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カテゴリ:真言の音楽( 59 )

カリフォルニアの青い空があまりにも青いので『落葉のコンチェルト』を口ずさみながら人類の平和を祈ったけど、いつものように、あたりまえのように、僕はまたひとり。

 
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70’sに別れを告げる方法をだれか教えてくれないか?

俺たちに明日はないが、明日に向かって撃つためには最後の7UPを飲みほすことが必要だ。E-M-M

70’sに別れを告げるために1973年製のピンボール・マシン、スリーフリッパーのスペース・シップに42回チャランボをいれたが、事態はなにもかわらなかった。右膝が腫れ上がっただけで、空はちっとも晴れ上がらず、鉛色のままだった。E-M-M


It Never Rains In Southern California/カリフォルニアの青い空 Albert Hammond (1973)

For the Peace of All Mankind/落葉のコンチェルト Albert Hammond (1972)

Alone Again - Naturally/アローン・アゲイン Gilbert O'Sullivan (1971)
 
by enzo_morinari | 2019-01-27 13:43 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

故郷の空 ── ライ麦畑で会うとき

 
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Nothing Gold Can Stay. Robert Frost
夕焼けをみる心が黄金なんだ。F-F-C
夕焼けがせつないのは太陽が別れを告げながらすべてを燃やしつくすからである。1日に起こり、思い、感じ、経験したもののすべてを。E-M-M


夕空晴れて秋風吹き 月影落ちて鈴虫鳴く
思へば遠し故郷の空 ああ わが父母いかにおはす



小学生の頃、京浜急行の走る土手の向こう側に沈んでゆく夕陽を見ながら、夕焼けに染まりながら、夕焼け空を見上げながら『赤とんぼ』と『故郷の空』を繰り返し歌った。豆腐屋のパアフーのラッパの音が遠ざかり、喉が嗄れはじめる頃にはあたりは闇に包まれていた。


故郷の空 1888年(原曲 Comming Through the Rye/ライ麦畑で会うとき)
詞 大和田建樹/曲 スコットランド民謡

1.
夕空晴れて秋風吹き
月影落ちて鈴虫鳴く
思へば遠し故郷の空
ああ 我が父母いかにおはす

2.
澄行く水に秋萩たれ
玉なす露はススキに満つ
思へば似たり 故郷の野辺
ああ わが弟妹 たれと遊ぶ


故郷の空 - NHK東京放送児童合唱団
Stay Gold/黄金のままでいてくれよ - Stevie Wonder (1983)
 
by enzo_morinari | 2019-01-19 11:31 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

盲目の聖者/Rip In Peace. 唇よ、安らかに眠れ。盲いた目から、涙よ、つきることなく溢れよ。

 
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「溢れよ、わが涙」と聖者は言った。

スクレーパー/グレーターを素手で撫でたあとにヘレン・ケラーがひと言
ヘレン・ケラー:こんなにバイオレンスな本は読んだことがないわ!



ラサーン・ローランド・カーク/Rahsaan Roland Kirk
1935/1936年8月7日 – 1977年12月5日

アメリカ合衆国のジャズ・ミュージシャン。各種サクソフォーンやフルート、トランペット、オーボエ、ピッコロ、イングリッシュホルン、リリコンなど、複数の楽器を同時に演奏するマルチ・プレイヤー。数本のサクソフォンを首から下げ、巨体にサングラスをかけた魁偉な風貌や、鼻でフルートを鳴らしながらスキャットを奏で、歌い、手回しサイレンやホイッスルなども同時に演奏した。

気魂気迫みなぎる超絶即興演奏に加えて、コミカルないたずらやトーク、政治的なブラック・ジョーク/アネクドートを披露した。幼児期の医療過誤が原因で全盲。しかし、みずからの障害/ハンディキャップについてことさらに言及することは決してなかった。潔い態度は多くの共感を呼んだ。

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Rip, Rig and Panic - Rahsaan Roland Kirk (1965)

The Inflated Tear - Rahsaan Roland Kirk (1967)

Roland Kirk with McCoy Tyner Stanley Clarke, Quincy Jones (1975)

"Sound" Pt.1 - Roland Kirk, John Cage (1966-67)

We Free Kings - Rahsaan Roland Kirk (1967)
 
by enzo_morinari | 2018-12-22 00:42 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

天国にアローハ!陽は昇り、陽は沈み、陽はまた昇る。HAPA『NAMAHANA』

 
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人は生まれ、生き、死ぬ。人は愛し、別れ、それでもまた愛す。そして、陽は昇り、陽は沈み、陽はまた昇る。E-M-M


1999年夏の盛りの昼下がり。古い友人から1枚のCDが届いた。包みをあけるとカードが添えてあった。

Music of Heaven. ALOHA!/天国の音楽。アローハ!

へたくそだが底抜けに陽気な字。なつかしい友人の底抜けに陽気で人なつこい笑顔が浮かんだ。「HAPA/Namahana/Contemporary Hawaiian Music」とジャケットにあった。HAPA. 知らないミュージシャンだった。ジャケットの写真は美しい南国の花。さっそく、CDプレイヤーにセットし、オーディオ装置が暖まるのを待った。待っているあいだに、「HAPA」「Namahana」をキーワードにして検索したが、きわめて少ない情報しかえられなかった。インターネット黎明期、旧石器時代の出来事だ。

HAPAはオアフ出身のケリイ・ホオマル・カネアリイ (Kelii Homalu Kanealii)とニュージャージー出身のバリー・フラナガン(Barry Flanagan)のハワイアン・コンテンポラリーデュオである。ハワイアンとアメリカ本国出身者が半分ずつという意味と、二人の音楽性を半分ずつ足してできあがった音楽という意味をこめて、HAPA(半分)。いい名前だと思った。

デビューは1992年。1994年にハワイのグラミー賞といわれるナ・ホク・ハノハノ賞を受賞している。なお、『Namahana』はHAPAのラストアルバムで、アルバム完成後にHAPAは解散している。

「ALOHA」というハワイ語(ポリネシア語)には五つの意味がこめられている。すなわち、A(Akahai/やさしさと思いやり)、L(Lokahi/調和と融合)、O(Oluolu/よろこびをもって柔和に)、H(Haahaa/ひたすら謙虚に)、A(Ahonui/忍耐と我慢)である。ALOHAは私の自戒の言葉でもある。

HAPAを知った1999年の夏から20年が経つ。そのあいだに、私にも古い友人にも実に色々のことがあった。当然だ。20年という時間の経過は生まれた赤ん坊が大学生になり、成人して、区役所の新人の戸籍係、窓口担当が係長補佐くらいになる歳月である。新米の戸籍係だった若者は住民すべての誕生日と納税状況の詳細を把握しているかもしれない。色々のことのないほうがどうかしてる。

さて、アンプリファイアーがいい塩梅にあたたまってきたようだ。PLAYボタンを押す。一瞬の静寂、沈黙。透明感と温もりのある美しい声。衒いも気負いもないシンプルで豊かなギターの響きと音色。ALOHAそのもの。人間の営みをまるごと包みこむような深さと広さと豊かさの音楽。5曲目。『Pau'ole Ka'i'ini』で目蓋が強く押される。塩味のダイヤモンドがこぼれかける。

泣くところか?
泣いていいのか?


「いいんだ。泣きたいときは泣きたいだけ泣けばいいんだ」という古い友人の言葉が、その人なつこい笑顔とともによみがえる。HAPAを私に教え、『NAMAHANA』という天上天国の音楽を聴かせた古い友人はこの春の初めに死んだ。私にとっては、惜しまれ、早すぎ、世界の一部が失われたような死だった。しかし、それはHAPAの音楽のように静かでおだやかであたたかい死でもあった。


夏までは生きたいね。思う存分波乗りをしたあと、強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフト・サイドでよく冷えたビールを飲みながら、HAPAの『Pau'ole Ka'i'ini』を聴きたいんだ。そして、これまで我慢してきた一生分の涙を流したい。


死の2週間前、横浜市大病院の奇妙に白いベッドの上で見るに忍びないほど痩せ細った古い友人は言って笑い、それからすごくさびしそうな顔をした。末期の肝臓がんだった。

古い友人の願いはかなわなかった。かなうはずもなかった。願いがかなうはずもないことを一番知っているのは彼自身だったろう。

願いをかなえられなかった古い友人のかわりに、彼の誕生日である11月26日には、強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフト・サイドでHAPAを聴こう。HAPAの『Pau'ole Ka'i'ini』を。繰り返し繰り返し。風に吹かれ、波を眺め、そして、古い友人が流せなかった分の涙も流そう。

気持ちのいい風が吹けばいい。いい波が立てばいい。涙が天国で友が飲みほすよく冷えたビールに注がれればいい。友にも『Pau'ole Ka'i'ini』が届けばいい。


HAPA
 
by enzo_morinari | 2018-11-15 06:45 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

全力少年ロビンソンは天体観測しながら『空も飛べるはず』を奏でる。

 
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マヤカシゴマカシインチキavex/コムロ一味/チンチクリン浜崎を始めとするカーカーキーキー声が来る日も来る日も聴こえていた。なにもかもがうんざりだった。

BUMP OF CHICKENの『天体観測』は一服の清涼剤だった。何度も聴き、何度も泣いた。

見えないモノを見ようとして望遠鏡を覗きこんだ
静寂を切り裂いていくつも声が生まれたよ

知らないモノを知ろうとして望遠鏡を覗きこんだ
暗闇を照らすような微かな光探したよ


BUMP OF CHICKENは繰り返し、そう歌っていた。

全力少年ロビンソンは天体観測しながら『空も飛べるはず』を奏でる。

そして、マヤカシゴマカシインチキへの報いが2011年の春に起きた。


天体観測/BUMP OF CHICKEN
ロビンソン/スピッツ
空も飛べるはず/スピッツ
全力少年/スキマスイッチ
奏(かなで)/スキマスイッチ
 
by enzo_morinari | 2018-11-11 08:36 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

真言の音楽 We Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)

 
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世界の果てと果てに離ればなれになっていても、いつもそばにいるよ。E-M-M


We Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)は2010年、カリブ海のハイチを襲った大災害をエイドしようと、ほぼ無名に近い1音楽表現者のインターネット上における呼びかけから始まった。この呼びかけに対して、文字通り世界中から老若男女、東西南北、貧富、肌の色、人種、宗教、政治体制、信条、思想、哲学の差異を超えて、夥しい数のネチズン/インターネット市民が呼応した。私もこれに応じ、音声付き動画をアップロードした一人である。

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プロアマ、上手下手、美醜色々。まさに玉石混淆だ。アップされた動画の背景からは彼/彼女の生活のにおいまでもが伝わってくる。

彼/彼女は家事、育児、家業、仕事、学業をこなし、時間はなく、おそらくはカネもなく、うまくいかず、落胆し、気を取りなおし、ときに笑い、ときに泣き、ときに怒り、録画し、録音し、録りなおし、夜はふけてゆき、さらに練習し、さらに録音録画しという日々を生きたことがわかり、胸に迫る。

本来的に言うならば、私はWe Are The Worldムーヴメントには与しない者である。善意、友愛のすべてを否定するものではないが、しかし、いかに言をつくそうとも、言い繕おうとも、そこには悪しき商業主義のあまたの思惑、欲得が見え隠れするし、We Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)にしたところで、これをきっかけにひと山当てようと目論む者、欲得思惑をみてくれ/耳心地だけはいい善意と友愛を隠れ蓑に隠蔽したキナ臭く生臭い魂胆の元に参加した者がいたのも事実である。それがまぎれもない現実だ。

しかし、それであってもなお、私がWe Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)に新しい世界の在りようの一端、しいては人間存在、国家、世界の未来のかたちを見いだして深く共感したのは、直接会うことも言葉を交わすこともできない名もなき無名の人々が30年近くも昔の手垢にまみれて古びた『We Are The World』という楽曲の元に距離も時間も無化して参集し、数日で数百万ヒットに至るほどの強度を持つパフォーマンスを実現したからこそである。

『We Are The World』がアフリカの困憊困窮の人々をエイドしようと世界にコミットメントしてから30年近い歳月、時間の経過のあいだに世界も国家も社会も人間もすさまじいばかりに変化し、激動し、絶望し、悲歎に暮れた。数えきれぬ悲劇が世界のあちこちで起こった。それらのすべてを取りもどし、元にもどすことはできないが、以後の世界のあり方、社会のあり方、人間の生き方を決定するよすがとはなるはずである。なにごとからでも、その意志があるかぎり学ぶことは可能だからだ。そうでなければ生きつづける意味などありはしない。

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これからの世界は直接に会う、言葉を交わす、手を握るということの意味が加速度的に失われていく。言い方をかえれば、デジタルの海の中に溶け入ることのできない情報、存在が届け、交わすことのできるものはなくなるのだ。

直接性は階級を生む。自由を奪う。対するインターネットはリアリティを求めながらも、そのことが絶対の条件ではない。

「ディスプレイの技術=視覚の技術/オーディオの技術=聴覚の技術/触れる技術=触覚の技術/味わうための技術=味覚の技術/コミュニケーションの技術=知覚の技術/ネットワークの技術=回線速度の技術」の進化と進歩によって、国家の意味や人間存在の意味は根本から転換し、組み替えられる。カウントダウンはすでに始まっている。その可能性の象徴がWe Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)だ。

「世界の果てと果てに離ればなれになっていても、いつもそばにいるよ」ということが実現する世界の到来。テーマソングは当然に『Stand by Me』だ。

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We Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)
 
by enzo_morinari | 2018-10-31 12:19 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

2039年11月22日火曜日のダラスの熱い日、ファンキーなガラガラ蛇のリー・ハーヴェイ・オズワルド・モーガン・フリーマンは教科書倉庫ビル6階の窓際で1秒間に42回反復横跳びする。

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The Sidewinder (Blue Note in 1963)
Lee Morgan - trumpet
Joe Henderson - tenor saxophone
Billy Higgins - drums
Barry Harris - piano
Bob Cranshaw - bass

Lee Morgan - The Sidewinder
 
by enzo_morinari | 2018-09-30 18:03 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

真夜中、スピリトゥス・レクティフィコヴァニをチェイサーなしで1本飲んだあとにブリリアントな曲がり角でみたミステリオーソでセローニアスでスフィアな文句の夢

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真夜中、ポーランドの火の酒、世界最高純度のニュートラル・スピリッツ、ポーランド西部ヴロツワフのポルモス・アクワヴィト蒸留所製スピリトゥス・レクティフィコヴァニをチェイサーなしで1本飲んだあとにブリリアントな曲がり角でセローニアス・モンクがミステリオーソでセローニアスでスフィアな文句ばかり言う夢をみた。

慶應三田校舎の正門前でOK Gift Shop CEOの大橋巨泉の亡霊にKOされたあと、二郎で欲望ギトギトのラーメンを注文してひと口も食べずに2時間眺めながら欲望という名の電車に乗る欲望の現在を観察計測定量分析し、三田のコート・ドールで牛の尻尾の煮込み赤ワインソースを食べている最中だった。CXの女子アナの三田に揺り起こされた。三田は虞美友人草と花梨と梨と百合の匂いがした。三田は「虞や虞やなんじをいかにせん」とだけ言ってお箸の国の人だもののヴァカ息子とマグワイア級のまぐわいを始めた。馬鍬でぶっ叩いてやりたかった。

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夢で、ジャズ伝道師のセローニアス・モンクは文句ばかり言っていた。

「オレが文句を言うのは極めて整合性がある」とセローニアス・モンクは言い、イリアーヌ・イリアスのうなじに臭い息を吐きかけた。イリアーヌ・イリアスはセローニアス・モンクのエア・アタックを息を止めて必死の形相でこらえ、ついにはMacのエリアスになり、最終的にはアイシクルロッジ出身のミッドガルの花売りにして古代種/セトラ唯一の生き残りであるエアリス・ゲインズブールになって星読みを始め、ライフストリームに乗って去ってしまった。

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「3流ラッパ吹きの元女房の整形エロエロ婆あめ!」とセローニアス・モンクは吐き捨て、『Monk's Dream』を42.42秒に縮めて繰り返し弾きつづけた。


Monk's Dream (Columbia in 1962)

Track listing
*All tracks written by Thelonious Monk except where noted.

Side 1
1."Monk's Dream"6:26
2."Body and Soul" (Edward Heyman, Robert Sour, Frank Eyton, Johnny Green)4:29
3."Bright Mississippi"8:34
4."Five Spot Blues"3:15

Side 2
1."Bolivar Blues"7:30
2."Just a Gigolo" (Julius Brammer, Irving Caesar, Leonello Casucci)2:29
3."Bye-Ya"6:01
4."Sweet and Lovely" (Gus Arnheim, Harry Tobias, Jules LeMare)7:48

Personnel
Thelonious Monk – piano
Charlie Rouse – tenor saxophone
John Ore – bass guitar
Frankie Dunlop – drums

Monk's Dream - Thelonious Monk (Full Album)
'Round Midnight - Thelonious Monk
Straight,No Chaser - Thelonious Monk
My Foolish Heart - Eliane Elias
Blue in Green - Eliane Elias
 
by enzo_morinari | 2018-09-30 13:19 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

童神(Warabi-Gami) 暑き夏の日は涼風を送り、寒き冬くればこの胸に抱いて。

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新宿の厚生年金会館大ホールで古謝美佐子の『童神』を聴いてから20年になる。以来、きょうまで聴きついできた。心さびしいとき、うれしいとき、つらいとき、苦しいとき。折りにふれ、古謝美佐子の歌う『童神』を聴いた。泣き、ニコニコし、ぽかぽかした。これからもそれは変わるまい。時代やら世代やらを超えて歌い継がれ、聴き継がれ、語り継がれてほしいものだ。

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童神 (わらびがみ/Warabi-Gami) ~天の子守歌
古謝美佐子作詞/佐原一哉作曲/上田浩司編曲

1.
天(てぃん)からの恵み 受けてぃ此(こ)ぬ世界(しげ)に
生まりたる産子(なしぐあ) 我身(わみ)ぬむい育(すだ)てぃ
イラヨーヘイ イラヨーホイ
イラヨー 愛(かな)し思産子(うみなしぐわ)
泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー
太陽(ていだ)ぬ光受きてぃ
ゆーいりよーや ヘイヨー ヘイヨー
まさ勝さあてぃ給(たぼ)り

2.
夏ぬ節(しち)来りば 涼風(しだかじ)ゆ送(うく)てぃ
冬ぬ節来りば 懐(ふちゅくる)に抱(だ)ちょてぃ
イラヨーヘイ イラヨーホイ
イラヨー 愛(かな)し思産子(うみなしぐわ)
泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー
月ぬ光受きてぃ
ゆーいりよーや ヘイヨー ヘイヨー
大人(うふっちゅ)なてぃ給(たぼ)り

3.
雨風(あみかじ)ぬ吹ちん 渡り此ぬ浮世(うちゆ)
風(かぜ)かたかなとてぃ 産子(なしぐわ)花咲かそ
イラヨーヘイ イラヨーホイ
イラヨー 愛(かな)し思産子(うみなしぐわ)
泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー
天の光受きてぃ
ゆーいりよーや ヘイヨー ヘイヨー
高人(たかっちゅ)なてぃ給(たぼ)り


(ヤマトグチ・ヴァージョン)
1.
天からの恵み 受けてこの地球(ほし)に
生まれたる我が子 祈り込め育て
イラヨーヘイ イラヨーホイ
イラヨー 愛(かな)し思産子(うみなしぐわ)
泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー
太陽(ていだ)の光受けて
ゆーいりよーや ヘイヨー ヘイヨー
健(すこ)やかに 育て

2.
暑き夏の日は 涼風(すずかぜ)を送り
寒き冬来れば この胸に抱いて
イラヨーヘイ イラヨーホイ
イラヨー 愛(かな)し思産子(うみなしぐわ)
泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー
月の光浴びて
ゆーいりよーや ヘイヨー ヘイヨー
健やかに 眠れ

3.
嵐吹きすさむ 渡るこの浮世(うきよ)
母の祈り込め 永遠(とわ)の花咲かそ
イラヨーヘイ イラヨーホイ
イラヨー 愛(かな)し思産子(うみなしぐわ)
泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー
天の光受けて
ゆーいりよーや ヘイヨー ヘイヨー
天高く 育て


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童神(わらびがみ/Warabi-Gami)/作詞:古謝美佐子 作曲:佐原一哉
古謝美佐子 + 夏川りみ (ウチナーグチ + ヤマトグチ)
 
by enzo_morinari | 2018-09-17 04:47 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

すべては終わりぬ/スティーブン・フォスター(Hard Times Come Again No More/Stephen Foster)

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遠い日の冬の夜、「世界が孕むある種のやさしさ」についてある若者が話していたことを思いだす。銀座線の車内で外国人観光客と打ちとけたホームレスとおぼしき老人が、彼らとの記念撮影を求められたときに寂しそうな笑いを浮かべながら野球帽で顔を隠す場面に若者は遭遇する。若者は思う。「老人が顔を隠した事情についてその日出るはずだった月のように世界にやさしさが満ちていればいい」と。不遇不運困窮困憊のうちにある人々にその暖炉のぬくもりのひとかけらとそのあたたかい食事のひとすくいが届けばいい。E-M-M


南北戦争の7年前。1854年、スティーブン・フォスター27歳の作。

『すべては終わりぬ』は発表時から人気を集めた。南北戦争当時も「つらく厳しい時代よ、どうか一刻も早く終わってくれ」という願いをこめて愛唱された。南軍北軍双方の兵士たちの愛唱歌だった。ゲティスバーグの戦いの夜に両陣営から疲れ果てた兵士たちの歌う『すべては終わりぬ』が聴こえていたかもしれぬ。

『すべては終わりぬ』は貧困と飢餓に喘ぐ市井の人々への思いを歌っている。フォスターのあたたかくやわらかな眼差しが胸も心も魂も打ちつらぬく。

フォスターは『すべては終わりぬ』発表の10年後、37歳の冬に失意と孤独と困窮と困憊のうちに世を去った。


すべては終わりぬ/Hard Times Come Again No More written by Stephen Foster

1.
Let us pause in life's pleasures/人生の歓びのさなかにあってもひととき立ち止まり
and count its many tears,/流されたたくさんの涙の数をかぞえよう
While we all sup sorrow with the poor;/晩ごはんのあいだ、貧しき人々と悲しみをともにしよう
There's a song that will linger forever in our ears;/永遠にわたしたちの耳に鳴り響く歌がある
Oh, Hard times come again no more./「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と

(Chorus)
'Tis the song, the sigh of the weary,/この歌は疲れ果てた人々の漏らすため息
Hard Times, hard times, come again no more/「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と
Many days you have lingered around my cabin door;/長いあいだ小屋の扉のまわりで鳴り響いていた
Oh, hard times come again no more./「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と

2.
While we seek mirth and beauty/わたしたちが享楽や美女を追いかけまわしているあいだも
and music light and gay,/陽気な音楽を求めているあいだにも
There are frail forms fainting at the door;/小屋の扉のまわりでは疲れ果てた人々が倒れかけている
Though their voices are silent, /かれらの声は沈黙に支配されているけれども
their pleading looks will say/かれらの訴えかけるような眼差しは言っている
Oh, hard times come again no more./「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と

(Chorus)
'Tis the song, the sigh of the weary,/この歌は疲れ果てた人々の漏らすため息
Hard Times, hard times, come again no more/「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と
Many days you have lingered around my cabin door;/長いあいだ小屋の扉のまわりで鳴り響いていた
Oh, hard times come again no more./「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と

3.
There's a pale drooping maiden/蒼い翳を宿した顔をうなだれている娘がいる
who toils her life away,/つらい仕事をずっとつづけ
With a worn heart whose better days are o'er:/たのしかった日々は過ぎ去り、疲れた心を抱えている
Though her voice would be merry, /彼女の声が明るくあればいいと思うけれども
'tis sighing all the day,/彼女は人生の日々にため息をついている
Oh, hard times come again no more./「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と

(Chorus)
'Tis the song, the sigh of the weary,/この歌は疲れ果てた人々の漏らすため息
Hard Times, hard times, come again no more/「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と
Many days you have lingered around my cabin door;/長いあいだ小屋の扉のまわりで鳴り響いていた
Oh, hard times come again no more./「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と

4.
Tis a sigh that is wafted across the troubled wave,/荒波の彼方から漂ってくるのは深々としたため息
Tis a wail that is heard upon the shore/岸辺に聴こえるのは嘆き悲しむ人の声
Tis a dirge that is murmured/つぶやくように死者を悼む哀歌が
around the lowly grave/墓場のあたりから聴こえてくる
Oh, hard times come again no more./「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と

(Chorus)
'Tis the song, the sigh of the weary,/この歌は疲れ果てた人々の漏らすため息
Hard Times, hard times, come again no more/「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と
Many days you have lingered around my cabin door;/長いあいだ小屋の扉のまわりで鳴り響いていた
Oh, hard times come again no more./「あぁ、つらい時なんてもう二度と来ないで。すべては終わりぬ」と


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Mavis Staples
Yo-Yo Ma/Edgar Meyer/Mark O'Connor/James Taylor ("Appalachian Journey"/1999)
The Chieftains (Paolo Nutini)
Bob Dylan
Donna Taggart
Bruce Springsteen & The E Street Band Live Hyde Park 2009
Nanci Griffith
Johnny Cash
Jennifer Warnes
Mary J. Blige
Lennon and Maisy
Gael Force
Thomas Hampson
Iron and Wine
 
by enzo_morinari | 2018-09-15 08:35 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)