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カテゴリ:プリンシプル・ライフ( 1 )

プリンシプル・ライフ ── てめえには手がねえのか! ダグラス・マッカーサーを怒鳴りつけた日本で一番カッコイイ男

 
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戦後、占領下日本の王、ダグラス・マッカーサーをして「日本で唯一従順ならざる人物」と言わしめた男がいる。男がGHQと水面下で繰り広げた丁々発止のやりとり、駆け引きはいまや「伝説」である。日本で一番カッコイイ男の名は白洲次郎。

1902年生まれ。兵庫県芦屋の大富豪の御曹司。17歳から26歳までの青春期をケンブリッジ大学留学の期間を含めて英国にすごし、英国流の紳士道、カントリー・ジェントルマンとしての生き方を身につけた。

「僕らはあなたに憧れる」というインターネット投票ではダントツの1位に輝いている。このとき、白洲次郎は幕末のヒーローにして人気ランキング上位常連である坂本竜馬の10倍ちかい票を集めた。

身長185cmの折り紙付きハンサムボーイでスポーツ万能、ファッション・センスは秀逸優雅。また、若き日、Oily Boy(自動車いじりばかりして油にまみれていることを指す)の異名を取るほどのクルマ好きで、生涯にわたってクルマを愛し、世界の高性能スポーツカーをぶっ飛ばしまくった。

愛車ベントレー・ヴァンデン・プラスを駆り、留学時代の友人とジブラルタルまで12日間におよぶヨーロッパ大陸縦断の旅を行ってもいる。トヨタのソアラは白洲次郎のアドバイス、No Substitute/かけがえのない車を目指せをもとに製品化された。「かけがえのないもの」はソアラの製品コンセプトである。晩年にいたるも、1968年型の「真っ赤なポルシェ911S」を巧みに操り、風のように疾走した。80歳をすぎてから、三宅一生のファッション・ショーにモデルとして出演し、喝采を浴びた。颯爽華麗な見姿に会場は割れんばかりの拍手と歓声につつまれた。

生まれも育ちも容姿も趣味嗜好のセンスも非の打ちどころがない。しかし、それだけでは日本で一番カッコイイ男とはなりえない。白州次郎がカッコイイ男の真骨頂を発揮したのは戦後の占領下日本である。

*画像は白洲次郎49歳のときのもの。「日本人で初めてジーンズをはいた男」でもある。ヘインズの白いTシャツにリーヴァイス! カッコイイ!  
 
英国留学時代からゴルフに親しんだ白洲次郎は、英国流のゴルフ場を築き上げることに情熱を傾けた。軽井沢ゴルフ倶楽部の理事長時代、白洲次郎の人柄をしのばせる数々の逸話が残されている。

●車の後部座席のドアを開け、運転手にゴルフ・シューズの紐を結ばせているメンバーを見た白洲次郎は、「てめえは手がねえのか!」と怒鳴りつけた。
●”今太閤”田中角栄(当時首相)が新任のアメリカ大使とゴルフをしたいので、なんとか便宜を図ってくれと言ってきたとき、「日曜はビジターお断りだ。」と突っぱねた。
●中曽根首相(当時)が護衛や新聞記者を引き連れてきたとき、「メンバー以外の立ち入りは許さない。」と同行を拒否した。
●台風後、懸命にコースの整備をしているとき、ある大物政治家がやってきてプレーを再開させろとゴネた。白洲次郎は「とぼけたことを言っていると、今度の選挙で落選するぞ。」と追い返した。(件の議員は、次の選挙で本当に落選した。)

これらの逸話からも明らかだが、白洲次郎のすごいところはいかなる事態難局であれ、相手が最高権力者であれ、自らがよって立つ原理原則、信条、筋目を曲げなかった点にある。彼が実践し、ことあるごとに言いつづけてきたことのすべては、「筋を通せ」の一語に集約しうる。白洲次郎の貌は、その端正、気品よりも、「筋」を通しきった男の誇り、矜持のしるしとみなければならない。「筋」を白洲次郎は「プリンシプル(原理原則)」と表現し、その著、『プリンシプルのない日本』の中で次のように言っている。

「プリンシプルとは何と訳したらよいか知らない。原則とでもいうのか。西洋人とつき合うには、すべての言動について、プリンシプルがはっきりしていることは絶対に必要である。日本も明治維新前までの武士階級等は、総ての言動は本能的にプリンシプルによらなければならないという教育を徹底的にたたき込まれた。」

「言うべきことを言う」「筋を通す」という白洲次郎のスタイルは「憲法改正」についても遠慮容赦ない。

「憲法を改正するということ自体は私は賛成である。現在の新憲法は占領中米国側から”下しおかれた”もので、憲法なんてものは、国民のもり上った意志でつくるべき本質のものだと思う。占領もすんで独立を回復した今日、ほんとの国民の総意による新憲法が出来るのが当然ではないかと思う。長く大事に持っているものは人に貰ったものより、自分自身の苦心の結晶に限る。今でも憲法は”どうせアメリカさんからの貰いものだ”なんていう様な言葉をよく聞くが、聞くたびにほんとに我々がつくった我々の憲法がほしいものだと思う。」

さて、昨今の日本に筋を通す人物がどれだけいることか? どの顔を見ても「誇り」のほの字も見当たらぬ。「ほっかむり」のほの字が書かれたツラなら、掃いて捨てるほど、いやというほどお目にかかれる。嘆かわしいかぎりだ。 
 
ノブレス・オブリージュ/Noblesse Oblige. 騎士道精神の粋を表現する言葉である。ノブレス・オブリージュはフランス語で、直訳すれば、「高貴な者の責務」を意味する。恵まれた環境にいる者には、恵まれた程度に見合った義務があるとする考え方だ。いざという時には命も財産もすべて投げうち、使命をまっとうする。これは中世ヨーロッパの騎士道に端を発する考えで、「いざという時」というのは、共同体の命運を賭けた「戦争」を意味した。

新約聖書には次のような言葉がある。

多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、さらに多く要求される。(「ルカの福音書」第12章 第48節)

古代アテネでは軍船の供給や饗宴の開催、合唱団の訓練などを公的な義務として富裕層に割り当てていたと言われる。「選ばれし者の責務」である。貴族制度が現在も残るイギリスは、これらの考え方が深く浸透しており、第一次世界大戦では志願して従軍した貴族の子弟に戦死者が多かった。フォークランド戦争時にも王族が従軍している。王族や貴族などの「特権階級」が、その特権的な地位を利用して兵役を免れようとすれば、一大不祥事として社会全体から手厳しい制裁を受けるのだ。白洲次郎はこのノブレス・オブリージュを実践した数少ない日本人であった。 
 
by enzo_morinari | 2018-10-25 17:10 | プリンシプル・ライフ | Trackback | Comments(0)