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カテゴリ:沈黙ノート( 132 )

誤字脱字だらけの寝言たわ言なうえに、てにをは/句読法/修飾法をはじめとする言語表現の基礎技術が未熟な者に「知性」言われてモナー。加藤”単独者”周一が曲がったヘソでドクダミ茶わかすモナー。

 
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反知性とは無関心、そして、すべてを善意と良心と常識とモラルで回収しようとする怠惰である。ML - K


Super Intelligence 1
Super Intelligence 2
Super Intelligence 3
 
by enzo_morinari | 2019-05-26 21:44 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

パースペクティブ/パラダイム/エピステーメーのない木偶の坊頬かむり下衆外道の居残り佐平次ごときうすらバカが歴史修正主義がどうの国益が滑ったの転んだのとほざくな!

 
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口先舌先三寸の進歩派(気取り)/インテリ(ぶりぶり)、しかして、その中身は姑息な保守反動/守旧派の反日の国賊/一貫性整合性のない眉唾者。それが木偶の坊頬かむり下衆外道の居残り佐平次。うせやがれ!


毎度毎度、木偶の坊頬かむり下衆外道の居残り佐平次の御託能書き寝言たわ言はちゃんちゃらおかしてくて屁も出ない。文句があるならKimtty Hwabyeongの国へ帰りやがれ!
 
by enzo_morinari | 2019-05-22 11:49 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

沈黙ノート/民俗の十字軍はなにゆえに酔漢としてキャメルイエローのロールスロイスのリムジーンに乗って帰還し、悲しくてやりきれない気持ちをかかえたまま仏ヅソ河を渡ったのか?

 
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心の耳でなければ聴きとれない音楽がある。Forest Seeker


ザ・フォーク・クルセダーズが歌っている『イムジン河』(作詞 朴世永/作曲 高宗漢/日本語訳詞 松山猛)はいわくつきの楽曲だ。東芝音楽工業(のちの東芝EMI→EMIミュージック・ジャパン)から発売される予定だったが、政治的配慮から発売中止された。なにが政治的配慮だ。忖度か? 斟酌か? 酌量か? ただ臆病風に吹かれ、小心姑息なだけだろう。腰抜け腑抜けめがよ。原発音頭でも出してチャンチキオケサやってるがお似合いだ。

ザ・フォーク・クルセダーズの『イムジン河』は、すでに13万枚が出荷されていたが、3万枚が未回収に終わった。未回収分3万枚のうちの1枚が貧乏長屋の仏壇の抽斗に入っていた。

イムジン河。知らない河だった。ポータブル・レコードプレイヤーで聴いた。悲しげな旋律曲調。水鳥は自由にイムジン河を越えて飛んでいけるのに自分はイムジン河を渡れないという歌詞がこども心にもたいそうしみた。ボリュームを大きくして聴いていると、貧乏長屋の住人のうちの何人かがやってきて、聴かせてくれというので四畳半の狭い部屋に入れてやった。

会津ほまれや白い酒(いま思えばマッコリかどぶろくだったんだろう)や焼酎や理研の人造酒/合成酒やトリス・ウィスキーやサントリー・レッドで酒盛りがはじまった。来訪者どもは『イムジン河』を何度も何度も聴きながら、朝鮮漬け(キムチ/カグテキ/ナムル等々)や唐辛子まみれの魚介やお好み焼き(チジミ)を肴にして飲み、食い、大声でくっちゃべり、ハングルで怒鳴り合い、歌い、泣いていた。ヨッパライ酔いどれ酔漢どもは小学生の私に酒をすすめた。ふざけたやつらだったが、たのしかった。やつらとはたのしい思い出しかない。

貧乏長屋には在日朝鮮人/在日韓国人が大勢住んでいたのだとわかるのはずっとあとだった。「文句があるなら国へ帰りやがれ!」と言うと、「おまえらに連れてこられたんだよ!」と言い返してきた。満面の笑顔で。「おまえらのアボジ/オモニ、ハラボジ/ハルモニが日本に連れてこられたとき、おれは産まれてねえよ!」と言うと、「わかってるよ。もう終わったことだ」と言ってすごくさびしそうな顔をした。そのさびしげで悲しそうな顔を見ると瞼が強く押された。いまもはっきりとおぼえている。大酒と貧弱な食生活と重労働が祟ったんだろう。どいつもこいつも若死にした。気が向くと久保山の墓地にお参りにいき、マッコリとキムチとムクゲの花を供える。そして、『アリラン』『トラジ』、そして『イムジン河』をいれたCD-ROMをかける。昭和の貧しくも楽しかった日々がよみがえる。

バイアスのかかった退屈で辛気臭くてつまらぬ100万言の言説よりも3分足らずの歌のほうがはるかに強度がある。心を打つ。魂が抜け、心の耳を持たぬ居残り佐平次やアメンボ小僧のたぐいの輩には聴きとることはできまいが。


イムジン河 ザ・フォーク・クルセダーズ (1968)

悲しくてやりきれない ザ・フォーク・クルセダーズ (1968)
 

 
by enzo_morinari | 2019-05-11 09:10 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(1)

沈黙ノート/鳥肌ことば、サブイボことば、GOOSE BUMPS WORDS

 
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すごい、てゆーか、みたいな、じゃないですか、語尾上げ、~なんですけどぉ、聞いた話ですがetc

20年以上も昔々の大昔、旧石器時代のすぐあと頃。日本にインターネットの大波が押し寄せて厚底靴だのガングロだのAVEXだのコムロ一味だのドスコイ浜崎あゆみだのが世にのさばり始めた頃から、鳥肌ことば/サブイボことば/GOOSE BUMPS WORDSと呼んでいる一群の言葉がある。それらはもっぱら「話し言葉」の中にある。

クールにスマートにファニーにファンキーにインテレクチュアルにビートきかして言葉が乱れるのは大歓迎だが、気色悪いのや愚かなのは願い下げである。日本放送協会アナウンス室のひとびとが話す言葉にしたところで、日本古語からすれば乱れに乱れているわけであるし、その混乱の様相もまた「時代」のうねりの象徴であることを思えば、まんざら否定すべきでもないように思える。だが、その混乱の中にあってさえ「気色の悪いことば」はある。その代表が表題に掲げた「すごい」「てゆーか」「みたいな」「じゃないですか」「語尾上げ」「~なんですけどぉ」、「とか」「たり」、文頭話頭になんらの前段、前置き、脈絡なく、いきなり、「なので~」、そして「聞いた話ですが」だ。

言語はパズルのごとき側面を持っていて、各品詞の組み合わせで成り立つ。名文、悪文の分かれめは、おおむね順列組み合わせの如何にかかっているとも言える。

用言止めと体言止め、どの接続詞をもってくるか、どの助詞を使うか、「だ」にするか「ある」にするか「じゃん」にするか「~っての!」にするか。修辞学上の用語で言えば、倒置法、婉曲法、迂言法、緩叙法、畳語法、押韻、同語反復、撞着語法、擬態法、列叙法、逆説、照応、暗喩、隠喩、直喩、換喩、声喩等々。

技術としての言語表現はこれらの組み合わせ方、用い方によってその良し悪しが決まるが、「鳥肌ことば」はこれらのいずれともかかわりのないところで気色悪いのだ。

まず、「すごい」。「すごい」は形容詞である。形容詞が修飾することのできるのは名詞だけだ。「すごい速さ」とは言いえても、「すごい速く」とは言えない。「速く」という副詞を修飾したければ「すごく」「おそろしく」「すさまじく」などの副詞を用いなければならない。同様に、「すごい速い」とも言えない。「速い」を修飾したければ「すごく」をもってこなければならない。副詞は他の副詞と形容詞と動詞を修飾するからである。馬鹿テレビ局の中には発言者が正しく「すごく」と言っているのに御丁寧愚かにもテロップでわざわざ「すごい」に改悪しているところさえある。

私は形容詞と副詞の使い方でほぼその人物の人となりを判断する。スカタンやボンクラやヘッポコやなまくらやマクナマラやハクナマタタやデクスタ・ゴドンや木偶の坊はそれだけの形容詞、副詞しか使わないからだ。

誤謬まみれの「すごい」を連発するひとびとのメンタリティを考えてみると、かれらは一様にみずからの発語を強調したいかに見える。その流れの中で「超○○」も登場したのだろう。もちろん、かれらの話す内容には強調すべきものはいささかも含まれてはいない。さらに言えば、かれらの話す言葉には中身がない。からっぽである。かれらの中にあるのはぼんやりとした「思い」だけだ。その「思い」の強さを伝えたいがためにかれらは「すごい」「超」を接頭語として乱発するのだろう。だが、お生憎さま。この世界にはすごいことも超越超絶なこともほとんどない。(「てか」、おまいらの話は、「すごい」「超ムカつく!」みたいな。)

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「てゆーか」は「てか」にまで変体してきている。「というか→ていうか→てゆーか→てゆっか→てゆか→てか」といった変遷の道をたどって今日に至っている。「てか」はいずれ「っか」にまで変体してゆくだろう。

この鳥肌ことばを準備したのは「~って」である。「それって」「これって」「あれって」も同類と考えてよい。
本来は「Aというよりも反Aである」「Aというよりも非Aである」の「というよりも」の部分が「てゆーか」乃至はその亜種にあてはまる。ところが、「てゆーか」乃至はその亜種は当然に語られているべき「A」の存在なしに突如として現れる。宵闇の辻に突然出現する辻斬り、刺客のように「てゆーか」乃至はその亜種は現れるのだ。これにはめまいをおぼえる。

「すごい」「てゆーか」「超」は本来の機能とは離れて、接頭語、虚詞の意味あいを持ちはじめた。なんでもかんでも強調したいという自我と薄ぼんやりとした「思い」に引き裂かれながら、これらの鳥肌ことばはこれからいったい、どこへ向かおうとしているのか?

その意味で、「みたいな」もまた薄ぼんやりとした「思い」を伝えるために出現したと言える。「~みたいな空」とか「~みたいな人」という用法ならばよい。しかし、「~みたいな」で止めるのはあきらかにまちがっている。卑怯者の言いまわしにほかならない。

私の記憶によれば、「~みたいな」を得意げに使いはじめたのはトンネルズの石橋貴明というヘッポコボンクラスカタンである。おそらくは秋元康あたりのあざとい輩一味のあいだで楽屋話的不潔さのうちに語られていたものがついつい露出したのだろう。

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困惑するのは「じゃないですか」である。初対面にして「私は一平ちゃんの屋台の焼きそばが好きじゃないですか」とじゃないですかちゃんはのたまうのだ。語られたことの事情経緯背景について一切の予備知識のない私に「じゃないですか」と訊かれても答えようがない。答えようがないのはじゃないですかちゃんもわかっているはずなのに「じゃないですか」という。これには肯定も否定もできない。

お返しに「あなたは一平ちゃんの屋台の焼きそばが大嫌いだ!」と言ってやる。言われた当の本人はあからさまに混乱する。ざまあみろである。「じゃないですか」についてはさらに観察と分析をつづけようと思う。

そして、いまや老若男女を問わずのさばっているのが「語尾上げ」だ。肯定文の語尾を上げると疑問文になる。だが、ここでいう「語尾上げ」は疑問文とはあきらかに異なる文脈の中で行われている。語尾上げさんはどこか得意げに「語尾上げ」をしている。語尾をあげることがファッショナブルだとでも考えているのだろうか?

はっきり言ってしまおう。「語尾上げ」はやめるべきだ。バカにみえるだけである。ついでに言っておくと、ファッショナブルなことはぜんぜんかっこよくない。かっこいいというのはなんてかっこわるいんだろうと言った詩人がいたことを想起しなければならない。

「聞いた話ですが」といったたぐいの前置きがある時点で私はその話をスルーする。聴いているふりすらしない。どこのだれともわからぬ者によって話された話に耳を傾けるほど私はお人好しではない。「聞いた話」など聞きたくもない。同様に「誰それが書いていますが」だの「読んだ話ですが」だの「(インターネット/YouTube/ニコ動/インスタ/テレビ/ラジオで)見たんですけど/聞いたんですけど」という前置きのある話にもまったく興味がない。本に書いてあることなら書名と著者名の情報を正確に伝えるだけでよい。引用は簡潔にシャープに。誤字脱字言いまちがいなく。

私が聞きたいのは生の、手づかみの、赤むけの、リアリティのある話だ。直接、「見た」「嗅いだ」「喰った」「聴いた」「触った」「入れた」「出した」「やった」「殴った」「殴られた」「考えた」という話には全存在をかけて向き合う。人生も世界も直接の経験、実体験からできあがっている。その余のことどもはすべてたわ言にすぎない。

芥川龍之介は「とても」の濫用に対して強い不快感をあらわにした。芥川龍之介の自死の遠因は「とても」の濫用にあるとさえ考えている。

「とても」は本来、「とてもかても」といった用いられ方をするのであって、「非常に」「おおいに」「すごく」とは異なるというのが芥川の言い分である。「とても大きい」という用法は誤りであるというのだ。「僕”が”はじめて彼に会ったのは」と言えずに「僕”の”はじめて彼に会ったのは」と言わざるをえなかった芥川の言葉へのナイーヴさはとてもかても参考になる。「が」ではなく、「の」。

われわれは「ことば」に対してもっとナイーヴにならなければならない。ナイーヴな街にあるナイーヴな肉屋のナイーヴなロースハムが売り切れていようといまいとだ。

2000年の正月、NHKで「史上最大の発明」について各界各層の意見を集めた番組をやっていた。ダントツの一位は「言葉/文字」だった。予想どおりではあったがその「史上最大の発明」が蔑ろにされていることを思い、とてもかてもヤバめに複雑な気分ではあった。

「女子会」だの「オサレ」だの「○○め、●●げ(ヤバめ、ヨサげ)」「ムズい」だの「ウザい」だの「肉食系/草食系」だのについては言わずもがな、語るに落ちずということでもはや言及しない。これ以上はヤバめだし、このあたりでやめたほうがヨサげだ。ウザくてムズい話になってきたのでこのあたりで打ち止めみたいな。

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by enzo_morinari | 2019-05-06 05:34 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

北へ帰る旅人ひとり 涙流れてやまず/弓折れ矢尽き、尾羽打ち枯らして都落ちし、困窮困憊の果てに北の国の故郷に帰還する世界で一番憎んでいた男/生物学上の父親の心中をイマジナシオンする。

 
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窓は夜露に濡れて 都すでに遠のく
北へ帰る旅人ひとり 涙流れてやまず
夢はむなしく消えて 今日も闇をさすらう
遠き想いはかなき希望 恩愛我を去りぬ
今は黙して行かん なにをまた語るべき
UDA-HIRO


月に数度やってくる冥い貌をした男。世界で一番憎んでいた男/生物学上の父親だ。そのたびに、百円札を1枚わたされて貧乏長屋を出た。夕方まで帰ることはできない。母親を抱きにきたことはわかっていた。公園や図書館や本屋や港で時間をつぶした。いつか殺してやろうと思っていた。思いつづけた。私に背を向けていたのはおなじ方向を見ていたからだとゆるしかけたこともあったが、元の木阿弥。怒りと憎しみは日を追うごとに強くなり、深まった。

生物学上の父親への憤怒と憎悪は自分のレーゾンデートルであるとさえ考えて生きてきたが、首吊りの足を引っ張るのは下衆外道のやることである。首吊りどころか、とうの昔に死んでいるのだから。葬送/野辺送りにも背を向け、墓参りさえ行っていない。だが、もうそろそろ手仕舞いの頃合いだ。生物学上の父親がもがき苦しみ、のたうちまわり、青春時代のすべてを捧げ、命を差しだし、血煙をあげて走り抜けた昭和はとっくの昔に終わっているのだ。

ついては、生物学上の父親が涙をぽろぽろこぼしながら歌っていた『北帰行』を小林旭の歌唱で繰り返し繰り返し聴きながら、弓折れ矢尽き、尾羽打ち枯らして都落ちし、困窮困憊の果てに北の国の故郷に帰還するときの生物学上の父親の心中をイマジナシオンすることにした。生物学上の父親が涙をぽろぽろこぼしながら『北帰行』を歌っていたシーンはたったひとつだけの生物学上の父親にかかる「いい思い出」でもあるから。さらには、若き生物学上の父親がほぼ同世代の宇田博が作詞作曲した『北帰行』の原曲である『旅順高等学校寮歌』を愛唱していたかもしれないと思うと胸に迫るものがある。

北の国の地方都市の旧制中学卒業後、かかえきれない夢や希望や野心を胸に上京して都の西北へ。そこまではいい。容易に想像がつく。戦争がすべてをかえた。繰り上げ卒業し、仙台で入隊。選抜され、梅機関の特務機関員となる。梅機関時代の数年については生物学上の父親は黙して語らず、墓場に持っていった。ただ、一度だけ、「戦争に青春を踏みにじりられ、めちゃくちゃにされた。戦争がおれのような化け物をつくった」と言ったことがある。一度きり。眼は憤怒と憎悪の焔でめらめらと燃えていた。どこかでみたことのある眼。鏡に映る私の眼とおなじだった。あとはたずねても黙して語らず。そのように訓練を受けたんだろう。

中国大陸で悪逆非道のかぎりをつくし、C級戦争犯罪人としてニューギニアのジョスンダで終戦。現地処刑のはずが、なんの因果か悪運か、虜囚の辱めを受けたのちに命からがら祖国に帰還。最終軍階級は大日本帝国陸軍大尉。以後、復員軍人の常どおり、「おあまりオマケの人生」を無頼に生きる。厚生省(現厚生労働省)に生物学上の父親の軍歴を問い合わせても「回答できない」の一点張り。隠蔽の意図はあきらかだった。特務機関員の戦歴軍歴を教えるわけがないのは当然のことだ。国家の安全保障に優先するものはなにひとつない。それが国家意思である。生物学上の父親が愛読していた改造社版のニーチェの『権力への意志』には端正な字で「国家意思はすべてに優先する」という生物学上の父親の書きこみがある。

おとなになってから、野毛の飲み屋で生物学上の父親と飲食しているときに「官僚は国家意思の体現者か?」と問うたら、「ちがう」と即答した。

「それなら、官僚をぶち殺しても国家意思に背くことにはならないな?」
「ならない。やるときはおれにも声をかけてくれ。まだ腕におぼえはあるから。」
「おれは仕事はすべてひとりでやるのが流儀なんだ。」
「ふん。よく似てる。似なくていいところまで。」

生物学上の父親はそう言って声を立てずに笑った。なんて親子だと思った。

大学の先輩筋にあたる河野一郎との出会いが「陽のあたる明るい表通り」を大股で大手を振って歩くきっかけとなる。「おあまりオマケの人生」に別れを告げて。河野一郎邸に出入りしていた当時書生の海部俊樹について、よく「痘痕づらの愚かな田舎者」と吐き捨てるように言っていた。

手がけた事業はことごとく成功する。高度経済成長の時流にうまうまと乗って巨万の富を手にいれる。しかし、あえなく、コケる。要因は山っ気と放蕩。つまりは、酒と女と博打。すべてを失う。そして、故郷の室蘭に帰還する。生物学上の父親は再起を期して捲土重来し、またもやビッグチャンスをものにするが、やはり、ついえる。強い希死念慮に苛まれ、実際に神楽坂の待合いで自殺未遂を起こしている。

夜行列車に揺られながら、生物学上の父親はなにを思っていたか。青函連絡船上で荒れる津軽海峡を目にしてなにを思ったか。青函連絡船もいまはない。

昭和が終わって30年余。昭和の次の平成も終わる。恩愛。そして、恩讐。『北帰行』をあと100回聴かなければその先はわからない。聴こう。酒も飲もう。酒ぐれ、酔いどれてしまおう。いっそのこと、あすあたり、神谷バーで電気ブランをかっくらうか。神谷バーにはいまもかわらずスローな時間が流れていればいいが。


明日はいずこの町か 明日は異郷の旅路か…


北帰行 小林旭 (1961)
 
by enzo_morinari | 2019-04-18 01:57 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(1)

沈黙ノート/創らず、言い繕い、寛ぐことができず、轡を嵌められている知性教養皆無、品性下劣にして品格とは無縁の林真理子というおぞましき輩

 
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おうちを買って住宅ローンかかえて、ソコソココソコソ生きよう。意志の中心が空虚なメタルのドーナツ小僧


泡劇場の最初期。1980年代後半。ビートたけしのマシンガン・トーク全盛時代。どうということのないトーク番組の収録現場。

『最終便に間に合えば』で直木賞を受賞後間もない林真理子。時代の寵児づらをして気色の悪いけばけばしい厚化粧と金輪際似合わない華美にして下卑たブランド物の服は、その日が林真理子にとって苦悩と苦痛の日になることを暗示していた。

林真理子については無名時代から上昇志向の強い知性も教養もない品性品格とは無縁の卑しく醜悪なる魂の持ち主/クソ田舎のウルトラ級のどぐされた糞ブス不細工という評価が定着していた。林真理子を取り立てた糸井重里への取り入りかたは度外れていて、尋常ではなかった。はたから見ている者にとっては不愉快きわまりなかった。その後の林真理子の跳梁跋扈については糸井重里にも責任の一端がある。

林真理子が直木賞をとったとき、広告批評の天野祐吉は「これで日本の知の底は2段3段下がった」と言い、深々とため息をついた。広告批評2代目編集長の島森路子も激しく同意していた。ふたりともすでに鬼籍入りしている。ゴミカスは無様に恥知らずにツラの皮厚く生き残り、善きひとは死ぬ。なんてことだ。まったく。

遅れてビートたけしが登場。そのときの林真理子の挙動不審ぶりは見ものだった。顔面に激しいチックが起こっていた。特に左眉の周辺の痙攣がすさまじかった。しかし、本当の見ものはそのあとだった。

ビートたけしが林真理子の真正面に座ったときから、林真理子の媚び諂いおべんちゃら劇場は幕をあけた。ビートたけしを見れば、あからさまにうんざりしていた。

休憩時間。ビートたけしはフロア・ディレクターを呼び、小声で言った。

「あのおねいちゃん、だいじょうぶかよ。見ちゃいられない。かわいそうすぎる」

ぺこぺこと赤ベコの張り子人形のような動きをするフロア・ディレクター。休憩後、林真理子の媚び諂いおべんちゃら劇場はなおもつづいた。スタジオの温度はまちがいなく5度下がった。だが、残酷にも収録はつづき、林真理子は滝のような汗をかき、服は汗で体に張りついて見ちゃいられない有様。

その林真理子がNHK大河ドラマの原作者となり、あろうことか紫綬褒章受章、有識者(林真理子が「有識者」なら、萩本の欽公はアメリカ合衆国大統領、老害明石家さんまは国連事務総長だってのよ!)として新しい年号選定にかかわった。ルンルン気分にはほど遠い末法の世になったものだ。キビダンゴなんぞ、創らず、言い繕い、寛ぐことができず、轡を嵌められている知性教養皆無、品性下劣にして品格とは無縁の林真理子といっしょに半笑いでルソン壷に詰めこんでルソン島に捨てちまえ!
 
by enzo_morinari | 2019-04-13 20:26 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(3)

書物の解体及び終焉と記憶力/再起力とマドレーヌ現象による記述(イタコ書き)

 
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この世は夢よ。ただ狂へ。ただ遊べ。Ryo-Can
なんでもあることはなんでもないことであり、なんでもあるのはなにもないことである。En-Zo


承前
私は20代の半ばくらいからほとんど本/書物/書籍を手にしていない。つまり、読書をしていない。手持ちの本/書物/書籍はすべて処分した。その数、33125冊。他者の手が触れ、唾液や皮膚片や毛髪や体毛や体液が付着した感染症源であるセカンドハンズの本/書物/書籍を扱う古物商には売却せず、切り刻み、断裁し、焼却し、廃棄した。最後には唾棄さえした。本/書物/書籍を憎み、忌み嫌っていたからだ。

本/書物/書籍に対する憎悪と憤怒は十全には解明できていない。しかし、インクと紙とステルス・マーケティングとニッパン/トーハン/大手出版社/電博エージェンシーら大手広告代理店どもが形成する出版マフィアによって生みだされる本/書物/書籍への憎悪と憤怒は日々時々刻々いや増している。書店もセカンドハンズの本/書物/書籍を扱う古物商も嫌いである。両者とも出版マフィアの提灯持ち/お先棒担ぎ/女衒幇間であると了解している。この者どもはアジアと南アメリカの森を殺戮虐殺する大罪人/極悪人である。あまたある図書館もまた、どこのだれとも知れない者の手が触れ、唾液や皮膚片や毛髪や体毛や体液が付着した感染症源である本/書物/書籍があるから、調べもののために必要にかられて仕方なく利用するときはマスクの装着等々の感染症対策に万全を期す。

図書館が出版マフィアと結託し、なれあいの関係にあることは周知の事実である。莫大な税金を投入されている図書館にある本/書物/書籍のほとんどは駄本悪本醜本だ。調べもののために図書館が所蔵する古書典籍に頼るというが、それらは無駄で愚かな行為である。古書典籍に記録されていることどもはすでにして終わったコンテンツなのであるから、なんらの意味も価値もない。図書館にある古書典籍で居酒屋の嚆矢が浅草金龍山浅草寺際の茶漬け屋の奈良屋とわかったから、だからどうした八百屋の五郎ということだ。居酒屋の嚆矢が判明したところで腹はふくれないし、放射線量は減らないし、木っ端役人どもによる不逞はなくならないし、糞の役にも立たない。アレクサンドリア図書館の消失は途轍もない損失だが、現代の”利権の巣”のひとつである図書館などには微塵の価値もない。集中的に燃えてしまうことを願っている。アレクサンドリア図書館当時の言葉の価値と現代の言葉の価値には雲泥のひらきがあるのだ。愚にもつかぬ雑誌が年間に数千万発行されることでアジアと南アメリカと発展途上国の森がどれだけ消えるか考えろ!

現在、手元にある本/書物/書籍は辞典の明解さんと大辞林と中国故事事典と江戸東京学事典(1988年版)の4冊のみ。本/書物/書籍に関する考えの一端は、直前の『ウィリアム・モリスの森/書物の終焉』ですでに記述してある。

記憶力と再起力
母親と生物学上の父親はいずれもいい記憶力の持ち主だった。私も記憶力のよさを言われつづけてきた。遺伝的な形質だろう。記憶力は主に憶える力と思いだす力、つまり、グリップ力と引き出しから引っ張りだす力ということにでもなるのだろうが、私は早く憶え、早く正確に引っ張りだせる。ただし、記憶力などというものにはなんらの価値も認めていない。いやなこと/忘れたいことも当時のまま鮮明に記憶していることは苦痛である。記憶力をうらめしく思ったことは何度もある。私には水に流す/なかったことにする/ほとぼりがさめるという仕組みがない。そんな人生だ。

遅いか早いかはたかだか100年足らずしか生きない人間にはなんらの意味も持たない。反復継続でだれもが記憶できるわけであるから、数時間でグリップできることと10年がかりで息も絶え絶えにグリップすることのあいだに差異はない。サルに150億年タイピングさせればハルキンボ・ムラカーミのレベルのものは書く。

マドレーヌ現象による記述(イタコ書き)
書き出しとタイトルが浮かぶ。テキスト・エディタにそれを書く。あとは勝手に指が動いてタイピングする。そうとしか言いようがない。自動書記。いわば、イタコ書き。ひととおり書いたら、読みなおす。徹底的に推敲する。誤字脱字/文法上の誤謬/句読法の誤用を排除する。削る。書きたす。書きなおす。言いまわしを変更する。より美しい修飾/気の利いた修辞に置き換える。これら一連のエディトリアルが書く作業でいちばん力点を置くところだ。

遊び場としての言語表現
私にとって書くという行為は遊びである。だから、時さえ忘れて書くことに没頭できる。生まれてこの方すっとだ。一般的に勉強といわれていることも私には遊びである。私にとっては、新しいことを知るというのはすべて遊びだ。平凡社の世界大百科事典はいい遊び相手/遊び道具だった。20回以上通読している。

ことほど左様に、書くこと/読むこと/考えること/見ること/聴くこと/食べること/飲むこと/イタすこと/着ること/履くこと/殺すことのすべては遊びである。遊ぶヒト(ホモ‐ルーデンス/Homo Ludens)でもある人間としてはごく自然なことであると考えている。


記憶をめぐるSpin-off
2013年2月29日午前3時2分の『Late For The Sky』
 
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われわれはナイフとなって村々の果実に侵入する。Saint-Pol Roux


私はほとんど眠らない。正確には15時間くらいに1度、40分から50分ほど眠る。この眠りはとても深い。私の眠りは徹底的に深く、地震が起きようが火事場で泥棒がチャンチキおけさを歌って踊ろうが雷が鳴ろうが親爺が怒鳴ろうが目覚めない。

3.11の大震災のときはちょうど眠りについていた。猛烈な揺れに慌てた虹子が私を起こそうと叩いたり蹴飛ばしたり水をぶっかけたりしたが私は起きなかった。そのときの揺れは本当にひどいもので、70kg近くもあるKRELLのパワー・アンプがオーディオ・ラックから飛び出すほどだった。それでも私は目を覚まさなかった。それほど私の眠りは深い。

私は起きているときは常になにかを考えているか思い出しているか思い描いているか書いているか読んでいるか聴いているか味わっているか触っているかメイク・ラヴしているかだ。大脳辺縁系はいつもフル回転、フル・スロットル状態である。ぼーっとすることなどない。

私の大脳辺縁系ならびに大脳新皮質では私乃至は私の周囲・周辺で生起するあらゆる事態、事象、現象を常に計測し、観察し、記憶し、解釈し、言語化することが行われている。そして、ここが厄介なところなのだが、私は1度記憶したことを決して忘れない。忘れようとしても忘れることができない。その記憶にまつわる関連情報もいっしょに記憶する。それらがなにを意味し、私にとって危険か安全か有意か無意か快か不快かといったことも含めて記憶してしまう。そして、決して忘れない。事象やら現象が生起した当時のまま、新鮮なまま記憶は残る。時間が経っても変化はない。

私の記憶に経年劣化はない。おぼろげになったり曖昧になったりしない。鮮烈鮮明なまま。鮮度はそのままだ。100の喜びは100のまま、100の怒りは100のまま、100の憎しみは100のまま。

私の怒りを買った相手がほとぼりも冷めた頃だろうと考えて私にコミットメントしてこようものなら私は峻烈きわまりない怒りをその相手にぶつける。ゆえに、私は一度嫌いになったもの、不快に感じたコト/モノを断じて赦さない。これが「手加減なし。容赦なし」という私のスタイルの元となっているものと考えられる。そう。私には「ゆるす」「水に流す」「なかったことにする」という仕組みがないのだ。

いかなる謝罪も贖罪も私には意味を持たない。これはどうしようもない。私を突き動かす大脳辺縁系ならびに大脳新皮質は一度「答え」「結論」を出してしまえば、のちにその「答え」「結論」が編集、修正されることはない。「情けをかける」あるいは「酌量する」ということもない。0か1か。まさにディジタルである。私の大脳辺縁系ならびに大脳新皮質を燃やしてしまうか私の大脳辺縁系ならびに大脳新皮質に保存されている各記憶ファイルを消去、デリートするしかない。

このことについてはこどもの頃から随分と悩んだ。「なぜおれは他者をゆるすことができないのか?」と。得た答えは「何者も私に関わるべきではない」「極力、他者とは関わらない」ということだった。そうしなければ「ふたつの不幸」が生まれると私は考えた。

成長するにつれて私はある「方法」を編み出した。別の人格をつくるという方法を。それは「おおらかで気のいいナイス・ガイ」というキャラクターだった。他者と関わるときは努力して「おおらかで気のいいナイス・ガイ」で接する。「おおらかで気のいいナイス・ガイ」を演じる。それは少し疲れるやり方だったがほかに方法はなかった。それはほぼ成功した。私はよほどのことでなければ怒らなくなり、憎まなくなった。しかし、大脳辺縁系ならびに大脳新皮質がフル・スルロットで動いていることに変わりはなく、オーバー・ヒート寸前の大脳辺縁系ならびに大脳新皮質をクール・ダウンするための「眠り」「睡眠」は短時間で深い。なにが起ころうと目を覚まさない。

そのような私が目を覚ました。虹子もおねいちゃんたちもキッズどもも弟子たちもみな寝静まった深夜にだ。時計をみれば3時をすぎている。3時2分。眠りについたのは2時40分を少し過ぎた頃だったから、あと20分から30分は目覚めないはずだった。しかし、私は目を覚ました。ジャクソン・ブラウンの『Late For The Sky』が突如として聴こえてきたのだ。しかも、私の頭の中、脳内から。

幻聴でもなんでもない。その『Late For The Sky』はビニルのLPレコードを再生したものだった。それもかなり聞き込んでひどいスクラッチ・ノイズがある『Late For The Sky』だ。針飛びを起こす寸前の箇所は4箇所あった。そのLPレコードは私の所有しているLPレコードではない。

『Late For The Sky』はジャクソン・ブラウンのアルバムの中でも特に好きなアルバムなので、LPレコードで3枚、CDで2枚持っている。普段はMP3ファイルに変換した音源をiTunesかiPodで聴いていた。LPレコードも曲のどのあたりにスクラッチ・ノイズがあるかはおぼえている。持っている3枚のLPレコードはいずれも針飛びを起こさないコンディションを保っている。

これらのことから私が出した結論は「聴いたことのないLPレコードによる『Late For The Sky』が脳内から聴こえた」ということであった。そして、遠い昔に私の元を去った女の亡霊が身の毛もよだつような姿でやってきた。


新しい遊び/楽しい遊び場をみつけて、どんどん遊べ。この世は夢よ。ただ狂へ。ただ遊べ。


Memory - Barbra Streisand (1981)

by enzo_morinari | 2019-03-22 02:24 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

沈黙ノート/テレビ(衆愚政治と一億総白痴化の尖兵)とクソジャニ商法(バーター&ゴリ押し)とAKB商法(人気の水増し)は終焉し、K-POPはさらに台頭し、日本のポップカルチャーを席巻する。

 
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本来的にはK-POPなど知ったことではないが、PONCOZ 秋元康一味/AKB一味の学芸会/お遊戯会とはレベルがちがいすぎる。そもそも、日本にPOPなどないのだから仕方ない。日本にあるのは民謡と演歌と俳句と同調圧力としがらみとなれあいと官僚独裁だけである。


La Vie en Rose - IZ*ONE
 
by enzo_morinari | 2019-03-21 09:16 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

また団塊か。Fxxk off! 原発マフィアの親玉の1人、経済談合連合屋のポンコツ屋台店主の中西宏明のキチガイっぷりと細くなった首と視えない自由を撃ち抜くための視えない銃の弾丸をガンガン撃ちこむこと

 
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ゴム屋の小倅の米倉の腐れ外道がくたばったと思ったら、今度はこいつのおでましだ。この野郎の傲岸不遜と底意地の悪さとテスタ・ディ・カッツォでファッチャ・ア・クーロでヴァッファンクーロぶりは折り紙付き。口の臭さは当代随一。この下衆外道もゲスデス・ノートのヒット・リストに入れた。棺桶首浸かりの耄碌緑内障糞ったれド腐れ居残り佐平次のジジイをはじめ、イレースするやつがいくたりもいてけっこうなことだ。

この期に及んで「原発の再稼働をどんどんやるべき」とほざくキチガイっぷり。そりゃ、原発作ってる死の商人企業の親玉とくりゃあ親方日の丸税金投入ドンドンジャブジャブで湯水のごとくゼニを使える原発サマサマだ。原発マフィアどもにとっては原発は仏壇/神棚/カネのなる木ということだ。しかも、国からの補助金/交付金つき。そして、めまいがするほどのカネの還流。

それにしても、中西の団塊ド腐れ下衆外道、すんごい御面相だな。BDシャツは唯一の加点要素だが、首寸合ってねえってのよ。それともあれか。癌で首細ったか? 視えない自由を撃ち抜くための視えない銃の弾丸をガンガン撃ちこんでやるからガンガン癌が全身転移、超高速進行すりゃいいぜ。Ψ(`▽´)Ψ Fxxk off! Piss off! カーッ(゚Д゚)≡゚д゚)、ペッ


Fxxk off - AK-69 a.k.a Kalassy Nikoff(The Cartel From Streets/2009)
 
by enzo_morinari | 2019-03-13 09:35 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

泥だらけの死んだ娘を抱いて苦悶の表情を浮かべる泥だらけの母親を前にして

 
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私は告げる。ゆるしてはならない。怒りと憎しみと怨みを回収してはならない。1000年単位で怒れ。1000年単位で憎め。1000年単位で怨め。その怒りと憎しみと怨みを子々孫々に伝えよ。この世は憤怒と憎悪と怨嗟の巡礼である。森鳴燕蔵


なにが祈りだ。なにが安らかにだ。なにが黙祷だ。どのツラ下げてぬかしやがるか。日々のインチキイカサマまやかしをやめてから言え。穢らわしい輩どもめが。反吐が出る。カーッ(゚Д゚)≡゚д゚)、ペッ

泥だらけの死んだ娘を抱いて苦悶の表情を浮かべる泥だらけの母親。彼らの前でもインチキイカサマまやかしができるか? その問いはすべての生き残った者たちひとりびとりにも突きつけられる。いまやっていることは彼らの前でもやれるのかと。

朝食べたECHIRÉの無塩バターを練りこんだクロワッサンは彼らが食べられなかったクロワッサンである。その1杯のコーヒーは彼らが飲めなかったコーヒーである。その映画は彼らが見られなかった映画である。その本は彼らが読めなかった本である。その音楽は彼らが聴けなかった音楽である。
 
by enzo_morinari | 2019-03-13 01:18 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)