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カテゴリ:トラヴァイエ・アンデパンダンという生き方( 1 )

トラヴァイエ・アンデパンダンという生き方/完全自由、独立独歩、自主自律、無審査、無評価。

 
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飛ぶ豚はいつかどこかに着陸するが、飛ばない豚はどこにも行けない。喰われるのを待つだけだ。

Un travailleur indépendant sur deux n'est pas couvert en prévoyance santé.


生きることはうんざりするほどの困難と困憊と胡乱と狷介と剣呑と辟易と跛行と愚劣と愚鈍がともなう。審査され、評価され、能書き御託をほざかれる。「てめえなんぞにエラそうな御託能書きを言われる筋合いはねえ!」と何度言ってきたことか。

1983年の夏の初め。私はトラヴァイエ・アンデパンダン宣言をした。完全自由/自主自律/独立独歩。つまり、フリーランス宣言だ。

好きに生きる。下げたくない頭は下げない。守旧派、脳みそがかたくなって口の臭い年寄りとは絶対にかかわらない。しがらみにふりまわされない。責任はすべて自分が引き受ける。自分が自分を審査し、評価する。野垂れ死ぬことも覚悟した。

気分はすごくよくなった。風向きも風通しもよくなった。腹の虫の機嫌はおおむねよかったが、しょっちゅうグーグー鳴った。「なんか喰わせろ!」と。

「いまにこの白刃で世界もろともおまえたちをぶった切ってやる。細切れにしてやる」と思いつづけた。ルサンチマンの塊だった。初めのうちは錆ついていたナイフは日ごとに鋭くなっていった。

抜けば玉散る氷の刃。いつの日からか、トラヴァイエ・アンデパンダン宣言をしてから1年も経った頃か。不意にこの世界のすべてを真っぷたつにできるとわかった。それは確信だった。これっぽっちも揺らぎはなかった。これで駄目ならそんな鈍ら刀は折れちまえとも覚悟を決めた。そんな思いの日々だった。

いい年をぶっこいてよく腹がへった。腹は決まっていたがちょくちょく腹の虫が鳴った。鉄管ビールで凌いだ最長は9日だ。ポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウどもが「オサレなランチ」やら「豪華絢爛ステキステキのディナー」やらを喰い、「仲良しとグルメ温泉ツアー」にうつつを抜かしている頃、私はひたすら我が刃を研いでいた。

そのような日々が1年ほどもつづいた。何度も心が折れかけた。そのたびに、「おれに心なんかない。ない心が折れることはない」と言い聞かせ、自分で自分に鞭をくれてやった。そして、ついに思いもよらない方向から大風は吹いた。

扉は開いた。扉の向こう側には数えきれないほどのボタンがあり、いろんな匂いのする風が吹き、世界中の酒場が私を待っていた。私は注意深く、可能なかぎりのボタンをかけ、風のゆくえを見届け、そして、浴びるほど、そうだ、浴びるほど酒を飲んだ。

信じがたいほどにデカいゼニをもたらす大きな仕事が次から次へとスペシャル・デリバリーでやってきた。どれもこれも、ワクドキの仕事だった。しかも、Funny&Funky. ゲラゲラ笑いながら仕事した。徹夜も苦にならなかった。世界一の大金持ちになるのも夢ではないとさえ思った。もちろん、そうはならなかった。しかし、大笑いした。おもしろかったからだ。おもしろくなければ生きている意味がない。

かくして、くたばるまでトラヴァイエ・アンデパンダンはつづく。


Aretha Franklin - Think (feat. The Blues Brothers)
 
by enzo_morinari | 2019-06-02 01:32 | トラヴァイエ・アンデパンダンという生き方 | Trackback | Comments(0)