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カテゴリ:沈黙ノート( 137 )

ロンドン-パリ問題を抱えるJ.P. サルトルが揶揄し、鼻で嘲笑ったクソ真面目な精神の持ち主どもの勘ちがいも甚だしい猫またぎ鼻つまみの根拠なき選良意識を嗤う

 
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古典楽曲を聴くことは上等か? 読書は上等か? 歌舞伎/お能/狂言/古典落語をみることは上等か? 美術鑑賞/映画鑑賞は上等か? 思想哲学することは上等か? そうではあるまい。およそ文化教養芸術芸能にかかわることどもに価値の高低上下はない。生きていくうえでの糧にはならないし、腹の足しにはならないし、めしのタネにはならない。人間以外のワイルド・ライフ/動植物/生きとし生けるもの/自然物/無機物は文化教養芸術芸能にかかわることどもを嗜むことはないが、かれらは人間に劣るのか? そんなことはあるまい。

ところが、クソ真面目な精神の持ち主どもは古典楽曲を聴き、読書し、歌舞伎/お能/狂言/古典落語をみ、美術鑑賞/映画鑑賞し、思想哲学することについて得々として御託能書き/寝言たわ言をほざく。故障しきった日本語で評論批評もどきを開陳する。笑止千万。片腹痛い。ここ最近でいちばん嗤ったのは出入国管理法の国会審議(自民/公明による強行採決)について哀しさ/空しさ/情けなさを感じると言った舌の根も乾かぬうちに、棺桶に首までつかった御懇ろ糞ババアとのんびりぶらり温泉旅行した顛末を自慢げに開陳するのを目にしたときである。あらぬことか、クソ田舎の温泉地に数日逗留しただけにもかかわらず、そのクソ田舎ど田舎の田舎者はしあわせだ、ここに住みたいとまでヌカす始末だ。なんという軽薄。なんという上っ調子。

そのポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊の団塊老醜のスッカスカのカスは沖縄の基地移転についてもリアリティのかけらもないゴミ言説で御託能書き/寝言たわ言をほざいた。弱者の側に立つ者というステレオタイプを演じて悦に入りながら鼻高々に。まったくもって、4流私学文系には毎度毎度臍が茶を沸かす。

ロンドン-パリ問題を抱えるJ.P. サルトルが揶揄し、鼻で嘲笑ったクソ真面目な精神の持ち主どもは大抵が4流私学文系である。クソの役にも立たない4流私学文系が古本屋でもやろうものなら、カビ臭さに加えて辛気臭さが加わる。そうなると、リスクは感染症にとどまらずに精神衛生上の悪影響をおよぼす。ただでさえ感染症源の巣であるゴミを辛気臭さ満載で取りすまして語る古本屋のポンコツおやじくらい始末に負えない者はいない。貧乏くせえったらありゃしねえ! おまえら、ただのセドリ屋/クズ屋だろうが。

ロンドン-パリ問題を抱えるJ.P. サルトルに揶揄され、鼻で嘲笑われた、古典楽曲を聴き、読書し、歌舞伎/お能/狂言/古典落語をみ、美術鑑賞し、思想哲学することについて得々として御託能書き/寝言たわ言をほざく勘ちがいも甚だしい猫またぎ鼻つまみの選良意識まみれのクソ真面目な精神の持ち主どもよ。建設現場に行って土方相手に日頃の御託能書き/寝言たわ言をほざいてミロのヴィーナス。土方の兄ちゃんに「それってうめえのか?」とドヤされたあげくにツルハシでドタマかち割られルカ(エヴァンゲリウム)ら。ウケケケケケ Ψ(`▽´)Ψ ウケケケケケ
 
by enzo_morinari | 2018-11-30 10:41 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

語れ。まず、語れ。なによりみずから獲得した言葉で語れ。沈黙の話はそれからである。

 
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語ることと語られることのあいだには、いかなる冒険者であろうとも征服しえない深い闇が広がっている。

すべてに都合よく終/了/The End/Finは用意されてはいない。人は皆、途中で死ぬものだ。


語りつくせぬことについて沈黙するかぎりにおいて、沈黙は金である。語ることと語られることのあいだには、いかなる冒険者であろうとも征服しえない深い闇が広がっていて、その闇に光をあて、暴きだし、あらわにすることが言葉の祖国に帰還するためには必要だ。その意味において、"沈黙は金、饒舌は銀" なる言葉は語ることができない者の免罪符にすぎない。彼らは永遠に言葉の祖国には帰れない。

語れ。まず、語れ。なによりみずから獲得した言葉で語れ。沈黙の話はそれからである。

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誰も知ることのない秘密の入江で、風に吹かれ、風の歌に耳を傾け、RARE HAWAIIANのオーガニック・ホワイトハニーをたっぷりとかけた悪魔のフォルマッジオ、カッチョ・マルチョを肴にエコール・ノルマル・シューペリウールの1958年を飲み、アルチュール・ランヴォのいくつかの詩編を諳誦し、風向きにあわせてモーツァルトの『狩り』を口ずさみ、仕上げに極上の自家製贅沢オムレット・ライスを食す。これ以上を望むのは世界への宣戦布告である。


饒舌漢を装いつづけた古き悪しき戦友の勝谷誠彦よ。舌をたたみ、口にチャックをして、ただ静かに眠れ。深い沈黙を知るおまえの『ディアスポラ』の続編、完結を読めなかったのはかえすがえすも残念だ。しかし、すべてに都合よく終/了/The End/Finは用意されてはいない。人は皆、途中で死ぬものだ。

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帰らざる日々 (マルコとジーナのテーマ)/久石譲
 
by enzo_morinari | 2018-11-28 14:37 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

サヨナラダケガ人生ダという覚悟なき酒グレ駄食むさぼり/酔生夢死のポンコツボンクラ木偶の坊の中身空っぽうわっつらペラペラ団塊老醜のスッカスカのカスには「生まれてきてごめんなさい」がお似合いだ。

 
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サヨナラダケガ人生ダという覚悟なき酒グレ駄食むさぼり/酔生夢死のポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊の中身空っぽうわっつらペラペラ団塊老醜のスッカスカのカスには「生まれてきてごめんなさい」がお似合いだ。とっとと吊れ! 切れ! 飛びおりろ! 飛びこめ!


勧酒 于武陵

勧君金屈巵
満酌不須辞
花発多風雨
人生足別離

君勧む金屈卮し
満酌辞するを須ず
花発けば 風雨多し
人生 別離足る

君に黄金の大きな杯を勧める
なみなみと注いだ酒だ 遠慮するな
花は咲く 雨は降る 風が吹く
人生に別離はつきものだ


(井伏鱒二訳)
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
サヨナラダケガ人生ダ

 
by enzo_morinari | 2018-11-27 12:37 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

憂国忌 文武両道軒自裁48年『討論 三島由紀夫 VS 東大全共闘/美と共同体と東大闘争』を読む。

 
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【檄】澄まし顔したり顔で愚にもつかぬ御託能書き/寝言たわ言を並べたてつづけるポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊の中身空っぽうわっつらペラペラ団塊老醜のスッカスカのカスどもに「1970年11月25日、あなたはどこでなにをしていたか?」と糾ねよ! 視えない自由を射抜く矢を射れ!


1970年11月25日、自衛隊市ヶ谷駐屯地総監室。文武両道軒/三島由紀夫(平岡公威)、森田必勝ほか「楯の会」構成員による「東京事変」勃発。テラスから「檄」を飛ばす三島由紀夫をだらけきった姿で見上げる自衛官。飛び交う怒号と下衆な野次。

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私はこの日、一報を知るや、ランドセルを教室に放り投げ、市ヶ谷駅まで国鉄と営団地下鉄を乗り継ぎ、市ケ谷駅から靖国通りをひた走りに走って市ヶ谷駐屯地前にたどり着いた。途中、赤信号を突破しようとした市ヶ谷本村町の交差点で都バスに轢かれそうになったがぎりぎりで回避し、「ばかやろう!」の定番捨て台詞をくれてやるというおまけつきである。もちろん、「現場」に立ち入ることはできず、外から「三島死ぬな、三島死ぬな」とつぶやきながら、現場の修羅を想像した。

「三島死ぬな」と思いつつも、死ぬことはわかっていた。三島が『豊饒の海』を書きはじめた時点でそんなことはわかりきっていた。わからぬほうがおかしい。だが、どうしても、なんとしても、三島由紀夫には死んでほしくなかった。生きて、私の思いを代弁するがごとき「物語」を書いてもらいたかった。

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さて、「東京事変」を遡ること1年半。1969年5月13日。文武両道軒・三島由紀夫は東京大学教養学部900番教室で東京大学全学共闘会議、いわゆる全共闘の若造青二才どもと対峙していた。五月祭の呼び物イヴェントに三島由紀夫がやってきたのだった。

「近代ゴリラ」と記された三島由紀夫のパロディ立て看板を指差し、苦笑する三島。会場入口前の立て看板をみる三島由紀夫の顔には、その日の対論が戦いにはならないことへのあきらめの表情が浮かんでいる。

「諸君がひと言、天皇と言ってくれたら、私は共闘する」と三島由紀夫は誘い水をかけたが、東大全共闘のポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊どもはへらへらと半笑いを浮かべるのが精一杯だった。

中でもとりわけて不愉快なやつが、学生結婚し、子供がいることをひけらかすべく赤ん坊を抱いて参加し、無礼無作法にも「おれ、つまんねえから帰るわ」とほざき、途中で戦線離脱した「学生C」、つまりは現在、うさん臭く鼻持ちならないことこのうえもない前衛劇団を主催してふんぞり返っているゴミアクタマサヒコである。このたぐいの輩の遺伝子が現在の2ちゃんねるあたりに象徴される「下衆外道臆病姑息小児病」を生んだと断言しておく。

東大全共闘の小僧っこ猿どもが近代ゴリラに必死で「楯突こう」とする姿は滑稽でさえあるが、勝負は近代ゴリラに軍配である。相手は醜の御楯として出立たんとする者だ。志なき小僧っこ猿どもの鈍ら刀など鼻から刃が立つはずもない。

三島由紀夫 VS 東大全共闘
エクリチュールの巨人 VS エゴイズムの群れ
覚悟性 VS 逃走性乃至は放棄性
近代ゴリラ VS 小猿集団
憎悪する母性 VS キャラメル・ママ


この討論集をこのようにとらえ、さらに勝ち/負けという単純な二項対立図式で読み解くのも一興で、あきらかに「志」のちがいがディベートの中身に出ている。

日本国語とも思えぬ未消化の言葉、「砂漠のような観念語」を吐き出す小僧っこ猿どもと、少なくとも「痛みとしての文化」を含めた、たおやめぶり/ますらおぶりの言葉の森を渉猟してきた者との戦いは戦闘がはじまる前から勝敗はわかりきっている。というよりも、そもそも小僧っこ猿どもは土俵にのぼることすらできていないのだ。

たとえそれが「時代錯誤」「勘ちがい」「情死」と下衆外道どもに評されたとしても、三島由紀夫の「行動」はふやけた日本社会に衝撃を与えた。高橋和己をして、「鹹(しおから)を覆して哭く」と言わしめた「市ヶ谷の自裁」は50年近くを経過したいまも、たとえ市ヶ谷駐屯地が現代建築の粋を凝らした防衛省に変貌を遂げたとしても、その衝撃の意味を失わないし、色あせない。そのことに気づかぬポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊どもは深く反省せねばなるまい(と、煽っておく。)。

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さて、三島由紀夫は四部作『豊饒の海』を書き終えてのち、楯の会会員とともに市ヶ谷に向かったわけだが、私は直前に靖国神社に詣でる彼らと拝殿へとつづく石畳ですれちがっている。

こども心にも圧倒的ななにごとかを嗅ぎとり、特に三島由紀夫本人から蒼白い炎のようなものがゆらゆらと噴き出していたのをおぼえている。そのことを同行の母親に言ってもまともに相手にはされなかった。あのとき、三島から噴き出ていた「蒼白い炎のようなもの」の意味をこそいつの日か解読したいものだ。

ところで、夏の日盛りを浴びてしんとしていた「豊饒の庭」はいま、どのような時間、どのような記憶をたたえているのだろう。縁があれば飯沼勲君あたりに案内してもらいたいと思う。


飯沼勲よ。君はいま、どの滝で水垢離をしているのだ?

【再檄】澄まし顔したり顔で愚にもつかぬ御託能書き/寝言たわ言を並べたてつづけるポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊の中身空っぽうわっつらペラペラ団塊老醜のスッカスカのカスどもに「1970年11月25日、あなたはどこでなにをしていたか?」と糾ねよ! 視えない自由を射抜く矢を射れ!


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by enzo_morinari | 2018-11-25 17:30 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

冬のはじまりに考える「世界が孕むある種のやさしさ」

 
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不遇困憊のただ中にある人々にその暖炉のぬくもりのひとかけらとそのあたたかい食事のひとすくいが届けばいい。


冬のニューヨークは厳しい。ニューヨークにおでましの冬将軍様の傍若無人ぶりはすさまじいの一語につきる。秋のニューヨークは死ぬまでに一度は経験しておくべき宝石のごとき輝きにあふれているが、最高のシーズンも長くはつづかず、駆け足で冬がやってくる。

そのニューヨークから心あたたまる話が舞いこんできたのは2012年の冬の初めのことだった。ニューヨーク市警の若い警官が厳しい寒さに震えて街角にうずくまる年老いた裸足のホームレス男性にポケット・マネーで冬用のブーツと防寒ソックスをプレゼントしたというのだ。この場面を偶然通りかかった観光客がデジカメにおさめ、即座にFacebookとTwitterで発信した。

警官はうずくまっている家なき者のすぐそばにかがみこみ、というよりも、ぬかずいている。それはまるで荒野に一人ぬかずく魚のしるしを持つ者ともみえる。

警官とホームレス男性をめぐる美談はFacebookとTwitterを通じて瞬く間にネットワーク上に拡散し、多くの人々の共感と讃辞をえた。世界がいつもこのようなやさしさに満ちていればいいのだが。

いまや善意と美談は悪事、醜聞同様、インターネットによって千里どころか万里を走る。地球の裏側までリアルタイムで一瞬にして届く。その分、底の浅い善意、薄っぺらな美談までもに尾鰭がついていつのまにやらまったく別の「お話」「うそ」に変わってしまうこともあるから注意が必要ではあるのだが。ただし、「拡散してください!!!」という無意味に「!」マークのついたスパム絶叫だけは御免蒙りたい。大きなお世話だ。「拡散してください連呼ちゃん」にかぎって翌週には涼しい顔で「オサレ・ランチさん」に大変身するものと相場は決まっている。

ネットワーク就中インターネットは「個人の武器」「自分のドス」としてならなにがしかの有意なことどもをもたらしはするが、「数の論理」「数に頼む」という姿勢はマルチ商法に血道をあげる愚劣卑劣な腐れ外道どもと同じ穴の狢になる危険を秘めていることの自覚はつねに持っているべきだろう。

人の数や図体の大きさはそれほど重要ではない。なにをしてきたか、なにをしているかもどうでもいい。本当に重要なのはたった一人で炎の中心に立てるか否かということだ。まさにその1点こそがホンモノかただのカスかの分かれ目になる。

過去の「栄光」やら「実績」やらにしがみつき、あるいはその上に寝穢く居座り、あぐらをかいてふんぞりかえっているようなポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊にできることなどたかが知れている。錆つき、煤け、カビが生えていることに当の御本人様はお気づきにはならないだろうが。そして、そのような御仁は例外なく「ライフ・スタイル自慢」と「お幸せな家族家庭自慢」というステレオタイプの御開陳に及ぶという次第だ。「じょうずに焼けたノアレザン」や「カワイくてオサレな雑貨・小物」や「おいしくてヘルシーなオーガニック・ランチ」や「エシレのクロワッサン」で世界がよくなるなら神さまも苦労はしないのだがね。

貧困、貧富の格差、ホームレス、ショッピングバッグ・レディ、無縁社会。それらの問題の背景、奥にあるもの、根っこ、根本問題を解決しないかぎり意味がないと訳知り顔で「正論」らしき御高説をふりかざす「進歩人」を自認する輩どもに言いたいのはただひとつ。「目の前にいる寒さと飢えに震える者に毛布1枚、スープ1杯差しださぬ輩がなにを言いやがる」と。マイノリティ/虐げられし人々に寄り添うふうを装いながら、連日連夜安酒を食らって酒ぐれ、駄めしを貪って食通/グルメを気取り、駄文を弄しているポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊は山ほどいる。やれお能だやれ歌舞伎だやれ古典落語だやれ観劇だやれ映画だやれ古典楽曲だやれ読書だと寝言たわ言をほざくエセ文化人/まがいもの知識人/薄っぺらペラペラ教養人だらけの日本。

そこで思い出されるのが『シンドラーのリスト』の中に出てくる言葉だ。

一人を救える者が世界を救える。

ひとがひとを救うなどとはおこがましいことこのうえもないが、少なくとも「無関心」を装わず、「見て見ぬふり」をしないくらいの仁義は世界に対してつねに切りつづけていたいと思う。さらに宮崎駿の『もののけ姫』の中でモロの君がアシタカに言う次の言葉。

黙れ小僧! お前にあの娘の不幸が癒せるのか! 森を侵した人間が、わが牙を逃れるために投げてよこした赤子がサンだ。人間にもなれず、山犬にもなりきれぬ、哀れで醜い可愛いわが娘だ。お前にサンを救えるか!

「オサレ」なおランチもお品のおよろしい「午後のお茶の会」も仲良しさんたちが雁首そろえてお出かけにあそばす「美味しいものまみれの温泉旅行」も引きつった笑いとぎこちないジョークと知性のかけらもないつまらぬギャグと脇の下からぬるい汗の出る合コンとやらも個人の自由ではあるし、天下太平楽ニッポンの極楽とんぼぶりが垣間見えてたいへんにけっこうなことではあるが、他者の困憊困難にまみえたときくらいは無関心を装わず、見て見ぬふりもせず、一瞬でもいい、立ち止まってなにごとかを考えても罰は当たるまい。立ち止まり、考えをめぐらしたからと言って、そのわずかのあいだに「オサレ」なおランチもお品のおよろしい「午後のお茶の会」もなくなりはしないのだから。「歳末助け合い」も救世軍の「社会鍋」もまったく信用してはいないが。3.11震災以後に声高にあちこちから聴こえていた「絆」やら「友愛」やらにも眉に唾をつけて見聞きしていたが。

ところで、あれほどの「絆」と「友愛」の大合唱はいったいぜんたいどこにお隠れあそばしたのだ? ユーラシア・プレートの下にでももぐりこんだか?

はっきり言ってしまうが、グロテスクな親和欲求にまみれた「絆」と「友愛」の大合唱よりも、真鍮とチタニウムの合金でできた数センチの「小さなコビトの大きな世界」に、あるいは、わずか65cm×50㎝の小さなコラージュという沈黙の表現方法を通じ、個として3.11の事態を受け止め、向かい合い、記憶にとどめつづける者の中にこそ「本物」があるように思える。広報宣伝部仕切りの「100億円」の義援金、寄付もそれはそれでご立派なことではあるが。ちろちろと熾火の燃える暖炉を囲んであたたかなカフェ・オ・レを飲みながら食べる『エシレ』の無塩発酵バターを練りこんで焼いたクロワッサンはさぞやおいしかろうが。古い友人たちと飲むレッド・ホット・チリペッパーズ・ワインはさぞやうまかろうが。

世界は「ユークリッド幾何学かつリーマン幾何学平面上にあるニュートン力学が支配する空間」にいくぶんかの混沌が織りこまれた「ユークリッド幾何学並びにリーマン幾何学またはニュートン力学によって大方の説明がつく非ユークリッド幾何学かつ非リーマン幾何学平面上並びに非ニュートン宇宙」でできあがっているが、いつの日か、そう、きっといつの日か、「お住まいは?」と尋ねられて、「非ユークリッド幾何学かつ非リーマン幾何学平面上並びに非ニュートン宇宙」と大手を振って答えたいと思う冬のはじまりに、遠い日の冬の夜、「世界が孕むある種のやさしさ」についてある若者が話していたことを思いだす。

銀座線の車内で外国人観光客とうちとけたホームレスとおぼしき老人が、彼らとの記念撮影を求められたときに寂しそうな笑いを浮かべながら野球帽で顔を隠す場面に若者は遭遇する。若者は思う。「老人が顔を隠した事情についてその日出るはずだった月のように世界にやさしさが満ちていればいい」と。

思い出し、なぜかはらはらと涙が出た。聴いていたキース・ジャレットの『My Wild Ilish Rose』のせいでもないし、回収できなかった「すっかり冷えきった爪先」のせいでもないし、死んだ「森のひと」と30年早く出会えていたらと考えていたからでもない。涙の理由らしい理由がみつからないので、今日のところは「世界の共同主観的存在構造」のせいであるということにしておこうと思う。


そして、疲れた心に『ダニーボーイ』はやさしい。
2002年、キース・ジャレット東京公演のラスト。遠い夏の日の丹沢で母親といっしょに歌った『ダニーボーイ』をのぞけば、私にとってのいまのところの最高の『ダニーボーイ』である。

1996年、コンサートの最中に激しい疲労感に襲われたキース・ジャレットは、音楽家としてのすべての活動を停止し、その後2年にわたって「慢性疲労症候群」という原因不明の病いとの壮絶な格闘の日々を送った。

疲れ果てた男は帰ってきた。そして、1音1音を抱きしめるように、頬ずりするように、慈しむように奏でた。途中、2箇所でミス・タッチするが彼はこともなげにリカバーした。会場でこの瞬間を目撃した私は背筋が凍りついた。キース・ジャレットが2年の「沈黙」のあいだに数えきれぬほど『ダニーボーイ』を演奏したにちがいないことが見てとれたからだ。そうでなければあのミスのリカバーはできるわけがない。

『ダニーボーイ』を繰り返し繰り返し奏でることでキース・ジャレットは疲れ果てたみずからの魂を解放したのであることに思いいたったとき、私は人目も憚らずに泣いていた。見れば、私の周りのオーディエンスのだれもが泣いていた。

2002年東京公演におけるキース・ジャレットの『ダニーボーイ』。これ以上の『ダニーボーイ』を私は知らない。そして、世界はささやかではあってもなにかしらの「やさしさ」を孕んでいるということを知った。


そして、ダニーボーイは帰還した。「失われた28年」を取りもどすために。
わが人生の同行者である虹子は彼女の青春期の真っただ中に私と出会い、以後、28年間、今日まで、放蕩放埓にかまける私を支え、かならず待っていて、かならず帰ってきて、見守りつづけてくれた。

口数少なく、つねに控えめで、二歩も三歩も私の後ろを歩き、私を支えつづけた女。金輪際、うそをつかず、裏切ることはもちろん、なにひとつ隠し事をしなかった女。28年前の冬からはじまったジェットコースター・デイズをともに生きてきた戦友でもある女。

不条理、理不尽に11時間待たされつづけた品川駅京浜急行改札口の朝と昼と夜、代々木の地下のバーを虹子はおぼえているだろうか? にがいだけのジム・ビームのソーダ割りを虹子は飲みほせたのか?「バーボン、バーボン」とおどける虹子の目にたまっていた涙のゆくえを見届けることもなく、ふりかえることもなく、足早に去った。

かなしいからさびしいから寒いからつらいから苦しいからおどけたのだということすらわからないほど未熟であさはかで薄っぺらだった。

虹子が人知れず流した涙と味わった孤独と困難と困憊と不安と悲しみと痛切と嘆きの総量を私は知る由もない。知ろうとさえしない28年であった。虹子の損なわれ、傷つき、失われた28年 ── 。

私は帰ってきた。パット・メセニーの『Travels』とゴンチチの『いちばん大事なもの』とキース・ジャレットの『My Wild Irish Rose』と『ダニーボーイ』を繰り返し繰り返し聴いた。本当の旅はこれからだと思った。虹子の「失われた28年」を取りもどすための虹子との旅だ。

旅の果て、旅の終わり。私の死に際の枕元での『ダニーボーイ』は虹子にこそ歌ってほしい。その『ダニーボーイ』は生涯最高の『ダニーボーイ』となるにちがいない。

火灯し頃。黙々と晩めしの支度をする虹子の細く薄い背中に声をかけた。

「おれがくたばるときは、枕元で『ダニーボーイ』を歌いながらずっと手を握りしめていてくれ」

虹子は包丁を動かす手を止めてこちらを振り返り、満面の笑みを浮かべ、「はい。もちろんです」と言ってうなづいた。そのあと、声をあげてその場に泣き崩れた。私の好物である大根と人参と油揚げの煮物のにおいが家中に漂いはじめた。

Danny Boy - Keith Jarrett
 
by enzo_morinari | 2018-11-24 04:36 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(1)

砕け散った心と夢のかけらをひとつ残らずひろいあつめて。

 
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いつからか、エッダ・デル・オルソが歌う『Once Upon a Time in America/昔々、アメリカで』の劇中歌であるエンニオ・モリコーネの『Friendship and Love』がずっと頭の中で鳴っている。小さな音で。静かに。消え入るように。霞むように。二度と取りもどすことのできない宝石のような思い出のように。

横浜馬車道の東宝会館で『Once Upon a Time in America/昔々、アメリカで』をみて以来のことだから、1984年以降ということになる。もう35年にもなるか。

1984年。若かった。嵐のような裏切りと諍いのただ中にあった。それまでおぼろげながらもあった世界と人間に対する信頼が木っ端微塵に消し飛んだ季節だった。世界は冷酷と裏切りと強欲と無関心とで出来あがっていることを知った。

世界と人間と未来は信ずるに値しないと確信するに至るつらい日々だった。だが、そろそろ「砕け散った心と夢のかけら」をひとつ残らず回収する頃合いだ。失われたもの、砕け散った夢、傷ついた心をいつまでも抱えているわけにはいかない。すべては過程の中のひとコマにすぎない。

母一人、子一人で育った。14歳、中学2年の秋に母親が死に、以後、一人で生きてきた。人間は狡くて、嘘つきで、陰険で、冷酷で、意地悪で、強欲で、汚いと思っていた。世界を怨み、羨み、妬み、憎んだ。世界は怯懦と不信と裏切りと卑劣と冷酷と残虐と狡猾と憎悪でできあがっていると思いつづけた。明日など信じられなかった。信じたくもなかった。

でも、そうじゃない。いやなことばかりじゃない。いやな奴らばかりじゃない。数少ないけれども、私が考えていた人間や世界の反対側に、深く鋭く強く熱く暖かく静かに豊かに健やかに、呼吸し、気持ちよく笑い、心の底から笑い、ダイヤモンドの涙を流し、いい風に吹かれ、いい風を送り、慈しみ、慈しまれ、些細なことに心ときめかせ、心ふるわせ、傷つきながらも生きている者たちがいる。

いま、ようやくにして信じようと思う。愛そうと思う。人間を。世界を。未来を。ささやかではあっても、愛し、愛され、思い、思われ、慈しみ、慈しまれる幸福を。

人間は信じるに値する。世界も信じるに値する。未来も信じるに値する。だから、生きつづけようと思う。生きつづけてほしいと願う。

東の空が白みはじめた。夜明けだ。幾千億回目かの朝がやってくる。幾千億回の朝がきてもなお、「僕らの場所」への道のりはまだ遥かに遠く細く険しい。遠く細く険しいけれども、「僕らの場所」への道筋は確かにある。はっきりと見える。

「僕らの場所」にたどり着くまでには幾度も2000トンの雨に打たれ、何度も本当の夏に本当のさよならをし、おいしく楽しく健やかなごはんをたくさん食べなければならない。明日、世界が滅びるとしても、今日、我々は林檎の苗を植えなければならない。

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 Edda Dell'Orso & Ennio Morricone - Friendship and Love(from "Once Upon a Time in America")
 
by enzo_morinari | 2018-11-23 09:40 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

トマス・アラン・ウェイツのTom Traubert's Bluesは聖歌である。『トマス・アラン・ウェイツの百年の孤独な夜』とはまた別の寒い冬の夜

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ヨレヨレヘロヘロで傷だらけだが、月のせいではない。T-A-W
Swagmanよ、Waltzing Matildaよ。一緒に放浪するやつはみつかったのか? E-M-M

心もからだも冷える寒い夜にはトマス・アラン・ウェイツの『Closing Time』と『Small Change』と『The Heart of Saturday Night』を繰り返し聴く。そして、強い酒を飲む。E-M-M

くたばる前にトマス・アラン・ウェイツと一緒にJockey Full of Bourbonを飲みたいが、Jockey Full of Bourbonはないし、いくら呼んでもトマス・アラン・ウェイツは来ない。


冬の夜、トマス・アラン・ウェイツの『Tom Traubert's Blues』をエンドレス・リピートで聴きながら、凍える指先に息を吹きかけながらタイピングしていたら、不意と塩味のダイヤモンドがぽろぽろこぼれてきた。その塩味のダイヤモンドのわけは、今、この瞬間、この指先の凍える冬の夜を迎えている多くの、そして名も知らぬ人々もまた、指先に息を吹きかけ、北風にふるえ、オーバーコートの襟を立て、空腹ひもじさに困憊しているのだという事実、人間だけでなくすべての生きとし生けるものが寒さにふるえ、白い息を吐いているのだということに思い至ったからだった。親和欲求のない私がそのような事態になることは容易には信じがたかったが、すべてはSwagmanとWaltzing Matildaのせいだろう。冬の夜には実に色々なことが起こる。

世界中のすべてのSwagmanと、困憊のただ中でふるえるものに、ひとかけらのぬくもりがもたらされればいい。家なき人々に一足の毛糸の靴下と手袋とマフラーがそっとプレゼントされればいい。今夜の月のように世界がやさしさを孕んでいればいい。

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Tom Traubert's Blues (Four Sheets to the Wind in Copenhagen)/Thomas Alan Waits (1976)
 
by enzo_morinari | 2018-11-21 17:57 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

発狂時限爆弾/発狂ガス室

 
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クソ田舎/ど田舎に暮らすそのキチガイ女/触法精神障害者は現在、極度の興奮状態にある。当然、キチガイ女/触法精神障害者は自分の危機に気づいていない。いずれ、近い将来に破滅の大団円が訪れるが、最早、手の打ちようはあるまい。おそろしいのは、そのキチガイ女/触法精神障害者が野放しになっていることである。野獣は調教できるが、狂人/キチガイは閉じこめておくか自死を待つほかに手はない。

自己増殖する肥大した自我/発狂時限爆弾は霧の深い夜に炸裂する。
 
by enzo_morinari | 2018-11-20 17:16 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

ニューヨーク・シティ・セレナーデの頃

 
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ニューヨーク・シティ・セレナーデの頃、困難な航海から帰って間もない風に乗って南から来た男、ミスター・アーサー・フラミンゴはすべてがOKになるまで航海中に起こった出来事について延々と後悔を並べた。かたわらにピンクの航海日誌を置いて。

風に乗って南から来た男、ミスター・アーサー・フラミンゴは「東京芝浦沖のEMI POINTで死にたい」とまで言った。気持ちはわかるけれども、悪いことばかりではない。死んで花実は咲かないし、死んでしまったら元も子もない。喜ぶのは葬儀屋と生臭坊主と墓石屋と仕出し屋とジョシダイセーだけだ。

当時の私はジョシダイセーなる珍妙奇天烈な生きものは一人残らず死ねばいいのにと思い、願い、行動した。伊豆の山奥で3回、千葉の山奥で2回、西湘バイパスで5回、ジョシダイセーを置き去りにした。いずれも、真夜中。いずれも生還したらしいが、真偽のほどは不明だ。生きて還ったとするならば、まことにしぶとい奴らだ。ゴキブリよりしぶとい。ブルトニウムもセシウムもガブガブいっちゃうような奴らだ。毎秒100シーベルトの放射線量の環境下でも生き残る。ゴキブリホイホイに毛の生えたような家に住んでいればいいのに。いや、いっそのこと福島のF-1, F-2, F-3, F-4の核燃料デブリの後始末をやらせればいいのに。つまり、死ねばいのに。

脳みそがananとnon-noとOliveとTOPSのチョコレート・ケーキとブランドとキタムラのバッグとミハマのポンポン靴と3K願望とグーグーガンモとガンモドキとニンゲンモドキとスライムと「エーッ! ウッソー! ホントー? シンジランナーイ!カワイイッ!」で出来上がっているジョシダイセーどもはのちにワイドショーねたに日も夜もないバカ主婦へと変体し、日々、暮らし自慢、ナンセンスなセンス自慢に邁進し、いまも世界に蔓延って日夜ポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊ぶりをさらしている。

いくら気取ったことを抜かしてもお里は知れている。バカ主婦どもに集中的に隕石が堕ちればいい。バカ主婦どもだけにパンデミックが起こる感染症の病原菌がアウトブレイクすればいい。この国をダメにしているのは木っ端役人とバカ主婦どもである。



Arthur's Theme (Best that you can do) - Christopher Cross (1981)
 
by enzo_morinari | 2018-11-19 13:13 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

ヰタ・セクスアリス My First Love, My First Lost Love.

 
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初めてオマソコと言ったのは小学校に上がる前、3歳の春だった。そのときのことは今でもあざやかにおぼえている。森幼稚園のレイコ先生に園庭のブランコの脇で言った。レイコ先生は顔を赤らめた。「なんでオマソコって言ったら赤くなるの?」と言ったら、レイコ先生はさらに顔を赤くし、白くていい匂いの手で私の口を塞いだ。

レイコ先生の手はカトレアの匂いがした。レイコ先生はカトレアの花みたいなひとだった。次の年、レイコ先生は結婚し、森幼稚園からいなくなった。悲しかった。世界なんか跡形もなくなくなってしまえばいいとさえ思った。強く激しく思った。

日が暮れるまで園庭の隅のブランコをずっとこいでいた。日が暮れてもこいでいた。レイコ先生の白くていい匂いの手のことを思いだしながら。レイコ先生が私を膝の上に乗せて、透きとおった声、幾百万の鈴が一斉に鳴っているような声で『赤とんぼ』を歌いながらブランコをこいだときに背中に押しつけられていたレイコ先生のやわらかな乳房の感触を思いだしながら。泣きながら。ブランコをいくらこいでもレイコ先生の匂いはせず、レイコ先生の乳房はなかった。My First Love, My First Lost Love…

高校2年のときに街で再会し、晩ごはんをごちそうしてもらい、メイク・ラブをした。レイコ先生のオマソコはキャマンベールの匂いがした。やっぱり、手はカトレアの匂いがした。とてもレイコ先生の匂いがかぎたいが、レイコ先生はとうの昔に死んでしまったからかぐことはできない。かわりに大きくて華やかで匂いの強いホワイト・カトレアをひと鉢買おうと思う。

レイコ先生がつけていたフレグランスの名前はいまだにわからない。42個ある未解明の問題のうちのひとつだ。残り少なくなった持ち時間で解明できればいいが。レイコ先生が訪ねてくれればいいが。


First Love - 宇多田ヒカル
 
by enzo_morinari | 2018-11-18 15:34 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)