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カテゴリ:アンドロメダの男と石を眺める女の子( 1 )

アンドロメダの男と石を眺める女の子

 
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なぜ自分は星なんか眺めているんだろうとときどき考える。答えは見つからないが、考えることで気分はすごくよくなる。大切なのは、星を眺め、考えることだ。眺める星はどれでもいいし、考えることはなんでもいい。 Estrellita Seeker


アンドロメダからやってきたのだと男は言った。自分こそが星を継ぐ者なのだとも言った。1998年の冬の初めのことだ。私は男の言葉を信じた。ほかにはなにひとつ信じるにあたいするものがなかったからだ。今では、男の言葉を信じてよかったと思える。少なくとも男とすごしたあいだ、私には信じるにあたいするものが確実にあったのだから。

男が訪ねてきたとき、私はサード・ワールドの気の抜けたレゲエをエンドレスで聴きながら、牧舎の設計図面を引いているところだった。午後から降りだした雨が夕方には雪にかわっていた。扉を強い力で叩く音がしたのは20時を少しすぎた頃である。扉をあけるとずぶ濡れの見知らぬ男が全身を震わせながら立っていた。男は鉛のように無表情で、手には銀色に輝く円柱状の棒を握りしめていた。私は身構えたが、すぐに警戒をといた。アンドロメダからやってきたのだと男が言ったからだ。「アンドロメダなら毎日見ていたよ。」と私は答え、男を招き入れた。男の眼の奥にかすかな光がともった。

アンドロメダの男が姿を現わしてから3日後、東京の光学機器メーカーに特別注文していた天体望遠鏡が届いた。アンドロメダの男と二人でバルコニーに望遠鏡を据えつける作業に半日を費やした。その作業のあいだ、私たちはエビスビールの350 ㎖缶を1ダースずつのみ、オムレツを3枚食べた。オムレツはアンドロメダの男が作ったが、そのできばえは玄人はだしだった。およそ私がそれまでに食べてきたどのオムレツよりも繊細で優雅で誠実で気品にあふれ、なによりもハイドンの弦楽四重奏的だった。まさに最上の部類に属するオムレツである。完璧と言ってもよい。表面に軽くフォークが触れるだけで、滑らかな半熟状態の中身がこぼれでてきた。

「どこでオムレツの作り方を?」

私がたずねると、アンドロメダの男は真顔で答えた。

「だれにだって、触れられたくない過去のひとつやふたつはある。」

アンドロメダの男の言うとおりだった。

私の生活の基本は自給自足である。畑を耕し、鶏を飼育する。夜明けとともに起床し、畑を耕し、鶏舎の鶏の世話をし、採卵する。午後の数時間、CADを使ってログキャビンの設計図を引く。たまに恋文や絶縁状や学士論文や立ち退きを求める家主の内容証明郵便の下書きや貸金返還請求訴訟の訴状の代筆もする。ブログの代筆という不思議な依頼もあった。さらに「ボクのかわりに女の子とスカイプチャットをやって、彼女を口説き落としてください。」というとんでもない依頼すらあった。もちろん、すべてよろこんでお引き受けするが、クライアントのメンタリティが私にはいまひとつ理解できない。時代はかわったものだ。しかし、仕事は仕事である。

現在、継続中の大仕事は「2ちゃんねんるをつぶしてください。」という依頼にもとづくものである。ある地方都市に住むお年寄りからの依頼だ。事情をたずねると、お孫さんが悪名高い「2ちゃんねる」で罵詈雑言、根拠のない非難中傷を長期間にわたり浴びせられたあげくに、さまざまな個人情報をさらされ、ついには投身自殺してしまったというのだった。そして、なんとしても恨みを晴らしたい、復讐をしたいというのである。私が必要経費等は返せないが、期待にそえなかった場合はギャランティの70パーセントを返す旨伝えると、即座に私が指定したインターネット銀行の口座に手付金として200万円が振りこまれてきた。「あなたの仕事はずっとみてきた。いま、あなたは私が信用できる唯一のひとだ。どうかよろしくおねがいいたします。」という内容のメールが着信したのはその直後だった。私は自分の本名、住所、携帯電話番号などの個人情報を記し、返信した。

ログキャビンの設計図面引きと種々の代筆は、私にとっては、すべて「インターネット・ビジネス」である。固定客はそこそこいて、メールや私の開設している掲示板、チャットルーム、スカイプを通じて注文がくる。空いた時間には音楽を聴き、本を読み、星を観測する。その繰りかえしだ。余計なことは考えない。考えたところで、結局、答えは出ないからだ。考えれば考えるほど、混みいった事情をかかえる選択肢がふえるだけだ。私はもう、疲れることに疲れ果てたのだ。

アンドロメダの男がやってきて5日目。たまたま入ったあるチャットルームで不思議な女の子と知り合った。

>>いつもなにをしてすごしているの?
>>星を眺めてる。きみは?
>>石を眺めてる。似てるね。あなたとわたし。
>>星も大きな石みたいなもんだからね。
>>じゃ、石はちっちゃな星だ。ね?そうでしょ?
>>きみの言うとおりだよ。で、眺める石には好みとかあるの?
>>ないよ。石なら手当たりしだい。なんでも。
>>すごいな。
>>たまに念力で石を動かしちゃうこともあるんだよ。
>>え!?
>>うそ。w
>>www

その日以来、私は石を眺める女の子とチャットをして、夜ふけの数時間をすごすようになった。

私は冬のあいだずっと星を観測し、宇宙のことを考える。そのためにこそ東京を離れ、高原に移り住んだのだ。私の宇宙への焦がれるがごとき思いは、春の星座の訪れとともに消え去る。目標の天体を捉え、覗き穴から見ながら、なぜ自分は星なんか眺めているんだろうとときどき考える。答えは見つからないが、考えることで気分はすごくよくなる。大切なのは、星を眺め、考えることだ。眺める星はどれでもいいし、考えることはなんでもいい。


When You Wish Upon a Star/星に願いを

Stardust - Glenn Miller & His Orchestra

Stardust - Nat “King” Cole

Moonlight Serenade - Glenn Miller & His Orchestra

冬の星座 (文部省唱歌/昭和22年) 土居裕子

Passeio Nas Estrelas/星の散歩 Lisa Ono/小野リサ (1989)

Estrellita/小さな星 - Itzhak Perlman & Placido Domingo

Estrellita/小さな星 - Alondra de la Parra (Travieso Carmesi/2011)
 
by enzo_morinari | 2019-05-18 18:20 | アンドロメダの男と石を眺める女の子 | Trackback | Comments(0)