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カテゴリ:風狂綺譚( 1 )

永井荷風の血が騒ぐ

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不思議なものね あんたをみれば胸さわぎの腰つき K-K/SAS
蟲たちがいない。なぜかしら。胸がドキドキする。風の谷の少女


2009年の3月1日、浅草の洋食屋のアリゾナでチキンレバー・クレオールで昼めしを食っているときに不意と胸騒ぎがした。胸騒ぎに心当たりはなかったがぞわぞわした感じはしばらくつづいた。3月1日になにがあったのか調べてはたと思い当たった。1959年3月1日、永井荷風がアリゾナで昼食中に「病魔歩行殆困難」となっていた。(『断腸亭日乗』)

浅草六区の天ぷら屋の天健で巨大なかき揚げ丼を食っていたとき、急に心がざわついた。小上がりの壁に上機嫌の永井荷風が天健で花柳界の姐さんだか浅草の踊り子だかに囲まれている写真がかかっていた。大将にたずねると荷風は当時、天健の2階に仮住まい、早い話が居候していたということだった。胃腸の弱い荷風は天健の厚さ10cm近いかき揚げ丼は食べきれなかったろう。油のにおいにも閉口したはずだ。

偏奇館の跡地にある六本木の泉ガーデンの急坂をロードレーサーで登っているときも心がざわついた。不思議な感覚だった。

永井荷風が赤坂芸者であった曾祖母に産ませたのが私の祖母である。永井荷風は生物学上の曾祖父にあたるわけだ。曾祖父と言ってもまったくかかわりはない。つまり、メリットもデメリットもなく生きてきたし、生きている。

向島の玉の井(鳩の街)をうろついていたとき、やはり不意と秋刀魚だか鯖だか鰊だか鰯だか鯵だかの青魚を焼くにおいが激しく鼻をついた。あたりを見まわしてもそのようなにおいのする気配はない。と、そのとき軒先で七輪の近くにしゃがみこんで団扇でパタパタと七輪をあおいで風を送る馬面で風采の上がらない痩身長躯の60歳すぎの男の姿が見えた。男はロイド眼鏡のようなそらとぼけた眼鏡をかけていて、鼻当てが取れ、右のテンプルが真ん中から折れてなくなっていた。眼鏡が大きく右にずれ落ちてすごく珍妙奇妙奇天烈だった。男が眼鏡の位置をなおす様子も滑稽だった。

見えたと言っても、それはほとんど幻影のようなもので、その姿も七輪も網の上の魚もほとんど透けていた。透けてはいたけれども、網の上の魚は秋刀魚であることはわかった。まわりこむかたちで男の顔を真正面から確かめたら永井荷風だった。

「なにやってんだよ、ひいじいちゃん」と声をかけたが永井荷風はうんともすんとも言わずに七輪に風を送ることに集中していた。あとでわかったことだが、気仙沼の知人から秋刀魚をもらって向島玉の井の路地で七輪で火をおこして焼いたことが確かに『濹東綺譚』に書いてあった。永井荷風が東京下町の路地で七輪で焼いた秋刀魚を肴に酒を飲んだらさぞや風狂耽美な味がしたことだろうが、もはや確かめようがない。

確かめようはないが、この頃、なぜか血が騒ぐ。なんの血かはあきらかだが、しばらくは距離を置いて観察計測することにした。

来年の春、4月30日には雑司ヶ谷の墓にお参りして、墓の前で七輪で三浦の松輪の鯖でも焼いて供えてやることにしようと思う。フランスかぶれのひいじいちゃんには白ワインがいいか。もちろん、安物の。それが風狂ということでもあるだろう。
 
by enzo_morinari | 2018-10-22 04:13 | 風狂綺譚 | Trackback | Comments(0)