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カテゴリ:O.ヘンリーの書斎で(382)( 2 )

O.ヘンリーの書斎で(382) ボルサリーノの帽子とニナラナイ話と「王龍の大地」という変わった名前の中華料理屋の特別特殊特務機関中華丼のウズラの卵の煮たものと西洋膳所 JOHN KANAYA麻布の厨房

 
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25歳の冬、渋谷発桜木町行きの最終の東横線でボルサリーノを盗まれた。世界はニナラナイことだらけであると知った。お話ニナラナイ、形ニナラナイ、洒落ニナラナイ、銭ニナラナイ、徳ニナラナイ…。

杉並の成田東の「王龍の大地」という変わった名前の中華料理屋で特別特殊特務機関中華丼のウズラの卵の煮たものをつまんだときだった。ウズラの卵を煮たものは過度にプニョロプニョロしていて、つまもうとしている私に芸術的抵抗をしているように感じられた。半熟の叛旗さえ翻していた。

その成田東の「王龍の大地」という変わった名前の中華料理屋は店の壁一面に下卑た黄色い模造紙に赤い墨汁で手書きされた品書きが貼られていて、キッチュでギミアブレイクでタイガーバーム・ガーデンな奇妙なアトムスフィアをたたえていた。料理は文句なしにうまい。3日間飲まず食わずで食べたチキン・ラーメンといい勝負ができるレベルだ。

ニナラナイについては南麻布にある有栖川宮記念公園内の都立中央図書館で徹底的に調べあげた。ニナラナイはニライカナイとシャングリラとニエキラナイに囲まれていて、三角法によって位置を特定できた。

2度目にニナラナイが姿を現したのは30歳の春。西洋膳所 JOHN KANAYA麻布の厨房だった。どういった風の吹きまわしか、厨房にはラ・ロシェルの坂井宏行がいた。ニナラナイは坂井宏行の癪にさわる薩摩訛りを避けるように厨房の隅に立っていた。

六本木通りに面したビルの2階に西洋膳所 JOHN KANAYA麻布はあった。2004年に閉店したが、それは真っ黒くろすけも赤面するほどにアメリカマッカチな嘘偽りである。
 
by enzo_morinari | 2019-01-16 03:52 | O.ヘンリーの書斎で(382) | Trackback | Comments(0)

ゴンザレスの南、チチリアーノの西。あるいは RIDE ON TIME の男/O.ヘンリーの書斎で(382) あらかじめ失われた庭を求めて。

 
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2000トンの雨の中、RIDE ON TIMEの男は不可思議グーゴル・ピーチパイ製の巨大な波を連れて夏の終わりを告げにやってきた。


休暇届の書き方の問題に端を発した私の誤解から職場を追われるはめになった。今後の展開について作戦を立てるため、雨の日の麹町小学校の放課後の音楽室で「ぼくのクラゲ弁当」による短めの昼食をとった。「ぼくのクラゲ弁当」は故障ぎみでシャープさに欠け、味気なかった。チタニウム合金の味だけが際立っていた。しょんぼりしかけた気持ちに鞭を入れ、「ゴンザレスの失われたファリエロ・マージ」を探す旅に出ることにした。

「いい旅を!」などとは誰も言ってくれないのがわかっていたから自分で自分に言ってみた。言ったとたんに物悲しい気分になった。そして、すごく後悔した。情けなくなった。しかし、この旅の円環はかならず閉じなければならない。旅の仕度をととのえる私の耳元でターコイズブルーのアスタリスク(*)がそっとつぶやいた。

「いかなるときにも、*に気をつけなさい。*は凶星ハドリアヌスターである。それと、あれだ。誤解があるようなのではっきりさせておく。わたくしはノスタルジックなのではない。やや年老いてはいるがね。わたくしはちょっとセンチメンタルなだけなんだ。おぼえておいてくれ」

ターコイズブルーのアスタリスク(*)は年老いてはいるがノスタルジーにひたっているわけではない。センチメンタルなだけだ。その証拠にアスタリスク(*)の瞳には小さな星がいくつも輝いている。

「ターコイズブルーのアスタリスク(*)は年老いてはいるがノスタルジーにひたっているわけではない。センチメンタルなだけだ」と5回繰り返して口にだした。世界観に若干の修正が加えられ、世界は安物のブリキのおもちゃみたいにピカピカと輝き、いくぶんか小躍りしているようにみえた。

次の日。揺れる象といっしょに長めの昼食をとり、ケルアックの『路上』を読んでいた昼下がりにRIDE ON TIMEの男は突然現れた。彼がいったいどんな目的でやってきたのかはわからない。そもそも、RIDE ON TIMEの男には目的などなかったのかもしれない。彼の真の目的は「時間に乗ること」だけだからだ。

「このレコードをきみのオーディオ装置で聴かせてくれないかな? マイ・シュガー・ベイブ。夏の日々に本当のさようならを告げるために」

RIDE ON TIMEの男は山下達郎のEPレコードを差しだしながら言った。私はイーベイ・オークションに「三曲がり半のケケ・ロズベルグ」を出品するための作業をしているところだった。

「!? どうやって入ってきたんだよ!?」
「ふふふ。時間の破れ目から」
「時間の破れ目?」
「うん。たぶん、きみならできるよ」

RIDE ON TIMEの男は言うと、勝手知ったる他人の家よろしく手際よくアンプリファイアーの電源を入れ、マイクロ社製砲金ターンテーブルにビニルの黒いレコード盤をのせた。RIDE ON TIMEの男は右の人指し指の腹で針先にさぐりをいれたあとミンダナオ島の宗教儀礼のような雰囲気を漂わせながらドーナツ盤に針を落とした。プチプチというノイズのあとに聴こえてきたのはトニー谷の『家庭の事情』だった。

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RIDE ON TIMEの男はその場にもんどり打って倒れこんだ。それを見た不可思議グーゴル・ピーチパイ製の巨大な波は9月の不思議な桃専門店の鞠屋の前歯を目指し、ものすごい勢いで旅立っていった。マイル君とパプ谷のクリマロ君とバスで見た女がそのあとにつづいた。部屋は青南小学校の放課後の音楽室のような静寂で満たされた。

私は『路上』を閉じ、ブックエンドに戻した。ブックエンド担当のポールとアートが2人同時に「だいじょうぶ。明日には橋を架けてあげるから」と言った。そして、私に肩を貸してくれた。

私はあらかじめ失われた誰も知らないアンダーソンの庭を見下ろし、深々とため息をついた。「人生はかくもジズ・イズ過酷かつファンキーかつファニーざんす」と口にしてみたが気持ちはファンキーにもファニーにもならず、過酷なだけの未来が待ち受けているように思えた。

「ゴンザレスの失われたファリエロ・マージ」を探す旅の試練のことを考えていると、ひとりぼっちのダルメシアンがやってきて私に寄り添った。ポールとアートが貸してくれていたはずの肩は曲がり角のラティスとの百万回の曲がり角のキッスのための逢い引きに行ってしまい、コンドルがくわえた釘めがけてハンマーが振り下ろされようとしていた。

打たれる釘よりハンマーのほうがましだというのをこのときくらい実感したことはない。しかし。本当にそうだろうか? 打たれる釘よりハンマーのほうがましだろうか? 釘だって鉄だ。打てばハンマーだって痛いにちがいない。このことから私はひとつの結論を導きだした。それはつまり、どっちもどっち

人生も世界もどのような立場であれ、金持ちであれ貧乏であれ、健康であれ病気がちであれ、喧嘩が強かろうと弱かろうと、頭が良かろうと悪かろうと、美人だろうとブスだろうと、シンデレラだろうと眠れる森の美女だろうと白雪姫だろうと、屋根裏部屋だろうと拷問部屋だろうと、結局は五十歩百歩。行き着く先にたいした差はないということだ。だとすれば、私にこの先どんな困難やら危険やら災厄やらが大きな口を開けて待ち受けていても、それはどうってことのない過程のひとつにすぎない。

「勇気だ」と思った。「いや、ちがう。勇気すらもいらない。この世界はどうということのない過程の積み重なりにすぎない」と思った。全身にみるみる力が漲ってきた。

私のロードバイクが修理から戻ってくるのは1週間後。やることがない。仕方がないので夏の初めに書きはじめた小説のつづきを書くことにした。その小説はこんな感じだ。

O.ヘンリーの書斎で(382) あらかじめ失われた庭を求めて

昼下がりの大手町。オハイオ・ペニテンシャリーことウィリアム・シドニー・ポーターは『アンダーソンの庭』のフルコーラスを口笛で吹きながら歩いていた。足取りは軽い。

『アンダーソンの庭』の軽快なメロディはオフィス・ビルの狭間を風となって吹き抜けてゆく。低く見積もっても大手町界隈の気温は2度下がったはずだ。『アンダーソンの庭』の風が皇居を越え、半蔵門にたどり着けば、麹町大通りはさらに涼しく明るくなる。君住む街までだってひとっ飛びだ。

「オーケー。すべてうまくいく」

ウィリアム・シドニー・ポーターは日本経済新聞社の正面玄関を20メートルほど過ぎたあたりでつぶやいた。自らを鼓舞するためだ。ウィリアム・シドニー・ポーターはこれから東京国税局、東京消防庁を訪ね、最後に天王洲先の東京入国管理局に行かねばならない。しかも、すべての役所で頭の固い役人と丁々発止のやりとりをするのだ。尊大で杓子定規で融通の利かない日本の役人どもにはいままでに散々悩まされてきた。だが、きょうばかりはなんとしてもこちらの主張を通さねばならない。自分と家族の死活問題に関わるからだ。妻のエリコと娘のエリカの顔が交互に浮かんでは消えた。

東京国税局の正門前に到着し、警備員の人を見下したような胡散臭げな視線にさらされながらネズミ色の建物の中に足を踏み入れた。6ボックスにくっきりと割れた腹筋にさらに力が入った。

「オーケー。すべてうまくいく」

ウィリアム・シドニー・ポーターはもう一度、つぶやいた。「いざとなったら、イゴール・ゴンザレス・ガルディアーノがチチ・マイタイを連れて助けにきてくれるんだ」

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オハイオ・ペニテンシャリーことウィリアム・シドニー・ポーターが東京国税局の木っ端役人に重箱の隅にうずくまるゴマメの歯軋りより耳障りな声を聴かされはじめてから20分が経過してもイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノはチチ・マイタイを連れて助けに来てはくれなかった。

その頃、イゴール・ゴンザレス・ガルディアーノは六本木ヒルズそば、コンセプチュアル・アートとみまごうばかりのコンクリート・ウォールと対峙するかたちで遅く短めの昼食の最中だった。そのコンクリート・ウォールは六本木高校の土台となっていて、上からは浮かれたはしゃぎ声が壁を伝わって聴こえてくる。いかにも屈託がない高校生どもの歓声にイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノは海南鶏飯を食う手をやすめて7回舌打ちをした。

「どいつもこいつもお気楽極楽だぜ。おれが毎日毎日、熱く灼けたトタン屋根の上で自転車を漕いでいるってのに」

イゴール・ゴンザレス・ガルディアーノは2000年の春、外苑東通り東宮御所前で「通行区分違反」を犯したとして検挙され、自前で買った Chrome Metro のメッセンジャー・バッグを没収されたうえに都内有数のバイシクル・メッセンジャー会社であるOCHA-Servを解雇されるという憂き目にあっていて、おまけに向こう10年間、バイセクシャレックスの名物馬鹿社長ファット・キマラの厳重な監視のもと、バイシクル・メッセンジャーの血と汗と涙でできあがっていると噂されるバイセクシャレックス・ビルの屋上でローラー台に据付けられた自転車のペダルを毎分120回転、8時間漕ぎつづけなければならないのだ。それがきっかけでイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノはRIDE ON TIMEの男になったという次第だ。さもなくば南方郵便船の船艙でジュートに囲まれて生きるかだ。

大陸風に向ったまま行方不明の父親が本当は雨あがりの王国で靴職人として働きながら開放的な童話を書いていることをイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノの妹は知っていた。イゴール・ゴンザレス・ガルディアーノの妹は誰も知らないことを知っている。たとえば、シンデレラの屋根裏部屋には無数の貧乏なおばさんたちのため息や嘆きや涙や苦悩や絶望や不幸がコレクションされていることを。そして、シンデレラは夜ごとそれらのコレクションに罵声を浴びせ、嘲笑い、唾を吐きかけていることを。

「いつかわたしが退治してやるわ」とイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノの妹はケイデンスの神に誓う。当のイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノは灼けたトタン屋根の上の猫にひどい悪態をついている。水の誘惑に負けたオウムガイの漂流についての顛末は拳骨委員会主催の午後の番犬どもの愚かなパレードが終わってからだ。

Q.E.D. Quod Erat Demonstrandum. 証明終了。


RIDE ON TIME - Rainbow Blobfish TATOO (1980)
 
by enzo_morinari | 2018-11-26 19:20 | O.ヘンリーの書斎で(382) | Trackback | Comments(0)