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カテゴリ:Hotel Cabbala( 1 )

Hotel Cabbala/運命の女との獣のような営みは数秘術によって運命づけられたHotel Cabbalaの666号室でいつ果てることもなく。

 
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それを愛というには無理がある。運命の女と私にあったのは飽くなき快楽への意志であり、死の待望だったろう。


これは往時のHotel Cabbalaを偲び、追悼するための話だ。慰めはないが、いくらかの教訓はある。

Hotel Cabbalaは稀代の数秘術師のジョン・カバラ氏によって麻布暗闇坂の頂上に建てられた。2002年に完成した元麻布ヒルズ フォレストタワーはかつてHotel Cabbalaがあった場所だ。元麻布ヒルズ フォレストタワーの敷地に群生するローズマリーはHotel Cabbala時代の名残りである。

Hotel Cabbalaはボスフォラス以東にただひとつしかないと言われるハーモニクス・オーヴァートーン館とともにチェネレントラ・ルネサンス様式の建築物であって、ドナト・ブラマンテの羊皮紙プランを元にサン・ピエトロ大聖堂のグランド・デザインを模して建てられ、敷地のいたるところに数秘術の儀式に用いるためのローズマリーが植栽された。風向きにもよるが、麻布十番の商店街を抜けて暗闇坂を登りはじめるとローズマリーの香りに包まれる。谷底の古刹苔院から噴き上げた風が元麻布ヒルズ フォレストタワーのローズマリー群を巻きこみ、その香りを孕んだまま広尾へと抜けてゆく。ローズマリーが醸す芳香は麻布という狷介剣呑陰湿な街の諸々の罪障を浄しているとも言える。

Hotel Cabbalaのメイン・レストランであるラ・ピエトラ・デル・パラゴーネはチェネレントラ・ルネサンス様式の装飾で埋めつくされていて、常に、いついかなるときにもヴェルディ・ミドリカワ・マコ作『ジャン=ピエール・ウィミーユとピエール・ヴェイロンのためのル・グルマン24のソネット』が黒死館門外不出弦楽四重奏団によって奏でられていた。

私は密かにHotel CabbalaをHôtel de Fin de Siecle/世紀末ホテルと呼んでいた。Hotel Cabbalaの敷地は魔方陣そのものだった。

稀代の数秘術師のジョン・カバラ氏によって麻布暗闇坂の頂上に建てられたHotel Cabbalaの敷地は魔方陣を模していた。数秘術の粋を集めて建築されたHotel Cabbalaの建物はつきることのない妖気幽気を放っていた。Hotel Cabbalaの敷地は魔方陣そのものだった。

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2000年春。世紀末の春は狂おしく爛漫として咲き誇っていた。泡劇場閉幕の傷と痛みも癒え、新しく始めた事業は軌道に乗りはじめていた。すべては順風満帆に推移しているかに思えた。Hotel Cabbalaで運命の女/Femme fataleに出会うまでは。

私はHotel Cabbalaの部屋を1ヶ月単位で借りていた。3度目の離婚にかかる煩事雑事も片づいて、黄金のシングル・プレイヤーとしての日々を謳歌していた。一抹の寂しさ、孤独を感じることもあったが、それはこどもの頃から経験済みだ。

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運命の女と初めて会ったのはHotel Cabbalaのメイン・レストランであるラ・ピエトラ・デル・パラゴーネだ。運命の女は錆御納戸に江戸小紋の結城紬に落ち着いた青竹色の帯を締めていた。帯留めは大きくて質のいい翡翠。伊達帯に京都嵯峨野に工房を構える孤高の扇子職人の手になる渋扇を挿していた。扇骨は本煤竹、扇面は本手漉きの嵯峨野和紙、かなめは錫、手描きの景色、矯め皺の景色。いずれも素晴らしい。文句のつけようがなかった。溜息が出るほどだった。本伽羅が実にほどよく薫きこめてある。扇ぐと仄かで品のよい甘い香りをともなって清風が起こる。蘭奢待ほどではないが濃厚濃密さが奥のほうにひっそりとある伽羅。

帯留めとそろいの翡翠のイヤリング。指輪はプラチナ台に大玉の瑪瑙。 少しも華美たところのない薄化粧をしていた。気品と艶。運命の女は完璧だった。つけているフレグランスは夜間飛行だった。私の母親とおなじ。濃密な艶気を奥に秘めながら深い森のような凛とした誇りと知性を孕んだ馨りだった。ファイナル・ノートの様子から、運命の女が夜間飛行を掃くように薄衣を纏うように身につけたことがわかった。

ギャルソンがやってきて「あちらのお客様からでございます」と言い、テーブルの端に名刺を1枚置いた。薄桃色の名塩雁皮紙でできた名刺には楷樹明朝体で「伽羅 古木静香」とあった。名刺には伽羅が薫きこめられていた。名刺の裏には所属する句会の名がみえた。たいそう名の知れた句会だ。そこで何度も賞を取ったことが見てとれた。「伽羅」は雅号の類いだろう。流麗で凛とした達筆で「ごいっしょにいかがかしら」と添え書きがしてあった。

私は運命の女をさりげなく三度見やり、少し考えてから席を立った。名刺に薫きこめられた伽羅の典雅でありながら濃密なにおいに心ははやり、千々に乱れていた。すでに、激しく勃起し、先端からは先走りのものがあふれていた。

「ご迷惑ではなかったかしら?」

私が席に着くなり、運命の女は言って、涼風のような笑みを浮かべた。

「ちっとも。あなたからのお誘いがなければ私の方から押しかけてました。」
「あら。うれしいことを仰ってくださるのね。」
「本心です。包み隠さす。歯には衣を着せないというのが私のModus Operandiです。衣着せないのは歯だけではありませんけどね。」

運命の女は私のメタファーをすぐに理解した。その証拠に乳白色の喉元を突きだして見せつけた。

「もうすぐ喜寿になるお婆ちゃんですけれど、それでもよろしくって?」
「喜寿? まさか! 第一印象の贔屓目分を差し引いても50歳。47,8にしかみえない。」
「いいえ。本当よ。1924年、大正13年子年で閏年の2月29日金曜日の生まれ。関東大震災の5ヶ月後。George Gershwinがバレンタイン・デーに”Rhapsody in Blue”をNYマンハッタンのAeolian Hallで初演した月。」

運命の女はそう言うとグラスの赤ワインを半分ほど飲んだ。運命の女はCh Lafite-Rothschildの1990年を飲んでいた。喉がとても艶かしく動いた。私のレーゾンデートルは破裂しそうなほどいきりたった。

「そうか! 4年に1度しか齢が重ならないからか!」
「まあ! そんなことを言う殿方は初めてだわ。」
「このあと、もっとすごくてめくるめくようなお初をお目にかけますよ。」

私が言うと運命の女は身をよじるような仕草をした。エロティックでエモーショナルな動きだった。

私はアルケオロジーのパテとパノプティコンのムースを交互に食べながらエピステーメーのムニュ・ディスクールにじっくり目を通した。ギャルソンを呼び、パレーシアのテリーヌと永遠の生命サラダと赤ピーマンのムースとエイひれと春キャベツの蒸し煮シェリー酢バタ・ソースと牛のしっぽの赤ワイン煮込みを頼んだ。ギャルソンは驚きの表情を浮かべた。

「ワインはいかがいたしましょうか?」
「白はソムリエにお任せする。赤はCh Lafite-Rothschildの1982年を」

ギャルソンはその場に倒れてしまうのではないかというくらい驚愕の表情をみせた。脚がガクガクブルブルと震えていた。運命の女はくすくすと実に魅力的な笑いをしていた。

ワインを飲み、料理をわけあって食べた。白ワインはミュスカデだった。ソムリエは実にいい選択、いい仕事をした。プーヴォワル・パストラルの静かな時間が季節みっつ分過ぎた気がした。。私も運命の女も考えていることは一緒だった。1秒でも早く繋がりたいという思いは。

吸いつくような肌。伽羅の体臭。白桃のように馨しい息。筆舌に尽くしがたい名器。快楽への貪欲さ。運命の女は完璧だった。非の打ち所がなかった。

「イクときも死ぬときも一緒がいい。」と運命の女は言った。2時間休むことなく激しく濃密濃厚に交わりつづけたあとだった。

「イクときはともかく、死ぬときまで一緒というのは無理な相談です。ものごと順番なんだから、当然、あなたのほうが先に逝く。私は42歳、あなたは77歳の喜寿。それが天然自然の理にかなったごく自然なことです。」と私は答えた。

10年前に夫を亡くした大富豪の未亡人。77歳。私は42歳。運命の女の部屋は666号室。私の部屋は42号室だった。42。宇宙森羅万象の究極の答えだ。運命の女によって運命の扉は大きく開かれたが、その先につづく道が地獄煉獄に通じる道だとは思いもしなかった。

私と運命の女は666号室であるいは42号室で狂った獣のように逢瀬を重ねた。運命の女の部屋、獣の数字の部屋で交わるときは運命の女の秘所/密所/蜜所は別の生き物になった。捩れ、捻れ、蠢き、痙攣し、収縮し、弛緩し、からみついてきた。

私は運命の女の中で何度も何度も激しく射精した。運命の女の秘所/密所/蜜所は蜜の滴る白桃のような味がした。匂いも。息も。舌も。眼球も。

運命の女の快楽への追求心/探究心は驚くほど旺盛だった。運命の女の燃え方は決して熾火などではなかった。運命の女の内側では淫蕩の焔が激しく燃え盛っていた。その焔は世界を灼きつくそうとでもしているように思われた。20年近くも昔のことだ。

私と運命の女はひたすら交わりつづけた。交わりつづけ、腹がへるとルーム・サービスをとって食べた。食べながらも私と運命の女は交わった。ずっとつながっていたいと思った。運命の女もおなじことを言った。

3日目にいっしょに風呂に入った。ならんで鏡をのぞいたら、そこには亡者の顔がふたつならんでいた。ふたりして笑った。

「鬼まではまだまだだ。もっとやりまくらなきゃね。」と私は運命の女のかたちのいい乳房をもみしだきながら言った。

「ええ、そうね。鬼になりませんとね。もっともっといたしましょうね。なんなら、死ぬくらいまで。」
「あなたはイクときは死ぬ死ぬって何遍も言ってますよ。」
「あら。そうでした?」

そう言うと運命の女は乳白色の喉元をみせてとても品のいい笑い声をあげた。寝物語に私は運命の女にたずねた。

「あなたが入っている句会の爺さんがたとは懇ろになっているんですか?」
「ええ。ほとんど。猩猩爺さまばかりであちらのほうは満足させていただけないんですけどもね。わたくしに狂っていく姿をみているのがたいそうおもしろくって。中には田畑家屋敷を処分してわたくしに貢いでくださるおばかさんもいらっしゃいます。」
「ふん。みずから首をくくったような爺さんもいるんでしょう?」
「ええ。なんでもお見通しですのね。」

なんとも恐ろしげな女だと思った。

私と運命の女はけっきょく、15日間ひたすら交わった。昼間でもろくに陽の射さない部屋が夜には月あかりがよく入ってきた。月あかりに照らされる運命の女はこの世のものとは思えぬほどに妖しく幽けく美しかった。

「そろそろ、仕舞いにいたしませんこと?」
「そうですね。今夜は十五夜ですしね。」
「おなじことを考えておりましたよ。次はまた新月の夜にでも。」
「いや、次はない。あなたとはこれでお仕舞いにします。」
「あら。よろしいの?」
「まだ死にたくはありませんから。あなたはいっしょに死ぬ相手をさがしていたんでしょう?」
「ええ。よく御存知で。では、これで仕舞いにいたしましょう。これ、おしるしに差し上げます。」

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運命の女は懐から渋茶色の黒谷和紙に丁寧にくるまれたものをよこした。濃密な香りがあたりに立ちこめた。

「なんですか?」
「蘭奢待でございます。わたくしと思っておそばにおいてやってくださいませな。」
「蘭奢待? なんであなたのごとき魔性の者、物の怪が持っているんですか?」
「それだけは申し上げられません。堪忍してくださいませよ。」
「どうにも解せないひとだな、あなたは。私としたことがあやうく取り殺されるところだった。」
「うひょひょひょひょ。まあ、あなたさまも似たようなものじゃございませんか。蛇の道は蛇でございますよ。」
「たしかに。ところで、ひとつだけおたずねしますが、あなたの御先祖は足利ですか? それとも ──」

私が言うと運命の女はそれまでみせたことのない禍々しい顔つきになった。鬼の貌だ。

運命の女が神田和泉町のすき焼き屋の若旦那と無理心中したのはそれから三日後のことだった。

運命の女がくれた蘭奢待は長い年月のうちにどこかにまぎれてしまったが、家の中にあることだけはわかる。いつも当時のままの妖しく甘く濃密な香りが家の中に立ちこめているからだ。運命の女。それにしても解せない女だ。

ゆうべ、伊達帯に鳥獣戯画の描かれた京扇子を白刃のように挟んだ運命の女/蘭奢待の女が格子戸の隙間から入ってきた。とうの昔に死んだ女。亡者。鬼。

蘭奢待の幻惑蠱惑の濃密な香りが部屋を押しつぶしそうなほどに広がった。また命が削られる日々が始まる ──。


Between the Sheets - The Isley Brothers (1983)
 
by enzo_morinari | 2019-03-31 12:31 | Hotel Cabbala | Trackback | Comments(0)