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カテゴリ:スローでやさしい時間( 1 )

殺し仕事のあとはスローでやさしい時間が流れる浅草神谷バーの2階で時間をかけて電気ブランを飲み、ジャーマン・ポテトを食べる。

 
殺し仕事のあとはスローでやさしい時間が流れる浅草神谷バーの2階で時間をかけて電気ブランを飲み、ジャーマン・ポテトを食べる。_c0109850_09084765.jpg

ただ水が流れている。ただ風が吹いている。ただ月が輝いている。ただ生まれる。ただ死ぬ。ただ殺す。Enzo Molinari


浅草1丁目1番1号、神谷バー。2階。1階の喧騒とはうってかわって、神谷バーの2階には静かでスローでやさしい時間が流れている。私の仕事の共同作業者は無表情に電気ブランを少量ずつ嘗めるように飲み、ジャーマン・ポテトをごく小さく切りわけたものをほとんど口を動かさずに食べている。噛むというよりも磨りつぶしているのに近い。咀嚼の音は一切しない。口の動きもほとんどない。動きのすべては訓練によって身についたものだ。

私の仕事は依頼に基づいて人間を殺害することである。殺し屋。アサシン。ついいましがた、仕事を片づけたばかりだ。共同作業者は生物学上の父親。特務機関あがりの殺しのプロ中のプロだ。悔しいが、生物学上の父親に比べれば私などヒヨっ子もヒヨっ子、かけだしの青二才にすぎない。

生物学上の父親は仕事のときに音を立てない。音もなく標的に忍び寄り、音もなく殺す。無音。おそらく、標的は死ぬことの恐怖を味わうこともなく、自分が殺されたことすら気づいていないだろう。

生物学上の父親は今年の夏がくれば77歳になる。生物学上の父親はなににも興味を示さない。あるいは興味があることを他者に気づかれないようにふるまう。無表情、ポーカー・フェイスというよりも、無顔/無貌。顔/貌がないのだ。生物学上の父親の顔/貌をみて目を閉じれば、その瞬間に生物学上の父親がどのような顔/貌なのか忘れる。無顔/無貌とはそういうことである。敵に顔/貌をおぼえられないための訓練によって生物学上の父親は無顔/無貌を手に入れたのだ。すぐれた諜報員とは特徴がない者である。いっさいの情報を秘匿することが国家によって運命づけられているのだ。目立つという1点において、007/ジェームズ・ボンドは諜報員失格である。

「鏡に映さなければ、自分の顔がどんな顔なのかさえわからない。おれはこの世界に存在しない者、ファントム・マン、透明人間だ。」

過去に一度だけ、生物学上の父親はそう言って少しだけさびしそうな表情をみせたことがある。

私は仕事の共同作業者である生物学上の父親からは殺しの極意に類することどもを学んだが、具体的な殺しの技術は教わっていない。それらは陸上自衛隊習志野空挺団に所属していた元自衛隊員に仕込まれた。小学6年の夏のことだ。


Gentle Stream (11 hours - Gentle Rivers & Streams, nature sound, relaxing water)

Falling Slowly - Glen Hansard and Marketa Irglova (Once/2006)
 
by enzo_morinari | 2019-04-19 09:12 | スローでやさしい時間 | Trackback | Comments(0)