人気ブログランキング |

カテゴリ:Media Vita in Morte( 6 )

海辺の町の海辺の墓地の見晴らしのいい場所で仄あかるく揺れる精神の島をみる。

c0109850_05182846.jpg

世界を計測するのに必要なのは方法である。P-V


100年前から細部に宿った神をどやしつけつづけた男は海辺の町の海辺の墓地の一番見晴らしのいい場所に立ちつくている。

「風がでてきたぞ! 疾風のように生きるぞ!」

男は傲然と轟然たる咆哮を発した。男のかたわらには方法の学校の初代校長テスト氏が知性の偶像以外のすべてを拒否しながら立っている。

海辺の墓地の一番見晴らしのいい場所から海を臨むと、精神の島が仄あかるく揺れていた。精神の島はときどき有機的な点=尖光/ホワイトヘッド・フラッシュを放って私を威嚇した。

深い闇に閉ざされた自分の部屋/知の胎内に籠城するまで、私は動機の文法を確立するために前人未踏の思索に耽っていた。

私は主に社会や人間の可塑性、知のクーデタについて考えていた。そして、その方法のひとつとして無名会社/ソシエテ・アノニムを設立し、世界の分裂生成を企図した。その頃の私にとっては視えない自由を視えない銃で撃ちぬくことが大きな課題だった。そのような日々がもたらしたのは精神の均衡の崩壊だった。精神と精神のあいだに立ちはだかる永劫の壁が音もなく崩れていった。私の精神には精神の島が不吉で不安定で不定形な島影をみせていた。精神の島は銀河団を飲みこむほどの強度と明晰を持っているように思われた。
c0109850_20415261.jpg

 
by enzo_morinari | 2018-09-16 20:51 | Media Vita in Morte | Trackback | Comments(0)

海辺の町の海辺の墓地を歩く

c0109850_08025759.jpg


われら、死の半ばにありて。
Media vita in morte sumus.


母なる海と死と。
La mer, une mère et la mort.


風がでてきたぞ! 疾風のように生きるぞ! P-V
死んで死んで死にまくれ。是非を問うな。激しい雪が好き。野村秋介
死につづけるのは死んでからでいい。長く退屈な時間だ。E-M-M
死を考えるのは死んでからでいい。時間はたっぷりある。E-M-M

c0109850_10425239.jpg

こどもの頃から親しみを感じていた海辺の町の海辺の墓地が改葬されることを知り、失われる前に別れを告げることにした。深い闇に閉ざされた自分の部屋から出るのは4242日ぶりだった。

11年と227日。憤怒と憎悪と煉獄の日々。失われた時間を探し求める日々。耳元でクオーク鳥が絶えず鳴きつづけ、青山墓地B地区9696のユリシーズ部屋で行われた無限級数梯子から転落して死んだ運命大工のフィネガンの通夜の席で突如として姿を消したきり消息不明のFinnegans Wakeのアポストロフィ問題に苛立つ日々。

海辺の墓地は風が強かった。ふと「海辺の休暇」と思った。ひとしきり風に吹かれていた。風は泣いていた。ウォーンウォーンと。ゴーゴーゴーと。ゆあーん ゆよーん ゆやゆよんと。砂漠を吹きぬける風のようにエリ・エリ・レマ・サバクタニと。風は泣きながら叫びながら踊っていた。ならず者の南から来た男を乗せて。

Ride like the wind! Le vent se lève! Il faut tenter de vivre!

c0109850_09350062.jpeg
c0109850_08032767.jpg
c0109850_08034422.jpg
c0109850_08035650.jpg


風が泣いている - ザ・スパイダース (1967)
Ride Like The Wind - Christopher Cross
Les Vacances au Bord de La Mer (Raconte-moi) - Stacey Kent
 
by enzo_morinari | 2018-09-16 08:12 | Media Vita in Morte | Trackback | Comments(0)

ザ・ザ・ガボールとハンガリー狂詩曲第2番 嬰ハ短調を聴き、ドリス・デイにQue Sera, Seraと慰められる。

c0109850_04034257.jpg

未来はだれにも見えない。だから希望に満ちている。R-E

9歳の冬から夢に頻繁に現れる女がいた。2016年2月18日の明け方までつづいた。夢に頻繁に現れる女がザ・ザ・ガボールであると気づいたのはザ・ザ・ガボールが主演する古い映画をみたときだった。

高田馬場の西友の地下街にあった三番館のパール座でみた『ムーラン・ルージュ』だ。『底抜け最大のショウ』 と『黒い罠』の3本立て。『ぴあシネマクラブ(通称ぴあシネ)』を片手に街をほっつき歩いていた頃だ。

ザ・ザ・ガボールことガーボル・ジャジャはアンドレ・カンドレ時代の井上陽水が歌う『夢の中へ』に乗ってディータ・フォン・ティース風にバーレスクを体をくねらせて踊りながら夢の中に現れた。2016年2月18日の明け方以来だった。そして、言った。

「わたしはあなたと10回目の結婚をするのよ。そうするようにハリウッドの神様に言われたから。いいこと? 文句はないわね? なにせ、わたしは天下のハリウッドの名花、ザ・ザ・ガボールなんだから」
「あんたと結婚するとなにかいいことがあるのかね?」
「もちろんよ!」
「具体的には?」
「わたしと好きなだけセックスできる」
「それだけ?」
「天下のハリウッドの名花、ザ・ザ・ガボールが超絶フェラをする。あなたは天下のハリウッドの名花、ザ・ザ・ガボールのプッシーをいくらでもなめたりいじったりにおいを嗅いだりできる。それでも足りない?」
「あんた、最近、鏡で自分の姿をみたことある?」
「ええ。暇さえあれば自分を鏡にうつしてるわよ。うつすたびに鏡が割れる。ものすごく大きな音を立ててね。最近の鏡はヤワね。中国製だからかしら」
「鏡は正直なだけさ。中国製というのも少しはあるけど」
「正直なのはいいことよ。ハリウッドは嘘つきだらけだけどね」

そう言うと、ザ・ザ・ガボールは小鼻にかわいらしいしわを寄せた。化け物にしてはキュートだった。九尾の狐みたいなものであることにかわりはなかったが。

「そんなことより、天下のハリウッドの名花、ザ・ザ・ガボールが来たというのになぜリストの『ハンガリー狂詩曲 第2番 嬰ハ短調』をかけないのよ」
「それはそれはすまない。すぐにかけるよ」

私はオーディオ装置のスウィッチを入れ、McIntosh MC275の真空管KT88が温まって機嫌がよくなるのをしばらく待った。そのあいだ、ザ・ザ・ガボールはいらだたしげに床を踏み鳴らしていた。

McIntosh MC275の真空管KT88がすっかり色づいたのでアルフレッド・ブレンデルの『ハンガリー狂詩曲』をCDプレイヤーにセットし、第2番 嬰ハ短調をリピート・プレイした。

42回目の第2番 嬰ハ短調が始まった直後に暖炉からトムとジェリー、バッグス・バニー、メリー・メロディーズ、ミッキーマウス、ウッディ・ウッドペッカー、ドナルドダックとダフィーダック、ロジャーラビットが現れた。ザ・ザ・ガボールは少しも驚かず、背筋をピンと伸ばし、毅然とした態度で言った。

「女たらしのリスト! 国の恥よ! ロマの娘をかどわかした恨みでロマに毒殺されたのよ! ロマ書に書いてあるとおりにね! そんなことより、なんでグレン・グールドの弾くハンガリー狂詩曲第2番 嬰ハ短調をかけないのよ! ブレンデルなんて鼻行類の親玉の鼻づまりピアノなんかかけて! このロクデナシ!」
「ロクデナシっていうけど、この冬がくれば60歳だけどね。それにグレン・グールドはリストの曲をほとんど録音してないよ」
「録音してなくてもなんとかするのが10番目の夫のつとめでしょ! そんなことだからあなたの人生はずっと破綻調なのよ! 破断した巴旦杏のフルーツ・サラダを食べさせなさいよ! ぜんぶ、嬰ハ短調の駄洒落よ!」

埒があかないので、私はきっぱりと言った。

「おれが生まれたのはあんたが主演した『黒い罠』が公開された1958年だぜ。『結婚協奏曲』や『ムーラン・ルージュ』のときは両親はまだ出会ってもいない。それに、あんたは2016年2月18日に死んでるんだよ。だから、あんたの10回目の結婚相手にはなれない。残念だけどね」
「わかってるわよ、そんなことくらい。ただ、さびしかっただけ」

そう言ったあとにザ・ザ・ガボールがみせた表情には少し胸が痛んだ。そして、ハリウッドうそつき世界の名花たちが次々とやってきては言いたいことを言い、やりたいことをやり、消えた。

マリリン・モンロー、グレース・ケリー、エリザベス・テーラー、オードリー・ヘップバーン、ビビアン・リー、イングリッド・バーグマン、ティナ・ルイーズ、そして、ドリス・デイ。ドラキュラ伯爵役のクリストファー・リーがやってきたのはハリウッド・ジョークかなにかだろう。
c0109850_04055300.jpg

ドリス・デイは帰り際に私の耳元で「Que Sera, Seraよ。凄腕の暗殺者であるあなたは知りすぎた男なのよ」とささやいた。ドリス・デイはジェフリー・ビーンのグレイ・フランネルのフレグランスの匂いがした。

「きれいなバラには時が必要よ」とドリス・デイは言った。
「それを言うならきれいなバラには棘があるだろ?」
「Que Sera, Seraよ。時間も棘も残酷で容赦ないことにかわりないんだから。その証拠がこれよ」

そう言うと、ドリス・デイはベリベリと音を立てて顔面を髪の毛の生え際あたりからゆっくり剥がした。見るも無惨な老婆の顔が現れた。夢はそこで終わった。

Hungarian Rhapsody No. 2 C-sharp minor S.244/2(Franz Liszt) - Alfred Brendel
The song from Moulin Rouge - June Hutton(1953)
Que Sera, Sera (Whatever Will Be, Will Be) Doris Day
 
by enzo_morinari | 2018-08-27 04:09 | Media Vita in Morte | Trackback | Comments(0)

亡国の類 ── 謝蓮舫

 
c0109850_145475.jpg

 
ケチャップに秘められた「食の伝播」に関するいくつかのことと辻元清美の上顎部の形状問題と「真実の口」#3

蓮舫をゆるしてはならない。のさばらせてはならない。蓮舫の醜さはみずからの愚かさを隠蔽するために「賢そうに」みせかけるところに現れている。北野ファンクラブで、高田文夫に「茶の間に土足で上がりこんでくるんじゃない!」と言われたときの蓮舫の叱られた仔犬のような表情は悪くなかった。だが ── 。謝蓮舫はいまや、辻元清美に続いて亡国の類の筆頭にある。以下、列挙し、あげつらう。

可愛げなし
A( )C
傲岸不遜
思い上がり
勘ちがい
虫酸を呼ぶ引きつったせせら笑い
 
by enzo_morinari | 2013-11-29 04:22 | Media Vita in Morte | Trackback | Comments(0)

ケチャップに秘められた「食の伝播」に関するいくつかのことと辻元清美の上顎部の形状問題と「真実の口」#2

 
c0109850_5503671.jpg

 
喫緊の課題は辻元清美、福島瑞穂、田嶋陽子、細木数子(安岡正篤取り憑き殺し下手人)、根本七保子(デヴィ・スカルノ)、野村沙知代(地獄の馬房を煮詰めたごとき凄惨臭を半径25メートルに撒き散らす者)、和泉節子(和泉元彌の母親)、片山さつき、高市早苗(お天天教信者)、勝間和代(キタサブ並みの鼻穴を有する者)、謝蓮舫(醜悪なるポピュリストにして黒ラベル)ら亡国のキ印どもをユープケッチャすることである。E-M-M


辻元清美が反原発脱原発スタイリスト小泉純一郎の小倅、小泉進次郎を国会審議の場でああでもないこうでもないと愚にもつかぬ言説を並べたてて吊るし上げる姿は醜悪きわまりなかった。その言説とその言説を生む魂のいやしさあさましさ醜さもさることながら、その形相たるやおぞましさの一語に尽きるものであった。辻元清美のような品性下劣な輩が選良であること自体がどうかしているのであって、辻元清美を国政の場=国権の最高機関たる国会に送った大阪10区の選挙区民は大いに恥じるがいい。

辻元清美はピースボートでいくら儲けたか?
辻元清美はピースボートで儲けたカネをなにに使ったか?
辻元清美は民主党政権時、首相補佐官(災害ボランティア活動担当)だった半年のあいだに被災地でカネをいったいいくら浪費したか?


これらのことについては扨置く。いずれ言い逃れ申し開き「ああ言えば辻本」「開き直りまやかしの総合商社」のできない「客観証拠」とともに白日の下に晒すときがくるはずだ。いまはとにかくケチャップと上顎だが、その前史として、世にあまた蔓延る亡国のキ印どもについてその悪業と足跡をたどっておきたいと思う。

c0109850_827336.jpg

 
by enzo_morinari | 2013-11-21 13:49 | Media Vita in Morte | Trackback | Comments(1)

ケチャップに秘められた「食の伝播」に関するいくつかのことと辻元清美の上顎部の形状問題と「真実の口」#1

 
c0109850_1865335.jpg


われら、死への道程の半ばにありて Media Vita in Morte Sumus G-C/魚のしるしを持つ者


2011年3月1日。その日、私は Poisson d'Avril の予行演習をつつがなく終えてほどなく、福島瑞穂方向の空がユープケッチャ同位体色に染まるのを見届けてから日本放送協会の国会中継を見るともなく/見ないともなく見ていた。正確には辻元清美の上顎部の形状観察をしていた。

毎度毎度、辻元清美の声と上顎部の形状には吐気をおぼえ、その痩せた深谷葱の葱坊主のような頭部を「真実の口/Bocca della Verità」に渾身の力をこめて突っこみたくなる衝動を抑えるのにひと苦労するのだが、その日もまた、遠い昔に別れた護国寺書店のオババの下卑た笑い声とともに辻元清美事案に対するのをいかんともしがたかった。

憤怒と憎悪がふつふつふつと沸き起こってきた。脇の下からは甘すぎる歯と葉と鳩に侵蝕された薄桃色の鎌倉駅前サブレそっくりの汗が10ccほども滴り落ち、おまけにすぐ横では太陽補足職人兼レインボウ・メイカーのマーチャノワがぬるいにもほどがある半笑いを浮かべながらせっせせっせとターコイズ・ブルーの1942年型スワロフスキーにブリスターを発生させていた。そして、私はディスプレイの中に発見した。辻元清美の上顎部に微細なケチャップのしみがついているのを。

「このポンコツボンクラヘッポコスカタンめが、昼にホットドッグを喰いやがったな。あふれるほどケチャップをつけて。あれほどケチャップの差別性について御託を並べておきながら」

腹立たしかった。ケチャップには「食の伝播」の歴史が秘められていて、そこにはソース全般に果たした、燃えつきた海図を頼りに魚醤方舟ニョクマム丸で旅をつづける箱男乃至は砂の女の日ごとの食卓に並ぶユープケッチャ同位体の暗躍を読み取ることができる。そのことについてはもはや議論はない。われわれは己が「内なる辺境にたどり着くための都市への回路」について、もっと切実誠実であるべきであることについても。2011年3月11日、午後2時46分がやってくるのは239時間59分42秒後だった。(to be continue)
 
by enzo_morinari | 2013-11-20 05:24 | Media Vita in Morte | Trackback | Comments(1)