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カテゴリ:やくざのうた( 1 )

関東無宿の片割れ月夜

 
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朝方、訃報が届いた。大原征士郎。やくざ者。行年七十二。肝臓がん。やくざとして生き、現役のやくざのまま死んだ。

大原征士郎はちょうどひとまわり年上だった。はるか昔、こどもの頃におなじ貧乏長屋の隣りに住んでいた。私は大原征士郎をもやしの兄ちゃんと呼んでいた。もやしのように痩せていたからだ。

貧乏長屋。木造平屋建て。六畳ひと間。家賃三千円。風呂なし。台所便所共用。総世帯12。貧乏人の巣窟。貧民窟。食うだけで精一杯。石川島播磨や東芝の職工が多かった。土方ややくざ者もいた。

私はその貧乏長屋に母親と二人で暮らしていた。小学校の6年間、ただの1度も給食費とPTA会費を払ったことなし。高利貸しの取り立てのように催促するオールドミスのクソババア先公にない袖は振れないと嘯く日々。どこも似たりよったりのスネに傷持つ訳ありの貧乏所帯。貧乏長屋に高利貸しや借金取りが来ない日はなかった。そんな日々がずっとつづいた。

もやしの兄ちゃんは私の不良少年の頃のすったもんだから泡劇場崩壊後の裏社会の人間との丁々発止のときまでなにくれとなく力を貸してくれた。対価、見返りいっさいなしで。生身のからだを張って。長い懲役を覚悟の上で。

中学2年の秋に母親が死んで天涯孤独となり、大原征士郎のところに入ってやくざになろうとしたが、大原征士郎は頑強に拒んだ。

「俺はバカだからやくざしかできない。だから、やくざをやってる。だけど、おまえはちがう。俺ができなかった分まで勉強してえらくなってくれ」

大原征士郎はそう言って、くるりと背を向けた。

その後、もやしの兄ちゃんが稲川会の前身の錦政会の金バッジに出世したというので伊勢佐木町の近くの曙町のアパートにYAMAHAのフォークギターを持って訪ねた。金バッジに出世したお祝いに自作の歌を聴かせるためだ。歌は『関東無宿の片割れ月夜』というタイトル。全部で108番まで。

001 関東無宿の片割れ月夜 肩で風切るやくざ者
004 刺せば監獄 刺さねば地獄 刺さにゃおいらの身がもたぬ
023 やくざなるなよ堅気になれと かわいいあの娘が言って泣く
024 ドスやメリケンこわくはないが 俺はあの娘の眼がこわい
025 こわいはずだよ あの娘の眼には「愛」という字が書いてある
108 やくざやくざと馬鹿にはするが 花も実もある恋もある


大原征士郎、もやしの兄ちゃんは涙を流してよろこんだ。朝まで二人で安酒を飲んだ。会津ほまれとトリスが2本ずつ空になった。

きょうは枕辺で108番全部歌ってやろう。焼かれて骨になる前に苦労して入れた自慢のがまん/白粉彫りの桜吹雪の刺青も隅から隅まで見てやろう。桜吹雪の刺青を眺めながら季節はずれの花見酒と洒落こむ手もある。せめてもの手向けだ。世界中、どこもかしこも土砂降りの雨になればいい。涙雨に。涙雨に濡れながら飲む涙の酒なら飲みすぎても神様も仏様も閻魔様も大審問官も大目に見てくれるだろう。

それにしても苦い酒だなぁ。甘露甘露とはまちがっても言えねえや。だろう? もやしの兄ちゃん。


484のブルース - 松方弘樹
涙の酒 - 大木伸夫
 
by enzo_morinari | 2018-10-23 13:05 | やくざのうた | Trackback | Comments(0)