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カテゴリ:カンカン虫のうた( 1 )

カンカン虫のうた/カンカン虫の息子、花の都パリの赤い風車の前でフレンチ・カンカンを踊る。

 
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生物学上の父親は金融(早い話がヴェニスの商人、つまり金貸し/高利貸し/サラ金のはしり)、建設(早い話が土方/人足/人夫出し。つまりは、手配師)、飲食業(早い話がキャバレー/ピンサロ)、宿泊業(早い話がラブホ/連れこみ宿)、特殊浴場(早い話がトルコ風呂/ソープランド/夢湯)、警備業(早い話が用心棒)、アメリカ合衆国製清涼飲料水の日本法人、ゲーム機器のリース(ゲームのSEGAの前身、Sega Enterprises, Ltd.の創業者一味)、出版、食品雑貨の移動販売、旅行代理業、広告代理業等々、手広く事業をやっていた。高度経済成長の波に乗り、一代で巨万の富をえた。

その中のひとつが横浜港を中心におこなっていた港湾荷役事業だ。いわゆる「カンカン虫」の親方。生来の山っ気/放蕩の血に起因する酒と女と博打への過剰なコミットメントによって身を持ちくずし、数度数社の倒産(経営破綻)/自己破産を経験するも、そのたびに悪運強く再起。そのしぶとさとガッツについては評価できる。平々凡々安定守旧、沈香も焚かず屁も放らない木偶の坊よりははるかに気が利いているとさえ思える。生物学上の父親については、尊敬どころか憎悪していることにかわりはないが。

東京六大学ボクシング・フライ級のチャンピオン。梅機関の諜報員上がり。先の戦中、中国大陸で悪逆非道のかぎりをつくした男。C級戦犯としてニューギニアのジョスンダで現地処刑のはずが、なんの因果か悪運か、虜囚の辱めを受けたのちに命からがら祖国に帰還。以後、復員軍人の常どおり、「おあまりオマケの人生」を無頼に生きる。腕力で勝てるようになったのは高校2年の秋から。世界で一番憎んでいた男/生物学上の父親の愛唱歌は『北帰行』。浅草1丁目1番地1号の神谷バーで電気ブランを煽るように飲み、ジャーマン・ポテトを食べながら、涙をぽろぽろこぼしながら『北帰行』を歌っていた。故郷の室蘭を思ってでもいたか。歌はお世辞にもうまくはない。浪花節にしか聞こえない。それであってもなお、神谷バーにはいつもスローな時間が流れていた。

時は移り、幾星霜。幾時代かがありまして、ドス黒い戦争ありまして、カンカン虫の息子、花の都パリの赤い風車の前でフレンチ・カンカンを踊る。


かんかん蟲は唄う 勝新太郎 (1955)
French Cancan
The Long And Winding Road - The Beatles (Let It Be/1970)
北帰行 小林旭 (1961)
 
by enzo_morinari | 2019-04-17 15:37 | カンカン虫のうた | Trackback | Comments(0)