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カテゴリ:センチメンタルな旅( 4 )

センチメンタルな旅 積み荷のない船に乗った男はどこにたどり着いたのか? (2/3)/いつも心に冬の大三角形を

 
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いつも心に冬の大三角形を


深夜の山下埠頭で星空を眺める会
小港ハウスの家賃はタダだった。本牧埠頭のコンテナ・ヤードでOOCLの青いコンテナに激突して死んだ友人の口利きで入居した。不動産屋の仲介なし。契約書も保証人も敷金礼金もなし。そもそも、家主との面談もなし。金銭的経済的法的な問題なし。

友人と家主とのあいだでなんらかの取り決め/やりとりがあったんだろうと思っていた。友人にたずねても笑ってごまかされた。条件はただひとつ。いつでも友人の訪問を受け入れること。いつも心に冬の大三角形を持っていること。深夜の山下埠頭で星空を眺める会を設立すること。このみっつだ。

本牧埠頭D突堤でOOCLの青いコンテナに激突して死んだ小港ハウスの部屋を世話してくれた友人は在日朝鮮人だった。

シーメンス・クラブで初めて会ったとき、苦悩するビーバー・カモノハシと名乗った。シーメンス・クラブの4番のビリヤード台に「鯨」と命名した夜だった。苦悩するビーバー・カモノハシの親は伊勢佐木町で大きなサウナを1軒とパチンコ屋と焼肉屋を経営する大金持ちだった。家は根岸台にあって、ホワイトハウスと見まごうような大豪邸だった。

「鯨」でフィリピン船の気のいいセカンド・オフィサーとその日の酒代を賭けて戦っているときに苦悩するビーバー・カモノハシは現れた。私がいやな角度のスマッシュ・ヒットで9ボールをコーナー・ポケットに沈めて勝利した瞬間、それまで腕組みをし、上体をうしろに反らし、やや冷ややかで皮肉な顔つきで戦いのゆくえを見守っていた苦悩するビーバー・カモノハシはゆっくりと3回手を叩いた。『タクシードライバー』のモヒカン・ヘッドにしたロバート・デ・ニーロのように。

「おみごと」
「ありがとう」

悔しがるセカンド・オフィサーを尻目に「鯨」の鮮やかなグリーンの羅紗に投げ捨てられたドル紙幣の束をつかみ、余裕しゃくしゃくでキューをケースにしまおうとすると苦悩するビーバー・カモノハシがたずねた。

「バラブシュカじゃないか!」
「球撞きやるのか?」
「ビリヤード場を1軒持ってる」
「冗談だろう?」
「ほんと」

苦悩するビーバー・カモノハシは曙町にある老舗のビリヤード場の名を言った。

「こりゃ驚いたな」
「いつか来いよ。ただにしてやる」
「ビリヤード代くらい払うさ。貸し借りなしの人生がモットーなもんでね」
「おもしろいやつだ」

かくして、苦悩するビーバー・カモノハシはかけがえのない友人となった。

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「世界はどうにもならない」

気持ちのいい風が吹く春の盛りの深夜の山下埠頭でよく冷えたレーベンブロイを飲んでいるとき、苦悩するビーバー・カモノハシが突然言った。

「まったくだ。世界は本当にどうにもならない」
「ついては深夜の山下埠頭で星空を眺める会を結成しようじゃないか」
「いいね。実にいい」
「もう一人、深夜の山下埠頭で星空を眺める会の会員にしたい奴がいるんだけどな」
「おれと気が合いそうか? 天下御免の人見知り/人間嫌いなもんでね」
「合うよ。おれと気が合うんだから」
「なるほどね。で、そいつはいまどこに?」
「もう来てるよ」

苦悩するビーバー・カモノハシは埠頭の先端で黄色いボラードに腰かけ、ウィスキーをラッパ飲みしている男を指差した。苦悩するビーバー・カモノハシとともに激突死することとなる中国人のタカナカだった。

タカナカは青い珊瑚礁の早起きブルーバードと命名した。タカナカが青い日産ブルーバード501に乗っていたからだ。そして、実際、タカナカは驚くべき早起きだった。履歴書には「趣味:早起き」と書くほどだ。趣味の早起きの一貫として、青い珊瑚礁の早起きブルーバードは新聞配達をやっていた。朝刊のみ。青い珊瑚礁の早起きブルーバードは夕方は昏睡状態と言ってもいいくらい深く眠るのだ。

このようにして深夜の山下埠頭で星空を眺める会は結成された。会員3名。会員規約はたったひとつ。いつも心に冬の大三角形をだ。われわれ3人のほかには誰も知らない秘密結社だ。


積み荷のない船 井上陽水 (1998)
 
by enzo_morinari | 2019-01-05 05:45 | センチメンタルな旅 | Trackback | Comments(0)

センチメンタルな旅 積み荷のない船に乗った男はどこにたどり着いたのか? (1/3)

 
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10代後半から20代前半の5年間、横浜・本牧の小港にある雑居ビルの一室に住んだ。小港ハウス。7階建て。エレベーターなし。昭和30年代中期に建てられたアメ公/毛唐相手の貸しビルだった。小港橋のたもとにあった。当時としては周辺で1番背の高い建物だった。1階はテナントを装った売春窟で、刺青をいれた人相の悪いパンチ・パーマのヤクザ者が出入りしていた。頻繁に手入れがあった。

本牧埠頭やシーメンス・クラブやリキシャ・ルームが近くにあった。イタリアン・ガーデンやゴールデン・カップやリンディやアロハ・カフェや美珍や本牧亭にはよく足を運んだ。元町や中華街や港の見える丘公園や外人墓地や根岸の競馬場跡地は散歩コースだった。いまでも無性に本牧亭のサンマーメン/肉うま煮丼と美珍の鳥ソバが食べたくなることがある。

私が住んでいた部屋は小港ハウスの7階の角部屋だった。小港橋と横浜港がよく見えた。屋上のプレハブ小屋に住んでいたのが積み荷のない船に乗った男だ。小港ハウスのオーナーだった。土地持ち/成金の2代目。30代半ば。積み荷のない船に乗った男は暗い貌をしていた。左右の手首にはリスト・カットの痕が何本もあった。

積み荷のない船に乗った男の開け放した窓からはJohn Coltraneの『A Love Supreme』とClifford Brownの『I can’t get started』とMal Waldronの『Left Alone』とジョン・レノンの『Imagine』とGlenn Gouldの1955年録音の『Goldberg Variations BWV988』が毎日毎日、1日中ずっと繰り返し繰り返し聴こえた。

20歳になる年、1978年6月16日金曜日の夕方、雨上がりだった。雨は前の週から1週間も降りつづいていた。

ノックの音がした。私はRichie Beirachの『Sunday Song』を聴いているところだった。3回連続で舌打ちをした。ギィギィ音がする鉄のドアをあけると、目のまわりに濃い隈を貼りつけた積み荷のない船に乗った男が立っていた。顔面蒼白。すさまじい口臭。私は顔を背けた。

「悪いね。『Sunday Song』が聴こえたもんだから」
「だから?」
「話したいなと思って」
「ノーギャラで?」
「ごちそうするし、おカネも払うよ」
「それなら、いいよ。ただし、1時間。ともだちが2人同時に死んで取りこんでるとこなんだ」
「もしかして、ともだちが死んだのって本牧埠頭でコンテナに激突した事故の?」
「うん」
「2人のうちの1人はぼくのいとこだよ」
「えっ?!」

私は言葉を失った。かなり動揺した。柄にもないことだった。


積み荷のない船 井上陽水 (1998)
 
by enzo_morinari | 2019-01-03 14:17 | センチメンタルな旅 | Trackback | Comments(0)

センチメンタルな旅 大きなムク犬に追われて夕暮れ道を逃げたびっこの仔犬

 
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びっこの仔犬 大きなムクに追われて逃げた 夕暮れ道よ Queneau Saysireux

サヨナラは雨の歌になるから気をつけて 夢と夢が重なるまで Hinault Yossy


世界にただ1頭のミニチュア・セントバーナードであるポルコ・ロッソは表向きは14歳だが、実際は72歳だ。古希を過ぎている。古希を迎えた春に左うしろ脚を失った。秋田犬の丑松の野郎に喰われたのだ。ただし、これはいくぶんか事実に反する。

2016年春。ポルコ・ロッソは左うしろ脚を切断した。ポルコ・ロッソは1年ほど前から爪が1本巨大化し、その箇所をしきりに舐めるようになった。寝ていて、うなされて驚くほど大きな悲鳴をあげるようになった。心がひどく痛んだ。

生検の結果は扁平上皮癌だった。オペのあと、ポルコ・ロッソは食べず、飲まず、排便もせず、丸まってひたすら眠った。体重は3kg弱まで急激に減った。健康時の2/3ほどにまでやせ細った。向こう側が透けて見えているように感じられた。獣医師は「飛んじゃったかな」と言い、見立てはメタスタサイズ/転移だった。扁平上皮癌の場合、転移は考えにくいが可能性はゼロではない。安楽死/Euthanasiaのことが頭をよぎった。E. キューブラー・ロスのことも。

私はポルコ・ロッソの全身をさすり、患部に手を当てつづけた。1週間後、ポルコ・ロッソは自力で、3本脚で立ちあがり、歩き、嗅ぎまわり、走りまわり、大きな音を立てて水を飲んだ。300ccほど。それから、私をじっとみつめ、力強く吠えたてた。声はいくぶんかかすれていた。

「めし喰わせろ!」

そうポルコ・ロッソは言っていた。食べ終わると大量の排尿。それからというもの、ポルコ・ロッソはよく食べ、よく飲み、よく排泄し、大いびきをかいて眠った。ポルコ・ロッソはみるみる恢復した。獣医師は驚き、しきりに首をかしげた。1ヶ月足らずで体重は4.45kgまで戻った。駆けっこまでするようになった。今では私より虹子より速い。食べる量は健康時の倍近い。いびきは大きくて豪快だ。

私は虹子とポルコ・ロッソとの日々、かかわりを通じて愛することの意味と愛し方を学んだ。言い方をかえるならば、人間になれた。それまでの私は狂暴兇悪な野獣/モンスターだった。パクさん/高畑勲はそんな私を「調教師を喰い殺すインテリジェント・モンスター」と評した。2006年の秋、高畑勲と五十鈴川のほとりにならんで座り、風に吹かれているときだった。

「残念ながら、いまのわたしにはきみを調教する力も勇気もない。わたしは老いてしまった」

高畑勲はそう言ってすごくさびしそうな顔をすると、五十鈴川の川面をまばたきもせずにじっとみつめた。そのあいだ、高畑勲はへたくそなフランス語でずっと『Le Temps des cerises/さくらんぼの実る頃』を歌っていた。高畑勲は身罷り、私はいい教師/調教師を失った。

この世界に虹子とポルコ・ロッソのほかに信頼するにあたいするものは数えるほどしかない。なぜかれらを信じるかと言えば、かれらは決して裏切らないからだ。手のひらを返さないし、背も向けない。見えないところで舌を出したりもしない。嘘もつかない。『犬の聖歌』のとおりだ。『犬の聖歌』は世界/人間を計測するときの精度の高いMeasuring Device/Measuring Equipmentである。

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雨が降ってきた。ポルコ・ロッソに別れを告げるときがきた。

「Adieu l'ami. さらば、友よ。La Vie en Rose. ラデュレのバラ色のマカロンとともに逝け」

別れを告げるとポルコ・ロッソは満足げに低く唸り、静かに眼を冥じた。

ポルコ・ロッソをずっと撫でていよう。一番好きだった胸元あたりを。『びっこの仔犬』を小さな音で聴きながら。

わが友、ポルコ・ロッソよ。虹の橋では山岳犬ダフィーと仲良くな。

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びっこの仔犬 - 加山雄三 (1969)
 
by enzo_morinari | 2019-01-03 04:02 | センチメンタルな旅 | Trackback | Comments(0)

センチメンタルな旅 冷たい部屋の世界地図

 
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遥かな遥かな見知らぬ国へ ひとりでゆくときは船の旅がいい。Andre Candre

積荷もなく行くあの船は海に沈む途中。魚の目で見る星空は窓に丸い形。Andre Candre

他者の死を知ることはできない。他者の死を死ぬことはできない。E-M-M

死を恐れぬ者はいない。なぜなら、生きている者は死を経験したことがないからだ。E-M-M

死について語る資格があるのは死者だけだ。しかし、死人に口なし。死者は黙して語らない。饒舌な死者はモグラ通りの行き止まり、モルグ街にしかいない。E-M-M

人生はみずからの意思でいつでもどこでもどのようにでもシャットダウンできるが、ログアウトはできない。E-M-M

日輪が子午線を通過する時刻から月が欠けて還っていくとき、人は往路よりも復路で自滅する。C-G-J

Baby I'll call up a storm and keep you safe from harm. But you only, you only disappear. T-M


神無月にかこまれ、つくづく、人生が二度あればと思い、危篤電報を受けとった夜。冷たい部屋の世界地図をひろげ、紙飛行機と積み荷のない船と銀河鉄道と不夜城行きの暗夜行路バスを乗りつぎ、恩讐の山を越え、暗く深い河を渡り、涙の砂漠を過ぎ、悲しみと嘆きと絶望の谷を通り、補陀落の海と豊饒の海を渡って東へ西へ右往左往する。航海日誌も後悔日誌もつけない。この際、往還の思想は役に立たない。良寛の手毬唄は聴こえない。

間に合わなかった。そういうこともあると諦めた。その夜は河沿いにないリバーサイド・ホテルに泊まった。

人生は二度ない。何度でも言う。人生は二度ない。かけがえのない大事な人々はみな死ぬ。逝く。遥か遠く去りゆく。もちろん、自分も死ぬ。消えてなくなる。跡形もなくなる。記憶の痕跡さえも。死んでも死ななくても花実は咲かないし、花は死ぬし、秘すべき花はない。そして、やはり、徹底的に決定的に、人生は二度ない。

おそろしいのは、そして、驚くべきは、自分の人生が二度あろうとなかろうと さらには、死のうが生きようが他者にとってはどうでもいいという冷厳冷徹な事実である。そして、二度目の死が容赦なくやってくる。忘却/忘去という名の二度目の死が。

口先で追悼の言葉を滔々とならべる者に死者の死んだ日をたずねてみるがいい。死んだ日どころか死んだ季節すらおぼえていないから。そのような者は、棄てられし民に寄り添う風を装いながら、大めしバカ酒を喰らい、歌舞音曲にうつつを抜かす不逞不埒不実な輩と同類/おなじ穴の狢である。

夫、妻、子、恋人、父母兄弟、友人知人、机をならべている会社の同僚、行きかう人々、電車の前の座席に座る未知の人物、そして、産声をあげる嬰児。

かれらの貌を目を凝らして見てみるがいい。全員、ひとりの例外もなく、いずれ、積荷のない船に乗って海に沈む運命を生きている者の貌だ。

鏡に映っているのはだれの貌だ?
水底から星空を見上げる魚の目になってはいないか?

他者の死を知ることはできない。他者の死を死ぬことはできない。

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つめたい部屋の世界地図 井上陽水 (1972)

積み荷のない船 井上陽水 (1998)

You Only Disappear - Tom McRae (2003)
 
by enzo_morinari | 2018-12-30 19:17 | センチメンタルな旅 | Trackback | Comments(0)