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カテゴリ:サヨナラをする、その前に( 3 )

サヨナラをする、その前に/タツロー、ユーミン、サザン。それは1970年代後半から1980年代を生きた者の青春のアイコンだった。射しこんだ光に瞳を開いたら。マイナス100度の太陽みたいに。

 
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ニュウドウカジカ・キッズのたまり場になっていた成金大金持ちの家のアキンボのオーディオ装置と音源のコレクションはすごかった。若い女のところに入りびたってめったに帰ってこないアキンボの父親のものだった。オーディオ・ルームは完全防音。増幅器の主役はMcIntosh MC275をツイン・ドライブ。スピーカーはAltec A-7 The Voice of the Theatre. 音を丸裸にした。楽器も歌い手もエンジニアの小細工も。

アキンボの父親のすさまじいばかりの超ド級のオーディオ・システムでユーミンを聴き、タツローを聴き、サザンを聴き、古典楽曲を聴き、Jazz Musicを聴いた。それらは1970年代後半から1980年代を生きぬくためのなにがしかの力になった。

いいわるいは問わない。善悪も無論だ。正邪も。美醜も。重要なのは感じる心だった。そして、タツロー、ユーミン、サザンによって少しだけおとなになった。

かなしくも面影がうすれゆくことを学んだ。それでじゅうぶんだ。いつでも、サヨナラできる。Good Luck and Good Byeと。笑ってもっとBaby むじゃきにOn my mind 映ってもっとBaby すてきに In your sight. 寄り添う気持ちがあればいいのさと。夢の中までずっと一緒さと。砕け散った夢のかけらをひとつ残らずひろい集めて。夢はつかの間だと言い聞かせて。たどり着いたぼくらの場所でずっと一緒さと。2000トンの雨がすべてを洗い流すのだと。きらめく海に航海日誌を捨てようと。いつだって心はMistyでFoolishでシーズンオフだと。OK. All OK. すべてはMorning Gloryだ。東に向いているブラインド目がけて射しこんだ光に瞳を開いたら。マイナス100度の太陽みたいに身体を湿らす恋をして めまいがしそうな真夏の果実は今でも心に咲いている。Ya Ya. あの時代を忘れないと。とびきりステキな恋などもしたと。このままでいたい All Nightと。思い出は心に今もきらめくよと。あれから10年も忘れられた Big Wave 遠くに揺れてる あの日の夢。帰らぬ思い出、As Time Goes By.


Good Luck and Good Bye 荒井由実 (14番目の月/1976)
 
by enzo_morinari | 2019-07-15 03:05 | サヨナラをする、その前に | Trackback | Comments(0)

サヨナラをする、その前に。Am7では語りつくせず、終われない日々もある。/いくつかの季節が過ぎていき いく人かの友だちが過ぎていき そのことがまぎれもなくひとつの時代だったのさ

 
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だれもが残される悲しみと残す痛みを1度は経験する。Pain Seeker

Am7では語りつくせず、終われない日々もある。Am7 Seeker

個人的メッセージはいつでもどこでも解放区の放送室から放たれる。Tough Gong Messenger

いくつかの季節が過ぎていき いく人かの友だちが過ぎていき そのことがまぎれもなくひとつの時代だったのさ AQ You


また一人、戦友が先に逝った。42.3度の熱発と肺炎でいよいよ年貢の納めどきと思ったらまたもや生き延びてしまった。

ここのところ、ゆかしくも忘れがたくもないがなにがしかの縁の細く弱い糸で結ばれていた者が次々と旅立ってゆく。そのたびに、次は自分の番だという思いを強くするがそうならない。神様だか仏様だかのここのところの出題傾向は実にひねくれいる。

残される悲しみと残す痛み。できうれば、どちらも経験したくないが、そうは問屋が卸さない。最低でも1度は経験する。私の個人的メッセージはいつでもどこでも解放区の放送室から放たれる。


個人的メッセージ GARO (吟遊詩人/1975)
 
by enzo_morinari | 2019-07-10 00:29 | サヨナラをする、その前に | Trackback | Comments(0)

サヨナラをする、その前に/なつかしい思いがこみあげて 思いがけずおしゃべりをしたけれど

 
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また見ることもない山が遠ざかる Sun Toe Carr

花に嵐のたとえもあるぞ サヨナラだけが人生だ Sun Show Uwo Meister

今でもべつにお前のことを怒ってはいないんだ。Frog Toad Farewell Bug Bag

この世界のどこかで生きているはずの者との再会も果たせず、また会うことも集うこともなくお互いの人生が終わってゆくのだという冷厳にして冷徹な現実を前にして心は張り裂けそうになる ── 。意志の中心が空虚なメタルのドーナツ小僧

いくつかの季節が過ぎていき いく人かの友だちが過ぎていき そのことがまぎれもなくひとつの時代だったのさ Accue You


午睡後、五衰が起こり、天召/下獄/天昇のようすがありありとみえたので、急ぎ机に向かい、筆をとった。

永の別れを告げ、永訣のうたを歌い、暇乞いをし、サヨナラをする、その前に、個人的メッセージをいく人かに書きはじめた。書いているうちに過ぎ去ったいくつもの季節がありありとよみがえり、筆がすすまなくなった。高校2年の夏の初めに知ったGAROの『個人的メッセージ』を繰り返し繰り返し聴いた。思いはさらにあふれた。

この世界のどこかで生きているはずの者との再会も果たせず、また会うことも集うこともなくお互いの人生が終わってゆくのだという冷厳にして冷徹な現実を前にして心は張り裂けそうになる ── 。このような心の状態をかなしい/哀しみというのか? もしそうなら、私のかわりにだれか泣いてくれ。かなしいときは泣くものというのが相場らしいから。あいにくと、太古の昔に涙は枯れ果てたし、いまでは強固な無涙症に罹患しているから、どこをどうさがしても涙のひと粒もみつからない。心はとうに石ころに変わり果てていて、手のひらの上にのせていくら揺らしても、カラコロカラコロいうだけだ。

思いはあふれたけれども、その一方で、ECHIRÉの無塩バターを練りこんだクロワッサンの朝食やらみんなが作っている車麩カツやらポットラック・パーティーやらを喰らい、歌舞伎能狂言落語の歌舞音曲にうつつを抜かし、安酒バカ酒を喰らって酔生夢死し、知識人/有識者を気取って鼻高々のたぐいがのうのうと生き延びることを思い、思いは憤怒と憎悪にかわった。さらにまたその一方で、憎悪し、憤怒した者たちも含めて”自分の物語”は紡がれたのだとも。彼らがいなければ”自分の物語”を紡ぐことはできなかったのだとも。

死は生と一対のもの、生の延長線上のどこにでもあるありふれた出来事であるし、断じて敗北ではないが、まだ死ねない。まだ死ぬわけにはいかない。死んでなるかと思い、五衰の徴に隻手音声をかましてから糞掻きべら一閃、銀河系宇宙の彼方までかっ飛ばしてやった。五衰めは酸漿を力のかぎり踏みつぶしたような悲鳴をあげて霧消した。


個人的メッセージ GARO (吟遊詩人/1975)
 
by enzo_morinari | 2019-04-14 19:12 | サヨナラをする、その前に | Trackback | Comments(2)