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カテゴリ:Inspirazione( 3 )

『歌う樽犬のための弦楽四重奏』のためのマドレーヌ現象による衒学ディスクール/根源の彼方に向かっての一蹴

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ボスフォラス以東にただひとつしかないと言われるハーモニクス・オーヴァートーン館の門外不出のクワルテット、生命、宇宙、そして万物についての答え衒学四重奏団のセロ奏者であるシュジェ・ゲンゴロウは言語学の根源の彼方に向かってみずからのグラマトロジー/ディスクールを一蹴するにあたって、まず、ポアンカレ宇宙を双曲線の彼方に向かって一蹴した。当然、ジャック”ディセミナシオン”デリダはいやな顔をし、1958年もののエコール・ノルマル・シューペリウールのジュ・パンス・ドンク・ジュ・スィ大食堂がふるえるほどの大きくて深々としたため息をついた。そして、近くでマドレーヌ紅茶の失われた時間と戯れのエクリチュール中のJ.M. フコに「散種」と言ってから、監獄狂気歴史固めをぶちかました。それを遠い目で見ていたC.L=ストロース教授は料理の三角形でみたされた悲しき熱帯のような悲しみの表情を浮かべて「La Pensée Sauvage」とだけつぶやくと、南方熊楠公との『倭漢三才圖會』補修のブリコラージュ共同作業に戻った。

遠くで太鼓に激突して弾ける泡の音と砂漠の商人が海とつがった太陽を眺めながら日系ウガンダ人の肉桂臭ぷんぷんのハルキンボ・ムラカーミの脳髄に1973年のピンホール穴を穿った音がした。絶えず複数であることを強いられるそれらの音は、やがて成長サイクルと生殖サイクルの終わりなき闘争の場にも届き、脱コード化された欲望する身体/器官なき身体の群れが生存を運命づけられた身体を取りこみ、包みこんでゆくミル・プラトー高原のリゾーム劇場の礎となり、ついには、エピステーメー遺跡の発掘中に発見された旧世界のプーヴォワル・パストラルとパンオプティコンは現代世界の知の枠組みを根底から覆した。ことここに至ったからには、ヴヨクもバヨタもドーハもザヰイチもタンフヱ三もヱソヴァヰもヨタもヨクトも糞掻きべらとともに宇宙の果てまでかっ飛ばさなければならない。2次元ユークリッド空間R2上に美しい双曲線を描いて。

いまも1973年当時と変わることなく地軸の傾きと格闘する工作社工作員の整合性のない千夜千冊400万字の健啖家ぶりに恐れ入っているシュジェ・ゲンゴロウの元へ、ポトラッチ・トーテムポールをふりまわす石頭の彫刻家、カメンナヤ・モグリャ・ペトログリフがやってきたのは昼めしどきだった。シュジェ・ゲンゴロウは「めしどきによその家を訪ねるとは実に躾がなっていない! パレーシアにもほどがある!」と憤慨した。共同幻想本舗主人手製特製の言語美弁当なみに噴飯ものである。

さて、満月の斥力とクロワッサンの花王CIぶりとブカティーニ・ディ・シチリアーノ・シシリエンヌの間に横たわる相互作用とジャーマン・シェパードの忠節とロベール・カサドシュの弾くモーツァルトのピアノ協奏曲42番の凡庸と純粋理性の二律背反と「無謬完全なるアルデンテ」の困難を思いながらブガッティ・プレヌリュンヌ・ブカティーニ氏はBUCATINI TYPE57を茹でる。


ブガッティ・プレヌリュンヌ・ブカティーニ氏のアンドロジナス・デイズ
満月の斥力とクロワッサンの花王CIぶりとブカティーニ・ディ・シチリアーノ・シシリエンヌの間に横たわる相互作用とジャーマン・シェパードの忠節とロベール・カサドシュの弾くモーツァルトのピアノ協奏曲42番の凡庸と純粋理性の二律背反と「無謬完全なるアルデンテ」の困難を思いながらブガッティ・プレヌリュンヌ・ブカティーニ氏はBUCATINI TYPE57を茹でる。

チェネレントラ・ルネサンス様式の装飾で埋めつくされた「ラ・ピエトラ・デル・パラゴーネ」では、常に、いついかなるときにもヴェルディ・ミドリカワ・マコ作『ジャン=ピエール・ウィミーユとピエール・ヴェイロンのためのル・グルマン24のソネット』が黒死館門外不出弦楽四重奏団によって奏でられている。ミニマムかつファジーなノイズはよほどの健啖家でなければ食欲を失う。「ラ・ピエトラ・デル・パラゴーネ」は食を拒否するリストランテでもあるから十分に整合性はある。

「料理の三角形教団」の執拗で強引で素っ頓狂で闇討ち辻斬り的で突拍子もない布教活動の成果として、いまやありとあらゆる世界において食と生と性は分かちがたく結びついているが、「ラ・ピエトラ・デル・パラゴーネ」はそれらを分断するための試金石の役を担っている。食と生と性の解放を訴えるヰタ・セクスアリス・グルマンディー集団、「ラ・テテ・デュヌ・コクレ・エ・クー・ド・ブフ(鶏の頭と牛のしっぽ)」の本部でもある。「ラ・テテ・デュヌ・コクレ・エ・クー・ド・ブフ」はパン・ド・カンパニアを月に一度、「レシピ・ブログ」のトップページ左上に現れる鬱陶しいことこのうえもない広告で募集しているが、効果はゼロに等しい。「レシピ・ブログ」のメンバーは「今日の足あと」の数と「おいしそう!」の数と自分が「お気に入りメンバー」にされたかどうかしか眼中にないから、その余のことには目が行かないのだ。つまり、クリック・ゼロということである。

42番テーブルでは苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる悪魔の美食家、マエストロ・ロッシーニがお待ちかねだ。哀れなもののけ白鳥カウンターテナーが『ヨイトマケの歌』の絶唱とともにジブリ・ジビエ色に焼き上がった直後、マエストロ・ロッシーニは厨房のブガッティ・プレヌリュンヌ・ブカティーニ氏に向かってこれみよがしに言った。

「茹でて食す。一人二役。これぞ真の両性具有」

オーディン・オンディーヌ・クレモンティーヌ・カルペンティエールよ、レバノン杉の仲買人として濡れ手に粟で儲けていた頃とは時代がちがう。そして、ついに魔法陣とファイストス円盤を組み合わせた不思議なピーチパイ型飛翔体から浮動小数点式水槽脳爆弾がNDBに投下された。その直後、魔法陣とファイストス円盤を組み合わせた不思議なピーチパイ型飛翔体は空中分解した。

シュジェ・ゲンゴロウは部屋に戻ってくるや否や、細胞の魚こと幻の利己的虚数魚i = Cellfish にポトラッチ・トーテムポールの削りかすを与えるカメンナヤ・モグリャ・ペトログリフの延髄に強い力でボウをこすりつけた。フロッシュが何本も切れて生き物のように揺れ、舞った。先端のスクリューでなにかしらのど真ん中、土手っ腹を貫かれているようだった。

シュジェ・ゲンゴロウのリコッシェ・サルタートとポルタメントのかけ方は独特で、ところどころにロストロポーヴィチの憤怒のごとき鋭いイディオムを思わせるものがあった。フラウタートで奏でる音には目を見張るほどの柔らかさと悲しみとがあった。フラジョレットは思わず引きこまれるくらいに澄んだ音だった。グレゴリオ聖歌の『怒りの日』の旋律の一部が引用されたときには世界が慟哭し、ふるえた。そのような切実なさなかにあっても、日系ウガンダ人の肉桂臭ぷんぷんのハルキンボ・ムラカーミのカワウソづらだけはたまらなくアービングに脱力ものだった。

歌う樽犬のための弦楽四重奏
Corps-sans-Organes (CsO)/Deleuze Edition, 2016

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by enzo_morinari | 2018-08-20 05:38 | Inspirazione | Trackback | Comments(0)

北の国の大地は揺れ、悲しみの海は盛り上がり、プルトンの城は溶け出す

 
マルスの月の昼下がりに北の国の大地は揺れ、悲しみの海は盛り上がり、プルトンの城は燃えて溶け出す
重金属の塊りのような大津波は北の国の街々を跡形もなく押し流し、人々の生活を根こそぎにするだろう
四つのプルトンの城は鳴動し、発熱し、大災厄を撒き散らし、水はニガヨモギのようににがくなるだろう
 
by enzo_morinari | 2007-03-11 14:46 | Inspirazione | Trackback | Comments(0)

ユリウスの月にアヴォカドの娘はルンゴ・イソーラの軍港の館で愛情と平和のしるしを伐りとるだろう

 
ユリウスの月にアヴォカドの娘はルンゴ・イソーラの軍港の館で愛情と平和のしるしを伐りとるだろう
亡きジョルナーレの娘は深い悲しみのうちに沈み、我が友と若き義母はアヴォカドの元を離れるだろう
伐りとられた愛情と平和のしるしはリテラチューラの森を彷徨い、フォトグラフィアの涙を流すだろう
 
by enzo_morinari | 2004-07-26 20:06 | Inspirazione | Trackback | Comments(0)