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カテゴリ:Urban Melancholy( 3 )

Urban Melancholy/不可視にして不可聴の夜の鳥たちはBright Lights/Big City Lightsを目指して、東京の夜空を滑るように翔んでゆく。

 
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SHAKATAKの『Night Birds』が世に出た1982年はひどい年だった。2月8日に赤坂のホテル・ニュージャパンで火災が発生し、33人が死んだ。翌日、JAL機が機痴外機長の逆噴射で羽田空港沖に墜落した。JAL機逆噴射墜落事故でホテル・ニュージャパンの最悪の火災事故は影を潜めるかに思われたが、ほどなくして、蝶ネクタイの表エビスで裏閻魔の下衆外道横井英樹の虫酸づら/腸煮えくりかえり声が連日報道されたはじめた。

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虫酸づら/腸煮えくりの閻魔エビスの野郎がいったいなにを言っているのかさっぱりわからなかった。泡劇場の最盛期にアークヒルズの全日空ホテルでよくみかけた。いつも若い女を連れていた。おなじ若い女。ホテル・ニュージャパン火災事故で死んだ犠牲者の娘だった。

虫酸が走りまくり、腸が煮えくりかえった。賠償交渉の過程で誑しこみ誑かしたのだろうが、鬼畜の所業であることにかわりはない。女も女だが、横井英樹の下衆外道ぶりがゆるせなかった。酒もメシもまずくなった。気分は最悪だった。いっそのこと始末してしまおうと決めた。3年近くかけた計画は完璧、機材/道具も準備万端だったが、決行直前、目的語のない女のひと言で、すんでのところで踏みとどまった。

「あのような臆病姑息な輩を殺してもえるものはありません」

田園調布と周辺の地理に詳しくなったことがえたものだ。横井英樹の孫であるラッパーのZEEBRAの声も楽曲も好きだ。ZEEBRAにこれっぽっちも罪はないし、悪びれる必要もない。音楽スタイル同様、デカいツラして「No.1! No.1!」とやってりゃいい。ただし、敵討ち/仇討ちの話となれば話は別である。ホテル・ニュージャパン火災事故の遺族乃至はその子孫から依頼があれば、当然に引き受ける。香典がわりに報酬はディスカウントする。血の問題/闇は重く深い。

のちに、生物学上の父親が横井英樹襲撃事件にかかわって逮捕されていたことを知り、因縁因果はめぐるのだと知った。横井英樹襲撃事件が起きたのは私が生まれる半年ほど前だ。

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横井英樹襲撃事件を起こした犯人たちが所属する安藤組組長の安藤昇や安藤昇の子分の素手ゴロの王/伝説の喧嘩師の花形敬(『グラップラー刃牙』に登場するヤクザ界最強の喧嘩師・花山薫のモデル)とは生物学上の父親に連れられて渋谷の三平台に行ったときに会った記憶がある。安藤昇は物静かで、頬の左側に深い傷痕のある凄みのきいた人物だった。花形敬は喧嘩のときにマムシのような顔になると恐れられたが、ただ図体がデカいだけの木偶の坊という印象を持った。

自分の遺伝子を受け継ぐ者が生まれることを知りながら横井英樹襲撃に加担した生物学上の父親が、当時なにを考えていたのかにはいささかの興味があるが、死人に口なし。裁判記録もすべて廃棄処分されていて、事件にかかわることはもはやなにひとつ知ることができない。

横井英樹は1998年に死に、安藤昇は2015年に死んだ。花形敬は1963年に殺されている。生物学上の父親は横井英樹襲撃にかかわることも戦争中に大日本帝国陸軍梅機関の特務機関員として中国大陸で行った悪逆非道についても「本当のこと」はなにひとつ語らぬまま2002年に身罷った。

病気で死ぬのか事故で死ぬのか、みずから命を絶つのか殺されるのか。寿命老衰による自然死か。死に至る態様はそれぞれだが、実は死ぬのはそれほど特別なことではない。大騒ぎし、うろたえるのは人間だけだ。人間以外の動物も植物も生きのびること/受け継いだ遺伝子を次の世代に引き継ぐことに必死だが、人間のように無様なことはない。死は生の延長線上にあるのだから当然だ。リアルな生から垂線を垂らしていってたどりつくのがまぎれもなくリアルな死である。

たかだか人生100年足らずのあいだにくそまじめに、あるいは乙にすまして、さらにはお粗末な暮らし自慢に日も夜もない輩が、お茶のお華のお能の歌舞伎の古典芸能の読書のクラシック音楽の美術鑑賞のアートの映画の美食のとやって悦に入っているのは滑稽至極だ。生きているうちは誰も彼もどいつもこいつも糞袋、死ねば風が吹けば跡形もなく消えてなくなるしゃれこうべである。

生まれる。生きる。死ぬ。このみっつで1セット。これらが絶妙に入り組み、絡まりあいながら物語は紡がれる。

不立文字か十七文字か三十一文字か川柳かショート・ショートか掌編か短編か中編か大長編か一大叙事詩かミトスかロマンかフォークロアかハードボイルドかファンタジーかサイエンス・フィクションかノンフィクションかドキュメンタリーか身辺雑記か酔生夢死か無頼か白樺派か新しき村かヤマギシ会かオウム神仙の会か不幸の科学か自己啓発セミナーかソーカ学会か、はたまたポルノグラフィかエロエロかコキュ/コルナール/コルネットかのちがいはあるけれども、善悪、価値の高低はない。生まれるときは生まれ、生きるように生き、死ぬときは生き様どおりに死ぬだけである。ただし、自分の心/魂に嘘はつけない。ごまかせない。神サマ仏サマお釈迦様をごまかせてもだ。

卑しく賤しい心/性根/魂はゼニカネがあろうが健康で文化的で知的な生活をしていようが地獄餓鬼畜生である。卑しく賤しい心/性根/魂を持つ者は御大層な茶室を持っていても、その茶室の躙口は地獄の大釜の口だ。和敬清寂? それってうめえのか? 三途の川の船賃になるのか? 地獄の邏卒への鼻薬になるのか? いずれもNoだ。糞の役にも立たない。

ゼニカネがなかろうが、本も読まず音楽も聴かず、お能も歌舞伎も見ず、お茶お華の作法調法を知らなくても、気高くある心/性根/魂は天上天国極楽浄土にある。天国への扉は開いているどころではなく、気高い心/性根/魂を持つ者はいつも平安にして天上無上の約束の地に生きている。

それらのことども、人々を乗せ、丸ごと抱えこんで、そして、東京の街/昭和という時代さえも飲みこんで、今夜も、夜の鳥たち/Night BirdsはBright Lights/Big City Lightsを目指し、東京の夜空を滑るように翔んでゆく。


Night Birds>Invitations>Lonely Afternoon - SHAKATAK (1982)
Street Dreams - ZEEBRA (2005)
 
by enzo_morinari | 2018-11-14 06:48 | Urban Melancholy | Trackback | Comments(0)

Urban Melancholy/都市の憂鬱 埋めようのない空虚で巨大で強固な穴

 
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田園にいても、都市/都会にいても、どこにいてもいなくても、ジョン・マルコヴィッチの穴よりはるかに狷介剣呑で予測不能な、埋めようのない空虚で巨大で強固で悪意に満ちた深淵/穴が口を開けている。心にも。覗きこめば、向こうもこちらをみていることに気づいて慄然とする。飲みこまれるのは時間の問題だが、救いは、時間が存在しないことである。


Night Birds>Invitations>Lonely Afternoon - SHAKATAK (1982)
 
by enzo_morinari | 2018-11-12 04:36 | Urban Melancholy | Trackback | Comments(0)

Urban Melancholy/On the beach, Down on the beach…都市生活者はだれにも見せない憂鬱を胸に秘めている。

 
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クリスマスに向けたナイト・クルージングは遠く、ひとりの午後を経て、夜の鳥たちはBright Lights/Big City Lightsを目指して、東京の夜空を滑るように翔んでゆく ──。


1994年の夏は泡劇場で負った深傷がいくぶんか癒えて、泡劇場崩壊後、ほとんど聴くことのなかった音楽を聴くようになっていた。そのうちのひとつが泡劇場が開幕する直前の1986年に出たChris Reaの『On The Beach』だ。

On The Beach - Chris Rea (1986)
Driving Home For Christmas - Chris Rea (1986)
Night Birds>Invitations>Lonely Afternoon - SHAKATAK (1982)
 
by enzo_morinari | 2018-11-11 14:41 | Urban Melancholy | Trackback | Comments(0)