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カテゴリ:悪ガキ練習帳( 6 )

悪ガキ練習帳/1972年横浜闘蜘蛛選手権 ダイナマイト・キッズ、かく闘えり。

 
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Jumping Spiderは跳梁し、思考し、試行し、至高の闘いをする。


1970年代初頭、横浜の悪ガキのあいだでホンチ(ハエトリグモ)を闘わせる闘蜘蛛/蜘蛛相撲/総合蜘蛛格闘技が大流行した。勉強やスポーツで1番になれなくても、強いホンチを持っていればヒーローになれる時代だった。生来の興行師でもある私は「1972年横浜闘蜘蛛選手権」を開催した。

ホンチ箱を自作し、のちには子分どもに手間賃をやって大量生産して売った。駄菓子屋や文房具屋にも卸した。ものすごく儲かった。厚紙に黒い色紙を貼り、ゴム印で「ホンチ」の金色のスタンプを押す。ホンチ・スタンプはゴム板に手彫りした。門外不出。私のホンチ箱はホンチ・スタンプが押されて完成する。偽造防止にも役立った。私のホンチ箱を「横浜闘蜘蛛選手権」の参加証にした。

ホンチ博士と呼ばれているじいさんがいた。生まれは千葉の富津。育ちは横浜。ホンチ博士が横浜にホンチを広めたと言われていた。千葉の富津はホンチのことをフンチと呼び、蜘蛛相撲が盛んだ。今思えば、ホンチ博士は片桐はいりにすごく似ていた。将棋の駒、下駄のような顔だった。

私はホンチ博士に教わった猿屋敷のウバメガシの生垣で筋のいいババ(ハエトリグモのこども。成長するとホンチ)を捕獲し、育てた。私は彼にダイナマイト・キッズという名前をつけた。腹の模様は金色のキンケツ。激レアだった。

ダイナマイト・キッズは連戦連勝、無敵だった。不戦勝が相次いだ。ダイナマイト・キッズは対戦相手を食いちぎり、致命的なダメージを与えることが知れわたっていたのだ。手加減なし。容赦なし。私のスタイルそのものだった。ダイナマイト・キッズは勝利すると私のほうをふりかえり、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

旺盛な闘争心、すさまじいまでの獰猛さ、そして、知性。ダイナマイト・キッズは私によく似ていた。ダイナマイト・キッズの得意技/必殺技はFuckin' Jumpin' Jack FlashとJunky Funky Sneakers Snickersだ。

ダイナマイト・キッズは1974年の夏の初めに天国行きの雲に乗った。今朝方、太平洋高気圧がもたらした夏雲に乗って帰ってきた。45年ぶりの再会だった。それは「ホンチの日々」の再開を意味した。悪ガキ仲間は蜘蛛の子を散らすようにくたばってしまったが、やがてやつらも帰ってくるだろう。2019年横浜闘蜘蛛選手権の始まりだ。

悪ガキの日々は終わらない。ほこりまみれのカビ臭い古本や病気や人間関係のしがらみのちまちまと辛気臭い話、しみったれた話に用はない。物静かに退場命令を発令する。


Jumping Spider

Jumpin' Jack Flash - The Rolling Stones (Original Single Mono Version/1964)
 
by enzo_morinari | 2019-06-27 08:13 | 悪ガキ練習帳 | Trackback | Comments(0)

悪ガキ練習帳/Highway Star, Speedster. 1975年、ボソ族の夏。緊張と快楽と暴力と暴走の夏。

 
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喪失と成熟は表裏一体である。

いつでも過激! どこでも攻撃!

Hoka Hey! Ya Ta Hey! 戦うにはいい日だ! 死ぬには手頃な日だ!

いつでもどこでもアクセル全開、レッド・ゾーン、フル・スロットルだ。


1975年、高校2年の夏休み。SHBL(Speedster Hash By Law)というチームをつくり、ひと夏だけボソ族をやった。全員黒ずくめ、スキンヘッド、人殺し道具常備、逃げない、ゆるさない、カンベンしない。歩き集会でクルマやバイクを強奪した。身ぐるみ剥いだ。壊した。つぶした。消した。ケムリにした。捨てた。埋めた。燃やした。

SHBLの掟
1. いかなるときにもスピード狂たれ。
2. いかなるときにもレッド・ゾーン、フル・スロットル。
3. いかなるときにもスピード違反せよ。
4. いかなる検問も突破せよ。
5. いかなる有機溶剤の吸引も禁止。(Hash推奨。ケミカル系は厳禁)
6. 合い言葉は「ホカヘー! ヤタヘー!(Hoka Hey! Ya Ta Hey!/戦うにはいい日だ! 死ぬには手頃な日だ!)」

東京と神奈川のボソ族が湘南の覇権を争った七里ヶ浜抗争事件には日本刀を持っていった。ぶった切り、殺すつもりで相手の集団に突っこんだ。逃げられた。逃げ足の速いやつらだった。当時の写真をみると鬼、阿修羅だ。目はつりあがり、爛々と輝いている。なにもかもを灼きつくし、ぶち壊したかった。強固な破壊衝動、破滅衝動に彩られた日々を生き、修羅の群れの真っ只中を走り抜けた。行く手を遮り、邪魔するものはだれであろうとなんであろうと、手加減なし容赦なしで踏みつぶした。

ひと夏のボソ族の日々でえたものは痛みの記憶と法廷における弁論の手法/知識だけだ。3人が死に、8人が中等少年院、2人が久里浜の特別少年院に送られた。

七里ヶ浜抗争事件で、私は検察官に逆送され、少年審判ではなく刑事裁判として横浜地裁案件となった。横浜家裁はむすんでひらいてチーチーパッパのお遊戯会をやる場所だ。性に合わないのでかえってよかった。

代理人弁護士なし。すべて自分で準備書面を書き、証人尋問および弁論をやった。最高裁まで争い、無罪を勝ち取った。毒樹の果実の法理とカルネアーデスの板の法理で徹底的に公判検事をやりこめた。完全勝利だった。それでも、えたものなどなにもない。失ったものもない。だから、あの夏で私は成熟することができなかった。喪失と成熟は表裏一体なのだということを学べたことが収穫と言えば言えないこともない。

1975年のボソ族の夏。緊張と快楽と暴力と暴走の夏。反省も後悔もない。それでいい。反省も後悔も係ではない。反省と後悔は、安全圏を決して外れず、つねに逃げ道をいく、要領のいい狡猾なたぐいの輩に任せてある。


Hoka Hey! Ya Ta Hey! 戦うにはいい日だ! 死ぬには手頃な日だ! いつでもどこでもアクセル全開、レッド・ゾーン、フル・スロットルだ。


Highway Star - Deep Purple (1972)

Brick Mansions/フルスロットル (Movie/2004)
 
by enzo_morinari | 2019-06-19 18:08 | 悪ガキ練習帳 | Trackback | Comments(0)

悪ガキ練習帳/1970年代半ばの狂気の時代 アンパン? ピアス? 茶髪? ダメ! ゼッタイ! でも、ガスパンはヤターヨ。

 
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1970年代半ば。アンパンとピアスと茶髪禁止。アンパン(シンナー遊び/シンナー吸引)とピアスと茶髪は絶対にゆるさなかった。ピアスをしていたら耳たぶから引きちぎった。茶髪は即バリカンで丸坊主に。丸坊主にしたやつには「きょうからおまえは珍念だ」と言ってやった。アンパン小僧(息を吐かせて有機溶剤のニオイのするやつ)は手加減なし容赦なしで袋叩きにした。一緒にアンパンをやったやつも白状させて、そいつもおなじようにシメた。地元はもちろん、よその街にまで「アンパン小僧狩り」のために遠征した。

硬派だったわけではない。ナンパはしまくった。同世代の女の子には鼻も引っかけなかったが、年上は引っかけまくった。最低でも5歳年上。中心は母親くらい歳の離れた主婦。女教師や同級生の母親と姉ちゃん。親子どんぶりもよくやった。14歳から17歳までの恋愛相手は通っていた中学の理科の千崎マリコ先生だ。49歳、独身だった。実験室でヤりまくった。葉山の大豪邸に高齢の母親と住んでいた。週末には必ず泊まりに行った。

さて、ガスパンの話だ。ライターのガスを吸引するとぶっ飛ぶことを発見したのはまったくの偶然だった。使い捨て100円ライターのチルチルミチルが世に出て間もない頃だった。火のつきが悪いので耳を当てたり、ガスのにおいを確かめているときにガスを深く吸いこんだ。クラクラした。共用ガスボンベの1番大きなやつを500円で買った。そして、枕に染みこませ、顔を当てて吸った。Pink Floydの”The Dark Side Of The Moon/狂気”を聴きながら吸った。

幻覚/幻聴/幻影/妄想/酩酊。神奈川県立図書館で調べて、ブタンガスの薬理作用と酸欠が幻覚/幻聴/幻影/妄想/酩酊をもたらすことがわかった。

LPレコードに針を落とすときに手元が狂ってスクラッチさせると、針先から「レコード針を大切にしよう!」と記されたプラカードを掲げた蟻が次から次に出てきた。ポータブル・レコードプレーヤーのスピーカーから千崎マリコ先生が上半身を出して、「悪い子ねえ」と言って頭を何度も撫でられた。ラジカセに手足が生えてひゅるりひゅるりと奇妙なダンスを踊った。バーブラ・ストライサンドが”The Way We Were”を歌いながら全裸で座禅を組んでいた。その横にはペニスを激しく勃起させた山のように巨大な鈴木大拙が立ちはだかっていた。

悪ガキどものたまり場でガスパンの話をするとガスパンはあっという間に横浜中の不良どもに広まった。プロパンガスを吸うやつさえあらわれた。ガスパンが元で不幸な事件事故が多発した。自分で始めておきながらガスパンも全面禁止にした。「狂気の時代」の終焉だった。

今ではよくあんぱんを喰う。ヤマザキの薄皮粒あんぱんだが。男のピアスと茶髪は変わることなく大きらいである。


The Great Gig in The Sky - Pink Floyd (The Dark Side of the Moon/狂気 1973)
 
by enzo_morinari | 2019-05-29 04:13 | 悪ガキ練習帳 | Trackback | Comments(0)

悪ガキ練習帳/ソフトエクレアかノースキャロライナかブラッシカ・オレラケアか。それが問題だ。

 
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Yesterday Once More? 冗談じゃない。すべては1度で十分だ。

キャロライン洋子が57歳だってえ?! ノースキャロライナに目がまわるってのよ!


1973年、中学3年の夏休み目前の日曜日の雨上がりの昼下がり。私とピー助とアキンボの悪ガキ3匹。3匹の有り金合わせて245円。3匹とも昼めしにありつけず、腹がグーグー鳴っていた。モクもなかった。

「腹へったな」と私が言うとピー助が激しく同意した。気取り屋A( )Cのアキンボは首をコキコキ鳴らした。

「カツアゲしようにも休みだから学生いないしな。パチンコ屋行って、ちんぴらヤクザにたかるか?」
「きょうはやめとこうぜ」とピー助。
「やめようよ」とアキンボ。
「じゃ、どうするよ?」と私。
「どうすっかな」とピー助。
「そうだ! スノーにめし作ってもってこさせよう! カネももらおう」と私。スノーは私の追っかけ軍団の団長だ。地元でも有名な金持ちの家の一人娘。同級生だった。

私は目の前の公衆電話ボックスに飛びこみ、5円玉と10円玉を使ったタダ電話でスノーの家に電話した。スノーは出かけていていなかった。電話の切り際にスノーの母親は「いつ聴いてもいい声ね」とため息混じりに言った。「今度、じかに耳元で聴かせますよ」と言うと、スノーの母親は鼓膜が破れそうなほど大きな声で「約束よ!」と言った。

「スノーいねえよ。さて、どうするかな。京急ストアでチャンサイすっか?」
「それもきょうはやめとこうぜ」
「うん。やめようよ」
「300円もねえってのにどうすんだよ?」

ピー助もアキンボもうつむく。

「じゃ、こうしよう。ショッポをひと箱。これははずせない。てことは、残りは195円だ。不二家のソフトエクレアかノースキャロライナならひと袋買えるから、どっちか」
「ソフトエクレア」とピー助。
「ノースキャロライナ」とアキンボ。
「めんどくさいやつらだな。ソフトエクレアもノースキャロライナも腹はいっぱいにならないから、ブルドッグ・ソースとキャベツを買えるだけ買う。いいな?」

二人とも同意した。アキンボにカネを渡し、「京急ストアでブルドッグ・ソース買ってこいよ。ウスターソースな。残ったゼニでキャベツを買えるだけ。おれはちょっと用足ししてくる」と言って元町のUNIONに向かった。

ピー助とアキンボがキャベツ5玉とブルドッグ・ソースのウスターソースを前に私が戻ってくるのを待っていた。

「ほらよ。ソフトエクレアとノースキャロライナをひと袋ずつだ」

ピー助とアキンボの前にソフトエクレアとノースキャロライナをひと袋ずつ、合計4袋放り投げた。

「え?」
「どうしたのよ?」
「偶然、UNIONにソフトエクレアとノースキャロライナが3袋ずつ落ちてた。だから、拾ってきた」
「そういうことか」
「さすが!」

ソフトエクレアのバニラクリーム味を奪い合った遠い日々から45年が経ってしまった。ピー助もアキンボもとうの昔に死に、悪ガキ仲間で生き残っているのは私だけだ。憎まれっ子世に憚るというのは本当である。


あの日にかえりたい 荒井由実 (1975)

Yesterday Once More - The Carpenters (1973)
 
by enzo_morinari | 2019-05-28 19:49 | 悪ガキ練習帳 | Trackback | Comments(0)

悪ガキ練習帳/カツ丼、鮨、天ぷら。利益誘導と叛逆児の面目

 
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他者はつねに敵である。自己と他者は永遠に交わることのない2本の平行線である。他者に好意を持つことは明瞭に敗北である。(悪ガキ練習帳シュライブ002)


「そんなにつっぱらかるなって。それよりか、腹へっただろう? 昼前からだから。めし喰いにいこう」

クマダはホトケさまのような顔で言った。

「めし? カネねえよ」
「おれのおごりだよ」
「ふん。なんだ。利益誘導か。供述の証拠価値がゼロになるぜ。警察学校で習わなかったのかよ」
「調べはこれでおしまい」
「おしまい? 嫌疑不十分か?」
「不十分じゃなくて、嫌疑なしだ」
「愚かな自白偏重主義がもたらした違法不当に拘束された3時間42分の代償は? 国家賠償法に基づいて賠償請求の訴えを起こさなきゃな」
「おいおい。もうすぐ定年のじいさんをいじめるなよ」
「負けを認めるんだな」
「ああ。おまえの勝ちだ」
「完全勝利だな。Amat Victoria Curamってことだ」
「え? なに?」
「周到な準備が勝利を招くって意味だ」
「恐れいりました」

クマダは机に額がつくくらいに深々と頭を下げた。

私とクマダは加賀町警察署を出て中華街を抜け、本町通りでタクシーに乗った。向かった先は野毛。マリン・タワーの野郎がしきりにウィンクしてきたが、華麗にスルーした。腹の虫がグーグーGoogle鳴った。クマダがクククと声を押し殺して笑った。クマダが好きになりかけていることに気づいて、少し癪にさわり、少しうれしかった。好きになったらおれの負けだとも思った。

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by enzo_morinari | 2019-05-17 12:04 | 悪ガキ練習帳 | Trackback | Comments(0)

悪ガキ練習帳/おまえのようなタイプのワルはいなかった。(少年課のベテラン刑事)

 
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カイエ・ソバージュはつねにカイエ・ギャルネマンの露払いであり、ソバ湯の代用品にもならないハンパものである。(悪ガキ練習帳シュライブ001)


「30年近く悪ガキをみてきたが、おまえのようなタイプのワルはいなかった」

加賀町警察署少年課課長のクマダはあきれ顔でそう言った。

「不良は家が貧乏で、モノ欲しさカネ欲しさに万引き、かっぱらい、カツアゲをやる。だけど、おまえはそうじゃない。おまえは悪いことするのをたのしんでるだろう?」
「黙秘権の行使を表明すると言ったら?」
「なんで小学生が黙秘権なんて言葉を知ってるんだ?」
「黙秘する。取調室に入ってからもう3時間だ。証拠の任意性がどんどん失われていくぜ。公判維持も難しくなる。あっ! いいこと思いついたぞ。机に顔を叩きつけて鼻の骨でも折るってのはどうよ? 刑法第195条の特別公務員暴行陵虐罪は重罪だぜ。7年以下の懲役か禁錮。もうすぐ定年だってのにかわいそうにな。懲戒免職で退職金もなし。へたをすりゃ、実刑だ。窃盗の罪より軽いのは納得いかないけど、まあいい。児相からトンソこくのなんか朝めし前のお茶の子さいさいだしな。それに、少年法っておマヌケな法律のおかげで14歳まではやり放題だ。キチガイのふりすりゃ、責任能力なしでお咎めは一切なし。キチガイのふりうまいぜ、おれは。ホントはモノホンのキチガイなんだけどな。ウケケケケ」


Michael Jackson - Bad (Official Video)

Bad Boy Good Man - Tape Five (Feat. Henrik Wager)
 
by enzo_morinari | 2019-05-17 03:10 | 悪ガキ練習帳 | Trackback | Comments(0)