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カテゴリ:プフの森の物語( 7 )

プフの森/赤いギンガムチェックのテーブルクロスがかかったテーブル越しにターシャ・チューダー・ガーデンを時間をかけて眺めることから1日は始まる。

 
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19世紀の西部開拓時代スタイルのスローライフを求めて。Paradise Seeker

庭づくりとは自分の手と足と眼と耳と鼻と心で地上に天国/楽園をつくることである。Paradise Seeker

静かな水の物語とイングリッシュ・ガーデン・ライフは楽園の記憶をよみがえらせる。Paradise Seeker


タチアナ・チュードル。本名ターシャ・チューダーがやってきたのは春の終わりの夕暮れのことだった。2008年の6月に92歳と9ヶ月21日で死んだターシャ・チューダーは30代半ばの実に魅力的なカントリー・レディとして現れた。ターシャ・チューダーが現れる前にロサ・ユゴニスとルピナスが一斉に開花し、大きな電話のベルの音がした。

ターシャ・チューダーがやってきた夜、空には美しく申し分なく言い訳のないPumpkin Moonshineが輝いた。

暖炉の前のロッキング・チェアに座って繕いものをしていたターシャ・チューダーはいつしか静かな水のような寝息を立て始めた。ターシャ・チューダーはわずかにからだをピクッとさせたあとに「チューダー朝にオッペケペー」と寝言を言った。

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赤いギンガムチェックのテーブルクロスがかかったテーブル越しにターシャ・チューダー・ガーデンを時間をかけて眺めることから1日は始まる。

テーブルに陽の光が射すと空から電話のベルの音が鳴り響き、つづいてターシャ・チューダーのそよ風のような声が聴こえる。きれいな正統派のQueens Englishで。

「オッペケペー! オッペケペー! オッペケペーのハッカラモケソケヘッケレピー!」


Great Tasha Tudor
 
by enzo_morinari | 2019-05-31 11:01 | プフの森の物語 | Trackback | Comments(0)

プフの森の物語/間の山の遊牧民食堂と豊饒の海のLa Marée De Foecunditatisのための24分間の交響的素描

 
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数学的な文体で書かれた理性の詩と詩の文体で書かれた心と感性の数学


間の山/遊牧民の山/Mt. Nomadことラウダバイン山の頂上にはプフの森を一望し、豊饒の海/Mare Foecunditatisを見渡すことのできるレストランがある。『遊牧民食堂』だ。ラウダバイン山の裾野を取りかこむかたちでプフの森は広がっている。

プフの森には七つの沼がある。赤い沼、青い沼、緑の沼、瑠璃色の沼、若い沼、弁天沼、そして、龍神の沼だ。それぞれの沼には宇宙を支配する巨大な意志の力によって呪いがかけられている。

プフの森の東の際には豊饒の海の毘沙門湾に面したレストランがある。『La Marée De Foecunditatis』である。『La Marée De Foecunditatis』には受動性としての身体の「闇」を認識によって能動性へ引き上げる「光」をみることのできる窓がある。


La Mer/海 Claude Debussy/クロード・ドビュッシー (La Mer, Trois esquisses symphoniques pour orchestre 海: 管弦楽のための3つの交響的素描/1903 -1905)
 
by enzo_morinari | 2019-05-28 05:36 | プフの森の物語 | Trackback | Comments(0)

プフの森の物語/一千億の森、一千億の蜩、一千億の旅

 
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人間は百年の旅の最中/旅の途中で死ぬ。樹木は千年かけて森になる。千年の森もやがて消え、一千億年の森となる。一千億年の森では一千億の蜩が降る星のごとくに鳴きしきり、一千億の旅人を絶えることなく慰撫する。かくして、円環は閉じられる。


一千億の蜩

一千億の旅 一千億の旅人
 
by enzo_morinari | 2019-05-13 18:24 | プフの森の物語 | Trackback | Comments(0)

プフの森への旅の最中に出会ったマルタ島の看護婦の倒木更新に関する記録をめぐって

 
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森が死ぬとき人も死ぬ。 Hopi Prophecies

森は最良の医師である。 14 Wolves in Yellowstone National Park

人間だけが「大いなる循環」の環の埒外にいる。 Forest Seeker

1本のブナの木が地形/地質/水質/風向き/生態系/植生/文化/風土をかえる。 Forest Seeker

1本のブナの木が絶妙の調和を生みだす。人間は調和を乱すことはあっても作ることできない。 Forest Seeker

森は宇宙のすべてを記憶している。 Forest Seeker

王蟲の死の行進は倒木更新である。 Forest Seeker

人間は百年で死ぬ。樹木は千年かけて森になる。森のひと

自分が世界からいなくなったあとの世界のありようを考えるとうれしくなる。自分がいようといまいと生きていようと生きていまいとビクともしない世界の強靭にして強固なありように。森のひと

泣け! もっと泣け! プフの森のために泣け! ブルーヘブンの森とイコロの森のためにも泣け! 世界中のありとあらゆる森のために泣け! 癒せ! Forest Seeker

なるようにしかならなくても、自分が死んでこの世界からいなくなったあとも、エゾシカやキタキツネやエゾリスやナナホシテントウやカタツムリや名も知らぬ虫たちやスギナや矢車草やエゾエンゴサクや福寿草やウバユリやヘレボルスやエビガライチゴやフォンシオンやタツタ草やサンギナリアやおきな草や野バラやヤブツバキやツワブキやグースベリーやパンタグリュエル草やSanguinaria Canadensis Flore Plenoやハルニレの木やブルーヘブンの森やイコロの森たちが残ってくれたら、それでいい。葉っぱちゃん(Plant Planetarian)

空を見上げ、人生は流れる雲のようなものだとわかったとき、左の前歯がするりと抜けた。森の奥からパット・メセニーの”Travels”が聴こえてきた。背負っていた荷物をすべて放りだし、音のするほうへ、光のただ中へ向かって走った。森の奥、光の中心にそのひとはいた。森のひとだった。森のひとも左の前歯が抜け落ちていた。「やあ。ずっと待っていたよ」と森のひとは薪割りの手をやすめて言った。森のひとのまわりに飛び散ったミズナラのかけらが幽けき明滅を繰り返している。(虹のコヨーテ)


縄文杉の孤独について考えつづけた時期がある。大震災の5年前、2006年の春から秋にかけて。十里木時代である。森のひとのモデルになった人物とのやりとりは以下のとおり。

「千年生きた樹は土に還るのに千年かかる。なぜだと思う?」

森のひとは暖炉に薪をくべながらたずねた。私は答える。

「マルタ島のインフェルミエーラが新しい命を千年かけて育てるため」
「マルタ島の看護婦って?」
「Nurse Log. 倒木更新」
「ははは。なるほどね。でも、半分正解」
「残りの半分は?」
「千年分の記憶を反芻するためさ。千年かけて朽ち果てながらね。反芻するたびに世界中の樹木たちの痛みは回収され、癒される。そして、癒し終えたあと、跡形もなく消える」
「ということは、世界で一番孤独なのは縄文杉だ」
「縄文杉はなぜ孤独?」
「自分以外のすべてが朽ち果て、跡形もなく消えていくのを見つづけてきたからです。たったひとりで。これからもずっと。...縄文杉は死にたいと思ったことはないのかな」
「死を願うのも、みずから死を選ぶのも人間だけだ。愚かにもね」
「ですね」
「旅のさなか、旅の途中」
「え?」
「旅はつづく。円環はいつか閉じられる。円環が閉じられるまで旅はつづけなくちゃならない。つらく寒くひもじく、孤独と困難と困憊にまみれた旅であってもね」

そのとき、暖炉の薪が大きな音を立てて爆ぜる。私はすごく驚くのだが、森のひとは平然としていた。

「世界中の樹木たちが喜んでる」

それだけ言うと、森のひとは静かに目を閉じ、うつむき、寝息を立てはじめた。

森のひとは大震災の3年後、癌との10年に及ぶ孤独な闘病の果てに、巨木がゆっくりと倒れるように死んだ。静かで穏やかで厳かで深く潔く屈託のない死に顔だった。その亡骸は遺言どおり、世界樹ユグドラシルの根方に埋葬された。幾千億の香りたつヒッコリーのチップと冷たいリラの花びらとともに。

私とのやりとりのとき、森のひとはすでに自分の死期を正確に読みきっていたように思える。「生まれる。生きる。死ぬ。それだけのこと」というのが森のひとの口ぐせだ。

いまでもときどき、縄文杉の孤独について考える。そして、森のひとは自分の死期を知りながらいったいなにを反芻していたのだろうかとも。もちろん、答えなど出ない。答えは永遠の闇の奥にある。やはり、森のひとは心の中で、あるいは口に出して「生まれる。生きる。死ぬ。それだけのこと」と繰り返し言っていたのか。「旅のさなか、旅の途中」とも。

そのとき、暖炉の薪は爆ぜただろうか? 森のひとの好きだったパット・メセニーの”Travels”は愛機であるTANNOYのRoyal Oakからどんなふうに聞こえていたのか? やはり、答えは永遠の闇の奥にある。


森のひとはカーツ大佐が息をひそめて棲まう縄文杉の千年の記憶の孤独の森を亜音速の千鳥足で疾走する。その魂が安らかな寝息を立てるのは世界樹ユグドラシルの樹上であり、裸身白湯巻き姿のテンギャン・クマグス先生が腕を組んで仁王立ちする松の古木の粘菌の巣であり、ぼのぼのやシマリスくんやアライグマくんやスナドリネコさんやしまっちゃうおじさんが住む海と山と川と森と空が出会う場所にあるトパンガの丘の大きな木であり、『ダニーボーイ』が聞こえ、マザー・ツリーのコールドクリームのにおいのするクモモの木の揺りかごの中であり、ガンプの森のマラソンの小径であり、ロイヤル・オークの木陰であり、Flower Travellin' Bandの”SATORI”がペイズリー・フラクタルに流れる神の草のフラワー・トップスであり、ゴータマ・シッダルータが降魔成道を果たして悟りを開いたブッダガヤーのインド菩提樹の根方であり、シューベルトの『冬の旅第5曲 リンデンバウム』のE線上であり、テネレのアカシアの木の墓標であり、ハイペリオンの115.55メートルの頂点であり、海賊パンターニの魂が宿るラルプ・デュエズ峠のトウヒの林であり、フォーティンゴールの櫟の木の年輪であり、ニーチェが思索するかく語るゾロアスターの糸杉に匿された秘密の塔のアヴェスターの中心であり、天空神ランギヌイと地母神パパトゥアヌクの息子の森の神タウリの樹皮であり、メキシコ落羽松のトゥーレの木の板根であり、世界の果てにあるヒッコリーの森の木樵小屋の屋根裏部屋であり、ユタ州のフィッシュレイク国立森林公園にある100万年前に誕生してひとつの根系でつながって拡張しつづけている5万本におよぶアメリカ山鳴らしの群生林風にそよぐ巨人の私は拡張するという呟きであり、最古の木オールド・ティッコの小枝の先であり、鬼ごっこ好きの双葉の頃より芳しい栴檀のような延陽伯お手植えのケサハドフウハゲシュウシテショウシャガンニュウスヨッテクダンノゴトシスタンブビョーに干された金太郎をタグって現れる垂乳根であり、諸行無常の響きを奏でる祇園精舎の鐘の音の聞こえる沙羅双樹の花影である。


森のひとの魂は世界のありとあらゆる名もなき樹木たちに宿る。王蟲の骸を苗床として森が死ぬとき人は死ぬことを証明する旅はつづく。いつか必ず円環は閉じられる。

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Travels - Pat Metheny Group (Travels/1982)

 
by enzo_morinari | 2019-05-12 05:28 | プフの森の物語 | Trackback | Comments(0)

プフの森の物語/ほどけた靴紐を結びなおし、Giraud Cedarの口笛の音に導かれて鈴懸の径をたどり、プラタナスの森を抜けた先へ。なにかを求めてふりかえっても、そこにはただ風が吹いているだけ。

 
プフの森の物語/ほどけた靴紐を結びなおし、Giraud Cedarの口笛の音に導かれて鈴懸の径をたどり、プラタナスの森を抜けた先へ。なにかを求めてふりかえっても、そこにはただ風が吹いているだけ。_c0109850_03503461.jpg

人間は百年で死ぬ。樹木は千年かけて森になる。森のひと(リータモ”ヨシカーくん!”検索はGoogle)

なにかを求めてふりかえっても、そこにはただ風が吹いているだけ。Oh! Sam North Mountain


樹高42mのプラタナスが連なる鈴懸の径をゆく。樹皮がまだらに剥離した楓に似た大きなプラタナスの葉が春の嵐の強風の中を舞っている。淡黄緑色の花も激しく揺れている。

なにかを求めてふりかえっても、そこにはただ風が吹いているだけであるという北の賢者の50年前の言葉は本当だった。記憶もなければなにもない。プラタナスの葉の散る音は聴こえず、無表情な風が縹渺と吹き、プラタナスの葉が風に翻弄されているだけだった。しかし、歩く。歩きつづける。絶対に歩みは止めない。プラタナスの森を抜けた先にはプフの森がある。ニオイヒバの森が広がっている。ニオイヒバの森/プフの森の王、バヒが待っている。


鈴懸の径/Platanus Road 鈴木章治とリズム・エース/Shoji Suzuki & Rhythm Ace (1954)

風 はしだのりひことシューベルツ (未完成/1969)
 
by enzo_morinari | 2019-05-11 03:54 | プフの森の物語 | Trackback | Comments(0)

プフの森の物語/記号の都市から記憶の森へ 記憶番号000・死んで四大に還ること

 
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死んで四大に還って集合的な存在に一旦融解するとすれば、輪廻転生を繰り返す場所もこの世のここでなければならぬという法はなかった。MSM19701125


記号の都市を出奔する。また会うこともない青い山が遠ざかり、後ろ姿が時雨れゆくのにもかまわず、蜩がうるさいほどに鳴きしきる記憶の森に分け入って半日ばかりもさまよい歩くと鏡のように凪いだ海に出る。

Mare Fecunditatis. 豊饒の海。時間の彼方に朧々と揺曳するものと空間の彼方に燦然と存在するものの翳のいくつかが、時折まばゆい光跡を曳航しながら気高く赫奕とした閃光を放つ。その光は栄光がときに苦いものであることの証明であり、命をつらぬく矢でもある。

激烈な憤怒の果てに生/死と清/濁と聖/俗と善/悪と美/醜をもろともに喰らう気分で豊饒の海の入江のひとつに足を滑りこませる。しばし、豊饒の海のぬるい水塊を身体の隅々にいきわたらせてから泳ぎはじめる。どこまで/いつまで泳ぐのかは判然としない。

豊饒の海を泳ぎきったと見切りをつけて視線を上げる。目がつぶれるほどの群青あるいは紺碧をたたえた空が広がっている。

海はと言えば、ひとしずくの墨を垂らしたような幽けき波紋が際限もなく生起消滅している。

ここは豊饒の海ではない。豊饒の海とはちがう。セイレーンがやむことなく子守唄を歌う沈黙の海か? それともちがう。

記憶もなければなにもないところに来てしまったのは確かだが、記憶もなければなにもないところに来てしまったと思う先には、四大が渾然として寂静を醸す、元いた記憶の森の入口が大きな闇口をあけていた。

あすの朝には忘却の湖へ足をのばすことになる。しばしの休息をとらなければならない。


記憶の森の蜩どもの声の雨
 
by enzo_morinari | 2019-05-10 18:58 | プフの森の物語 | Trackback | Comments(0)

プフの森の物語/Blessing and Breathing

 
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Blessing and Breathing. 祝福と息吹から千年の森の物語は始まる。


I have come to live.
With all my fellow beings.
In friendship and peace.
Ever since Almighty God.
Gave me blessing of the Light.
(“Book of Go-Sun CCA” by Occa Dah Mocki TIC)

あなたと森が千年つづきますように。森のひと


ヨギーこと宇宙を支配する巨大な意志の力によって新しい時代と世界の幕開けが告げられた朝。

激しい雹が降りしきる北の国の荒地にひとつのニオイヒバの双葉が芽吹いた。双葉はついさっきまでオイニーのバヒという若者だった。宿無し。天涯孤独な風来坊。人々から「臭い臭い」「オイニーきつい!」と言われ、からかわれ、バカにされた若者。

若木(桜一平/若戸章/若人あきら/我修院達也こと菅野彰之介)になる頃にはフィトンチッドの放出量は毎時5トンに達していた。


Blessing of the Light - Didier Merah (2009)
 
by enzo_morinari | 2019-05-10 13:29 | プフの森の物語 | Trackback | Comments(0)