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カテゴリ:知の愉しみ、知の企み( 1 )

哀しい視線 ── 小林秀雄といふ事/半端人足基地外人の書評を標榜する駄文を嗤う。

 
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批評とは、無私を得る道である。小林秀雄
知の集積度と知盗の技術力は比例する。森鳴燕蔵


半端人足基地外人(ハンパニンソクキチガイビト)は、おそらくは読書家/教養人/趣味人/良識派を自認しているのだろうが、そのテクストがひどい。おぞましいほどにひどい。お話にならぬ。日本語の言語表現の基礎技術がまるでなっていない。小学生中学生のレベルである。

句読法まるでダメ、てにをは(助詞)の用法悶絶、修辞法(レトリック)ゼロ、グラマトロジー/エクリチュール/パロール/ディスクールとは無縁、パラダイム/エピステーメー無視、メルクマール/アジェンダ/サンクチュアリなし。

本人は至って大真面目、大仰鼻高々だが大嗤いである。小学生中学生の「読書感想文」のほうが素直で小細工/小手先がない分、よほどいい。

半端人足基地外人はしきりに「あらすじ」のあらすじ、要約の要約を記述する。つまらぬ感想つきで。しかも、大的はずれに。正鵠は銀河系宇宙の反対側にあるほどに。

「あらすじ」のあらすじ、要約の要約を記述することになんの意味があるというのか? しかも、その「あらすじ」のあらすじ、要約の要約は不正確きわまりない。引用もだ。ミスリードだらけ。悪意さえ感じるほどのミスリード。

そもそも、「あらすじ」のあらすじ、要約の要約などにはまったく意味も価値もない。腰巻き(帯)/巻末の解説短文でじゅうぶんである。

シャープに正確に明晰に精緻に。これはなにごとかなにものかを評するときに必須の姿勢/態度である。

おそらくは半端人足基地外人は読んだテクストをまともには理解できていまい。そのことは彼の言語表現技術の稚拙からあきらかである。まともな言語表現ができない者に他者の言語表現を理解できるはずはない。他者の言語表現にかぎらず、世界を解釈することも当然にできない。世界と向きあうことすらもできない。みずからの言葉を持たぬ者に世界は扉を閉ざす。

半端人足基地外人は自らの不明に気づくこともあるまい。彼にあるのは醜悪陋劣な認知欲求だけである。そして、驚くべきことに半端人足基地外人はものごとを読みとくときの基本である本歌取りさえ知らない。唖然とするばかりである。

半端人足基地外人の駄文には、思いつくだけで、退屈/陳腐/的はずれ/当てずっぽう/剽窃/ありきたり/稚拙/陋劣/辛気といったタームが浮かぶ。半端人足基地外人は他者の言語表現のみならず、音楽/美術/映画/演劇/エンタテインメント等々についても及ぶが、すべてひどい。表層/うわっつら/上っ調子/恥の上塗り/あさはか/低次元。

半端人足基地外人に透けて見えるのは姑息さである。これまでの人生全般を姑息に生きてきたことが透けて見える。なんらのクライシス・モーメントもクリティカル・モーメントもなくただ姑息に臆病に生きてきたんだろう。ただ一人炎の中心に立つこともなく。

私が蔑み、忌み嫌い、憎悪し、憤怒する件のポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊の団塊外道と異なるのはネゲットのためではない点である。退屈/陳腐/的はずれ/当てずっぽう/剽窃/ありきたり/稚拙/陋劣/辛気といったタームは共通しているし、その駄文の低劣さつまらなさは驚くほど似ている。同一人物かと疑ったことさえあるほどである。ふたったりとも野暮天/陳腐陳気/通俗/俗物/無風流のきわみだ。そのような輩が落語の歌舞伎のお能の狂言のとは大嗤い。へそが茶を沸かすというものだ。

批評の対象は書物/書籍だけではない。文化全般、音楽、美術、演劇/芸能、建築、食、政治/経済/哲学/思想/法、そして、人間。およそ、古今東西の世界のすべては批評の対象である。

ウィトゲンシュタイン先生は「語りつくせぬことについては沈黙せよ」と言った。ポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊の団塊外道の一知半解どころか零知零解を戒める言葉である。ウィトゲンシュタイン先生の至言が半端人足基地外人に届くかどうか。届かないだろう。

到底、届かないだろうが、半笑いを浮かべて観察計測し、大嗤いすることで残り少なくなった手持ち時間をやりすごすよすがとするのも風狂である。小林秀雄が11年の長きに渡って書き継いだ大著『本居宣長』を再び繙き、なぜ小林は本居宣長に向かい合ったのかを突き止め、強固巨大な岩盤をひと鑿ひと鑿穿ちつづけた意味を考えながら。桜がまだ芽吹きさえもしない早春に逝った無常軒ドストエフスキイモオツァルトヒント屋を思いながら。

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「小林秀雄が生きていれば」と思うことがよくある。戦後、たちまちキャラメルママ・デモクラシーのまやかしにしてやられ、そのふしだらきわまりもない言説に迎合したあげく、"進歩的文化人" に変貌したり、懺悔したりする知識人らを尻目に、「頭のいい人はたんと反省するがいい。僕は馬鹿だから反省しない」と小林秀雄は言い放った。清潔な態度に深い共感を持った。

この秋、小林秀雄の評論集『無常といふ事』をゆっくり時間をかけて再読した。『無常といふ事』は実にいい。文体がたまらなくいい。同時に、友の死さえも「物」として見てしまう小林秀雄の「視線」に強く魅かれた。

読書ノートによれば、『無常といふ事』を読んだのは小学校5年の夏休みである。私の "小林秀雄初体験" であった。以後、三島由紀夫とともに私は小林秀雄にのめりこんだ。

小林秀雄畢生の大作『本居宣長』が「新潮」に連載開始されたのは昭和40年だが、その3年後、私は行きつけの古本屋で「新潮」の昭和40年6月号をみつけ、その中に小林秀雄の『本居宣長』を発見した。そのときの心のふるえはいまもあざやかにおぼえている。

以後、「新潮」のバックナンバーを可能なかぎり入手し、『本居宣長』だけを読んだ。小学生ごときにこの難解な大作が読解できたのかどうかははなはだ疑問だが、おそらく、一連の小林秀雄作品をやっつけてしまおうという荒削りな情熱の中で読んだのにちがいない。それもまた、「読書」のありようのひとつであるから、よしとせねばなるまい。

過去の連載を読み終え、最新の連載に追いついたとき、私は中学生になっていた。おとなのとば口に立ちつくしながら、小林秀雄の「視線」「眼差し」がいつも自分に注がれているような錯覚に陥ることがしばしばあった。

哀しい視線 ── 私が小林秀雄の眼差し、視線に感じたものである。読むもの・観るもの・聴くもの・触れるもの・食すもの ── 何から何までが哀しかったにちがいない。

視えすぎてしまう悲劇 ── 小林秀雄の後半生はまさに悲劇だったのではないか。よくも天寿をまっとうしたものだ。「視えすぎてしまう悲劇」を生ききることのできなかったのが、芥川龍之介であり、三島由紀夫であり、江藤淳だろう。吉本隆明をのぞけば、あとはひと山いくらという括りで充分である。その吉本隆明も逝き、この国の「精神」はいよいよ末期に近づいた。

批評とは無私を得る道である ── そのような極意、境地に小林秀雄は晩年に至って達する。そして、ランボー、モーツァルト、ゴッホ、ドストエフスキーの森や闇や谷や砂漠や狂気を変遷し、批評する精神の大伽藍がついに辿りついたのが本居宣長であった。

小林秀雄は実に11年間にわたって『本居宣長』を書き継ぎ、完成をみた6年後の昭和58年早春、桜がまだ芽吹きさえもせぬ季節に世を去った。享年八十。その哀しい視線はいま、この国を世界を、そして人間をどのように視ているのだろうか。

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by enzo_morinari | 2018-10-29 04:05 | 知の愉しみ、知の企み | Trackback | Comments(1)