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カテゴリ:齢の決算書( 1 )

齢の決算書 ── マイナス100度の太陽みたいに

 
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だれにも見られたくない涙の幾粒かがある。真夏の果実さえ一瞬にして灼きつくすマイナス100度の太陽にも消すことのできない涙が。


「齢の決算書」をつくる過程で、泡の時代の「もうひとつの貸借対照表」のための参考資料として1990年前後の自分自身のテクスト、世に出たあまたのテクスト、楽曲/音楽を読み、聴きなおしている。

1990年の夏の盛りに出たサザンオールスターズの『真夏の果実』を聴いていたら無性に泣けてきた。『真夏の果実』の中に出てくる「マイナス100度の太陽みたいに」という言葉が突き刺さった。それは実体をともなってわが身を貫いた。マイナス100度の太陽は、当時もいまもかわらず微動だもせずに頭上にあり、私と世界を灼きつくし、凍りつかせながら輝いている。しかし、いまや世界に伝説の水曜日の大波と稲村ジェーンの消息を知る者はいない。

1990年夏。天国と地獄と残酷と冷酷と冷淡が嵐のように吹きすさんでいた。1990年の春には置き場所に困り、うなるほどあったゼニカネはものの見事に消え失せていた。あのときあったゼニカネはいったいどこに消え失せてしまったのか。すでにして30年近くが経過している現在もすべては解明できていない。これからここに書き示すのはマイナス100度の太陽のごとき日々の記録となるはずだ。

***

1989年の暮れだった。泡劇場は最終幕に入ろうとしていた。

「おまえが小学校に入学した頃、おれは30歳で、すでにして人生に起こりうるあらかたは経験済みだった」

私に大きな仕事をもたらしたちょうどふたまわり年上の画商はそう言って私の瞳をしげしげとのぞきこんだ。「いま限界ぎりぎりまで膨らんでいる泡はいずれ弾ける。おまえも30歳だ。この先、泡が弾けたあとにどう生きていくか覚悟だけは決めておけ」

しかし、時すでにおそし。1989年の暮れの段階ですでに手のほどこしようがないほど私を取り巻く事態は悪化していた。敗戦処理さえできない状況だった。

数ヶ月後、画商の言葉どおり、泡は大音響とともに弾け飛び、私は泡の時代に手に入れたもののすべてを失い、画商は2253億円の巨額の負債を抱えて自己破産した。画商の破綻のことは日経にもでかでかと記事が載った。

見事なほどの弾けっぷりだった。救いは当の画商が大笑いしていることだった。私も一緒に大笑いしたかったが、大笑いするには私にはまだ人生経験、踏んだ修羅場の数、通りすぎた門松、喰った餅の数が少なすぎた。笑い話にできるようになったのはここ最近だ。

銀行、金融機関は手加減容赦なくありとあらゆるものを差し押さえ、ゼニカネの亡者となった債権者たちは鍋釜の果てまで、めぼしい金目のもののあらかたをトラックを乗りつけて持ち去っていった。そして、予想どおり、「泡劇場」の最終幕、大団円には裏街道、闇社会の修羅、下衆外道どもが津波のように押し寄せてきた。勿論、画商のところにもだ。

泡の時代の最中には米つきバッタよろしくすり寄ってきていた雑魚三下奴どもは恥も外聞もなく手のひらを返し、蜘蛛の子を散らすように私と画商のまわりから消え去った。そして、私は学んだ。金輪際、人間を信用してはならないと。肝心かなめのことは経験を通してしか学ぶことはできないし、身につかないということだ。

以後、今日に至るまで、私は誰憚ることのない人間嫌いになった。ただし、実際に目の前にいる人物を信用しないというのは精神的にとても疲れるので、極力、生身の人間とは会わず、関わりを持たないようにすることでかろうじて精神の均衡を保っている。実際、生身の人間と会ってしまえば情がうつり、しがらみが生じる。そうなればいやでもその人物を信じるようになり、親愛の情も湧く。猜疑心に苛まれ、疑いの目で他者と接することほど不幸なことはない。会うことがなければ信じることはなく、疑うこともない。よって、私は滅多なことでは人と会わず、関わりを持たなくなった。

そのような次第で、経験の「け」の字も知らぬような若造小娘甘ちゃんのリアリティのない甘っちょろい寝言たわ言きれいごとおべんちゃらおためごかしには一切耳を貸さない。聞かない。物静かに退場させる。事と次第によっては踏みつぶす。あらゆる手練手管を行使駆使して回復不能な打撃を加える。生涯にわたって抱えつづけるトラウマをもたらす。

寝言は寝てから言うものと相場は決まっている。寝言たわ言きれいごとおべんちゃらおためごかしは年端もいかない若造小娘相手か退屈で陳腐でかわりばえのしない閨室の寝物語/ピロー・トークのときにでもほざくがいい。

***

1990年の冬の初め。昼めしどきを過ぎた昼下がり。私と画商は麻布十番の永坂更科の小上がりにいた。

「死ぬしかないか?」と画商が言った。
「まだ死ぬときじゃありません。死ぬのは裏切り者どもを見返し、葬ってからです」と私は答えた。画商は黙ってうなずいた。
「樽よ。おまえ、ずいぶんとおとなになったな。いい男に。面構えもたいしたもんだ」
「授業料はいささか高くつきましたがね」

二人して同時に静かに笑い、鰤のあら煮を肴に冷やのコップ酒を3杯ずつ飲んだ。ひさしぶりに飲む酒が五臓六腑にしみわたった。うつむいた画商が声を殺して泣いているのがわかったが気づかぬふりをした。だれにも見られたくない涙の幾粒かがある。経験の「け」の字も知らぬような若造小娘甘ちゃんにはわからぬたぐいのことだ。

死は決して敗北ではないが、罵声を浴びせかけられ、針の筵を歩きながら、それでも生きつづけることの意味を考える絶好の機会だった。

いい年をぶっこいてよく腹がへった。腹は決まっていたがちょくちょく腹の虫が鳴った。鉄管ビールでしのいだ最長は9日間。ポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウどもが「オサレなランチ」やら「豪華絢爛ステキステキのディナー」やらを喰い、「仲良しとグルメ温泉ツアー」にうつつを抜かしている頃、私はひたすらわが刃を研いでいた。そんな私の姿を見た虹子が泣き出すこともしばしばだった。

「あのころ、あなたは本物の鬼でした」とはつい最近の虹子の言葉だ。仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母をも殺す。そんな日々だった。

「コペルニクス的転回」も「コペルニクス的転回の転回」も「絶対矛盾的自己同一」も「身心脱落本来面目現前」も私の係ではない。それってうめえのか? ダシはきいているか? 歯ごたえはどうなんだ? そんなリアリティのないものは「くそまじめな精神」の持ち主様にでもくれてやれ。さもなきゃ、犬畜生にでも喰わすか糞掻きべら一閃、宇宙の果てまでかっ飛ばしちまえ。

おのれを捨てろだあ? おのれを虚しゅうしろだと? 何度でも言う。寝言は寝て言え。のたうちまわりながらほかの何者にもなりかわりえない自身のリアルをグリップすること。それが意味を持つ。

その頃の私には「死のリアリティ」は薄く、不思議なことに「生のリアリティ」だけは手づかみ赤むけだった。しかしながら、私がしたような経験などはできうればしないに越したことはない。マイナス100度の太陽が決して沈まぬことを知らぬ者は。

敵は視えないし、24時間戦うことはできないし、24時間戦ってえられるものなどなにもない。視えない敵とは100年戦っても答えは出ないし、和睦もできない。しかし、「最終解答」「本当のこと」「約束の地」はある日突然その姿の一端を垣間みせる。ただし、姿の一端が垣間みえたからといって手に入る保証があるわけではない。まれに手に入ることがあるが、手に馴染まなかったり収まりが悪かったり折りあいがつかない場合もある。手にいれた刹那に逃げてしまうことだってある。

すべてはその時々の風向き、天の配剤、めぐりあわせ、宇宙を支配する巨大な意志の力の如何による。このとき、これらの事態に人間の意志のたぐいはおよばない。Que será, será/Let it be/なるようになるさと嘯くか、空を見上げてLa Vie en Rose/バラ色の人生を歌うとほんの少し人生の景色が色づくこともある。巨大なブルーマーリン・セイルフィッシュを釣りあげた元気な頃のパパ・ヘミングウェイがMoveable Feast/移動祝祭日を携えて海流の中の島々を案内してくれることさえ。


真夏の果実 Southern All Stars
 
by enzo_morinari | 2019-07-16 16:58 | 齢の決算書 | Trackback | Comments(0)