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カテゴリ:真言の音楽( 61 )

真言の音楽/極光の調べをつむぐ者。オーロラの国から来た妖精は蝶のように舞い、歌い、輝く。ファラデーの電磁誘導の法則に則り、太陽風という名のプラズマの流れに乗って。

 
真言の音楽/極光の調べをつむぐ者。オーロラの国から来た妖精は蝶のように舞い、歌い、輝く。ファラデーの電磁誘導の法則に則り、太陽風という名のプラズマの流れに乗って。_c0109850_00001676.jpg
真言の音楽/極光の調べをつむぐ者。オーロラの国から来た妖精は蝶のように舞い、歌い、輝く。ファラデーの電磁誘導の法則に則り、太陽風という名のプラズマの流れに乗って。_c0109850_00000169.jpg

極光に心ふるえるのは、極光がとらえがたい精妙不可思議な生命力にあふれたもの、静かな自信に満ち、絶えず流れくるものを暗示し、想像力を刺激されるからである。Aurora Seeker

天に住む赤い龍に率いられた金糸の衣装をまとい、槍と抜き身の剣で武装した騎兵隊が空中を駆けめぐる。かれらは夜空を駆けるワルキューレたちの甲冑の輝きにも負けない。極北の国の古い言い伝え


Aurora Aksnes. 1996年6月、ノルウェーの北海に面した港町スタヴァンゲル生まれ。23歳。透明。光輝。ニュートラル。共時性と共役性。そして、可視光と可聴音の向こう側にあるもの。天の割れ目(CHASMATIS)から聴こえてくる音楽。太陽風という名のプラズマの流れに乗ってやってくる妙なる調べ。

暁の女神アウロラは気まぐれだが、揺るぎない。


Home - AURORA (Aurora Aksnes) (All My Demons Greeting Me as a Friend/2016)
 
by enzo_morinari | 2019-11-10 08:19 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

真言の音楽 小名浜の鬼/部落育ち。旅打ちはまるで小名浜のカモメ。陽差しも美と知る。落葉の赤落ちて。小名浜の夕陽を背に受け港へ向かえ。小名浜の汽笛を背に受け都で歌え。

 
真言の音楽 小名浜の鬼/部落育ち。旅打ちはまるで小名浜のカモメ。陽差しも美と知る。落葉の赤落ちて。小名浜の夕陽を背に受け港へ向かえ。小名浜の汽笛を背に受け都で歌え。_c0109850_17170035.jpg
真言の音楽 小名浜の鬼/部落育ち。旅打ちはまるで小名浜のカモメ。陽差しも美と知る。落葉の赤落ちて。小名浜の夕陽を背に受け港へ向かえ。小名浜の汽笛を背に受け都で歌え。_c0109850_17164351.jpg
真言の音楽 小名浜の鬼/部落育ち。旅打ちはまるで小名浜のカモメ。陽差しも美と知る。落葉の赤落ちて。小名浜の夕陽を背に受け港へ向かえ。小名浜の汽笛を背に受け都で歌え。_c0109850_17153890.jpg
真言の音楽 小名浜の鬼/部落育ち。旅打ちはまるで小名浜のカモメ。陽差しも美と知る。落葉の赤落ちて。小名浜の夕陽を背に受け港へ向かえ。小名浜の汽笛を背に受け都で歌え。_c0109850_05422196.jpg
真言の音楽 小名浜の鬼/部落育ち。旅打ちはまるで小名浜のカモメ。陽差しも美と知る。落葉の赤落ちて。小名浜の夕陽を背に受け港へ向かえ。小名浜の汽笛を背に受け都で歌え。_c0109850_05410762.jpg
真言の音楽 小名浜の鬼/部落育ち。旅打ちはまるで小名浜のカモメ。陽差しも美と知る。落葉の赤落ちて。小名浜の夕陽を背に受け港へ向かえ。小名浜の汽笛を背に受け都で歌え。_c0109850_06120440.jpg

経験のけの字も知らぬ甘ちゃんと頭ん中に造花のお花畑が広がってるパチもんはとっとと好きに無様にくたばるがいいぜ。


小名浜 鬼
部落育ち 団地の鍵っ子 駄菓子屋集合 近所のガキんちょ

ヤクザの倅か母子家庭 親父がいたのも七つの歳まで
2歳の妹がいようと死のうとするお袋に「帰ろうよ。僕が守るから大丈夫」

光るタンカー埠頭の解放区 目まぐるしく変わる生活 決して贅沢なく 御馳走の絵描く
お袋は包丁 妹は泣きっ面 馬の骨の罵声はサディスティックだ
水商売 母一人子二人 薄暗い部屋で眺めた小遣い
馬の暴力は虐待と化す 十三の八月 何かが始まる

中学卒業も更正院 数年後には準構成員
旅打ちはまるで小名浜のカモメ 行ったり来たりな歩幅なのかもね
くじけた背中を洗うソープ嬢 泡と流す殺気立つ毒を
小名浜港は油で濁す 必要悪があくまで美徳

汽笛鳴く港町の酒場で 朝まで飲み明かした仲間へ
懲りずにへらへら踊れてる いまだ覚えてる 嫌な汗でベッドが濡れてる
クレイジーな姿 恵夏川 噂じゃ首なし全裸
なすがままレイプ? ギロチン? 薬中の自爆?
事故扱い 事件性なし ポリ御帰宅

花畑 テンパッた木っ端坊 ハルキの面砕けた 言葉も出ない これが大人の放課後?どうなの?
答えの書いてない教科書 三崎に向かうY30セドリック まるでゴーカート感覚
15の夜バリに自爆レース ダイスケが死んだのも実家の近くです

懲役も満期でテンパイ 八郎の病死 オヤジ呟く面会
ナオの受信で知ったオリカサの他界 この塀は高い
独房が妙に暖かい 日差しも美と知る 落葉の赤落ちて
寂しさの中で寂しさが美しいと知る
秋の優しさと赤落ちはいる 昔見た地図 再び睨み
行き交うハスラーの中軸と信じ合う 下らんことでバカ笑いできる仲間が今も此処にいる それがリアル
続くここから 江戸の小名浜

渇かぬ鬼の赤い目に 愛が見えませんか?

小名浜の夕陽を背に受け 港へ向かえ
小名浜の汽笛を背に受け 都で歌え

小名浜の夕陽を背に受け 港へ向かえ
小名浜の汽笛を背に受け 都で歌え



小名浜 - 鬼 (赤落/2008)
津波に襲われる小名浜港 (2011年3月11日)
 
by enzo_morinari | 2019-10-03 08:54 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

真言の音楽/Something, Everything. 離れ小島からやってきた二十歳の小娘は21年を経ても童心を失わぬままR&Bし、Hip-Hopする。

 
真言の音楽/Something, Everything. 離れ小島からやってきた二十歳の小娘は21年を経ても童心を失わぬままR&Bし、Hip-Hopする。_c0109850_03203020.jpg

あなたと離れてる場所でも 会えばきっと許してしまう どんな夜でも
You're everything, You're everything, You're my everything.
あなたと離れてる場所でも 会えばいつも消え去っていく 胸の痛みも
MusIc For ASIAn


離れ小島からやってきた二十歳の小娘は21年を経ても童心を失わぬままR&Bし、Hip-Hopしていた。ゴールド・ディスクもプラチナ・ディスクもメガ・ヒットも親善大使も観光大使も知ったこっちゃない。なによりも、童心を失っていないことがうれしかった。それこそがかけがえのない稀有な最高の勲章だ。

離れ小島からやってきた小娘よ。名前のない空を見上げつづけ、心に花を咲かせつづけろ。Carpe Diem. 1日の花を摘め。

Postscript. Something, Everything. くれぐれも、TVなどという愚鈍愚劣低脳箱には出るなよな、小娘。ラジオだけでじゅうぶんだ。

Everything - MISIA (MARVELOUS/2000)
 
by enzo_morinari | 2019-09-25 11:34 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

カリフォルニアの青い空があまりにも青いので『落葉のコンチェルト』を口ずさみながら人類の平和を祈ったけど、いつものように、あたりまえのように、僕はまたひとり。

 
カリフォルニアの青い空があまりにも青いので『落葉のコンチェルト』を口ずさみながら人類の平和を祈ったけど、いつものように、あたりまえのように、僕はまたひとり。_c0109850_13283855.jpg
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カリフォルニアの青い空があまりにも青いので『落葉のコンチェルト』を口ずさみながら人類の平和を祈ったけど、いつものように、あたりまえのように、僕はまたひとり。_c0109850_14194419.jpg


70’sに別れを告げる方法をだれか教えてくれないか?

俺たちに明日はないが、明日に向かって撃つためには最後の7UPを飲みほすことが必要だ。E-M-M

70’sに別れを告げるために1973年製のピンボール・マシン、スリーフリッパーのスペース・シップに42回チャランボをいれたが、事態はなにもかわらなかった。右膝が腫れ上がっただけで、空はちっとも晴れ上がらず、鉛色のままだった。E-M-M


It Never Rains In Southern California/カリフォルニアの青い空 Albert Hammond (1973)

For the Peace of All Mankind/落葉のコンチェルト Albert Hammond (1972)

Alone Again - Naturally/アローン・アゲイン Gilbert O'Sullivan (1971)
 
by enzo_morinari | 2019-01-27 13:43 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

故郷の空 ── ライ麦畑で会うとき

 
故郷の空 ── ライ麦畑で会うとき_c0109850_16485481.jpg

 
Nothing Gold Can Stay. Robert Frost
夕焼けをみる心が黄金なんだ。F-F-C
夕焼けがせつないのは太陽が別れを告げながらすべてを燃やしつくすからである。1日に起こり、思い、感じ、経験したもののすべてを。E-M-M


夕空晴れて秋風吹き 月影落ちて鈴虫鳴く
思へば遠し故郷の空 ああ わが父母いかにおはす



小学生の頃、京浜急行の走る土手の向こう側に沈んでゆく夕陽を見ながら、夕焼けに染まりながら、夕焼け空を見上げながら『赤とんぼ』と『故郷の空』を繰り返し歌った。豆腐屋のパアフーのラッパの音が遠ざかり、喉が嗄れはじめる頃にはあたりは闇に包まれていた。


故郷の空 1888年(原曲 Comming Through the Rye/ライ麦畑で会うとき)
詞 大和田建樹/曲 スコットランド民謡

1.
夕空晴れて秋風吹き
月影落ちて鈴虫鳴く
思へば遠し故郷の空
ああ 我が父母いかにおはす

2.
澄行く水に秋萩たれ
玉なす露はススキに満つ
思へば似たり 故郷の野辺
ああ わが弟妹 たれと遊ぶ


故郷の空 - NHK東京放送児童合唱団
Stay Gold/黄金のままでいてくれよ - Stevie Wonder (1983)
 
by enzo_morinari | 2019-01-19 11:31 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

盲目の聖者/Rip In Peace. 唇よ、安らかに眠れ。盲いた目から、涙よ、つきることなく溢れよ。

 
盲目の聖者/Rip In Peace. 唇よ、安らかに眠れ。盲いた目から、涙よ、つきることなく溢れよ。_c0109850_23163946.jpg


「溢れよ、わが涙」と聖者は言った。

スクレーパー/グレーターを素手で撫でたあとにヘレン・ケラーがひと言
ヘレン・ケラー:こんなにバイオレンスな本は読んだことがないわ!



ラサーン・ローランド・カーク/Rahsaan Roland Kirk
1935/1936年8月7日 – 1977年12月5日

アメリカ合衆国のジャズ・ミュージシャン。各種サクソフォーンやフルート、トランペット、オーボエ、ピッコロ、イングリッシュホルン、リリコンなど、複数の楽器を同時に演奏するマルチ・プレイヤー。数本のサクソフォンを首から下げ、巨体にサングラスをかけた魁偉な風貌や、鼻でフルートを鳴らしながらスキャットを奏で、歌い、手回しサイレンやホイッスルなども同時に演奏した。

気魂気迫みなぎる超絶即興演奏に加えて、コミカルないたずらやトーク、政治的なブラック・ジョーク/アネクドートを披露した。幼児期の医療過誤が原因で全盲。しかし、みずからの障害/ハンディキャップについてことさらに言及することは決してなかった。潔い態度は多くの共感を呼んだ。

盲目の聖者/Rip In Peace. 唇よ、安らかに眠れ。盲いた目から、涙よ、つきることなく溢れよ。_c0109850_23165951.jpg


Rip, Rig and Panic - Rahsaan Roland Kirk (1965)

The Inflated Tear - Rahsaan Roland Kirk (1967)

Roland Kirk with McCoy Tyner Stanley Clarke, Quincy Jones (1975)

"Sound" Pt.1 - Roland Kirk, John Cage (1966-67)

We Free Kings - Rahsaan Roland Kirk (1967)
 
by enzo_morinari | 2018-12-22 00:42 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

天国にアローハ!陽は昇り、陽は沈み、陽はまた昇る。HAPA『NAMAHANA』

 
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人は生まれ、生き、死ぬ。人は愛し、別れ、それでもまた愛す。そして、陽は昇り、陽は沈み、陽はまた昇る。E-M-M


1999年夏の盛りの昼下がり。古い友人から1枚のCDが届いた。包みをあけるとカードが添えてあった。

Music of Heaven. ALOHA!/天国の音楽。アローハ!

へたくそだが底抜けに陽気な字。なつかしい友人の底抜けに陽気で人なつこい笑顔が浮かんだ。「HAPA/Namahana/Contemporary Hawaiian Music」とジャケットにあった。HAPA. 知らないミュージシャンだった。ジャケットの写真は美しい南国の花。さっそく、CDプレイヤーにセットし、オーディオ装置が暖まるのを待った。待っているあいだに、「HAPA」「Namahana」をキーワードにして検索したが、きわめて少ない情報しかえられなかった。インターネット黎明期、旧石器時代の出来事だ。

HAPAはオアフ出身のケリイ・ホオマル・カネアリイ (Kelii Homalu Kanealii)とニュージャージー出身のバリー・フラナガン(Barry Flanagan)のハワイアン・コンテンポラリーデュオである。ハワイアンとアメリカ本国出身者が半分ずつという意味と、二人の音楽性を半分ずつ足してできあがった音楽という意味をこめて、HAPA(半分)。いい名前だと思った。

デビューは1992年。1994年にハワイのグラミー賞といわれるナ・ホク・ハノハノ賞を受賞している。なお、『Namahana』はHAPAのラストアルバムで、アルバム完成後にHAPAは解散している。

「ALOHA」というハワイ語(ポリネシア語)には五つの意味がこめられている。すなわち、A(Akahai/やさしさと思いやり)、L(Lokahi/調和と融合)、O(Oluolu/よろこびをもって柔和に)、H(Haahaa/ひたすら謙虚に)、A(Ahonui/忍耐と我慢)である。ALOHAは私の自戒の言葉でもある。

HAPAを知った1999年の夏から20年が経つ。そのあいだに、私にも古い友人にも実に色々のことがあった。当然だ。20年という時間の経過は生まれた赤ん坊が大学生になり、成人して、区役所の新人の戸籍係、窓口担当が係長補佐くらいになる歳月である。新米の戸籍係だった若者は住民すべての誕生日と納税状況の詳細を把握しているかもしれない。色々のことのないほうがどうかしてる。

さて、アンプリファイアーがいい塩梅にあたたまってきたようだ。PLAYボタンを押す。一瞬の静寂、沈黙。透明感と温もりのある美しい声。衒いも気負いもないシンプルで豊かなギターの響きと音色。ALOHAそのもの。人間の営みをまるごと包みこむような深さと広さと豊かさの音楽。5曲目。『Pau'ole Ka'i'ini』で目蓋が強く押される。塩味のダイヤモンドがこぼれかける。

泣くところか?
泣いていいのか?


「いいんだ。泣きたいときは泣きたいだけ泣けばいいんだ」という古い友人の言葉が、その人なつこい笑顔とともによみがえる。HAPAを私に教え、『NAMAHANA』という天上天国の音楽を聴かせた古い友人はこの春の初めに死んだ。私にとっては、惜しまれ、早すぎ、世界の一部が失われたような死だった。しかし、それはHAPAの音楽のように静かでおだやかであたたかい死でもあった。


夏までは生きたいね。思う存分波乗りをしたあと、強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフト・サイドでよく冷えたビールを飲みながら、HAPAの『Pau'ole Ka'i'ini』を聴きたいんだ。そして、これまで我慢してきた一生分の涙を流したい。


死の2週間前、横浜市大病院の奇妙に白いベッドの上で見るに忍びないほど痩せ細った古い友人は言って笑い、それからすごくさびしそうな顔をした。末期の肝臓がんだった。

古い友人の願いはかなわなかった。かなうはずもなかった。願いがかなうはずもないことを一番知っているのは彼自身だったろう。

願いをかなえられなかった古い友人のかわりに、彼の誕生日である11月26日には、強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフト・サイドでHAPAを聴こう。HAPAの『Pau'ole Ka'i'ini』を。繰り返し繰り返し。風に吹かれ、波を眺め、そして、古い友人が流せなかった分の涙も流そう。

気持ちのいい風が吹けばいい。いい波が立てばいい。涙が天国で友が飲みほすよく冷えたビールに注がれればいい。友にも『Pau'ole Ka'i'ini』が届けばいい。


HAPA
 
by enzo_morinari | 2018-11-15 06:45 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

全力少年ロビンソンは天体観測しながら『空も飛べるはず』を奏でる。

 
全力少年ロビンソンは天体観測しながら『空も飛べるはず』を奏でる。_c0109850_08271020.jpg

 
マヤカシゴマカシインチキavex/コムロ一味/チンチクリン浜崎を始めとするカーカーキーキー声が来る日も来る日も聴こえていた。なにもかもがうんざりだった。

BUMP OF CHICKENの『天体観測』は一服の清涼剤だった。何度も聴き、何度も泣いた。

見えないモノを見ようとして望遠鏡を覗きこんだ
静寂を切り裂いていくつも声が生まれたよ

知らないモノを知ろうとして望遠鏡を覗きこんだ
暗闇を照らすような微かな光探したよ


BUMP OF CHICKENは繰り返し、そう歌っていた。

全力少年ロビンソンは天体観測しながら『空も飛べるはず』を奏でる。

そして、マヤカシゴマカシインチキへの報いが2011年の春に起きた。


天体観測/BUMP OF CHICKEN
ロビンソン/スピッツ
空も飛べるはず/スピッツ
全力少年/スキマスイッチ
奏(かなで)/スキマスイッチ
 
by enzo_morinari | 2018-11-11 08:36 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

真言の音楽 We Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)

 
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世界の果てと果てに離ればなれになっていても、いつもそばにいるよ。E-M-M


We Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)は2010年、カリブ海のハイチを襲った大災害をエイドしようと、ほぼ無名に近い1音楽表現者のインターネット上における呼びかけから始まった。この呼びかけに対して、文字通り世界中から老若男女、東西南北、貧富、肌の色、人種、宗教、政治体制、信条、思想、哲学の差異を超えて、夥しい数のネチズン/インターネット市民が呼応した。私もこれに応じ、音声付き動画をアップロードした一人である。

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プロアマ、上手下手、美醜色々。まさに玉石混淆だ。アップされた動画の背景からは彼/彼女の生活のにおいまでもが伝わってくる。

彼/彼女は家事、育児、家業、仕事、学業をこなし、時間はなく、おそらくはカネもなく、うまくいかず、落胆し、気を取りなおし、ときに笑い、ときに泣き、ときに怒り、録画し、録音し、録りなおし、夜はふけてゆき、さらに練習し、さらに録音録画しという日々を生きたことがわかり、胸に迫る。

本来的に言うならば、私はWe Are The Worldムーヴメントには与しない者である。善意、友愛のすべてを否定するものではないが、しかし、いかに言をつくそうとも、言い繕おうとも、そこには悪しき商業主義のあまたの思惑、欲得が見え隠れするし、We Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)にしたところで、これをきっかけにひと山当てようと目論む者、欲得思惑をみてくれ/耳心地だけはいい善意と友愛を隠れ蓑に隠蔽したキナ臭く生臭い魂胆の元に参加した者がいたのも事実である。それがまぎれもない現実だ。

しかし、それであってもなお、私がWe Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)に新しい世界の在りようの一端、しいては人間存在、国家、世界の未来のかたちを見いだして深く共感したのは、直接会うことも言葉を交わすこともできない名もなき無名の人々が30年近くも昔の手垢にまみれて古びた『We Are The World』という楽曲の元に距離も時間も無化して参集し、数日で数百万ヒットに至るほどの強度を持つパフォーマンスを実現したからこそである。

『We Are The World』がアフリカの困憊困窮の人々をエイドしようと世界にコミットメントしてから30年近い歳月、時間の経過のあいだに世界も国家も社会も人間もすさまじいばかりに変化し、激動し、絶望し、悲歎に暮れた。数えきれぬ悲劇が世界のあちこちで起こった。それらのすべてを取りもどし、元にもどすことはできないが、以後の世界のあり方、社会のあり方、人間の生き方を決定するよすがとはなるはずである。なにごとからでも、その意志があるかぎり学ぶことは可能だからだ。そうでなければ生きつづける意味などありはしない。

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これからの世界は直接に会う、言葉を交わす、手を握るということの意味が加速度的に失われていく。言い方をかえれば、デジタルの海の中に溶け入ることのできない情報、存在が届け、交わすことのできるものはなくなるのだ。

直接性は階級を生む。自由を奪う。対するインターネットはリアリティを求めながらも、そのことが絶対の条件ではない。

「ディスプレイの技術=視覚の技術/オーディオの技術=聴覚の技術/触れる技術=触覚の技術/味わうための技術=味覚の技術/コミュニケーションの技術=知覚の技術/ネットワークの技術=回線速度の技術」の進化と進歩によって、国家の意味や人間存在の意味は根本から転換し、組み替えられる。カウントダウンはすでに始まっている。その可能性の象徴がWe Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)だ。

「世界の果てと果てに離ればなれになっていても、いつもそばにいるよ」ということが実現する世界の到来。テーマソングは当然に『Stand by Me』だ。

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We Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)
 
by enzo_morinari | 2018-10-31 12:19 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

2039年11月22日火曜日のダラスの熱い日、ファンキーなガラガラ蛇のリー・ハーヴェイ・オズワルド・モーガン・フリーマンは教科書倉庫ビル6階の窓際で1秒間に42回反復横跳びする。

2039年11月22日火曜日のダラスの熱い日、ファンキーなガラガラ蛇のリー・ハーヴェイ・オズワルド・モーガン・フリーマンは教科書倉庫ビル6階の窓際で1秒間に42回反復横跳びする。_c0109850_17483440.jpg
2039年11月22日火曜日のダラスの熱い日、ファンキーなガラガラ蛇のリー・ハーヴェイ・オズワルド・モーガン・フリーマンは教科書倉庫ビル6階の窓際で1秒間に42回反復横跳びする。_c0109850_17494702.jpg
2039年11月22日火曜日のダラスの熱い日、ファンキーなガラガラ蛇のリー・ハーヴェイ・オズワルド・モーガン・フリーマンは教科書倉庫ビル6階の窓際で1秒間に42回反復横跳びする。_c0109850_17492772.jpg
2039年11月22日火曜日のダラスの熱い日、ファンキーなガラガラ蛇のリー・ハーヴェイ・オズワルド・モーガン・フリーマンは教科書倉庫ビル6階の窓際で1秒間に42回反復横跳びする。_c0109850_17491276.jpg
2039年11月22日火曜日のダラスの熱い日、ファンキーなガラガラ蛇のリー・ハーヴェイ・オズワルド・モーガン・フリーマンは教科書倉庫ビル6階の窓際で1秒間に42回反復横跳びする。_c0109850_17485782.jpg
2039年11月22日火曜日のダラスの熱い日、ファンキーなガラガラ蛇のリー・ハーヴェイ・オズワルド・モーガン・フリーマンは教科書倉庫ビル6階の窓際で1秒間に42回反復横跳びする。_c0109850_17500963.jpg
2039年11月22日火曜日のダラスの熱い日、ファンキーなガラガラ蛇のリー・ハーヴェイ・オズワルド・モーガン・フリーマンは教科書倉庫ビル6階の窓際で1秒間に42回反復横跳びする。_c0109850_18012701.jpg
2039年11月22日火曜日のダラスの熱い日、ファンキーなガラガラ蛇のリー・ハーヴェイ・オズワルド・モーガン・フリーマンは教科書倉庫ビル6階の窓際で1秒間に42回反復横跳びする。_c0109850_18014073.jpg


The Sidewinder (Blue Note in 1963)
Lee Morgan - trumpet
Joe Henderson - tenor saxophone
Billy Higgins - drums
Barry Harris - piano
Bob Cranshaw - bass

Lee Morgan - The Sidewinder
 
by enzo_morinari | 2018-09-30 18:03 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)