンターに座ると、伝説の釣り師は言った。「ボンクラへっぽこ物書きのニイザワだ。ニザンとでも呼べばいい。頭は悪いし、気はまわらないし、度胸もねえが気はそこそこよさそうだ」と伝説の釣り師は私を紹介してくれた。
 伝説の釣り師と私は冷やで羅生門を飲んだ。ここでも伝説の釣り師は豪快に食べ、ものすごい勢いで酒を飲んだ。しかし、ある変化があった。しゃべり口調がそれまでとはうってかわって物静かになったのである。物静かになったとはいえ、やはりドスが利いている。すごみがある。私はひたすら相づちを打ちつづけた。ときおり、「うばうば」とみょうちくりんな相づちを打ってしまい、そのたびに伝説の釣り師に睨みつけられた。
「いいか、若造。おれが釣り竿を垂れているのは目に見える海だの川だのじゃねえ。おれがまだ見ぬ大物を釣り上げるために釣り竿を垂らしているのは星の海のど真ん中だ。わかるか?」
「……」
「ばかやろう」
「すみません」

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 冬の夜の闇のなかで月の光を受けてきらきらと輝く隅田川の川面を見つめ、伝説の釣り師ははかなく哀しげなうたを歌った。呪文とも聴こえた。よく聴きとれないうえに理解できない外国語だったが言葉の響きは私の中のある部分、だれにも、私自身でさえも触れることのできない部分に届いた。ふと涙がこぼれ出た。涙はつぎからつぎへとあふれてきた。もうとどめようがないほどに。
「先生、それは? 何語ですか?」と私はしゃくりあげながら言った。
「ポルトガルのファド。アマリア・ロドリゲスのうただ。泣ける。おまいもいっしょに泣け」
「はい」
 私は伝説の釣り師のうたにじっと耳をかたむけ、35年分の涙を思うぞんぶん流した。街の喧噪も首都高速道路を行き来する車の騒音も消えた。私の息づかいさえ消えた。静寂のただ中に私と伝説の釣り師はいる。聴こえるのは伝説の釣り師のうただけだ。静寂と夜の闇は渾然となり、雲ひとつない星空にむけて飛びたとうとしている。いや、私自身がうるわしい星座のまたたきのひとつでもあると思われた。月の光があやかに映りこむ隅田川は星の海へとかわり、聖なる水面に幾百万の魚たちの跳ねる姿がはっきりと見えた。

 参考
 私の五感の中にはファドがある 心には悲しみ
 私の中にはなくした夢がある 孤独の夜に
 私の中には詩がある 音がある
 精神のきらめきが むこうみずな愚かさが
 私の中には月夜がある 花咲く平原がある
 空が 海が それよりずっと大きな悩みがある

 アマリア・ロドリゲス(詩人。ファドの歌い手&使い手。故人)

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by enzo_morinari | 2012-09-29 20:24 | 師歌 | Trackback | Comments(0)

パイでπな危険な関係のブルース

 
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ヤマシタタツローとヨシダミナコとタケウチマリヤのパイでπな危険な関係のブルース
ヨシダミナコが好きだ。世界で通用する日本のヴォイス・パフォーマー、音楽家はヨシダミナコだけだとすら考えていた時期もある。忘れかけていた季節を思い出させてくれるのはいつもヨシダミナコだった。音源は残らず持っている。直筆の「御礼状」だって3通ある。へたくそな字だ。独特な字、風変わりな字、クセのある字、一度見たら忘れない字。言い方はいろいろあるだろうが、へたくそであることにかわりはない。

1987年のクリスマス・イヴ、驟雨にかすむ精霊の降りる街。ヨシダミナコは「いいレストランがあるの」と私を誘い、街一番のレストラン『STAR GAZER』の人気メニュー「冷めないチャイニーズ・スープの関係」を教えてくれた。12月の雨はとても冷たくて、「冷めないチャイニーズ・スープの関係」はとても温かくて、心がポカポカになった。

「ちょっと失礼」と言い残して席を立ったヨシダミナコが戻ってくることはなかった。隣りのテーブルではローラ・ニーロがロバート・デ・ニーロのマネををしておどけていたがおもしろくもなんともなかった。「青い眼の毛唐はすっこんでろよ」と言ってやったらその10年後に死んでしまった。私はこういうことがよくある。不思議だが現実だ。

私はゆっくりと「冷めないチャイニーズ・スープの関係」を味わいながらときどき窓の外をみていた。大昔にかなしくさびしくつらい思いをさせた女がレストランの通りを挟んで向かい側にあるセブンイレブン精霊の降りる街店から出てきた。「あたしはあんたに初めて会ったときに夢からなにから全部あんたに持ってかれちゃったんだ」と言って泣いた女だ。

コンビニ袋がすけてクリスマス・ケーキの赤い箱がみえる。女はひどくやつれていた。本来の齢より20歳くらい老けている。髪の毛は乱れ放題で白いものが目立つ。身なりからはいい暮らしをしているようにはとうてい思えなかった。

何度も店を飛び出し、彼女に声をかけたかった。ただ声をかけたかった。ほかにはなにもない。謝罪でも慰めでもなくただ彼女の声を聴き、すこしだけ微笑みあい、握手をして、お互いにもう二度と会うことはないとわかっているのに「またね」と言う。それだけのことがしたかった。

そのうちにオンボロのホンダN360が彼女の前に停まり、ドアがあいた。女は運転席の男に疲れたような笑みをみせてから車に乗り込んだ。雨は雪にかわった。降りだした雪のゆくえを追っているあいだに再び雪は雨にかわった。すべてはヨシダミナコが仕組んだことだと気づくのはずっとあとになってからだった。

ヨシダミナコが目黒の蒼い路地奥にあるライヴ・ハウス BLUES ALLEY でアコーディオンのカワイダイスケとやった DUO LIVE のときは席まで来て、「あたしが歌ってるときはタバコやめてね。マイヤーズ・ラムがお好きなケッペキにいさん♪」と思うままな愛を告白された。ヨシダミナコに「恋の手ほどき」をしたのはなにを隠そうこの私である。「わたしはあなたの影になりたい」とさえ言わしめた。

週末の扉の冬の厄介さに悩む彼女を品川駅の京浜急行の改札口で3時間も待ちぼうけさせたことだってある。1985年の夏の盛りの7月25日、強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフト・サイド先にある星の海で時さえ忘れてスター・ゲイザーとともに泳いだ。

そんなこんなのすったもんだを経たきのうの夜ふけ、『AIRPORT』を繰り返し聴いていた。20回目だか30回目の「見送る夜のエアポート」のパートで世にもおそろしい光景が突如として浮かんできた。「見送られているのはヤマシタタツローじゃねえか!」と。あの妖怪砂かけ婆もごめんなさいしちゃうような、真夏の炎天下にさらされて溶解寸前の生牛レバーのような御面相のエキセントリック・ハゲのヤマシタタツローが夜の空港でヨシダミナコに見送られている図。

はっ! そういえば顔面溶解男には『Endless Game』という曲があったな。軋む心の音は、震える白い指先はヨシダミナコのではなかったのか?

真相を突き止めるべく『AIRPORT』と『Endless Game』を交互にエンドレス・リピートして聴いた。3回目のセットですべてはわかった。もうなにもかもがいやになったのでオートマティスムする。『不思議なピーチパイ』『セプテンバー』をはじめとするタケウチマリヤの音源(ビニルのLPレコード、CD、MP3ファイル等々)はすべて廃棄する。水曜日の生ゴミの日に象牙海岸沖の悪夢の島行きだ。

背景音楽:Dan Fogelberg『Same Old Lang Syne』/The Pogues『Fairytale of New York (Christmas in the Drunk Tank)』/Art Blakey & Jazz Messengers『Les Liaisons Dangereuses』/吉田美奈子『AIRPORT』/山下達郎『Endless Game』/竹内まりや『不思議なピーチパイ』


星の海で泳いでいたヨシダミナコ(Reunion/再会#1)
ヨシダミナコとの「再会」はまったくの偶然だった。最後にヨシダミナコと会ったのは大ドンデン返しに向かって超特急ニッポン号が沸騰する蒸気を吹き上げながら爆走していた時代のただ中だった。私はすったもんだのすえに独立し、代々木に小さな事務所を開いていた。カネはあったがとにかく「時間」がなかった。仕事は黙っていても次から次へ、スペシャル・デリバリーで舞い込んでいた。私はいつしかなにものかを失い、すり減り、疲れ果てていった。

ヨシダミナコは別れの言葉ひとつなく、きれいさっぱり、なんの痕跡も残さずに私の元を去っていった。ヨシダミナコがいなくなっても私はなんとも思わなかった。本当のところを言えば気づきすらもしなかった。

ヨシダミナコがいなくなったことに気づいたのは6ヶ月も経ってからだ。6ヶ月のあいだに事務所の窓の真正面に見えるハナミズキの樹は淡い新緑から黄色く色づきはじめていた。季節は春から夏を経て秋にかわっていたのだ。仕事は停滞しはじめ、カネがまわらなくなり、ついには土壇場に追いつめられた。愚かにも私はそのような状況になってはじめてヨシダミナコの失踪に気づいたのだ。ヨシダミナコの消滅は心底こたえた。

ヨシダミナコとの再会を取り持ってくれたのは「海星」というめずらしい名前の人物である。海星氏の暗躍ぶりについては巷間よく知られている。再会したとき、私たちはしばらく沈黙し、たがいの「空白」についてすばやくさぐりあい、はにかみ、あきらめ、納得し、微笑みあった。

「やあ。ずっと会いたかったんだ」

深い闇の中で、ひときわまばゆく輝く星を凝視するヨシダミナコに声をかけた。長い沈黙のあと、彼女はやっと口をひらいた。

「夜をゆく雲の上には うるわしい星座がまたたく」

そのとたんに私たちのまわりは慈愛と荘厳と豊穣とにみたされた。そして、とどめようもなく、魂の奥底からあふれだすかのごとく、たくさんの涙がでた。2000トンくらいでた。涙の海ができて溺れそうだったが涙をぬぐおうとは思わなかった。私とヨシダミナコはおなじ星を見つめつづけた。短いけれど宝石のような時間がすぎた。

「星の海をゆけ」

最後にそれだけ言うとヨシダミナコはきらめき揺れつつめぐりゆく星座のただ中へ、冴えわたる冬の星の海へ、ゆっくりと、ほんとうにゆっくりと漕ぎだしていった。

背景音楽:吉田美奈子『星の海』


時をみつめていたヨシダミナコ(Reunion/再会#2)
ヨシダミナコはいつも、夜明け前、突然やってくる。精霊が舞い降りるように軽やかに。あるいは星の海を泳ぐようにかかえきれないほどの静寂を連れて。

「いったいぜんたい、どこで、なにをしていたんだよ」

声をかけても、ヨシダミナコは静かに微笑んでいるだけだ。星への階梯が音もなくたたまれはじめるとヨシダミナコはやっと口をひらいた。

「時をみつめていたのよ。それだけ。ほかにすることなんてなにひとつない」
「きみの言うとおりだ。ほかにすることなんてなにひとつない。おれも同じさ」

ヨシダミナコはまた不思議な微笑を浮かべるとうす桃色の翼を小刻みにふるわせ、来たときとおなじように軽やかに静かに舞い上がった。

「次はいつ会えるのかな?」と言いかけてやめた。そんなことは誰にもわかりゃしない。ヨシダミナコにさえもだ。いままでヨシダミナコがいた場所をみるとうす桃色の羽根が一枚残されていた。私は注意深くひろいあげ、いつものように「ヨシダミナコの忘れ物箱」にしまった。ヨシダミナコはやってくるたび、かならずなにかを忘れていく。困ったものだ。

背景音楽:吉田美奈子『時間をみつめて』


ヤサシサの雨にうたれていたヨシダミナコ(Reunion/再会#3)
ヤサシサの雨にうたれていたヨシダミナコは権之助坂の途中で立ち止まり、カワイダイスケ・ファンキー・オーケストラと立ち話を始めた。私はヤサシサの雨にうたれながら何度もこのまま死んでしまいたいと思った。ヨシダミナコは軽やかな笑い声を上げ、肩を左右に振り、ソウルトレイン・ヘアを揺らした。

たった一人の楽団、カワイダイスケ・ファンキー・オーケストラはといえば満足げにヨシダミナコをみつめ、ヨシダミナコの笑い声に耳を傾け、ヨシダミナコのソウルトレイン・ヘアにそっと指を通した。権之助坂途中の蒼い路地にある記憶の劇場の舞台で歌うヨシダミナコの声は透明で強くてコヒーレントでリニアリティがあってマットンヤ・ユミーンを小馬鹿にしていて世界に冠たる顔面力の持ち主ヤマシタタツローを心の底から憎んでいて9月のピーチパイ女を象牙海岸まで蹴り飛ばそうとマージービート通りの片思いくんたちに電波指令を送っていて物凄い勢いで深かった。

カワイダイスケ・ファンキー・オーケストラは誠実にヨシダミナコと対話を続けながら、ヨシダミナコ同様、オリジンを失わなかった。すばらしいことだ。ヨシダミナコとカワイダイスケ・ファンキー・オーケストラのオリジン・ダイアローグを必死に追う私は考えていた。女神はじかに生で見て聴いて味わうべきだと。音源はヨシダミナコに関する限り、最終手段である。

背景音楽:吉田美奈子+河合大介 DUO『2007年05月26日 目黒BLUES ALLEYにおけるLiveの盗み録り音源』

参考意見:ウジTVボンクラ軽部真一のインタビューなんか受けてんじゃねーぞ、顔面溶解男!
 
by enzo_morinari | 2012-09-28 07:59 | πな気分♪ | Trackback | Comments(2)

虹のコヨーテ#1

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いにしえの昔、ディネの男たちとアステカの民はコヨーテを「歌う犬」と呼び、いたずら好きの神として敬った。彼らはコヨーテが太陽と死と雷とたばこをもたらしたと信じて疑わなかった。


Who is the Coyote?
I already answered that question.
I am the Aimless Coyote.
Why am I aimless?
Beats me.

If I had a coherent answer,
I wouldn't be aimless, now would I?

Where?
Somewhere in JAPAN
Coyotes live most everywhere,
Even Tokyo City.
Coy is everywhere!

When?
About five minutes ago.
And in 1977.

Why?
Why not?
Because the internet needs
Another rambling website.
Don't you agree?
If you don't agree,
Hungry Coyote angry.



『虹のコヨーテ』のための若干の準備運動#1

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ディネの男
ディネの男は「水を汲んでくる」とだけ言い残してトパンガ・ムーンに行ったきり、帰ってこない。もう11年になる。彼の1958年型フォード・エドセルはガレージで埃をかぶったままだ。 バッテリーは溶けて跡形もないし、4本のタイヤはすべて空気が抜けてぺしゃんこなうえに乾いてひび割れ、エンジン・ルームは鼠どもの寝倉に変わり果てている。
11年のあいだ、月の美しい夜は月を見上げ、雨の日は雨粒を数え、風の強い日はディネの男の人なつこい笑顔を思いだした。そして、杯を傾けた。何杯も。そうだ。何杯も何杯もだ。そうとでもしなければやりすごせないほど風向きの悪い11年間だった。この11年間に関するかぎり、「風向きもいつかは変わる」というのは大うそだ。これっぽっちも変わってやしない。事態は悪くなるいっぽうのようにさえ思える。強い南風が吹きつける七里ヶ浜駐車場のレフト・サイドに丸一日立ちつくしたこともあるが、答えらしいものはなにひとつみつからなかった。答えは風の中なんかにはないんだ。きっと。
11年。多くの人々が通りすぎ、色々なものが壊れた。妻と飼犬の死。ビートニク・ガールの消滅とマッキントッシュMC275の経年劣化による引退。ベニー・グッドマン『Memories of You』のEP盤はスクラッチ・ノイズしか聴こえなくなった。40年以上も付き合いのある左の前歯は一昨日するりと抜け落ちた。
見上げた月とカウントした雨粒とかさねた杯はいったいどれくらいになるか。3年目の冬で数えるのはやめた。それでも、いつかディネの男と再会できる日がくると信じる。再会を待つ。再会の場所が炎のただ中であったとしても、私はけっして尻込みしない。ディネの男とともに炎の中心に立つ。 ディネの男との再会の日までに、目を背け、置き去りにしていたことどもと向かい合う勇気を取りもどそう。まだ遅くはない。まだ間に合う。まだ旅は終わっていない。まだ旅はつづく。まだ息をすることができる。
わが名は月で酔いどれるカタジュタの男。ホピとチェロキーとナバホの友人が一人ずついる。ディジュリドゥは楊枝がわりだ。トパンガ・ケイヨン・ロードは200mile/hでぶっ飛ばす! セヴンナップを1日に1ダース飲む!

ホカ・ヘイ! ヤタ・ヘイ! アヒェヒェ!


『虹のコヨーテ』のための若干の準備運動#2

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千年の記憶と縄文杉の孤独
空を見上げ、人生は流れる雲のようなものだとわかったとき、左の前歯がするりと抜けた。そして、森の奥からパット・メセニーの『TRAVELS』が聴こえてきた。背負っていた荷物をすべて放りだし、音のするほうへ、光のただ中へ向かって走った。森の奥、光の中心にそのひとはいた。森のひとだった。森のひとも左の前歯が抜け落ちていた。「やあ。ずっと待っていたよ」と森のひとは薪割りの手を休めて言った。森のひとのまわりに飛び散ったミズナラのかけらがかすかに明滅を繰り返している。

「千年生きた樹は土に還るのに千年かかる。なぜだと思う?」
森のひとは暖炉に薪をくべながら言った。
「新しい命を千年かけて育てるため」
「半分正解」
「残りの半分は?」
「千年分の記憶を反芻するためさ。千年かけて朽ち果てながらね。反芻するたびに世界中の樹木たちの痛みは癒される。そして、癒し終えたあと、跡形もなく消える」
「ということは、世界で一番孤独なのは縄文杉だ」
薪が大きな音を立てて爆ぜた。

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カリブーはなぜ殺されたか?
厳粛な綱渡りを終えてすぐに死滅する鯨の背に乗って持続する志河を渡る。持続する志河にはカリブーの憤怒の血が流れている。雄々しきツノは無惨にへし折られ、森の息吹と冷気をたっぷりと吸い込んだ毛皮は軽々と剥がされ、鞣され、流通する。冷徹な経済原理はカリブーたちの日々の困難と誇りにはいっさい無頓着である。ガリアの地で英雄を驚嘆させ、讃えられた誇り高き森の王も、いまや追い立てられ、撃ち抜かれ、打ち捨てられる。
カリブーはなぜ殺されるのか?カリブーは快楽のために殺戮される。聖なる日がやってくるたび、思い知るがいい。赤いのはトナカイの鼻ではなく、人間獣の血塗られた手であることを。

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憤怒の河を渡るバッファローの群れ
幻の巨大野牛を殺戮することに飽きた白い者=人間獣どもは次に誇り高き者たちを飢餓に追いこむ卑劣に取りかかった。農耕という名の堕落を潔しとしない誇り高き者たちは白い者どもとの徹底抗戦の道を選んだが、文明という名の野蛮はやすやすと誇り高き者たちを滅ぼした。誇り高き者たちのほとんどが酒に溺れ、白い者に飼いならされ、自分たちの先祖が自然との長い格闘と共生の中から育んだ智慧の樹を伐りたおし、打ち捨てた。彼らにはもう慈雨は降らない。幻の巨大野牛の頭蓋の粉末が降りそそぐのみである。だが、幻の巨大野牛の頭蓋の山の頂から新しい幻の野牛が誕生し、山を駆けおり、群れをなして憤怒の河を渡ろうとしている。彼らの眼を見よ。憤怒と憎悪の炎が燃えている。彼らの雄叫びを聴け。呪いの言葉に満ち満ちている。

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溶ける魚たちが蝟集する磁場としてのシュルレアリスム、あるいはダダイストの呪詛におののくダリ
いまにも指の間から滑り落ちそうなレモン色の平行四辺形によって切り取られた夕暮れの薄暗がりから貌をのぞかせたアンドレ・ブルトンは、浅葱色をした隠喩の法衣を無惨にも剥ぎ取られ、溶け出したベーコンに接吻を捧げている。彼の唇の右端にはフォークが突き刺さっていて、傷口からは蝙蝠傘色のミシンのミニアチュアが無限に吹き出してくる。フォークの持ち手部分に刻印された「その者の魚」が胸びれを痙攣させると、それまでじっと沈黙していたニンフのひとりは静かに瞼を閉じた。そして、ついに世界は『最後の晩餐』に巧妙に隠蔽された鎮魂歌で満たされる。もちろん、この事態に興味を抱く者などサルヴァドール・ドミンゴ・フェリペ・ハシント・ダリ・ドメネクのほかにいるはずもない。

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さて、ミトコンドリア・サーカス団の花形スターとして一世を風靡したサルヴァドール・ドミンゴ・フェリペ・ハシント・ダリ・ドメネクであったが、いまやヤヌスグリーンの庭師に身をやつしてしまった。マトリックス世界の盟主であるクリステの襞の形状に魅入られ、日々をクレブス・ラビリンス造りに費やしている。これは彼にとってはアポトーシスの過程のひとつであって、何者にも止めることはできない。

Quod Erat Faciendum.

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ウルルにかかる虹の麓から走りくるもの、旅のはじまり
ウルルにかかる虹の麓から七色のコヨーテはやってきた。私を見すえて突っ走ってくるコヨーテの姿は秋の初めの陽の光をうけて輝き、美しかった。
虹とウルルと七色のコヨーテ。
私は胸のふるえを抑えられず、その場にへたりこんだ。気を取りなおし、IMAGE MONSTER 2.0を組み込んだEOS 7Dをかまえて七色のコヨーテに向ける。同時に七色のコヨーテは私に飛びかかり、私をがっしりと抑えつけた。指一本動かせなかった。七色のコヨーテの筋肉の動きのひとつひとつが伝わってきた。私は「ああ、これでやっと死ねる、腐った世界とおさらばできる」とうれしくなった。小躍りしたかった。だが、ことはそう簡単にはいかなかった。
「まだ、当分、死なせるわけにはいかねえよ。おれは虹のコヨーテ。これからおまえと旅をする」
七色のコヨーテが嗄れた声で言った。そして、私の左頬を右前脚で叩き、「しゃんとしろ!」と怒鳴った。怒鳴ったけれども、なにかしらあたたかみとなつかしさのある言葉だった。私はうれしくて泣きだしそうだった。「さあ、出発だ」と七色のコヨーテがうながす。私と七色のコヨーテはならんで歩き出した。奇妙な旅のはじまりだった。

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TONY LAMAその他の完全性
「その姿では旅は難しいんじゃないだろうか?」
私は虹のコヨーテにたずねた。虹のコヨーテは少し目を細め、ウルルにかかる虹を見ていたがやや間を置いてからゆっくりと顔をこちらに向け、言った。
「おまえたち人間がだめなのは物事の本質を見極められないことだ」
虹のコヨーテの言うとおりだ。だが、いまの問題はコヨーテの姿のままではバスにも列車にも乗れないし、食堂にすら入れないということだった。私が思ったとたんに虹のコヨーテが言った。
「そんなことは先刻承知だ」
私が足元に転がっている奇妙なかたちの石ころに目をやった一瞬の隙に虹のコヨーテの姿は精悍な若者に変わっていた。虹のコヨーテの瞳はトスカーナの海のように深いブルーで、見つめられるとどきどきした。虹のコヨーテが穿いているジーンズはラングラーのカウボーイ・カット13MWZだった。腰には5万ドルはしそうな R.W. ラブレスのカスタムメイド・ナイフが光っている。ビッグ・マックのネルシャツにはGERRYのあざやかな赤のダウン・ベストをあわせていた。ビッグ・マックのネルシャツはとがった襟の形状から1970年代初期のものであることがわかる。帽子はステットソン社製の黒のカウボーイ・ハット、Diamante 1000Xだ。ビーバーヘアにチンチラの毛がブレンドされている。カウボーイ・ハットの名品中の名品。TONY LAMAのウエスタンブーツ CY825 CHOCOLATE LIZARD はまぶしいくらいにピカピカで、ウロコの一枚がときどき私にウィンクをしてきた。私もウィンクを返したがみごとに無視された。
「あんたのような愚か者にウィンクされたってだれも喜びゃしない。あきらめな」と虹のコヨーテは手きびしいジャブを放ってきた。だが、やはり虹のコヨーテの言うとおりだった。さらに驚いたことには彼のかたわらには使い込んであちこちニスの剥げたマーティンD28が置かれていた。つまり、虹のコヨーテは完璧だった。一分の隙もないのだ。私は自分が穿いているくたびれ果てたリーヴァイスの501をその場に脱ぎ捨て、火をつけてしまいたかった。

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導きと「そのものたち」と月の羊
「精霊と宇宙を支配する巨大な意志の力の導きがはじまったんだ」
虹のコヨーテがグレープフルーツ・ムーンを見上げながら言った。虹のコヨーテのからだが目映く輝きだす。遠くから地鳴りのような音がゆっくりと近づいてくる。
「くるぞ」
虹のコヨーテが低く唸る。月の光に照らされて私にもやっと「そのものたち」の正体がわかった。「そのものたち」は青白く輝く無数のバッファローの群れだった。群れの先頭にはひときわ強い輝きを放つ羊がいた。禍々しく巨大なツノを持つスコティッシュ・ブラックフェイスだ。邪悪な羊が巨大なツノを振り立て、滑るように虹のコヨーテに近づいてくる。禍々しく巨大なツノは憎悪の塊ともみえる。羊は速度を増しながら目の前に迫る。周囲にいやな臭いが立ちこめる。月の羊はツノを一段と下げて虹のコヨーテの胸のあたりに突き立てる。虹のコヨーテは俊敏な動きで月の羊の攻撃をかわすと喉元に食らいついた。絹の布を引き裂くような鋭い音がして月の羊の喉から鮮血が吹き出した。血はみるみる大地を染め、月の羊は息絶えた。月の羊の死とともにバッファローたちは地響きを立て土煙を巻き上げながら走り去った。あとには深い闇と虹のコヨーテの息づかいだけが残った。

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月の羊の死、神の幻影
虹のコヨーテは月の羊のツノの一撃をうけ、胸のあたりに深手を負ったようだった。傷口から血が滴っている。虹のコヨーテは身を横たえ、傷口をなめつづける。出血はやみ、傷はみるみる小さくなり、ついには跡形もなく消えた。虹のコヨーテは顔を両前脚のあいだにうずめ、眼をとじた。しばしの休息に入ったようだった。虹のコヨーテのやすらかな寝息を子守唄がわりに私も眠ろうしたが気持ちの昂りはなかなかおさまらない。仰向けに横たわり、夜空を見上げる。ウルルの真上に月がかかっている。かたわらの巨大なハシラサボテンのカルネギア・ギガンテアが月光を受け、かすかに揺れている。やっと、深い眠りがやってきた。

「私もいっしょに連れていってくれませんか。200年のあいだ、ずっとあなたたちを待っていたんです」
私と虹のコヨーテが出発の準備をおえたとき、月の光を浴びて踊っていたカルネギア・ギガンテアが口をひらいた。カルネギア・ギガンテアの右の腕にとまっているサボテンミソサザイがうれしそうに羽根をふるわせている。虹のコヨーテがもどかしそうにカルネギア・ギガンテアを見つめていることに私は気づいていたが、そのとき、私はやっと理解した。虹のコヨーテはカルネギア・ギガンテアを旅に誘っていたのだということを。
「いいよ。はやく支度しな」と虹のコヨーテは満足そうな表情をみせて言った。「ところで、あんたの名は?」
「人間は私を”神のペヨーテ”と呼びます」
カルネギア・ギガンテアが答えると、虹のコヨーテは満足げに足を踏み鳴らした。グレープフルーツ・ムーンは高く遠く静かに私たちを照らしている。

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12人の戦士、ディジュリドゥ、カタ ジュタへ
「カタ ジュタを目指す。途中、アニャングの戦士と会う。くれぐれも無礼無作法のないようにな。かれらはディネの男たちとならんで、宇宙でもっとも誇り高い人々だから」
虹のコヨーテは噛んで含めるように私と神のペヨーテに言った。私と神のペヨーテは黙ってうなずいた。
ウルルを出発してすぐにアニャング戦士の一団に遭遇した。12人のパックのナイフの切っ先のように鋭い24個の眼光がいっせいに我々を射抜いた。虹のコヨーテでさえ唇をふるわせたほどだ。それくらいアニャング戦士の眼光は鋭く、威厳に満ちていた。虹のコヨーテが彼らに駆けより、なにごとか話しかけると、彼らの表情からみるみる敵意が消え去り、親和的でおだやかな空気が辺りを満たした。

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「いい旅を。大地のヘソがいつもあなたがたとともにありますように」
別れぎわ、アニャング戦士のリーダーは言い、虹のコヨーテにディジュリドゥ、大地の管を手渡した。かわりに虹のコヨーテはマーティンD28を差し出したが、戦士はけっして受け取とろうとしなかった。姿が見えなくなっても、戦士たちがはなむけがわりに奏でるディジュリドゥの唸るような音はいつまでも聴こえていた。赤茶けた大地を通しておおらかで逞しい力が注ぎこまれるように感じられた。大地を踏みしめるたびに力が漲ってきて、このまま冥王星までも走りつづけられるとさえ思う。彼方のカタ ジュタに真っ黒で不思議なかたちをした雲が近づいている。

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砂嵐、石をみつめる少女、長い夜のはじまり、小さな焚火を囲んで
巨大な砂嵐がわれわれの背後に迫っていた。
「厄介なことになったな」
虹のコヨーテが言うと、私と神のペヨーテは顔を見合わせ、手を握りあった。神のペヨーテの棘が刺さって痛かったが我慢した。
「あのブッシュの先の岩かげに避難しよう。このダスト・ボウルは尋常ではない。とてつもない悪意と憎悪を感じる」
虹のコヨーテは言うと、駆け出した。私と神のペヨーテもあとにつづいた。そして、岩かげにうずくまる美しい少女に遭遇した。ブルー・サファイアの化身、石をみつめる少女だった。岩の裂け目に逃げ込むと同時に猛烈な風と砂つぶてが襲ってきた。そして、長い夜がはじまった。
焚火の炎は静かに燃えつづけた。虹のコヨーテ、神のペヨーテ、石をみつめる少女、そして私は小さな焚火を囲み、弱々しい炎をしばらくみつめた。そのときばかりは石をみつめる少女も石をみつめるのをやめ、炎に見入っていた。薪をくべるのは私の役目だ。神のペヨーテが虚空に腕を伸ばす。呪文を唱えながら小刻みに掌を動かすとひと塊のペヨーテを出現させた。そして、それをわれわれに分け与えた。神のペヨーテがペヨーテローの役回りを買ってでた。神のペヨーテはうってつけのペヨーテロー、トリップ・シッターだった。
虹のコヨーテは饒舌だった。マーティンD28を爪弾きながら、さまざまなことを語った。雲ひとつない満天の星空とグレープフルーツ・ムーンと虹のコヨーテの歌と語りとマーティンD28のゴビ砂漠の砂のように乾いた音。それらは絶好のセッティングとなった。
「アニャングの戦士になにを言ったのですか?」
私はずっと気になっていたことをたずねた。虹のコヨーテはにやりとし、ニール・ヤングの『収穫の月』のメロディをアルペジオで奏でながら言った。
「ウルルで立ち小便をしていた人間どもをたっぷり懲らしめてやった。だが、仕返しに追われている。力を貸してくれ。そう言ったんだ」
「うそを?」
「まあな。ときにはうそも役に立つ。使いどころをあやまらなければの話しだがな」
虹のコヨーテはそう言って、おどけた表情をみせ、ウィンクした。私もウィンクしようとしたが、うまく瞼が動かなかった。トリップがはじまりかけていたのだ。
「わたしはブルー・サファイアの化身なの。世界中のブルー・サファイアはわたしの心の中から生まれるんだよ。いまも、カシミールの山奥で矢車草の花の色をしたブルー・サファイアがひとつ生まれたところよ」
石をみつめる少女が話し終えると焚火の薪の1本が大きな音を立ててはぜた。
「ちっちゃな青い粒がこれから何億年何十億年をかけて立派なブルー・サファイアになってゆくの。すごくすてきでしょう?」
「きみはいつからブルー・サファイアの化身になったんだい?」
『Hotel California』のイントロを爪弾いていた虹のコヨーテが手を止めて尋ねた。
「宇宙創世のときから」
石をみつめる少女の全身が青白く輝きだし、あたり一面が青く染まった。
by enzo_morinari | 2012-09-27 05:03 | 虹のコヨーテ | Trackback | Comments(5)

McIntosh MC275と『Memories of You』とビートニク・ガール

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 29歳になる春、奇妙でビートのきいたとびきりの恋がはじまった。恋の相手はビートニク・ガール。2歳年上だった。「恐縮です」と言って現れたビートニク・ガールは、初登場以後、私の前から忽然と姿を消すまで常に私の死角に入り込もうとする油断のならない人物であった。油断はならないがビートニク・ガールは見た目も性格もシマリスに似た愛すべき人物でもあって、いかなる状況下にあっても無条件でデコピン8連発をやらせてくれるところがすごく好きだった。
「あたしはシマリスだけど、あんたはアライグマだね。ぼのぼのは誰にする?」
「ふたりで東京中を走りまわって探そうぜ」
「すてきね! すてきね! アライグマくん」
「シマリス! これでも喰らえ!」
 顔を輝かせ、全身を震わせるビートニク・ガールを押さえつけてヘッドロックをかけ、デコピン8連発を3セット喰らわせてやった。ビートニク・ガールは手足をばたばたさせてよろこんだ。白のパンダがやってくるのはまだ何年も先だった。
 初めて会った次の日、われわれは千駄ヶ谷のサイクル・ショップで16段変速のロード・レーサーを買った。ビートニク・ガールはチェレステ・ブルーのビアンキを選び、私はミッドナイト・ブルーのデ・ローザを選んだ。もちろん、コンポーネントはカンパニョロのレコードを組込んだ。このようにして、ビートニク・ガールと私のぼのぼのを探し求めて自転車で東京中を走り回る日々は幕をあけたわけだが、それはまた別の話だ。

 ジャック・ケルアックの『路上』が世界中をビートきかせて疾走しはじめた翌年、私は生まれた。ビートニク・ガールが生まれたのはまだ『路上』がフランシス・スコット・フィッツジェラルドの書斎の紫色の揺り籠の中で静かな寝息を立てていた頃だ。アレン・ギンズバーグの蒼白い手が16ビートで揺り籠を揺らしていた。すなわち、われわれは『路上』を挟んで誕生した反逆反骨の前衛サンドウィッチというわけだ。そのことについては、ビートニク・ガールとも意見の一致をみている。
 ふたりでひとつ。あるいは、ひとつでふたり。当然、われわれはBLTでおそい朝食をとるとき、かならずサンドウィッチを食べた。BLTでのおそい朝食のみならず、われわれはことあるごとに、それどころか、理由も動機もなく、やたらとサンドウィッチを食べた。おいしくて良心的で気のいいサンドウィッチばかりだったが、中には箸にも棒にもかからない性格の悪いサンドウィッチもいた。レタスの歯ごたえがまったくなくて、濡れたセロハン紙みたいだったり、ピクルスが酸っぱすぎて安物のビネガーの味しかしなかったり、肝心のパンが岩波文庫味だったりするやつらだ。そういうたちの悪いサンドウィッチはひと口食べたあと地べたに投げつけ、ふたりで手をつないで思いきりジャンプし、踏みつぶしてやった。そのときの性悪サンドウィッチどもの湿った悲鳴は天上の音楽に聴こえた。

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 私にはビートニク・ガールと出会う以前、はるか昔から、どうしても実現したいちっぽけな夢があった。「McIntosh」のロゴがプリントされた真空管(出力管KT88×4, ミニチュア管12AX7×3, 同12AT7×4)を実装した1961年第1世代オリジナルのMcIntosh MC275でベニー・グッドマンの『Memories of You』のモノーラル盤を聴くこと。それが、私の長年の夢だった。ベニー・グッドマンの『Memories of You』のモノーラル盤はすでにミント・コンディションのものを米国のオークションで入手済みだった。音響機器についてはKSL-2/Krell(プリ・アンプリファイアー)、TD-126/THORENS(ターン・テーブル)、そして、THE VOICE OF THE THEATER-A7/ALTEC(スピーカー・システム)が主役のMcIntosh MC275がやってくるのを待ちかまえていた。
 McIntosh MC275は75W/chの管球式パワー・アンプリファイアーだ。オリジナルの発売は1961年。私とほぼ同世代である。McIntosh MC275は力強さと温もりをあわせもった音質の素晴らしさもさることながら、とにかく美しかった。そのデザインは一見すると無骨そのものだがステンレス・スティール製の筐体は鏡のごとく完全無比に磨き上げられ、KT88をはじめとする11本の真空管が筐体表面に映り込むところに私は強く魅せられた。
 私がMcIntosh MC275の存在を知ったのは17歳、高校2年のときだ。当時の私がMcIntosh MC275を手に入れることは新人DFがリーガ・エスパニョーラの初めての試合でリアル・マドリッド相手にハットトリックを達成するよりも難しかった。その後も経済的に入手できる状況であってもタイミングが合わなかったり、タイミングがよくても財布の中身が空っぽだったりという具合に私とMcIntosh MC275は幸福な関係を築けなかった。

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 母親に連れていかれた横浜・伊勢佐木町の裏通りにある小さな映画館で観た『ベニー・グッドマン物語』が、私にとっては初めての映画だった。「JAZZ」という言葉さえ知らない頃である。スティーヴ・アレン演じるベニー・グッドマンが舞台上から恋人にクラリネットの演奏で求婚するシーンには心打たれた。そのときの曲が『Memories of You』だった。以来、愛の告白と『Memories of You』は私にとっては蝙蝠傘とミシン同様にわかちがたいものとなった。

 20年の月日が流れ、いくつもの春やら夏やら秋やら冬やらが去って私の恋と夢ははかなくも消えたが、それでもなお私には聴こえ、見える。私の胸をときめかさずにはおかないビートニク・ガールの少女のような笑い声と笑顔と遠く去ったMcIntosh MC275の甘くせつなく美しくあたかい音と出力管KT88の灯が映りこむ鏡面筐体が。私に残ったのはたった一度だけレコード針を落とされたベニー・グッドマンのビニルのレコードのみだ。それでも、後悔はなにひとつない。不条理やら無常やらを感じることもなくはないけれども、いくばくかの記憶をたぐり寄せ、反芻することでたいていのことどもはやりすごせる。夢は確実に粉々に砕け散るが、新しい夢を何度でもみればいい。サンドウィッチはいまでもよく食べる。だが、BLTには行かない。


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by enzo_morinari | 2012-09-26 03:25 | BEATNIK DAYS | Trackback | Comments(0)

東京の午睡#12 『老人と海』の死、サンチャゴの憤怒

 
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528回目の『老人と海』を読み終えたときだった。Mac mini を起動し、メールをチェックし、何通かの返事を書き、Safariを立ち上げ、Wikipedia でメールの中にあった文言、「Judicium Difficile」を調べ、ベランダ越しに寝ぼけまなこの観音崎灯台に向かって「Ars Longa! Vita Brevis!」と大音声を発して喝を入れたのち、『東京の午睡』を開いた。1通のメッセージが届いていた。

「わたぢのおともたちが自さつしまた。ほりつにおくわしく正ぎかんのとよそうなかただだだとおももい、めせじをおるるらせていただじました」とそのメッセージは始まっていた。誤字と脱字とタイプ・ミスと誤った語法だらけのメッセージだった。しかし、読み進むうちに滂沱のごとく涙があふれてきた。

「管理者にだけ表示を許可する」を選択してポスティングされたそのメッセージにはシニア向けのSNSを舞台に繰り広げられている大がかりな「売春組織」の暗躍が赤裸々に綴られていた。ある老婦人が一度は売春に手を染めたものの良心の呵責に苦しみ、売春組織との関係から身を引こうとする。しかし、売春行為を「バラす」「言いふらす」と脅され、口止め料名目の金銭を要求される事態に至る。そして、ついには自ら命を絶つ悲劇が発生したことをメッセージの主はひらがながほとんどの拙い文章で懸命に伝えようとしていた。

命を絶った老婦人は曾孫までいるという。亡くなった老婦人はおそらくは経済的に余裕がなかったにちがいあるまい。しかし、孫や曾孫に小遣いをやり、おもちゃのひとつも買い与えたい。そして、手っ取りばやく現金がえられるとでも考えて「売春」に走ったのだろう。みずから命を絶ったという老婦人の人生はそれほど陽の当たるものではなかったろう。メッセージの主も格別の高等教育を受けてはいないだろう。いずれもつつましくおだやかに生きてきて、これからも、ただ健康で病気ひとつせず、孫や曾孫たちに囲まれて余生をまっとうすることを願っていたことだろう。涙が枯れたのちは抑えようのない憤怒が腹の底からこみ上げてきた。何者であろうと情念と憤怒の塊となった吾輩をとめることはできない。たとえ、「宇宙を支配する巨大な意志の力」であってもだ。

なぜか、イツァーク・パールマンが独奏する『シンドラーのリストのテーマ』が頭の中に鳴り響きはじめる。憤怒と情念はいやまして募ってくる。今にも噴きこぼれそうな情念と憤怒の塊を抑えつけ、吾輩は早速、くだんのシニア向けSNSにアカウントを作った。アカウントを作った途端にプロフィール上は「女性」とされる人々から山のようなプライベート・メッセージが届く。どのメッセージにも「お会いしたい」「お話がしたい」「食事がしたい」と同じようなことが書いてある。しかし、さすがの吾輩は山のようなメッセージを読みながらある共通点を発見する。「交際」を「交祭」と誤記しているのだ。なるほど。すべてのメッセージはおなじ人物が書き、それぞれのアカウントで送信してきているのだと合点する。念のため、自分のPC上に新たにフォルダを作ってすべて保存。

盛りをとうに過ぎた男やもめと妻を失った男の「性」にまつわる不遇、不全感はじゅうぶんにわかる。つらいだろう。しかし、その不遇と不全感につけ込む輩をゆるすことはできない。弱みにつけ込む輩を下衆外道というのだ。練炭による連続殺人を犯したとして一審で死刑判決を受けた女が獲物である年配のシングル男性を物色し、実際にゲットしていた「狩り場」はシニア向け、パートナー探しのSNSだった。推して知るべしということだ。

殺された被害者たちはとにかく、ただひたすら「ヤリたいから」こそ練炭連続殺人の犯人の女のような折り紙付きのぶっさいくデブに大金を渡したのだ。被害者たちは哀れきわまりないし、その魂が安らかなることを祈るばかりだが、「性」にまつわる諸問題はそれほど根が深く、厄介であるということだろう。世の老人たちのだれもが巨大なカジキマグロとの死闘に勝利し、ライオンの夢をみながら眠るとはかぎらない。

自殺した老婦人は死の直前にメッセージの主にメールで洗いざらい告白した際に売春の情報交換が行われている掲示板の存在も告げていた。掲示板に入るときに必要なパスワードもあわせて教えたといい、パスワードはメッセージの最後に付記されていた。

さっそく掲示板をのぞいてみた。「売春」の日時、待ち合わせ場所、相手の風貌、名前、携帯電話番号等の情報交換が行われているのが確認できた。また、売春の女ボスとおぼしき女は自身のブログにいけしゃあしゃあと、しかも自慢げにひと月おきの海外旅行の顛末を小学生でも書かないようなぶざまで醜悪きわまりもない文章で綴っていた。御丁寧にも画像付きで。知性のかけらもない。

ブログの内容はどこそこの高級レストランでランチをした、ホテルのスィート・ルームに泊まった、どこそこに旅行に行ったといった類いのことが自慢げに書き連ねてあるだけだ。誤字・脱字だらけ。日本語能力が完全に故障している。だが、本人はまったくそのことには気づいていないようで得々としている御様子だ。おめでたいにもほどがある。

てめえがのうのうと極楽とんぼよろしく遊蕩に耽っているあいだに人が一人死んでいるんだぞ! そのことを知ってか知らずか、極楽とんぼ女はどこ吹く風とばかりにきょうもたらたらと「生活自慢」に精を出している。とにかく虫酸が走り、はらわたが煮えくりかえった。

吾輩は亡くなった老婦人はメッセージの主に「復讐」を託したのであると理解した。「怨みを晴らして」と。掲示板の運営会社に事の仔細をメールし、さらに直接電話で担当者と話し、すべてのデータログを保存するように要請した。予想外にも相手はふたつ返事で了承してくれた。「老婦人の死」が効いたのかもしれない。あるいは彼には大好きなおばあちゃんがいたのかもしれぬ。

「売春」も「買春」も「売春」と「買春」を斡旋することも売春防止法に抵触する犯罪である。インターネット上のSNSを舞台として組織的に行われていれば組織犯罪処罰法が適用される。風営法の適用もある。また、自殺した老婦人に対して口止め料名目で金銭の要求があり、被害者から財物の交付があったなら「恐喝罪」が成立する。

財物の交付がないからと言って事は済まない。「脅迫罪」と「強要罪」がお待ちかねだ。「脅し」の手段は口頭だろうとメールだろうとブログへのメッセージだろうと関係ない。金銭の授受の存在の有無も関係ない。被害者が畏怖するだけで「脅迫罪」の構成要件は充足されるのだ。重罪である。犯情が悪ければ裁判官は初犯でも十分に実刑判決を下すだろう。ましてや、被害者の死という重大な結果を招いていることから勘案して実刑は免れないと思量するのが妥当だ。過去の事案・判例の量刑に照らして「実刑」を選択しずらいのなら、新しい判例をつくればいいだけの話しである。

奇遇にも吾輩には警察庁と警視庁、そして神奈川県警の現役幹部、OBの友人・知人が大勢いる。東京地検と横浜地検には検事正の朋友がいる。東京地検特捜部の案件ではないのが返す返すも惜しいが。いずれも、気心の知れたいわば仲間だ。もはや、吾輩が取るべき方法はただひとつ。弱者を利用し、弱者の骨をしゃぶり、弱者を苦しめ、弱者を死に追いやった下衆外道どもの退治である。退治法はいくらでもある。

あらゆる法令、あらゆる手練手管を駆使する。頑迷なる罪刑法定主義者である吾輩が下衆外道どもを黙って放っておくわけがない。告発状には疎明資料より数段劣るようなレベルではあるが吾輩の手元に現にある資料の添付でじゅうぶんだ。捜査機関はすみやかに立件に向けた内偵に入るだろう。すでに「仲間」宛にメールで事のあらましは送信済みだ。一両日中に正式に告発状を提起する。東京地検に直告するという手もある。

警察、検察の不祥事が頻発してその威信が地に堕ちた昨今、どんな瑣末な事案であれ、威信回復のために彼らは遮二無二に動くはずだ。動かざるをえない。人が一人死んでいるのだ。ささやかな幸福を享受したかっただけの老人のかけがえのない命が失われているのだ。天地人ともにゆるすはずがない。このようにして下衆外道どもに社会にはどうにもならない相手、存在があることを思い知らす。世界にはどう足掻いても太刀打ちできない恐ろしい人間がいるのだということを知らしめる。これは吾輩流の「世直し」である。

いま吾輩のこの文章を読んでいる下衆外道及びその手下ども! おまえたちは一番敵にしてはならない者を敵にしたな。運が悪かったと諦めろ。腹をくくれ。朝早いノックが鳴る日はすぐそこまで迫っている。21日+2日分の自弁代くらいは用意しておけ。高橋屋の弁当はまずいぞ。えびす屋の弁当にするんだぞ。

言っておくが、検事パイも保釈もないからな。せいぜい、震え上がりながら「その日」「その朝」を待つがいい。年貢の納め時だ。冒頭陳述は2時間も3時間もかかる。起訴状の束だけで六法全書より分厚いぞ。犯罪の実行行為者に老婦人を引き合わせ、彼女の個人情報を提供し、そばでへらへらと笑っていたボンクラ下衆外道どもには「共謀共同正犯」の成立に向けたベテラン捜査官のきっつい取り調べがお待ちかねだ。せめて事情聴取の完全録画・完全録音を主張するんだな。そのためにも人権派のいい弁護士を雇うことだ。ツテがないなら紹介してやってもいいが、吾輩が絡むとちょいと高くつくぜ。

おまえたちの選択肢はふたつ。ひとつは震え上がりながら逮捕/強制捜査の日を漫然と待つか、ふたつは潔く自首・首服するかだ。決めるのはおまえたちだ。怒れるサンチャゴはいま、ライオンの夢をみながら眠ることを日課とする吾輩とともにある。


かくして、吾輩の新しい戦いは始まり、東京は本日も「カジキマグロのステーキ、サンチャゴ風」のごとくに天下太平楽である。

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by enzo_morinari | 2012-09-25 12:48 | 東京の午睡 | Trackback | Comments(1)

バラ色の人生/さらば、友よ#1

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パリの空の下、人生は流れる。


私はパリ16区の市民病院で生まれた。1958年の冬のことだ。さまざまな事情をかかえて私を身ごもった母は単身パリに渡り、私を産んだ。パリの冬はすべてが色や輝きを失い、身も心も凍る。パリの暗鬱な冬。遠い異国の地でシングル・マザーとなった母がいったいなにを思い、なにをみつめていたのか。いまとなっては知るよしもない。母の顔を間近にみ、母の眼をみつめ、母の小さな手を握り、母の口から直接聴きたいがかなわない。そのことに気づいたとき、私は愕然とし、そして、死は「真実」を永遠の闇の奥に隠すのだということを知った。

私の母はなにも語らぬまま逝った。陽気で話し好きで社交的な母は、その見かけとは裏腹に胸の奥に多くの「本当のこと」を秘めたまま逝ってしまった。私の耳に残るのは彼女が子守唄がわりに歌って聴かせてくれた『ダニーボーイ』と、家事をこなしながらいつも口ずさんでいた『バラ色の人生』だけである。「それでじゅうぶんじゃないか」と自分に言いきかせることできょうまで生きつづけることができたような気がする。

「いつか、おまえが自分の力で世界中のどこへでも行けるようになったら、最初にパリに行きなさい」

ことあるごとに母は言った。もちろん、私は母の言いつけを守った。私が誇れるのは母の「言いつけ」をすべて守り、実行したことだけである。

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パリは世界の天井である。喜びも悲しみも、初めにパリに降りかかる。

パリは私の「故郷」である。アーネスト・ヘミングウェイは『移動祝祭日』の中で「青春時代の一時期をパリですごした者には生涯パリがついてまわる。なぜなら、パリは移動祝祭日だからだ」と書いたが、5歳の春に日本にやってきて以来、いつも居心地の悪さ、喪失感がついてまわった。その居心地の悪さ、喪失感はヘミングウェイが言ったとおり、私にパリがついてまわっていたからであるということに、このごろやっと気づきはじめた。

人には「帰りたい場所」「帰れない場所」「帰るベき場所」のみっつの場所がある。このみっつの場所を見誤らず見失わなければどのような場所にいてもいかなる境遇にあっても生きつづけることの困難はほぼやりすごせる。いま、母が逝った年齢をとうに過ぎ、「帰るべき場所」はパリであると確信するにいたった。そして、いまこそ語るべきときがきたのだと感じる。パリの日々を語ることなく逝った母のことを。さらには、きょうまでに出会い、ともに生き、ともに戦い、遠く去っていった友のことを。

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私は時間を見ている。それは『永遠』という時間である。

私の母は赤坂芸者の娘として生まれ、父親を知らぬまま育った。妾の子。世間は母をそのように呼び、冷ややかな視線を浴びせかけた。

「どんなに着飾っていたって、きれいごとを言ったって、裏じゃなにをやっているかわかりゃしない」

それが母の口癖だった。私の現在にいたる人間観の基礎となった言葉である。実際、陰でこそこそする輩には虫酸が走る。そのような輩とは金輪際かかわりを持たぬか、やむをえずかかわりを持った場合には完膚なきまでに叩きつぶしてきた。おかげでずいぶんと不愉快で不自由な思いをしたが後悔はなにひとつない。これはもはや情念に属する領域の問題でいかんともしがたい。復讐の心情と言っていい。理屈では説明がつかない。

母は花街の頽廃と享楽と儚さと空虚を肌で感じつつ育った。一ツ木通りや三筋通りや赤坂通りを我が物顔で闊歩し、ころげまわりながら、いつしか「おそろしくへんな女の子」の称号をえた。東宮御所に忍び込もうとして大騒ぎになった「事件」はいまも町内の語り草になっていると聴く。歴史はめぐる。私も少年時代のほとんどを父親の顔を知らぬまま育った。

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風に吹かれて

「風向きもいつかかわるさ」と古い友人は言った。1985年の夏のことだ。
「それは本当か?」
「うん。村上春樹もそう言ってる。ボブ・ディランは、答えは風の中にあると歌ってる」
「そうか。じゃあ、信じよう」

数年後、友人の言うとおり風向きはかわり、私は平均的な会社員が一生のあいだに稼ぐ10倍くらいの大金を手に入れた。だが、風向きはまたしてもかわり、手に入れたすべてを失い、さらにその倍ほどの授業料を払うはめになった。答えは風の中になかったがなぜか心は晴れ晴れとしていた。抱えこんだ負債額やら借りやらを考えると大胆な戦略と緻密な戦術が必要であることはあきらかだったが、幻の虚数魚を飼育するほど難しくはないように思われた。そしてさらに数年後、また風は吹いた。奇跡としか言いようのない大きな風だった。

(風に吹かれるがごとくにつづく)

【背景音楽】
Edith Piaf『La Vie en Rose [Version Français]』
Edith Piaf『La Vie en Rose [Version Anglaise]』
Edith Piaf『Sous le Ciel de Paris』
Ella Fitzgerald『I Love Paris』
Sonny Rollins『Afternoon in Paris』
Stéphane Grappelli『Afternoon in Paris』
Charlie Parker『I Love Paris』
Wynton Marsalis『April in Paris』
Bill Evans『April in Paris』
Django Reinhardt『Swing from Paris』
Louis Armstrong『La Vie en Rose』
Michel Legrand『Sous le Ciel de Paris』
Jacky Terrasson『Sous le Ciel de Paris』
Toots Thielemans『Sous le Ciel de Paris (Live)』
Trio Montmartre『Sous le Ciel de Paris』
Jazz à Padam『Sous le Ciel de Paris』
Paloma Berganza『Sous le Ciel de Paris』
André Previn: London Symphony Orchestra『An American in Paris』
Joe Pass『April in Paris』
 Joe Yamanaka『The Theme of Proof of Man』
Keith Jarrett『Danny Boy』
Sarah Vaughan『Danny Boy』
Eva Cassidy『Danny Boy』
Brigid Kildare & Sinead O'Connor『Danny Boy(Private Recording)』
George Jamison, Norman Stanfield & William Paterson『Danny Boy』
Michel Petrucciani『Danny Boy』
 Celtic Woman『Danny Boy』
Charlie Haden & Hank Jones『Danny Boy』
Bill Evans『Danny Boy』
Danny Walsh『Danny Boy』
Bob Dylan, Peter, Paul & Mary, Joan Baez ほか『Blowin' in The Wind』
 

by enzo_morinari | 2012-09-23 15:59 | バラ色の人生/さらば、友よ | Trackback | Comments(0)

平潟湾の夕暮れに流した涙のゆくえ

 
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昔々、横浜で。

高校生の頃、安くてくそまずいコロッケ定食を食うだけのために金沢八景にある横浜市立大学の学食に忍びこんだことがある。コロッケは1個、キャベツ山盛り。申し訳ていどの漬け物と色がついているだけの味噌汁。140円也。

「これじゃ、コロッケ定食じゃなくてキャベツ定食じゃんよ」

配膳口で学食のおばちゃんにそう言うと、おばちゃんは「じゃ、これ、オマケ」と言ってとんかつとコロッケを皿にのせてくれたうえに、ライスを巨大などんぶりにテンコ盛りした。そして、ウィンクした。おばちゃんのウィンクにはちょっと寒気がしたが、おかげで腹いっぱいになれた。その学食のおばちゃんとは高校3年の秋から冬にかけて恋愛関係になるのだが、それはまた別の話だ。

食後、シェークスピア・ガーデンに寝転んでショッポで一服していたら、やさしいサヨクのためのディベルティメントをくちずさむ薄っぺらな左翼学生にオルグされかけた。私は日本国憲法と軍人勅諭と小林秀雄と三島由紀夫と吉本隆明と大江健三郎と坂口安吾と『古事記』と『万葉集』と『古今和歌集』と『新古今和歌集』と『今昔物語』と『方丈記』と『エゼキエル書』と『碧眼碌』と『甲陽軍鑑』と『葉隠』と『草枕』と『いきの構造』と『侏儒の言葉』と『ライ麦畑のキャッチャー』と『長距離走者の孤独』と『赤ずきんちゃん気をつけて』と『白鳥の歌なんか聴こえない』と『狼なんかこわくない』と『ゴドーを待ちながら』と『絶対の探求』と『人間喜劇』と『複製技術時代の芸術』と『泥棒日記』と『善の研究』と『純粋理性批判』と『精神現象学』と『夢判断』と『孤独な散歩者の夢想』と『シルトの岸辺』と『悪魔の辞典』と『中世の秋』と『存在と無』と『エロスの涙』と『存在と時間』と『世界の共同主観的存在構造』と『異邦人』と『二重らせん』と『セロ弾きのゴーシュ』と『銀河鉄道の夜』と岡林信康と『イムジン河』と『ダニーボーイ』とボブ・ディランとエルヴィス・プレスリーとマイルス・ディヴィスと『至上の愛』と『ケルン・コンサート』と『あしたのジョー』と『ハレンチ学園』と『忍風カムイ外伝』と『サスケ』と『ガキデカ』と谷岡ヤスジとブレヒトとガストン・バシュラールとフッサールとアインシュタインとシュレディンガーと『無伴奏チェロ組曲』とワグナーと『魔笛』を無理矢理組み合わせる「荒技」で論破し、へっぽこ左翼学生を号泣させ、吸いかけのハイライトとまだ封をあけていないハイライトを「供出」させた。凱旋気分でサニーマートのゲームセンターに乗り込み、居合わせたYTCと横須賀学園の「とっぽい奴ら」と路上肉体言語合戦(ストリート・ファイト)をやり、二人は踏みつぶし、残りの三人に組み敷かれたところで、目の前の金沢警察署のぼんくら警官どもにさらに取り押さえられ、補導された。

担任の新米教師が身柄を引き取りに来るまで、3時間にもわたって少年課の萩原という好々爺然とした刑事に諭され、励まされ、握手を求められ、嗚咽された。のちに判明したことだが、萩原さんは中学の同級生の父親であった。縁とはかくも深く、不可思議なものである。成人後も萩原さんとは年に一度くらいのペースで会い、酒を飲み、思い出話、四方山話に花を咲かせたが、先頃、亡くなってしまった。そんなことと、そんなことにまつわることと、そんなことにはいっさいまつわらないことをなつかしく思いだす。たのしい思い出がほとんどだが、ほろ苦いのや甘酸っぱいのもわずかながらある。

横浜市立大学はユニヴァシティというよりも、英国のカレッジといった風情を醸すいい大学だ。質と仕立てのいい英国製シャツのような印象であった。「余計な手を加えていないモスグリーンのモーリス・ミニクーパーのような大学」というわけのわからない形容をあえてしたくなってしまう学び舎である。一時期、進学先の候補にリストアップしたが、「東大進学者数のアップ」を至上命題、金科玉条と崇め奉る愚かな担任と定年間近の木偶の坊学年主任の懇願を受け入れ、受験することはやめた。横浜市大に入っていれば私の人生もまた別の風貌、色づきを呈していたかもしれぬ。

シェークスピア・ガーデンは横浜市大のキャンパスの一隅にある実に魅力的な英国式庭園である。横浜でもっともスローで晴れ晴れとした春が訪れる場所だ。シェークスピア・ガーデンを舞台にした1970年代後半の「いい話」をいつかものにできたらいい。

金沢八景。数えきれぬほどの思い出やら「貸し」やら「借り」やらを置き去りにしてある街だ。いつか取りもどしにいこうと思いながら、もう30年以上の歳月が流れてしまった。「貸し借りなしの人生」が私の決してゆずれぬ信条でもあるので、アデュー、アディオースのときまでには「貸し方/借り方」双方をゼロにし、貸借対照表をきれいさっぱり破り捨てるためにもきっちりとけじめをつけねばなるまい。そして、そののち、『人間最期の言葉』の末尾にでも「辞世」が載るくらいの仕事はしたいものだ。野島橋の欄干にもたれ、平潟湾を染める夕陽に心ふるわせて流した涙がガラス玉だったのか、それともダイヤモンドだったのか。いつか確かめにいかなくてはならない。もちろん、八景島シーパラダイスなど知ったことではない。
 
by enzo_morinari | 2012-09-23 04:32 | 昔々、横浜で。 | Trackback | Comments(0)

千年の記憶と縄文杉の孤独

 
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千年の記憶と縄文杉の孤独
空を見上げ、人生は流れる雲のようなものだとわかったとき、左の前歯がするりと抜けた。そして、森の奥からパット・メセニーの『TRAVELS』が聴こえてきた。背負っていた荷物をすべて放りだし、音のするほうへ、光のただ中へ向かって走った。森の奥、光の中心にそのひとはいた。森のひとだった。森のひとも左の前歯が抜け落ちていた。「やあ。ずっと待っていたよ」と森のひとは薪割りの手を休めて言った。森のひとのまわりに飛び散ったミズナラのかけらが幽けき明滅を繰り返している。

「千年生きた樹は土に還るのに千年かかる。なぜだと思う?」

森のひとは暖炉に薪をくべながらたずねた。

「新しい命を千年かけて育てるため」
「半分正解」
「残りの半分は?」
「千年分の記憶を反芻するためさ。千年かけて朽ち果てながらね。反芻するたびに世界中の樹木たちの痛みは癒される。そして、癒し終えたあと、跡形もなく消える」
「ということは、世界で一番孤独なのは縄文杉だ」

薪が大きな音を立てて爆ぜた。

Travels - Pat Metheny


カリブーはなぜ殺されたか?
厳粛な綱渡りを終えてすぐに死滅する鯨の背に乗って持続する志河を渡る。持続する志河にはカリブーの憤怒の血が流れている。雄々しきツノは無惨にへし折られ、森の息吹と冷気をたっぷりと吸い込んだ毛皮は軽々と剥がされ、鞣され、流通する。冷徹な経済原理はカリブーたちの日々の困難と誇りにはいっさい無頓着である。ガリアの地で英雄を驚嘆させ、讃えられた誇り高き森の王も、いまや追い立てられ、撃ち抜かれ、打ち捨てられる。

カリブーはなぜ殺されるのか?カリブーは快楽のために殺戮される。聖なる日がやってくるたび、思い知るがいい。赤いのはトナカイの鼻ではなく、人間獣の血塗られた手であることを。

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溶ける魚たちが蝟集する磁場としてのシュルレアリスム、あるいはダダイストの呪詛におののくダリ
いまにも指の間から滑り落ちそうなレモン色の平行四辺形によって切り取られた夕暮れの薄暗がりから貌をのぞかせたアンドレ・ブルトンは、浅葱色をした隠喩の法衣を無惨にも剥ぎ取られ、溶け出したベーコンに接吻を捧げている。彼の唇の右端にはフォークが突き刺さっていて、傷口からは蝙蝠傘色のミシンのミニアチュアが無限に吹き出してくる。フォークの持ち手部分に刻印された「その者の魚」が胸びれを痙攣させると、それまでじっと沈黙していたニンフのひとりは静かに瞼を閉じた。そして、ついに世界は『最後の晩餐』に巧妙に隠蔽された鎮魂歌で満たされる。もちろん、この事態に興味を抱く者などサルヴァドール・ドミンゴ・フェリペ・ハシント・ダリ・ドメネクのほかにいるはずもない。

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さて、ミトコンドリア・サーカス団の花形スターとして一世を風靡したサルヴァドール・ドミンゴ・フェリペ・ハシント・ダリ・ドメネクであったが、いまやヤヌスグリーンの庭師に身をやつしてしまった。マトリックス世界の盟主であるクリステの襞の形状に魅入られ、日々をクレブス・ラビリンス造りに費やしている。これは彼にとってはアポトーシスの過程のひとつであって、何者にも止めることはできない。
 
by enzo_morinari | 2012-09-22 19:30 | 虹のコヨーテ | Trackback | Comments(0)