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カテゴリ:学問のスズメ( 1 )

陽だまりの中の学問のスズメ

 
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「学問」とは学びを問うことなのか問いそのものを学ぶことなのかについては古来議論のあるところであるが、アナクシマンドロスの言を借りるならば、「学問」は陽だまりの雀の如きものであるといわざるをえない今日この頃である。

正確に35年前のことだが、わたくしは一羽の雀を捕獲し、ひと冬をかけて弟子にした。彼はわたくしが仕掛けた棒きれとザルと紐と米粒で構成された極めて簡素な罠にもののみごとに捕らえられ、突然降りかかってきた「災厄」のただ中で、見ているこちらが息苦しくなるほどに身悶えていた。

わたくしは、こいつはどこにでもいる馬鹿で他愛のない「フツーの雀」なのだなとそのときは思ったのだが、それは大きなまちがいであった。彼はその「災厄」が訪れるまでは精々が襖に描かれて客寄せの手先になるか、駄馬に追い立てられて歌の題材にされるか、教訓を押しつけるためのお伽噺のモチーフにされるくらいが関の山であるような、まぎれもない「フツーの雀」にすぎなかったであろうが、わたくしによって仕組まれた「災厄」を契機として、彼は「フツーの雀」から脱却したのである。かくして、わたくしは彼を「学問のスズメ」と命名した。

「学問のスズメ」は片時もわたくしから離れなかった。わたくしが食事の仕度を整え、「学問のスズメ」に差し出すと、「学問のスズメ」は遠慮がちな眼差しをわたくしに返してよこした。わたくしは瞬く間に「学問のスズメ」の虜になってしまった。

「学問のスズメ」はわたくしが退屈しているときなど、羽をいっぱいに広げて床に伏せ、わたくしの方に向かってすり寄ってくるというような愛くるしい仕草をすることがあった。そのときの羽と床とが擦れる「バサッバサッ」という音は今も耳に残る。

 陽だまりの中で「学問のスズメ」はいかにも幸福そうだった。幸福そうな「学問のスズメ」を見つめているわたくしはもっと幸福だった。わたくしと「学問のスズメ」との幸福な日々は春まで続いた。

冬が終わり、世界がやわらかにほころびだす頃、「学問のスズメ」はわたくしの元を去った。陽だまりの中に「学問のスズメ」は溶けこむように消えたのである。

今から思えば、彼はわたくしを自分にとって最も安全な相手と見こんだのであるように思われる。さらには、冬を乗り切るための避難所とわたくしを考えていたのかもしれぬ。その証拠に、「学問のスズメ」の末裔と思われる雀どもは、今も木枯らしが吹き始める頃になると、わたくしの元へ転がりこんでくるのだ。

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by enzo_morinari | 2018-11-06 06:02 | 学問のスズメ | Trackback | Comments(0)