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カテゴリ:前略 おふくろ様。( 2 )

『前略 おふくろ様』を生き方のお手本にしていた頃/傷だらけのショーケンよ。酒神バッカスとともに逝け

 
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傷だらけのショーケンよ 酒神バッカスとともに逝け
不器用で無愛想であることはカッコイイと思った。
夢のような過去は消えてゆく 一人だけでただ歩く もう誰もいない D-H


GS時代はともかく、ショーケン/萩原健一がTVドラマで演じる主人公たちは十代のやみくもで赤剥けで無頼でたどり着いたらいつもどしゃ降りの日々のかけがえのない宝石だった。

『前略 おふくろ様』の三郎はもちろん、『傷だらけの天使』のオサムも『くるくるくるり』の辰夫も『祭りばやしが聞こえる』の直次郎も『太陽にほえろ!』のマカロニ刑事も。ショーケン/萩原健一が演じる主人公たちのように生き、話し、感じたいと思った。テキ屋の若者の物語である『祭りばやしが聞こえる』の影響を受けて、実際にテキ屋のアルバイトをやった。深川の富岡八幡宮のタカマチのときには『祭りばやしが聞こえる』のロケがあって、ショーケンが直次郎の衣装で射的をやりにきた。いい男だった。イカしていた。聴きとりにくくて低くて小さな声で話していた。柄にもなく緊張した。アガリさえした。

高校2年の秋。Hawaiian Boyzを一時ペンディングして分田上一家を名乗り、『前略 おふくろ様』の三郎風スポーツ刈り+ベージュのジャンパーorドカジャン+濃紺の足袋+雪駄で街をのし歩いた日々。全員、しゃべり方は『前略 おふくろ様』の三郎のように口下手で木訥。意味もなくはにかむ。ふだんはマシンガン・トーク+顔面ハニカム構造の私も。不器用で無愛想であることはカッコイイと思った。

モメごとのときは、ものも言わずに殴り倒すのが分田上一家構成員のケンカの流儀作法とし、実践した。

私はすでに母親を失っていたが、子分どもに「墓石にふとんをかけるバカもいる。ふとんならまだいいが、ふんどしをかける金魚すくいのような救いようのないバカさえいる。おまえらだ。親孝行したいときには親はなし。親思う心にまさる親心。おまえら、おふくろさんを大事にしろ。下にも置くな。毎日、肩もめ。」とことあるごとに教育的指導をした。予告なく家庭訪問し、子分の母親に様子をたずねて、指導にしたがっていないことが判明した不届き者は裏山か柔道場か体育館の裏に呼び出して袋叩き、足腰立たないくらいコテンパンにした。二度目以降は山下公園の氷川丸の舳先から海に叩きこんだ。当時は、いや今でも「氷川丸落とし」と言うと震えあがるやつが何人もいる。

言ってわからない者には手加減なし容赦なしで有形力物理力を行使する。話せばわかるなどという悠長能天気は経験のけの字も知らない甘ちゃん、世間知らず、極楽とんぼの寝言たわ言である。あやまって済むなら警察がいらないのと同様に、言葉で言ってわかるなら神様も仏様も苦労しない。

リアルな痛み、骨身にしみる痛みを経験することはまっとうな人間になるための通過儀礼だ。体罰などという腑抜けたものなど知ったことではない。体罰と称する段階でまやかしだ。人が人を罰することができるものか。

有形力物理力の行使は罰ではなく命の取りあい、命がけの戦いである。助かろう逃げきろう誤魔化そうほっかむりしようという魂胆でやったことはすべてまやかしの結果しか生まないし、そのようなやり口で生きた者は使いものにならない木偶の坊/半端人足となるのが関の山であり、卑怯者/臆病者/裏切り者のレッテルは死ぬまで剥がせないし、剥がれない。若造小僧のときの生き様、腹の決め方括り方で一生が決まるのだ。若造小僧のときに卑怯者/臆病者/裏切り者なら齢を重ねても卑怯者/臆病者/裏切り者のままである。誰もいない細く暗く曲がりくねった道を一人だけで歩いたか否か。炎の中心に立って尻ごみしない覚悟があるか、腹を括っているか。それですべては決まる。1度逃げた者は何度でも逃げる。逃げ場はないのに永遠に逃げつづける。


前略 おふくろ様。萩原健一 (1975)
”傷だらけの天使”(最終回) 夢の島シーン 一人/Stand Alone デイブ平尾 (1972)
 
by enzo_morinari | 2019-03-29 14:36 | 前略 おふくろ様。 | Trackback | Comments(0)

前略 おふくろ様。そして、いや、ついでに、本牧小港のリキシャ・ルームの並びのチンケなスナックで朝まで酔いどれたことは忘れないぜ。酔いどれ地獄で会おうぜ、傷だらけのショーケン。

 
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もう1度惚れさせて? 何度でもいくらでも惚れさせるぜ。 Show-Ken
人生はバラ色だよ、ダニーボーイ。La Vie en Rose! Off-Crow-Sama
歌いなさい。泣きなさい。そして、最後は笑いなさい。Off-Crow-Sama


中学2年の秋に母親は死んだ。わずか14年のつきあいだったが、たのしい日々だった。Funny&Funky. おしゃべり好きで人間ぎらい。好き/嫌いがはっきりしていた。好きなものはなにがあっても好き。嫌いになったらずっと嫌い。決して、立ち位置をかえることはなかった。

数字に滅法強く、おそろしいくらいの記憶力の持ち主だった。国民学校の卒業式のときの担任のネクタイの柄と色まで鮮明におぼえていた。同級生27人の名前と住所を完璧におぼえていたのにはただただ驚かされた。おそらくは、私同様、アスペルガー症候群/サヴァン症候群のたぐいだったんだろう。血は争えぬ。

普通/常識/一般論/あたりまえ/当たり障りなし/なれあい/しがらみ/思わせぶり/もったいつけ/しみったれ/セコいのが嫌いだった。きれいごとや湿っぽいのや辛気くさいのや説教くさいのやクソまじめやお上品ぶるのや通ぶるのやお愛想笑いや甘っちょろいのや知ったかぶりも。憎んでさえいた。近所のそば屋で通ぶって御託能書きを滔々とほざくジジイに「あんたがツーならあたしはワンだよ。この子はワン年生まれだ! ワンルンがだれかもわからない無学はすっこんでな! ワンタンでもズルズル喰ってピータンになっちまえ!」と啖呵を切ったときは大笑いした。ジジイが喰ったのは鳩豆鉄砲だ。そうそうお目にかかれない珍妙奇天烈なツラだった。

ロマンチストにしてリアリストかつセンチメンタリスト。頭のデキもけっこうなものだったように思われる。国民学校(小学校)/高等女学校(中学校)/女子高等師範学校の成績表は全優。スーパーねえちゃんだったことがうかがえる。

母親はことあるごとに言ったものだ。

「この世界はインチキとまやかしとゴマかしと欲得でできあがってるんだ」
「どんなに着飾っていたって、きれいごとを言ったって、まじめ、お上品ぶったって、裏じゃなにをやっているかわかりゃしない」
「どいつもこいつも腹の中は真っ黒けっけのドロドロさ」

母親の世界観/人間観だった。直截的で歯に衣着せぬ物言いは痛快だった。スーパーかあちゃんは世界や社会や人間について快刀乱麻、手加減なし容赦なしでバッサバッサとぶった切った。3億円事件については「だれも死んでいないし、怪我もしていない。日本の保険会社はロンドンのロイズ保険に再保険をかけているから損害なし。犯人は手に入れたカネを自由には使えない。1番儲かったのはやり放題しらみ潰しに過激派のアジトを家宅捜索できた警察、公安だ」と言った。腑に落ちる見識だった。私の気質は母親から受けついだものだ。言わば、GIFT/Cadeau. スーパーかあちゃんは私の中で生きている。

エディット・ピアフに憧れ、シャンソンの歌い手を夢見て私を身籠ったからだで単身パリに渡った。そして、私を産んだ。

たぐいまれなる美声の持ち主だった。特にシャンソンが好きで、いつも歌っていた。La Vie en Rose(バラ色の人生)/Sous le Ciel de Paris(パリの空の下)/Le Temps des cerises(さくらんぼの実る頃). etc, etc…。テネシー・ワルツもよく歌っていた。ドボルザークの『母が教えてくれた歌』も。『ダニーボーイ』は子守唄がわりだった。貧乏長屋の共同の炊事場から聴こえてくる母親の歌声がいまもはっきりと聴こえる。もちろん、子守唄がわりの『ダニーボーイ』も。

小学校3年のときのクリスマスに野球とボクシングのグローブと厳重に封印された包みをくれた。母親のたった1度だけのプレゼントだった。困窮困憊のせいもあったのだろうが、このときのクリスマス・プレゼントのほかに誕生日プレゼント/クリスマス・プレゼント/お年玉をもらったことはない。節目のお祝いもなし。同級生が七五三のお祝いをしてもらい、おめかしをして千歳飴を持って神社にお詣りに行くのを羨ましく眺めた。

母親になぜ自分だけ七五三のお祝いをしないのか問うと、「おまえは七五三のお祝いのときに七歳でも五歳でも三歳でもないから」と答えた。私はそれで納得した。

小学校3年のときのクリスマスのただ1度のプレゼントのうちの包みには書道のお手本のように達者な筆書で「これは玉手箱だよ。おかあちゃんが死んあと、おまえがおとなになって、さびしくてくるしくてつらくておかあちゃんの声が聴きたくなったときにあけなさい。それまではなにがあってもあけてはいけない。あけたらおまえは浦島太郎のように白髪のお爺さんになっちゃうからね」と書かれていた。

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25年後。泡劇場崩壊後の1991年の秋。進退ここに極まった頃。母親の死んだ日。今生の見納め聴き納めに包みをあけた。ソニーの古いオープンリール・テープが入っていた。防磁のための詰め物が何重にも施されていた。REVOXのデッキにセットして聴いた。何度も何度も、繰り返し繰り返し聴いた。

思いだしてくれてありがとう。おまえは何歳になったんだ? おかあちゃんが死んで何年になるの? さびしくてくるしくてつらくておかあちゃんの声が聴きたくなったんだね。でもね、全部、すべて、なにもかも、いいこともわるいこともたのしいこともかなしいこともうれしいこともいやなこともつらいことも過程にすぎないんだよ。いいね。そのうち、化けて出るからたのしみに待ってな。最後にひとつだけ。いつもおまえに言っていたこと。歌いなさい。泣きなさい。そして、最後は笑いなさい。人生はバラ色だよ。生意気できかん坊でわからず屋で癇癪持ちでわがままでかわいくて世界でただひとつのたいせつなたいせつなおかあちゃんのかけがえのない宝物のダニーボーイ。La Vie en Rose!

母親はテープの最後にダニーボーイとLa Vie en Roseをフルコーラスで歌っていた。とどめようもなく涙が溢れでた。母親が愛用していたなつかしいハンド・クリームの桃の花の匂いがしてふりむくと、涙をぽろぽろ流す虹子が立っていた。

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La Vie En Rose - Edith Piaf

Sous le ciel de Paris - Edith Piaf
Sous le ciel de Paris - Yves Montand
Sous le ciel de Paris - Juliette Gréco

Dvorak - Songs My Mother Taught Me (No.4, Op.55)/母が教えてくれた歌
Victoria de los Angeles

Le temps des Cerises/さくらんぼの実る頃 - Yves Montand

Tennessee Waltz - Connie Francis (1959)

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前略 おふくろ様
私はおふくろ様の青春を知りません。知ろうともしませんでした。お会いしたときに聞かせてください。おふくろ様のときめきや痛みやかなしみを。おふくろ様が生きて感じたことのすべてを。

追伸
前略 おふくろ様
遠い日の花火が消えぬうちに会いに参ります。


Danny Boy/ダニーボーイ
Keith Jarrett
Eva Cassidy
Elvis Presley
Harry Connick Jr.
Celtic Woman
Anonymous (unknown)

前略 おふくろ様。萩原健一 (1975)
前略 おふくろ様。萩原健一/田中絹代(語り)


『前略 おふくろ様』はもちろん、『傷だらけの天使』も『くるくるくるり』も『祭りばやしが聞こえる』もマカロニ刑事も忘れていないぜ。傷だらけのショーケン。忘れるわけがない。十代のやみくもで赤剥けで無頼でたどり着いたらいつもどしゃ降りの日々のかけがえのない宝石なんだから。会いてえな。会って一緒にしたたかに酔いどれたい。言葉も交わさずにただ酔いどれたい。いいやつはますます死んだやつになっていきやがるなあ…
 
by enzo_morinari | 2019-03-29 06:55 | 前略 おふくろ様。 | Trackback | Comments(2)