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カテゴリ:TOKYO STORIES( 19 )

TOKYO STORIES/Ramanujan Taxiに手を上げてベケットの店までと。

 
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数寄屋橋のすきやばし 次郎のつけ台の下に数学の魔術師がいるというのでコハダと干瓢巻きと酢めしを食いがてら会いにいった。藍染の暖簾をくぐり、L字のつけ台の左奥に座った。専用占有席だ。

「数学の魔術師はいつから?」
「先週の水曜日から。水曜どうでしょう?って。土曜日どうでしょう?とも。1日に1729回も」と店主は干瓢を巻きながらうんざりした表情で答えた。
「持って帰ろうか?」
「それならすごく助かるね」
「ギャラ高いよ、ギャラ」
「いくら?」
「イクラ5トン」
「それなら話は邯鄲の庭だ」

数学の魔術師をSUZAQの特注カゴに押しこみ、数寄屋橋のすきやばし 次郎を出て、Ramanujan Taxiに手を上げてベケットの店までと告げた。Ramanujan Taxiのナンバーは品川420 トロワ17-29だったがなにかの偶然だろう。

しかし、偶然ではなかった。すべてはタクシー数神によって仕組まれたおそろしい謀略だった。


TAXI - 鈴木聖美 (1987)
 
by enzo_morinari | 2019-07-06 20:13 | TOKYO STORIES | Trackback | Comments(0)

It’s just Half full… 天使と妖精と酔いどれのクリスマスのために/タクシーに手をあげて

 
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It’s just Half full…嗄れ声の男

好きだから会いたい。好きだから触れたい。好きだから声が聴きたい。話は簡単だ。E-M-M

TAXIに手を上げてGeorgeの店までと 土曜の夜だからあなたがいそうで O-FUMI


1987年のクリスマス・ウィークの激しい雨が降る土曜の夜。赤坂9丁目、乃木坂のGeorge's。泡劇場の開幕から1年。タクシーの女と別れてから1年2ヶ月。来るはずのないタクシーの女を待っていた。

George'sのマスターが目くばせした。見ると、ずぶ濡れのタクシーの女がふるえながら立っていた。タクシーの女の目からは土砂降りの雨。

「つもる話はあとまわしにしよう。とにかく、座って濡れネズミになった体と髪の毛を拭いて、Four Rosesのホット・ウィスキーを飲んで、そのおっきなお目々ちゃんの土砂降りをしばらくやませてくれ。おれはおまえのふるえがおさまって、頰に赤味がさすまで103番のボタンを押しつづけてMinnie RipertonのLovin' Youをずっとかける。それで失われた時間のいくぶんかは取りもどせるはずだ。OK?」

タクシーの女は静かにうなずく。

「マスター。それでOK?」

George'sのマスターも静かにうなずいた。

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「ここで鈴木聖美の『TAXI』が聴けたら最高なんだけどな。クリスマス週間だし、土曜日だし、雨だし、奇跡的にほかに客はいないし」

私が言うとGeorge'sのマスターはぶっきら棒に「あるよ」とだけ言って、鈴木聖美の『TAXI』のドーナツ盤を持ってジューク・ボックスに向かい、手際よく『TAXI』をセットした。

「103番に入れたよ」とGeorge'sのマスターは言ってウィンクした。

103番のボタンを押した。10回。20回。30回。40回。50回。60回。70回。80回。90回…100円玉がなくなるまで。世界中のすべての硬貨をかき集めて。失われた恋と失われた時間が取りもどせるくらい。クリスマス週間の土曜日の雨の、そして、奇跡的に私とタクシーの女のほかに客のいないGeorge'sに鈴木聖美の『TAXI』が繰り返し繰り返し流れた。タクシーの女に手をあげた。タクシーの女も手をあげた。

日付が変わる頃、激しい雨は雪に変わっていた。タクシーに手をあげても知らんぷりされた。タクシーの女をオーバー・コートの中にくるんで六本木通りを歩いた。すごく寒かったがおなじくらい暖かかった。クリスマスにはそこそこいい思い出ができるものだ。今度、サンタの爺さんに会うときは、正装して、ブラック・タイをしめて、そのときだけは育ちの良い子のふりをして丁寧に礼儀正しくお礼を言おうと思った。払わなかった給食費と同額の子供銀行券を添えて。赤っ鼻のトナカイくんには旅人の樹の葉っぱを1枚とターコイズ・ブルーのシードを42粒とタンブルウィードをみっつ。

いろいろと七面倒くさいことや厄介や剣呑や狷介があるけれども、とりあえず、同時代に生きるすべての人々がいいクリスマスを迎えられますようにと思った。手をあげれば幸運のタクシーがとまることがないともかぎらない。

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TAXI - 鈴木聖美 (1987)
Lovin' You - Minnie Riperton (1974)
 
by enzo_morinari | 2019-04-11 17:23 | TOKYO STORIES | Trackback | Comments(0)

TOKYO STORIES/風をブレイクしたのはだれか? チーズを切ったのはだれか?

 
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マットンヤー・ユミーンに似た取り澄まし女は虫も殺さぬような顔をしていたが、リノリウムの床を這う巨大なゴキブリをハイヒールのカカトで1発で仕留めた。なにごともなかったような表情で。実際、女は眉ひとつ動かさなかったが、剥きたてのゆで玉子女のほうからキャマンベールのにおいが漂ってきた。ゴキブリを葬った拍子に力が入って、尻がカミナリを放ったんだろう。あるいは近藤正臣のようにスカしたかだ。もしくはキャンディーズの田中好子したか。

剥きたてのゆで玉子女にたずねた。

「水素爆弾落とした?」
「は? 水素爆弾って?」
「お尻のカミナリ」
「ああ。なるほど。わたしではありません。生まれてから1度もFartもBurpもしたことありませんから。ちょっとラバトリをお借りします」

剥きたてのゆで玉子女が部屋を出ていったのを確認してからデスクの隠しボタンを押した。ブリブリブリバリバリバリゴギャゴギャグギャギャという轟音がモニター・スピーカーから聴こえてきた。地獄の邏卒が憤怒に燃えて放つ唸り声のようなゲップの音も。直後、ラバトリから悪魔のチーズ、カース・マルツゥ/Formaggio Marcioのにおいがしてきた。記憶はそこまでしかない。

風は完膚なきまでにブレイクされた。風は死んだ。風の歌は聴こえない。もうチーズはたくさんだ。いまこそ、ナポレオン・ボナパルトの気持ちがわかる。


Break Wind (Austin Powers)
 
by enzo_morinari | 2019-02-21 20:12 | TOKYO STORIES | Trackback | Comments(0)

あした、メタン・ガスが凍っても/如月小春と春咲小紅と都市の遊び方

 
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ホラ 春咲小紅 ミニミニ見に来てね
わたしのココロ ふわふわ舞い上がる Akky Yano


1981年の春先、原宿パレ・フランスのAUX BACCHANALESのオープン・テラスで、如月小春に如月小紅と言ってやったらすごくよろこんだ。その直後、ラ・フォーレのほうから『春咲小紅』が聴こえてきたときは顔を見合わせて2人してゲラゲラ笑った。

箸が転がってもお上りさんの田舎者に道をたずねられてもメタン・ガスが凍ってもスジャータのポーションがテーブルから落ちても糸井重里の鼻の穴に吸いこまれそうになっても如月小春はとどまることなく大きな声で笑った。

ゲラ娘でもあった如月小春は19年後の自分の誕生日に44年で如月小春劇場の幕が降ろされるとは夢にも思っていなかったろう。

如月小春はいくつか年上だった。朝、冷たい水で顔を洗うのが好きだった。東京という都市の遊び方を教えてくれた。

「東京をはやくよく知るには東京に恋をするのが1番よ」

そう言ってあちこち連れまわしてくれた。おもしろかった。ワクワクドキドキした。常に新しい発見と驚きと不思議と快楽と感動があった。今にして思えば、えがたくかけがえのない、おいしい生活、不思議大好きの日々だった。

生きていれば62歳か。62歳になってもゲラ娘のままだろうか。ゲラ娘ではなくてゲラ婆か。

今でもあの世だか青山墓地B地区9696街区のシャバダバシャバダバシャバダバウィーシャバダバ墓場だか夜の学校だか流星陰画館だかリア王の青い城だかで真夏の夜のアリスたち相手にゲラゲラ笑っているのか? どうなんだ? 如月小紅よ。

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春咲小紅 矢野顕子 (1981)
 
by enzo_morinari | 2019-02-01 02:47 | TOKYO STORIES | Trackback | Comments(0)

シンギュラリティな彼女はプチ・ビチョだけどズッコンに支障無しっと。ムーアの法則にのっとり、特異点でShitする。嫉妬無しっと。

 
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ShitはTutorial Singularityである。徳井義実
Shitにはウンコとウンチとクソとウンガンとウンジルが存在する。E-M-M


「ところでさあ、ビチョビチョ具合はどうなの?」
「チョビッとだけ。プチ・ビチョ」
「ズッコンに支障はないレベル?」
「うん。でも、その前にシンギュラリティでウンコしたい」

シンギュラリティ教の熱心な信者である彼女はムーア人の末裔でもあって、IT関連企業の優秀なエンジニアである。なにかというと「ムーアの法則」を持ちだす。ギョーザはそのまま食べるか酢をつけるか醤油をひと垂らしするか中華・高橋のよだれ鶏のたれかKaldi CoffeeのHARISSAか麻辣醤かについて迷っているときにもだ。
 
by enzo_morinari | 2019-01-19 13:01 | TOKYO STORIES | Trackback | Comments(0)

In to the Polar Night/66.6度の太陽は踊る。夜はひとつの太陽である。

 
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麻布十番商店街近く、その昔、泡劇場時代の象徴的な虚城であるMAHARAJAがあった通りに面してBook Cafeのターバンセックス TATSUAYA TOKIO GIROPPON店はある。都営地下鉄大江戸線麻布十番駅徒歩3分、麻布十番駅から442m。麻布時代の2007年から2008年にかけて足繁く通った。

広告批評別冊の『秋山晶全仕事』入手のために10年ぶりにターバンセックス TATSUAYA TOKIO GIROPPON店を訪れた。ほかの本・雑誌のたぐいには目もくれず、デッドストックの『秋山晶全仕事』を手に入れてから2FのCDフロアに向かった。

Radioheadの『Pablo Honey』と『The Bends』を視聴しているとき、HSP/Highly Sensitive Personのレナウン・イエイエ女が現れた。10年ぶりの再会だった。装着していたSennheiser Electronicのイヤ・スピーカーHD 800 Pro Headphonesが急激に締まり、頭部が強く痛んだ。

「夜はひとつの太陽なのよ!」

レナウン・イエイエ女は叫んだ。2008年の春に初めて会ったときとおなじだ。


In to the Polar Night/夜はひとつの太陽である。

2008年春。

ケヤキ坂には64本の欅が植えられている。64本の欅は1本1本、表情が異なる。TSUTAYA側から坂を上り、テレ朝通りにぶつかるT字路で横断歩道をテレビ朝日側に渡る。そして、坂を下る。テレビ朝日のデジタル・アトランダム・モニュメントを左手に見て、再び横断歩道を渡り、TSUTAYA前に戻る。

これらの一連の行動は、私の日々の儀式のごときもので、朝昼晩の三度、必ず行われる。ケヤキ坂の上り下りのあいだに私は欅の数をカウントし、欅の1本1本を観察し、欅どもと対話する。もちろん、幹や枝ぶりに変化があればデジタル・カメラで撮影し、記録する。それは私にとっては、ある種の「自己療養」であって、ほかにはなにひとつ意味などない。

欅の本数を数え、幹の表皮の状態や枝ぶりや葉の状態を観察記録したところでどこにもたどり着けない。それでいい。いまや、すべては無意味さや不毛や荒涼でできあがっているからだ。

さて、本日もケヤキ坂は過不足なく穏やかな一日を終えようとしていた。『ニュルンベルクの歌合戦』の序曲とともにレナウン・イエイエ女が現れるまでは。

「夜はひとつの太陽なのよ!」

『ニュルンベルクの歌合戦』の序曲とともにケヤキ坂の東側をものすごい速さで駆けおりてきたレナウン・イエイエ女は叫んだ。スターバックスの巨大なベンティ・サイズのカップを帽子がわりにかぶっていた。

私はグランデ・サイズのキャラメル・マキアートをあやうく吹き出すところだった。手に余る大きさのグランデ・サイズのキャラメル・マキアートが地べたに落ちていたら、私は躊躇なくレナウン・イエイエ女に真空飛び膝蹴りを食らわしていたと思う。まったく、世界には油断のならない輩がいるものだ。

このちっぽけで退屈で腐った世界には、「正直者が馬鹿をみる」と臆面もなくほざくインチキまやかし勘ちがいの倫ならぬ恋真っ最中の鎌倉夫人さえいる。そればかりか、大事なものだけ詰めこんだはずの薄汚れた鞄の中には「快楽」と裏切りと虚偽と虚飾しか入っていないにもかかわらず、常識と純朴と善人ぶったつまらぬ笑顔で偽装する不届き者も数知れない。

「夜はひとつの太陽なのよ!」

レナウン・イエイエ女は私の目の前に立つと、私の眼の奥を覗きこみながら再び叫んだ。

「そんなのわかってるよ」
「よかった。で、とりあえずセックスする? それとも、夜明けまでTSUTAYAで時間をつぶす?」
「おまえとはいま初めて会ったんだぜ。いきなりセックスはないだろうよ」
「そんなもんかなあ。じゃ、TSUTAYAで暇つぶしでFAね?」
「だな。でも、ここは2時間の時間制限があるぜ」
「時間なんか止めちゃえばいいのよ」
「どうやって?」
「ほら。こうやって」

レナウン・イエイエ女は右の人指し指で虚空に「時間」を意味する言葉を梵字で切った。3度。時間は止まった。

このようにして、太陽の夜は始まった。夜明けまで9時間42分だが、時間はない。そもそも、時間は存在しない。人間がつくりだした幻想にすぎない。


Time - Pink Floyd (1973)

The Great Gig in The Sky - Pink Floyd (1973)
 
by enzo_morinari | 2018-12-26 18:31 | TOKYO STORIES | Trackback | Comments(0)

「さよなら」と書いた手紙、テーブルの上に置いたよ

 
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虹子と暮らしはじめて30年近くになるが、1度だけ虹子に別れを告げたことがある。

別れを告げた理由。いくつもある。いくつもあるけれども、1番の理由は「これ以上、虹子に困難を背負わせつづけるわけにはいかない」と思ったからだ。死ぬつもりだった。ダッフル・コートのポケットには青酸カリの小瓶が入っていた。スベテ清算カリニケリ。

「さよなら」と書いた手紙をテーブルの上に置き、部屋を出た。ドアの鍵をしめたときの音は腹にずしんときた。だれにも気づかれない場所について思いをめぐらしながら目黒の権之助坂を登った。

ライブ・ハウスのBlues Alleyにさしかかったときに名前を呼ばれた。虹子だった。遅番だったはずだが…。

「早く帰れたですのよ」
「そんな気がして迎えにきた」

言うと、虹子は弾けるような笑顔をみせた。

「寒いからお鍋にします。大根と白菜とお豆腐とタラの。お酒も飲んじゃおっかなー。ちょっとだけ」

涙があふれそうになったが我慢した。八百屋と魚屋と酒屋に寄って買い物をすませ、部屋のある雑居ビルがみえはじめる頃、ちらりほらりと雪が降ってきた。虹子より先に部屋に入り、手紙を丸めてゴミ箱に放りこんだ。かくして、別れを告げたが虹子には届かず、伝わらなかった。死にもしなかった。そうそう思いどおりにはいかないものだ。


さらば恋人 堺正章 (1971)

街の灯り 堺正章 (1973)
 
by enzo_morinari | 2018-12-22 15:38 | TOKYO STORIES | Trackback | Comments(0)

Milking after Bleeding

 
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「今までワーギーナーの中でワイワイガヤガヤダラダラテフテフペモペモハッカラモケソケヘッケレピーと山ほどMilkingされてきたんだろう?」とミルキーウェイの男は言った。言われたペコは前の晩のポコの長々としたMilkingを思いだした。先週のグリコのタラッとした1粒300メートルのMilkingのことも。遠い清水エスパルスの日々のマルコのタッタタラリーラなMilkingのことも。

「Milking after Bleeding. 排尿のあとは射精。射精のあとは写生。私はシャセイ道の男」

ミルキーウェイの男はそう言って社青同中央委員会に向けてFaber-Castellのアルブレヒト・デューラー水彩色鉛筆を使ってものすごい勢いで写生した。太陽の季節の街のすべての障子紙と襖紙を突きやぶる勢いだった。
 
by enzo_morinari | 2018-12-19 10:44 | TOKYO STORIES | Trackback | Comments(0)

珈琲博士のこと

 
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大学時代の恩師からコーヒーの種をもらった。30年以上も前のことだ。コーヒー・チェリーが赤く色づいて収穫の時期が近づくと恩師のことを思いだす。恩師は我々学生から「珈琲博士」と呼ばれていた。ゼミナールは恩師がいれたコーヒーを飲みながら行われた。珈琲博士行きつけの珈琲専門店でゼミが行われることさえあった。しばしば本来の研究テーマそっちのけでコーヒーに関する話に脱線した。だが、面白かった。どんなに些末な問題も珈琲博士にかかると深い味わいがあった。パイプを燻らせ、手製のカップでコーヒーをすすりながら、珈琲博士は人生や学問に関する問題について明瞭簡潔に説き、我々を導いてくれた。珈琲博士との出会いとその導きがなければ、私の人生は闇夜を灯りなしで歩くようなものになっていたにちがいない。

珈琲博士の研究室はいつもクラシック音楽が流れ、コーヒーの香りが漂っていた。森羅万象について寸鉄釘を刺す論評を加えながらコーヒー・ミルのレバーをまわす姿はいまもあざやかだ。たばこのヤニで褐色になった書棚と原書の背表紙を見るたび、学問の道の長く険しいことを思い知らされた。珈琲博士は軽佻浮薄を嫌った。ひらめきや思いつきを軽蔑した。ことあるごとに珈琲博士は言ったものだ。

「語りつくせぬことについては深く沈黙しなければならない」

すぐれた論文を書いた学生には珈琲博士からコーヒーの種が贈呈されるのが恒例だった。どのような巡り合わせか、私の論文は珈琲博士から高い評価を受け、その年の優秀論文に選ばれた。コーヒーの種をガルガンチュワ物語の原書とともに贈呈された。

「いいかね? 1度しか言わない。種皮に小さく切れ目を入れる。発芽の手助けだ。これを怠ってはいけない。そののち、湿らせたガーゼの上に置く。運がよければ数日で発芽する。運が悪ければ君は自然の営みの素晴らしさの一端を目撃できない。問題は夏と冬だ。特に冬。ひと冬を越すことができればなんとかなる。人生と同じだ。コーヒーの樹は白い花をつける。匂いはジャスミンに似ている。ただし、匂いを楽しめるのはわずか一日にすぎない」

以来、30有余年。コーヒーの樹は毎年、あざやかな赤い実をつける。珈琲博士もいまは亡く、私自身が珈琲博士と同じ立場になりつつある。学生たちが私をなんと呼んでいるのかは定かでない。目の前の学生は緊張のせいか、青ざめている。ふと、珈琲博士の慈愛と厳しさにみちた顔が浮かんだ。私はガルガンチュワ物語の原書とともにコーヒーの種が入った銀のケースを差しだし、胸のふるえを抑えながらゆっくりと言った。

「いいかね? 一度しか言わない。種皮に小さく切れ目を入れる。発芽の手助けだ。これを怠ってはいけない。そののち ── 」

注:これは根も葉もあるフィクションです。その昔、ある企業の懸賞に応募したものです。一等賞を獲ってなにがしかの賞金をせしめましたが、フィクションであることは内緒です。


Coffee Cantata BWV 211 (J.S.Bach)
Coffee Rumba - Paco de Lucía
Coffee Rumba/コーヒー・ルンバ - 西田佐知子 (1961)
 
by enzo_morinari | 2018-11-15 18:30 | TOKYO STORIES | Trackback | Comments(0)

1979年の夏、象牙海岸の波打ち際に書いたラブレターを消した伝説の水曜日の大波

 
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星と導きと夜との狭間にある大学通りを経て象牙海岸へ。そして、『シャンペンと地動説』によって終りを告げた涙のワンサイデッド・ラブのあとは涙のステップを。


1979年の夏の夕暮れ。私は象牙海岸の白い砂浜の波打ち際にいた。となりには3歳年上のガール・フレンドがいた。ガール・フレンドは押し殺すように泣いていた。

「どうして涙のわけを聞かないの?」
「涙のわけを聞いたら泣くのをやめるのか?」
「やめない」
「だったら涙のわけを聞いたって無駄だ」
「ひどい」
「ひどいのは今に始まったことじゃない。それに、いくら泣いても、いつか涙は枯れ果てて、ほっておいても乾く」
「ひどい…」

彼女の涙のわけはわかりすぎるほどわかっていた。彼女のことも大好きだった。だから、象牙海岸の砂浜の波打ち際の砂にラブレターを書いた。

渚は残酷で容赦ない。ラブレターはすぐに波に洗われて、きれいさっぱり消えた。ラブレターを仕上げに消したのは稲村ヶ崎からやってきた伝説の水曜日の大波、稲村ジェーンだった。稲村ジェーンは私が砂に書いたラブレターだけではなくて、私とガール・フレンドの5年におよぶ思い出やら歴史やらすったもんだやら快楽やらも跡形もなくすべて消し去った。あとには涙のステップだけがかすかに残った。

何者も、宇宙を支配する巨大な意志の力であってさえ、過ぎゆく時間を押しとどめることはできない。


Love Letters In The Sand - Pat Boone
涙のワンサイデッド・ラヴ - 竹内まりや
象牙海岸 - 竹内まりや
涙のステップ - 須藤薫

by enzo_morinari | 2018-11-04 12:21 | TOKYO STORIES | Trackback | Comments(0)