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カテゴリ:ゼロの世界( 2 )

ゼロの世界/ゴーストバスター、篠つく雨の夕闇で異界の者と遭遇する。

 
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淫蕩と暴力と食人は一体である。エロスの涙を流す者

だれの心にも人喰いハンニバルは潜んでいる。あるカニバリスト

オバケ女はなにかとよくしてくれる。オバケ女の名は緒環志づ。志づの作る小田巻蒸しは絶品だ。穴子の蒲焼き/鶏肉のかわりにとり殺した男の脳みそを炙ったものが入っている。生来のカニバリストとしてはたまらない。やはり、食人興業の時代を生きた明治の女はいい。森鳴燕蔵 (『屠人主義者譫言/食人主義者宣言』)


中学3年の秋。長雨が2週間もつづいていた。

世界が闇にすっぽりと包まれはじめた頃、ドアを激しく叩く音がした。中学の同級生である新倉イワオの息子の新倉イサオと小松帯刀の玄孫の小松ケンジの2人。2人とも青ざめていた。

「で、出た…」とイサオ。
「なにが?」
「お、お、オバケ…」とケンジ。
「ばかばかしい」

彼らとはその年の秋から始まった熊倉一雄がパーソナリティ/案内役をつとめる『ゼロの世界』を一緒に聴いていた。毎週月曜日-金曜日の午後9時半からの10分間、ラジオにかじりつき、ゾクゾクしながら。

『ゼロの世界』は1話完結のわずか10分間の恐怖/怪奇/超常/心霊現象を主題としたラジオ・ドラマだった。いまなら、さしずめオカルトものということにでもなるんだろう。

熊倉一雄の語り口が恐怖を誘った。聴いているあいだ、ビクビクしながら、しきりにだれもいない後ろをふりかえった。3回に1回、うしろの百太郎と目が合った。百太郎はアルビノのように真っ白だった。

1度だけ丸い眉墨のあたりにデコピンをくらわしてやった。百太郎はすごく痛がり、「この恨み晴らさでおくべきか」と言うので、「それは浦見魔太郎の決めゼリフだから」と言ってニックを42ブッサリした。百太郎はお詫びにといつでも悪魔くんを呼び出せる魔方陣とガミ術/コンレイ術という妖術の虎の巻とOuija Boardとコックリさんのセットを一式置き、『メリー・ジェーン』を鼻歌まじりに歌いながら帰っていった。

イサオとケンジの要領をえない話によれば、京浜急行の線路沿いの木造モルタルのアパートが立ちならぶ小さな空き地の隅に髪の長い女のオバケ/幽霊が立っていたという。そこはイサオが自宅に帰るためにどうしても通らなければならない場所だった。その木造モルタル・アパート群では何人もの自殺者が出ていた。それだけではない。その空き地のすぐ横を京浜急行が通っていて、飛びこみ自殺や線路を渡ろうとして電車に轢かれる事故が多発していたのだ。空き地の前には8体のお地蔵さんが祀られた祠があった。花や供物が絶えることはなかった。

「オバケならおれが追い払ってやる。オバケじゃないなら鍋にでもして喰っちまおうじゃねえかよ」

懐中電灯と木刀と共用のガスボンベを携えてオバケの待つ現場に向かった。雨はさらに細くなっていた。幾千億本の雨の線。

たしかにオバケはいた。黒くて長い髪の毛は雨に濡れていた。濡れた髪の毛をみて、物理現象の影響は受けているんだなと思った。イサオとケンジは私の後ろに隠れるようにしていた。

長い黒髪の女オバケにたずねた。

「ここでなにやってんだ?」
「待ってる」
「だれを? なにを?」
「あのひとを」
「あのひとは来ない」
「どうして?」
「あのひとはもうこの世界にいないからだ」
「どうしてこの世界にいないの?」
「とっくの昔に死んだから」
「あのひとが死んだ?」
「戦争が終わってすぐにな」
「そう…」
「帰りな。そして、もう来たらいけないよ」
「はい。そうします」

オバケはゆっくりと消えた。

「すげえ。でも、なんで?」とイサオがたずねた。
「簡単な話だ。あのオバケ女の身なりや身につけているのは大正時代初期のものだった。竹久夢二の画に出てくるような女だった。夢二式美人ってやつだ。宵待草に描かれているような女。ってことは”あのひと”も大正時代初期のやつだから、とっくの昔に死んでるはずだ」
「さすが教授」とケンジが感心した声をあげた。だが、話はそれで終わらない。

翌日、イサオが血相を変えて私のクラスにやってきた。

「どうした?」
「ヤバイよ。ヤバイよ。これ見てよ」

イサオが私の机の上に置いたのはセピア色に褪色した写真だった。どの写真にもオバケ女が写っていた。オバケ女といっしょにイサオによく似たやつが写っていた。

「このおまえによく似た野郎は?」
「じいちゃん」
「なるほどな。これですべて腑に落ちた」
「教授。これからどうなるのかな?」
「そうだな。ギャラ次第だ」
「えっ!? またおカネですか?」
「またカネだ。ここのところ、なにかと入り用でな。ベトナム戦争の和平交渉のからみで株で大損ぶっこいちまったしよ」

その後、イサオは名うての竿師となり、おつむのできの悪い女を大勢だまくらかして結婚詐欺で刑務所に入れられ、50歳目前に刑務所の中で梅毒が元で死んだ。イサオの爺さんとおなじ。因果はめぐるのだ。ケンジは本牧千代崎町で小さな魚屋をやっている。「人間の死体を喰ってる魚はうまい」とふざけたことを言うヘンなやつだ。しかし、実際にそのとおりだし、人間の死体を喰った魚よりはるかにうまいのは人間だ。これは経験則である。

私? 私はオバケ女と暮らしている。オバケ女はなにかとよくしてくれる。オバケ女の名は緒環志づ。志づの作る小田巻蒸しは絶品だ。穴子の蒲焼き/鶏肉のかわりにとり殺した男の脳みそを炙ったものが入っている。生来のカニバリストとしてはたまらない。やはり、食人興業の時代を生きた明治の女はいい。

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Ghostbusters - Ray Parker Jr. (1984)

Michael Jackson - Thriller (1982)
 
by enzo_morinari | 2019-02-23 01:11 | ゼロの世界 | Trackback | Comments(0)

ゼロの世界/夕闇の熊倉一雄 街にまだ闇があった頃

 
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あなたは信じますか。今わたしの歩いてきた道を。
過去でも、現在でも、未来でもない、ゼロの世界を。
あなた、後ろを見てください。誰もいませんね?
では、あなただけに聴いてもらいます。
ゼロの世界の案内人


街がまだ闇に覆われていた頃。光源は蛍光灯でも水銀灯でもハロゲン・ランプでもなく、白熱灯だった。LEDは存在していないどころか、アイデアすら浮かんでいない時代。

世界には白熱灯の赤みを帯びた光が作りだす曖昧な影がそこここにあった。夕暮れ/夕闇で曖昧な影と遭遇することがよくあった。それはゼロの世界の入口だ。熊倉一雄はゼロの世界の番人あるいは案内人だった。

熊倉一雄は死んでゼロの世界の住人となり、昭和は遠い昔のおぼろげな記憶の彼方へと去って、平成すらも終わろうとしているいまこそ、闇の世界の復権を強く願う。
 
by enzo_morinari | 2019-02-22 20:52 | ゼロの世界 | Trackback | Comments(0)