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カテゴリ:Cemetery Days( 2 )

されどわれらがセメタリー・デイズ Epitaph#002

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名声や富をえてもいずれは露と消える。
この世のすべては朽ち果て、蜘蛛の巣が張る。
甘美な勝利の美酒の味も常に死と隣り合わせ。
すぐに蝋燭は溶けて、あとにはなにも残らない。
愉悦愉楽はレモンの皮のように簡単に剥がれ落ちる。
Vanitas Vanitatum


徒歩5秒のところに墓地がある。返還された米軍施設を墓地公園にしたものだ。世界の警察官を任じる戦争屋/死の商人人殺し軍需産業国家の軍事施設の跡地が終焉の地/ひと休みの地/千の風が吹きつける場所となる皮肉。愛読書銀行通帳である人と超人皮肉屋ピグマリオンのショー爺さんならなんとみるか。11月2日の命日にでもきいてみるとしよう。白馬の騎士にして吊るされ屋のムッソリーニのことも。返答次第ではすべての銀行通帳をねじ式(ロストル式・改)火葬炉で火焔太鼓が景気づけにドンドコドロドロ鳴る中で燃やしてやろう。半鐘は1000個そろえてやる。1000の半鐘による旋律なき戦慄の野辺送りのうた。

起きて半畳寝て一畳、死んでも1000個の半鐘でおちおち寝てはいられない。噺のオチなだけに。おジャンの大団円終幕にもちょうどいい。焼きあがりがたのしみだ。骨上げはない。コツ通りに撒き散らしてインチキ起請文と三行半付きで千住の線香お直し女郎と御懇ろにさせる。

徒歩5秒のところに墓地がある暮らしはにぎやかきわまりない。にぎやかなだけではなくて、食料と酒と花に事欠かない。墓守代/墓掘り人夫代として当然のように傲岸不遜にいただく。失敬ではない。礼と敬意はつくす。相手は霊であるからして礼をつくさねばならない。ウルティメート・リサイクルだ。

春と秋の彼岸、盂蘭盆会の頃は生身の人間どもが来てやかましい。死ねばいいのに。土日祭日もうるさい。死ねばいいのに。無縁仏になっちまえばいいのに。それ以外は幽霊/亡霊/悪霊/死霊/ユターカ・ハニーヤ・ゴースト/スピリチュアル・ユニティがファニー&ファンキーにダンス・ダンス・ダンスしていて、ウキウキ/wktk/Wikipediaさせてくれる。

家はみな 杖に白髪の 墓参り 芭蕉
あまり花 人の墓へも 参りけり 一茶
石に腰を、 墓であったか 山頭火
墓に唾をかけろ(J'irai cracher sur vos tombes) Vernon Sullivan(Boris Paul Vian)


本日の墓碑銘
二度と来るな! やっと解放されたんだ。顔も見たくない。声も聞きたくない。Buster Keaton
 
by enzo_morinari | 2018-09-07 12:35 | Cemetery Days | Trackback | Comments(0)

されどわれらがセメタリー・デイズ Epitaph#001

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補陀落渡海の長く苦しく腹がへって腹が立っておまけに後悔だらけの航海を終えて、航海日誌『丸太ん棒の本』の最後のページに「語りつくせぬことについては沈黙せよ」と書きこみ、きらめく海に向かってなにを思いわずらうこともなく転失気をかました。盛大な音がした。驚いた音無美紀子が甲板の羽目板を1枚ぶち破って顔をのぞかせるほどだった。ついでに、補陀落渡海のきらめく海にはこれまでの人生と補陀落渡海航海のあいだの後悔を捨ててやった。あとで東京芝浦沖のTOSHIBA EMI POINTから厳重抗議が来るだろうが知ったことではない。シッタカ貝もシッタカ鰤もうまいが三度三度食べるというわけではない。愛鷹山からやってきたアシタカがタタリ神/呪い神になるのはあしたかあさってかやのあさってか知らないが、アシタカが思っているほど人生は甘くないし、シャレてもいない。

アシタカはもののけ姫サンを救えない。シシ神もデイダラボッチもタタリ神もナゴの守も乙事主もモロの君もエボシ御前もヒイ様もエミシの民も猩々もコダマもタタラ場の人々も無縁の衆も癩者も救えない。

アシタカはだれも救えない。100億が1億になっても救えない。アシタカだけではない。人間はだれもなにも救えない。救えないだけではなくて、堕落する。義士も聖女も堕落する。救えず、堕落し、ただ人間に戻ってくるだけだ。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はないということだ。

人間。繁栄と没落。恐怖と怯懦。飽食の眠らぬ夜と飢餓の眠れぬ夜。享楽と放逸と困憊と忍従と。それらを丸ごと抱えこみ、飲みこみ、壮大な叙事詩は語りつがれる。

「アフリカの飢えた子供の前で文学は何をなしうるか?」といったたぐいの問いにはなにかしら不潔なものを嗅ぎとってしまうが、「生きよ、堕ちよ」という祈りにも似た叫びの前では襟を正さずにはいられない自分がいる。だが、アフリカの飢えた子供も、淪落する少女も、実はみなおなじなのであって、生まれ、生き、死に、苦しみ、憎み、哀しみ、慈しみ、儚く、しかししぶとく、慎重で、しかしいい加減で、強く、しかし弱くもあり、強引でありながら繊細で、強欲でありながら清廉で、狡猾でありながら善良で、勤勉でありながら怠惰な、物静かでありながらもかまびすしい、べらぼうな、高慢ちきな、泣いたと思えば笑い、笑ったと思えばまた泣く、ときに人情家で、ときに冷酷漢で、ときに賎しく、ときに高貴で、ときに醜く、ときに美しい、昇りつめ、堕ち、さらに堕ち、また昇り、また堕ちる、そのような人間の、人間であるがゆえの、人間であらんとするがゆえの、すべてが私はいとおしい。

人生はマンジャーレではあるけれども、たいていの人生は団塊ポンコツどもクラスの駄ジャレまみれである。この国のイモーラルの張本人である団塊ポンコツどもはイモ引いてイモ貝しこたま食らって死ねばいいのに。団塊ポンコツどもについて「あいつらはきらいだ。あいつらのことは、怒ってるし、憎んでいるし、軽蔑している。あいつらに集中的に隕石が落ちればいいのに」と公言して憚らない人物がいる。なにを隠そうこの私だ。

母港であるドランカード港に帰港してからというもの、世界も人生もバラ色だ。バカ色ではない。かなりビートの効いた馬鹿者ではあるが、間の山に登ったきり帰ってこない間抜けの冬眠を忘れた熊や墓碑銘に「宇宙一の大馬鹿ガエルここに眠る。冬眠ではない」としるした黄金のカエルほどではない。

極楽の蓮池の蓮華のウテナの上で微睡んでいる気分がずっとつづいている。アテネのすべての地上げが成功し、アカデメイアもリュケイオンも使い放題、アテーナーとアルテミスとヘスティアーは肉奴隷愛人にして、アクロポリスの丘のパルテノン神殿でかくれんぼ、鬼ごっこ、お医者さんごっこ三昧できる気分だ。補陀落渡海航海の目的であった「死」を飼いならすことに成功したからだろう。そして、墓場と火葬場が遊び場になった。墓場でDABADA? 古いよ。古畑任三郎より古井戸より古井由吉より古谷綱正より古川緑波より古い。森をエクソダスしてパンツをはいたサルにふりわけ笊でフルイにかけられてしまうくらい古い。南京豆姉妹の右のほうと結婚した沢田の二重あごは気持ちワルイ。

これからここにボチボチ書きしめすのは、「死」を飼いならそうとしてもがき、ついに成功した人生の墓掘り人夫の記録である。慰めも教訓もないが、死期が迫っている者、死にたいと思っている者、死を畏れている者、イクときに「シヌ! シヌ! シヌ! 死んじゃう!」と叫んでばかりいる者、近親者を失った者、正統なる酔いどれ方を身につけたい者、笑ったことのない者、そして、生きることに飽き飽きしている者をほんの少し勇気づけ、元気にする。八百屋の五郎相手に大根と牛蒡と人参のスケール・メリットを根拠とする堂々たる値引き交渉ができるようになるだけでなく、「だからどうした八百屋の五郎」と言える勇気が身につき、「ライバルは銀座の一流鮨店」とほざきやがる『根津 松本』の蝦夷者・松本秀樹魚野郎に「腐った魚は目でわかるんだよ、松本くん」と上から目線で言い放てる元気が湧いてくること米山製菓のばかうけ付きでウケアイだ。さらには、笑わせる。クスッとさせる。クスリと縁を切らせる。クズリと仲良くさせる。ダライラマのインチキマヤカシクワセモノぶりがわかる。アライグマの小僧にいじめられなくなる。しまっちゃうおじさんにしまわれなくなる。頭のてっぺんにクモモの木が生える。ゴキゲンなエピタフができる。

ハッピーターン食いたいイングリッド・バーグマンとかっぱえびせん食べたいムートン・ロートシルトの暗闘と鬩ぎ合いとHere's looking at you, kid. 小鬼田平子と仏の座。仏の顔に三度笠。表恵比寿で裏閻魔、登れば代官山で下れば広尾、この際、目黒はお呼びでない。秋刀魚は目黒に限るが明石家さんまの老害終わったコンテンツぶりは目に余る。仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺す。見ぬが極楽、知らぬが仏。イムが同床異夢ならば、ガムはネ申につつんで道端吐棄。カムはイクイク絶頂到達。イとムの訣別。淫夢性夢で夢精して聖夢に導かれて聖務を果たし、生死不明の箱猫シュレディンガー・キャットとトランスルーセントなチェシャ猫とともに精子無静止状態でお伊勢参りしようとしたが「メニューにございません」とイェフディ・メニューインにクリソツの横浜石井さん作出のレース鳩デカ栗を飼うクリデカ愛人に制止されたので腹いせに政務活動費チョロまかしてやったら踏み切りでチョロQトーマスに通せんぼされたうえにガキデカに逮捕されて死刑にされた。サレタサレタで半年暮らす。サマンサ・タバサのサラリーマン、サラダは塩で食べなされ。サラダはサーレ・グロッソさナザレ人。サルサ踊る気はさらさらないが春の小川はさらさらいくよ。冷たいサルサラの風が吹く夜に猿回しのサルが皿を回しながら死んだとさ。美味しんぼと食いしん坊とさびしんぼう。富田靖子が浦辺粂子に化けて鶴太郎の真似するのはどれだ?

さーて、テテ・モントリューのおテテのシワとシワをあわせてハッピー・セメタリー・デイズのはじまりだ。ナームー。


本日の墓碑銘
"異界/異世界"を覗きたかったら雨の日の火葬場に行け!
ガス台の五徳を買いにカインズホーム行って「五徳だけください」と言ったら、「当店ではそのようなキノコはお取り扱いしておりません」と御託をならべられた。
 

by enzo_morinari | 2018-06-02 13:50 | Cemetery Days | Trackback | Comments(0)