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カテゴリ:呪われた夜を超えて( 8 )

Do The Hustle! ── 渋谷遠征。宇田川町のCISCO RECORDS前、シスコ坂でBBQしていたら年老いた荒野のならず者ダーティー”Dirty Ol' Man”ハリーがやってきた。

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チーマーだのカラー・ギャングだのといううっとうしい坊やどもがまだ渋谷の街に出現するはるか昔。渋谷の街を肩で風を切って歩いていたのはチンピラヤクザだった。渋谷の不良の小僧っ子どもはチンピラヤクザに牛耳られ支配され薬漬けにされ搾取されていた。かわいそうなくらいだった。

渋谷。銭ゲバ/ゼニカネの亡者どもが蠢き、下衆外道どもによるどす黒い戦争が繰り返される街。Back Stabbersだらけの街。

渋谷センター街のアーケードを過ぎてすぐ右手のライオンで大ジョッキのビールを飲み、ジャンボ・フランクフルト・ソーセージとザワークラウトを食べてからほろ酔い気分でセンター街を歩いているとおない年くらいの小僧っ子が声をかけてきた。

「いいネタあるよ」

私は呪言師ジュゴンと顔を見合わせた。

「ネタ? おまえのネタの100倍いいネタがヤサに唸ってるよ、小僧」

私が言うと小僧っ子の顔色が変わった。両腕を上で阿波踊りの手踊りように動かすと路地から腑抜けたツラの不良が5人飛びだしてきた。

私と呪言師ジュゴンは同時にジャックナイフを尻のポケットから取りだした。刃が飛び出るときの鋭い風切り音が心地よかった。6人の腑抜けた不良につきつける。6人ともアフリカオオコノハズクが擬態したときのような顔になった。

「あぶねえじゃねえか!」
「喧嘩にあぶないもヘチマもねえだろうがよ」
「卑怯だぞ!」
「喧嘩に卑怯もクソもあるもんかよ。喧嘩はやるかやられるかだ」

「やめろやめろ」

腹のすわった声がした。見ると年の頃25, 6のパンチパーマのガタイのいい男がニヤけながら近づいてくる。白い薄手のシャツから刺青が透けている。小僧っ子どものケツ持ちだ。

「話はおれが聞くからヤッパしまいな」

少しは骨のあるヤツが来たと心が浮きたった。

Cisco Kid - War (1972)
黒い戦争/War (What Is It Good For?) - Edwin Starr (1970)
裏切り者のテーマ/Back Stabbers - The O'Jays (1972)
 
by enzo_morinari | 2018-09-29 14:17 | 呪われた夜を超えて | Trackback | Comments(0)

Do The Hustle! ── I put a spell on you.

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「死ね」と思う。「死ね」と強く思う。「死ね」と願う。「死ね」と強く願う。「死ね」と口にする。「死ね」と記す。「むごたらしく死ね」と口にする。「むごたらしく死ね」と記す。呪いの作業のはじまりだ。この段階で大方は死ぬか死の淵にいるか死に魅入られている。そして、ほどなく、もがき苦しみ、のたうちまわり、むごたらしく死ぬ。死なないときは殺しにいく。ひとを呪わば穴ふたつ? 埋めればいいだけの話だ。触らぬ神に祟りなし? 触らなくても触られる。蝋燭の炎は容赦なく吹き消される。髑髏旗は翻る。砂時計のしるしは「残り時間は少ないぞ」と迫る。

I put a spell on you. 呪ってやる。末代までも呪ってやる。

なぜもっと怒らない。呪わない。和解も和睦もないことになぜ気づかない。やられたらやりかえせ。10倍100倍100万倍にしてやりかえせ。呪う相手の一族郎党親類縁者皆殺しにしろ。まずの手始めは北の国からだ。

「復讐の連鎖の不毛」などという甘っちょろいたわ言に耳を貸すな。飽きもせずに来る日も来る日も甘っちょろいたわ言をほざく脳内に平行植物が繁茂し、尾行類が闊歩する経験の「け」の字も知らぬポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊腰抜け腑抜けどもに任せておけ。もうきれいごとはたくさんだ。反吐が出る。

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I put a spell on you - Nina Simone (1964)
 
by enzo_morinari | 2018-09-05 14:01 | 呪われた夜を超えて | Trackback | Comments(0)

Do The Hustle! ── ナパームの雨を見たかい?

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J'irai cracher sur vos bombes/爆弾に唾をかけろ Enzo Molinari


晴れた日に降ってくる雨を見たことがあるかい? それが知りたい。晴れた日に雨が降ってきたらどうすんだ?

傘は? レインコートは? レインシューズは? その雨粒が1300℃のすべてを焼きつくす火の玉だったら傘もレインコートもレインシューズも役に立たないぜ。

あたり一面、酸素もなくなるんだぜ。どうする? 窒息しちまうんだぜ。苦しいぜ、窒息は。あらゆる死の苦しみの中で窒息死が一番苦しいんだぜ。

きょうも世界のどこかでそんな地獄の業火のような雨が降ってるんだぜ。ナパームの雨が。

どうする? どうするんだ? どうするんだってのよ! みせびらかしのアホ酒バカめしトロ甘カビ本飲んで喰ってウマウマして読んでスマホって御託能書きならべてSNSしてる場合か? 野暮天プア・ライフ晒してる場合か?

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高慢ちきのメアリーに恋をした名前のない馬にまたがる嘆きのインディアンはローズ・ガーデンでナパームの雨を見たか?

その日の朝、ホワイトハウス・ コンプレックスのローズ・ガーデンは雨に煙っていた。名前のない馬にまたがる嘆きのインディアン、チェロキー・ボーイはローズ・ガーデンのバラの香りに身も心もとろけそうだった。うっとりと白い館を見上げ、雨が上がるのを待つチェロキー・ボーイ。メイドのリンがチェロキー・ボーイにやさしく、そして、たっぷりと皮肉をこめて言う。

「深い川を渡るときには気をつけるのよ。溺れそうなとき、かならずだれかが助けてくれるとは限らないから。たいていの場合は手どころか指一本差しのべてくれないものなのよ。それが世界の本当の姿なの。いい? 笑顔とやさしい言葉の裏には身も凍るような裏切りが隠されていることを忘れちゃいけない。クローバーの茎からバラの花は咲かないものと神様が決めているの。 だから、いまのうちに考えなおしたほうがいいわ。手遅れにならないうちに予約を取り消しなさい。そして、雨がやんだら居留地にお帰りなさい。好き好んで涙の道/涙の旅路を歩む必要はない」

しかし、リンの言葉はチェロキー・ボーイの耳には入らない。チェロキー・ボーイは高慢ちきのクィーン・メアリーのことで頭がいっぱいなのだ。

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「ナパームの雨を見たかい? Defoliant Rainはどこに降っているんだ? だれに降っているんだ?」とチェロキー・ボーイは手当たり次第、誰彼構わずにたずねる。知らんぷり/聞こえないふり/見ぬふり、無関心、知らぬ存ぜぬを決めこむ者たち。当然だ。それがまぎれもなく世界のありようなのだから。

ほどなく、エージェント・オレンジに率いられた凄腕のエージェント、ホワイト、パープル、ピンク、グリーン、ブルーたちが姿を現し、チェロキー・ボーイを「非在の部屋/存在しない部屋」に連れ去る。モンサント、ダウ・ケミカル、ハーキュリーズ、ダイヤモンド・シャムロックのケミカル・マフィアは牧童作戦遂行の妨げ/障害になれば、相手が誰であろうと口をつぐませる。塞ぐ。葬る。亡き者にする。たとえ、それが生まれたての赤ん坊であってもだ。もちろん、相手がアメリカ合衆国大統領であっても。

邪魔者を消すだけではない。将来、邪魔者になる可能性が微塵でもあれば、周到に準備し、手加減なし容赦なしで排除し、抹殺し、消去する。跡形なし。痕跡なし。周到な準備。手加減なし容赦なし。そして、完全消去。あとには塵ひとつ残らない。存在していたこと/存在の痕跡すら消去する。Perfect Delete/完全抹消。それがケミカル・マフィアのModus Operandiだ。

世界中の森は沈黙し、二度と鳥たちが歌うことはない。長く困難な沈黙の春はいつ果てるともしれずにつづく。

雨は昼には上がるだろう。そして、晴れた雲間からはイデオロギー・ボーイがメルティング・ポットで調合した幾千億のまばゆいナパームの慈雨とDefoliant Rainが降ってくる。そのことを知らぬまま、チェロキー・ボーイはひそかな恋心を秘め、高慢ちきのクィーン・メアリーに忠誠を誓う。チェロキー・ボーイが名前のない馬にまたがって狭い居留地から広い世界へ出てゆくのはもうすぐだ。ナパームの幾千億の雨粒とDefoliant Rainがまばゆく降りしきる世界に出てゆくのは。涙の道/涙の旅路を歩むのは。
 
あかむけの魂を持つチェロキー・ボーイは世界のただ中でトマホークを振りあげ、叫ぶ。

ホカヘー! おれにつづけ! ヤタヘー! アヒェヒェ! 戦うにはいい日だ! 死ぬには手頃な日だ! Born to be Wild! ワイルドでいこう! ありがとう!

チェロキー・ボーイの頭上にナパームとDefoliant Rainの幾千億の雨粒が降りそそぐのはもうすぐだ。白い館の主と高慢ちきのクィーン・メアリーはファックとファットに夢中でそのことには気づかない。

Have You Ever Seen The Rain? - Creedence Clearwater Revival(CCR) (1971)
Indian Reservation - The Raiders feat. Mark Lindsay (1971)
 
by enzo_morinari | 2018-09-03 15:30 | 呪われた夜を超えて | Trackback | Comments(0)

Do The Hustle! ── No License, No Life. Life in the Fast Lane.

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小学校6年、12歳の夏休み初日からずっと無免許運転をつづけた。HONDAのスーパーカブ、YAMAHAのメイト、HONDA DAXのCT70とST70 Sport-II、KAWASAKI W1、HONDA CB750 FOUR(ナナハン)。そして、死のバイクと恐れられたKAWASAKIのマッハⅢ H1B 500(マッパ)。さらには、ヰセキのさなえ。

KAWASAKIのマッパを運転していて死んだやつがずいぶんいる。10人近い。本牧埠頭D突堤のコンテナ・ヤードでAPLのコンテナに激突したやつはひき肉になった。デコスケによれば200Km/hオーバーで突っこんだらしい。木っ端みじん。跡形なし。頭は見つからず。ノーヘルだった。頭は粉々になったんだろうと思っていたら、3年後にOOCLのコンテナの下でみつかった。大騒ぎになった。神奈川新聞には「頭部の切断遺体発見。事件事故の両面で捜査」という見出しが躍った。頭がなくてさぞや不便だっただろう、Mよ。

新米のマッポが血の海の中、タオルをマスクがわりに巻いてバラバラに飛び散った肉片やら内臓やら砕け散った骨片やらを箒とチリ取りでかき集めていた。夏の盛りだった。ものすごいにおいがした。

帰りにひとりで本牧間門にあるCHIBOWさんの店、ゴールドラッシュに寄り、カウンターの隅っこでハンバーガーを食べた。

CHIBOWさんはなぜかゴースト・シャツを着てワパハ(ウォーボンネット/戦いの帽子/鷲の羽根を連ねたヘアバンド)をかぶり、ラコタ・スー族の聖なるパイプをビュンビュンふりまわし、店の前で雄叫びをあげながら「戦いの踊り」を踊っていた。ときどき、ひときわ大きな声で「ホカヘイ! ヤタヘイ! アヒェヒェ!」と叫んだ。「戦うにはいい日だ。死ぬには手ごろな日だ。ありがとう」という意味だ。

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スペシャルぶっ飛びホカヘイ・ヤタヘイ・ アヒェヒェ・ハンバーガー5個。ちっとも味はしなかったが、ロバート秋山の餅5個よりいくぶんかヘビーだった。重力異常/Gravity Anomalyが局地的に起きていたせいだ。WBA/WBC世界統一ヘビー級タイトルマッチのモハメド・アリ対ジョージ・フォアマン戦におけるキンシャサの奇跡はその影響で起きたことはまちがいない。蛇の道はヘビー。薮からヘビー。ヘビーに睨まれたら帰る。

当時はCool/クールという言葉をあらゆる場面でしきりに口にし、耳にした。暑っ苦しい口の臭い糞デブの鯛焼き屋の野郎までが「横浜で一番クールな鯛焼きくん」と抜かす始末だった。

冷戦/Cold Warの影響か小氷河期の影響かCOOLSの影響かSometing Coolの影響かは不明だ。ぼろアパートの自室にある霜取り装置の壊れた冷蔵庫をクールだと言ったやつさえいる。日系ウガンダ人のハルキンボ・ムラカーミだ。

いくら耳をすましても風の歌は聴こえないし、答えは風の中に見つからないし、1973年製のスリーフリッパーのスペースシップは街のどこを探してもなかった。チャイナのC席はいつもだれかが座っていた。寂しい林でぶら下がって揺れている女の子を回収する者はいなかった。そんないやな風向きの時代だった。

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運転免許証は15歳の春に中華街の偽造屋に頼んで自動二輪大型と小型特殊のものを偽造した。小型特殊? そうだ。フォークリフトもトラクターも耕運機も運転できる免許証だ。実際に三浦の百姓の友だちの手伝いで大根畑とキャベツ畑と玉ねぎ畑と長ネギ畑でトラクターと耕運機を運転した。ヤン坊マー坊天気予報/ヰセキのさなえ。いつだって、ファーマーズ・ライフに車線変更できる。当然、追越車線しか走らない。

偽造運転免許証の名義はCoyote Rainbow Topanga. 国籍はアメリカ合衆国。住所は本牧のベース。何度も検問に引っかかったがノープロブレム。 国籍はアメリカ合衆国、住所は本牧のベースでフリーパスだ。パトカーに停められても免許証をひと目みただけで無罪放免。日米安全保障条約万々歳だ。ビバ!地位協定! 国際問題弥栄! フォルツァ!外交問題! 宗主国にぬかずく国家の暴力装置! ざまあねえや! 日本はアメ公の植民地なんだ! 日本国民はアメ公に骨の髄までしゃぶりつくされる運命なんだ! 死にぞこないから産声をあげたばかりの赤ん坊までな! マッポとリトマス試験紙とエボナイト棒は大きらいだ!

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バイクには駐留米軍車両を表すU.S.MARINE(アメリカ合衆国海兵隊)ナンバーと軍属私有車両を表すYナンバーを偽造して取りつけた。HONDA DAXの原チャリにU.S.MARINEのナンバー! クールだ。おまけにマッポの最敬礼付き! U.S.MARINEナンバーは100枚作って1枚1万円で売って大儲けした。ためしに外交官ナンバー(ブルーナンバー)を作ったらビルが建つほど売れた。笑いが止まらなかった。いまも止まらない。Ψ(`∀´)Ψ

おもしろいから、中華街のレッドシューズや本牧埠頭の付け根にあるシーメンス・クラブ、小港のリキシャ・ルーム、アロハ・カフェ、本牧のリンディ、IG(Italian Garden)で知り合った海兵隊の毛唐やMPに教わって『Marines' Hymn(海兵隊讃歌)』『The Warrior Song(戦士の歌)』『U.S. Army Ranger Cadence - If I Die in a Drop Zone』『U.S. Army Cadence - Down by the River』をおぼえた。

海兵8人と悪ガキ仲間7人、総員15名で戦闘服/迷彩服を着こみ、軍帽をかぶり、編み上げの軍靴を履いて休日の元町を『Here We Go Again』『Mama, Mama Can't You See?』『U.S. Army Cadence - Down by the River』を大声で歌いながらデモンストレーションした。110番通報で駆けつけた神奈川県警の大勢の能無しマッポどもは手出しも口出しもできなかった。聞きつけた神奈川新聞の記者にバシャバシャ写真を撮られた。外人墓地で取材も受けた。「これが日米同盟のまったく新しいかたちだ」と答えてやった。

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私たちの日米同盟ファンキー・フラッシュモブのことは神奈川新聞のコラム欄の『照明灯』だか『入船出船』だかに記事が載った。記事は概ね好意的だった。そのときに一緒に日米同盟ファンキー・フラッシュモブをやった海兵隊員、ティモシー・オブライエン伍長、ロバート・デュークス曹長、ジョージ・バーンズ二等兵、ジョン・ギャラガー一等兵、エドワード・マクナマラ少尉、グレン・ハリソン上級曹長、ハーバート・アームストロング軍曹、マイケル・ブラウン上等兵は全員、ベトナムで戦死した。悪ガキ仲間7人のうち、2人は殺され、1人は自殺、3人は交通事故死。生き残っているのは私だけだ。以来、世界も人間も人生もすべてばかばかしいのだという小学校3年生の秋にえた考えはますますゆるぎないものとなった。

つねに用心深く安全地帯に身を置くことを優先し、無免許運転もスピード違反もチャンサイ/ラ・マン・ビーキーも駐禁もケンカすらもやったことのない、仲間/ブローを戦争や諍いごとで不条理きわまりもなく殺されたことのない経験の「け」の字も知らぬ甘ちゃんは「なんのために生きてきたのか? なんのために生きているのか?」といったたぐいの寝言たわ言を人前で平気でほざく。

恥を知れ恥を。ポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊の腰抜け腑抜けにはきれいごととA( )Cがお似合いということだ。

年齢はいっさい関係ない。はっきり言っておくが、ポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊の腰抜け腑抜けは醜悪悪臭老醜の団塊どもだ。常識人/良識派を気取りやがって! おまえたちが錦の御旗よろしく並べたてる常識/良識とやらは頭のしわのないHZをネゲトするためのニセ方便だろうがよ。はたからみててイタイイタイもいいところだってのよ。

上っ面で底の浅い能書き御託ばかり並べる鼻持ちならない輩ども。ほっかむりを決めこんでいけしゃあしゃあのうのうとしてやがる下衆外道ども。

腹切れよ! 首吊れよ! 帝国州ビルから飛び降りろよ! 電車に飛びこめよ! クリーニングのビニール袋かぶれよ! バルビタールバルビツールヴェロナールジャールしこたま飲めよ!

彼奴らがこの国のすべてを救いようがないほど駄目にした。彼奴らに集中的に隕石が落下するか彼奴らにだけパンデミックが起こる超強力な感染症の病原体病原菌ウィルスが発生することを強く願い、祈る。

なぜ/なんのためにという問いの前に生の意味/本義をこそ問うべきだろう。そして、それらの問いを発しようが発しまいが/答えが見つかろうが見つかるまいが、否応なくなしくずしに人生とやらいう勝者も敗者もいない厄介なゲームはつづく。そのことの意味をこそ問わなければならない。

ゲームから降りたい腰抜け腑抜けは飛び降りるか飛びこむか吊るか切るか飲め。簡潔にして明瞭に言うならば、とっとと死ね。とっとと死ねばおまえのとっちらかった人生/物語も終わる。

おまえが死んでも、おまえのつまらぬ物語が終わっても、なにごともなかったように朝は来るし、太陽は東から西へ運行するし、波は寄せ返すし、鳥たちは囀るし、メシはうまいし、コーマンは気持ちいいし、いい風だって吹くし、星は輝くし、虹はかかるし、野うさぎの走りは美しいし、百年の孤独はうまいし、森伊蔵は高い。

Time fly, Life goes on, Life is a work in progress.
時は飛ぶように流れ去り、それでも人生はつづき、いつも、いかなるときにも、進行中である。

No License, No Life.
Life in the Fast Lane.


なにがしかのライセンスがなければ生きてはいけない。ただし、無謀な人生が私の人生道路交通法上の大原則である。

無免許無謀運転人生だが、殺しのライセンスだけは教習所も仮免もなしで実地1発で手に入れた。殺される前に殺すためだ。ライセンスなしで人は殺せない。大怪我をする。ヘタをすれば死ぬ。吊るされる。

Life In The Fast Lane 1976 - The Eagles
No Life
U.S. Army Cadences
 
by enzo_morinari | 2018-09-01 01:49 | 呪われた夜を超えて | Trackback | Comments(0)

Do The Hustle! ── The Road 旅の終りの名もなき道の片隅でみつけた世界で一番意志強固な石ころ

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強固な意志を持ちつづけるかぎりにおいて、あらゆることは開かれている。道がつづくかぎり旅はつづく。道が行き止まりになり、行き暮れたら新しい道を探し、また歩きだせばいい。世界にあるすべての道を歩くことはできないし、知ることはできないし、数えきることはできないが、自分の歩く道くらいなら必ずどこかにある。厄介事は歩きながら考えればいい。E-M-M

呪言師ジュゴンは口がきけない。失声症/Aphoniaである。聴力にはなんら問題はない。それどころか、すさまじいばかりの聴力を有している。超聴力と呼びたいほどだ。

超聴力と超能力。一聴すると超能力などという愚力/偽力/インチキマヤカシマガイモノ秋元康一味モノ/国際気能法研究所代表の自称超常現象研究家秋山眞人系有象無象と似ているが縁もゆかりもない。

口がきけない呪言師ジュゴンの口ぐせは「宇宙に物理法則に反する事態事象現象はない」と「孤独であれ。単独者たれ。単独者であることが人間を強くする」だ。

呪言師ジュゴンの超聴力は本牧埠頭D突堤の最先端で異化系タコと他個系イカと猫系タチウオを1本のEat My TackleのBlue Marlin Tournament Editionで同時に釣りあげながら、野毛山動物園の海獣プールの前でアシカとアザラシとオットセイとネイビーシールズのちがいがわからずに目をまわして気を失った女の子が倒れる際に発する悲鳴を聴きとることができるレベルだ。

小学校に入学した翌日から夕暮れの野毛山動物園における幸福論のための日々を生きてきた私はひとかけらの幸福とも出会えなかったが、夕暮れの野毛山動物園における幸福論のための日々を生きることによってアシカとアザラシとオットセイとネイビーシールズのちがいがわからずに目をまわす不思議な少女と出会うことができた。

彼女と出会えたことが私の人生において最大にして最高の幸運であり幸福だったのだと気づくのはずっとあとになってからだった。アシカとアザラシとオットセイとネイビーシールズのちがいがわからずに目をまわす不思議な少女こそが、のちに人生の同行者となる虹子だ。だが、それはまた別の話である。

呪言師ジュゴンは私とアシカとアザラシとオットセイとネイビーシールズのちがいがわからずに目をまわす不思議な少女が出会うことをほぼ正確に言い当てた。出会いの日時天候距離明暗形式のディテールに至るまで。呪言師ジュゴンはその能力を IT と表現した。IT はガミ術とコンレイ術の2種類の妖術からなる。

呪言師ジュゴンが私の前に初めて現れたのは双子の素数猿のヨタとヨクトが「ホメロスもダンテ・アリギエーリもフランソワ・ラブレーもウィリアム・シェークスピアもジェイムズ・ジョイスも紫式部も南方熊楠も超えた! おれたちはタイピングの王! 凄腕のタイパー! アンフィニ! モノリス! クマグス・マンダラ! ウィキペディア! エンサイクロペディア・ブリタニカ! ランダムハウス!」と叫びながら定規とコンパスだけでイマドシルト中学校の校庭に正65537角形を描き上げたコヒーレントな午後だった。

呪言師ジュゴンの母校であるイマドシルト中学校近くの隅田川の川辺からナマズとナマスとカマスとマナティとイエティを咥えた巨神兵のような風情で上がってきた呪言師ジュゴンをみて、私は呪言師ジュゴンはホームレスのレゲエ・マンだと思った。しかし、それは大きなまちがいだった。呪言師ジュゴンはスペースレスのラスタファリアン、自同律の不快宇宙なき空飛ぶパスタファリアン、チェレンコフ・ブルーテンターだった。

0歳児の頃から飛ぶスパゲッティ・モンスター教の円盤には何度も乗ったことがあったが、スペースレスのラスタファリアン、自同律の不快宇宙なき空飛ぶパスタファリアン、チェレンコフ・ブルーテンターにはお手上げだった。
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呪言師ジュゴンは毎日朝と夜の2回、ブルーキュラソー、トニックウォーター、ガムシロップ、ゼラチン、ミントでチェレンコフ・ゼリーを作ってくれる。

窓をしめきり、カーテンを閉じ、ブラインドをおろし、部屋を暗くして水槽の中で青く光る浮遊する恐怖を眺めながら、無言でチェレンコフ・ゼリーを食べるのがわれわれのルーティン・ワークのひとつだ。青く光る猛毒のブルーボトル・ジェリーフィッシュと毎秒42μSvの放射線を放つチェレンコフ・ゼリー。世界のなにごとかを象徴するコラボレーションだ。
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ダニー・オキーフの『O'Keefe』を手に入れたのはまったくの偶然だった。14歳、中学2年の冬の初めだった。その年の秋に母親が死に、私は正真正銘、天涯孤独になっていた。

ダニー・オキーフの『O'Keefe』は東宝会館でピーター・オトゥール主演の『ラ・マンチャの男』をみた帰り道に立ち寄った中古レコード屋で私を待っていた。店の看板にはアダムスキー型の円盤のイラストが描かれ、円盤の縁に「Flying Saucer」と店の名前がへたくそな字で書いてあった。

空飛ぶ円盤レコード。悪くないネーミングだった。「Flying Saucer」に通うようになったことがきっかけとなって、私は空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の敬虔なる信者であるパスタファリアンとなるわけだが、それはまた別の話だ。

「Flying Saucer」は横浜馬車道の路地裏にひっそりとあった。髪を肩まで伸ばし、とんぼ眼鏡をかけた痩せぎすの若い男が店番をしていた。愛想のなさはリバプール時代の火星旅行から帰ってきたばかりのジョン・レノンみたいだった。なにをたずねてもか細い声で「あっ」とか「いっ」とか「うっ」とか「えっ」とか「おっ」とか「まっ」とか「んっ」とか「こっ」とか言うだけだった。彼が難聴だと知るのはずっとあとのことだ。

私がダニー・オキーフの『O'Keefe』のレコード・ジャケットを手にし、ジャケット裏面のライナーノーツを読んでいると、火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは私のほうを見ずに言った。

「それ、いいです」
「聴ける?」
「はい」

火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは注意深くジャケットからレコードを取り出し、トーレンスのレコードプレーヤーのターンテーブルの上に置いてからレコードにそっと針を落とした。聴こえてきたのはA面5曲目の『The Road』だ。

初めはカントリー系かと思ったがちがう。曲を聴き、ライナーノーツの歌詞を読むと乾いた心に一滴の雨がしみこむような気分になった。値段をたずねると気持ちが少しだけひるみ、揺れたが思いきって買った。それがダニー・オキーフとの、『The Road』との、火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンとの出会いだ。
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その頃、中学1年の夏休み初日からつづいていた旅の円環はいまだ閉じられていなかった。あの遠い日の夏からきょうまでに空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の円盤には何度も乗ったが、旅は本当には完結していない。いまもだ。

中学1年の夏休み初日以来、ずっと「とどまるな。走りつづけろ。旅は終わらない。旅はずっとつづく」と風邪っぴきのウディ・ガスリーの嗄れ声に似た声がいつも聴こえていた。
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火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは私より5歳歳上だった。3ヶ月も経った頃あたりから、火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは私が「Flying Saucer」のピーター・マックス色のドアをあけると笑顔をみせるようになっていた。「いらっしゃいませ」などとは言わないが、そのぎこちない笑顔は火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンの精一杯のお愛想ででもあったんだろう。

「これから旅をする。いいな? 用意はできているよな?」と私は火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンにぶっきらぼうに言った。
「もちろんです」

店じまいをすませ、少し息を弾ませている火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは即答した。旅と言っても、それはただ無目的に歩くだけのことなのだが。ここと決めた道を気がすむまで歩きつづけること。あるいは道の終りまで。

その夜の旅歩きはとても気持ちがよかった。月は14番目だったし、豊饒の海ではフランスタレミミウサギがフラダンスを踊っていたし、ペーパームーンのへりに座っているテータム・オニールがたばこをふかしながらこちらに何度も何度もウィンクを寄越していた。

130Rを過ぎると、道は突然行き止まりになった。道の果て、旅の終り。私は心の動揺を火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンに気づかれないように道端に転がっている石ころのひとつを蹴飛ばしてから拾い上げた。そして、言った。

「この石ころを見てみろ。あんたより、よほど強固な意志を持っている」

私が言うと火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは目を輝かせた。
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『すごい石ですね。ほんとにすごい」
「ただな。厄介な問題がひとつだけある」
「なんでしょうか?」
「この石ころを持つ者はどんな境遇であれ、いついかなるときにも旅をつづけなけりゃならない」
「へえ。不思議な石ですね」
「そうさ。旅に関することでは銀河系宇宙において、この石ころの右に出るものは存在しない」
「樽さんはなぜそのことを知っているんですか?」
「知りたいか? おれの秘密を」
「とても知りたいです」
「それはだな。おれが宇宙を支配する巨大な意志の力の導きのもとに生きているからだ」
「なるほど」

火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは私の手のひらの上で揺れている石ころを物欲しそうにじっとみつめた。

「私にくれませんか? その石を」
「どうするかな」
「どうかお願いします。いいレコードがみつかったら、いの一番に樽さんに知らせますから」
「そんだけ?」
「以後はすべて2割引きします」
「3割引きなら考えてもいい」
「では、2割5分引きで」
「わかった。手を打とう」

私はいかにももったいつけて石ころを火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンにくれてやった。火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは生まれたてのシーズーの赤ちゃんを抱くように大事そうに注意深く石ころを受け取り、赤いマックのネルシャツの胸ポケットにしまい込んだ。

「ところで、樽さん。道は行き止まりになってしまいましたけど、このあと、どうしますか?」
「そうだな。どうするかな。後戻りするのは癪にさわるしな」
「ではこうしましょう」

火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは胸ポケットから旅に関することでは銀河系宇宙において右に出るもののない石ころを取り出し、大きく振りかぶってから、行き止まりにある家めがけて投げた。

旅に関することでは銀河系宇宙において右に出るもののない石ころはひゅうと鋭い風切り音をあげて飛んでいった。直後、ガラスの割れる音と怒鳴り声がした。

私と火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンは元来た道を全速力で走って逃げた。それが私と火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンの最初で最後の旅の終りだった。とんだ旅の終わり方だが、ダニー・オキーフも歌っている。「別の街に行けば別の道がある。道があれば旅はつづく」と。
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中学1年の夏休み初日に始まった旅は、火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンに出会った6年後、ジャクソン・ブラウンの歌う『The Road』を聴き、『The Load-Out』を聴き、『Stay』を聴いてひとまずの終りを迎えるわけだが、本当の旅の終りではない。

火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンはその後、「強固な意志を持った本物の石」の後を追ってアメリカに渡り、現在ではデヴィッド・リンドレーの主治医をやりながら、「強固な意志を持った本物の石」を探しつづけている。いい人生と言えば言えないこともない。少なくとも、愚にもつかぬ仲良しごっこで日々をやりすごし、おべんちゃらきれいごとおべっかおためごかしを並べたててグロテスクな親和欲求や認知欲求を満足させるよりはずっとまともで上等だ。

火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンはよくボブ・ディランの言葉を引き合いに出したものだ。

「仲良しごっこに夢中になり、おべんちゃらきれいごとおべっかおためごかしを口にするたびに人生はつまらなくなるし、魂は汚れるし、顔は醜くなる」

まったく、火星旅行から帰ってきたばかりの無愛想なジョン・レノンの言うとおりだ。

強固な意志を持ちつづけるかぎりにおいて、あらゆることは開かれている。道がつづくかぎり旅はつづく。道が行き止まりになり、行き暮れたら新しい道を探し、また歩きだせばいい。

世界にあるすべての道を歩くことはできないし、知ることはできないし、数えきることはできないが、自分の歩く道くらいなら必ずどこかにある。厄介事は歩きながら考えればいい。
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呪言師ジュゴンの導きによってヒスノイズの中に時折混じるホワイトノイズを辿って行きついた先は全開バリバリのバリー・ホワイト邸の主賓室、アーリー・マイラブな無限の愛の間だった。

全開バリバリのバリー・ホワイトはパロパロだかパラパラだかパオパオだかペロペロだかポロポロだかペモペモだかニマニマだかほざきながらファンキファンキしていた。オノマトペもここまでくると斧とマペットもいいところである。

人生は You're the First, the Last, My Everything あるいは Love Unlimited に越したことはないが、なんと言っても一番大事なのは Safety First である。私はこれを遵守しなかったためにかれこれ男女鍋釜取りまぜて13人の子持ちシシャモである。ハナマサの冷凍室担当もビックリアングリイングリモングリである。

現在、旅の終りの名もなき道の片隅でみつけた世界で一番意志強固な石ころは呪言師ジュゴンが持っている。

The Road 1972- Danny O'Keefe
The Road 1977- Jackson Browne
You're the First, the Last, My Everything 1974 - Barry White
 
by enzo_morinari | 2018-08-31 04:35 | 呪われた夜を超えて | Trackback | Comments(0)

Do The Hustle! ── That's the Way (I Like It)

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その意気さ。そんな調子でいきゃいいんだ。そんな生き方が気にいってるんだってのよ。AHA AHA KC
ある種の音楽は人間のからだに潜む導火線に火をつける。IM


「プロコル・ハルムの『A Whiter Shade of Pale』はなんかキナ臭いし、面倒くさいから好きじゃない」とメリージェーンは言った。プロコル・ハルムがゼニカネにまつわることですったもんだの訴訟沙汰になるのはずっとあとのことだった。

「プロコル・ハルムより、おバカなKC&ザ・サンシャイン・バンドのほうがよっぽどいい。”そんな調子でいきゃいいんだ。これがいいんだ。”ってね」

そう言ってから、メリージェーンは本牧のPXの映画館で映画をみることを提案した。『イージー☆ライダー』『明日に向かって撃て』『俺たちに明日はない』の3本立て。

メリージェーンがIDカードを見せるとチェックポイントのゲートはすんなり通ることができた。セキュリティの海兵隊員はとても愛想がよかったが、M16ライフルは鈍く光っていて、銃口は瞬きもせずにこちらを睨みつけていた。その銃口から飛びだした弾丸はいったい何人の人間を撃ち抜き、何リットルの血を吸い、殺したのだろうかと思った。

ポップコーンおばさんに溶かしバターをたっぷりかけてもらったバケツ1杯分のポップコーンを食べながらだだっ広いPXの映画館で映画をみた。あちこちでヘビーペッティングやらヘビーネッキングやらディープキスをする音が聞こえた。

メリージェーンは『明日に向かって撃て』でブッチ・キャシディとザ・サンダンス・キッドがボリビア国軍に突っこんでいくラストシーンのストップモーションで「Come on! Let's go! Let's Groove! Just a Rock 'n' Roll!」と叫び、『俺たちに明日はない』のラストシーンでボニーとクライドが蜂の巣にされて殺されるところでしゃくりあげながら泣いた。

「7UP飲みたい。最後の7UPを。それと、あんた、あたしのクライドになってよ。あたしはあんたのボニーになるからさ」
「オーケイ。たった今から俺たちはボニー&クライドだ。手始めになにをする?」
「とりあえずは最後の7UPを飲みほして、それから小港橋の欄干からドブ川に飛びこんで、そのあとヘドロまみれで山手警察署を襲撃するのよ!」
「すげえな! 俺たちは無敵だ。怖いものなしだ。正真正銘のボニー&クライドだ! NBKだ! Natural Born Killersだ! しかも、俺たちに明日はないけど、蜂の巣にもならない!」

しかし、実際にわれわれがしたことは映画館の玄関脇にエンジンがかかけられたまま停まっている新聞屋のHONDAのスーパーカブのイグニッション・キーを抜いてゴミ箱に捨てることと新聞を3部盗むことだった。

映画を見終わってからTeens Clubに行き、7UPを飲みながら伝説のビリヤード台鯨で8ポケットをやった。

メリージェーンはエプロンに尻を乗せて、みごとなキューさばきでコーナー・ポケットに8ボールを沈めると、こともなげに「あたしはファスト・メリージェーンよ! ...先週、一番上のブラザーがHamburger Hillで死んだんだ」と言い、キューをビリヤード台に放り投げてから私に抱きついた。私にはかける言葉もなかった。私はメリージェーンを抱きしめ、背中をさすることしかできなかった。メリージェーンの髪の毛からポーチュガルのヘアトニックのにおいがして、鼻の穴の奥がヒリヒリした。

私たちはTeens Clubを出て、「Have a nice day!」と声をかける海兵隊員には目もくれずにPXのゲートを通りぬけ、無言で夏の盛りの太陽が照りつけるフェンスの向こう側のアメリカ通りをいつまでもいつまでも歩いた。夏の盛りの太陽は残酷で容赦なく、私の中のなにもかもを灼きつくそうとしているかに思われた。

ボリビア国軍に真っ正面から突っこんでゆくブッチ・キャシディとザ・サンダンス・キッドのストップ・モーションが繰り返し繰り返しどこまでも青い夏の空の中に大写しで見え、『Raindrops Keep Fallin' on My Head』のリフが頭の中で鳴りつづけた。ボリビア国軍に真っ正面から突っこんでゆくブッチ・キャシディとザ・サンダンス・キッドのストップ・モーションから永遠に逃れられないような気がした。

ウォーターゲート事件の裁判で判決が下ろうが、鉛管工一味が口封じで消されようが、ディープスロートがだれだろうが、安保が粉砕されようがされまいが、永田洋子がバセドー氏病だろうが、重信房子がどこにゆくえをくらましていようが、カンボジアのKilling Fieldsでポル・ポトとクメール・ルージュによってどんな大虐殺が行われていようが、田中角栄がピーナッツをむさぼり食おうが、小佐野賢治の記憶があろうがなかろうが、児玉誉士夫邸に神風特別攻撃隊が突っこもうが、沖縄が本土復帰を果たそうが、鉄の女マーガレット・サッチャーが保守党初の女性党首に選出されようがどうでもよかった。

ブッチ・キャシディとザ・サンダンス・キッドのストップ・モーションが次のストップ・モーションに切りかわるたびに、私は私の手の中で冷たい汗をかき、みるみるぬるくなっていく7UPを飲んだ。そのようにして、私は私の最後の7UPを飲み終えた。無性に狭くて暗い部屋でメリージェーンを抱きしめながら、ミニー・リパートンの5オクターヴ半の『Lovin' You』のサビを聴いていたかった。

O Kay, That's the Way I Like It!

That's the Way (I Like It) 1975 - KC and the Sunshine Band
Born to be wild/ワイルドでいこう 1969 - Steppenwolf
Raindrops Keep Fallin' on My Head/雨にぬれても 1969 - B.J.Thomas
Lovin' You 1974 - Minnie Riperton
 
by enzo_morinari | 2018-08-30 04:00 | 呪われた夜を超えて | Trackback | Comments(0)

Do The Hustle! ── 16小節の恋の手ほどき

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16小節のラヴソング。16小節ですべてを語り、真実を告げる。世界に告げる。君に夢中だって。H-L-G-D-W


多国籍乱闘のあと、私と呪言師ジュゴンは元町のフライング・ソーサーの脇の路地で目をさました。夜明けだった。本牧埠頭か山下埠頭に停泊している貨物船が出港の霧笛を鳴らしていた。

私も呪言師ジュゴンも『紅の豚』の終りちかく、乱闘のあとのポルコ・ロッソとアメ公飛行機乗りのカーティスみたいに顔がボコボコだった。青たん赤たんコイコイコイ。頭は瘤だらけだった。二人して顔を見合わせ、大笑いした。笑うと体じゅうが痛んだ。

ユニオンの開店まで港の見える丘公園で時間をつぶした。呪言師ジュゴンと横浜港を出入りする貨物船についてああでもないこうでもないと他愛ない話をし、ひっきりなしにタバコを吸った。なぜかLARKとKOOLとCAMELとゴールデンバットがあった。どれを吸ってもまずかった。

ユニオンでクアーズの6本パックを2Packとキャマンベール・チーズとキャベツとセロリを買った。レジの若い女が私と呪言師ジュゴンの顔をみて必死で笑いをこらえていた。「心配するところだろ、そこは」と思った。ふざけた女がいたものだ。まったく世界はどうかしてる。しかし、一番どうかしてるのは私と呪言師ジュゴンであることはたしかだった。

再び港の見える丘公園にもどって、ビールを飲み、キャマンベール・チーズを食べ、キャベツとセロリをかじった。体じゅうの痛みはかわらなかったが、みるみるうちに気力がみなぎってきた。フェンスの向こう側のアメリカの街、本牧のベースまでだって全力疾走できるように思えた。そして、私の16小節の恋の手ほどきの相手が現れた。メリージェーンだ。

「あたしにもちょうだいよ」とメリージェーンは言い、私の横に座った。ポーチュガルのヘアトニックの匂いがした。

メリージェーンは16歳だった。Sweet Sixteen. Nile C Kinnick High School(YOHI/ヨーハイ)の生徒だ。イタリア人とアイルランド人とユダヤ人とフランス人とドイツ人とバイキングとフィンランド人とノルウェイ人とウェールズ人とスコットランド人とスペイン人とポルトガル人とモロッコ人とチュニジア人の血がコンフューズしていることをたのしそうに話した。「あたしは人種の坩堝よ。自分のアイデンティティとルーツがなんなのかどこにあるのか、まるでわかりゃしない」とメリージェーンは言って笑い、少しだけさびしそうな表情をみせた。

Sixteen Bars/16小節の恋 (1975) - The Stylistics
 
by enzo_morinari | 2018-08-29 15:30 | 呪われた夜を超えて | Trackback | Comments(0)

Do The Hustle! ── 呪われた夜を超えて

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ハッスルしようぜ! ハッスルしようぜ! ハッスルしようぜ!V-McCy
いくつもの夜 いくつもの失われた孤独な夢の中から 俺たちは大事なものをひとつだけ手に入れる。EGLS

ヴァン・マッコイ&ザ・ソウル・シティ・シンフォニーの『ザ・ハッスル』でだれもがハッスルハッスルしていた1975年の夏の終り、17歳、高校2年生の私は呪われた夜を超えた。私が呪われた夜を超えるのを助けてくれたのが呪言師ジュゴンだ。呪言師ジュゴンは40年以上を経たいまもともにある。1年後、山本リンダの宿敵であり、失恋評論家のリンダ・ロンシュタットのバック・バンドに過ぎなかった田舎者のジャンキー4人組が「Take it easy. 気楽にいこうぜ」とほざいて世界を席巻し、いつでもチェックアウトできるけれどもだれもチェックアウトしないフラミンゴ・ピンクの宿屋に無数のメンヘラーを幽閉することになるとも知らずに。営団地下鉄銀座線大猿の呪い評論家日系ウガンダ人のハルキンボ・ムラカーミがスパゲティ・バジリコとナイーブな肉屋のナイーブなロースハムとホットケーキのコーラがけと不全感の回収業とキノコ頭の虫ケラ4人組が先鞭をつけたノルウェイの森林伐採事業で大儲けするとも知らずに。しかし、呪言師ジュゴンだけはやがてくる呪われた夜の日々の到来をクールに精緻に読みとっていた。呪言師ジュゴンとの日々はさらにのちにやってくるなんとなくクリスタルで上げ底たっぷりなウェストコーストの波に洗われて見るも無残に浸蝕されるポンコツボンクラヘッポコスカタン1980年代を生き抜くための準備運動のごとき日々だった。

この話は呪言師ジュゴンとの呪われた夜を超えるための格闘と快楽の日々の記録である。

ランブル・フィッシュでもあるわれわれがまずはじめにしたのは横浜駅西口の悪臭とヘドロとアオコだらけのドブ川/幸川っぱたにあるパープル・フィッシュというディスコで朝鮮高校と国士舘高校と武相高校とヨーハイと韓国学院と中華学校の不良どもと入りみだれて乱闘することだった。

中華学校の中に一人、恐ろしくナイフさばきのうまいやつがいた。そいつのナイフが顔のすぐ近くで何度も鋭い風切り音をあげた。左の耳たぶを切られた。ビール瓶でナイフを叩き落として顔面にグシャグシャと頭突きをお見舞いしてやった。フロアに落ちているナイフをひろい、中華学校のナイフ名人に突きつけると、怯えた羊のような目でまばたきもせずにこちらを見上げた。鼻の穴にナイフの刃先を入れ、一気に引きあげた。ぎゃあという悲鳴がし、血が噴き出した。それから、仕上げに左の耳たぶを半分だけ切り落としてやった。半分にしたのはせめてもの情けだ。ナイフは戦利品、記念品としていただいた。中華学校のナイフ名人から離れるとき、「今度会ったときは目ん玉をえぐって、心臓をひと突きだからな。忘れるなよ。わかったらうなずけ。そして、ここから消えうせろ」と言った。ナイフ名人はすぐに立ちあがり、猛ダッシュで逃げていった。

店のミラーとミラーボールとグラスと音響装置はすべて破壊され、アフロヘアの従業員は全員逃げだした。中には通りを挟んで向かいにある幸川に飛びこむ者もいた。

ため息が出るほどに素晴らしいバタフライだった。数年後、そのミッドナイト・スイマーはアジア新記録を出し、オリンピックの日本代表にも選ばれた。彼がそこまで成長したのはあの呪われた夜第1夜のドブ川スイミングのおかげだ。予選時にスイミング・キャップのかわりにアフロヘアのウィッグをかぶって登場したときは拍手喝采した。あとで物議を醸し、ドブ川スイマーの水泳人生を大きく変節させるが、あれは彼の1970年代的なるものへのオマージュ/レクイエムでもあっただろう。私は評価する。少なくとも、金メダル(萩本の欽公のメダカの学校でダルダル)を取って「チョー気持ちイイ!」とほざいたバカ丸出しの若造より何倍もファニーでファンキーだ。

横浜駅近くのディスコで数十人が乱闘。死傷者多数。翌日の神奈川新聞朝刊社会面にはデカデカと不良高校生による多国籍乱闘の顛末が載った。あれだけの乱闘で死人が2人しか出なかったのは奇跡としか言いようがない。私としては10人は死者が出てもらいたかったが。残念だ。


Do The Hustle!

The Hustle/ザ・ハッスル - Van McCoy and the Soul City Symphony
One of These Nights/呪われた夜 - The Eagles
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by enzo_morinari | 2018-08-29 04:42 | 呪われた夜を超えて | Trackback | Comments(0)