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カテゴリ:RADIO DAYS( 4 )

RADIO DAYS 哀しくせつなくあてどなく儚い世界の終り

 
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スキーター・デイヴィスの『The End of the World』はナイーヴさがナイーヴなまま保たれていた季節、目にするもの耳にするもの指先に触れるもの、なにもかもが美しく哀しくせつなくあてどなく儚げに輝いていた世界とつながっている。 E-M-M


インターネット・ラジオで戯れにDJの真似事をしていた頃。番組の最後には必ずスキーター・デイヴィスの『The End of the World』をかけた。リスナーどもは若造小僧っ子小娘ばかりだったからスキーター・デイヴィスを知る者はいなかった。生まれて初めて『The End of the World』を聴く者がほとんどだった。

普段はBBSやSkypeで憎まれ口を叩いている若造小僧っ子小娘が、『The End of the World』をかけると急におとなしくなり、神妙になり、中には泣き出す者までいた。「なんだなんだなんなんだ! 涙が止まらねえ! わけわかんね!」とBBSに書きこむ小僧もいた。似たような書きこみがいくつもあった。

「おまいら生ゴミに毛の生えたような輩の心、性根、魂にも届く本物の歌があるんだ。おぼえとけ! だが、今、おまえはいいことを言った」と突き放すように言ってやった。どいつもこいつも大馬鹿野郎だったが、大馬鹿野郎である分、かわいくもあり、会うこともなく互いの人生が終わるのだという冷徹な事実を思い、いとおしくもあった。常連リスナーのほとんどは『The End of the World』をiTunes StoreでDLしたらしい。ちょっとだけうれしかった。

トーク、くっちゃべりが佳境にあるときでも気分次第で突如番組を終了したし、『The End of the World』を一人で聴きたくなれば、やはり番組を終わらせた。リスナーどもも心えたもので、『The End of the World』が番組の終了を意味し、そのことに異議を唱える者はいなかった。スキーター・デイヴィスの死を知ったのはそんなRADIO DAYSの真っただ中だった。

スキーター・デイヴィスの死を知ったのは、彼女が死んでから4年も経ってからだった。スキーター・デイヴィスの近況を知ろうと思ってググってみたら、彼女は2004年の秋に死んでいた。その死を知らぬまま流れた4年の歳月。『The End of the World』を1日に少なくとも1回は聴いていたというのに ── 。

臨終の地はテネシー州ナッシュビル。72歳。乳癌。インターネットがもたらした死の知らせ。インターネットがなければ訪れなかった死の知らせ。

茫然とした。右の耳たぶが熱くなり、心臓がどきどきし、立ち上がれず、しばらくはキーボードに触れることすらできなかった。

私にとってスキーター・デイヴィスはつねに『The End of the World』を歌う若く美しいスキーティであり、哀しくせつなくあてどなく儚い世界を象徴していた。

彼女の歌も歌声も私にとってはある種の「世界観」の礎だった。そんな彼女が私のあずかり知らぬ事情を抱えこみ、3度も離婚し、私が足を踏み入れたことのない場所で、私が気づかぬうちに死んでいたという事実に激しく動揺し、混乱した。大切ななにものかが失われたみたいだった。深い闇が際限もなく広がる宇宙のただ中に自分ひとりだけが取り残されたような気がした。

敗戦処理を言い渡されたピッチャーが無意味なビーンボールを投げつづけるような気分で42回つづけて『The End of the World』を聴いた。聴き終えてiTunesを終了し、コンピュータをシャットダウンしてから少しだけ泣いた。いや、「少しだけ」というのはフェアじゃないな。42回分の『The End of the World』にふさわしい量の涙を流した。

スキーター・デイヴィスが死んでから今日までおれはいったいなにをしていたんだろう? スキーティだけではない。三島由紀夫が自裁してから、ジョン・レノンがIMAGINE HEAVENしてから、小林秀雄がみまかってから、マイルス・ディヴィスがBye Bye Blackbirdしてから、アイルトン・セナが春のイモラ・サーキットでタンブレロ・コーナーの壁に激突して流星になってから、数えきれないほどの朝と夕焼けはなぜなにごともなかったようにおれに訪れたんだ? なぜ心臓は動いているんだ? なぜ太陽は昇った? なぜ星は輝きつづけた? なぜ波は打ち寄せる? なぜ鳥たちはさえずる? なぜ涙は涸れないんだ? なぜきょうはきのうのつづきなんだ? わからない。私にはわからない。わかりたくもない。

スキーター・デイヴィスの歌はナイーヴさがナイーヴなまま保たれていた季節、目にするもの耳にするもの指先に触れるもの、なにもかもが美しく哀しくせつなくあてどなく儚げに輝いていた世界とつながっている。なんの前触れもなく、その「季節」と「世界」は失われてしまった。そのようにして世界は終り、何度でも終り、いつか本当の終りを迎えるんだろう。いまはただ静かにスキーティの死と世界の終りを思おう。すぐそこまで来ている「世界の終り」の足音に静かに耳をかたむけながら。


Skeeter Davis - The End of the World (1962)

Released: 1962
Recorded: 1962
Genre: Country/Pops
Length: 2:33
Label: RCA
Writer: Arthur Kent, Sylvia Dee
Producer: Chet Atkins

The End of the World - Skeeter Davis (1962)


The End of the World/世界の終り
Why does the sun go on shining
And why does the sea rush to shore
Don't they know it's the end of the world
Cause you don't love me anymore

なぜ太陽は輝いてるの?
なぜ波は打ち寄せてるの?
あなたがわたしの元を去ったときに
世界の終りが来ていたのだとも知らずに

Why do the birds go on singing
Oh why do the stars glow above
Don't they know it's the end of the world
It ended when I lost your love

なぜ鳥は歌ってるの?
なぜ星は瞬いてるの?
あなたの愛を失ったときに
世界の終りが来ていたのだとも知らずに

I wake up in the morning and I wonder
Why everything's the same as it was
I can't understand, no I can't understand
How life goes on the way it does

朝が来て目覚めると不思議よ
いつもどおりのさわやかな朝が訪れているのが
わからない わたしにはわからない
どんなふうに人生がつづいていくのか

Why does my heart go on beating?
Why do these eyes of mine cry?
Don't they know it's the end of the world?
It ended when you said goodbye

なぜわたしの胸はまだときめいてるの?
なぜわたしの心の眼は泣いているの?
あなたが別れを告げたときに
世界の終りが来ていたのだとも知らずに

 
by enzo_morinari | 2019-01-29 03:06 | RADIO DAYS | Trackback | Comments(0)

RADIO DAYS クロスオーバーイレブンで人間分子網目の法則を学んだ。

 
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たった40年ほども昔の夜ふけ。日付がかわる直前。KENWOOD L-01TをNHK-FM 82.5MHzにチューン。AzymuthのVôo Sorbe O Horizonte/Fly Over the Horizonが聴こえるとクロスオーバーイレブンが始まる。

パーソナリティの津嘉山正種の声が心地よかった。20歳の後醍醐天皇崩御の日から25歳の誕生日まで津嘉山正種の声質声音と話し方を真似した。御成敗式目が五平餅入り五目焼きめしに変容するくらいよくモテた。冷やかしでぷろだくしょんバオバブのオーディションを受けたら合格したが、なんのかのと理由をつけて辞退した。

ずいぶんあとの泡劇場のさなかに赤坂の小料理屋の英家で偶然となりの席に居合わせた津嘉山正種本人から「似てるね」と言われた。人間分子網目の法則のことを言うと涙ぐんでよろこんでいた。

小学生のとき、世界で一番憎んでいた男・生物学上の父親が「読んでごらん」と言って置いていったのが吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』の初版本だった。新潮社版。1937年初版。生物学上の父親が旧制室蘭中学(現室蘭栄高校)の学生だった頃だ。ページのあちこちに傍線が引いてあり、端正な字で書きこみがある。地球岬の突端で強風に吹かれながら、あるいは電信浜に寝転んで読んででもいたか。早くに母親を亡くした無聊をかこつために。継母との折り合いの悪さを忘れるために。

主人公のコペル君がクロスオーバーイレブンに登場したときは驚き、なつかしかった。古いともだちに長い年月を経て再会したような気分だった。くそまじめで退屈で辛気くさくて気取った似非インテリ/インテリかぶれには金輪際わからぬ人間分子網目の法則をクロスオーバーイレブンから学んだ。

クロスオーバーイレブンが終わり、日付がかわると城達也のJET STREAMへ。

津嘉山正種のクロスオーバーイレブンと城達也のJET STREAMを聴くことが夜の越えかたのMainstreamだった。


Vôo Sorbe O Horizonte - Azymuth
 
by enzo_morinari | 2019-01-10 14:33 | RADIO DAYS | Trackback | Comments(0)

RADIO DAYS#2 スクール・カーストの誕生とラバトリー・ランチからの脱出

 
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政治的人間は生まれながらに政治的である。身分制度の誕生は常に政治的人間によってその骨格が形成される。すべての身分制度は強者と弱者、多数派と少数派、多勢と無勢、メジャーとマイナー、マジョリティとマイノリティ、支配層と被支配層、差別者と被差別者、大と小、横暴と繊細、愚鈍と敏感という単純な二項対立図式の中から誕生する。強者、支配者は弱者、被支配者を分断し、管理し、統制する。例外はない。スクール・カーストについても同様である。少数の強者による多数の弱者への支配、専横、分断が行われるとき、悲劇は誕生する。「悲劇の誕生」は身分制度の成立とともにあるとも言いうる。悲劇のあるところには必ず身分制度、差別/被差別がその大きく深く強固な闇の口をあけている。

スクール・カーストの原型は遠くメソポタミア古代王朝の中にすら見いだすことができる。自己と他者の別が存するところには当然に差別/被差別、支配/被支配の関係がある。被差別民、被支配階層は常に生存にかかわるリアリティを突きつけられつづける。被差別と被支配は一様に悲劇的だが、そのリアリティはそれぞれに別の貌を持つ。そして、それぞれの悲劇を生きることを強いられる。16歳の名もなき少女に降りかかった悲劇は「便所めし」「ラバトリー・ランチ」というかたちで立ち現れた。

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「教室でお昼ごはんを食べられるようになりたい」と冴は絞り出すように言った。
「どこで食べたって味はおなじだ」と私は突き放すように言ってやった。
「ちがう。好きなひとときれいな景色がみえる場所で食べるおむすびは嫌いなひとと狭い檻の中で食べるフレンチのフルコースよりおいしいはずです」
「きみの言うとおりだ」
「でも、おいしくないどころか、味すらしないのは一人で、トイレの中で食べるお昼ごはんです」
「さて、そこだ。きみは便所めし、ラバトリー・ランチから脱出したい。そうだね?」
「はい」
「きみはお昼に食べるお弁当を自分で作っているのかね?」
「いいえ。ママに作ってもらってます」
「問題解決、ラバトリー・ランチからの脱出はそこから変えなければならないね。お弁当は自分で作ること。できるかね?」
「やります」
「うん。そのお弁当はきみの作品でもあるわけだから、手抜きやマンネリはいっさいゆるされない」
「はい」
「きみはその作品を持って学校に行く。お昼休みになる。いつも教室の隅っこで”透明な存在”として話し相手もなく小さく縮こまってきたきみは宣言するんだ。”これがわたしの作品よ! みんな見てちょうだい!”きみにできるかね?」
「やります! やってみせます!」
「うんうん。それがいい。そのときの注意点は ──」
「はい。なんでしょうか?」
「ファンキー&ファニーであること」
「ファンキー&ファニー」
「そうだ」
「どういう意味ですか?」
「ググりなさい。あるいは研究社の英和中辞典を引きなさい」
「そうします」

冴がラバトリー・ランチから脱出し、スクール・カースト解体のための闘争の第一歩を踏み出すのは翌日だ。

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by enzo_morinari | 2013-06-30 04:28 | RADIO DAYS | Trackback | Comments(0)

RADIO DAYS#1 時のないホテルを駆け抜けていった霧の中の少女

 
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だれもが霧の中のジョガーとなって、時のないホテルを駆け抜けてゆく。 E-M-M


フルーツバスケットいっぱいのかなしみを抱えた少女は16歳の秋に死んだ。ミエロジェーナス・ロイケーミア。急性骨髄性白血病だった。その少女は中学生の頃から私のラジオ番組の熱心なリスナーであり、投稿者だった。私がたじろぐほど切っ先鋭く、問題の核心に肉薄する大量のコメントを番組の専用BBSに投稿しつづけた。彼女がコメントすると他のリスナーは沈黙した。それが私の番組、掲示板における掟、暗黙の了解だった。

驚くべきことに少女は生まれてこのかた、まともに本を読んだことがなかった。つまり、少女の発する研ぎ澄まされた言葉の数々はすべて彼女そのもの、魂のあかむけの叫びだった。それはひとつの奇跡であるように思われた。

少女のハンドルネームは冴。冴え冴えとした少女のコメントを象徴するハンドルネームだった。高校生であるというのは自己申告にすぎないし、博多在住というのも同様に自己申告である。冴についてわかっているのは音声と類まれな言語表現能力を有しているということ、そしていまや死んでこの世界には存在しないことだけだ。

「生まれ変わることはできない。しかし、少しずつ変わってはゆける。たとえきょうが苦しいとしても、いつかあたたかな想い出になる」と言い残し、彼女が最後にリクエストした曲は松任谷由実の『霧の中のジョガー』である。その3日後、彼女は死んだ。死んで、永遠に霧の中に消え去った。

「だが」と思う。少女はいまもネットワークの中に生きて、なにごとかを発信しつづけているのではないかと。彼女が発信する場所は時間も空間も超越した時のないホテルなのではないかと。

私がこれからここに書きしめすのは私のラジオの日々であると同時に、不思議な少女との交流と交感の記録である。かなしみと痛みと苦悩がいくぶんか含まれてはいるが、慰めや教訓などはない。


冴が高校に進学して間もないある春の深夜。彼女からスカイプ・コールがあった。冴の声には深刻さと強い苦悩がにじんでいた。

「友だちが欲しいんです。いままでに友だちと言えるようなひとが一人もいなかったから」
「きみが用意するべきものはひとつだ」
「用意するべきもの? なんでしょうか?」
「彫刻刀」
「彫刻刀?」
「うん。彫刻刀」
「なんで彫刻刀?」
「さて、そこだ。友だちが欲しいというきみに、なぜ彫刻刀が必要なのか」
「はい」
「彫刻刀の本当の名が友情刀だからだ」
「友情刀。ちょっとかっこいい」
「そして、きみがおとなになってから世話になるのは中将湯だ」
「中将湯ならもう飲んでますよ」
「けっこうけっこう。さて。ポケットに彫刻刀を忍ばせたら、きみはきみが友情を結びたい相手の背後にそっと忍び寄る。いいね?」
「はい」
「そして、きみはポケットから彫刻刀を静かに取りだす。決して相手に気づかれてはならない。いいね?」
「気づかれないようにそっと背後に忍び寄る。なんだかイアン・ムーンのラバー・スーツみたいね」
「そうだ。きみは実に勘と察しがいい。きわめて重要な特質だ」
「ありがとうございます」
「礼を言うには及ばない。つづけるよ」
「はい」
「きみは彫刻刀を構え、相手の背後に立ち、そして、耳元でそっとつぶやくんだ。”My Name is Ian Moone. I am No One.”」
「わたしの名前はイアン・ムーン。わたしは何者でもない」
「そのとおり」
「そのあとは?」
「彫刻刀を相手の脇腹、肝臓のあたりに突き立てる」
「痛いじゃないですか! それに、へたをすると死んじゃいますよ!」
「そうだよ。痛いよ。へたすれば死ぬよ」
「できませんよ! そんなこと!」
「では、その人物と友情を結ぶことはあきらめなさい」
「え? どういうことですか?」
「つまりだ。他者と友情を結ぶということは強い痛みがともなうということだ。教室で透明な存在であるいまのきみに必要なのは、きみが何者でもない他者であることの明晰な認識と、その事態から抜け出すための冒険なんだ。わかるね?」
「わかりません」
「よろしい。たいへんによろしいよ。そう簡単にわかられたんじゃ吾輩の立つ瀬がない。ついては注意点がひとつだけある」
「なんでしょう?」
「用意し、携帯する彫刻刀はくれぐれも丸彫り用のをね」

少女はとても気持ち良さそうな笑い声をあげた。

「もうひとついいでしょうか?」
「いいよ」
「わたし、家族以外のひととごはんを食べたことがないんです」
「うん。学校ではどうしているのかね?」
「トイレにこもって食べてます」
「便所めしってやつか?」
「はい」

かくして、少女のラバトリー・ランチからの脱却に至る物語が始まる。
 
by enzo_morinari | 2013-06-29 09:07 | RADIO DAYS | Trackback | Comments(0)